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御光堂世界〜Pulinの日記

2010-11-21

変態雑誌『風俗奇譚』昭和43年5月号の褌兄貴

以前の引用文中に『風俗奇譚』という雑誌が出てきましたが、これがその雑誌の昭和43年5月号です。

この系統の変態雑誌では先発の『奇譚クラブ』の方が名高かったようです。どんな分野においてもだいたい二誌ぐらいは雑誌が出ているものだと分ります。(先発の成功を見て後発が追いかける形で)

で、この雑誌がどうした、の話は今日は疲れているからおいてひとまず表紙だけ。


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さて、中身が何かというと、目次はこうです。

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SMがメインで、その他、女相撲、女切腹、女装、ホモなどの話題があります。「変態」ジャンルの総合誌です。

おどろおどろしい感もありますが、昭和40年代のことだから内容はまだそれほどの過激さはありません。

表紙にもある「褌で酷使された無宿者」とは、徳川時代の佐渡金山の概略とそこで水替え人足として送り込まれた無宿者が強制労働で酷使されていた話が淡々と述べられているエッセイで、特にえげつない内容ではありません。


そして、当記事の「褌兄貴」とは、雑誌巻末の読者投稿欄にあるこの方のことです。引用した文章は長々と書いてありますがつまりは友達募集で、特に明示してはいなくても要するに「ホモ仲間」を求めているのでしょう。

この文章を読むと、(やや作っている気もするけど)鉄火伝法で鯔背な短髪和風兄貴が浮かび上がってきます。昭和43年にはそんな若い人はもはや少なくなっていたようです。

この方のペンネーム「六尺生」とは、「ろくしゃくなま」ではなく「ろくしゃくせい」で、「生」は名前のあとに添える接尾辞です。

この方もこの頃30ちょっとだとすると現在は70代のご老人ですね。お元気でしょうか。


 ▼エリート六尺党のかたヘ

 昨年暮れに、小生は転居した。編集子から、注意を受け、始めてまだ見ぬ諸兄からのおたよりが整理されたことを知った。ひとえにおわびします。いずれ下町育ちの小生には人見知りをしない気やすさと開放性があるにせよ、ちょっとうぬぼれさせてもらえば、うずもれたおたよりの中には真の知友となるべきかたがたがいたのではないかと後悔のほぞをかむ思いがします。

 ゲタやサンダルばきでおくめんもなく行き来のできる下町の軒のかなたに、四季とりどりの蒼空や雪空がながめられる平和なくつろぎ、にぎやかな人々との接触、どこか遠出のおりには必ず隣人や懇意のむきむきに手みやげの一つも持っ帰る日々の生活。小生、風呂の行き帰りにぴっちり肌にくいこむ七分仕立ての白のももひき、木場のおやじ連中からもらった出役(でやく)のはんてんを古びたので七分そでの鉄火シャツにして、ひょいとひっかけて出掛ける。もちろん、今ごろ風呂屋で、いい若者が六尺にサラシの腹巻きをしているなんてことは薬にしたくも見られないが、おれも三十歳を出て、生白いヤニッ気がとれたせいか、誰も見とがめはしないし、全くもって、知ってか知らずか、「かしら」とか、「あにさん」とか言って、背中を流してくれる見知らぬ、老若の人に内心額の赤らみを感じるが、材木屋のせがれに生れ、東京のドマン中で育った小生、この筋にもちょいとゆかりがあるとすれば、ウソにはならないし、唐桟(とうざん)やしまの紬(つむぎ)など、おれなりに選んだ着流し姿も、神田万世橋ぎわの有名な「やぶ」というそば屋の近くに、江戸古来の駄菓子を売るかみさんから、「よく似合うね、今ごろ、そういう着こなしは誰にもできるしろものじゃないよ」と言われてうれしくないはずはない。近くの鳶頭(とびがしら)から「着物を着るときゃ、六尺にしなよ」と言われ、(てやんでえ、先刻承知だ)と内心ほくそえむ?外国にでも行かぬ限り、おれは一生、犢鼻褌(ふんどし)またの名を窮屈袋(昔の人はうまいことを言うね)を肌から離さないつもりだ。

 若い人ならアナクロニズムだなんて言われかねないが、けっこう、骨董品をあさっている高校生や大学生も見かけるぜ! おれの血は日本人、褌が男の下着で悪いとか、格好よくねエなぞ、テンから考えたこともない。浮世絵のアノ方面のヤツ、希少本など、お持ちのかた、ぜひ払見させてください。下着や身なりばかりが、おれの江戸趣味だけじゃない。

 また、かつてなだべりで、とまどうかたがたもおありだろうが、少なくとも、小生の処世(くらし)のありように賛意を持たれるかた、会ってお話をしたい。「助六」の文句じゃないが、お互いに「ヤボも、もまれて粋(すい)となる」ということ。

 この間、ラスベガスくんだりまでご外遊になって「やはり日本はいいねえ」などと抜かしたやつがいた。この投稿が出るころは、ポカポカの陽気だろうが浅草寺の堂宇、七万二千枚の瓦を一夜にしておおった降雪の朝「江戸」がここにあったと、おれはつくづく生きている喜びを感じた。

 浅草風土記を書いた久保田万太郎先生、あなたの風土記の一字一句がおれの生きがい(このところ独白を入れさせてもらいヤス)。  (東京・六尺生)

2010-09-29

林月光その3 月光仮面劇場

ホモ雑誌『さぶ』に連載されていた林月光作画のホモ告白絵物語。読者投稿のホモ体験談を林月光氏が脚色して絵物語に仕立てたシリーズです。ここに挙げた例は1980年代初期頃のもの。ここでは「月光仮面劇場」というタイトルになっています。絵もオールカラーのグラビア。


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この絵物語の文章部分

月光仮面劇場

怪奇小説

作・画 林月光


 僕が新宿駅頭で自分の詩集を売ったのは三十年も昔である。画学生の僕は学資不足をバイトで補ったが東北訛がひどくて喋れないし、のろまで夢想家の僕に出来るのは絵を入れた詩集のガリ版売りぐらいだった。

 だが当時は貧富の差が大きくて詩を読む階層は少く、空腹で立っている事も出来ない時の援いは夜の女達が同情買いしてくれる事だ。

 或る夜そんな女の一人でオカマの桃子が僕を花園街のおでん屋で奢ってくれた事がある。酒が入ると僕も男性の要求が起るし、店のママが二階を使っていゝと薦めたから初めて桃子と枕を共にしたものだ。桃子は僕が童貞と知って尺八を楽しんだが、彼女のアナルを攻めさせられた僕はあっけなく昇天して精力不足を思い知らされ、桃子が便所へ降りると酔いと疲れで寝込んでしまった。

 だが再び僕を勃起させ、夢心地にする舌技が始った。ふと気付くと中年の見知らぬ大男が桃子以上の激しさで僕の性感帯を攻撃中だ。ぎょッとした僕はいやあーと声を上げた。


 だが直ぐ男に唇を奪われ、既に僕の勃起が淫水まみれと気付くと、桃子だと思えばいゝやとホモを楽しむ気になり、桃子の真似を始めた。

 腰を上下すると快感が倍増したから男の褌をはずして握ってやると、彼の亀頭が狂おしく僕の内股を突上げてぬるぬるだ。僕のアヌスを狙う彼の男根は薄毛の内股に挟んでしごいたから忽ち果てゝいった。

 汚れた内股は彼が舌で始末したが僕はその口中へ思い切り発射してやったから征服感は僕の方に残って、

『この部屋は貴男のもんらしいな』

 と大人ぶって書棚に満載の本を見渡すと僕の汗を拭き乍ら彼は、

『俺は作家で此処が稿案を練る場所さ、男色は俺の小説の鍵なんだ。店も俺が出資者だが実は街頭で君に一眼惚れしてネ桃子に誘惑させたのさ、浪人貴公子風な君が大好きだ!!』

 と尚も唇も求めるからテレた僕は

『肌は真黒で痩せっぼの僕でも男色の魅力があれば売ってやるよ』

 どうせ飲屋の親爺の作家気取りさと判断したのは僕の大ミスだった。


 彼は推理小説の大家で、特に怪奇小感のヒット以来、ホモ趣味はネタ探しと解釈されて堂々と僕に本名の荒井先生と呼ばせて遊ぶ人だった。

 だが見かけより高齢で、僕を欧米へ留学させておいて他界したから荒井流怪奇とホモ趣味を僕が画家としてキャンバスに描き始めた。

 僕はホモSEXの感動を描く訳だから一作毎に新しい相手が必要で、スポーツクラブを転々探すうちに噂が拡がり、僕に憧れる選手も多くなり、抽象画だから写真のモデルの様に誰と判らずに金になるよとコーチにくどかせるのも荒井流である。

 僕は生来田舎者なので相手が知的な明智小五郎風な美青年なら黒蜥蜴になって悩ませるし、金田一耕助型なら潮騒の少年になった絵を描くから、ドラマチックな東洋のダリだと米国で人気が沸騰して、美術館から新作展示の注文まで来たのは館長が日本人ホモに傾倒している故だ。

 張切った僕だが超大作なので六ヶ月の期間が要る。今迄の様に一夜の契りの感動では続かぬホモの絵だ。


 モデルは僕と同棲出来る若者に限るがおいそれと見付かる訳がない。悩んでいるとその朝は朝刊が遅い事に気付き、散歩し乍ら配達少年の姿を探すうち足首を捻座した高校生の健が自転車を引ずって配する姿に出違った。彼は番犬に襲われたと裂けた短パンご押えたが性的魅力満点の逸物が覗き、僕の股間を熱くする。彼の配達を手伝い乍ら僕はホモ画家でモデルと同棲したいと打明け、米国見物の賞与つきで六箇月百万円の契約を申込むと、彼はアパート代が不要になるし、当分配達は無理だしと快諾して引起して来た。

 裸にすると日本の若武者風な美少年ぶりが益々魂力的で僕の画想がぐんぐんふくらむ。何も彼も初めての彼なのにSEX好きで夜明け迄も僕に抱き付き宇頂点にしてくれる子だ。役所へ彼の転居届をするよと本籍を尋ねた僕は顎然となった……。

 なんと荒井先生の甥に当る子で、先生が幼児の彼を抱いた写真まで見せたのだ!!偶然と云えるだろうか?吾々は怪奇な霊界の恋人達なんだ!?



★今回は因縁君の投書で仮名脚色だ★便箋でいゝよ君の運命的なSEXを華麗な絵物語で記録しよう★サン出版さぶ月光係宛



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林月光画集その2 月光天狗劇場

2010-09-21

1990年代初期頃の田亀源五郎の漫画のキャラ

田亀源五郎「禁断」作品集

田亀源五郎「禁断」作品集

『田亀源五郎【禁断】作品集』を読んで気付いたのは、収録作の「衣川異聞」に出てくる武蔵坊弁慶が、インターネット上で見かける「熊先生」(同じく田亀源五郎の「俺の先生」の登場人物。「布団を敷こう、な!」というセリフで有名なキャラ)と、そっくり同じタイプだったこと。

「衣川異聞」は1992年発表作品で、「俺の先生」も同じころの作品らしい。『田亀源五郎【禁断】作品集』の他の作品は大体2000年前後のものなので、それらとは少し絵柄が変わっている。

とにかく田亀源五郎先生の熊っぽい男への愛情がよく伝わってきた。


「衣川異聞」の武蔵坊弁慶

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「俺の先生」の熊先生

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2010-09-19

『田亀源五郎【禁断】作品集』を読んで

田亀源五郎「禁断」作品集 田亀源五郎「禁断」作品集


ホモSMがテーマの漫画でも、同じ作者の『外道の家』のようなハッピーエンドのある壮大な長編ドラマではなく、もっぱら残虐趣味を追求した短編集。

以下収録作品の


◎「闘技場「アリーナ」」 では空手家が

◎「瓜盗人」 では落武者が

◎「KULANKE」 では若者が

◎「猛き血潮 中里和馬の場合」 では帝国陸軍中尉が

◎「猛き血潮 坂田彦造の場合」 ではやくざが

◎「NIGHTMARE」 では軍人が

◎「ZENITH」 では反体制ゲリラが

◎「だるま憲兵」 では帝国陸軍憲兵伍長が

◎「衣川異聞」 では武蔵坊弁慶が


ひたすら残虐な責め苦を受け辱められ犯される。四肢切断されたり殺されたりする。責められる男達は主に髭面で短髪の逞しい壮年である。

その残虐さグロテスクさは目を覆うばかりであるが、その中でも人体改造ネタとかは現実離れし過ぎていて、読んでいるうちに頭がくらくらしてくる。

オチが用意されていて、なる程、と思わせる話もある。

ここでのSM趣味が表すのは何だろう? コミュニケーションの極致としての姿だろうか。


参考画像はとりあえずグロくない場面(「猛き血潮 中里和馬の場合」)。ここからすさまじい責めが展開されるのである。

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体毛が濃い描写は田亀源五郎先生の特徴。


万人にお薦めできる作品ではない。


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2010-09-14

民主党代表選、小沢一郎氏の敗因は?

注目されていた民主党代表選挙では、首相の菅直人氏が、小沢一郎前幹事長を破り再選という結果になりました。

一貫して小沢一郎氏に批判的だった大手メディアの下馬評通りでした。

ここでは、政治的なことは措いて、小沢一郎氏の敗因の一つは、ずばり、女性に受けなかったからだとみます。

さて、ここで唐突ですが、清原宗明著『ホモタイム』(太田出版)という本を挙げます。ホモ雑誌のカメラマンなどで活躍してきたホモの著者が、ホモにまつわる蘊蓄のようなものを述べたエッセイです。

この中に「ギョッ!「小沢一郎」がオナペットの美少年」という章があります。そこから少し引用します。 


 若い女性百人に聞きました。「小沢一郎と田村正和」どちらが好き? 結果は見るまでもありませんよね。百人ゼーンブ田村正和に決ってます。

 ではホモ百人に聞きました。どうしても二者択一しろ、といわれれば田村正和を選ぶ男が二割くらいはいるかもしれない(ひょっとしたら九十人、小沢を選ぶかな? 実際調べてみたいものだ)。田村正和を真田広之や風間トオルに入れ変えても大差はないでしょう。

「小沢一郎と赤井英和」ではどうだろう。女性は同じく全員赤井英和を選ぶだろう。使い古しのテンプラ油をくぐり抜けてきた、ヌリカベ顔の小沢一郎のオヤジキャラクターは徹底的に女の子に嫌われている。ホモの場合も相手が赤井君となるとドッと赤井に票が流れる。九十五人くらいか。しかし、カタクナに”小沢一郎が好きっ!!”というホモ君が確実にいる。

(中略)

 今まで『さぶ』(引用者注、ホモ雑誌)のモデルになった男の子で、ファンレター募集のコメントに「小沢一郎が理想のタイプです。ああいうたよりになる優しそうな中年の方からのお手紙待っています」と書いた人が二人いた。二十二、三歳の引き締まった体の坊ちゃんタイプの好青年であった。読者からのお便りにも「小沢一郎が好き」というのがたまにある。どうやら小沢一郎とヤリたい、と本気で思っているホモ君達がいるらしい。ホモ世界をよく知っている人にとっては当たり前で、”オヤジっぽい中年フトメ好き”のジャンルが以前から存在していて、そのジャンルに属する男は、同じフトメのオヤジタイプと、小柄で大人しい坊ちゃんタイプの男の子だ、ということも分っている。別に不思議ではない。(後略)

(引き合いに出されているタレントなどがやや古い感じがするのは、この本が1994年初版だからです。)


だから小沢一郎はホモにしか受けないとみるのではなく、ここで言う「ホモ」を「男の魅力をよく分っている者(男女問わず)」と解釈すれば、ここで示唆されていることの意味は明らかでしょう。

悪相というか容貌魁偉というかそういうタイプの小沢一郎氏に比べて、菅直人首相や、例えば小泉純一郎元首相(およびその子息小泉進次郎代議士)などは、まあどちらかといえば男振りはいい方です。少なくとも小沢一郎氏よりは普通の若い女性には好まれるタイプでしょう。

現代の大手メディアでは、どうしても(若い)女性に最大限の気を使わなければやっていけないから、小沢一郎タイプは嫌われることになる、とみます。


ホモタイム 表紙

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