シネマテックのラテン音楽祭
夏子とのディナーの約束の日、鬱症状は相変わらずで、出発ギリギリまでベッドに潜り込んで携帯電話のつまらないゲームで時間を潰している。
するとシーナから電話があり、シネマテックでラテン音楽祭りをやっていてクールだから来いという。
いや、そういう気分では全っっくない訳で...と断るが、どうしても来いと言って聞かない。
仕方ない。
どうせ30分後には夏子とのディナーに出かけなきゃならないんだ。すぐ出てもそんなに面倒じゃない。
と思い、着の身着のままの鬱装束でシネマテックに出かける。
シネマテックの中庭はそんなに広くない。
そこでいくつかのバンドが交代交代でラテン音楽を演奏している。
ハビエルは楽しんでいるが、そんなにうまくはない。
でもビールを少し飲んだりして、そんなに気分は悪くない。
フランス人のフランソワ、ドイツ出身のセクシーダンス姉妹マグダレナやケヴィンを紹介される。誰から紹介されたんだか、誰と誰がどこでどうやって知り合ったのか知らないけど、語学留学生ばかりだったグループが活気づいてくる。
だんだん、こうやって街に溶け込んでいくのかも。
Enricoとはこのとき初めて会った。
正確には<会った>とは言えない。数メートル離れた所に、ただ立っているのを、ただ遠目に目にしただけなのだから。
でも注意を引かずにはおかない格好いい男で、ちょっとびっくりするくらい風采のいい男で、目を奪われた。
ふと、エンリコがこちらを横目で見る。
はっきりと見た訳じゃないけど、私を見た気がする。
でも話すきっかけもなく、それに夏子との約束の時間になったので、無念ながらその場を後にする。