本の収穫2011


今年は、腰を据えてじっくり読む余裕がなかった。購入本は例年同様、気になる本が積み置かれている状態である。しかし、最も大きな収穫は、高山宏氏の大著『新人文感覚1 風神の袋』『新人文感覚2 雷神の撥』(羽鳥書店,2011)2冊と、氏による翻訳、ロザリー・L・コリー著,高山宏訳『パラドクシア・エピデミカ』(白水社,2011)の三冊に尽きるだろう。


新人文感覚1 風神の袋 (新人文感覚 1)

新人文感覚1 風神の袋 (新人文感覚 1)

新人文感覚2 雷神の撥 (新人文感覚 2)

新人文感覚2 雷神の撥 (新人文感覚 2)

パラドクシア・エピデミカ ― ルネサンスにおけるパラドックスの伝統

パラドクシア・エピデミカ ― ルネサンスにおけるパラドックスの伝統


いずれも、本としては、記載順に904頁、1008頁、660頁と大冊であること。電子書籍化の話題が先行する中で、敢えて膨大なる書物、モノとしての本とは、かくあるべきと主張しているかのようだ。『風神の袋』『雷神の撥』の数編は読んでいるが、未読本として物理的にも大きなスペースを占めている。更に、12月には『夢十夜を十夜で』(羽鳥書店,2011)が、『新人文感覚』二冊の副読本として刊行された。


夢十夜を十夜で (はとり文庫 3)

夢十夜を十夜で (はとり文庫 3)


ところで、翻訳本に関しては、高山氏は、「翻訳は歴たる自作と心得ること」とし、

「外国の誰かの説を叩き台に議論をしようという場合、先ずはその本を訳してから」(『雷神の撥』p.66)

との原則を貫いている。翻訳者といえば、フランス語では澁澤龍彦、ドイツ語の種村季弘亡きあと、英文学の高山宏のみとなってしまった。翻訳とともに、数年前から出版予告が出ている『アリスに驚け』(青土社)の刊行をお願いしたい。


これはペンです

これはペンです


小説のなかで特筆すべき作品は、円城塔『これはペンです』(講談社,2011)であり、小説や論文などを書くことの本質に迫る内容であった。小説というより<メタ小説>、つまり「小説に関する小説」である。テキストの自動生成プログラムを開発した叔父から姪に届く手紙を中心に話が展開する。併載されている「良い夜を待っている」は、桁はずれの記憶力を持つ父の話。「超記憶症候群」と医学的に称される父の内部記憶は普通人には理解しがたい様相を呈しており、細部の記憶が再現される。姪を介して二編の小説が繋がる仕掛けとみた。


「映画は20世紀の芸術である」と12月29日のブログに記載したけれど、同様に「小説は19世紀の芸術である」と言うべきだろうか。幸いにも日本の近代小説は、自国語で書かれている。グローバル化とされる21世紀は、世界語として英語で書かれ、読まれるべきだろうか。多くの外国文学が、日本語で読むことができるのは幸せというべきだろう。自国の言語への翻訳文学が一つのジャンルとして成立する国は多くない。水村美苗が、フランス語がかつて世界語であったが今は日本語と同じ地域語に没落したことをネタにしていたではないか。

和本のすすめ――江戸を読み解くために (岩波新書)

和本のすすめ――江戸を読み解くために (岩波新書)


さて、その日本語で書かれた本として、近代以前の板本があり、翻字=活字化されている本が一割に満たないとすれば、江戸期以前の写本や板本も、読書の対象でなければならない。和本リテラシーの回復を目的に、中野三敏著『和本のすすめ―江戸期を読み解くために』(岩波新書,2011)は、書物の範囲について、基本的な考えを改めるべきときが来たことを教えられる。明治維新以後、近代化とは西洋を範とし、輸入学問が正統化されてきた。江戸期は近代化への土台が基準に評価されてきた。江戸期を江戸という時代に即して解釈するためには、和本を読みこなすことが要請される。学界においても、読解できる人数が限定される。昭和前期までは、普通にくずし字を読む大人が、多数であったこと。それが、戦後の近代化、更にポスト近代という時代ともなれば、活字化されたもののみが本となってしまった。グーテンベルクによる印刷術とは、西欧における印刷術であり、江戸期は、日本独自の板本と呼ばれる和本が即ち書物であったことを、了解すべき時がきている。

いまなら辛うじて間に合うというわけだ。ちなみに、著者による「おわりに」の記載によれば『国書総目録』に収録されている写本・板本が50万冊、未収録が約50万冊あるという。


それはさておき、上記以外の「2011年本の収穫」を急いで挙げておく。

小澤征爾さんと、音楽について話をする

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  • 井上理津子著『さいごの色街飛田』(筑摩書房

さいごの色街 飛田

さいごの色街 飛田

女子学生、渡辺京二に会いに行く

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昭和の読書

昭和の読書

新藤兼人 私の十本

新藤兼人 私の十本

足ふみ留めて---アナレクタ? (アナレクタ 1)

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ヴァルター・ベンヤミン――「危機」の時代の思想家を読む

ヴァルター・ベンヤミン――「危機」の時代の思想家を読む


書物論・図書館関係本として

  • デイビッド・ビアソン著、原田範之訳『本―その歴史と未来』(ミュージアム図書)
  • アントネッラ・アンニョリ著、 萱野有美訳『知の広場 図書館と自由』(みすず書房

知の広場――図書館と自由

知の広場――図書館と自由

図説 図書館の歴史

図説 図書館の歴史

  • 石橋毅史著『「本屋」は死なない』(新潮社)

「本屋」は死なない

「本屋」は死なない

  • 西谷能英著『出版文化再生 あらためて本の力を考える』(未来社

出版文化再生: あらためて本の力を考える

出版文化再生: あらためて本の力を考える