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御光堂世界〜Pulinの日記

2011-08-31

今日の食べ物 スパゲッティ

スパゲッティ1.6mmに、キューピーきのこ醤油バターソース。

思ったよりあっさりした薄味のソースだった。

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画像のは麺が一食分の適量よりも多すぎるのでソースのきのこが沈んで見えづらくなっている。


このたび、スパゲッティ・パスタのカテゴリーを立てることにした。

神戸にあった古いビル

神戸市中央区栄町通1-3の角地にあった、赤煉瓦三階建ての隆源ビル。大正初期の建築らしいです。阪神大震災で倒壊したわけではなく、2000年代の半ばごろまで建っていたようですが、現存していません。現在この場所は駐車場になっています。

隆源ビルの右隣には昭和ビルという古いビルがあって2011年時点でも現存しています。

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画像は1990年代半ばごろ撮影したもの。

2011-08-30

今日の食べ物 スパゲッティ

1.6mmのスパゲッティに、ハインツ「オマール海老のトマトソース」というソース。海老は目に見える状態で入っていませんでしたが、濃厚な海の風味がありました。

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2011-08-29

昭和末期、東京都内に存在した廃墟 その2

以前の記事、「昔の思い出 昭和末期の東京 東京工業試験所等の廃墟のこと 都会の中の廃墟のことなど」の続編として。

写真中央の古めかしい建物は、廃墟化した東京工業試験所(渋谷区本町1-1。現在新国立劇場が建っている場所)の施設の一棟と思われますが、断定しきれない点もあるので、物件の特定のため調べているところです。ひょっとしたら後ろのNTT(電電公社)ビルに関係がある施設だったのかもしれません。

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これは、都立大久保病院(新宿区歌舞伎町2-44)の古い建物。現在は高層建築に建て替わっています。

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(追記)

毎日新聞社の「昭和毎日」という昔の東京の写真と地図が見られるサイトに、1962年(昭和37年)に東京工業試験所付近を撮った写真が掲載されています。

http://showa.mainichi.jp/ikeda1960/2008/05/ik007370.html

その写真↓で左端に写っている建物が明らかに上の1枚目の画像の建物と同じであることがわかります。屋上に突き出ている、装飾なのか実際上の機能を持つ装置なのか、ヒートシンクのような形の幾つかの突起物に注目。同じ場所を撮影しているわけです。

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この場所の昭和31年の地図で、工業試験所となっている所には、口字型の建物(本館)の他に、幾つかの建物が描かれているので、道路際の建物がこれなのでしょう。

2011-08-28

今日の食べ物 カレー

「あらえびす 牛スジ墨カレー」というレトルトカレー

箱書きによると「大阪北新地でランチタイムはカレー専門店として営業している居酒屋あらえびす」のカレーだそうです。

色が真っ黒なのはコクを出すためにイカ墨を入れているためのようです。

しっかりした味の洋風カレーでした。

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2011-08-27

隣の猫が

暑いから風通しのため少しドアを開けておいたら、隣の家に出入りしている半野良猫がうちの台所に入ってきて、栽培中の空心菜の芽をかじってた・・・。

2011-08-26

今日の食べ物 カップーヌードルごはん

カップヌードルごはん」なるものが売ってるのを見つけたので興味をもって食べてみた。

具やご飯のパックを容器から取りだし、容器の底に水を入れた後に、ご飯や具を入れ、電子レンジで加熱する。

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確かにあのカップーヌードルの味がするピラフのようなご飯ができるのだけど、インスタントご飯はインスタント麺に比べてまだ完成度が低いと思った。

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ご飯の食感がもう一つ。

2011-08-25

今日のお食事 ラーメン

立川北口のつばさ家でラーメン。

この店に行くのは久しぶりでした。

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2011-08-24

立川の電波塔

こちらの電波塔よりはやや線路側にある高さが低いもう一基の電波塔。NTTのものではなく東京ガスの電波塔らしいです。

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2011-08-23

今日の食べ物 レトルトカレー 

S&Bチキンバターマサラというレトルトカレー。

これを食べるのは初めてです。

赤いカレーですが特に辛いわけでもトマト風味があるわけではありません。独特のスパイス感があってなかなか気に入りました。箱写真にあるようなサフランライスならもっと合いそうです。

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2011-08-22

今日のお食事 ラーメン

新宿思い出横丁の中華料理店岐阜屋で「ザーサイラーメン」(600円)を食べた。

前回メニューに見かけて気になっていたもの。

ラーメンにザーサイが乗っただけの簡素なものを想像していたが、ザーサイ、モヤシ、ニラ、挽肉を、ちょっとお酒が利いた味付けで炒めてどっさり乗せた醤油ラーメンだった。ボリュームがあった。スタミナも付きそうだ。

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ラーメンを食べて暑くなり冷たいものが欲しくなって、美味しそうなチューハイを飲んでいる人が多かったので自分も飲んでみた。

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2011-08-21

立川のNTT電波塔

多摩都市モノレール立川北駅の側からNTT電波塔を見る。高さが知りたいのだが資料が見つからなくてよく分からない。いずれ、計算で求めるしかないかな。

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2011-08-20

中村とうよう氏の「遺書」

先月21日に自殺した音楽評論家中村とうよう氏(享年79歳)の「遺書」として最後の「とうようズトーク」が掲載されるという『ミュージック・マガジン』2011年9月号(通巻586号)を買った。

この雑誌を買うのは約20年ぶりである。私がはじめて買った『ミュージック・マガジン』は1982年2月号(通巻169号)であった。今その号を読み返すとどうってこともないが、当時洋楽に興味が出はじめたばかりの子供だった私にはえらく難しいことばかり書いてあり、でもそれが未知の音楽の響きを伝えてくるようでドキドキしながら読んだものだった。それ以来、1990年代の初めまで気になるテーマの号は時々買っていた。別冊や姉妹誌(『レコード・コレクターズ』『ノイズ』など)を買うこともあった。中村とうよう氏の著書も何冊か読んだ。いずれも興味深いものであった。

自分がラテン音楽を聴くようになったのも中村とうよう氏の影響が大きかったと思う。


さて、「とうようズトーク」の最終回はどんな「遺書」なのだろうか、ひょっとしたら陰鬱きわまりないことが綴られているのではなかろうかと、覚悟してページを開くと、深刻な文面ではなく、あっけらかんとするほど飄々としていた。辛辣な批評家で一種毒舌が売りだった人とは別人のようだ。

いま一人暮らしのとうよう氏でも、このままどんどん老衰していけばいずれ誰かの世話にならなければならなくなるかもしれず、そうなって生き続けるのも嫌だから、まだ元気なうちに自分で人生を終えよう、ということであったらしい。そう覚悟ができるほど、やりたいことをやって楽しい人生だったからもういいや、と決めたようだ。

実際は、もっと深い悩みがあったのかもしれないし(下記引用文中に何となくそれを窺わせなくもない)、そんなことを思うこと自体がどこかおかしくなっている証拠だから、もっと早く友人知人が気づいて救いの手を差し伸べるべきだった、と言えなくもないが、達観して自分で人生の幕引きができるのもまた生き方の一つとしてあってもいいのではないかと私は思った。


飛び降り自殺した日の夜、親しい人の元に届いた遺書には

「人生に絶望して自死を選ぶ、といったものではありません。まだまだやらねばならない仕事がいっぱいあるのに、それらが実現するまでに要する時間のあまりの長さが予想されるので、短気な私はもう既にウンザリしてしまっており、それで自死を選ぶことにしたんです」

とあったという。


最後の「とうようズトーク」は、7月アフリカに南スーダンという新しい国ができたことに触れスーダンの音楽の回想のあと、話が変わって、07年5月号には少子高齢化の時代に過疎の田舎の老人はもうどこかに集まって住むようにするしかないしその運命を拒む老人のエゴイズムは不可能だ、老人として身の処し方は考えてます、と書いたっけと振り返り、最後はこう結ばれていた。

 そしてぼくは今や79歳の老人。やっぱり老人の生き方の問題って人それぞれで、一般論で語れる部分ばかりじゃないんですね。

ムサビにレコードや資料や楽器を渡しても、ムサビにはムサビの問題があり、それがぼくの問題ととうまく整合するケースばかりじゃない。ではそれをどう解決するか。ぼくは自分の生命の問題として解決する道を選ぶことにした。これってわがままですよね。

(中略)

 でも自分ではっきりと言えますよ。ぼくの人生は楽しかった、ってね。この歳までやれるだけのことはやり尽くしたし、もう思い残すことはありません。最後の夜が雨になってしまったのがちょっと残念だけど、でもあたりにハネ飛ぶ汚物を洗い流してくれるんじゃないかって、思ってます。実はこのマンションを買ったとき、飛び降りるには格好の形をしてると思ったんですよ。

 という訳なので、読者の皆さん、さようなら。中村とうようというヘンな奴がいたことを、ときどき思い出してください。


さようなら、とうようさん。一生忘れません。

一橋大学兼松講堂の怪獣彫刻

一橋大学兼松講堂(昭和2年建築)。

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一橋大学兼松講堂の西側側面入口。

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側面入口脇(左)の怪獣彫刻。鬼でしょうか?

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側面入口脇(右)の怪獣彫刻。嘴の長い鳥。

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正面アーチ柱頭の怪獣彫刻。

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正面アーチ柱頭の怪獣彫刻。

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正面アーチ柱頭の怪獣彫刻。

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正面アーチ柱頭の怪獣彫刻。

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一橋大学の古い建物は西洋中世のロマネスク風をモチーフにしているからその作法に従って怪獣の彫刻があちこちに施されているわけです。

2011-08-19

一橋大学東本館の彫刻

一橋大学東本館(昭和4年建築)にも怪獣モチーフの彫刻があります。

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車寄せの柱頭に鳳凰?孔雀?鶏?のような彫刻が。

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東本館の裏側は鬱蒼とした木々に埋もれている。

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2011-08-18

向日葵に蝶

8月16日のと同じ場所の向日葵です。

暑さのため花がだいぶ萎れかけています。そこに蝶が止まっていました。

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ヒョウモンチョウだと思われます。

2011-08-17

小乗仏教(上座部仏教)に目覚めても他者救済を志向しだせば大乗化する

いま、大乗仏教は後に歪められて変質した仏教であり、小乗仏教(上座部仏教)こそが真の仏教であると認識し小乗仏教に帰依したとします。それは良い。しかし、この素晴らしい上座部仏教の教えで世の中を救いたいという心が働けば、それはすでに大乗化の一歩ではないでしょうか?

仏教は出家して四諦八正道に基づき修行して仏を目指す教えが根本です。

その仏教の根本に最も近いのが小乗仏教(上座部仏教)です。南アジアの上座部仏教の僧侶は日本の僧侶のように俗人化していず、厳格な出家生活を送ります。その姿はまことに清々しいのです。

けれども、今、上座部仏教の教えによって世の中を救いたい人も、皆に出家を勧めようとする訳のではなく、上座部仏教的な考えの何かを応用して世の中に役立てたいとするのなら、やはり大乗化に踏み出しているのです。つまり人々を救済する手段としての方便志向です。

堕落俗化頽廃した大乗仏教の現状に嫌気して、真の仏教としての小乗(上座部)を志向すれば、そのような問題意識が強ければこそ、小乗を求めても大乗志向になっていき、結局一回りして大乗に戻り、つまり仏教の原点に帰ったところから、仏教発展史を追体験していくことになるわけです。

明治時代、大乗非仏説が広く知られるところとなり、海外に小乗の研究に出かけたり小乗に宗旨替えする僧侶も現れました。河口慧海は語学学習のために師事したそのような僧侶から小乗を強く勧められても自分は広く衆生を救いたいから大乗に留まると断言し、お経の原典を求めてチベットに旅立ちます。

河口慧海は後半生は還俗し、仏典研究のかたわら、在家仏教の普及につとめました。

2011-08-16

向日葵

向日葵に虫がとまっていました。

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蜂でしょうか、虻でしょうか。

2011-08-15

新宿思い出横丁でレバ刺しなどを食べた

新宿思い出横丁の「ウッチャン」という店で、

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レバ刺しと

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(生肉食の罰則付き法規制論が唱えられているからレバ刺しもいつまで食べられるか分らない)


モツ串焼きを食べホッピーを飲んだ。

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「ウッチャン」が込んできたので中華料理店「岐阜屋」に移動した。餃子とビールにしようかなと思ったが胃がもたれてきたので冷やしトマトにした。メニューにあるザーサイラーメンが気になったので今度食べてみようと思う。(食べてみた→

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(追記)

思い出横丁でずっと気になっているのが「朝起(あさだち)」(→ )というお店。

店名からしてイカガワシイし、「金玉」だとか「かえる」だとか「ふじつぼ」だとかがメニューにある、珍味・ゲテモノを売りにした店です。

ネットにもいろいろ画像が出ていて(山椒魚カメノテなどもあるようです)、非常に好奇心をそそられ一回行ってみたいと思うのですが、やはり臆するし、なんだか食べる前に想像がついてしまう気もします。

蛙は以前台湾でスープにしたのを食べたことがあり、鶏肉をもっとプリプリにしたような食感でかなり青臭さもあった憶えがあります。

(「カメノテ」は亀ではなくフジツボに近い甲殻類の一種)

2011-08-14

コンパクトデジカメで花の接写をしてみた

デジカメの現在使っている機種(SONY CYBER-SHOT DSC-HX5V)でも、もっぱら風景や食べ物などをメモ的に撮影するのに用いていて、花を接写したりとかは行ったことがなかった。デジカメには未だにあまり慣れていないのだ。

そこではじめて挑戦してみた。

この画像は、マニュアル撮影したものを、トリミング、若干の画像補正を行ったもの。

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これは画像補正せずトリミングしただけ。

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今日の食べ物 冷や奴

今日も非常に暑い。

暑い時には冷や奴。

薬味はねぎからし(→ これ)。さらに酢を少々垂らしてもいいかも。

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一橋大学の怪獣彫刻

一橋大学附属図書館の入り口の上で二匹の怪獣が吠えています。

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狛犬でもないでしょうが、正体不明の怪獣彫刻。


窓のアーチの根元には松ぼっくりのような飾りが。

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一橋大学附属図書館の前の池にある日時計の台座。ここにも獅子のような怪獣彫刻がありました。

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2011-08-13

今日のお食事 カレー

国立南口旭通りから少し入った所にあるソーセージ店ノイフランクに併設された小レストランでランチメニューのチキンカレー。

ここのカレーを食べるのは初めてです。

スパイスがよく利いたさわやかなカレーでした。

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一橋大学の獣面彫刻

一橋大学本館(昭和4年建築)の車寄せの側面の軒先に一対の獣面彫刻が装飾として取り付けられています。

阿形吽形ではありませんが舌を長く出しているものと短く出しているものがあります。反対側には対角線の位置に同じ形のものが取り付けられています。


一橋大学本館車寄せ。

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舌を長く出している獣面。

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舌を短く出している獣面。

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2011-08-12

今日の食べ物 スパゲッティ

朝食に、スパゲッティ。

1.7mmのスパゲッティにS&Bアラビアータというソース。ちょっとこってりした感じのトマトソースでした。特に辛くもありません。

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節電で暗い御茶ノ水駅

これは少々前に撮った写真だが、節電により御茶ノ水駅の改札の中の方が暗くなっている状況である。

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「暗い世の中」も悪くない。

この写真はフィルムカメラで撮影したポジをスキャン。

2011-08-11

一橋大学附属図書館の時計塔

以前も取り上げた一橋大学附属図書館の時計塔の時計は動作してないのかと思っていましたが、今回見たところおおむね時間は合っているようでした。

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時計の文字盤に数字が書いてあるのが確認できました。地上からだと見づらいです。


一橋大学附属図書館の古い建物の部分は側面から見ると意外と奥行きが浅く、増築した大きな新館部分につながっています。

古い部分は昭和5年の建築です。

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今日の食べ物 明太子スパゲッティ

朝食に、明太子スパゲッティ。

1.7mmのスパゲッティにS&B明太子ソース。

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2011-08-10

はてなフォトライフの画質設定

このブログの画像アップロードサービスのはてなフォトライフが、画像をアップロードする際に画質を若干落とすのが初期設定になっているのを最近まで気づかないでいた。それにより画像データサイズが少し小さくできるわけなのだが、私はデータサイズを考慮して載せる画像を選んで作っているので、そこからさらに画質を落とされるのは余計なサービスであった。

画質を90%にされると、元画像の階調が粗くなり、エッジの部分のノイズも目立つようになってしまう。

気づいてからは、初期設定の画質90%を100%に変更した。

すでに掲載した画像も意図していたものよりも画質が顕著に落ちて見えるのは順次差し返していく。

思い出

以前も少し考察したことがあるが、自分の人生において、記憶をいくら遡っていっても、良い思い出や楽しかった思い出が、何一つ思い出せない。

別に、楽しいと思ったことが一度もなかったわけではなく、楽しい思い出として記憶されることがなかっただけだろう。思い出として残るほどの良いことも楽しいこともなかった、というのが正確かもしれないし、私もささやかなことで喜んだり楽しんだりしないわけでもないが、それが楽しいこととして記憶されていかず、記憶に残っても無味乾燥の出来事として残るだけである。

だから、自分自身においては、昔は良かったとも将来が良くなるだろうとも考えることができず、常に不定な現在しかない。

結局、生得的およびそれを強化する環境によってはぐくまれた虚無主義が自分の骨肉となっているのである。

私には感情にこのようなロボット的な部分があるから対人関係において不自然な演技をしなければならなかったりする。

2011-08-09

今日のお食事 冷やし坦々麺

スタ丼屋の冷やし坦々麺。麺に歯ごたえあり。

茹でるのに少々時間がかかるのか、出るのはスタ丼よりも待たされます。

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2011-08-08

今日の食べ物 レトルトカレー

朝食に、ハウス「夏のカレー キーマカレー」というレトルトカレー。

温めなくてもよいと謳っていますが冷たいカレーにやはり抵抗があるので温めて食べました。少し酸味が利いたカレーでした。

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2011-08-07

今日の食べ物 レトルトカレー

MCC豆のキーマカレーというレトルトカレー。

なかなか辛くスパイスが利いて、気に入りました。

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2011-08-06

今日のお食事 つけ麺

谷保の仁楽でつけ麺(醤油味)。

昼食時サービスの麺大盛りにしてみましたが、麺の量がこれほどのボリュームになると、つけ汁の薄味加減がやや物足りない感じでした。

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2011-08-05

金縛り

金縛りにあってしまった。半覚醒の状態でいくら身体を動かそうとしても動かず、精神力を振り絞ってようやく身体を起こしたら目覚めた。

こんなことからも、脳卒中になった際の、動かそうとしても身体が動かなく話そうとしても言葉が出ない状態が何となく分ってきているので、自分の晩年は多分そうなるのだろうという予感もある。

病に倒れる前に、穴を掘って土中入定し即身仏になるのがいいかもしれない。そうして世の中の安泰を祈願するのだ。

2011-08-04

今日のお食事 ラーメン

立川北口のばりき家で塩とんこつラーメン(650円)。

家系ではめずらしい塩味と謳っていたので食べてみました。

ノーマルの醤油とんこつよりも柔らかい味がしました。こってり感は同じです。大きな海苔のかわりに白ネギと細かい海苔が乗っています。

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(参考)

ばりき家醤油とんこつラーメン

2011-08-03

仮定形と命令形の逆転や同一化

方言には、仮定形と命令形が逆になっているものや、五段活用以外の動詞でも命令形がエ段の音になっているものも存在する。

「しろ」→「すれ」(逆になっているとさらに「すれ」→「しろ」)

「来い」→「来れ」(同、「来れ」→「来い」)

「見ろ」→「見れ」

「寝ろ」→「寝れ」

のような例である。 

全国的に見られるので、方言であっても特殊な例ではない。


メモとして。

2011-08-02

命令を意味しなくても命令形で文を止める用法について

〜にせよ、〜にしろ、という用法について

から続く。


「後は野となれ山となれ」といった慣用句や、「好きなようにしろ」「どうにでもなれ」といった投げやりな気分を表す言い方の場合に、「なれ」「しろ」など命令形で文を止めることがある。このような言い方は、特に何かを命じているのではなく、後には「(しかし)それでどうなろうが自分は構わない」のような含意が発話されないとしても続くわけである。

これらも、逆接が後に来る場合命令形で文をいったん止める例と言えるだろう。

これが起こる理由は何か。

2011-08-01

〜にせよ、〜にしろ、という用法について

〜にせよ、〜にしろ、という用法について。


「泣いて頼まれたにせよ、これは譲るわけにはいかない」

「成功するにせよ、代償も大きいだろう」

「彼が強いにせよ、俺の敵ではない」

「この本にせよ、たいして参考にならないだろう」

のように仮定や条件をあらわす場合や、

「小沢にせよ谷垣にせよ、首相の器ではない」

のように例示・列挙する場合に、〜にせよ(〜にしろ)が用いられる。〜にせよ(〜にしろ)のあとに導かれる節は、例文のように否定的な意味や逆接的になることが多い。

「にせよ」(「にしろ」)は格助詞「に」に動詞「する」の命令形「せよ」(「しろ」)が付いたもので、用言の終止形や体言に接続するものであるが、なぜこの形がこのような文意をあらわすのに用いられるのだろうか。なぜ「する」の命令形が現れてくるのだろうか。日本語において命令形で句を止め次の文に続けるのも異例である。

徐々に考えていきたい。


上の例文を言い換えると

「泣いて頼まれても、これは譲るわけにはいかない」

「成功しても、代償も大きいだろう」

「彼が強くても、俺の敵ではない」

「この本でも、たいして参考にならないだろう」

「小沢でも谷垣でも、首相の器ではない」

のようにも表せる。


「その曲を聴くにつけ、いつもわくわくしてきたものだった」

のような場合の「〜につけ」は、格助詞「に」に「つける」の連用形「つけ」が付いてできた語である。

文をいったん止めて次に続ける場合はこのように連用形になるのが普通である。

「帽子をかぶり、外へ出た」「ご飯を食べ、お茶を飲んだ」「よく学び、よく遊べ」

などの、ごく当たり前の言い方である。

ならば、「〜にせよ」も「〜にし」(「に」+「し」(「する」の連用形))である方が自然なのだろうか。


接続の形の問題はひとまず置いて、「〜にせよ」の文にはなぜ動詞「する」が使われるのだろうか。

例文の

「泣いて頼まれたにせよ、これは譲るわけにはいかない」

の前節を取り出し

「泣いて頼まれたにする」

と言ったらどうだろうか。何か不自然に感じる。

「泣いて頼まれたとする」

となるのが自然だろう。これにより全文を言い換えると

「泣いて頼まれたとする。しかし、これは譲るわけにはいかない」

となるだろう。

ここで「とする」は仮定や条件を提示する意味があると分った。

この文はまた

「泣いて頼まれたとしても、これは譲るわけにはいかない」

とも言える。

つまり「〜としても」が「〜にせよ」(「〜にしろ」)に置き換えられるルールがあり、その仕組みは何かという問題になる。


句の末の動詞・用言は、順接が続く場合は連用形で止め、逆接が続く場合は命令形で止めるルールなのだろうか。


「何はともあれ、やるべきだ」(*)

のような文は逆接的な意味があるが、ここでの「あれ」は、仮定形、命令形のどちらだろうか。仮定形であればまさに「あれば」と置けるはずだが

「何はともあれば、やるべきだ」

という文にしたらおかしいので、この「あれ」は命令形であると考えられる。

辞書の説明では、「ともあれ」は格助詞「と」+係助詞「も」+「あり」の命令形「あれ」とされる。

この例からも、あまり頻繁に使われる用法ではないが、逆接的な接続の場合は、文を命令形でいったん止めてつなげていくルールがあるらしいことが分った。

これにより、仮定や条件を示し逆接的な意味を表す文における、「〜にせよ」「〜にしろ」という用法の文法的根拠が見えてきた。


普通の動詞とやや性質を異にする動詞「する」「ある」がここでともに同じく命令形をとるのは偶然だろうか。日本語の性質そのものに関わるさらに根本的な理由があるのだろうか。

ここではそれはまだ分らない。


((*)の「何はともあれ」は「何はともあれど」または「何はともあれども」の「ど」「ども」が省略された形、「ど」「ども」は仮定形に付く、と考えることもできそうだと思ったのだが、そこは保留にしておく。)


「私の身体がどこにあれ、心は常に貴方を思っている」

という文の「あれ」は何形だろうか。考えてみよう。


(続く)

命令を意味しなくても命令形で文を止める用法について


(解決編)

〜にせよ、〜にしろ、という用法について その2