Hatena::ブログ(Diary)

1954生まれのPapa

2018-02-21

ニッソーカントリークラブ 「また、一緒に遊んで下さい」 2018.02.21

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私にとって、ゴルフとは、何だろう?

私にとって、ゴルフとは、遊びである。

私にとって、ゴルフとは、ニッソーカントリークラブである。


私にとって、ニッソーカントリークラブは、遊び場であり、気の置けない友人が沢山いる住処である。

今、現在の私にとって、ニッソーカントリークラブこそ、心の故郷である。


何故、ニッソーカントリークラブなのか?


まずは、気楽に、ゴルフが楽しめる。

土日でも、食事をして6000円程度で済む。

早朝ゴルフなら、2600円で済む。

食事は美味しいし、クラブハウスの作り、雰囲気が、着慣れた自分の服のように心地良い。


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ゴルフが大好きな大人の男達が、少年時代に戻ったように、フワフワのフェアウェイを闊歩しながら、年齢を忘れ、日常の些事を忘れ、小さな白球を追い、笑い合う。


大空は、どこまでも深く、蒼穹であり、雲が流れ、虹が湧く。

こんな場所は、めったにない!


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早朝のニッソーカントリークラブは、一年を通して、野鳥や小動物の楽園で、カワセミが我が物顔で、飛び交い、シロサギアオサギ、多くのカモが根城とし、テンが足早にコースを横切る。


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「また、一緒に遊んでください」

「こちらこそ」

そんな会話が楽しい!


私にとって、ゴルフとは、何だろう?

乾いた甲高い快音と共に小さな白球が、森閑とした夜明けのゴルフコースを、大きな放物線を描きながら、高速で、飛んでいく。


それだけで、幸せ!

それだけで、幸せだ!


ニッソーカントリークラブの良さを数えたら十指に余る。


まずは、自然体でいられること。

特別な自分を作ることなく、自然体の自分でゴルフを楽しめ、また、ゴルフを楽しめる友人や知人が沢山いる。


次には、料金が安く、予約もスムーズに取れ、コースのメンテナンスも良い。


私は、普段、手引きでコースを回るのだが、多くの手引きのプレーヤーは、タフを取った跡を、自ら目土をし、また、他のプレーヤーのタフの跡を目土して行く。


時たま、他所のゴルフ場に行くと、フェアウェイがボコボコという所もあるのだが、その様な事はない。


4月下旬になるとフェアウェイは、新緑の傷のないフカフカの絨毯と化して行く。


その目土の一つ一つが、ニッソーカントリークラブのメンバーの心意気であり、ゴルフへの愛と敬意であると私には思える。


そして、シロサギアオサギ、カモやカワセミの他、タヌキなどの小動物が、人を恐れる事なく、自然体で暮らしている事だ。

朝陽の中で、見上げた広々とした青空をV字形を作って飛行するカワウなどの群れ。その姿を見ただけで、心が晴れ晴れとする。


早朝の静寂の中を、朝陽が昇り、残月が西の空に浮かぶ。

その度に、来て良かったと思う。


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ゴルフの面白さは、コースやルール、ハンディキャップスコア、同伴者との会話や飛距離、風の読み、パッティングの読み、その時の心理状態、その前日の仕事や家庭、睡眠の質。前回のプレーの記憶等の様々な要素が絡み合った混沌・カオスの中から、それらの全てを消し去った「無」と言える一瞬の「時」「間」から飛び出す会心の一打、会心の寄せ、会心のパットの生み出す僅かに甘美な快感。


その会心の時間が、心のカオスを消し去るからかも知れないが、そうした理屈や分析ではない、それこそ太古から人間の心を揺さぶらずにはおかない、天然の、天性の面白みがゴルフには、潜んでいるのではないかと、私には思える。


それにしてもゴルフの面白さのは、直径1.68インチ(42.67mm)の1つのボールを遥か遠くへ飛ばし、その1つのボールを直径108ミリメートルのカップに入れる、その一打一打の妙であり、また、どんなスイングであろうと、総打数の少ない者が勝者となるからだろう。


更にゴルフの面白さを掘り下げ、仲間たちと笑い続けたい!


是非、お越しください!

※ニッソーカントリークラブ http://www.nisso-cc.co.jp/

※掲載した料金は、会員料金です。

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2017-07-17

高速道路の運転 ムカつくこと 2017.07.16

先日 日曜日の午後2時、高崎の実家からの帰り、関越自動車道で追越車線を120キロで走行中、後方からグレーの商用車ハイエースが突然、私の車の後方3-4メートルにピタリと着いた。

私はアクセルを踏み130キロに加速した。そのまま走行車線に入ろうとしたが走行車線には車間距離の空いたスペースはない。ハイエースはそのまま後方3-4メートルを130キロで走行し、離れない。

「こいつ、何、考えてるんだ!」

私はそのまま1キロ程走り、走行車線にスペースがあったので滑るように入り込んだ。その間、約1分。ムカついた!

運転者の顔を見たくなる!

私が書くまでもなく、危険極まりない、煽り運転

それにしても130キロで、後方3-4メートルの車間距離、一瞬で全てが終わる。

私は高速道路を走行するときは、勿論だが、一般道でも常に車間距離を十分取るようにしている。

ハイエースのナンバーは、横浜ナンバーであった。

何か火急の用件でもあったのか、と追越車線を走り去るハイエースを見ながらそう思ったが、危険極まりない!。

よくある煽り運転ではあるが、悪質だ!

本当に「何、考えてるんだ!」と思った。



もう一つは、高速道路一般道のノロノロ運転

少しはバックミラーで後方の車列を見て欲しい。


自動運転の時代になったら、煽り運転、ノロノロ運転は解消されるのだろうか?

2017-07-11

八ヶ岳 犬の牧場 移転先に行く 2017.07.11

昨年2016年の夏、勝沼での桃狩りの帰りに八ヶ岳に行ってみようという話になった。娘は9歳になり、妻は47歳になった。私は58歳で自動車免許を取り、4年目にして初めて八ヶ岳に向かう事となった。

「山に登るか?」と私が言うと、

「疲れるから、嫌だ」と娘がすかさず否定。

「じゃー、とうする?」

「分からない」という訳で、私がネットで八ヶ岳の情報を検索すると

「犬の牧場」という一風変わったタイトルのサイトがあった。

「何だ!?」と思いクリックすると、広々とした草原をゴールデンレトリバーの群れが自由に駆け巡り、川の中にバッサ、バッサと次々に飛び込み、水しぶきを上げ、川面を気持ちよさそうに上手に泳ぎ、冬の広大な雪面を元気よく一目散に走り回るゴールデンレトリバーの群れの映像に釘付けになった。

「日本にこんな場所があるのか!?」私は自分の目を疑った。

という訳で、2016年の7月中旬に「八ヶ岳 犬の牧場」に向かったのである。

娘は前から、「犬を飼いたい、飼いたい」と事あるごと私と妻にせがむのだが、マンション住まいでは、中型犬や大型犬を飼うことはできず、また、仕事にも支障があるため、「永遠の保留」になっていた。

八ヶ岳 犬の牧場」とカーナビに入力し、八ヶ岳の青々と深く晴れ渡った7月の空の下、国道141号を走り、カーナビの指示通りに側道を走り続けた。対向車はなく、鳥の鳴き声と爽やかな高原の風が朝の光の中にあった。

ところが、目的地の「八ヶ岳 犬の牧場」は閉鎖され、通行止めとなっていた。残念!!


掲示されていた「犬の牧場」の連絡先に連絡し、野辺山駅から歩いて3分にあった仮設の移転先の「犬の牧場」で元気なゴールデンレトリバーの群れとボール投げをして遊んで来ました。


2017年7月9日現在の「犬の牧場」の移転先は長野県佐久市入澤にあり、八ヶ岳高原鉄道の「羽黒下駅」の近くの山すそに仮りの居を構えています。南佐久郡佐久穂町高野町にあるガストの駐車場から車で5分程度のところにあります。


「犬の牧場」のオーナーさんやスタッフの方の話によると2017年8月には八ヶ岳にある新居に移り、その場所に定住する予定であるとの事です。

その新居は敷地面積もあり、施設も整っているとの事ですので、是非、足を運んでください。

私達も2017年の秋に新居を訪れる予定です。

尚、2017年7月9日現在の「犬の牧場」の仮設の場所は、山の裾野にあり、風が心地よく吹き渡り、静かで、緑に溢れ、犬達は木陰で、気持ち良さそうに昼寝をしています。


今まで3回 仮設の「犬の牧場」に行きましたが、「犬の牧場」のゴールデンレトリバーは、どの犬も性格が良く、おおらかで、元気が良く、キラキラしていて素敵です!


オーナーさんの連絡先 080-1116-0011

下の写真は2017年7月9日のものです。

犬まみれ。癒されます。

それにしても南佐久郡南牧村海ノ口にあった移転する前の広大な「八ヶ岳 犬の牧場」で、犬達が生き生きと疾走する姿を実際に自分の眼で見てみたかったと思います。

大型犬の魅力の一つは、元気よく、生き生きと疾走する姿ではないでしょうか。

その姿を見ているだけで、惚れ惚れとした感情が心の底から沸き起こって来ます。

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2015-09-06

60歳を前にして運転免許を取得した! 2015.09.06


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僕は現在60歳、娘の明日香は7歳、妻は45歳。そんな僕が2年前の58歳の時に運転免許を取得した!

運転免許を取得してからの走行距離は、2万3500キロ。

「本当の人生がこれから始まるよ、きっと」

全ての試験が無事、完了した時、教官の一人が僕に言った。

厳密な意味で「本当の人生が始まった」かどうかは、さておいて、確かに「それまでとは明らかに異なる人生が始まった事は確かだ!!」

運転免許を取得する前は、娘を幼稚園に連れて行くために、夏になると大汗をかきかき、息を切らして、坂道を登り、幼稚園の先生たちから、「大変ですね!」と心底言われた。

今では、その坂道を車で20秒程度で通過し、息を切らして、坂道を登る事はなくなった。

娘は、今、小学校の2年生。

元気に毎日、歩いて15分程の小学校に通っている。

僕の運転する車で、娘と妻と僕の3人で、走った距離は、一体どの位の距離になるのだろうか?

距離にすると1万5千キロ位か、・・・確かな事は分からない。

だが、確かな事は、僕の運転する車に3人で乗り込み、今まで行きたくても中々行けなかった場所に、簡単に行けるようになり、3人で遊び、笑い、食べ、感動し、走行距離が増える度に、家族の距離が縮まった。

僕は、58歳になるまで、車を運転したいとは考えた事はなかった。

電車があれば車は必要ないと考えていたのだ。

「本当の人生がこれから始まるよ、きっと」

教官の言葉に、「嘘」はなかった。

僕は、58歳で運転免許を取得するために、自宅から自転車で10分程の教習所に多い日には、4往復した。その結果、40日間で運転免許を取得する事ができたが、一度、仮免許試験のクランクでバーに接触し、仮免許の再試験を受けた。

あの時は、言葉か出ない位落ち込んだ!

だが、今では、運転免許を取得して、本当に良かったと心から思っている。

「本当の人生がこれから始まるよ、きっと」

良い言葉だ!

お世話になった教習所の教官たちには、心から感謝している!

2012-10-31

娘の成長 幼稚園の年中組になった。 2012.05.04

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僕は、あすか、本当に、本当に、幸せだよ!!

何故って、それは、あすかが日々成長し、日々僕と家内の話に口をはさみ、

「ねえ、ねえ、わたしにも喋らせてよ。わたしの話も聞いてよ、少しは」と自分の意見を主張しようとする年齢になったからだ。

あすかの背丈が伸びて、毎月、柱の傷が高く、高くなっていくからだ。

「お腹へった!!」といって、お代りを3杯もするようになったからだ。

娘は、今、4歳になり、幼稚園の年中組になった。

朝、布団から起きると大声で

「おはよう!!」と元気よく、僕に飛びついて来る。

僕は、その後、毎朝『おはよう抱っこ』をする。

18.5キロの娘を天井近くまで持ち上げ、そのまま一気に胸元まで下ろし、

5秒程、「痛いよ!」と娘が声を上げるまで強く抱きしめる。

僕の亡くなった父も、おそらく僕を同じように抱き上げ、沁みるような幸せを感じていたのかも知れない。

僕は、長い、長い間、一人で暮らして来た。

今、朝早く目を開けると、僕の横には、娘のあすかと家内が寝息を立てている。

時折、二人と思うように意思疎通ができない時もあるけれど、僕は幸せだ!!

2011年の7月から、このブログを書かない日々がつづいていた。

その理由は、毎日仕事が忙しく、ブログを書く時間が取れなかったせいもあるのだが、それ以上に、あすかと家内と僕の三人で一緒に生活する日々に慣れ、あすかの成長が当たり前になり、赤ちゃんだった時ほど感動しなくなったせいかも知れない。

僕の心の中にある感動の振り子が狭まったのか?

心の透明度が落ちたのか?

あすかが、赤ちゃんだった時には、毎月、毎月カレンダーを捲るごとに大きな変化があった。

あすか、ハイハイする。

あすか、立ちあがる。

あすか、トイレでウンチをする。

その度に家内と共に声を上げて、大喜びしたものだ。

今の感動は、あの頃に比べると間違いなく地に足が付いたものとなっている。

季節の移ろいのように、ゆっくりとだが、着実なあすかの成長と静かな喜び。

本当にありがたいことだ。

だが、娘が成長するに従い、いつの間にかその成長に慣れ、写真を撮る回数がめっきり減って来た。

娘が赤ちゃんだった頃には、それこそ毎日のように写真を撮っては、写真屋でプリントしてもらっていた。

娘が赤ちゃんだった頃の感動は、僕の両手から汲んでも汲んでもこぼれ落ちる清水のように、鮮烈なものがあった。

今思うと、初恋をした時のように新鮮で、娘の一挙手一投足に感動したものだ。

これではいけないと常々感じながらも、忙しさにかまけてブログを更新せずにいた。

たまに一人の時間ができるとブログを書くことよりも、本を読んだり、自転車に乗ったり、散歩したりと忙しい日常ではできないことに精を出した。

よく言われることだが、日記やブログなどの文章を書くということは、日常の瑣事を見つめ、その日常を紡ぐ作業であり、瑣事の中にある何かを発見し、急速に流れていく日常の時間を止める行為であると思える。

今現在の僕自身の心の在りかの一端を見つめる作業。

心の中を覗く作業。

その行為により、僅かでも心の襞を深め、瑣事を味わい、自己を見つめ、森羅万象に想いを馳せられたらと思う。

何かを書くという事は、忙しい日常から、一歩も二歩も抜け出さないと出来ない行為であるとつくづく思える。

僕自身の心の波が静まり、静穏な時間が流れる。

ひと昔前までは、こうした静穏な時間が僕の日常には、僅かな時間ではあったが存在していた。

それが去年の3月11日以前にはあったように思える。


娘のあすかは、最近、毎日のように幼稚園の友達や家内に絵付きの手紙を書いている。

娘は日々成長する。

夕暮れの影法師のように時間が立つに従い、知らないうちに成長する。

去年の3月11日を境にして、僕は前にも増して背中を誰かに押されているような気持ちになっている。

座禅でも組んでみるか』と余りの自分の心の忙しなさに思う。

僕の住んでいる柏市松戸市の一帯は、放射能汚染ホットスポットとなっている。

今年の2月にエステーの簡易型放射線測定機を手に入れ、近隣の放射線測定を時折行っている。

平均すると地上1メートルで、0.24μSv/h (毎時マイクロシーベルト)前後で、私の家(マンションの5階)の中は0.07μSv/h (毎時マイクロシーベルト)となっている。

原発事故が起きた福島に住む人達に比べれば、何と言うことのない放射線量ではあるのだが、娘がまだまだ小さいため僕の心の中、頭の中には、薄い灰色の靄がその上部を覆っているように思える。

1年前と比べれば、地上1メートルでの放射線量は、確かに減っているのだが、私がエステーの簡易型放射線測定機で測定する限りでは、今年の2月時点と現在では僅かな減少が見られる程度で、「減ったぞ!!」と大声を出す程のことはない。


娘のあすかは、いつも間にか自分でひらがなを一通り覚えた。

とは言っても家内に字を教えてもらっていたし、僕自身も何度か娘に書き方を教えたのだが。

昨日は、知らないうちに自分で7枚の紙芝居を作って、実演してくれた。

僕は、驚き、感動し、手を叩き、抱き上げた!!

娘は、僕の想像を遥かに越えて、急速に成長していた。

4年前に生まれた娘が、4年後には、自分の意見を言うようになり、字を書き、紙芝居を僕の前で実演じる。

『成長』という言葉には、その言葉を耳にしただけで、喜び溢れる溌剌としたイメージが湧く。

生い茂る新緑の青葉。

真夏の炎天下でも、すくと真っ直ぐに太陽に正対するヒマワリの花の逞しさ。

『成長する』『成長している』『成長しつづける』『大きく成長する』『想像を超えて成長する』『確実な成長』『大幅な成長』『安定した成長』『安定的な成長』『過去の実績を上回る成長』『急速な成長』『予想外の成長』『信じられないほどの成長』

今の日本国内では余り見聞きすることが少なくなった『成長』という言葉には、幻惑的な魔力・言霊があるように思える。

紙芝居の出来不出来は別として、絵を描き、セリフを自分の言葉で全て書いた。


明日5月5日の子供の日に、高崎に住んでいる僕の母の家に行く。

娘は、3日前におばあちゃんに渡すと言って手紙を書いた。

母の似顔絵と共に

『おばあちゃん、あすかは、おばあちゃんがだいすきです。ありがとう』というものだ。

拙い【ひらがな】が何とも愛おしく、眺めているだけで、娘の成長の息吹を感じる。

平和で、安全な日本であって欲しい、と心から思い願う!!

尚、このブログは2012年5月1日に書いたもので、アップするのを忘れていました。ごめん!! あすか!!

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