どうでもいいことかもしれない

2008-04-15

無邪気な人の、悪意なき感情。

先日「情熱大陸」を久し振りに観た。 さかな君が取り上げられていた回である。

そこに映し出されたさかな君の姿を、私はとても魅力的だと思った。

目上の人には礼儀正しく、子供達には優しく接し、熱く魚の事を語る彼を、とても素敵な人だと思った。 

後日、電車の中で若い女の子が「さかな君ってキモい」と話していた。 私は(そう思う人もいるんだな)と思った。

価値観は人それぞれなので、彼女達がさかな君を「キモい」と思うのは、自由である。 同じ様に電車の中で大声で話す彼女達の事を私が「お前のひじきみたいな睫毛のほうがキモいよ」と思うのも自由である。

私は、彼女達が何故さかな君をキモいと思うのか考えてみた。 顔? 声? テンションの高い喋り方? ファッション? さかなに詳しい事? 何をもって彼女達はさかな君を「キモい」と断罪するのだろう? 

考えてみたけれど、結局は解らなかったがある事を思い出した。

昔、会社で新入社員のA君が私に言った。

「Parisさん、Bってキモくないすか?」 BというのはA君の同期の男性社員である。 A君とB君は新入社員研修を終え、試用期間のような形で私が所属している部署に入って来たのだった。 

「どうしてそう思うの?」と私は尋ねた。 彼は言った「だってキモいから」

あまりの答えに最初はギャグかと思った。 でもちょっと考えてから思った。 理由なんてないのである。 A君にとって、B君は「キモいからキモい」のだ*1

「キモいからキモい」と彼はなんの迷いもなく口に出してしまうのだ。 そこには悪意すらない。 ただの無邪気な感情があるだけだ。

私から見たB君は、大人しくやや消極的な所はあったけれど「真面目で仕事がしっかり出来る人」という印象だった。 お昼休みに1人で仕事の関係の本を読んでいる姿も見かけた。 でも、一部の女子社員の間で「キモい」と言われている事も知っていた。  

一方A君は、上司の受けも、女子社員の受けも良かった。 A君に直接仕事を教えていた私も、「ちょっと雑な所があるかな?」とは思っていたものの、特に悪い印象は抱いてなかった。 その時までは。

自分が感じた「違和感」にしろ「不快感」にしろ、それを深く考える事なく「キモい」で済ませてしまう人、そしてそれを口に出す人を、私は軽蔑する。

ある日、上司が私にそれとなくA君の評価を聞いてきた。 私は、A君の仕事がちょっと雑である事、物事を一面的に見て感情で判断しがちな所があるのでは?と言うような事を伝えた。 それから直接携わってはないものの、B君は仕事もしっかり取り組み、いろいろ勉強しているようだ、と付け加えた。上司は「そうか。まあ、頑張ってしっかり教えてあげてよ」*2と言うと他の女子社員の方へ行ってしまった。

それから時が過ぎて、A君は良い部署に移って行った。 B君は私達と同じ部署に残ったままだった。

私は会社を辞めた。

別にその事が原因で辞めた訳でもないし、転職するにも不況でろくな所はなかったけれど、あの会社を辞めた事を後悔してはいない。

ただ、A君が雑に仕上げた仕事を直すのを手伝ってくれたB君に、何も出来なかった自分の無力さを呪った。

力が無いという事は、自分ばかりでなく、他の誰かを助ける事もできない事なのだと、私はその時初めて知った。

*1:まあ、何らかの理由はあったのかもしれないけれど、彼にはそれを言語化する能力がなかったのだろう。

*2:A君の「だってキモいから」という答えと、上司のこのなんとも投げやりな返事は、随分前の事なのに、何故か鮮明に残っている。

とおりすがりとおりすがり 2008/04/17 01:40 キモいという感情は、何らかの感染を予見させるときの感情だそうです。
なんか体質的に苦手な病気を持ってそうに感じたのかも。

dekoponn33dekoponn33 2008/04/17 10:17 理不尽だとは感じるけれど、所詮『受けのイイ』人って世渡りが上手だなぁ〜と思う事は多々ありますね。今では、それも才能の内なのかと解釈していますが・・・。B君は不器用で不遇であるけど、実直な生き方を理解してくれる人は現れると思いますよ。

kirikiri 2008/04/17 10:45 Aさんをはじめキモイキモイ言ってる人は、周りと違う価値観が露呈してしまうかもしれないと言う事に非常に恐怖してるんじゃないのでしょうか?

どうキモイのか周りの意見と違っていたら怖い。だから、とりあえずキモイとさえ言っておけば、自分の価値観が晒されることなく空気を読むことが出来ると。
女はおろか男までが「キモイ」と「チョーウケル」というレスポンスだけで会話が延々と成立していたりするのを電車内で見ると、個性教育って何だったんだろうな?と思います。

EternalEternal 2008/04/17 19:46 初めまして。記事を読ませて頂きました。
私は学生なのですが、クラスの大部分が『A君』と同じタイプのようです。
友人の愚痴の大半が「あの教師はキモイ」「○○はウザイ」といったもので、「みんなあいつのことをキモイと言ってる」「だって鬱陶しくない?」などと中身のない理由を付け足します。
kiriさんも書かれておりますが、自分が周りと違うことが怖いというのが原因なのだと思います。
そのためか、私一人が「彼はそんな人ではない」と言っても相手にされません。
こういった謂われない非難を友人が受けているのに、自分が何もできない時は辛かったです。
しかし、それ以上に、このように非難されている友人自身が、他の人のことを同じように非難している姿を見たときは、とてもショックでした。
同じようなことがこの国の至る所で当たり前になっていると思うと、やるせない気持ちで一杯になります。

raituraitu 2008/04/17 21:26 生理的嫌悪と、その感情の発露の話と受け取りました
生理的嫌悪は基本として「得体が知れない」対象に対して起こる恐怖に近い感情ですね
そして、「理解出来ない」を放置する姿勢がむかつくということですね、わかります。
皆自分以外には無理解なのですねと。

個人的には、B君は無意識下の部分で皆に「得体が知れない」と思われ怯えられてたんじゃないかなーと予測します。
さかな君も「あのモチベーションとテンションはどこからくるんだ、理解出来ない」的なそういう怯えられ方をしていますね。

さて、B君やさかな君は、周りに「得体の知れなさ」で怯えられている訳ですが、じゃあ彼らが周囲に「得体知れないなんてことないよ!」というアピールコスト、コミュニケーションコストを払っているのか、周りから自分に対する不安感情を取り除けているのか、という点も考えてみる必要があるかもしれません。

さかな君はおそらくそのコストは払っていませんし、だからKY的な扱いになっている部分がありますが、彼はそんなところにコストを払っている暇があったら自分の熱意の対象にコストを支払いたいし、それは見ていて伝わるからこそ、彼はテレビに出続けるのでしょう。
そしてそんな彼をみて、「自分はこんなにコミュニケーションコストを周りに払って努力しているのに、さかなくんは全然そういうことをしてないように見える!けしからん!」と思う感情の発露が「さかなくんはキモい」という発言に繋がると。まあこの場合、得体の知れなさに対する不安感の表明と、またある種の嫉妬(コミュニケーションコストからの自由さに対する)も入り混じってるとは思うんですけどね。

Paris713Paris713 2008/04/17 22:16 皆様、コメントありがとうございます。
とおりすがり様。
確かに人間には「感情」というものがありますが、問題は「自分の感情を自分でどのようにコントロールするか?」という事だと思っています。

dekoponn33様。 
私も本当にそう思います。 
確かに要領の良さも才能の一つですものね。
何をもってその人を判断するか?というのは、本来多面的なものであるはずだと思うのですが、世の中どんどんそれが狭くなってきているように思われます。

kiri様。
大変鋭いご指摘だと思います。
「個性の時代」「価値観の多様化」等、よく耳にはしますが、実際の所閉塞感を感じている人が多いように思えるのは何故なのでしょうね?
個性も価値観も本来は「主体性」を持って自分で積み上げて行く必要があるものだとは思っていますが、日本は「主体性をどのように持つか?」という事を学び難い環境であると思います。
それぞれのツールのみ与えられて、いきなりそれを使えと言われれば、恐れをなしてしまう人がいるのは当然だと思います。 この辺りが「個性教育の不備」だったのではないでしょうか?
「キモイ」「チョーウケル」等のグルーミングのようなコミュニケーションにより、生み出されるのは何なのか? 失われるのは何なのか? というのを私は最近考えています。

Eternal様。
学生さんなのですね。 お若い方に読んで頂けて嬉しく思っています。
現在の学生を中心とする若い人達のコミュニケーションの規定のされ方、そのシステムを私は疑問視しています。
学校的コミュニケーションというのは、確かに社会に出てしまえば、ある程度形を変えるので「若者だけの問題」「若い時だけの問題」にとして扱われがちですが、それが行われるのが「自我が形成される時期」である事を考えれば、それは一生の問題にもなりかねません。 この事に社会はあまりにも無自覚であると、私は思っています。

Paris713Paris713 2008/04/17 23:01 Eternal様
コメント追加致しますね。
自分が無力であるがために、何かを出来ない時というのは、辛いものですよね。
でも、貴方はまだお若い方なので、それでご自分を責める必要はありません。
「キモイ」「ウザイ」等を言われた側がまた別の誰かにそれを言ってしまう。 これも良く有る事ですね。 
それは確かに、身を守るための言動なのかもしれませんが、そうした無理な適応というのは、どこかで歪みができてしまうのではないか? と私は思います。
そうした歪みが、Eternal様の仰る
>同じようなことがこの国の至る所で当たり前になっていると思うと、やるせない気持ちで一杯になります。
という形で現れてしまっているのかもしれませんね。 本当に悲しい事ですけど。

raitu様。
なんという鋭い考察でしょう。
「何か得体の知れないもの」を見た時に(もしくは感じた時に)私が最初に感じるのは「何だろう?」という好奇心なのですが「恐怖」を感じる人というのも居るのでしょうね。その辺りの感覚は抜け落ちていましたし、アピールコストとそれに対する自由からの嫉妬については、完全に盲点でした。 
無理解を嘆くと言うよりは、この感情は「悪意」から来るものではない、つまり「罪の意識がない」という事も強調したかったのですが、確かに「理解しようという姿勢の無さ」に対する苛立が私の中にはあります。
ただ、人間は他者を理解し得るものなのか? それは本当に理解なのか? 本当の理解とは何か? という事も考えてしまうので「理解の無さ」を一概に否定する事はしないでおきたいと、私自身は思っています。
ただ、「得体の知れないもの」に対して、即座にレッテル貼りをする前に、「解らないものは、解らないものとして、とりあえず保留にしておく」もしくは「解らないけど、否定はしない」といった形に持っていけるゆとりというか、幅がもっと出来ると良いのに、とは思っています。

patapatapatapata 2008/04/18 09:16 恐らく、キモい・ウザいは「興味が無い・触れたくない」と同じ意味なんでしょうね。それに深く考えない人はその年代で最も使用される、「とりあえず」の否定の言葉を使いたがる傾向にあるように思えます。個人の好き嫌いが何であれ、行動が伴わない短絡的な思考・発言は社会を悪い方向にしか進めませんので良くない風潮だなと私は考えてます。

austaust 2008/04/18 10:53 最後、なんで関係ないことなのに会社を辞めたことを書いたの?
結局のところ、気持ちとしてはその会社の人事に批判的なんだろうけど、
それだったら社会そのものがあなたにとって生きづらいだろうね。
最近では「キモイ」という言葉は「嫌い」に近いものがある。
そんな感情レベルの話、理屈でどうこう制限するべき話でもない。
B君と、それにシンパシーを感じてしまったあなたのような
負け犬の遠吠えはあまりにもくだらんよ。

     2008/04/18 15:57 さかなくんはそういう芸人ですから、Bさんとの比較対照にはならないでしょう。彼はいやキャラ作ってはないでしょうけど。
会社に関しては、個々のスキルよりコミュ力を重視する会社及び部署だった、という事でしょう。
「良い部署」と言っても、そこで本当にスキルのあるBさんが必要だとは限らないです。
善悪の問題ではなく、どんな些細な物でも所属する「組織の色」は重要なのです。
同時に、そこから離れる努力を行うのも個人の自由ですが。
 
「キモい」に関しては、コミュから外れた人間はすべからくこのレッテルで処理されているだけの話で、
「何故キモい」と問えば「キモいから」としか答えないでしょう。
ゴミは何故ゴミなのか、という質問と同じです。

通ります通ります 2008/04/18 19:10 >グルーミングのようなコミュニケーション
私はJ,ボードリヤールという人の説明に「なるほど」と思った記憶があります。お暇なときにでも調べてみてください。皮肉っぽい言い回しが多くてわかりにくかったですけど。
B君に何かする必要はないとおもうけど、A君に「そーゆーこと言うのやめようよ」くらいは言いましょうよ。後にモヤモヤするより全然良いですよ。

Paris713Paris713 2008/04/18 22:25 patapata様
そうでしょうね。 個人の感覚として思ってしまうのは仕方の無い音だとしても、それが同調圧力となるのは、危険な事であると私も思います。

aust様
そうですね。 書く必要も無かったかもしれませんが「敗者となった」という結果をお伝えしたかったので。 負け犬の遠吠えと言うよりも、あの時無力であった私は、「悪意なく無邪気な感情を垂れ流すA君」よりも罪深い存在だったのかもしれない、と最近思っています。

名無し様。
>「キモい」に関しては、コミュから外れた人間はすべからくこのレッテルで処理されているだけの話で、
「何故キモい」と問えば「キモいから」としか答えないでしょう。
非常に興味深い見解です。
私はとても自分勝手な人間なので、我慢を強いられるコミュニティから簡単に離れてしまいます。 私のように自ら離れた場合、どのような烙印を押されようとそれは自己責任ですが、外部から勝手に外しておいて、そのような烙印を押すという事は問題であると、私は考えます。

通ります様
ボードリヤールは若い頃読みましたね。「シミュラークルとシミュレーション」とか。「透き通った悪」を読んだのは20代の頃でした。最近「ニューアカブームの時の様々な言説(このボードリヤールやラカン等)が本当にベタな形で立ち現われている」というような事を聞きますが、本当にそんな感じもしています。
この辺りの事は思う所がありますので、またエントリにあげるかもしれません。
あと、A君に注意らしきものは致しました。
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