おくりびと


朝日新聞(大阪版)』2009年4月6日朝刊に、『「おくりびと」に危機感』と題して、全日本仏教会会長の松長有慶氏の談話が掲載されていた。内容が気になったので、少し感想を記しておきたい。


おくりびと [DVD]

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松長氏は、高野山真言宗管長を勤め、2008年から現職とのことで、思想的には真言密教系ということになる。松長氏がアカデミー賞外国語賞受賞作『おくりびと』には、「テーマが死なのに、宗教者があまり登場しない」ことを憂えている。また、ヒット曲『千の風になって』の歌詞に違和感を抱いた理由として、


私がいやだなと思ったのは、亡くなった人まで利用して、自分の寂しさを癒やされたいと思う現代人の身勝手さを感じたからです。/死者の霊をいつまでも生者の周辺に飛び回らせて、生者が慰められることが望ましい。こんな風潮が広まった背景には、現代社会で葬儀が形骸化しているからではないでしょうか。本当は死者の成仏の儀礼なのに、生者の側の世間体を重んじる行事になっているところに問題があると思います。


本来は、僧侶が「おくりびと」になるべきである、にもかかわらず、葬式仏教となってしまったがために、また、今日の医学や教育が人間を物質的な「物」として扱っていることにも原因があり、人を「物」でなく、「者」として、映画『おくりびと』の主人公のように、「死」について一緒に考え、真心のこもった行動をする僧侶が求められているという。


たしかに、私自身の経験からいえば、この4月初旬に母の七回忌に帰省してきたが、宗派は真言宗で、各派に共通の「般若心経」と空海の教え「真言」を唱えて死者を供養する形式で、法要が執り行われた。仏教で、一回忌、三回忌、七回忌と葬式以後三度、家族・親族が参集した。このような形式は、いわば死者が残された生者を呼び寄せ、普段、集まることのない死者に係わりがあった人たちが一同に会する場を提供していると、ポジティブに捉えることで、了解可能となる。


銭金について

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たとえば仏教のなかの考えなどは、車谷長吉のエッセイ「読むことと書くこと」(『銭金について』所収)のなかで「四苦八苦」について記されいるので、解りやすい。釈迦が唱えた「娑婆苦」「業苦」について、人間の苦しみは「四苦八苦」であり、「四苦」とは「生・老・病・死」、「八苦」とは「愛別離苦(あいべつりく)・怨僧会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとくく)・五陰盛苦(ごおんじょうく)」の四つを加えた「苦」をいう。車谷氏のことばを引用すれば、

釈迦の世界観というのは、人間の「業」というもの、あるいは苦しみというもの、「四苦八苦」というものに基づいて構成されている。人間は「苦の世界」を生きている。この苦しみというのは、自己と他者との関係の中で発生する。(p.195「読むことと書くこと」)


車谷氏は「宗教や信仰の話をしているのではない」と記しているが、宗教者がこのように解りやすく葬祭の席で語られることはない。釈迦は、その「娑婆苦」「業苦」の世界で、瞑想をするとか座禅をするとか、仏教の修行をすることによって悟りを啓いた、と氏はいう。車谷氏は、「悟りを啓かない」という強い意志で、苦しみや運命と闘った記録が「文学」であると述べている。


車谷氏が語るように、宗教者が語るなら、葬儀や法要の席の意味が共有されるだろう。仏教者は、儀式的に読経し回向することをに自らの言葉を付加するならば、多少とも「宗教」への関心が寄せられる可能性がある。松長氏が懸念する状況は仏教者側の責任であることに間違いない。


映画『おくりびと』は、拙ブログで昨年度の映画ベストテンで2位にあげている。映画そのものは、葬送という視点から見事な出来栄えだった。それゆえ、松長氏が映画に宗教者がいないと感じたのだろう。


さてその後、4月20日付け『朝日新聞(大阪版)』に、「僧医」を目指す「対本宗訓氏に聞く」という記事が出ていた。禅僧であった対本氏が、医師の資格を取得し、葬送儀礼だけのための宗教ではなく、自らが医師となり医療現場にかかわっていることが紹介されていた。

私が禅僧として積み重ねてきた長年の修行が本物であれば、それらはすべて私の血となり肉となっているでしょう。宗教者としての力がそなわっていれば、自分自身の言葉で表現できるはずです。日常の言葉で語らなければ、生老病死に苦しむ患者さんの耳には届きません。


僧医として生きる

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まさしく、このような宗教者を待っていたというべきか。紋切型のお経を唱えて、自分の言葉を持たない、しかも、宗派内での行動と檀家への依存によって葬送儀礼のみ行っている僧侶がほとんどである。「戒名」は金額によって位が異なるなど、宗教本来の主旨からいえば言語道断であろう。宗教者に、「死者」を「人」として丁寧に葬送する「おくりびと」の納棺師の存在を否定する権利などない、と言っておかねばなるまい。



ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

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龍樹 (講談社学術文庫)

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