鶴見和子「南方熊楠 地球志向の比較学 (講談社学術文庫)」

博物学者、菌類学者、民俗学者。菌類学者としては動物の特徴と植物の特徴を併せ持つ粘菌の研究で知られている。…歩くエンサイクロペディア(百科事典)と呼ばれ、彼の言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。
南方熊楠 - Wikipedia

大学などの職につかず、生涯在野の一学者として、昭和天皇にご進講までした南方熊楠。この本は、社会学者である著者が、南方熊楠の世界、仕事、そして生涯についてまとめた、彼を語る上で最も有名な一冊。
若い時期にロンドンの大英博物館で学び(このとき近代中国の偉人孫文と知り合っている)、さまざまな事象に興味をもち多くの原稿を「ネイチャー」などの雑誌に発表した彼のなしたことをまとめるのはとても困難だ。しかしこの本で著者は、「南方曼荼羅(マンダラ)」をキーワードに、民俗学博物学、菌類学に渡る彼の仕事に、地球レベルの学問体系を見据えた大きなつながりがあることを示していく。
いろいろな意味で、学ぶこと、何かを突き止めることを志す人間にとって刺激の強い本だ。小さな対象に興味を絞り、他の人に説明しがたい、ちまちました研究が多くなっている今こそ、こういうスケールの大きな学問への取り組み方があるのだということを知っておいてもよさそうだ。
南方熊楠が何をした人かを説明しづらいのは、彼が何かの理論やモデルを著作として残さなかったことによるところが大きい。西欧地域の学問をありがたがる風潮が強かった時代にあって、アジアや西欧以外の地域発の、世界に向けた思想や学問が必要だと考えていた彼には世界を見据える大きな構想があったようだが、それは著作としては残されなかった。
読んで印象に残ったのは、民俗学も、菌類学も博物学も、彼にとっては現実を把握しようとする営みの一つであって、全て現実の生活に根付いたものであったということだ。和歌山の地で、自分の生きている現実から学問をやっていこうとした彼は、学問や科学は、「誰かの提出したモデルに沿って何かを考える」ことではなく、「一人一人が自分で現実をつかんでいこうとするもの」だということを誰よりも強く信じていたのではないかと思った。そして、だからこそモデルも理論も声高には残さず、地元の自然保護活動に尽力したりしながら生涯を終えたのではないかとも。骨太で独創的な学問は、自分で悪戦苦闘しながら現実の中からつかむものなのだ。
他にも、柳田國男はじめ、アカデミックな立場を離れなかった学者たちとの比較や、日本語と英語における文体の比較など、じっくり考えてみたくなる考察がたくさん詰まっていて、実に面白かった。
「生涯」の章で紹介される、後に革命家として名を馳せる孫文との関わり方などにも彼の生き方のスタイルが現れていてこれもまた面白い。

縛られた巨人?南方熊楠の生涯? (新潮文庫)

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