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抄訳ウサギ条約

2012-03-02

ウサギ

| 05:16

 ひさしぶりに野良のうさぎを見かけました。

 雨上がりで、そこだけ雪が積もってる、と思っていたら雪うさぎの白でした。

 遠くから眺めていても、近づいて撫でてみても一向に反応を示しません。触れると暖かく、ふくらんではへこんでいるのでいるので、さしあたり生きていることはわかるのですが。目を閉じているので……寝ている?

 なんだかくやしいので額のあたりを中指の第二関節でぐりりと描円しておりますと、

眠いんだ

 なぜ?

だって、もう夜

 それは完璧に近い論理であり、私ごときが反駁する余地はありませんでした。

 そうして、白うさぎはまた寝息をたて、のびたりちぢんだり。


 ああそうか、ここだけ空間が。

2012-02-27

眠る前の記録。

| 03:01

 言葉を撚りあわせて文章をつくる。長い文章を、ですよ。

 そういうことを最近あまりしていません。

 意味のない文章、意義のない顛倒、あるいはそれらに類するすべての行為。

 


 手。口と手です。どちらも……限界がありますね。距離の限界です。送り手側と、受け手側両方の限界です。

 残り二百年のうち、どこまで可聴域を拡げれば完全なる伝達に届く? 

 あなたがイタリックで斜に構える限り、私があなたの言葉を聴くことはないんだ。

 無音はあらゆる人にとっての外国語であり、外国語とは夷狄の言葉です。学び合うのではなく、滅ぼし合うためだけに存在する言語たちです。いまも年に二千四百余の彼らと、三つの私たちが消えていきます。

 すべてを叙述するために億万リットルの酸素を吸い上げたあと、そこで燃える火はなくなるという原理もあって、私たちは完全なる真空へ、換言すればどこかのSNSサイトに記憶させたIDとパスワードを思いだす手間を省くために、実体を持たないクロークマンたちに記憶を丸投げする。: REMEMBER ME.

 火に然るべくして燃えたち、手に然るべきして撚り合わせます。 



「記憶とは自分が思いだすためでなく、誰かに憶えてもらうためのものなのかもしれない」

「思いだすべきではないのかもしれない」

 自分を属性ごとにタグ分けし、二日ほど天日干しするとぬったりとしたペースト状になります。

 それを次の日から目にした、あらゆるものどもに塗りたくろうと寝床の上で鋭敏に決意します。

 決意の記憶を枕に託して、目を閉じ、冬のリスのように眠りの純粋さを追い求める。

 どこに決意を埋めたか、その座標の記憶を、狼と吠える野生の月に託して。