Hatena::ブログ(Diary)

御光堂世界〜Pulinの日記

2013-05-30

カメラが故障中なので画像ネタを書けない

カメラが故障中なので画像ネタを書けない。

2013-05-27

ふいんき

雰囲気(ふんいき)と書くつもりで「ふいんき」とタイプしてなぜか変換できないというのがネットの笑い話としてよくあるが、かなり前から関西などでは実際「ふいんき」という発音になっていたようである。ネットの時代になって目立って注目されるようになっただけらしい。

このように音の順番が入れ替わることを「音位転換」という。たとえば、新たし(アラタシ)→新しい(アタラシイ)という例がよく知られている。発音しやすい形に変化するわけである。珍しい例では、英語のaskという単語は、ascian[a:skian]が一旦axian[a:ksian]に変化してさらにまたaskへと変わったとのことである。つまり一巡して元に戻るような変化である。

2013-05-25

頭痛がして耳鳴りがする

頭が痛くてキーンと耳鳴りがする。気圧の変化によって感じるようなあれだ。何だろうな。

2013-05-24

デジカメが壊れた

MacBook Proが壊れて治ったと思ったら今度はデジカメが壊れた。補償期間はすぎているので、修理に1万数千円かかるらしく痛い出費だ。

2013-05-23

MacBook Pro治る

MacBook Proがおかしくなった?」と書いてからさらに症状が悪化し、とうとう起動しなくなったので、修理に出していたが、治って戻ってきた。ロジックボードの故障で取り換えたとのこと。

2013-05-18

外来語の短縮形の法則

「コンビニエンス(ストア)」の短縮形はなぜ「コンビニ」であって「コンビ」ではないのだろうか、という疑問から、外来語が短縮されるとき、何か法則性があるのだろうかと考えてみた。

たとえば、「コンポ(ーネント)」とか「シンセ(サイザー)」とか「パンフ(レット)」などのように、二拍目が撥音だと三拍に短縮されやすいというような傾向が存在しているのだろうか?


そこで調べてみた結果が下の表である。

特殊拍とは、撥音(ン)、促音(ッ)、長音(ー)を指す。

(拍はモーラといわれるもので音節とは違う。例えば「コンプレッサー」は7拍(7モーラ)だが音節で数えると4になる。日本語(標準語)の場合、音節よりも拍(モーラ)が発音の単位として重要なのである。)

ここでの短縮形はそれだけで独立して使われるものに限定している。コンピューターの短縮形「コン」のように「パソコン」という合成語では使うが単独で「コンを買った」といった使い方はしないものは省いてある。


短縮形が二拍のもの

長さ(拍)三拍目が特殊拍四拍目が特殊拍四拍目が母音その他
アマ(チュア)4   
アメ(リカ)4   
エコ(ロジー)5   五拍目が特殊拍
エロ(チック)5   
オペ(レーション)6   
キャバ(レー)4   
キャラ(クター)5   五拍目が特殊拍
グロ(テスク)5    
コメ(ント)4   
コラ(ージュ)4   
テク(ニック)5   
トピ(ック)4   
ナルシシスト6   
ネガ(ティブ)4   
ハズ(バンド)5   
ビル(ディング)5   
ブラ(ジャー)4   
プラ(スチック)5   五拍目が特殊拍
プロ(ダクション)6   
プロ(フェッショナル)6   
ポジ(ティブ)4   
メカ(ニズム)5   
レコ(ード)4   
レズ(ビアン)5   
ロケ(ーション)5   
ロリ(ータ)4   

短縮形が三拍のもの

長さ(拍)二拍目が撥音四拍目が特殊拍五拍目が特殊拍五拍目が母音その他
アクセ(サリー)6    六拍目が特殊拍
アスペ(ルガー)6    六拍目が特殊拍
アニメ(ーション)6    
アンプ(リファイア)7   六拍目が母音
エステ(ティック)6    
カーデ(ィガン)5    
グラデ(ーション)6    
コーデ(ィネート)6    
コスメ(ティック)6    
コンテ(ィニュイティ)6   
コンパ(ニー)5   
コンビ(ネーション)7   
コンピ(レーション)7   
コンプ(レックス)7   
コンプ(レッサー)7   
コンポ(ーネント)7   
サイケ(デリック)7    六拍目が特殊拍
サンド(イッチ)6   
シンセ(サイザー)7   
シンポ(ジウム)6   
セレブ(リティー)6    六拍目が特殊拍
デノミ(ネーション)7    
デフレ(ーション)6    
デリカ(テッセン)6    
テレビ(ジョン)5    
パーマ(ネント)6    
バイブ(レーター)7    
バスケ(ット)6    
パンフ(レット)6   
ファンデ(ーション)6   
フォトショ(ップ)5    
プロフ(ィール)5    
マイク(ロフォン)6    六拍目が特殊拍
モチベ(ーション)6    
ローテ(ーション)6    
ワンピ(ース)5   

短縮形が四拍のもの

長さ(拍)二拍目が撥音五拍目が特殊拍五拍目が母音六拍目が特殊拍その他
イラスト(レーション)8    
イントロ(ダクション)8   
インフル(エンザ)7  
インフレ(ーション)7   
コンクリ(ート)6   
コンサバ(ティブ)6   
コンサル(タント)7   
コンビニ(エンス)7  
ハンカチ(ーフ)6   
プレゼン(テーション)8    
リストラ(クション)7    七拍目が特殊拍

この表から明らかな傾向が読み取れる。

次のようなことが言えるだろう。


・短縮形が二拍になる場合

語の長さは主に四〜五拍

三〜四拍目が特殊拍か四拍目が母音

四拍目の母音も二重母音の後部として特殊拍に含めればすなわち

語の長さが四〜五拍で三〜四拍目が特殊拍


・同様にして短縮形が三拍になる場合

語の長さが五〜七拍で四〜五拍目が特殊拍


・同様にして短縮形が四拍になる場合

語の長さが六〜八拍で五〜六拍目が特殊拍


初めに書いた二拍目が撥音だと三拍になるのかもというのは特に関係がなかった。その場合でもすべて上の法則で説明がつくからだ。

それぞれ例外も含むし、重なる部分もあるがそのあたりは偶然に左右されるのかもしれない。


この法則に従えば「コンビニエンス」の場合、「コンビ」という短縮形もありえたはずだが「コンビニ」になったのは、すでに存在していた「コンビ」という語との衝突を避けるためだったのかもしれない。(追記:コンビニエンスストアが普及し始めてきた当初はコンビという略称も見たような記憶がある。)


法則といっても、この程度だとまだ「観察的妥当性」をある程度満たしているに過ぎないので、もっと定式化しなければ「記述的妥当性」を満たしたとはいえないし、この意味するところについての根本的な解釈ができなければ「説明的妥当性」を満たすのには遠い。


この法則の予測性ということでは、twitterに伴って最近あらわれた「ツイ(ート)」や「リム(ーブ)」という短縮形もちゃんとこの法則に従っていることが分る。

長さ(拍)三拍目が特殊拍四拍目が特殊拍四拍目が母音その他
ツイ(ート)4   
リム(ーブ)4   

2013-05-16

金剛般若経の不思議な論理

金剛般若経には不思議な論理が見られる。

金剛般若経とは、二世紀頃に成立した初期の大乗仏教経典であり、「空」を説く般若経典のうち比較的短いものである。

金剛般若経は、釈尊十大弟子の一人スブーティ(須菩提)との対話の形式で進められていく。


金剛般若経に見られる不思議な論理の例を列挙してみよう。引用は、中村元紀野一義訳註『般若心経・金剛般若経』(岩波文庫)に基づく。()内は引用元のページと章である。(サンスクリット原文の訳による)


如来は特徴をそなえたものと見てはならないのです。それはなぜかというと、師よ、〈特徴をそなえているということは特徴をそなえていないことだ〉と、如来が仰せられたからです。」(p51)(5)


「その立派な若者や立派な娘は、そのことによって、多くの功徳を積んだことになるのです。それはなぜかというと、師よ、〈如来によって説かれた、功徳を積むということは、功徳を積まないということだ〉と如来が説かれているからです。それだから、如来は〈功徳を積む、功徳を積む〉と説かれるのです。」(p57)(8)


「もしも、ある求道者が、『わたしは国土の建設をなしとげるだろう』と、このように言ったとすれば、かれは間違ったことを言ったことになるのだ。それはなぜかというと、スブーティよ、如来は〈国土の建設というのは、建設でないことだ〉と説かれているからだ。それだからこそ〈国土の建設〉と言われるのだ。」(p67)(10・b)


「師よ、如来は、『体、体、というがそんなものはない』と仰せられたからです。それだからこそ、〈体〉と言われるのです。師よ、それは有でもなく、また、無でもないのです。それだからこそ、〈体〉と言われるのです。」(p67)(10・c)


「この法門は《知恵の完成》と名づけられる。そのように記憶するがよい。それはなぜかというと、スブーティよ、『如来によって説かれた《知恵の完成》は、知恵の完成ではない』と如来によって説かれているからだ。それだからこそ、《知恵の完成》と言われるのだ。」(p73)(13・a)


「師よ、『如来によって説かれた、大地の塵は、大地の塵ではない』と如来によって説かれているからです。それだからこそ、大地の塵と言われるのです。また、『如来によって説かれたこの世界は、世界ではない』と如来によって説かれているからです。それだからこそ〈世界〉と言われるのです。」(p73)(13・c)


如来・尊敬すべき人・正しく目ざめた人は、偉大な人物に具わる三十二の特徴によって見分けられるものではありません。それはなぜかというと、実に、師よ、『如来によって説かれた、偉大な人物に具わる三十二の特徴は、特徴でない』と如来が説かれているからです。それだからこそ、〈偉大な人物に具わる三十二の特徴〉と言われるのです。」(p75)(13・d)


「この経が説かれるのを聞いて、真実だという思いをおこす求道者は、この上ない、すばらしい性質をそなえた人々でありましょう。それはなぜかというと、師よ、真実だという思いは、真実でないという思いだからです。それだからこそ、如来は、〈真実だという思い、真実だという思い〉と説かれるのです。」(p77)(14・a)


「この経が説かれるときに、驚かず、恐れず、恐怖に陥らない人々は、この上ない、すばらしい性質をそなえた人々である。それはなぜかというと、スブーティよ、如来の説かれたこの最上の完成は、実は完成ではないからだ。またスブーティよ、如来が最上の完成であると説いたそのことを、無量の、目ざめた人である世尊らがまた説いているからだ。それだからこそ、〈最上の完成者〉と言われるのだ。」(p79)(14・d)


如来が現に覚り示された法には、真実もなければ虚妄もないのだ。それだから、如来は、『あらゆる法は、目ざめた人の法である』と説くのだ。

それはなぜかというと、スブーティよ、『あらゆる法というものは実は法ではない』と、如来によって説かれているからだ。それだからこそ《あらゆる法》と言われるのだ。」(p97)(17・d)


如来が、〈身が整い身の大きな人〉と説かれたかの人は、師よ、実は体のない人であると、如来は説かれました。それだからこそ、〈身が整い、身が大きい〉と言われるのです。」(p99)(17・e)


「『〈生きているもの〉〈生きているもの〉と言うのは、実は生きているものではない』と如来は言っている。それだからこそ、生きているものと言われるのだ。それだから、如来は、『すべてのものには自我というものはない、すべてのものには、生きているというものはない。個体というものはない。個人というものはない』と言われるのだ。」(p101)(17・f)


「もしも、ある求道者が、『わたしは国土の建設をなしとげるだろう』と、このように言ったとすれば、この人もまた同様に〈求道者ではない〉と言わなければならない。それはなぜかというと、スブーティよ、如来は、『〈国土の建設〉〈国土の建設〉というのは、建設でないことだ』と説いているからだ。それだからこそ、〈国土の建設〉と言われるのだ。」(p101)(17・g)


「立派な若者や立派な娘は、そのことによって、多くの功徳を積むことになるのだ。それはなぜかというと、スブーティよ、『〈功徳を積む〉〈功徳を積む〉ということは、積まないということだ』と如来が説いているからだ。それだからこそ、〈功徳を積む〉と言われるのだ。スブーティよ、もしも、功徳を積むということがあるとすれば、如来は、〈功徳を積む〉〈功徳を積む〉とは説かなかったであろう。」(p107)(19)


如来を、端麗な体を完成しているものとして見るべきではありません。それはなぜかというと、師よ、『〈端麗な体を完成している〉〈端麗な体を完成している〉というのは、実はそなえていないということなのだ』と、如来が説かれているからです。それだからこそ〈端麗な体を完成している〉と言われるのです。」(p107)(20・a)


如来は特徴をそなえたものであると見なしてはならないのです。それはなぜかというと、師よ、『特徴をそなえていると如来の説かれたことは、実は特徴をそなえていないことだ』と如来が仰せられたからです。それだからこそ、〈特徴をそなえている〉と言われるのです。」(p109)(20・b)


「かれらは生きているものでのなければ、生きているものでないものでもない。それはなぜかというと、スブーティよ、『〈生きているもの〉〈生きているもの〉というものは、すべて生きているものでないということだ』と如来が説かれているからだ。それだからこそ、〈生きているもの〉と言われるのだ。(p111)(21・b)


「『自我に対する執着とは執着がないことだ』と如来は説かれた。しかし、かの愚かな一般の人たちは、それに執着するのだ。スブーティよ、〈愚かな一般の人たち〉というのは、愚かな一般の人たちではないにほかならぬ』と如来は説いた。それだからこそ、《愚かな一般の人たち》と言われるのだ。」(p115)(25)


「その原子の集合体は多いのです。それはなぜかというと、師よ、もしも、原子の集合体が実有であったとすれば、師は、《原子の集合体》と説かれなかったであろうからです。それはなぜかというと、師よ、『如来の説かれたかの原子の集合体は、集合体ではない』と如来が説いておられるからです。それだからこそ、《原子の集合体》と言われるのです。」(p121)(30・a)


「『如来が説かれた果てしない宇宙は宇宙でない』と如来は説かれています。それだからこそ《果てしない宇宙》と言われるのです。それはなぜかというと、師よ、もしも、宇宙というものがあるとすれば、《全一体という執着》があることになりましょう。しかも、『如来の説かれた全一体という執着は、実は執着でない』と如来が説かれています。それだからこそ、『全一体という執着』と言われるのです。」(p123)(30・b)


「スブーティよ、誰かが、『如来は自我についての見解を説いた。生きているものについての見解、個人についての見解を如来は説いた』と説いたとしよう。スブーティよ、その人は正しく説いたということになるだろうか。」

スブーティは答えた―「師よ、そうではありません。幸ある人よ、そうではありません。それはなぜかというと、師よ、『如来の説かれた、かの自我についての見解は、見解でない』と如来が説かれているからです。それだからこそ、《自我についての見解》と言われるのです。」(p123)(31・a)


「求道者の道に進んだ者は、すべてのことがらを知らなければならないし、見なければならないし、理解しなければならない。しかも、ことがらという思いさえも止まらないように、知らなければならないし、見なければならないし、理解しなければならない。それはなぜかというと、スブーティよ、『ことがらという思い、ことがらという思いというのは、実は思いでない』と如来が説かれたからだ。それだからこそ、《ことがらという思い》と言われるのだ。」(p125)(31・b)


ここに見られる論理の典型は、AであるとはAでないことであると如来が説かれたのでAと言われるのである、という形式をしている。

無理に記号で書けば

∀A∀x(N(A(x)=¬A(x))→A(x)) (1)

となろうか。(N( )は如来が〜と説いた)

(さらに細かく言えばこれは経典なので、AであるとはAでないことであると如来が説かれたのでAと言われるのであると如来が説かれた、となる。)

普通の論理学ではこれは成り立たない。*1

Aであることと非Aであることが等しいと言うのだから、ここでは矛盾律(¬(p∧¬p))が成り立っていない。矛盾律が成り立たないとは、排中律(p∨¬p)も二重否定(¬¬p=p)も成り立たないということである。

論理学には、排中律を認めない直観主義という立場の論理学がある。これはそれに似ている。

しかしこれは単に排中律が成り立たないような論理学を主張したいのではないのだろう。それを如来が説いたという点が重要なのである。如来が説いたとは、最高の宗教的真理においてはという意味である。つまり、最高の宗教的真理においては、AであるとかAでないとかいった単純な分別を超越するのである。

実は、これを解く考え方はこの経典の初めの方で提示されている。

「(如来は)特徴をそなえているといえば、それはいつわりであり、特徴をそなえていないといえば、それはいつわりではない。だから、特徴があるということと、特徴がないということとその両方から如来を見なければならないのだ。」(p51)(5)

と説かれている。Aであると見てはならずAであるということとAでないということの両面から捉えなければならないという考え方が示されている。AであるかAでないかということだけにとらわれるとAであることさえ見失ってしまうということである。

「求道者・すぐれた人々は、法をとりあげてもいけないし、法でないものをとりあげてもいけないからだ。

それだから、如来は、この趣意で、次のようなことばを説かれた―『筏の喩えの法門を知る人は、法さえも捨てなければならない。まして法でないものはなおさらのことである』と。」(p55)(6)

とも説かれている。法にも法でないものにも固執するなという。(筏の喩えとは、川を渡ってしまえば渡るのに使った筏はもはや不要になるように、法というのも彼岸に到れば不要になるような道具に過ぎない、ということ。)

法さえも重要でないという考えは次のようにも説かれる。

「『如来は法を教え示した』と、このように説く者があるとすれば、かれは誤りを説くことになるのだ。スブーティよ、かれは真実でないものに執着して、わたしを謗るものだ。それはなぜかというと、スブーティよ、〈法の教示〉〈法の教示〉と言うけれども、法の教示として認められるようなことがらはなにも存在しないからだ。」(p109)(21・a)

こうして法の存在も否定される。

分別にとらわれた思考を否定し法さえも否定する、このような考え方がすなわち「空」なのであろう。


金剛般若経はこのように「空」を説くのだが、「空」という術語は特に使われていない。そうした用語体系が成立する以前のものだからだろう。

空の論理を普通の論理学の枠組で基礎づけようとする試みも、インド仏教思想史の中には存在したようである。しかし宗教の論理と普通の論理学はやはり違うだろう。


金剛般若経の論理は、一見不思議な論理に見えても、分別にとらわれずものごとに執着するな、と解釈すれば案外当たり前のことを言っているのである。


般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)

般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)

*1: (1)式は、A∧¬Aという矛盾式が導かれたので、矛盾が生じたら結論としてそこから何を導いてもいいという論理学の規則にしたがって正当化することも考えられるが、それはむしろ詭弁である。また、何でも言えるのは何も言ってないのと同じ無意味であり、だからこそ「空」である、という議論にしてみるのもそれなりに興味深いが、ここではそちらの方には話を進めないことにする。

2013-05-14

東京の古いビル 神田駿河台

神田駿河台にある日本大学理工学部2号館。

明治大学の裏側、山の上ホテルの隣にあります。

いつ頃の建物かよく分かりませんが、角張った作りで、縦長の窓が規則正しく並ぶあたりが、質実剛健な昔風の学校建築に見えます。現存しない日大理工学部旧一号館が昭和4年(1929年)の建築だったので、この建物もそれに近い時期の建築なのかもしれません。

坂の途中に建っているので何階建てなのかはっきりしません。

三枚目の画像の奥の塔屋のある建物が山の上ホテル。一枚目の画像のうしろに見える高層ビル明治大学アカデミーコモン

千代田区神田駿河台1-5-1。

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2013-05-13

断食

断食するとか言ってたのにし切れていない。2日か3日の短期間に期限を定めてやり切った方がいいな。

2013-05-12

MacBook Proがおかしくなった?

MacBook Proを長時間稼働させていると画面が崩れてそのまま反応しなくなる現象がたま〜に起こるようになったが、強制終了、再起動させると治るし、再現性がはっきりしないので、多分修理に出しても異常はなかったとされそうだ。Apple Hardware Testをやってみても異常は見つからなかった。

マインドマップ

マインドマップソフト、iMindMapで使い方を慣れるために、もし今お好み焼きを作るとしたらという買い物メモのようなものを描いてみました。iMindMapはトライアル版の使用期限が過ぎ基本的な描画のみができるフリーのBasic版です。(前の記事マインドマップ系ソフトの比較参照)

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2013-05-11

マインドマップ系ソフトの比較

マインドマップを描くためのソフトをいくつか比べてみました。自分の環境がMacなのでMac版ソフトが多いです。


iMindMap(http://www.thinkbuzan.com/jp/a_id/tbjp

1週間の期限限定トライアル版を使ってみました。図は試しに描いてみたもので適当な内容です。他のソフトでもこれに準ずる図を描いてみました。(各図はクリックすると大きくなります。)

特徴

マインドマップの元祖トニー・ブザン氏公認でその方式に忠実

・カラフルで手描きのような描き味と仕上がり

・枝の上に文章でなくキーワードを配置していくという方式なので改行のある長い文章の配置は苦手

・画像の貼り付けができる

・多機能。最上位版はプレゼンテーションなどの機能もある

・値段が高い(トライアル版の使用期限が切れるとフリーの機能限定版のBasic版として使える。Basic版でも基本的な描画は一通りできる。(追記)最近Basic版がなくなったという話もある)

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Scapple(https://www.literatureandlatte.com/scapple.php

30日間限定のトライアル版を使ってみました。

特徴

マインドマップのような階層制にとらわれず自由にアイディアを配置していく方式

・シンプルな操作性で機能も少ないが基本は押さえてある

・文章の配置もできる

・画像の貼り付けもできる

・値段が安い(気に入ったので試用後購入しました)

・Windows版もあり

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OmniGraffle(http://www.omnigroup.com/products/omnigraffle/

特徴

・ドローソフトだがダイアグラム図を描くのに向いている。マインドマップ風の図も描ける

・テンプレート等が豊富で見栄え良い図が描けるが自動レイアウト機能が思い通りにならないことがある

・画像の貼り付けもできる

・文章の配置もできる

・値段が高い(すでに所有)

Mac版のみ

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FreeMind(http://sourceforge.jp/projects/freemind/

特徴

・シンプルだが基本的な機能は押さえてある

・図やレイアウトの自由度が少ない

・文章の配置もできる

・やや挙動不審(自分の環境では)

・無料

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(これは自動着色。面倒だから他に合わせた着色は省略)



Delineato Pro(http://www.delineato.com

特徴

・ダイアグラム図が描けるドローソフト

・操作性がシンプルだがあまり凝ったことはできない。オブジェクトをグループ化できないなどドローソフトとしても物足りない (アップデートで少しずつ機能が向上しています)

・文章の配置もできる

・画像の貼り付けもできる

・値段が安い(先日購入してみましたがScappleの方が使いやすく感じます)

Mac版のみ

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SimpleMInd Free(https://itunes.apple.com/jp/app/simplemind-free/id439654198?mt=12

特徴

・放射状のダイアグラムを描くだけのソフト

・機能がシンプル過ぎて物足りない

・文章の配置もできる

・無料

Mac版のみ(有料上位版にはWindows版もある)

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(追記)

どんどんメモを書いていくような使い方ならScapple、もう少しかちっとした図を描くならOmniGraffleなどのドロー系のソフトが向いているでしょう。iMindMapはお絵書きのようで楽しいことは楽しいけれど癖が強いと思われます。

マインドマップは図を描くことそのものが目的というより思考を整理したりアイディアを出したりするのが目的なので、結局自分にとって使いやすいものを使うのが良いということになります。


(2015年11月追記)

無料で使える

XMind

というソフトもあるようです。


また、最近はWEBアプリでフローチャート図のようなものが描けるものもいくつか現れています。

Cacoo

Lucidchart

といったものがあるようです。


試してないので使用感は分りませんが参考として載せておきます。

2013-05-10

この時期が一年で最も好き

この時期の草木の瑞々しい匂いは好ましい。一年で最も好きな季節です。

2013-05-08

断食

カレーやスパゲッティなどの食べ過ぎで糖質過剰になって体重増加気味なのでまたしばらく断食をすることにした。

今日の食べ物 スパゲッティ

1.7mmのスパゲッティに、ソースはS&B予約でいっぱいの店蟹のペペロンチーノ

ワインの風味があったが蟹の風味はあまり感じなかった。

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2013-05-07

今日の食べ物 レトルトカレー

朝食にレトルトカレーのMCC5種野菜のカレー。スパイシーで野菜の甘味があるカレーでした。

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2013-05-06

今日の食べ物 スパゲッティ

1.7mmのスパゲッティに、ソースはS&B予約でいっぱいの店ボロネーゼ。振りかけるチーズも付属しています。わりと濃厚な感じのソースでした。

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2013-05-05

今日のお食事 ラーメン

立川南口のラーメン施設ラーメンスクエアの魚魚(とと)ラーメンで期間限定メニューらしい「突撃春の煮干しソバ」(700円)を食べてみました。

名前の通り煮干しの出汁が効いた醤油ラーメンでした。刻みタマネギも乗っています。

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2013-05-04

2013-05-03

今日の食べ物 レトルトカレー

朝食にレトルトカレーのMCC4種野菜のスープカレー

スパイシーで野菜の風味があるカレーでした。

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2013-05-02

ブログの色変更

5月になったのでブログの色を夏仕様の青に変更。

大垣駅南口前の古いビル

Googleのストリートビューで、岐阜県大垣駅南口前にかなりボロボロの古いビルを見つけました。駅前の高屋町交差点の北西の角に二棟並んで建っています。

一枚目の画像は南東から見たところ、二枚目の画像は北西から見たところです。

一枚目の画像で右が大垣ビル、左が金蝶ビルです。大垣ビルは昭和30年代ごろ、金蝶ビルは昭和20年代ごろの建物でしょうか。どちらも手入れがされずボロボロです。廃ビルに見えますがまだ店舗が入っています。

駅前にこんなボロボロのビルが存在しているというのは地方の衰退と言えなくもないわけですが、物件としては味わいがあります。

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Googleのストリートビュー埋め込み。


大きな地図で見る


(追記)

大垣ビル、金蝶ビルともに再開発で取り壊されるそうです。

2013-05-01

1990年頃の田町駅西口前の様子

1990年頃のJR田町駅西口前の様子です。

当時は雑然とした商店街になっていました。現在この場所は再開発され田町センタービル(1994年竣工)という高層ビルが建っています。この駅前広場もペデストリアンデッキになっています。商店街の後ろに見えるビルは1972年竣工の新田町ビルです。

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