スカイ・クロラ


押井守の新作『スカイ・クロラThe Sky Crawlers』(2008)を観る。『イノセンス』(2004)は、遅ればせながら押井守を発見させ、『立喰師列伝』(2006)でその世界に圧倒されてしまい、「アニメあなどるなかれ」の契機となった作品。もちろん、それまでに宮崎アニメはほぼクリアしていたし、決してアニメに偏見を持っていたわけではない。しかしながら、『イノセンス』と『立喰師列伝』は、私にとって衝撃的な出会いとなった。


イノセンス スタンダード版 [DVD]

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立喰師列伝 通常版 [DVD]

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だからこそ、新作『スカイ・クロラThe Sky Crawlers』への期待は大きく、同時期に公開された宮崎駿崖の上のポニョ』と見比べると、目指す世界は歴然として異なることは当然と思うのだ。宮崎アニメの最高傑作は『風の谷のナウシカ』(1984)だと偏見的に断言している私にとって、『となりのトトロ』や『崖の上のポニョ』は、・幼児・子供から大人まで楽しむことができる幅広い世界を視野に入れた作品であり、それはそれで申し分ないのだが、押井守の世界は思想が露出している分、好悪がはっきりする世界になっている。宮崎アニメは嫌いだという人に出会ったことはないが、押井守は嫌いだとか見ないなどという人達がいる。まあ、前置きはさておき『スカイ・クロラ』の内容に入ろう。


風の谷のナウシカ [DVD]

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世界が平和になった時代、「戦争」をゲームとして請け負っている会社があり、二つの会社は絶えず戦争をゲームとして平和ぼけした民衆の関心を引き付けている。戦闘飛行士たちは「キルドレ」と呼ばれ、大人にならない子供たちが「戦争ゲーム」の主役を担っている。永劫回帰の世界にいる「キルドレ」には死とは、再生を意味し他者となって復活し再び三度「戦争ゲーム」に向かう。


キルドレ」であるカンナミ・ユーイチ(加瀬亮)は、欧州の前線基地「ウリス」に配属される。ユーイチには過去の記憶がない。たばこに火をつけたあとマッチを折る癖があり、飛行機の操縦がうまい。前線基地には、女性の司令官クサナギ・スイト(菊池凛子)がいる。スイトは最初、ユーイチを無視しているが、向ける視線が熱い。二人の間にあった過去を連想させる。


二人は恋愛関係に発展するが、「キルドレ」である限り「死」はつねに再生として再現される。日常的な閉塞感を戦闘機に乗ることで、変化をつけており、自分たちが置かれている位相にあまり関心を示さない。あらたな女性「キルドレ」ミツヤ・ミドリ(栗山千明)が赴任し、ユースケやスイトへの関心から「キルドレ」としての自己にアイデンティティが見いだせない。スイトの妹ミズキが実は娘であることなどいち早く察知し、二人の仲にこだわる。


大人になることの意味。大人になるとはその先にある「死」を受容することでもある。子供のまま成長しないことが必ずしも、幸福とはいえない。「終わりなき日常」が永遠に続くことにほかならない。


スカイ・クロラ』は、飛行機の実戦がリアルに描かれるが、交わされる台詞はいつもの押井ワールド的小声と、感情を抑制したような口調で統一されている。平和と戦争、生と死、恋愛と疎外など、淡々と綴られているが、そこに押井守の強いメッセージが込められている。「人生いかに生きるべきか」を考えさせる。決して明かるい映画ではないし、楽しいアニメではない。いかにも、押井守らしい世界が展開される。様々な謎や謎めいたことばや徴がフィルムのいたることろに刻印されている。


押井 守 INTRODUCTION-BOX (期間限定生産) [DVD]

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冒頭で『イノセンス』と『立喰師列伝』に触れたが、最近発売された『押井 守 INTRODUCTION-BOX 』を求めて、過去のフィルムを見ると、実は『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995)に押井守のエッセンスが詰められていることが分かった。『スカイ・クロラ』の公開に合わせて『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊2.0』(2008)が一部地域で公開されている。1995年版をみても、この作品が彼の最高傑作であった*1ことが分かる。いうまでもなく『マトリックス』の先駆的作品であったことは周知の事実であろう。


GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊 [DVD]

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押井作品に込められる衒学的なことばにまどわされなくとも、世界の在りようや「生と死の形而上学」がつねに語られていることに驚くのだ。もちろん、押井守の熱烈なファンには、以上のことなど当然なのだろうけれども。


凡人として生きるということ (幻冬舎新書)

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ここまで書いてきて、押井守著『凡人として生きるということ』(幻冬舎、2008.7.31)を入手して一気に読む。押井氏の考え方がよくわかる。「若さに価値はない」こと。「人間は自由であるべき」というのは欺瞞であるという。

「平和」とか「正義」とか、人間にとって絶対的な価値があると思われる強力な命題こそ、実は時代の変化に応じて緻密に再定義を繰り返さなければ、かえって価値を損なうものなのである。/その価値が絶対的だと思われるからこそ、総じて言葉たらずのままに、「自由は絶対的価値」といった言われ方だけが残ったものがある。(p.59)


また、押井守は「美学」にこだわる。

現代の日本では「名声」「お金」、そして美しく生きるという「美学」の三点で、何を大事に生きていけばいいのか。/結論から言えば、それは美学にほかならない。/名声とお金は相対的な価値だ。(p.75)


押井氏独特の「美学」がフィルムに結実しているわけだ。宮崎駿と比較して、自ら次のように述べている。

宮さんと僕の間に違いがあるとすれば、若者の姿に限って言えば、宮さんは建前に準じた映画を作り、僕は本質に準じた映画を作ろうとしているという、映画監督としての姿勢の差異だけだ。宮さんだって、事の本質は見えているはずで、あえて本質を語っていないだけなのだ。(p.33)


なるほど、宮崎アニメと押井作品の差異は、「建前と本質」の差にあるというわけだ。


機動警察パトレイバー2 the Movie [DVD]

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機動警察パトレイバー 劇場版 [DVD]

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*1:本稿執筆時、押井守が自らが好きであると公言する『御先祖様万々歳』と自ら映像が気に入っているという『アヴァロン』を観ていないことは告白しておかねばなるまい。