パフューム

といっても地面が砕けたり空の太陽が僕の手にひらりと落ちたりするほうではない。あの曲、アルバムは違うミックスになってるのね。アルバムのほうがいいな。基本的に欝曲だと思うけど。

というわけで東京国際映画祭ヒルズにて、「パフューム〜ある人殺しの物語」。バレあり、と一応書いておきます。

あんまりえぐい映画でもなく、たくさん死人が出ているというのに安心して見られるというのは、それはそれで不穏な気もしますが、パリの橋の上の九龍城のごとくようなありさまとか、あの時代の景色がたいそう楽しかったのは確かであります。ただ、不潔な魚市場とか蛆とか猫の屍骸とか写しててもあんま臭くもおぞましくも見えてくれないのはどうなんでしょう。というか、その辺、ビッグ・バジェットな一般映画としてのテクニックだとしたら微妙すぎてすごいと思いませんか。臭くて醜いものが画面いっぱいに写っているのに、嫌らしいとも美しいとも感じずに、心を素通りしていく、というような映像があったとしたら。

プライベート・ライアン」は(まあ、「ハンバーガー・ヒル」とかもですけど)、ちみどろスプラッタの専門領域をブロックバスターな大作の領域へ流入させた水門であり、「ハンニバル」の脳みそ試食会を見た誰かさんは、アルジェントがやってたことが一般映画で臆面もなく展開されていることにびっくりしたそうですが、パフュームもまた、ダスティン・ホフマンやアラン・リックマンが出演し、1700年代のフランスをかなりの作りこみで描いた大作なわけです。そんな映画でまさか「カリギュラ」か、さらに下世話に言うならSODの「500人が体育館で〜(ほんとにあるんだよ!そんなAVが!)」みたいな一大肉肉ページェントが見られるとは思いませんした。とはいえ、画面を必死に探しましたが、ボカシはまるでみあたらず(ヘアー程度は見えていましたが)、だとしたらあのすさまじい人数の「体位」を完璧に制御してレンズに写りこまないようにしていたということで、それはそれで笑える努力なのではないか、またあれがCGIだとしたら、作業担当者の精神状態はいかばかのものであろうか、とか考えると笑いが止まりません。そんなすごいアホな映像がクライマックスで炸裂します。

とはいえ、画面には一個のボカシも黒丸もなく(押井さんの「黒い三連星」みたいにやったら面白そうなのになあ)、そんな肉肉肉な肌色の広場を目の当たりにしながらも、画面はこちらの欲望を涼しい顔で通り過ぎ、心穏やかに見ていられるというあたりも、やはり大作特有の特殊なテクニックが使われているのかもしれません。

なんというか、嗅覚というものは映画では表現しようがないわけです、そもそも。すべてを文字の連なりに還元してしまう小説ならできたものが、抽象度がどうしようもなく低い実写映画というフィールドで、それを表現に定着させることは難易度が高い。「宇宙戦争」で恐怖に息を潜ませるダコタ・ファニングの口元に蜘蛛の巣があったことを思えているでしょうか。スピルバーグは映画の抽象度をまったく信じていない人なのです。

で、目に見えるものとして匂いをいかに表現するか。実は匂いというのは味覚に近く、快不快のはっきりした感覚です。「どうでもいい」匂いというのは、「どうでもいい」視覚や聴覚や触覚に比べてほとんどないわけです。そんな感覚を表現するために、なぜか冷静に見れてしまう画像、というのはまった釣り合いません。結果としてこの映画に映し出されるのはヒクヒク動く鼻でしかなく、また匂いの魔術的な力を受けて同ベクトルにのけぞる人々、というそりゃ匂いじゃなくて風圧だろ、という笑ってしまうような映像でしかありません。ダスティン・ホフマンが主人公の作った香水を嗅いで、周囲に展開し始める「楽園」の映像など、まるでヘボい金持ちの想像力貧困な天国みたいで、ほとんどギャグです(まあ、あれがホフマンの役のキャラを表しているのでしょうが)。

醜いものを見せ付けられてもそこに心をかきむしるような醜悪さはなく、セックスを描いていてもそこに匂いたつ欲望もなく、この映画は「刺激」を大作らしい周到さで「脱臭」しています。どれほどエグくとも、まるで匂わなそう、なんてまるでエロゲーのエロシーンではありませんか。

ああ、たぶんこの心穏やかさは正体不明の謎のナレーターのせいですかねえ(ジョン・ハートです)。この映画、「むかしむかし〜」なナレーションでどかどか進んでいくので、昔話気分がいやがおうにもほのぼのさせてしまうのかも。おじいさんの声で「むか〜しむかしあるところ、大乱交がありましたとさ。たくさんのひとが突いたり突かれたりして、そりゃあ〜たいそう気持ちが良かった〜(まんが日本昔話風に)」とか言われても、ちっともエロい気分にはならないでしょうし(いま気がついたんですが、ジョン・ハートの声って、いわゆる「おじいさん声」ですな。まんが日本昔話を英語にしたら、この人の吹き替えがよろしいのではないか)。

面白いっちゃ面白いけど、フツー。風景を見る楽しみもあるにはあるんですが、でも臭そうな風景が魚市場だけってのはなあ。もっと糞尿をばしゃばしゃ窓から落としたりしてもよかったのじゃないでしょうか。いや、たぶんティクバだとウンチ映してもフラットになってしまうと思うけど。ヨーロッパの人がヨーロッパ撮ると、なぜかみんな印象一緒になっちゃうなあ。「ジェヴォーダン」とか「ルパン」とか「ヴィドック」みたいなおチープ感(予算に起因するものではない)。ヨーロッパの人がヨーロッパ撮って、絵がペタンコになる、これ不思議。あ、ティクヴァはドイツ人、ってそれは突っ込みなしで。

でも、おっぱいがたくさん出てきます。よかったよかった。

というのは冗談ですが、ホフマンの調香師が商売敵の香水を分析するするところとかはよかったです。へえ〜あんなふうに匂い嗅ぐの、って感じで、映画ならではの「モーションの面白さ」がありました。裸とかはあんまエロくなかったんだけど、あのハンカチーフを振るしぐさは美しい猛禽のように素早くて、ちょっと官能的だったなあ。

ちなみに、赤毛映画です、これ。「ラン・ローラ・ラン」以来の。