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御光堂世界〜Pulinの日記

2009-11-30

昔の思い出 1990年ごろ神田駅前にあった半廃墟のビル および何だかよくわからない古いビルのこと

神田駅前のこのビルは1990年代初頭までは建っていたらしい。

デザインと汚れっぷりからみて相当古いことが分かります。すでに2階の半分から上は廃墟化しているようです。人為か自然か、屋上には木が生えています。

(*12月10日追記 大正年間建築の佐竹ビルとのこと)

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このビルも同時期に発見、かなり年季が入っているという以外、場所も分からなくなってしまった。「居酒屋 のんき村」がヒントになりそうですがよく分からない。

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同じ頃、新橋駅前にあった廃墟寸前ビル。ほとんど広告塔としてしか機能してない。窓の感じからすると相当古そう。今でもあるの? 現存しない。(堤第二ビルと呼ばれていたらしい)

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これも同じ頃に見つけました。どこにあった何の建物かはわからなくなりました。半廃墟というほどでもない現役ビルですが、昭和20年代の臭いがしています。

(*12月10日追記 1931年建築の正金アパートという新富町にあるビルであることが判明)

あるサイトで、これをカサ・ミラ(ガウディ)に通じるものがあると指摘されている方がいました。興味深い着眼点です。

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2009-11-29

お昼ご飯

今日のお食事として記録している外食もあまりバリエーションはないですが、うちで食べるのもさらにバリエーションがなく、蕎麦、スパゲッティ、納豆+味噌汁+ご飯くらいです。今日はスパゲッティアラビアータを食べました。茹でた麺にレトルトのソースを温めてかけただけ。まずそうでしょ。

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昔の思い出 昭和末期の長崎の端島(いわゆる軍艦島)のこと

昔の思い出と称して廃墟の画像ばかりを貼っていますと、廃墟の記憶はやっぱり端島軍艦島)に行き着くことになります。

軍艦島は時間が止まっているような場所なので、すでに20年前も建物は荒廃崩壊していましたし、今はもっと酷くなっているのでしょう。

ところで、大ざっぱに言って、軍艦島では、島内の地位のヒエラルキー=炭鉱の職制のヒエラルキー=居住場所の標高のヒエラルキーという構図が成り立っていました。すなわち、島の一番高いところには神社が、そしてそして次は島で唯一の一戸建ての炭鉱長の住宅、次は幹部職員の住宅、下って一般坑夫は島の低いところの狭小なアパート群に住む、そして炭鉱には付きもののタコ部屋は穴蔵のようなところという具合になっているわけです。

そういう時代があったことを念頭に置くのもいいでしょう。


思い出として画像を掲載します。


軍艦島に接近する時目立つ建物。薄汚れた白い壁面と桟の細かい大きな窓が印象的。しかも錆びた鉄筋が露出。

この時は、岸壁のこの切れ込みの部分に船が着いていましたが、現在はこことは島の反対側に船着き場ができて着くようです。

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同、正面。学校ですね。

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病院?

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特に古そうなアパート。

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中庭のあるアパート

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そのアパートの外側

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商店か。

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既に崩壊寸前の木造。現在は?

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建物の谷間の通路。

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軍艦島の名物のビルの谷間の階段。

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アパート間。左のは焼却炉か。

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劇場(映画館)。味気ない建物ばかりの軍艦島で唯一装飾的な建物。

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岸壁ぎりぎりまで折り重なるように建物。

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海を望む。

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アパートの谷間。

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アパートの谷間。

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危なそうな橋。

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屋上には草が。

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同、屋上。小屋が。

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レンガ造りの炭鉱施設?

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炭鉱施設?

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これも炭鉱施設。

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上方に神社を臨む。

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すみませんでした。

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建物の傷み方が甚だしく中には怖くてほとんど入れませんでした。床を踏み抜いたり天井が落ちたりしないとも限りませんから。


廃墟に何を感じるかは人それぞれでしょうが、自分の場合は、意味を失った量塊が自然に崩壊していく、無意味さ虚しさに感じるところがあります。


追加

映画館の内部?

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メモなどは取っていなかったので、頼りになるのは薄れかけた記憶しかないです。


軍艦島から帰る漁船の上から望む。

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追加

海からのアップ。神社社殿がわかる。

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全体。確かに、船、軍艦、を連想させるシルエットで、今のイージス艦にも似ています。

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曲がって見えるのは、カメラのせいというより地球が丸いからでしょう。



長くなるので、続きは→ 端島(軍艦島)の写真 その2、へ。

2009-11-28

昔の思い出 昭和末期の米軍朝霞基地(キャンプドレイク)跡の廃墟のこと

これは埼玉県にありました。跡地は学校や公園として少しずつ整備されつつありますが、まだ手付かずの区画が残っています。

現在、ここに公務員住宅が建つ計画もあるようです。


(追記 2011年9月、キャンプドレイク跡地に公務員住宅の建設工事が始まったようです。)

(追記 2011年10月3日、野田首相はキャンプドレイク跡地の公務員宿舎建設の凍結を決めました。)

(追記 2012年11月からここは朝霞市の基地跡地暫定利用広場(通称「朝霞の森」)としてオープンしました。そのかわり、長いあいだ手付かずで放置され森のようになっていた樹木はかなり伐られてしまったようです。)


DRAKE(ドレイク)と。

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本館らしい建物。多角形の平面を持つため「リトルペンタゴン」という通称があったとのこと。同様の形態で同様の通称を持つ施設が国内の他の現役米軍基地(キャンプ座間など)にもまだ現存しているようです。現在の航空写真でもこの建物のくねくねした多角形の痕跡が確認できます。

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その裏側。画像の色調が変なのは、元のフィルムが変色してしまったためです。

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屋内

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エキゾチックな建物。基地内学校でしょうか。

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カマボコ型兵舎

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中には、テレビの粗大ゴミ。(光の当たり方からからみて、また違うカマボコ型兵舎の内部らしい)

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カマボコ型兵舎の入口

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窓が全て失われた建物

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荒れた室内

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錆だらけの看板

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枯れ葉の中の建物

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鉄塔の下の方、古びた平屋

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ボロボロの建物

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給水塔? 武骨な感じがするから旧日本軍の頃(米軍が来る前、この土地には旧日本陸軍の被服廠があった)のものか?

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石油(燃料)塔?

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入ってはダメだった。

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消火栓?

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鳥居型の看板。1956は年号か。

(追記) ここに置かれた米空軍の通信部隊、第1956情報システム群を表す1956であった。(→のSIGABA氏によるコメント参照)

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昔の思い出で、廃墟の写真が多いのは、そういうものを被写体に写真を撮ることが多かったからです。

当時はコダックのフィルムをよく使っていましたが、多少色褪せしてもそれらしい色合いが残っているように思います。

この跡地も、20年前は今ほどのジャングル化していなかったようです。


参考 米軍立川基地跡の廃墟



ここでの写真は、ほとんど手を加えない現状のまま掲載しているので、廃墟でもあまり「怖い感じ」のはないですが、シャレとして、上の方の一枚をいじって「怖い感じ」にしてみました。

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追加

本館リトルペンタゴン屋上から

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フィルムが黴びたように変色したのを逆に生かして画像を作ってみました。お遊びです。

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これも「リトルペンタゴン」

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追加 

渡り廊下

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カマボコ型兵舎の荒れた内部

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何かの小屋の内部

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追加

現在の朝霞基地跡航空写真 中央よりも少し上のくねくねした多角形のものが「リトルペンタゴン」の撤去された痕跡

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続きはこちらにあります → 米軍朝霞基地(キャンプドレイク)跡の廃墟 その2、 米軍朝霞基地(キャンプドレイク)跡の廃墟 その3、へ。

2009-11-27

今日のお食事 および神保町とかお茶の水

神保町の辺りを歩いていたら、このような建物を見ました。町内会の詰め所になっていますが古い交番っぽい雰囲気です。

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(追記)

これは猿楽町詰所。もとはやはり古い交番でした。


その近くで、天ぷら屋「いもや」発見。この店に入るのは20年ぶりだなと思って食べてみました。天ぷら定食600円。昔これを食べた日は、まだ多少なりとも希望を持ってたな、と思いながら。

そういえば、店の位置が昔の記憶とは違うような気もしますね。

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お茶の水駅前では、寿司屋の細長い建物が傾いています。

(*12月14日追記 店はボロくても評判の良い立ち食い寿司屋だそうです。でも寿司は座って落ち着いて食べたいな‥‥)

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東京医科歯科大学の壁面はいつ見てもごちゃごちゃしている。こんなに見苦しく室外機を置かなければならないのは設計ミスでしょう。

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この裏側も酷い。美的感覚皆無。附属病院に行くたびに否が応でもこれを見せつけられるのです。

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うるせえ廃品回収車

廃品回収しますという車が毎日のように町内にやって来て、うるさいアナウンスを流す。

アナウンスの声やこちらは××××です、の部分が違うので、毎日違う業者が来てるのかと思ったら、たまたま車を観察してみると、なんだ昨日来ていたのと同じ車じゃないか。

同じ業者がしつこくやって来て嫌われるのを避けるため、毎日別業者が来ているように装っていたわけか。底の浅い猿知恵だなあ‥‥


*12月13日追記

と、思ったが、あるいは何人もの業者が一台の車を使い回してるのかもな。

昔の思い出 昭和末期の東京 東京工業試験所等の廃墟のこと 都会の中の廃墟のことなど

現在、初台の新国立劇場が建っているところには、長い間、東京工業試験所の建物が廃墟として放置されていました。大正末期の建築だそうです。この建物をいよいよ取り壊すことになった時、特に名建築ではないものの、表現主義の味わいがある貴重な建物だから、何とか残すことはできないか、という声も一部にありました。

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その背面

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東京工業試験所についての続き


同じ頃まで、杉並区内に機械技術研究所の建物の廃墟が放置されていましたが、こちらは只の箱のような面白みのない建物だったため(窓などの感じから建物自体は戦前のものと思われる)、惜しまれもせず撤去され、今は公園になっています。

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その背面側

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機械技術研究所続き


これも同じ頃まで、新宿区戸山にあった国立栄養研究所。建物は古いけど廃墟というより建て替え寸前で抜け殻になった状態らしい。(追記)かつて陸軍軍医学校の標本図書室だった建物である。

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これも同じ頃、代々木にあった中央鉄道病院、建て替え工事が始まろうとするところです。

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九段の靖国通りに面した九段下ビル。これはわりと有名な建物で、20年前にすでに半廃墟のようでしたがまだ現存しています。 2010年6月の状況はこちらを参照

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千代田区内に廃墟状態であった一橋講堂。90年代半ば頃撤去されたらしい。

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このときはまだ現役でも老朽ががすすみ街中の廃墟といった体だった明治書院ビル。古い建物ですがこの時はまだ現役で使われていました。

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同じく街中の廃ビル。日本橋にあった加藤ビル。古い様式の骨格だけといった体の建物。長く廃墟状態で放置されていた。

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*12月12日追記 

上の機械技術研究所の鳥瞰写真が出てきた。画面中央の学校校舎のような建物が本館。こういう廃墟が住宅地の中に野晒しになっていたのは地元の人にはあまり感じが良くなかったかも。

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昭和末期には、その間10数年ほどの間に、都内にあった何とか研究所の類の公的研究機関施設が軒並み筑波に移転したため、その跡地が広大な廃墟として放置されてる時期があったわけです。


続き

昭和末期、東京都内に存在した廃墟 その2

2009-11-26

ウルトラマンシリーズのヒロイン3人

ウルトラマンの初期のシリーズはリアルタイムでは見れず、再放送になってから見ていました。

そのうち、子供心の印象に残ったヒロインが、ウルトラマンのフジアキコ隊員(桜井浩子)、ウルトラセブンの友里アンヌ隊員(菱見百合子)、ウルトラマンAの南夕子隊員(星光子)の3人。その他のヒロインはどうも記憶に残ってないし、ウルトラマンシリーズはウルトラマンレオあたりで特撮怪獣物に興味がなくなり見なくなりました。


ウルトラシリーズのヒロインは友里アンヌ(菱見百合子)が人気が高いようで、こうやって画像を見ても、コケティッシュな感じがあって可愛くて、時代を超えてきれいですよね。

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フジアキコ(桜井浩子)もきれいですけど、ちょっと大味な感じが昭和40年っぽさがあります。メイクとかもあるのでしょうが。

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そして、南夕子(星光子)は、失礼ながら、なんか変な顔だなあと子供の頃思ってました。今見直すと、やや個性的な容貌の上、ちょっと奇妙な髪形だったためそういう印象になっていたのかもしれませんが、やはりきれいですね。今になると三方の中では一番好きかも。

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制服のデザインで言えば、一番かっこよく見えるのがウルトラセブンの地球防衛軍(ウルトラ警備隊)、色がシックなライトグレーの上、脇の黒い部分がアクセントとして効いているからでしょう。

2009-11-25

今日のお食事

夕飯は、国立のまっこうやで「クロ」という豚骨醤油味ラーメン。麺といいスープといいちょっと癖のあるラーメンでした。

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音楽雑誌『フールズメイト』39号(1984年11月)の読者欄の味わいのある投稿

「眠れる美女」よ、さようなら。

 

 奈良市 オリーヴ少女


 この間、友人が結嬉しました。20才。同級の女の子です。私なんて彼氏もいません。よってまだ処女です。友人の間では20才で処女なのは私ぐらいだといって天然記念物扱いをうけています。処女だということで完全に子供扱いにされています。あんなもん。人間としては当然のことであって自慢するもんじゃあないと思うんですけど…。なぜこんなことを書いたのかというと仕事先で24才の男に 「まだ処女でいらっしゃいますか?」 と聞かれたんです。黙っていたら 「だって君はいつも少年のような瞳をしているでしょ…」だと…男性雑誌の読みすぎだ。こいつ。と思いつつなぜか落ち込んでしまった。


 そんなお兄さんお姉さん方の環境の中で20才となった私はある日天に誓ったのであります。24才までペイル・ファウンテンズとドゥルティ・コラムが同居しているようなきれいな子でいるんだと。誓いをたててから10日程たったある日N・W少年から告白を受けてしまいました。7月のある日ニック・ヘイワードに憤れているオリーヴ少女Aがピーター・マーフィー命のN・W青年とデイ卜をしました。だけど少女Aは彼の格好が大嫌らいでした。まず髪…刈り上げで異常に前髪が長いのと黒いだけのジャケット。特に彼がよくはく安全靴が嫌いでした。彼にはニコのブルゾンかコムサのスーツを着て欲しかったんです本当は。N・W青年はそんな少女におかまいなしにレコード屋さんばかり廻ります。青年はソフトセルを少女はブルー・ベルズを買いました。そして‥帰りに寄った公園にて青年は少女に 「ノイ・パウンテン」 のテープを聴かせました。心優しき音楽が好きな少女はすっかりおびえてしまい、それを彼は包み込むように優しくキスしました。少女A20才N・W青年22才。初夏、中の島公園にて。


 —私N・Wって嫌いです健全なメンクラ兄ちゃんがよかったのに…。ある日彼の部屋によばれてしまいました。友人いわく「やったネ!やっと大人になれるチャンス!!」と。それじゃあ私のドゥルティ・コラムはどうなるの?くそ、ノイ・バウテンなんかにうばわれてたまるか!…安易な私は行ってしまいました。「PILが聴きたい…」次の瞬間何も分からなくなった…。かけっぱなしのPIL、コーヒーの香り…感情がまるでイーノ。コクトーがなんだ!芸術なんか…。所詮人間は動物じゃあない。気がつくと目に涙をため彼のモッズパーカーの下で寝っていたのでした。


ようするに、ある女の子のそういう体験の投稿なので、ホントかな?という気もしないでもないですが、ネット時代に毒されてる今だからそう思うので、その頃だから一応事実なんでしょうね。

他愛もない話だけど何か味わいがあるいい話だと思います。このカップル、彼と彼女にはそれほど方向性に違いがあるようには傍目からは見えないけど、彼女にしてはその微妙な違いが大事だった、でも結局どうでもよくなっちゃったニューウエーブ時代のカップル。

一つ付け加えれば、現在だったら、処女でも自分の趣味を優先して楽しく生きる方途がいろいろありますので、この投稿のような人もどうなっていたか分かりません。


下の画像はこの号の『フールズメイト』の表紙。今やすっかりしょぼくれた初老のおやじのデヴィッド・シルヴィアンが若くて美顔だった頃の肖像です。

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2009-11-24

プラモデルを見る視点

昔、自衛隊の74式戦車のプラモデルを作ったことがあります。丁寧に組み立てて塗装も念入りにやって、さあ完成だ、と机の上に置いてみてもあまりかっこよくない。えらくぺっちゃんこに見える。74式戦車と言うのはただでさえ丸い餅のような砲塔だから余計そう見えてしまう。なるほど、戦車というのは上から見下ろすものじゃない、同一平面に立って見上げるように見るのが、迫力があるものだ、と気付いた次第です。

自分が作ったのはこの製品ではないですが、こんな感じのプラモデルです→74式戦車

日常の中のエントロピーの増大

コードやケーブル類、紐などは、なぜ放っておくだけでわざとそうしたのでもないのにどんどん絡まっていくのだろうか、と思ったら、つまりエントロピーの増大の法則なんですね。どんどん乱雑化するという。だから時々ほぐして整理してやらなければならない、というお話。

2009-11-23

もっとも醜い車

もっとも醜い車100→The 100 ugliest cars

というのを見てみて、その中で自分が一番醜いと言うか不快に思ったのがこれ。28位にランクされているロールスロイスファントム。ゴルゴ13の顔のような威圧的な表情で、乗っている人まで悪い人に見せる。昔のロールスロイスはもっと優雅だったのに。

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ちなみに1位はこれ。ポンティアックアズテク。おもちゃっぽい何とも安っぽいデザイン。

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何とも面白くないデザインだと思ったのは、27位のトヨタシオンXB。紙を折って組み立てた単なる箱みたい。

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趣味が悪いなと思ったのが、10位のクライスラーPTクルーザー。グリルが感じわるい。

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同じく趣味が悪いが、それなりに味があると思ったのが42位、タトラT603、昔のチェコの車らしい。

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これも同じような味わいがある。23位、ダイムラーSP250。

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気持ち悪さ最高、まるでぐにゃっとした変な生き物みたい、でもそれはそれでありかも、と思ったのが2位、フィアットムルティプラ。

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なんか哀愁があるのがこれ。スーパーカーになり損ねたような、31位、マーコスマンティス。

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2009-11-22

昔の思い出 食べ物がまずかったこと まとめ

昔の思い出 食べ物がまずかったことその8 水道橋の中華料理店

昔の思い出 食べ物がまずかったことその7 早稲田大学の体育館の近くにあったカレーライス屋

昔の思い出 食べ物がまずかったことその6 築地場外市場

昔の思い出 食べ物がまずかったことその5 学校給食および家庭料理

昔の思い出 食べ物がまずかったことその4 とあるスナックの天ぷら定食

昔の思い出 食べ物がまずかったことその3 中国の列車の車内食

昔の思い出 食べ物がまずかったことその2 料理会

昔の思い出 食べ物がまずかったあの地方


結局のところ、人生が充実して生きてないから、食べ物がまずかったとかばかり印象に残っちゃうんだろうなあ。前向きに楽しく生きていれば何を食べてもおいしいとまでは言わないにしても‥‥


*ここで、「まずい」というのは結局は主観ですから、言い方を変えて、口に合わなかったとも表現できるわけですが、そういう言い方はかえっていやらしいので、自分の感覚を素直に表すうまいまずいという表現をしました。

食べるのが面倒くさいし食べたくもないから食べなくても平気な身体になりたい

食欲からというよりも何となく習慣で一日二回ほど食事をしています。食べなくても済むものなら、その方が経済的でもありますし、そうなりたいものです。

http://x51.org/x/05/12/0222.php←この記事で取り上げられている人は何も食べないで生きているそうです。人間がそんなことは可能なのでしょうか。半信半疑ではありますが何か特殊な可能性があるのかもしれません。

凡人の及ぶところではないのかもしれないし、そんなことが誰にでも可能となったら食産業は壊滅的打撃を受けることになる。でも自分一人ぐらいなら。

2009-11-21

今日のお食事

お昼は、国立の修でラーメン。丼が大きな感じなのは大盛りを頼んでみたからです。

ここは串焼の居酒屋(串焼博)ですが、昼だけラーメンをやっています。

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昔の思い出 ウルトラマンのオブジェと女子高生

25年くらい前のことで、どこだったか忘れましたが、都内のショッピングビルの中の店頭にウルトラマンのオブジェがあるのを見て写真を撮ったら、そばにいた女子高生が頼んだわけでもないのにポーズを取って写り込んでくれたというそれだけの話ですが、古い写真を漁ってて見つけたので思い出として。

(女子高生のスカート丈が急激に短くなる前の懐かしい制服ですね)

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2009-11-20

今日のお食事

お昼過ぎに、中野の青葉でラーメン。ナルトが乗っているのが今どき珍しい。

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昔の思い出 食べ物がまずかったことその7 早稲田大学の体育館の近くにあったカレーライス屋

学生の頃、早稲田大学の体育館の近くの商店街のカレー屋に入ったことがあります。

まず、カレーライスが丼に入って出てきたのにびっくり。そして盛りがたいへん良い。さすが早稲田と感心して食べてみると、うわーっまずい。こんなまずいカレーは初めてだ。中途半端に甘いだけで、カレーの香りもコクも辛さも全然感じられない。学校給食レベルだ! でも、注文したからにはとにかく平らげようと思って食べていると、丼の中味が減ってきたのを見た店のおばちゃんがほらとか云いながらカウンター越しにカレーの汁を丼にかけてくれたのです。味を問わなければ学生の街らしいまことに素晴らしいサービスなのですが、ちょっと勘弁してと思いました。

それからはその近くに行ってもその店に入ることは二度とありませんでした。

その後その店は再開発に伴ってなくなったそうで、どこかに再オープンしたかまでは分かりません。


昔の思い出 食べ物がまずかったこと まとめ

2009-11-19

ジェームス・ブラウンの現実思考

ジェームス・ブラウン(以下JB)は、息子に大学院まで行かせて弁護士に成らせ音楽業界を専門にした活動をさせたかったそうです。JBの息子は父親譲りのそれなりの音楽的才能もあり、高校時代にはすでにステージ活動も始めていたそうですが、JBとしては、その程度の才能では厳しい芸能界で生き残れるかどうか分からず、それよりは自分は息子を大学教育を受けさせられる充分な資力があるのだから、息子は大学へ行く堅実な成功コースを歩んで欲しかった。貧しくて小学校さえろくに出れなかったJBのことですから。JBはソウルブラザーNo.1と呼ばれてはいても、芸能界・音楽業界は所詮虚業とわかっていた訳です。JBの自伝でこれを読んだ時、なるほどと考えさせられました。しかし、夢を託したはずのJBの息子は、大学へ行く前に交通事故で夭逝してしまったのでした。

2009-11-18

読む気が起きないサイト・ブログの特徴

・開くと音楽が流れてくる → すぐさま閉じる

・フォントサイズがすごく小さい、そして長文 → よほど興味あるテーマでなければ読まない

・ビジュアルなテーマを期待して開いても画像がない → すぐさま閉じる

・青の背景に白文字など眼がチカチカする → このブログも当初シックだと思ってそういうデザインを選択していたが、見づらいと思ってやめた

・レイアウトが崩れている → 自分の環境がMacのSafari4で見ているためかもしれないが残念ながら崩れたサイトは見ない

・同様に文字化けもダメ

・色使いがごちゃごちゃしている → 勘弁して欲しい

・重い、なかなか表示されない → たまたまそこのサーバーの不調だったのかもしれないが、だからといって別の機会にそこを開くことはまずない

・いくらスクロールしても、キリがないほど下に長い → 途中でやめる

・何ページにも亘っている → 小さいフォントでびっちり詰めることもなく、ある意味良心的で読みごたえもあるといえるが、10ページ近く続くのはちょっと勘弁。興味あるテーマでも3ページくらいが限界

・わざとらしい文体、旧仮名遣いやくだけ過ぎた会話体など → ちらっと見ただけで閉じる

・役所などのpdf文書はそのまま印刷できてもただ見るだけにはやはり見づらい

・特殊なプラグインのインストールを要求される → すぐ閉じる



個人サイトには見やすく分かりやすければ特に凝ったデザインやレイアウトは求めない。

今日のお食事

お昼は、中野駅前の店(店名失念)でトンコツラーメン。

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自分よりも有能な人材がいるからと思って仕事を辞めたこと

以前ある仕事をしていた時、ふと考えるようになりました。

自分はそんなにこの仕事が好きかなあ? 自分よりももっとこの仕事に憧れを持って、かつ適正があって有能な人材は必ずいるだろう、適材適所の考え方からいっても、自分がこの仕事をやってる意義は何だろう? 仕事自体には意義があったとしても、それを「自分」がやるべき意味は???

こんなふうに考えているうちまったく仕事が出来なくなってしまったので、結局は辞めました。その仕事の業界に対しては、それが正しい選択だったと思っています。

モチベーションがなくなりむしろ苦痛になってしまったからは仕方がない。

まあ、よく考えればおかしいんですけどね。せっかく就いている仕事をそんな理由で捨てる前に、仕事を頑張って精進して力をつけて自分がもっと有能になればいいじゃないかと、そうすればそれがやり甲斐としてフィードバックしてくるだろうと、今になって理性の部分ではそんな判断もできるのですが、もっと心の奥底ではとてもそんなことは無理だという何か言いようのない気持ちが、今でもあるのです。

そして、さらにはそもそも自分が生きてる意味は?と考え出すとさっぱり何も分からない?

2009-11-17

昔の思い出 食べ物がまずかったことその6 築地場外市場

そんなに昔でもないし、まずくて驚いたというほどでもないですが、期待と違ったという意味で印象に残っているので、築地場外市場に散策にいった時、とある店で鉄火丼を食べました。あれって感じ。なんか分量は少ないし味もどうってことない。多少新鮮だとしてもわざわざここにおいて食べるほどのものではない。そして、それが量が少なく物足りなかったので、同じ市場内の行列しているラーメンの店へ行ってみました。並んでまでものは食べない主義ですけど、こんな時だからいいかと。そして、食べたら、う〜ん、まずくはないのですが、町の昔ながらの平凡な中華屋で出てくるような、非常に古典的な味のラーメン。ある意味どうってこともない。つまり、それが受けて行列の原因なのかもしれません。でも、ここでわざわざ食べる意義はあまりない。そしてここでは、店内だけでなくその前の路上でも立ち食いというか座り食いをさせていて、ちょっと驚いたものの、それが狭い店内だけでなく土地を有効活用しようというこの店の流儀なのだと思って、気にしないことにしました。まあ、そういう思い出でした。


昔の思い出 食べ物がまずかったこと まとめ

2009-11-16

昔の思い出 1990年ごろの山王ホテルの廃墟および首相官邸周辺にあった朽ちた建物のこと

古い写真を漁ってたら見つけたので、思い出として掲載します。

かつての「山王ホテル」の廃墟です。東京都千代田区永田町

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その近くにあった「ホテルニュージャパン」の廃墟。

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その近くにあった汚い廃屋。

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首相官邸の裏側にあった廃墟と見まごうばかりの老朽化したアパート群。公務員宿舎だったらしい。(総理府官舎と言われていたようだ)

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首相官邸に隣接してあった古くて朽ちつつある廃墟。「電波研究所電気試験所永田町分室」という施設だったらしい(あるいは東京鉱山監督局?)。この写真を撮っていると、近くにいたK官に何か聞かれたと思う。首相官邸の側だから、かえってこんな廃墟が放置されていたのかも。

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中に入ってみたかったけど、さすがに首相官邸側の廃墟に侵入する度胸はなかったです。


この草生す建物はやはりその近くにあったと思いますが、正体不明。上の施設の一部かもしれない。

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これらは現在全て撤去されて新しい建物が建っています。(はずです)


電気試験所永田町分室などの位置関係については、かつて首相官邸の裏にあった廃墟、であらためて考察してみました。

2009-11-15

今日のお食事 超久しぶりに回転寿司

何だかおすしが食べたくなったので回転寿司へ。おすしを食べたのは数年ぶりかな。

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自分にとっての幸せのモデルって何だろう???

いい歳こいて自分探しかよと思われても、自分は自分の幸せのモデルがいまだに見つからないでいます。どういう人生であったら自分は幸せなのであろうか? 別にそんなものが分からなくても、社会の成員として自分の能力にあった労働を行って暮らしていけば、幸せはそこからフィードバックされるものなのかもしれません。また、意味感を喪失して全てが無価値と気付くようになって25年以上経ち、わざわざ苦行は望まないものの、幸福でありたいという気もまた希薄になってきているのです。それなら尚のこと何しても同じだから考えるよりも動け、と内なる声は叫ぶのですが、やはり意味を感じられないことのために行為を行うのは最悪の苦行よりももっとつらい。つまるところ何の為?という堂々巡りに陥ってしまいます。考えをまとめる為に書いているはずのこの文章も、まるでまとまりがない混乱状態になってきている。


根本的に「夢」を持つことがなかったからかもしれない。夢を実現させようが、夢に向って努力している途上だろうが、あるいは夢は夢としてかなわぬ夢として諦めて身の丈に合った現実的な人生を歩もうが、夢というのは確かに人生において重要な要素となるわけです。ところが、自分は何か一つでも夢を持ったことがあるだろうかと考えたら何もない。そのように始めから人生を投げている状態で、幸せのモデルなんてあり得るはずがない。


何事に関しても意味性が認められないから、自他ともに幸福を覚えられなくなっている。そのうちに何か湧いて出てくると期待できないほど人生の晩年になりました。

求められる時に求めもせず、求められなくなった状況で結局我慢しなければならなくなり、そもそも何の為だったのでしょうか?


そもそも世界の一切に意味を感じられなければ、行動のモチベーションも湧きようがない。

苦しみたくはないし、楽はしたい、けれども楽しみたいという気もしない。楽しみって要するになんだろう?

動物型公園遊具

以前、動物型の公園遊具には造形的にユニークなものが多いと思ったので、被写体にしました。一挙掲載してみます。


・パンダ

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・ゾウ

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・ウサギ

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・ライオン

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・カメ

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・イヌ

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・シマウマ

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・ウマ

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・ブタ

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イノシシ

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・キリン

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・ヤドカリ

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・カニ

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クワガタムシ

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・カブトムシ

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テントウムシ

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・カバ

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・コアラ

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・サル

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・リス

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・イルカ

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・アシカ

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・クジラ

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・ガゼル

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・クマ

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・カンガルー

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・ヒツジ

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・ヒョウ

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・サイ

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・シカ

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・ラクダ

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・ワニ

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・怪獣

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・カタツムリ

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・カエル

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・ラッコ

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2009-11-14

今日のお食事

お昼は、桂花でラーメン。10月23日に、太肉(ターロー)麺は食べたから今日は阿蘇ラーメンというのにしました。

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診察の時、生きる意味が何もないという本音を言ってみたこと

こないだの診察の時、死にたくなったとか、そもそも回復しても無意味だとか、自分はどの道人生終わってるからとかの、ずっと感じててもはっきり言ってなかったことを訴えてみました。これには主治医も少々困惑気味。本当は、こういった部分は触れない方が良かったことなのですよ。回復へのモチベーションを自ら根本的に否定しているから。でも、そうなんです。どう転ぼうが生き甲斐の皆無な人生をこれからどう生きていけばいいのか? 

もはや一時しのぎでしかありません。

2009-11-13

今日のお食事

お昼は、お茶の水エチオピアでビーフカレー。辛くてスパイシーでおいしい。

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デザートにアイスクリーム。

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都市伝説に関するメモ および子供の行動原理

・陰気・怖い・後味の悪いネタが多く笑える話は殆どない

・実在のまたは創作上の事件・出来事などの換骨奪胎

・古くからの怪談の類の再生・変型

・フィクション作品に対する裏読み・珍解釈

・現実の事がらに対する裏読み・珍解釈及び陰謀論

・米国系大衆向け大企業のネタは定番

・豆知識(いわゆるトリビア)的なもの

・身近に信じられている常識を否定するネタ

・女子供(若者)向けのネタが多く、男性の勤労者の仕事生活に即したものは殆どない


自分が都市伝説っぽいものに接した原体験は、幼い頃の「こっくりさん」「口裂け女」です。しかし、それらは設定があまりにも漫画チックで、漫画の世界において読めば怖いのかもしれませんが、現実の世界で語られて怖い怖いと言われても、リアリティ・実感がなく、怖いという感情も湧きさえしませんでした。むしろ白けていました。自分はある意味、相当に醒めた子供だったのかもしれません。こっくりさんに呪われたとか、口裂け女に追っかけられたとか、真剣に怖がってキャアキャア言いでも楽しそうだった他の子たちの方が幸せだったのでしょうね。

でも、子供の世界ってそんなもので、ノリが気分や行動を支配してて、ノリを作り出すノリの中心にいる子たちは真剣でも、その中心から離れていくほど、ノリ遅れないため、何となく調子を合わせていただけだった。こういう構図はあると思うんです。大人の世界にだってあるでしょう。

このメモ続く。

2009-11-12

田亀源五郎『外道の家』を読んで

読もう読もうと思っていたホモ漫画、田亀源五郎『外道の家』(発行/テラ出版 発売/技術と人間)上中下巻を一気に読み倒した。田亀源五郎先生は現在この分野では最高峰に位置する作家である。

話は、

終戦直後、没落しつつある地方の旧家堀川家に、近隣の村の百姓の三男鷹野寅蔵が跡取りの婿養子として迎えられた。寅蔵(髭面の逞しい若者)は新婚初夜にいきなり義父の堀川家当主の惣右衛門という禿頭の髭親父に肛門を犯されてしまう。寅蔵はそれから毎日のように惣右衛門に犯され折檻される。惣右衛門こそ男色魔のサディストであった。婿養子とは名ばかりで寅蔵は彼の兄弟たちによって奴隷家畜として金で売り渡されたのである。愛情もなく形ばかりの妻である堀川の一人娘萩乃とは種付けのような性行為により一子を得たのちは、寅蔵は完璧に家畜性奴の身分に落とされてしまい服を着ることさえ許されない。堀川家の使用人達からも虐待されるようになる。いつのまにか寅蔵は責められることや肛門性交が苦でなくなっていく。一方堀川家の家族関係には暗い秘密が隠されているのであった。そして物語は流れ世代は替わり、ラストは愛する者同士が結ばれる(ホモ漫画であるからむろん男同士である)というハッピーエンドがある一方、堀川家の「外道」の血筋は絶えることなく続くであろうことが示唆される。

というものである。

SM趣味のホモ漫画でグロいシーンも多くスカトロもあって、そんな場面の連続だから、はじめのうちはかなり息苦しいが読んでいるうちに慣れてくる。

陳腐な言いようになるが、ここでのSM趣味は愛情表現の比喩なのでもあろう。産むつもりの子ではなく生まれたとされる寅蔵は家族からも疎んじられる、身体は逞しいが多分頭はあまり良くない男で、戦場で手柄を立てようと兵隊に行ったが捕虜になってしまい故郷では村八分にされていた。惣右衛門は寅蔵に対しお前は誰からも必要とされていない人間だと言う。しかし、実は惣右衛門こそ寅蔵の逞しい肉体を性愛の対象として何よりも必要としているのであった。寅蔵にとっては初めて己を必要として求めてくれる人間に出会ったのである。寝たきりになって老いさらばえた惣右衛門は、最期は寅蔵に男根を銜えられながら息絶える。

推理小説的に見れば、堀川家の家族関係の秘密は、最初に示唆された段階でほぼ見当がついてしまう。謎解きがメインではないので、それはあまりたいしたことではない。

男色魔の惣右衛門はともかく、そうでないはずの男たちまでが髭面のごつい野郎である寅蔵に性欲を感じて犯してしまったりするは、よく考えれば不自然であるが、そこはこういう漫画でもあるし、話の流れの中で特に違和感を感じなかった。(寅蔵が中性的な青年なら自然であったろうと言っているのではなく、そういう女々しい設定は排除するのがこの作者の真骨頂なのである)

陰惨でヘビーな話ではあるものの、最後にカタルシスがあるので、読後感はそれなりに爽快であった。(ただ、萩乃を慕う使用人の秀雄というキャラは屈折している割には案外甘く、もっとワルくなってほしかったか)

参項画像は、惣右衛門が寅蔵を掘りつつ近所の人とにこやかに話す場面。描写はどきつくないがエグイ場面を引いてみた。


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惣右衛門が男色家なのは生れつきではなく、あのことがあって精神的ショックで男色魔になってしまったのであろうか? あの人物がすべての元凶なのであろうか? ならばなんと陰惨であることよ。


田亀源五郎先生のサイト→http://www.tagame.org/



2010年1月20日追記

何か続編があったら読みたくなってくる。

どん底まで墜ちた堀川家は次の次の代あたりで再興し、外道の血筋はそのままで、寅蔵達の後の世代(つまり現代)で、また深い関わりが生じていく、というような。


2010年5月15日追記

なぜ寅蔵は婿入りするのに山賊のような髭を生やしたままなのであろうか? 髭面でももう少し整えようがあるのではなかろうか? まあ、熊のような髭面に男色の魅力を感じた惣右衛門の指示によるもの、と解釈するしかない。


関連記事

『田亀源五郎【禁断】作品集』を読んで

2009-11-11

昔の思い出 食べ物がまずかったことその5 学校給食および家庭料理

食べ物がまずかった思い出を遡っていくと、行き着くのは家庭料理と学校給食である。家庭料理は主婦の母親の手料理であるから、まずくても当たり前過ぎて今さらどうこういうほどでもないのであるが、離乳食で食べさせられた何かが、異様な食感と味で、まずさの記憶の最古層として存在している。

そして学校給食(小中学校)であるが全部まずかったと言ってしまうと身も蓋もないので、特にまずかったと記憶に残っているのは、

・スパゲッティナポリタンやトマトシチュー?などケチャップ味のもの全て

・クリームシチューというのか、白いミルク味のようなシチュー

・マカロニサラダ ヨーグルト味のりんごサラダ

・ボソボソしたコッペパン

・いわゆるソフト麺およびそれにかけるミートソースや中華風みたいでも味にしまりがない汁

など。自分らの頃はまだ米飯給食が普及していなかったので、毎日のようにまずいパンを食べさせられるのはたまらなかった。稀に米飯が出たと思えばケチャップ味の気持ち悪いチキンライスだったり。

学校給食でよくまずかったと引き合いに出される牛乳はそれほど嫌いではなかったと思う。余ったのを貰って二本飲んだりしていた記憶もある。


昔の思い出 食べ物がまずかったこと まとめ

2009-11-10

昔の思い出 食べ物がまずかったことその4 とあるスナックの天ぷら定食 及び人生において楽しい思い出は何もなかったこと

東京都区内に住んでいた時、毎日通る道に小さなスナックが開店し、おもてに掲げられたメニューには定食などもあったので、ある夜入ってみました。おばさんというには若い感じの女性が一人で店をやっていて料理も作るようでした。天ぷら定食を頼みました。そして出てきたものにビックリ。特に断りもなかったのに全て野菜天ぷら。野菜の方が高いのよという言い分があるとしても、肝心の天ぷらの揚げ方がムチャクチャ下手で衣はビチャビチャ。しかも内部は充分火が通ってなくて半生。作り直してとも言えないから適当に食べてお金払って出て、二度と入ることはありませんでした。その店は一年と持たず潰れました。

トピックを別に立てるほどでもないから一緒にしちゃいますけど、そこの近くの駅前にはおそろしくまずい100円均一の回転寿司がありました。ネタは今さら、すし飯がとにかくまずい。変なベタベタする甘みがあって。一回で懲りました。立地でごまかしながら何とかやってたのかな。

まずかったものの思い出はこうやっていくらでも出てくるのに、おいしかった記憶は特に思い出せません。食べ物に限らず、今まで生きてきて何か楽しかった思い出というのも、特に何もありませんね。

このテーマ続く。


昔の思い出 食べ物がまずかったこと まとめ

2009-11-09

昔の思い出 食べ物がまずかったことその3 中国の列車の車内食

これはそれほど前ではないのですが、中国旅行した時、寝台車に乗る行程があり、その時用意された弁当がすさまじくまずかった。排骨飯のつもりだったのかもしれませんが、肉の塊がいくつか白飯に添えられているそれだけの弁当で、しかも肉は脂ぎっている上に骨ばかりでほとんど食べるところがない。味付けも何とも異様。同行の皆も困惑。仕方なく、一人の方が皆に分けてくれた持参の漬物でまずいご飯を少しだけ食べて、ほとんど残してしまいました。食の国中国といってもまずいものはやっぱりまずい。

まずかったものを思い出していると、思考がどんどんネガティブな方向へ向って研ぎすまされる感じがするので、連鎖的にいくらでも出てきます。このテーマ続く。


昔の思い出 食べ物がまずかったこと まとめ

2009-11-08

今日のお食事

お昼は荻窪若狭亭という店でラーメン。ここは11月4日に言及したラーメン屋でどんな味なのか試しに行ったのです。わりとありがちな感じの魚介味ラーメンでしたがなかなか悪くなかった。自分があの地方に住んでいた時にもこんな店があれば良かったな。

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昔の思い出 1990年ごろの大滝ランドのこと

あるサイトを見た時、うち捨てられた変な大仏像などの画像があり、「大滝ランド」なる施設の廃墟であると説明がありました。どうも、その場所は子供の頃行ったような記憶があり、名称にもかすかに聞き覚えがありました。

そこで古い写真を探してみたところ見つかりました。確かにそこでした。年月日ははっきり分かりませんがおそらく1990年頃だったと思います。

思い出として、画像も掲載しておきます。


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伊豆の山奥にありました。潰れた保養施設かと思っていましたが、ネットの情報によると、開業することなく潰れた新興宗教関係の施設だったようです。


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本館と思われる建物。建物自体は面白みのない現代建築。


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建物の中にあったよくわからないオブジェ。COMPUTERとありますがゲーム機か何かなのかな。


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厨房でしょうか。


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施設の見取り図。


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動物の檻のような建物。虎でも飼うつもりだったのでしょうか。


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さて問題の大仏、巨大な不動明王象。小高いところに建っていました。


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不動像の膝の辺りに脇侍が彫られています。


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同上。このあたりは中国の田舎の大仏にありそうな風情でもあります。


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不動様の膝の上には小さな不動様が。


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不動像は胎内巡り出来るようになっていて内には金ぴかの仏間が。


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不動像の中にはさらに、おもちゃの人形に安っぽい細工をして地獄極楽のジオラマがこしらえられていました。中から人形をとり出してこの姿勢で置いたのは自分だったかも。


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庭園らしいところの池跡に立つ象頭の噴水。


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庭園内の造形の悪い恐竜の像にはすべり台がついています。奥の方に首長竜のようなものも見えます。左上は巨大な不動明王像。


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うち捨てられた不動像。


とにかく珍奇な廃墟ではありました‥‥

2009-11-07

今日のお食事

お昼は、再び立川のつばさ家でラーメン。11月5日と違う点は、味を濃いめ、麺を硬めで頼んでみたことです。食べてそれほどの違いはなかったかな。スープの色も濃くなった感じはしなかったし。ちなみに、自分はラーメンの有料のトッピング(玉子やメンマやチャーシューなど)は入れたりはしない方。

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外道の家を読むぞッ

ちょっと前に、本を読む気がしなくなった、と書いたのには矛盾しますが読みたい本があります。本といっても漫画ですが。田亀源五郎作『外道の家』というストーリー漫画です。スカトロ要素もあるグロSM趣味ホモ漫画で、ユーモアやギャグではなくひたすらシリアスな話の上、結構厚い本が上中下とありますので、読むのにはかなりの気合いがいるため、買ったままかたわらに置いてあるもののなかなか手を付けられないでいます。近日中には何とかしたいと思っています。


読みました。感想は→ここ

2009-11-06

昔の思い出 台湾の電子琴花車

10年ちょっと前に台湾に遊びにいった時、北西部の竹南という小さな街のはずれをうろついていたら、「電子琴花車」を見かけました。これは、冠婚葬祭などの時行列が練り歩く習慣があり、それに伴う華やかに飾り立てた舞台付きのトラックのような車で、音楽を鳴らしながら舞台では踊り子が歌い踊ったり更には裸になったりするものです。そういうものがあると話には聞いたことがありましたが見たのは初めてでした。この時は残念ながら踊っている人は見ませんでした。不思議な習慣があるものですね。車自体は日本の「デコトラ」と同じような感覚みたい。

「電子禁」とはエレクトーンやシンセサイザーなどを指すようで、それで伴奏が行われるということらしいです。

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2009-11-05

今日のお食事 今日のお菓子

お昼は、立川のつばさ家でラーメン。このお店は「家系」ラーメンです。飲み放題のほろ苦いお茶がちょっと脂っこいスープをさっぱりさせます。

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お菓子は、サバラン。

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昔の思い出 食べ物がまずかったことその2 料理会

これはそんなに前ではないのですがある集まりで料理を作って食べたときシチューを作った際にほんの一つまみ入れればいいハーブを何でも入れたがりの人が大きな袋ほとんど一袋入れてしまい激烈なハーブの香りと味しかしないエグイものができ上がったということがありました。

また別のときにも皆で蕎麦を打って食べたのですが打ち方が不充分なうえ切り方も雑だったのですごく太くてしかも腰がない粘土のような蕎麦ができ上がったこともありました。

この辺はまあいい思い出でもあります。


昔の思い出 食べ物がまずかったこと まとめ

2009-11-04

昔の思い出 食べ物がまずかったあの地方

かつてある地方の小さな町に数年間住んでいたことがあります。

今になるとそこでの一番の思い出はとにかく食べ物がまずかったことです。

漁港のある町でしたから魚はうまいはずかと思えば普通に買える程度のものはそれほどでもないしそこで採れるものばかりでもバリエーションがない。そこ特産の魚を丸ごと焼いた名物料理のようなものが売っていましたが脂っぽさ生臭さがくどいだけ。名物にうまいものなし。

そしてすさまじくまずかったのが豚肉です。炒めたりするときにじみ出す肉汁が排泄物を思わせるほどの悪臭を帯びていることがしばしば。我慢できず食べずに捨ててしまうこともよくありました。普通にスーパーに売っている品ですからあの町では地元の人は平気で食べているというのにも驚きました。豚の餌の問題なのかとにかく何でそうだったのかよくわかりません。

飲食店もひどかった。気軽に食べられる店にろくな所がない。ラーメン・中華料理屋も2〜3軒ありましたがちょっとお話にならないレベル。地元資本みたいなファミレスもどきの店もありましたがここも全然ダメ。町唯一の小さなショッピングビルの中のレストランはこれは学校給食かと思うほどまずい。街道沿いのドライブインの店なんかもう入る気にさえならない。

地元の魚が名物の料理屋みたいな店でそれなりの値段を払えばある程度ましなものは食べられるもののそれも思ったほどでもなく献立にも工夫がない。

この町を訪れた他所の人はここは魚とか食べ物がおいしいと聞いていたけどがっかりしたと異口同音に本音の感想を漏らしました。

自分だって別に口がおごってるわけでもグルメでもなくジャンクフードも好きな人間ですがこの町の食べ物はジャンクフードとはまた違う方向のまずさとでもいいますか。

あるいはうまいとかまずいとかそういう次元を離れてこれが昔ながらの日本の地方の味だったのでしょうか。

この文は一種の貶しになるのでこの町の実名は伏せておきます。原子力発電所があったものの風光明媚な地方ではありました。


*11月7日追記

最近知ったことになんとその町では今○○ラーメンと町の名を冠したラーメンを売り出し中で東京にも進出という。それこそまぢかよあの味じゃ店の多い都会に出たら一気に討ち死にするだけだろうと思ったのですがよく読むと地元の土着の味じゃなくラーメン企画会社のプロデュースとのことでやっぱりそうだろうなあと変な安心をしてしまいました‥‥


昔の思い出 食べ物がまずかったこと まとめ

2009-11-03

今日のお食事

お昼はお好み焼き。目玉焼きやベーコンやトウモロコシが乗っててちょっと変わってます。あるいはこれが最近の主流なのかな。

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2009-11-02

読書の秋でも本を読む必要を感じなくなった

自分は最近はもうほとんど本や雑誌は読みません。

毎日おびただしく出る文学や教養書や専門書などにいちいち関心を持ったりしなくなりました。

適当に書店を覗いて本のタイトルや帯だけ眺めてふ〜ん今こんな本が売り出し中・流行ってる・こんなテーマを論じようとしているのかとそれだけ知っとけばタイトルだけ読めば中身はいいや知る必要もないやという感じです。

まあ充分なお金がないというのもありますけど図書館に行こうとも思いません。

つまるところ本や雑誌が投げかけてくるテーマについて肯定でも否定でも賛同でも反対でもなくだから何?という気しか起こらなくなってきたのですよ。

本に書いてあることを自分が知るべき意味もなく知らなくて困るわけでもないし。

同じような気持ちでテレビ・映画・展覧会の類とも20年ぐらい前にほとんど縁を切りました。

ある種の精神的退化が始まっているのかもしれません。


2010年1月25日追記

特に新書ブームで、似たような新書がどんどん溢れるようになって、いかにも興味本位のテーマや、関心を引きつけようとするさもしい感じの書名の本が並んでいるだけでかえってげんなりして、中には良書もあるのかもしれませんが十把一からげにしてもう手に取る気さえ起きなくなりますね。悪貨は良貨を駆逐するとはこのことでしょう。

今日のお食事

お昼過ぎに、ハンバーガーセット。

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2009-11-01

ニューハーフコンテストよりもいっそのこと

はるな愛さん「世界一美しいニューハーフ」 タイで優勝

2009年11月1日13時49分


パタヤ(タイ中部)=山本大輔】タイの観光地パタヤで31日夜、性転換者の美人コンテスト「ミス・インターナショナル・クイーン」が開かれ、ものまねなどで知られる大阪府出身のタレント、はるな愛さん(37)が日本人として初優勝した。

 04年に始まったコンテストは、米国での世界大会と並んで「世界一美しいニューハーフ」を決める催しとして知られる。地元タイをはじめ11カ国18人の参加者の中で「アピール能力が圧倒的に優れていた」(審査員)ことが受賞理由に挙げられた。

 07年に続く2度目の挑戦で栄冠に輝いたはるなさんは、「日本では(性転換者は)今も変わり者と思われがちで控えめな人が多い。広く受け入れられているタイでは社会で活躍する人も多い。そのタイで優勝できるなんてうれしいです」と喜びを語った。

朝日新聞から


何かホモの取り上げられるのはこういう方面ばかりで、もう飽きてきているから、いっそのこと、当たり前に「世界一雄臭ぇ雄野郎」コンテストはできないものなのであろうか。


単に男が好きな男らしい男でも、ホモであることを社会に主張するにはオカマの姿を取らなければ受け入れられないという現実があるのかも知れない。

今日のお食事

お昼は、高円寺環七沿いの店(店名失念)でラーメン。トッピングが追加できるサービスがあったので野菜を追加してもらったらこんなに。麺が極太なのも上のものを食べているうちに伸びてしまわないための工夫のようです。

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