黄金比と正五角形

 正五角形の辺長と対角線長の比\phi黄金比である。いままで,対角線の長さの比が黄金比であるような黄金菱形多面体について述べてきたが,黄金比について詳しくは触れなかった。黄金比\phiは約1.61803という値をもつ無理数である。非常に興味深い性質を備えている重要な数であるので,補足しておく。

黄金比の値
 正五角形の辺と対角線の比\phiは次のようにして求められる。

 辺長1の正五角形ABCDEに,対角線AC,AD,BEを引く。ADとBC,BEとCDは,それぞれ平行である。AC,ADとBEの交点をP,Qとして,△ACDと△CPBを見ると,錯角相等よりこれらの三角形が相似であることがわかる。しかもこれらは二等辺三角形であり,それぞれの等辺の長さが,AC=AD=\phi,CP=CB=1であるから,相似比は\phi:1である。
 よって,PB=\frac{CD}{\phi}=\frac{1}{\phi}。対称性から,PA=PB。一方,PA=AC-CP=\phi-1でもある。
 したがって,\frac{1}{\phi}={\phi}-1であり,これを変形すると,\phi^2=\phi+1を得る。
 そもそも黄金分割とは,線分をある点で異なる長さに2分割して,短い断片と長い断片の長さの比が,長い断片ともとの線分の長さの比に等しくなるように分割することで,その比を黄金比というのである。外中比ということもある。
 \phi^2=\phi+1という等式は,線分=長片+短片に対応し,まさにそのことを示している。正五角形の対角線は,互いに他を黄金分割することが分かった。
 すなわち,\phiは,二次方程式 x^2-x-1=0 の正の解である。これを解いて,\phi=\frac{1+\sqrt{5}}{2}と求まる。

黄金比の整数乗
 黄金比の混じった計算をするときに,式変形に非常に有用な性質がある。黄金比及びその逆数の有理多項式は,必ず黄金比の有理一次式で書ける,という性質である。特に,黄金比の整数乗は,整数×黄金比+整数の形に書ける。
 \phi^2=\phi+1 から次々に,\phi^3=2\phi+1\phi^4=3\phi+2\phi^5=5\phi+3\phi^6=8\phi+5 を導くことができ,
 \frac{1}{\phi}=\phi-1 から次々に,\frac{1}{\phi^2}=2-\phi\frac{1}{\phi^3}=2\phi-3\frac{1}{\phi^4}=5-3\phi\frac{1}{\phi^5}=5\phi-8\frac{1}{\phi^6}=13-8\phi を導くことができる。
 係数と定数項に出てくるのは,フィボナッチ数である。

・三角比

 正五角形に対角線を引いたときに現れる鋭角二等辺三角形は,すべて相似である。正五角形の頂点に集まる3つの角は,いづれもその頂角であるからすべて等しい。すなわち,正五角形の対角線は,内角を三等分する。正五角形の内角は108°であるから,鋭角二等辺三角形の頂角は36°であり,底角は72°である。



 これから36°=\frac{\pi}{5}についての三角比が求められる。△ABCにおいて,BからACに下ろした垂線の足をHとすると,HはACを二等分するから,
\cos\frac{\pi}{5}=\frac{AH}{AB}=\frac{\phi}{2}
\sin\frac{\pi}{5}=\sqrt{1-\cos^2\frac{\pi}{5}}=\frac{\sqrt{4-\phi^2}}{2}=\frac{\sqrt{3-\phi}}{2}
\tan\frac{\pi}{5}=\frac{\sin\frac{\pi}{5}}{\cos\frac{\pi}{5}}=\frac{\sqrt{3-\phi}}{\phi}



・正五角形と黄金比
 正五角形に対角線を引くと,黄金比が至る所に現れる。黄金比しか現れないと言ってもいいくらいだ。

 まず,一本の対角線には,他の対角線で分断されて4種類の長さが現れている。小さい方からPQ,PB=QE,BQ=EP,BEであるが,これらの長さの比は,1:\phi:\phi^2:\phi^3になっている。すなわち,この4種の長さのうち近接する2種の長さの比は,どれも黄金比になっている。図から,\phi^2=\phi+1\phi^3=2\phi+1であることが一目瞭然である。



 五芒星のトゲの部分に小さな鋭角二等辺三角形が5個あり,これより大きい相似な二等辺三角形と,さらに大きい相似な二等辺三角形があるが,これらの相似比は,1:\phi:\phi^2である。すなわち,これら3種の鋭角二等辺三角形は,小:中も,中:大も,黄金比になっている。



 五芒星の外側に小さな鈍角二等辺三角形が5個あり,これより大きい相似な二等辺三角形が一種類あるが,これらの相似比は黄金比である。
 もちろん,相似比が黄金比であるということは,面積比は黄金比の二乗であるということだ。



 小さい鋭角二等辺三角形と小さい鈍角二等辺三角形の面積比は,黄金比である。左図を見ると分かるように,高さが同じで底辺の長さの比が黄金比だからだ。
 よって,鋭角鈍角交互に小さい順に並べた5種類の三角形の面積の比は,1:\phi:\phi^2:\phi^3:\phi^4となっている。下図を参照されたい。




 正五角形の辺を上底とし対角線を下底とする等脚台形の面積は,大きい鋭角二等辺三角形と大きい鈍角二等辺三角形の和なので,大きい鋭角二等辺三角形の面積の1+\frac{1}{\phi}=\phi倍であり,大きい鈍角二等辺三角形の面積の1+\phi=\phi^2倍である。



 正五角形は,この等脚台形と鈍角二等辺三角形でできているから,一本の対角線は,正五角形の面積を1:\phi^2に分割する。
 正五角形の面積は,小鋭角二等辺三角形2\phi^3+\phi^4倍である。大鈍角二等辺三角形2個と大鋭角二等辺三角形1個の面積を足すと,正五角形の面積になるからだ。



 また,一本の対角線は,正五角形の高さを黄金分割する。分割して得られる等脚台形の高さは,その内部の大鋭角二等辺三角形の等辺を「底辺」と考えたときの高さに等しいところ,大鈍角二等辺三角形と大鋭角二等辺三角形は「底辺」を共有し,面積比が黄金比だからである。



 正五角形の芯には小さい正五角形が存在する。もとの大正五角形は,この小正五角形を\phi^2倍に拡大したものであり,面積は\phi^4倍ある。よって,小正五角形の面積は,小鋭角二等辺三角形\frac{2}{\phi}+1=2\phi-1=\phi+\frac{1}{\phi}=\sqrt{5}倍である。
 ということは,大きい正五角形の面積も,大きい鋭角二等辺三角形の√5倍である。



・黄金長方形
 辺の長さの比が黄金比の長方形を,黄金長方形という。

 黄金長方形から,最大の正方形を図のように切り出すと,残った長方形もまた黄金長方形になる。なぜなら,大長方形の辺長を1,\phiとすると,小長方形の辺長は\phi-1,1であるが,先に見たように\phi-1=\frac{1}{\phi}なので,小長方形の辺長比もまた黄金比になるからである。この2つの黄金長方形の相似比もまた黄金比である。
 この手続きは,いくらでも続けて行なうことができる。次に切り出す正方形と前に切り出した正方形の相似比も黄金比である。
 ちなみに,辺の長さの比が白銀比(√2)の長方形を,白銀長方形という。白銀長方形を2つに折りたたむとそれも白銀長方形になる。すなわち,白銀長方形は,2つの小さい白銀長方形に二等分できる。大小の白銀長方形の相似比もまた白銀比である。この手続きも,いくらでも続けて行なえる。A4とかB5とかの用紙は,だいたいこの白銀長方形になっている。

・黄金三角形

 底辺と等辺の長さの比が黄金比の鋭角二等辺三角形を,黄金三角形という。黄金三角形は,正五角形に対角線を引いたときに現れる,頂角が36°,底角が72°の二等辺三角形である。

 黄金三角形の底角を二等分すると,小さい黄金三角形が現れ,残りの部分も二等辺三角形になる。大小の黄金三角形の相似比はもちろん黄金比である。
 頂角が底角のちょうど半分であるところがポイントで,そのような二等辺三角形は黄金三角形に限られる。この入れ子の様子は,正五角形に対角線を引いたときにちょうど3つ分が現れている(右図)。黄金長方形の分割と同様,黄金三角形の分割も際限なく行なえる。