Hatena::ブログ(Diary)

御光堂世界〜Pulinの日記

2015-05-02

喫茶去

きっさこ3【喫茶去】

〘仏〙〔「お茶でも飲みに行け」の意〕もともとは禅宗で相手を𠮟咤(しつた)する語であったが,のち「お茶でも召し上がれ」の意と解され,日常即仏法の境地を示す語と誤解された。

(スーパー大辞林


つまり、相手が考えが甘かったりした時、「茶を飲みに行け(そうして出直してこい)」と叱りつける意味だったのが、歓迎の意味と誤解されるようになったということです。

禅寺には茶堂という茶を飲む施設があったのです。そこで茶を飲んでもう一度よく考え直してみろということです。だから師僧などから「喫茶去」と言われたら慌てて退散しなければならなかったわけです。

中国語の「去」は「行く」という意味ですから日本で起こった誤解でしょう。

『禅語辞典』(思文閣出版)によると、「且坐喫茶(しばらく坐して茶を喫せよ)」と混同された誤解だそうです。

2014-04-15

兼好法師が「子孫などいない方がいい」と言っている

兼好法師が『徒然草』の第六段で興味深いことを言っています。

短い段ですからまず全文引用してみます。

わが身のやんごとなからんにも、まして、数ならざらんにも、子といふものなくてありなん。前中書王・九条太政大臣・花園左大臣、みな、族絶えん事を願ひ給へり。染殿大臣も、「子孫おはせぬぞよく侍る。末のおくれ給へるは、わろき事なり」とぞ、世継の翁の物語には言へる。聖徳太子の、御墓をかねて築かせ給ひける時も、「こゝを切れ。かしこを断て。子孫あらせじと思ふなり」と侍りけるとかや。

つまり次のような意味です。

わが身が高貴であろうとも、まして取るに足らぬ身であろうとも、子などというものはいないのがよかろう。前中書王・九条太政大臣・花園左大臣といった方々もみな一族が絶えることを願われた。染殿大臣も「子孫がいないことが良いことなのだ。子孫が人に劣っていたりしたら悪いことだ」と世継の翁の物語で言っている。聖徳太子が御陵を造られた時も「ここを切れ。あちらを短くしろ。子孫をいなくさせようと思うからだ」と言われたそうです。


子孫繁栄を願うのが世間一般の普通の人の感覚なのに、子孫など絶えてしまえという兼好法師ニヒリズムは、出家遁世者とはいえなかなか強烈なものです。そして聖徳太子のエピソードにも興味を引かれます。


新訂 徒然草 (岩波文庫)

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2013-05-16

金剛般若経の不思議な論理

金剛般若経には不思議な論理が見られる。

金剛般若経とは、二世紀頃に成立した初期の大乗仏教経典であり、「空」を説く般若経典のうち比較的短いものである。

金剛般若経は、釈尊と十大弟子の一人スブーティ(須菩提)との対話の形式で進められていく。


金剛般若経に見られる不思議な論理の例を列挙してみよう。引用は、中村元・紀野一義訳註『般若心経・金剛般若経』(岩波文庫)に基づく。()内は引用元のページと章である。(サンスクリット原文の訳による)


「如来は特徴をそなえたものと見てはならないのです。それはなぜかというと、師よ、〈特徴をそなえているということは特徴をそなえていないことだ〉と、如来が仰せられたからです。」(p51)(5)


「その立派な若者や立派な娘は、そのことによって、多くの功徳を積んだことになるのです。それはなぜかというと、師よ、〈如来によって説かれた、功徳を積むということは、功徳を積まないということだ〉と如来が説かれているからです。それだから、如来は〈功徳を積む、功徳を積む〉と説かれるのです。」(p57)(8)


「もしも、ある求道者が、『わたしは国土の建設をなしとげるだろう』と、このように言ったとすれば、かれは間違ったことを言ったことになるのだ。それはなぜかというと、スブーティよ、如来は〈国土の建設というのは、建設でないことだ〉と説かれているからだ。それだからこそ〈国土の建設〉と言われるのだ。」(p67)(10・b)


「師よ、如来は、『体、体、というがそんなものはない』と仰せられたからです。それだからこそ、〈体〉と言われるのです。師よ、それは有でもなく、また、無でもないのです。それだからこそ、〈体〉と言われるのです。」(p67)(10・c)


「この法門は《知恵の完成》と名づけられる。そのように記憶するがよい。それはなぜかというと、スブーティよ、『如来によって説かれた《知恵の完成》は、知恵の完成ではない』と如来によって説かれているからだ。それだからこそ、《知恵の完成》と言われるのだ。」(p73)(13・a)


「師よ、『如来によって説かれた、大地の塵は、大地の塵ではない』と如来によって説かれているからです。それだからこそ、大地の塵と言われるのです。また、『如来によって説かれたこの世界は、世界ではない』と如来によって説かれているからです。それだからこそ〈世界〉と言われるのです。」(p73)(13・c)


「如来・尊敬すべき人・正しく目ざめた人は、偉大な人物に具わる三十二の特徴によって見分けられるものではありません。それはなぜかというと、実に、師よ、『如来によって説かれた、偉大な人物に具わる三十二の特徴は、特徴でない』と如来が説かれているからです。それだからこそ、〈偉大な人物に具わる三十二の特徴〉と言われるのです。」(p75)(13・d)


「この経が説かれるのを聞いて、真実だという思いをおこす求道者は、この上ない、すばらしい性質をそなえた人々でありましょう。それはなぜかというと、師よ、真実だという思いは、真実でないという思いだからです。それだからこそ、如来は、〈真実だという思い、真実だという思い〉と説かれるのです。」(p77)(14・a)


「この経が説かれるときに、驚かず、恐れず、恐怖に陥らない人々は、この上ない、すばらしい性質をそなえた人々である。それはなぜかというと、スブーティよ、如来の説かれたこの最上の完成は、実は完成ではないからだ。またスブーティよ、如来が最上の完成であると説いたそのことを、無量の、目ざめた人である世尊らがまた説いているからだ。それだからこそ、〈最上の完成者〉と言われるのだ。」(p79)(14・d)


「如来が現に覚り示された法には、真実もなければ虚妄もないのだ。それだから、如来は、『あらゆる法は、目ざめた人の法である』と説くのだ。

それはなぜかというと、スブーティよ、『あらゆる法というものは実は法ではない』と、如来によって説かれているからだ。それだからこそ《あらゆる法》と言われるのだ。」(p97)(17・d)


「如来が、〈身が整い身の大きな人〉と説かれたかの人は、師よ、実は体のない人であると、如来は説かれました。それだからこそ、〈身が整い、身が大きい〉と言われるのです。」(p99)(17・e)


「『〈生きているもの〉〈生きているもの〉と言うのは、実は生きているものではない』と如来は言っている。それだからこそ、生きているものと言われるのだ。それだから、如来は、『すべてのものには自我というものはない、すべてのものには、生きているというものはない。個体というものはない。個人というものはない』と言われるのだ。」(p101)(17・f)


「もしも、ある求道者が、『わたしは国土の建設をなしとげるだろう』と、このように言ったとすれば、この人もまた同様に〈求道者ではない〉と言わなければならない。それはなぜかというと、スブーティよ、如来は、『〈国土の建設〉〈国土の建設〉というのは、建設でないことだ』と説いているからだ。それだからこそ、〈国土の建設〉と言われるのだ。」(p101)(17・g)


「立派な若者や立派な娘は、そのことによって、多くの功徳を積むことになるのだ。それはなぜかというと、スブーティよ、『〈功徳を積む〉〈功徳を積む〉ということは、積まないということだ』と如来が説いているからだ。それだからこそ、〈功徳を積む〉と言われるのだ。スブーティよ、もしも、功徳を積むということがあるとすれば、如来は、〈功徳を積む〉〈功徳を積む〉とは説かなかったであろう。」(p107)(19)


「如来を、端麗な体を完成しているものとして見るべきではありません。それはなぜかというと、師よ、『〈端麗な体を完成している〉〈端麗な体を完成している〉というのは、実はそなえていないということなのだ』と、如来が説かれているからです。それだからこそ〈端麗な体を完成している〉と言われるのです。」(p107)(20・a)


「如来は特徴をそなえたものであると見なしてはならないのです。それはなぜかというと、師よ、『特徴をそなえていると如来の説かれたことは、実は特徴をそなえていないことだ』と如来が仰せられたからです。それだからこそ、〈特徴をそなえている〉と言われるのです。」(p109)(20・b)


「かれらは生きているものでのなければ、生きているものでないものでもない。それはなぜかというと、スブーティよ、『〈生きているもの〉〈生きているもの〉というものは、すべて生きているものでないということだ』と如来が説かれているからだ。それだからこそ、〈生きているもの〉と言われるのだ。(p111)(21・b)


「『自我に対する執着とは執着がないことだ』と如来は説かれた。しかし、かの愚かな一般の人たちは、それに執着するのだ。スブーティよ、〈愚かな一般の人たち〉というのは、愚かな一般の人たちではないにほかならぬ』と如来は説いた。それだからこそ、《愚かな一般の人たち》と言われるのだ。」(p115)(25)


「その原子の集合体は多いのです。それはなぜかというと、師よ、もしも、原子の集合体が実有であったとすれば、師は、《原子の集合体》と説かれなかったであろうからです。それはなぜかというと、師よ、『如来の説かれたかの原子の集合体は、集合体ではない』と如来が説いておられるからです。それだからこそ、《原子の集合体》と言われるのです。」(p121)(30・a)


「『如来が説かれた果てしない宇宙は宇宙でない』と如来は説かれています。それだからこそ《果てしない宇宙》と言われるのです。それはなぜかというと、師よ、もしも、宇宙というものがあるとすれば、《全一体という執着》があることになりましょう。しかも、『如来の説かれた全一体という執着は、実は執着でない』と如来が説かれています。それだからこそ、『全一体という執着』と言われるのです。」(p123)(30・b)


「スブーティよ、誰かが、『如来は自我についての見解を説いた。生きているものについての見解、個人についての見解を如来は説いた』と説いたとしよう。スブーティよ、その人は正しく説いたということになるだろうか。」

スブーティは答えた―「師よ、そうではありません。幸ある人よ、そうではありません。それはなぜかというと、師よ、『如来の説かれた、かの自我についての見解は、見解でない』と如来が説かれているからです。それだからこそ、《自我についての見解》と言われるのです。」(p123)(31・a)


「求道者の道に進んだ者は、すべてのことがらを知らなければならないし、見なければならないし、理解しなければならない。しかも、ことがらという思いさえも止まらないように、知らなければならないし、見なければならないし、理解しなければならない。それはなぜかというと、スブーティよ、『ことがらという思い、ことがらという思いというのは、実は思いでない』と如来が説かれたからだ。それだからこそ、《ことがらという思い》と言われるのだ。」(p125)(31・b)


ここに見られる論理の典型は、AであるとはAでないことであると如来が説かれたのでAと言われるのである、という形式をしている。

無理に記号で書けば

∀A∀x(N(A(x)=¬A(x))→A(x)) (1)

となろうか。(N( )は如来が〜と説いた)

(さらに細かく言えばこれは経典なので、AであるとはAでないことであると如来が説かれたのでAと言われるのであると如来が説かれた、となる。)

普通の論理学ではこれは成り立たない。*1

Aであることと非Aであることが等しいと言うのだから、ここでは矛盾律(¬(p∧¬p))が成り立っていない。矛盾律が成り立たないとは、排中律(p∨¬p)も二重否定(¬¬p=p)も成り立たないということである。

論理学には、排中律を認めない直観主義という立場の論理学がある。これはそれに似ている。

しかしこれは単に排中律が成り立たないような論理学を主張したいのではないのだろう。それを如来が説いたという点が重要なのである。如来が説いたとは、最高の宗教的真理においてはという意味である。つまり、最高の宗教的真理においては、AであるとかAでないとかいった単純な分別を超越するのである。

実は、これを解く考え方はこの経典の初めの方で提示されている。

「(如来は)特徴をそなえているといえば、それはいつわりであり、特徴をそなえていないといえば、それはいつわりではない。だから、特徴があるということと、特徴がないということとその両方から如来を見なければならないのだ。」(p51)(5)

と説かれている。Aであると見てはならずAであるということとAでないということの両面から捉えなければならないという考え方が示されている。AであるかAでないかということだけにとらわれるとAであることさえ見失ってしまうということである。

「求道者・すぐれた人々は、法をとりあげてもいけないし、法でないものをとりあげてもいけないからだ。

それだから、如来は、この趣意で、次のようなことばを説かれた―『筏の喩えの法門を知る人は、法さえも捨てなければならない。まして法でないものはなおさらのことである』と。」(p55)(6)

とも説かれている。法にも法でないものにも固執するなという。(筏の喩えとは、川を渡ってしまえば渡るのに使った筏はもはや不要になるように、法というのも彼岸に到れば不要になるような道具に過ぎない、ということ。)

法さえも重要でないという考えは次のようにも説かれる。

「『如来は法を教え示した』と、このように説く者があるとすれば、かれは誤りを説くことになるのだ。スブーティよ、かれは真実でないものに執着して、わたしを謗るものだ。それはなぜかというと、スブーティよ、〈法の教示〉〈法の教示〉と言うけれども、法の教示として認められるようなことがらはなにも存在しないからだ。」(p109)(21・a)

こうして法の存在も否定される。

分別にとらわれた思考を否定し法さえも否定する、このような考え方がすなわち「空」なのであろう。


金剛般若経はこのように「空」を説くのだが、「空」という術語は特に使われていない。そうした用語体系が成立する以前のものだからだろう。

空の論理を普通の論理学の枠組で基礎づけようとする試みも、インド仏教思想史の中には存在したようである。しかし宗教の論理と普通の論理学はやはり違うだろう。


金剛般若経の論理は、一見不思議な論理に見えても、分別にとらわれずものごとに執着するな、と解釈すれば案外当たり前のことを言っているのである。


般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)

般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)

*1: (1)式は、A∧¬Aという矛盾式が導かれたので、矛盾が生じたら結論としてそこから何を導いてもいいという論理学の規則にしたがって正当化することも考えられるが、それはむしろ詭弁である。また、何でも言えるのは何も言ってないのと同じ無意味であり、だからこそ「空」である、という議論にしてみるのもそれなりに興味深いが、ここではそちらの方には話を進めないことにする。

2011-12-19

男根を切り落とした僧

初期仏教の時代、性欲に悩むある出家修行者が自らの男根を切り落としてしまったが、それを聞いた釈尊は「彼は切るべきものを間違えた」と言ったという。切り捨てるべき煩悩は心の中にあり、肉体の一部ではないのである。(この話は渡辺照宏『新釈尊伝』に書いてあったエピソードであり何の経典によるのかは不明)

しかし、現代的に考えると、「覚り」が心の変化ならばけっきょく脳内に何かしらの変化が起こることだから、脳も肉体の一部なので「覚り」はやはり肉体の変化である。

そこで修行のような手間をかけなくても、脳に何かしらの処置を施せば一気に「覚り」に到れるのではなかろうかという発想が出る。コリン・ウィルソンの『賢者の石』という小説には、脳内に特殊な金属の小片を埋め込むことで「目覚め」が起き意識が拡大し知能も飛躍的に増大して「超能力」のようなものさえ身に付けることができたという話があった。

仏教的な「覚り」とは違うが、薬物の服用によって、意識が拡大できるとか幸福感に浸れば世の中の平和がもたらされるとかいった安易な考えもそれだろう。しかし現実はそれには弊害の方が大きかった。


(追記)

人間の精神の中枢は脳だが脳だけで自立して存在しているわけではなく、脳は身体の他の部分からの影響も受けているので、そういった生理作用を考えれば「男根を切り落とす」のもあながちピント外れでもないのかもしれない。仏教で奨励されない苦行の一種だろうが。

2011-12-11

本覚思想が起こった背景を勝手に考えてみる

本覚思想とは、

天台本覚論

平安後期に始まり,中世に盛行した日本天台宗の現実や欲望を肯定的に捉える理論。本覚の解釈を拡大して,現実の世界や人間の心がそのまま真理であり,本覚そのものの姿であると説き,煩悩と菩提を同一のものとし,修行を軽視する傾向をもつ。天台本覚思想。

大辞林

という日本仏教思想上の考え方である。

これはすべての衆生は本来仏性を備えているとする如来蔵思想(→*1)を下敷きにしてさらに拡大解釈した思想である。この本覚思想(的な仏教解釈)は今に到るまで日本の仏教の中心的な考え方であるといってよい。

本覚思想は、草木にも岩石にも何にでも神が宿るとする日本の古来からのアニミズムと非常に親和性が高い思想であるから神仏習合と相まって盛行したとも考えられるが、その背景にはもっと俗っぽい理由があったのではないかとも思う。

本覚思想が起こった平安後期ごろから、まず浄土教の影響によって、天皇・皇族・上流貴族などの高貴な身分の人々の出家が相次ぎはじめた。そうなると受け入れ側(の比叡山)でも、高貴な人々を出家したからといって小僧の段階から厳しく修行させるわけにもいかず、高位の僧侶として遇さねばならなくなる。

そこで結局、その事態を正当化するため、人間のありのままで即ち覚りであるから修行はもはや重要でないとする考え方が本覚思想として現われてきたのではなかろうか。

本覚思想が求められた背景にはこうしたひどく俗っぽい必要性があったと考えられる。


(*1)

如来蔵思想はインド仏教においてはずっと傍流であったが中国や日本の仏教では重視された。人に仏性があらかじめ宿っているというのは、永遠不変の霊魂のような実体は存在しないという仏教の根本的な考え(諸法無我・諸行無常)と矛盾することになりかねない、きわどい考えであるから、もともとのインド仏教では主流になりえなかった。仏教以前のインドの伝統思想では、「仏性」とは違うが人の中には不滅の霊魂のような本質的な実体(=「我」)があると考えられていた。バラモン教からヒンズー教までずっとその考え方に立っている。仏教はあえてそれを否定したのであった。これが諸法無我である。だからまたそれをひっくり返してしまうような如来蔵思想は主流にならなかったが、東アジアでの仏教受容においてはそうした思想史的葛藤とは無縁だったので如来蔵思想もすんなりと受け入れられたのである。むしろそれが現実肯定の土着的なものに結びつきやすかったわけである。

インドの伝統思想上からは仏教はずっと異端であり、結局インドでの仏教は滅びた。如来蔵思想や、密教化してインド伝統思想に回帰していく方向の仏教も、仏教としてのオリジナリティがなくなっていく過程であった。