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伊藤計劃:第弐位相

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02-26, 2005 199X年・・・人類は絶滅していなかった

Projectitoh2005-02-26

押井守、戦争を語る 押井守、戦争を語るを含むブックマーク

 まっぴるま。デイ・ウォーカーならぬデイ・トーカーということでもはや「Howlling in the Night」とは呼べなくなってしまったこのイベント。押井守監督、いさくタン、そして樋口監督(と主催の野田真外さん)というメンツで行われた毎年恒例行事ですが、今回は1300〜1800(実際には押し押しで1820ぐらいまでやった)という長丁場。とはいえ、面白すぎてあっというまの4時間でした。映画料金を考えれば、こんな娯楽性の高い時間で3000円は安い。

 例によっていろいろ差し障りがあるので、内容は書かないでとのお達しにより、来年も楽しみたい私はその勧告を守ることにいたします。が、ちょっぴり私がここ数年考えていた妄想にシンクロした部分があったので、次でそれについていろいろ。

 写真は会場に展示してあったB-29の模型。ドッグ・スレーということで犬ゾリマークを発注したはずの樋口さん。しかし押井さんは「てっきり犬小屋かと思ってた」とB-29機体側面のイラストは犬小屋でした。同様に「プルトニウム型を発注したのに」庵野さんが上げてきたデザインはがっつりヒロシマタイプ。なんだか周辺の意思伝達に問題がありませんか、樋口監督

あそこまでやるんだったらヴァルター機関も載せればよかったのに、と押井さんに言われた樋口さん、「でも、庵野さんにも(福井さんにも)反対されたんで」というのが笑った。

日常としてのジェノサイド 日常としてのジェノサイドを含むブックマーク

 数年前から、ずっと妄想してきたことがある。いま、核を扱う物語とはどのようになるのだろうか、と。核爆発によってニューヨークが、ロサンゼルスが壊滅し、ウン10万、ウン100万の人が死ぬ。それを防ぐために主人公たちが駆け回り、テロリストは政治的目標やあるいは個人的な復讐のために核による虐殺を完遂しようとする。それで物語は収まるものだろうか。

 冷戦が終わってからこのかた、ハリウッド映画で核爆発を何回見ただろうか。ジェームズ・キャメロンはいうまでもなく冷戦の子供としての物語を一貫して作りつづけてきた監督だ。ターミネーターは核戦争後からやってくる。エイリアン2で主人公たちにタイムリミットを切るのは核融合炉の臨界時間だ。アビスは核弾頭をめぐる物語であり、完全版によってその背景で「第二のキューバ危機」が進行していることがわかる。キャメロンは核と、それが象徴する冷戦的な巨大科学破綻を一貫して描いてきた。

 しかし、そのキャメロンキノコ雲を夫婦の愛情を確認するキスの背景として扱うというものすごいことをやったとき、なにか世界のタガが外れたような気がしたものだ。ミミ・レダーの「ピースメーカー」において核爆発は冒頭でいきなり炸裂し、クライマックスの座を与えられることはない。

 核は日常化する。核はこれからありふれた風景になるのだ、という予感。それがたぶん、ぼくが「トゥルーライズ」に感じた無気味さの正体だったのだ、と今はわかる。

 核爆発を防ぐ話が時代遅れで、ビビッドではない、という人は、たぶんその風景を予感できない人なのだろう。大きな物語はぜんぜん死んでいないのだ。アメリカでも、ロシアでもない、北朝鮮やパキスタンのような国が、あるいはテロリストが核を爆発させたその日、確実に世界は変わる。核はその瞬間、神棚から降ろされ、通常兵器の座につくだろう。単に威力の強い爆弾として。

 ハリウッド映画の中で、映画どころかテレビドラマの中で、核が炸裂し炸裂し炸裂する時代が感じるべき「予感」。核の使用を防ぐために戦ってきた「メタルギア」シリーズも3作めにしてついに核が炸裂してしまった。しかも「ピースメーカー」と同じく物語の冒頭部でだ。

 ぼくがぼんやりと考えたのは、政治目標でも個人的怨恨でもなく、その「タガ」を外すために核を爆発させようとする悪役の存在だ。最初の一発を担う者として。核が見慣れた風景となり、大量死と汚染に「慣れた」世界を地上に出現せしめるために、核を爆発させようとするキャラクター

 メタルギア3発売前にデイビー・クロケット核無反動砲について書いたとき、そのような小型核を生み出した思想についても触れた。爆撃機の時代が終わり、ICBMによる相互確証破壊の時代がやってくる直前、マクナマラは核を通常兵器として使用される世界を構想した。柔軟反応戦略というやつだ。かつて、アメリカはそのような世界を想像したことがあるのだ。核が歩兵に配備される世界を。

 柔軟反応戦略が継続していたら、世界はどのようになっていただろうか。大量死にすら日常として「慣れ」た人々が暮らす、別の価値観を持った世界になっていただろうか。あるいは米ソの核戦争が起こっていただろうか。

 それはわからない。だけど、核が日常と化す時代は別のかたちで、そこまできているのかもしれない。

ToToToTo 2005/02/27 22:25 知識の程度の問題なのかもしれませんけど、ミサイルディフェンスやバンカーバスターとしてだと、使われたとしても確実に今ある戦争の延長として認識しそうです。核兵器さえ日常に回収され得るなら、日常のフレームの耐久性を越えるケースが発生しない限りヒトは生き延びそうですね。核攻撃時代のカタストロフではないシミュレーションってされたことあるんですかね。

ProjectitohProjectitoh 2005/03/06 23:23 >>ミサイルディフェンスやバンカーバスターとしてだと
ああ〜そうですね。それは実感の可能性(ややこしいな)としてものすごくあり得ると思います。日常性のフレームというのはけっこう幅が広いもので、私は、人はほとんどすべての事に慣れてしまうのではないか、と思うと怖いです。

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