above lying maybe diary

2007-03-21 新本格ミステリ前夜。

[] 03:10

崖の館 (創元推理文庫)

崖の館 (創元推理文庫)

去年の暮れに創元から復刊された伝説の作家、佐々木丸美の代表作。俗に云う<館>三部作の第一作。今でこそ館モノなんて珍しくもなんともないが、それは87年に綾辻行人が「十角館の殺人」でデビューして以降のこと。この作品が発表された77年なんて、社会派の台頭、及びやせこけたリアリズムに基づく劣化ミステリーの横行によって本格ミステリは死を宣告されていた。館モノなんてものは今で言うポケペルみたいな前時代的なものになりつつあったのであり、過去の闇に沈もうとしていた。
そもそも、本格ミステリを現代に甦らせようと島崎博幻影城を立ち上げたのが1975年。77年は幻の城が蒔いた種が泡坂妻夫という大きな芽を生やしていたが、それ以外には本格ミステリを書く人なんていなかった。鮎川哲也土屋隆夫高木彬光横溝正史くらいなものだろう。泡坂妻夫と同じく幻影城からデビューする連城三紀彦竹本健治もいなかったし、今ではすっかり本格ミステリ界の重鎮と化している笠井潔島田荘司もまだ文壇界に存在しなかったのだ。
そんな中、館モノを発表しただけでも評価に値する。1979年に幻影城が廃刊してしまうことを考えると、当時の「崖の館」に対する風当たりは強かったのではないだろうか。内容も社会派を無視した本格ミステリだし。

本編についてだが、典型的な館ものである。
主人公の涼子といとこたちが財産家のおばに呼ばれ、<崖の館>に集まるところから話は始まる。ここでは二年前に悲しい出来事があった。おばの愛娘、千波が命を落としていたのである。着いた当日から、絵が消失したり、密室の間で人間が移動したり、不思議な現象が続発し、主人公たちは嫌でも二年前の事件を思い出してしまう。そう、今回も誰かが千波のように命を落とすのではないか。そんな不安が全員の心の中に広がって──。
主人公のモノローグが随所に挟まれるのだが、それがまた巧い。この点が佐々木丸美を伝説の作家にしているところだ。雪で鎖された館を背景にして、主人公の心の動きが細かい心理描写によって綺麗に編み込まれていく。途中、絵の話が出るのだが、これはまさに「崖の館」という美しい一枚の絵である。真冬の空気のように清冽な文章で背景の吹雪を描き、巧緻な心理描写でその中に立っている館を描き出す。読者はその絵が仕上がっていくさまをただ茫然と見ているだけなのだ。
幻想小説ミステリの融合は他にもたくさんあるが、そこに青春小説の要素を組み合わせたのは珍しいような気がする。たとえば、前者の傑作といえば泡坂妻夫に「湖底のまつり」(78年)あたりがまず挙げられるし、竹本健治の「匣の中の失楽」(同じく78年)もその範疇に属するだろう。また、後者の代表的な作品というと、栗本薫の「ぼくらの時代」(同じく78年)、小峰元の「アルキメデスは手を汚さない」(73年)あたりが挙げられよう。だが、この三つを満たした作品はそうはない。そういう意味でも稀有な本作は作品だと云えるだろう。
トリックや真相については、それほど意外性はない。ミステリをかじったことのある人ならば想像がつくだろうし、綾辻行人の諸作を読んでいる人たちにとっては大きなサプライズもなく読み終わるだろう。けれども、吹雪の中に一人ぽつんと置き去りにされたかのような、空っぽで縹渺とした読後感が素晴らしい。絵を眺めていたら、いつの間にかその中に入ってしまったかのような幻想性。そう、作者の描く絵をぼーっと見ていたら、いつの間にか自分たちもその中に描き込まれていた、という感じ。それが本書の魅力であり、同時に敬遠される原因となるんだろうな。個人的には結構好き。ただ、例のモノローグが少しだけ肌に合わないような……続編や他の作品も集めて読みますけど。とりあえず、「沙霧秘話」と「忘れな草」は百円だったので買いました。頑張って集め……って、復刊されてるんじゃん。ちょっと高いけど。

雪の断章 (佐々木丸美コレクション)

雪の断章 (佐々木丸美コレクション)

佐々木丸美コレクション2 忘れな草

佐々木丸美コレクション2 忘れな草

全巻そろえたら格好いいよね。