Hatena::ブログ(Diary)

御光堂世界〜Pulinの日記

2009-12-31

Snow Leopard にした

年末に当たり、MacのOSを10.6 Snow Leopard にした。

いまのところ何かが変わったという感じはない。危惧したPhotoshopCS3もちゃんと使えている。

何の変化も感じられないとしたら何のためのOSバージョンアップなのかな。

今まで何の不自由も感じなく使えていたのに、OSを定期的にバージョンアップすることが習慣づけられているというのは、メーカーの商法に乗せられている気がしてあまり感じが良くはない。古いものは古いものとしてずっとサポートサービスを継続してくれればいいのに。

2009-12-30

今日のお食事

桂花で太肉麺(ターロー麺)。

12月25日と同じく古いフィルムで撮ったのだけど、保存がよかったのでわりとまともに写った。

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旅の思い出 下北半島

以前、下北半島を旅行しました。ぐるっと一周してきました。その頃はまだ下北交通ローカル線が走っていました。宿や料理屋での魚料理はさすがにおいしかった。

写真は、高級コンパクトカメラCONTAX TVS II で撮ったもの。このように周辺が暗く写るので、自分の撮り方が悪いのかと思っていたら、これがこのレンズの味わいだと知ったのです。

確かに独特の雰囲気であるり、また、色合いも独特。


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仏ヶ浦にて


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恐山にて1


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恐山にて2


この味わいは捨てがたいので、現在故障中のこのカメラは直したいもの‥‥

2009-12-29

廃品回収屋うるさすぎ

大掃除シーズンのためか、毎日どころか毎時のように廃品回収の車がうるさいアナウンスを鳴らしたて通る。

彼らは感覚がおかしくないか? 他人の不要品を買い取るどころか、金を貰って引き取ってやるという、よく考えれば虫のいいこときわまりない商売なんだから、もっと謙虚にしたらどうだ。

「ゴミをお恵みください」とでも言って頭を下げろよ。もちろん、偉そうにすることで自分らの商売の正当性を主張しているのは見え見えである。

廃品回収やってる個人個人には、不況で他の仕事を失った等の事情があろうから、仕方ないかもしれないが、やらせている元締めにはとにかく腹が立つ。

謎の廃墟の確認に府中の米軍基地跡を見に行く

先日見つけた謎の廃墟の写真が何処なのか、府中米軍基地跡ではないかという気もしたので、実際に確かめに行きました。内部に入れなくても、外側から見れば何となく分かるだろうと。

でも、フェンスの外からぐるっと一周見たところ、どうも違う感じでしたね。そもそも以前ここに来た記憶自体が思い出せなかった。

ということで、その件は判明せず、と。

廃墟の実物を見るのは十何年ぶりでちょっと感慨深かった。

荒廃した廃墟を日中に間近に見るにはあそこはいいところでしょう。フェンス越しにくたびれた廃屋がよく観察できる。東京辺りの人で気軽に廃墟を見に行きたいというのにおすすめ。でも住宅地の中だから騒いではいけません。


なお、大藪春彦著『戦士の挽歌』というハードボイルド小説に、セールスマンの主人公が立川のアメリカ村に家を持ち、ある時体力訓練のため府中のこの米軍基地跡に入り込み、放置されている鉄塔などによじ登ったりして身体を鍛えるという描写があったことを思い出しました。よく考えればわざわざ廃墟に入り込んでやらなくても良さそうなものですが‥‥。

(追記)

この基地跡には兵隊が登り降りする訓練用の鉄塔が残っているという設定なのでした。


戦士の挽歌 上 (光文社文庫) 戦士の挽歌 上 (光文社文庫)


写真も撮ったのですが、最近試ししているフィルムカメラでリバーサルで撮ったので現像できるのは来年になるそうです。ちゃんと写っていたら掲載します。


こんな感じでした。(白黒に変換)

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その他はここに掲載しています→ 米軍府中基地跡の写真その1 米軍府中基地跡の廃墟の写真その2


この基地跡のことは、こちらのサイトで詳しく説明されています。

2009-12-28

我が父親の誤った子育てのこと

自分が子供のころ父親にカメラを使わせてもらうはじめに、父親はカメラの使い方を一からきちんと教えるというより、このダイヤルとこのスイッチはこれこれに合わせておいてあるから動かさないでこれで撮りなさい、という感じでした。面倒くさいとか、あれこれいじくり回されておかしくされたくないというのもあったのでしょうが、教えるよりも用意してやるというのが父親の意識せざる子育て方針だったのだと思います。カメラの操作方だって結局自分で憶えたし、その他、父親から何かまともなことを教わってきたというのは、何ひとつなかったと言っていいです。

2009-12-27

将来、20世紀後半〜21世紀前半は史料の空白期間になる メディア、データの寿命

紙は酸性紙で100年もたずボロボロ。現在のデジタルメディアも数十年しかもたないし、そもそも記録の規格自体変わって、今のデータのままなら将来読むことができなくなる。たとえば現在、蝋管レコードが聞けない以上の変化をしているだろう。既になくなった古いアプリの独自のデータが読めないのとも同じだ。

さすがに数百年以上未来には、デジタルデータを文字通り半永久的に記録していつでも読み出せる技術は確立しているだろう。

それゆえ、将来一般的に史料のアクセスが困難になるこの20世紀後半から100年は史料の空白時代と呼ばれることになるだろう。この間に生み出された膨大な情報はほとんど後世に伝えられることなく消滅する。

それ以前の保存性の良い紙や写真フィルムに記録された人間が直接物理的に確認できる情報の方が長持ちすることになる。

さて、自分は今二千枚近くの音楽CDと百枚程度のレコードを持っている。これらは再生手段がまったく無くなればゴミでしかない。これを、何十年何百年先かにも聴けるよう、何らかのデータに移し替え、メディアの寿命の範囲でまたデータの規格が変わるたびにバトンリレー的コピーをして(これをマイグレーションという)伝えていくという手段もあるだろう。しかし、今ちゃんと聴けるものを、将来に備えわざわざそんな予備を作っておこうなんて気はなかなか起きないものだ。自分は永久に生きるられるわけでもないし。

普通の人はみなそうだろう。

こうして、この時代の記録や情報は、公文書のようなごく限られたもの(これだって怪しい)しか、将来に伝わらないことになるのだ。

読めないといえば、自分は当時マイコンと云われていたようなものを使っていて、予算がないからフロッピーディスクドライブは買わず作ったプログラムはカセットテープに保存していた。稚拙なプログラムでも自分にとって興味深いものはいくつかあった。また、プリンターもなかったから、プログラムは画面を見ながら書き取ったりもした。現在はそのテープもメモを取ったノートもなくなってしまったが、あったとして、どちらがすぐ読めるかは明らかだろう。

それでは、デジタルデータに関しては、記録や転送の規格およびそれを取り巻く要素をもう凍結してしまうという手段が考えられる。だがこれには特に技術関係者から猛反発が出るだろう、技術の進歩を阻害するものであり、なぜ今の低い段階の技術でとどまらなければならないのか、技術の進歩こそこの問題の根本的解決に繋がる、と。一般においても、記録の遠い将来の永続性よりも、近い将来の生活の快適な進歩を望むだろう。たしかに、いまだMS-DOSだとかWindows95だとかのころの環境を使わされていたならいやだろう。

自分の考えとしては、個人の子供のころの思い出が大人になってから見れなくなるとか卑近なことは、ある程度どうでもいいと思う。人類全体の史料としては、個人的なものは集約されればよい。むろん、個人の記録そのものが社会の歴史を書き換える史料となる場合もあろうが、すべての情報を記録保存しておくわけにもいかず集約化は必要だろうから。

とおもったが、デジタル情報を永久保存しておくことができれば、すべての情報を保存しておき、それを有効活用するための検索も容易であろう。

この一つの答えになりそうなのは、いわゆるクラウドにデータを保管するということかもしれないが、個人の情報の管理まで一つの企業ないしは他者にゆだねてしまうということへの不安は拭えない。


参考

国立国会図書館 電子情報の長期的な保存と利用 FAQ

2009-12-26

今日のお食事 および故障しているカメラのこと

海鮮丼。故障しているカメラ+古いフィルムだからとても粗い画像。これ以上拡大できません。ご飯が少なかった。

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カメラだけれど、いまどきフィルムカメラは結構なお金を払って修理するよりは、中古良品を買った方が安上がりかもね。ネットオークションなら余程の人気機種でもない限りかつての高級機種でも1万円もするかしないかで買えちゃうようだし。特にこのCONTAXというブランドはもうカメラを辞めているので正規の修理手段はないのである。悩ましい。修理しないで捨てるというのが一番賢明な選択かもしれない。

マッキントッシュとは結局なんだったのか

昔の、1990年代初頭までのマッキントッシュとは、只のパソコンというよりも洗練されているけどかつ親しみやすいしゃれた文房具のような便利な道具という感じで、使う人を有能に見せるような、実際、使いこなせば有能になる手段にもなりえたようだけど、それはまだMacといえどもハードやソフトの能力が乏しく、その中で使いこなせる人がいろいろな技を編み出していき人に抜きんでた仕事をした、「クリエイティブ」ともいえた、そこの可能性に、夢や未来を感じさせた、それが、ハードやソフトの性能が上がってメニューやツールで一発でその効果が発揮できるようになっていき、すると、コンピューターを使用してもなお手間がかかっていた作業は、一つやれば良かったところが、簡単にできるようになると、作業の価値がデフレ化し、とにかく量をこなすよう求められるようになっていく、もはやクリエイティブ性などはどこかへ行き、Macはコンピュータで体力仕事をするための工具となっていった、Windows95が出るあたりからそうなっていった。自分がMacに触れたのはその頃だったと思うけど、まだその構図が見えていなかった。自分は趣味のパソコンとしてMacを買ったので、そのあたりはどうでもいいといえたが、自分が憧れているプロが使うのと同等の道具を自分も所有するという自己満足だろうか。

2009-12-25

今日のお食事 古いフィルムを使って撮った

桂花で太肉麺(ターロー麺)。

15年くらい前の未使用フィルムで撮ってフィルムスキャンしたせいか、えらく荒々しい画質になった。キャベツと肉塊二個が乗るラーメンも荒々しい食べ物にみえる。

これを撮ったのはCONTAX TVS II ですが、内部にもう目で見て分かるほどの故障がありました。これだけ撮れて上等なくらい。

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Nikon FE 試し撮り その3

引き続き、ネガフィルムで。

色調が何となく青みがかってて現像をした写真店は変色しているといったけど、10年以上前の古いフィルムだから無理もないか。


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クレーン


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ビル


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木立


使ってたカメラのこと

2009-12-24

Nikon FE 試し撮り その2

今度はネガフィルムで。

被写体にあまり意味はない。

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使ってたカメラのこと

謎の廃墟

古い写真を漁ってたら出てきたこの写真。

20年くらい前の、都内か東京近郊のどこかだと思うけど、このプリント数枚のみあって、メモや記憶がもはやないので、何だったか分からなくなってしまいました。


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追記 

ネットでそれらしい画像を当たったところ、府中米軍基地跡か、関東村跡かもしれない。後日判明したらまた記します。


2010年6月8日追記

まだこれが何なのか判明していません。もしこの画像に目が留まって知っているという方がいらっしゃいましたら、ご教示下さるとありがたいです。

2009-12-23

竹平寮

戦前に建てられ、今世紀初頭まで千代田区内にあった小規模な鉄筋アパート団地、通称「竹平寮」。これは15年以上前(1990年代前半)の写真ですが既に廃墟感が濃密です。最期の頃の写真を見ると、建物全体が蔦に覆われているようになってました。取り壊される数カ月前まで暮らしている住人の方がいました。


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壁面のコンクリートが剥がれ落ち鉄筋がむき出しになっている部分がある。円窓の様子が分る。


このアパート団地は昭和10年ごろ憲兵隊下士官アパートとして建てられました。

2009-12-22

またお酒を断つ!

いい気になって飲んでたら、体重まで増えたしこれはいけない。

今度こそもう飲まない。

10数年ぶりのフィルムカメラ Nikon FE 試し撮り!

先日10数年ぶりに使ってみたNikon FEはちゃんと撮影できました。良かった。

レンズは50mm。リバーサルフィルム。こんな感じに写りました。被写体にはたいした意味はないです。


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新宿の変な形のビル(安与ビル)


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お茶の水


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お茶の水駅前から望む


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お茶の水駅前から


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お茶の水駅前の寿司屋。以前デジカメで撮ったこれと同じです→http://f.hatena.ne.jp/Pulin/20091127170131


露出がイマイチの感じ‥‥

ついでに花の写真も撮ってみたら大失敗。勉強のし直しだなあ‥‥

2009-12-21

旅の思い出 台湾

台北駅付近のボロい建物。鉄路局という現役の役所らしい。

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台北の「円環」という円形の屋台村みたいなところの中心部。かなりくたびれた感じ。この後、再開発されても振るわず消滅したという。(追記、2012年にさらにリニューアルされて再オープンしたそうです)

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ある町にあった巨大な媽祖像を乗せた廟。像の中は胎内巡りができる。

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台北近郊の山の中腹にある指南宮(ズーランゴンと発音)という道教寺院。台湾にはこういうたたずまいの寺院が多い。寺院の施設はこれだけではなく、これは本殿で、他にもっとたくさん建物がある。

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2009-12-20

使ってたカメラのこと

思い出として写真を掲載していますが、さて、これを写したカメラは何かというと、うんと昔は父親から拝借した、Nikon FM、それから自分で買ったNikon FE ほとんどこれだけで、わりと最近の思い出はCONTAX TVS II で撮ったのもあります。すべてアナログフィルムカメラです。

現在の日常生活を撮影しているのは、10年くらい前のソニーのデジカメで、もうバッテリーも記録媒体も正規には売っていないという、ある意味フィルムカメラよりも時代遅れになってしまった機種ですが、デジカメとしての機能は自分にとって充分なので(もちろん最新機種に比べたら不満はある)、そういうのはネットオークションなどで手に入れつつ使い続けています。

Nikon用のレンズは3つあって、はじめに付いていた50mmの(装着してあるやつ)、35〜70のズーム、そして35mmのPCレンズという特殊なレンズ(つまみがついているやつ)、これは「あおり撮影」ができるもので、上に長い建物などを撮る時、上すぼまりにならないで撮れます。このレンズは数万円程度だったと思いますが、一眼デジカメ用の同機能のレンズが30万もすると知ってビックリ。この写真などはこのレンズを使用→http://f.hatena.ne.jp/Pulin/20091205093617 

http://f.hatena.ne.jp/Pulin/20091129215435

シャルトル大聖堂もそれで撮ったと思う。→http://d.hatena.ne.jp/Pulin/20091217/1260976309

しかし、もう10年くらいフィルムカメラは使っていませんね。あちこち行って撮影するという習慣もなくなり、日常の用途はデジカメで済んでしまうし。

最近、回顧と虫干しで、仕舞ってあったカメラを引っ張り出してきたら、ボディにカビが生えてたりしてて、きれいにして電池とフィルムを入れてまだ写るかどうかためし撮りしてみました。まだ現像できてませんが楽しみです。


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ニコンのカメラとレンズ、コンタックスコンパクトカメラ


結果、一応ちゃんと写りました。

2009-12-19

禁酒が破れた

お酒はもう飲まないつもりでしたが、ここのところ寒くて寒くて仕方がないので、身体の内側から温めようと、ラムを買ってきてグイグイ飲んでしまいました。確かにポカポカしてきたような気がします。もう寝ます。お休みなさい。

旅の思い出 リバプール大聖堂など

先の、バターシー発電所と同じ設計者による。巨大な大聖堂。は20年前のこの写真の時はまだ建設中だった。1978年完成。

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リバプール駅前のなんとなく「やくざ」な感じのするビル。

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リバプールの夕暮れ。

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2009-12-18

音楽における土着性 人間椅子とBEGIN

平成初期に「いかすバンド天国」(通称イカ天)というバンド勝ち抜き合戦番組があって、さまざまなユニークなアマチュアバンドが登場し、当時は音楽性よりもその奇抜さに呆気にとられながら笑いながら見ていました。

あれから20年経ち、イカ天出身のバンドでメジャーデビューして未だ第一線で生き残っている筆頭は、BEGINと人間椅子でしょう。(異論はありましょうが) 

あのとき、沖縄出身のBEGINはわりとさわやかなフォークロックという感じでしたが、青森出身の人間椅子はオドロオドロしいハードロックで、ベーシストがねずみ男のコスプレをしているというインパクトも大でした。

さて、沖縄と青森出身のバンドが存続して活躍しているというのも、何か象徴的だと思いませんか。

沖縄も青森も土着の伝統音楽が強く根付いている土地です。BEGINや人間椅子も次第にそれぞれ沖縄や青森の音楽伝統の地を強く出した音楽性によって、スケールが大きなバンドとなっていきました。

音楽において、骨肉化した根っこがあるのは、非常な強みであります。まあ、ルーツあればそれでいいというほど単純ではなく、根無し草みたいなのもポピュラー音楽の魅力でもありますが。それにしても、彼らは貴重な存在です。


近年のアルバムのジャケット。構図は似ていても雰囲気がぜんぜん違うのが両バンドの音楽性の違いを表す。


ビギンの島唄 オモトタケオ2

ビギンの島唄 オモトタケオ2

未来浪漫派

未来浪漫派

2009-12-17

昔の思い出 シャルトル大聖堂

パリの郊外にシャルトルという小さな町があり、中世のゴシック様式では屈指の大聖堂が建っています。


町から大聖堂を臨む。

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建設期間が長かったため、左右の塔の形が違っていますがそれがかえって絶妙な味わいになっています。

半日ぐらい粘って、正面に当たる光の変化を観察しました。

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シャルトルの猫様。

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2009-12-16

ロンドンの猫

ロンドンの猫様。何で座りづらそうな所に乗ってるのかニャ。

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ロンドンのアーツ・アンド・クラフツ建築

イギリスにおけるアール・ヌーヴォーに当たるアーツ・アンド・クラフツの建築3つ。


ホワイトチャペル・アートギャラリー(1901年 設計、チャールズ・ハリソン・タウンゼント)

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ビショップスゲート・インスティテュート(1894年 設計、チャールズ・ハリソン・タウンゼント)

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ブラックフライヤーパブリックハウス(1905年 設計、フラー・クラーク)

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2009-12-15

そろそろ、SnowLeopardにしようかな、でも

自分はまだOSX10.5LeopardのままMacを使っている。

自分の使っているMacは2年前の機種で、初期のOSは10.4なので、もちろん最新の機種のようにOSX10.6SnowLeopardに最適化されていない。だから10.6にしてもあまり効果はないし、かえって他のソフトが対応してなかったり(特にPhotoshopCS3が対応してないのが致命的)、対応させたりするのが面倒なので、なんでわざわざその苦労を消費者にやらせるのだという気もして、OSを上げられないでいる。まだ、もう少しは様子見。

2009-12-14

洋楽の訳詞の語尾

洋楽ロック、R&Bなどの歌詞カードの訳詞の語尾には、

〜さ

〜ぜ

〜な

〜んだ

〜よ

〜だね

さらに歌い手が女性の場合

〜だわ

〜のよ

〜なの

等が頻出しますが、これらは、あくまでしゃべり言葉風の紋切り型の書き言葉だから、歌詞カードを見て語尾がこればかりだと、ちょっと鼻白むものがあります。

2009-12-13

日本の建物

廃墟だとか汚いビルだとか言っていると気分が偏ってくるから、お茶と和菓子で一服のつもりで日本の伝統建築を貼ります。


薬師寺東塔

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法隆寺夢殿

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本願寺飛雲閣

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平等院鳳凰堂

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2009-12-12

昔の思い出 新橋の蔵前工業会館ビル

このビルは1990年代初期頃建て替えられましたが、この古くて装飾がにぎやかな頃の建物には用事で行ったことがありました。内部も古めかしい造りでした。昭和6年建築とのこと。

このビルの右手奥の新橋駅前ビルは昭和中期の建物でもなかなかディープな場所だということです。

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蔵前工業会館ビルが撤去されて更地になっていた状態。新橋駅前ビルの背面が見えています。

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古いビルの不自然な増築例

建物のネタばかりが続きますがまとめてやっちゃいます。

さて、これは神戸のとあるビル。

上の画像の左のビルを改築(地震で倒壊したものを再構築し増築)して下の画像のができました。すごく不格好です。古いデザインと新しいデザインが全く調和していなくて、木に竹を接いだ様とはこのことです。

もちろん、古いビルの部分を何とか残そうとした苦肉の策であることは分かりますが、こんなことまでして古い形を残すよりも、古いのはこだわらず捨てて新しい未来的な美しいビルを建てる方が良かったような気がします。


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2009-12-11

神田にあった同和病院のパノラマ写真

この古い病院は神田の狭い横町にあって、引きが効かなくて全景を写せなかったのですが、2枚にわけて撮った写真を合わせてみたらわりとピッタリ合ったので記念に掲載。

昭和4年(1929年)に建てられた建物です。現存していません。

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この近くに有名な老舗の蕎麦屋があって食べてみたら‥‥‥、老舗だからこそこういう味なんだろうな、と思いました。

山奥の廃屋

山陰のどこかの山奥に出かけた時、途中で廃屋を見かけました。崩壊しつつある茅葺きの日本家屋です。近くに集落があったから、特に廃村というわけでもなく、ただ住む人がいなくなったのでしょう。自然にこわれていきながらかつ管理もされているという感じでもあります。

こういう和風の廃墟も妙な風情がありますね。


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2009-12-10

B級ハードボイルドな探偵が事務所を構えていそうな古いビル

という、変なイメージですが、

・なるたけ古いビルがいい。戦前建築ならなおいい

・古くてもあまり装飾的でなくそっけない感じの

・ビルは小規模4〜5階建て程度のペンシルビルがいい

・ビルは正面だけ見える作りの「看板ビル」が望ましい

・外装にはあまり手入れがなされていなく汚れた感じがいい

・商店や企業の本社ビルでなく雑居ビル

・裏通りに面するのが好もしい

をいくつかピックアップしてみた銀座や日本橋周辺で15〜20年前の写真だから現存するかどうかは定かではありません。



誠ビル。東京駅八重洲口からまっすぐ伸びる通りにある。裏通りではないが、ビルの谷間の小ビルで、外壁の荒廃ぶりがすごく、小ビルながら存在感を放っていた。現存している。

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寺田ビル。日本橋の方にある白い小ビル。奥行きがえらく浅い。現存している。

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華僑ビル。築地の方にあった。地味な建物だが結構有名らしい。もうなくなったようだ。

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明礼ビル。銀座の外れ角地にあった。増築や古び方がいい感じだが今も残っているのかな。

(付記 明礼ビルは左の白い部分(三階建て)で、茶色のタイルの部分(四階建て)は豊玉ビルといい、2つのビルが連結しているようだ)

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海洋ビル。銀座の通りに面した角地。これも平たいビル。現存している。

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奥野ビル。銀座で現在は画廊が多く入っているという。現存して昭和7年建築の古いビルとしてよく紹介されるわりには、経年劣化の他は外観はわりと平凡で、いまでもありそうな感じである。

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桜正宗ビル。これはもうないらしい。

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内藤ビル。これももうないらしい。この二つは装飾的な分やや上等か。

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再登場新橋の古いビル。大正年間建築の堤第一ビル。現存。

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このビルで真打ち登場。すごいボロッちさがいい。ただ、どこの何のビルだったかはデータが不明。

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ビルの「気味悪さ」からみて、ハードボイルドというよりも猟奇系かも?

2009-12-09

昔の思い出 ロンドンの廃墟?など

これはロンドンに行った時に見た廃墟っぽい巨大な建物。使われてない発電所らしい。

有名なロックアルバムのジャケットになってたような気がするが、何だったか思い出せない。何だろう?

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*12月15日追記 バターシー・パワーステーションという火力発電所(石炭)と分かった。

この写真だと大きさが分かりづらいけど、ちょっとした超高層ビル並の呆れるほど大きなスケールでしたよ。ヨーロッパ最大のレンガ建造物とも言われているそう。

この建物の設計者は、これまた巨大なリバプール大聖堂を手がけている。

ロックアルバムのジャケットは、ピンクフロイド『アニマルズ』

アニマルズ


古代神殿めいた強烈な存在感が、根岸競馬場跡に似ているのだね。

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(↑の画像はWikipediaから)


さて、ロンドンの中心部でインパクトがあったのがこのビル。一見工場みたいでもオフィスビルで、ロイズ保険組合ビルという。このメカニックなイメージはこちらのビルとも通じます。

そういえば、つげ義春の漫画「ねじ式」で、大工場にしか見えない建物を何とかビルと呼んでいるのがあって、それがシュールな味わいにもなっていたので、それと同じ発想で具現化したのがこんなビルなのかもしれません。

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2009-12-08

昔の思い出 ヨーロッパのどこかで買った古い着色絵葉書

ずいぶん前に観光旅行に行ったヨーロッパのどこかの街で、バザーのようなところで見つけて買ってきた古い絵葉書。写真に淡く色をつけてある。写真は古いと思うけど、色まで当時のものか今にしてみると分からない。一枚日本円にすれば100円程度だったと思う。その頃はまだ土産などをあれこれ買ってしまう稚さがあった。

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2009-12-07

昔の思い出 昭和末期の米軍立川基地跡の廃墟のこと

当時、立川基地跡の区域の西側に沿った通りにフェンスが延々と続いていて、そこの所々に潜り込めるほどの穴が破ってあったので入ることができました。

入りやすかったので何回か入って撮ってみた画像をいくつか掲載します。冬の時季です。


アメリカ風の住宅。窓が失われて何かホラーっぽい雰囲気でもあります。

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これも住宅だろうか。

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ここでは、建物はみな白い。

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これは倉庫のようにも見える。

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これらの写真を整理して眺めているうちに、板張りの建物は米軍が建設、塗り壁の建物は旧日本軍時代からあるものなのではないか? と考えてみたけどどうでしょう。

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住居が並ぶ。

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何もない室内。

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住宅ではないらしい長い建物

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二軒続き?

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四軒続き?

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上の建物と同じ

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下見板張りの簡素な建物

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何かのパイプ。

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直方体の白い構造物。

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この構造物(二つの箱のような建物)は何かの実験施設という説があり、航空写真を見るとまだ現存しているようです

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何かの施設の内部

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煙突。Googleの航空写真で見るとこの煙突はまだ現存しているようです。

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煙突の下の方。

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工場。

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同アップ。

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同アップ

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この階段は何だろう?

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二階建住宅。平屋もちらほら。

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この建物は、旧日本軍時代(米軍が来る前、この土地には旧日本陸軍の航空基地があった)からあるような雰囲気がある。

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小さい建物が並ぶ通り。

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これは何かの構造物の入り口らしい。

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さらに続きはこちらにあります → 米軍立川基地跡の廃墟 その2米軍立川基地跡の廃墟その3


20年前なので、まだ現在ほどジャングル化はしていないようでした。

現在のこの基地跡がこの後どうなっていくのか、思いを及ぼすこともありますが、特にここでは触れません。


(画像を見返してみて、廃墟に付きものの落書きが、ほとんど見られないことに気付きました。消している様子もないし、昭和末期までにはまだ、廃墟等にでかでかと落書き(絵、グラフィティ)を書く「不良文化」は育っていなかったのかもしれません。同じころ巨大廃墟の軍艦島端島)を訪れた時も、名前を書く程度の落書きはあっても、大きな絵のような落書きを見た記憶はありません)


参考 米軍朝霞基地(キャンプドレイク)跡の廃墟

2009-12-06

西友の298円弁当 その7

久しぶりに西友の298円弁当を食べてみました。お弁当のうち、今までここにメモしてなかったハンバーグ弁当とサケ弁当を食べました。


まず、ハンバーグ弁当は、

・ハンバーグ(デミソース)

・スパゲッティナポリタン

・ポテトサラダ

・人参一切れ

・漬物

という構成で、総カロリーは683kcalと表示。

ハンバーグは肉の味がわりとしっかりしてる。

ポテトサラダはいい感じ。

人参は意外と甘くない。

スパゲッティは何か人工的な味。

この値段なら全体として満足でしょう。うちのレンジがへたっているせいか、温め時間1分30秒だとまだ少し温い感じです。

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次に、サケ弁当は、

・鮭切り身

・小さな唐揚げ一つ

・玉子焼き

・人参

椎茸

・スパゲッティ(ペペロンチーノ?)

・きんぴらごぼう

と、バラエティに富んでいますが、他のお弁当との流用も多いようです。

総カロリーは635kcalと表示。

鮭はちゃんと味があってなかなかです。

唐揚げも案外おいしい。唐揚げ弁当と同じのですね。

スパゲッティもちゃんとニンニクっぽい味がついてます。

この値段なら全体として満足でしょう。ところでサケ弁当の副菜は以前のと少し変わってますね。

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12月6日現在、西友店舗で見られる298円弁当は、ハンバーグ弁当、サケ弁当、とり唐揚げ弁当、豚生姜焼き弁当、の4種類が確認されています。人気がなくて消えていった種類もあるんでしょうね。


西友の298円弁当試食記

昔の思い出 1990年ごろ新橋駅前にあったすごく古いビルのこと

このビルは新橋駅西口にあり、デザインからみて戦前の建築だと思われます。見た通りすごく古びて汚れていました。


(追記)

大正9年1920年)建築の堤第一ビルといいます。2009年時点でも現存していて、2020年まで持ちこたえれば100年もったことになります。このようなビル建築としては、東京都内でも最古のものだと思います


外観。

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中に入って階段を上ってみました。窓に年季が入っています。

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屋上。下から見えた上部の装飾の部分はこうなっていました。擬石で作られているようです。

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(2014年6月追記)

この堤第一ビルはどうやら近いうちに解体されることになったらしい。このビルを含むブロックごと再開発されることになったようです。

跡地には現代的な高層ビルが建てられるのでしょう。

2009-12-05

気に入ってた建物

1990年代の始め頃まで東京丸の内にあったこの建物が好きでした。

何だかつまらなそうなビルにも見えますが、一応、昭和7年(1932年)建築の由緒ある野村ビル(3号館)という建物です。

こういうインターナショナルスタイルでも、角張った箱のような形だったら、本当につまらなくなっていたところを、角を取って丸くしてあることによって、何かユーモラスな味わいが出ているように思います。

東京中央郵便局よりもこっちが残って欲しかった。

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喜久屋ビル(回効散ビル)。築地の辺りに建っていました。昭和7年ごろ建築。

このビルは、装飾がごちゃごちゃして何だか楽しそうだけど、これがこのスケールだから良いので、もっと大きなビルでこんなふうに装飾がうるさかったら嫌味で気持ち悪かったと思います。近年取り壊されたそうで少し残念。

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2009-12-04

日本的なマリア像

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これは日本のカトリック教会がクリスマス用に作ったカードに描いてあった日本的なマリア像です。

何だかキリシタン時代に戻ったような変な気もしますが、普通のマリア像の西洋の中世風の格好をしているのだって、マリアやキリストは古代イスラエルの人なのだからおかしいわけです。

だから、なのか、日本的なのもあり、ということなんでしょうか。

2009-12-03

2009-12-02

つぼみvol.4 感想

つぼみ VOL.4 (まんがタイムKRコミックス GLシリーズ) つぼみ VOL.4 (まんがタイムKRコミックス GLシリーズ)

いつの間にか、百合漫画アンソロジー『つぼみ』vol.4が出てたので読みましたから、一つ二つ感想。


「エビスさんとホテイさん」きづきあきら+サトウナンキ

この作品が一番楽しみです。

今回、エビスさんとホテイさんは結ばれる寸前まで行きますが、ホテイさんが最後に引いてしまいます。

さて次回は、というところでしょう。

今回あれっと思ったのは、エビスさんにせよホテイさんにせよ、大人の社会人なのだから男性経験等あるものだと思って読んでいたところ、どうもそうではない様子。

こういうのが「百合漫画」のお約束なのかもしれないけど、ちょっとストーリー進行上味気ないかも。



「星川銀座四丁目」玄鉄絢

小学生とやりたい大人の女。。。犯罪一歩手前のヤヴァイエロスが横溢していて良かったです。これもあとちょっとで‥‥。

これも、次回はどうなるんだろう?


この本はいつも表紙イラストがいいですね。だから、前はスキャンしてまで大きく載せちゃいましたっけ。

日本における本格的西洋建築の存在意義

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東京都内にあるこの建物は明治時代に財閥の邸宅として建てられ、西洋の伝統様式が本格的な名建築として知られています。でも、こういう建物の存在意義ってなんでしょう? 

本格的であればあるほど、かえって日本には居所がなくはないか。それでは、西洋に持っていったらどうでしょうか。それも、日本では名建築でも、西洋では沢山あるうちの一つ、平均レベルの存在でしかないでしょう。つまり日本にも西洋にもいるべきところはない。

建物は建物として価値がある、としても、逆を考えてみたらどうでしょう。

西洋で日本の伝統建築を建てたら、お堂でも、五重塔でも、茶室でも、書院造でも、お城でも、どうか? 本格的に作られていても、本格的であればあるほど、特に日本人にとっては、かえって白けてしまうと思います。

この建物も同じです。

こんな建物があってもいいけど、存在意義はあまりない。存在意義がなくても価値を認められている分だけは幸せです。


また、例えば明治村とか、たてもの園に行っても西洋人はたいして面白くないでしょう。そこにあるのは彼らにすればある種の「まがい物」にすぎない。上記のたとえだと、欧米に、日本の伝統建築を再現した「日本村」があったとして、日本人が行って面白いかってことです。

日本文化は外来のものをどんどん摂取して固有の文化に作り替えていく性質があるという見方ができるとしてもなおのこと、そう思います。


(追記)

戦前の東京や大阪の大都会は重厚な西洋建築が建ち並び、現代よりもずっと西洋風の街並みで、現代人がそんな過去の街に戻ったらまるでヨーロッパの街に来たかのような感覚をおぼえるかもしれませんが、当時はそんな街並みが国際標準の都市だっただけのことで、そこへのノスタルジー感覚もある種の現代的錯覚でしょう。

戦後、日本の都市が「西洋の街」じゃなくなったのは、戦後の復興に当たっても、それまでの「西洋の街」もしょせん明治以降の借り物に過ぎなかったので、過剰な予算をかけてまで「重厚な西洋っぽい街並」「重厚な西洋建築」を維持していく動機が乏しく、簡素で無機質な現代ビルの建ち並ぶ戦後の街並になっていったからです。

空襲で焼け残った洋風のビルも、高度成長期以降にどんどん戦後のビルに建て替えられ、バブル崩壊の頃には僅かしか残っていなったから、戦前のビルが希少価値と認識されるようになったのです。

2009-12-01

今日のお食事 および怪しい空き家

立川の純連味噌ラーメン

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その後、国立西側で怪しい空き家発見。なんとなくライト風で結構古そう。画像だと繁った木のせいでちょっとわかりづらい。

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細部。ライト風の造作

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窓の格子のライト風というかモンドリアン風というかそういうパターン

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この家も取り壊すわけでもなく手入れはしているようなので廃墟ではないのでしょうけど。


(追記)

この住宅は旧高田邸と言って、昭和4年に建てられたものだそうです。

迷いと悟りに関するメモ

迷いと悟り

迷いの中に生きている人間にとって迷いから抜け出した境地とはいかなるものか? 

畢竟、迷いと、そこから抜け出した境地=悟りは同じものであり、迷いの中にこそ悟りはある、迷いだの悟りだの分別臭く分けるようのものでもなく、悟ったからといって迷いから抜け出しそのままどこかへ飛んでいってしまうものではない、悟っても迷いの世界にすぐ戻ってこそ悟りは生かされる、と、こんな考えもできるわけですが、果たしてそれでいいのか?

さて、何が言いたいのかというと、悟ってどっかへ行ってしまってもいいような気がします。悟ればつまらない日常の迷いの生活も気にならなくる、なんていうのも単純に過ぎる。社会にしがらみがある人は、悟ろうがどうしようがどっかへ飛んでいっちゃうわけには行かない。しかし、真に「出家」な身の上にある人にとってはそれはどうでもいい、ということじゃないでしょうか。