4月の読書メモ(沖縄密約)

『機密を開示せよ――裁かれる沖縄密約』

機密を開示せよ――裁かれる沖縄密約

機密を開示せよ――裁かれる沖縄密約

 著者は『運命の人』で弓成のモデルとなった元毎日記者。悲願だった「杉原判決」を受けて執筆。『密約』著者の澤地久枝氏らとともに,沖縄密約文書の不開示を不服として提訴,地裁で「超完全勝利」(p.129)した。
 ただ,一年半後の控訴審判決は,逆転敗訴。文書は不存在なのだから,不開示処分は結論として適法ということに。不開示の決定を取り消すとした「杉原判決」は覆った。この判決には批判が高まって盛り上がっていたらしいが,全然知らなかった。
 本書は,密約の概要,裁判の経過,外務省での密約調査を紹介。中盤,結構筆が乗ってきたのか「いまこそ真の安全保障論を」と大風呂敷を広げた記述も。やはりなかなか熱い人なのだな,西山翁。
「旧防衛・外務官僚出身者を中心に盲目的なまでの軍事優先の抑止力論がなお横行する日本において、現代における真の意味の安全保障論が、いまこそ多角的に論じられなければならないのである。」(p.104)と,対米依存からの脱却を説いてる。

『運命の人』

運命の人(一) (文春文庫)

運命の人(一) (文春文庫)

 山崎豊子は『大地の子』,『白い巨塔』,『華麗なる一族』,『不毛地帯』など小説とドラマと両方見て来たけど,ドラマがかなり小説に忠実という点は,『運命の人』でも同じ印象。小説のほうが登場人物が多めで,詳しい感じ。勿論,ドラマでオリジナルのエピソードってほとんどないのでは。
 登場人物の名前が,実在の人物名を微変更したものであることや,複数の作品を通じて同じ人名が出てくることなどは,山崎ファンにはとても安心できる。佐藤→佐橋,大平→小平,田中角栄→田淵角造,とか。
 主人公の記者や女性事務官の名前はかなり変えられてるが,これは一般人だからかな。そういえば『不毛地帯』でも主人公の壱岐は,モデルとされた瀬島龍三とはだいぶ違う。一応民間人だから?
 第一巻は弓成逮捕まで。まだ二人の男女の関係は,詳しく出てこない。これもドラマと同じだった。

運命の人(二) (文春文庫)

運命の人(二) (文春文庫)

 逮捕,起訴,証人尋問と裁判がクローズアップ。『白い巨塔』もそうだったけど山崎豊子の小説って法廷シーンがよくあるな。『不毛地帯』でも東京裁判の場面があったっけ。

 ドラマとの違い。
・由里子の兄が登場。大手電気メーカーの技術者。
・ぎばちゃんがやってた大野木弁護士は,奥さんも弁護士で同期。由里子が離婚訴訟する場合に「私が不適格なら家内に担当させましょう」と言ってる。
・弓成が取り調べで受けた屈辱,ドラマより生々しい。現場検証(引き当り)で腰縄をつけられたまま,密会をしたホテルの部屋で,機密文書の受け渡しの様子を細かく言わされる場面。「機密文書を見せてほしいと哀願したのは、あの布団の中でか、それともこっちの座敷机の方なのかね」と聞かれて「弓成は舌を噛み切れるものならそうしたい恥辱に、肩を震わせ、無言で視線を逸らせた。」(p.199)だって。 ドラマに使えそうなシーンだけど,なかったよね,確か。
・法廷シーンは外務官僚の証人尋問が詳しい。内容が複雑なのでドラマでは切り詰められたんだろうな。裁判長は,官僚の証言拒否を想定して,法廷と外務省大臣官房の間にホットラインを敷いていた。証言承諾の可否と電話で問い合わせて,OKが出るも,「具体的に思い出せません」「書かれていること以上に理解は及びません」で逃げられちゃうんだけど。

『密約』読んだときに勘違いしてたけど,大野木弁護士は伊達判決の人じゃなかった。弓成の弁護団の団長が伊能弁護士という人で,こっちだった。「裁判官当時、砂川事件で米軍基地違憲の判決を下した憲法学者でもある伊能は、法曹界の重鎮と畏敬されているが、性格はフランクだった。」P.136-137

運命の人(三) (文春文庫)

運命の人(三) (文春文庫)

 地裁での公判から始まって,弓成がすべてを失って失意のどん底に陥るまで。とても切りが良く,このあと第四巻の沖縄篇に続いていく。本巻の最後は,これでもかというほど悲壮感あふれる。
 新聞記者としての職を失い,最高裁で有罪が確定し,実家の青果店も人手に渡り,破れかぶれで競馬場に通いつめていると,執心していたスズカブライトがここ一番のレースで粉砕骨折安楽死の運命を自らに重ね合わせる弓成というところで終る。相変わらず山崎豊子は徹底的だなあ。
 ドラマとの相違。柳葉敏郎のやってた大野木正弁護士。出自とか詳しく描写されている。大蔵省の課長だった父が帝人事件に連座し,その勾留中に2・26事件。幼心に鬼気迫る時代の雰囲気を感じ取り,政治に関心をもつ早熟な少年として成長していった。さすがギバちゃん,すごいなぁ。

運命の人(四) (文春文庫)

運命の人(四) (文春文庫)

 著者の思い入れ強い沖縄篇。個人的にはこの事件はやはり取材方法が脇甘すぎで,弓成に全く共感できないのだが,著者の意図はどれだけ成功しているんだろうか。物語としてはおもしろいけど。
 政府による悪質な隠蔽が些細な男女問題にすり替えられ,大衆に物事の道理を見えなくさせた事件ということらしいのだが,小説を読み切っても別に国家権力に対する怒りみたいなものは共有できなかった。意識が低いのかなぁ。これ読んだ人はみんな義憤に駆られているのだろうか。
 ドラマでは最終回の最後に原発事故に触れて,政府の隠蔽体質は今も変わらないみたいなことを言っていたけど,あれには強烈な違和感があったな。
 ドラマを見てから読んだので,いつもながら両者の違いが気になった。山崎豊子作品はドラマ化でも変更が少ないけれど,ミチの生い立ちがだいぶ違ってた。ドラマではミチ自身が米兵に暴行されたことになっていたが,小説ではそれは母親で,ミチは混血児として生まれたことになってる。
 ミチの母はその後精神を病んで死んでしまう。ドラマと小説のどちらの設定がよりつらいのか,それは何とも言えないけれど,自分のルーツに関わるし,母も犠牲になったということで,小説の方なのかもしれない。あと,弓成に会ったときミチはもう30を超えていたとか。ドラマはもっと若い設定だよね?
 あと,小説では山部が弓成よりだいぶ年上だったみたい。敬語使ってたから。山部はナベツネだというから,五歳上かな。
 それに,三木が弓成へ贈ったネクタイは小説に出てこなかった。ドラマでは結構な重要アイテムだったけど。
 そしてギバちゃん演じた大野木弁護士は,何と最高裁判事にまで上り詰めている。驚き。 あとがきで知ったが,モデルは大野正男氏。「弁護士としては悪徳の栄え事件、砂川事件西山事件全逓中郵事件、羽田空港デモ事件、飯塚事件、芸大事件を担当」http://ja.wikipedia.org/wiki/大野正男