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伊藤計劃:第弐位相

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08-04, 2008 誰も信じるな

信用してはならない映画評の書き手の見分け方 信用してはならない映画評の書き手の見分け方を含むブックマーク

以下のセンテンスまたは類似の言葉を使っている映画評は信用できないorつまらない、というワードを淡々と列挙するよ。

  • ストーリーが読めてしまうからよくない
  • エンターティメント(娯楽映画)としてはすばらしい
  • 芸術としてはすばらしい
  • 人物描写が浅い(薄い)からよくない
  • 人物描写が深い(しっかりしている)からいい
  • テーマが深いのでいい
  • テーマが浅いのでよくない
  • テーマが見えてこないのでよくない
  • テーマが描けていないのでよくない
  • ある社会との関連が薄いのでよくない
  • ある社会をよくとらえているのですばらしい
  • ある思想なり社会批評なりが描けていないからつまらない
  • ある思想なり社会批評なりが描けているからよい
  • 登場人物に感情移入できないからつまらない

と書いている人。基本的に、「自分が読めていないだけなのじゃないだろか」ということに疑いを差し挟まない系の言葉ばかりです。例を挙げると、「人物描写が浅い」というのは、実は台詞で語っていないだけで、「映画ならではのやりかた」つまり、繰り返しとか、癖とか、さりげない仕草とか、喋っている内容ではなくしゃべり方そのもの、とかでばっちり説明されている場合が多々あります。

当然ですが、同じ映画を見ていても、見えているものはひとりひとり違います。上記の「映画ならではの人物描写」を含めて「自分には見えたもの」の感動を伝えるのが、面白い映画評とそうでないものを分かつ境界線と言えるでしょう。

要注意ワードは「深い/浅い」です。あと「薄い」。

これは、責任とか自分とか言ったものからものすごく遠い単語です。深い/浅いは具体的にどうだったのかを全く述べないときに使われる、印象批評では下の下の下下々の下ぐらいの単語でしょう。テーマが深い。よござんす。しかし、「どう」テーマが深いのかを書くのが文章というものの機能なのであって、それをきちんと書けている人はわざわざ「深い/浅い」とは書きません。つまり「深い」と書くのは馬鹿です。要するに何も考えてないということのぶっちゃけというか告白なので、その文章の知性を駄目な方向に数ランク引き下げたいのだったらがんがん使うべきです。

あと「感情移入」できない。これはてブのコメントで教えてくれた人がいましたが、確かに映画評としては使ってはならない単語ベストワンぐらいに位置する最悪バカワードではあります。「感情移入できないのでだめ」確かにこれはまずい。非常にまずい。言ってしまったらあしたから白眼視されるのを恐れたほうがよいでしょう。なぜなら、映画の機能として、観客を登場人物に感情移入させることは、まったく重要ではないからです。現にわたしは感情移入しないで大抵の映画を見ています。

ちなみに、たとえ見方が個人的主観に凝り固まっていても、「おれはこいつが好きなんだ!」というほとばしる熱い想いを、ある程度はみなにわかるようにきちんと説明できている文章は、大体上の単語を使っていません。つまり主観性とか客観性とかはあまり映画評のおもしろさに関係ないようです。「これぐらいわからねー奴は駄目な奴に決まってる」ぐらいのゴーマンさを備えているくらいのほうが面白いのですが、それももちろん上記のセンテンス群に「逃げていない」ものに限るでしょう。

上記のセンテンスを使っていても、その理由をちゃんと書いているものはこのかぎりではありませんが、大体書いてないor説明になってない場合がほとんです。

意地悪いですが、意地悪いなりの面白さがあるので追加していく予定。

かなり独断ではあるけれど、これも、という人がいたらコメント欄までどうぞ。

余談 余談を含むブックマーク

はてぶの関連エントリが冗談としか思えぬ精度で爆笑した。

余談 余談を含むブックマーク

はてぶとゆーのは面白いのと興味深いのとアレな人が集まるって言うから、自分的には驚くほどブされたエントリなので、もうこういう扇情的なことは書かないでおこうと言いながら最後屁をかましてしまうのだ。

しかし、結構他たのしいねこういうの。

ブログは何書いても、別に個人の自由。

アレか、小学校からはじめにゃいかんか。ブログと法律の違いについて。はい、法律はそれを運用する人によって違反した人を拘束なり罰金なり課してある種の強制をすることができますが、ブログの文章にはできません。はいそうですね。たりめーだっつーのブログの文章が誰に何を強制させることもできないなんつーのは。これだって読まれてはい終わりが関の山だ。世知辛い世の中だぜ。お姉さんに鞭で叩かれるだけでも七千円かかるんだからな。じゃあなんでこんなエントリ書くよ。なんで時々日記じゃないこと書くよ。何故か。おれはこの世が少しでもおれにとって楽しい(「正しい」じゃねーぞ)場所になってほしくて書いているのだ。何人かはもしかしたらいるかもしれない。「うん、そこらへん気をつけて書けばもうちょっと映画評面白くなるかな」って考える奴が。そういう奴の存在におれは賭けてるんっだつーの。「個人の自由だと思います」とか抜かしている間は何も変りゃしねえ。いい言葉だな「個人の自由」って。たいそうなこった。くたばれ。おれはおれにとって読み応えのある文章がすこしでも増えてほしくてこういうことをやってるんだ。おれのためだ。世界がおれにとってちょっとでも楽しい場所になりゃ万々歳だ。あのな、おれは世界を変える気で書いてるんだよ、大袈裟に言えば。いや大袈裟じゃないか、ホントの話だからな。スルーされない何人かに届いて、その人間が面白い文章をはてなで書こうとしてくれりゃおれにとっては大勝利なんだ。おれは明日死ぬかも知れないし、そういう「個人の自由ですから」なんておためごかしに付き合っているほど暇じゃねーんだ。もっともっとおれにとって面白くて興味のある文章が読みたくてたまらないんだよ。「個人の自由」んな前提以前の文言ををわざわざはてブに書き込むなっつーの。

unkoeaterunkoeater 2008/08/05 05:52 どのセンテンスもとどのつまり「俺(私)はつまらなかった/おもしろかった」ということが言いたいだけで、それが
「評」などとは書いてる本人もつゆ思っていない可能性というのがあって、もし単なる感想であれば
そもそもこんなふうに批判する意味もないんじゃないかという気もするんですが。

伊藤さんの言いたいことというのは要するに「ただの”浅い”感想を平気で書くやつはバカだ」ってことなんでしょうね。

でも映画レビューとかではある程度そういうのも参考にしてますよ、自分は。内容がただの「つまらない」であれ、
その数が圧倒的に多ければ「つまんねぇんだろうな」とは思いますものね。実際見てみたらやっぱりつまんなかったりして。
「感情移入できない」とか「テーマが浅い」だって、要はキャラに萌えられなかったり、そんなわかりきったことわざわざ
言われなくてもわかってるよとか、言外にはもっと原始的な感動を求めるニュアンスもあったりして、
とにかく「グッとは来ませんでした」ってことが言いたいだけなんだから、それはそれでいいんじゃないですか。

具体的な記述でいかに説得力のある映画評を読まされても、人によってつまらない映画はやっぱりつまらないわけで、
その意味で伊藤さんの挙げた「バカセンテンス」と同じ程度に、やはり伊藤さん自身が書く映画レビューも信用はできないわけですよ。
「感情移入できない」みたいなレビューがあまりに多い映画は、少なくともそういう陳腐なセリフを平気で使ってしまう
人たちをも楽しませるような魅力的なキャラクターは出てこないだろうことは想像できるし、
その程度にはこの手の「バカセンテンスレビュー」も役には立つんじゃないか、と自分は考えます。

つまるところ、映画がつまらなかったことへの腹いせに「つまんねーんだよ」と不満を吐き出す捌け口にネットを利用している人たちを、
「評」を書く&読むことを楽しみにしている人がそういうつまらない感想への腹いせにブログを捌け口にしている、という構図なんですよね。

ナイス・シットスローイングと。

ProjectitohProjectitoh 2008/08/05 07:47 上の文章に何か「言いたいこと」があるとすれば、それは
「あるブログをささ〜と眺めて上の単語を見つけた時点で読むのを止めれば、時間を無駄に押せずに済むよ」程度です。大体、わたしは映画を見に行くときの基準としてブログを参考にしたりはしない(文樹みたいなのは上映場所とかがネットでしかわからないのでそうしますが)ので、見終わったアトにみながどんなことを書いてるんだろうな、というのがブログにのっている映画感想の読み方なわけです。そう言う場合、面白い文章とつまらない文章という点でしかその文章の価値を計ることは出来ない。繰り返しますが、「信用できる」というのは「映画を見に行くのに信用できる」のではなくて、「これからもきっと面白い文章を書いてくれるだろう」と信用できる、という意味です。

「浅い」文章を書くなとは申しませんが、「浅い」文章を書く人っていうのは本当にちゃんと映画を見ていたのか、って疑念も勿論出てくるわけです。「深い/浅い」っていうのは褒め言葉にしてもけなし言葉にしても映画の側に責任を渡す言葉なので、それよりは「おれはこう思った」のほうがよっぽど責任の所在が明確なわけです。「浅い」文章が駄目なのは、自分が何事かを書いて公衆に晒す、という点から全力で逃げているからなのですね。実は映画とは関係ないところでダメダメなのです。

ibayacibayac 2008/08/05 11:35 >繰り返しますが、「信用できる」というのは「映画を見に行くのに信用できる」のではなくて、「これからもきっと面白い文章を書いてくれるだろう」と信用できる、という意味です。

ここ論理に無理がある気がします。
映画批評って、鑑賞するかを決めるために見る人がほとんどじゃないですか?だからネタバレには気を遣うわけで。

最初の記事を読んでも、「信用する」というのは、面白いかどうかを判断する基準として信用できる、という意味にしか僕はとれません。

saoluissaoluis 2008/08/05 11:39 “世界観”も上記に列挙されたコトバにあてはまるのではと。

FLEXFLEX 2008/08/05 11:57 「どうでもいい感想」や「毒にも薬にもならない感想」を、無理矢理に「ダメな評」へ貶めて悦に入られてしまう心配がある。Projectitohさんの映画評の定義って何ですか? そこに安易に感想まで巻き込まないでください。

unkoeaterunkoeater 2008/08/05 12:40 これは映画評云々というよりは、文章全般に関する良し悪しの話だろう、とは思いましたが、
そのくせ「本当にちゃんと映画を見ていたのか」みたいなことを仰られたりしてますよね。
しかしこの留保は当然のように、僕自身良い映画評を書かれる方だなぁと定期的に好んで読みにきている
伊藤氏の「深い」文章にもやはり同じように当てはまるんだ、ということを申し上げたいわけです。
ですから「ナイス糞投げ競争」と。

「ちゃんと観ている/観ていない」なんてどうでもいい人にとっては、むしろそういう「バカセンテンスレビュー」の
総量のほうを参考にするでしょうし、繰り返しだのシャレードだのモンタージュだのコントラストだの、映画表現がどうのなんて
どうでもいい、全く興味のない人間が観て、それでも楽しめる作品なのかどうかを判断する材料として、
ときには「深い」映画評よりは「浅い」映画評のほうが役に立つじゃないか、ということを上で書かせて頂いたわけです。
意識して読み取ることで面白くなる映画は確かにありますよ。でも、
そんなことしなくたって宮崎アニメはやっぱり面白いんですよ。そんな細かいこと言わなくても面白いものが観たかったり
するのですよ。それで、そういうバカセンテンスにも「原始的な感動を求めるニュアンスが込められている」と書いたのです。

とはいえ、文章の良し悪しという点ではその通りだと思いますよ。
「テーマが深い。よござんす。しかし、「どう」テーマが深いのかを書くのが文章というものの機能なのであって」
抽象的な言葉をいかに噛み砕いて具体的な表現へ変換しているかっていうのは、別に映画評に限りませんけどね。
で、映画評に限らず文章全般に関するお話ですよってことをもっとハッキリ書いておいてもらえれば、たぶんこんな
長々しいコメントも書かなくて済んだんだろうなぁとも思います。

JD-1976JD-1976 2008/08/05 12:54 はじめまして。
要注意ワードに「リアリティがない」ってのはどうでしょうか。

take02take02 2008/08/05 13:20 おなじくはじめまして。

「ミニシアター系の映画が好きな人にはおすすめかもしれない」
はどうでしょう。

自分のリテラシーの低さを棚にあげて、上から目線で映画を評価する輩を
どう避けられるか。
ネットでレビューを漁る身としては切実な問題です。

minusdriverminusdriver 2008/08/05 14:05 自分は気に入らなかった、好みじゃなかった、ハズレ、見に行かない方がいい。そうしたネガティブなクチコミを見かけるたびに、わざわざ書かなくてもいいのになー、と思います。ツボにはまって他のヒトにも薦めたい作品に出会ったときだけ書いてくれればいいのに、と。
ヒトの好みは十人十色ですが、悪かった点の粗探しをして「見に行かない理由を探す」ヒトは少ないのでは?良かったところを見て「迷ってる自分の背中を押してもらう」ために、検索してまで探すんだと思います。

映画を見に行くかどうかというのは、そんなにネット上の他人の映画評(感想文)に左右されるモノなんでしょうか?
ほぉ、なるほど、と思わされる文章に出くわすとその発言者に興味がわきますが、箸にも棒にもかからない取るに足らないサイトは立ち寄らなければいいだけです。信用に値しない「ワード」というのは単に、参考にならない感想文ですよ、というキーワードなのでは。良し悪ししか書いてない感想文には何の意味もないですよ。

自分がネットを検索してまで他のヒトの感想を探したのは、イノセンスの時くらいですかねぇ……。映画の視聴後に、他のヒトはどう感じたのかが気になったのです。そのとき思ったのは、どの点についてどう感じたのか、ということが書かれてないサイトは参考にならない、ということ。
結局、自分がどう感じたか、というのが大事なのであって、他のヒトがどう感じたか、というのはあまり気にしません……。
強いていえば、自分が見た作品の、他のヒトの評価は気になりますかね……。それにしたって既に信頼を置いてるサイトでの言及をチェックする程度で、検索まではしませんが。逆に、信用してるサイトで薦められてる作品は気になり始めますね。ダークナイトとか。

下手に検索であさらずに、信頼が置けるサイト(や人物)をあらかじめブックマークしておく方が賢明な気がします。

unkoeaterunkoeater 2008/08/05 15:03 いや、どうも伊藤氏は、「映画評や感想文は映画を観るときの参考になるか否か」ということを言っておられるわけではないようで。
自分もそういうことを言ってるのかと誤解して、「ただの感想だって参考になるよ」ということをひとつの意見として申し上げたのですが
伊藤氏は「浅い文章を書くなとは申しませんが」ということを踏まえたうえで、しかし、その手の文章は「つまらない」ということを
書かれているそうなので、そういうことでしたら「なるほどな」と納得した次第です。

しかし、上にも書かせて頂いたように、映画を観る前にせよ、観た後にせよ、ただの「感想」を参考にする
人も世の中にはもちろんいるわけでして、そういう様々な観点がありえることの自覚はしておくべきかなと。
「浅い感想は書かなくてもいいのになぁ」という意見と同じ程度に、「浅い感想だって書いたっていいのになぁ」
という意見もあるわけです。というか、そういう人のほうが実際のところ多いでしょう。ヤフー映画のレビューなんか
見ていると。あれなんか、内容なんて一切読まずに☆の数だけで映画のクオリティを想像したりとかもできますけど
(できねーよって方ももちろんいるでしょうが)、ダークナイトなんか見ても5つ星の嵐だったりしますよね。
ただの「面白かった」とかの一言レビューでも、ないよりはあったほうがいいんじゃないかってことなんです。

まぁ、色んな意見があるとは思いますけど。
「下手に検索であさらずに、信頼が置けるサイト(や人物)をあらかじめブックマークしておく方が賢明な気がします。」
ってのがリテラシーってやつかなぁと。要は自分にとって重要か否かですよねぇ。

ibayacibayac 2008/08/05 16:00 >いや、どうも伊藤氏は、「映画評や感想文は映画を観るときの参考になるか否か」ということを言っておられるわけではないようで。

なるほど、それでしたらわからないでもないです。
自分が見終えた映画なら、踏み込んで書いてある批評とかを読んでみたくなりますしね。

unkoeaterunkoeater 2008/08/05 18:25 それにしても語弊のありすぎる書き方だなぁとは思いますけど。タイトルからして「信用してはならない映画評の書き手の見分け方」ですよ。内容もそのまま読むなら「こういう馬鹿センテンス使ってる批評/感想は信用できませんよ」という話になるわけで、個人的には「信用ってなんだ?」と違和感を感じざるをえなかったりします。(氏のコメ欄における補足で納得はしましたが)

>かなり独断ではあるけれど、これも、という人がいたらコメント欄までどうぞ。

というわけで、「この映画(評)は信用できる/できない」。

naoya_fujitanaoya_fujita 2008/08/06 07:38 いや、すばらしいです。余談2が。