夏目漱石「夢十夜 他二篇 (岩波文庫)」

こうやって本を読むたびに感想を書いていると、新書などはまあいいのだが、小説などは、何か書くのが恐れ多いように思うときもある。読んだのだからよんだままでいいじゃないか、というような本。
この人のものなどはその一つだと思われていると思うが、ここは、現代の作家さんのものに対するのと同じように肩肘張らずに書いてみようと思う。

夏目漱石の短編集。「夢十夜」はタイトル通り、夢の中の出来事をものしていった十編の短編。なんとも捉えどころがなく、味わい深いが感想を書きにくい心の奥の世界が展開されている。怪しげな女、ものを知った子ども、どこかで会ったような爺さん。夢の中で会ったさまざまな人間たちと話しつつ、心がどんどん深いところに潜っていく感じ。確かに、これをモチーフにした映画など、多くの人をひきつけてきたのがよくわかる。
いっぽうでこの短編集を読んで印象に残るのが、「文鳥」や「永日小品」に垣間見える作家漱石の日常。念仏をあげながら家族に小言を言い続ける落語「小言念仏」のように家長としてぶつくさ言いつつ、後輩や弟子たちが訪ねてくるのに対応しつつ、作家業にいそしむ姿がおもしろい。
作家専業とはいえ、邪魔も入れば世間との関わりでやらなければならないこともたくさんあっただろう。そこをしっかり自分の世界を保ちつつ、長い小説を仕上げていくのはなんと強靭な意思であろう。
文豪と呼ばれる漱石の身近な姿、孤独なマラソンランナーにも例えられる作家としての日常の姿と、その奥で保っていただろう、物語を生む源泉とも言える孤独な心の中の部分、その両方が見られる面白い一冊。