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御光堂世界〜Pulinの日記

2017-12-04

円運動の速度と加速度

円運動の速度と加速度はどうやって求めるんだったかな、と高校物理レベルのことが気になって、やってみた。

原点を中心とする半径rの円上を質点が等速円運動しているとする。その角速度をωとする。

質点の位置(x,y)は

x=rcosωt

y=rsinωt

だから速度はそれをtで微分した

dx/dt=-rωsinωt

dy/dt=rωcosωt

となり速度の大きさvは

v=√((-rωsinωt)^2+(rωcosωt)^2)=rω

となる。



位置ベクトルr=(x,y)=(rcosωt,rsinωt)

速度ベクトルv=(dx/dt,dy/dt)=(-rωsinωt,rωcosωt)

内積

rv

=-r^2ωcosωtsinωt+r^2ωsinωtcosωt=0

なので、位置ベクトルrと速度ベクトルvは直交する。つまり速度の方向は半径と垂直の方向である。


加速度は速度をtで微分した

d^2x/dt^2=-rω^2cosωt

d^2y/dt^2=-rω^2sinωt

となり、加速度の大きさaは

a=√((-rω^2cosωt)^2+(-rω^2sinωt)^2)=rω^2

となる。



加速度ベクトルa=(d^2x/dt^2,d^2y/dt^2)=(-rω^2cosω,-rω^2sinωt)=(-ω^2x,-ω^2y)=-ω^2r

なので、速度ベクトルvと加速度ベクトルaは直交する。加速度の方向は円の半径方向で、a=-ω^2rの符号から、円の中心向きである。



f:id:Pulin:20171204121645j:image


こういう計算をしてみなくても、次元解析で考えれば、与えられている値は、半径r(次元は長さ)と角速度ω(次元は1/時間)だけなので、速度(次元は長さ/時間)、加速度(次元は長さ/時間^2)は、それぞれ、rω、rω^2、になると分る。

2017-11-29

量子力学の確率の単位

量子力学波動関数ψで、∫ψ*ψdx=1とか、∫ψ*ψdr=1のとき、ψの絶対値の自乗ψ*ψ=|ψ|^2は、ただの「確率」ではなく「確率密度」と捉えねばならないのであった。一次元の∫ψ*ψdx=1のとき、ψ*ψは[1/長さ]という単位であり、∫ψ*ψdr=1、つまり三次元の∫ψ*ψdxdydz=1のとき、ψ*ψは[1/体積]という単位になる。だから全領域にわたって積分すれば1になる。

一次元の時、位置xの期待値<x>=∫ψ*xψdxとなる場合、左辺と右辺で次元が合わなくないか(左辺のxは長さ、右辺のxdxは長さ×長さ)、というような勘違いも、ψ*ψが確率密度で単位が[1/長さ]と分れば解消する。

2017-11-11

粒子と波

粒子と波の二重性として、光や電子が、粒子でもあり波でもあるとされる。

光は光子という粒子であり、電磁波という波でもある。この場合、波は電場と磁場という実在の波である。

電子の場合、波であるというのはシュレーディンガー方程式に従う存在確率の波であり、実在している波ではない。光が波という場合とは異なる。

これを一貫したものとして捉えるには、場の理論というものが必要になるらしい。

去年からちょっとずつ物理学を勉強しているものの、まだまだそこには至っていないからよく分らない。

2017-08-27

量子力学の交換関係

[r,p]=rp-pr

p=-iℏ∂/∂r

としたとき

[r,p]=rp-pr

=-iℏ(r(∂/∂r)-(∂/∂r)r)

=-iℏ(r(∂/∂r)-1)

となって、なんだか計算が変で、交換関係がiℏにならないと思ったら、これは演算子だから次のようにすれば分かり易かった。

実際に何かに作用させてみればいいのである。作用されるものをψと置くと、

(rp-pr)ψ

=-iℏ(r(∂/∂r)-(∂/∂r)r)ψ

=-iℏ(r(∂ψ/∂r)-(∂/∂r)rψ)

=-iℏ(r(∂ψ/∂r)-(∂r/∂r)ψ-r(∂ψ/∂r))

=-iℏ(r(∂ψ/∂r)-ψ-r(∂ψ/∂r))

=-iℏ(-ψ)

=iℏψ

となる。

ゆえに

[r,p]=rp-pr

=iℏ

となり、交換関係iℏが成り立つ。

2017-05-11

新宿御苑の謎

地図で新宿御苑を見ていたら不思議なことに気付きました。

新宿御苑の南西の一角に外側の市街地がわずかに食い込んでいる部分があります。(地図1の赤枠内、新井白石終焉の地と書いてある箇所のそば)

Googleストリートビューで見ると今ここには五棟の住宅らしき建物が建っています。それもわりと古そうな洋風の建物で同じ形状のものが何棟も建っています。しかも人が現に住んでいるような様子ではありません。

新宿御苑は、江戸時代に信濃高遠藩内藤家の下屋敷のあった敷地に 1879年(明治12年)に新宿植物御苑が開設されたのが始まりだそうですが、その時からここが欠けた状態だったのか、後に何かの理由でこの一角が住宅地になったのか、どういうことなのでしょうか。新井白石終焉の地が何か関係しているのでしょうか。あるいは新宿御苑の関係者のための住宅なのでしょうか。不思議です。

昭和22年の航空写真を見てもこうなっています。


地図1. 赤枠内、新宿御苑に外の敷地が食い込んでいる部分

f:id:Pulin:20170511174623j:image


地図2. 拡大図

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