ピョートル4世の<孫の手>雑評 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

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2012-03-03 (土)

[]第18回オーケストラ・ダスビダーニャ定期演奏会の1年遅れの感想〜東日本大震災1年の定期演奏会へのはなむけに〜

◆ここに掲げるのは、2011年2月20日にすみだトリフォニー大ホールで行われた、標記の演奏会(長田雅人指揮)の感想である。ダスビの演奏会は毎年定例的に聴かせていただいており、感想も2006年の第13回以降、当ブログで毎年書いていたのだが、一昨年のものは書くのが1年遅れとなり、昨年のものもせいぜい2週間程度で書くはずが、延び延びになって今に及んだ。その理由として、某国家試験受験にかまけていたこともあるが、もちろん3月11日の大震災の経験を外すことはできない。

◆来る2012年3月11日には、ダスビの第19回定期がまたすみだトリフォニーで開かれる(曲目は交響曲第7番「レニングラード」ほか)のだが、今年は特に3月11日開催ということもあって、定期演奏会案内とともに「団長挨拶」がホームページに掲げられている

先の震災で、4人の知人が亡くなりました。また、7月には高校時代の吹奏楽部の同期が急死し、そして8月に入ると、まだ8才の従甥が祖父と共に山で遭難しました。私は、突然思い立って、青森の「ねぶた」と弘前の「ねぷた」、それから仙台の「七夕」を観に行きました。

とあり、東北での祭りの体験、今回のチケットの売上や会場での物品販売の売上(一部の例外を除く)を義援金とする旨、東北のアマオケ向けの募金を行う旨、さらに瓦礫撤去に参加した際に地元のおじいさんが「皆さんありがとう。津波さんも地震さんも、みんなありがとう」と語ったことなど、が綴られている。

◆私の方は、直接の知人に犠牲者はおらず、また阪神大震災の時と同様に、被災地の役に立つ活動とて何もできなかった。しかし、あくまで個人的な体験としてではあるが、この震災後ほど音楽の有難さを感じたことはなかった、ということを書いておきたい。振り返るこの演奏会は、震災前のものであったが、関連するいくつかの演奏会も取り上げて、震災後の音楽についても書いておこうと思う。被災地では「震災後」の日常が続いているが、その中でこそ、幾多の音楽が奏でられ、人々を勇気づけてきたのは間違いのないことだと思うから。

【1】第18回定期演奏会2011年2月20日)の感想

アニメ映画司祭とその召使いバルダの物語」の音楽Op36より9曲(1934-35)

◆この曲は、CD等で聴いておらず、聴く前は単に「コミカルな曲」といったイメージで捉えていた(油断していた)。しかし! 開演時の拍手後、間を置かず鋭く指揮棒が振られると、出だしの数秒で「そうか、歌劇『鼻』や『マクベス夫人』に連なるモダニズム期の作品か!」と、その重要性を再認識させられた。トーマス・ザンデルリンクによる全曲盤は見事に買い損ねてしまったが、リンク先で試聴できる。

1.序曲

弱音器付トランペットトロンボーンの奇妙な音色。若きショスタコーヴィチの先鋭的な感覚が活かされた作品だと冒頭から唸らされた。パンフレット解説でも触れられているが、『鼻』や交響曲第2番・第3番などと並び、プラウダ批判前の最後の作品の1つなのである。

2.バザー(市場)〔導入〕

金管木管中心の斬新さを狙った曲調で市場の賑やかさが描かれる。

3.バルダの初仕事

ここで少し変わって、平易な明るい曲調に。その雰囲気はさながらウィンナ・ワルツ。第12回定期で「劇伴オーケストラのための組曲」を聴いたとき以来、ダスビの小品に見せる巧さに感心していた。「J.シュトラウス作品などをやらせても効果的だろうから、そういうのも聞いてみたい」と思ったが、その実現は…思いの外早かった!(後述)

4.メリーゴーランド(その2)

木管中心のうとうとまどろんでしまいそうな曲。

5.悪魔の鼻歌

ソプラニーノサックスユーフォニウムだろうか、独特の音色が印象的な曲。

6.鐘つきのダンス

「鐘付きのダンス」という珍しい作例かも知れない。ユーモラスな感じだが、実に大胆に誇張された表現

7.反動主義者たちの行進

オケの強奏と木琴・ピツィカートの対比が、ダスビならでは見事な演奏だった。

8.デコピン3発

トランペットのシグナル的な音型(後の交響曲第7番を思わせる?)が興味深い。

9. バルダのギャロップ

快速な曲調をスリリングに表現するダスビの合奏力を改めて確認。そして、これらの曲(アニメ映画の場面に付けられた小品)を、一連の組曲としてまとめ上げる解釈力に(いつもながら)脱帽だった。

室内交響曲Op110a(1960)

◆曲目はよく知られているように、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番を、ロシア出身のヴィオラ奏者・指揮者だったルドルフ・バルシャイ(1924-2010)が弦楽合奏に編曲したもの。ショスタコーヴィチの15曲の弦楽四重奏曲のうち、この第8番はショスタコーヴィチ自身によるショスタコーヴィチへのレクィエムとも言えるような重要作品である。

◆そして、今回の演奏はダスビ史上最高の名演の1つに数えられるのではないか。技術的には「ダスビの弦楽がついにこの域に到達したか」との感慨が深い。むろん単に技術面だけでなく、この曲にはダスビの歴史を刻んできたショスタコーヴィチ自身の足取りがまとめられているという事情もある。ダスビの定期演奏会では、第9回までに第5、14、15番以外の交響曲を一巡し、第10回から再演を含め交響曲第7、1、5、8番と辿り、そして、ヴァイオリン協奏曲第1番と交響曲第15番を一つの頂点に、交響曲第11番、森の歌と第10番、チェロ協奏曲第2番と辿り、どちらかといえば中後期の作品群を取り上げてきた。それらを貫く主題として、DSCH音型に示される作曲者自身と、過剰な暴力的表現で描かれる体制の圧力との相克がある。それを最も凝縮して描いたのが弦楽四重奏曲第8番という作品であり、一方では近年の演奏技術の向上の歴史と相まって、この室内交響曲の演奏が(弦楽だけの演奏にもかかわらず)ダスビの集大成を示すの記念碑的な演奏になっていたと思う。

◆そしてまた特筆すべきは、パンフレット解説のショスタコーヴィチの引用出典を参照しながら聴いて、この曲の重みを初めて理解することができた、ということ。この曲が自作・多作の引用を多く含むことはよく語られるが、なかなか詳細な解説にお目にかからなかった。今回のパンフレットは演奏を聴きながら参照するのに最適な、簡潔で要を得たもので有難かった。以下の感想も、適宜解説を引用させていただきながら書く(そうしないと表現できないのでご容赦いただきたい)。

第1楽章(ラルゴ):ほの暗いDSCH(レミ♭ドシ)のフーガから始まり、自身の交響曲第1番の残骸のような回想と、チャイコフスキーの悲愴の変形が綴られる。

◆〜第2楽章(アレグロ・モルト:急変して、鞭打つような鋭い音型による格闘の音楽へ。自由をレミドシと押さえつけようとする圧力、その合間に高らかにピアノ三重奏曲第2番からの「ユダヤの主題」が鳴り響く。演奏は極めて集中度が高く、弦楽全体が一本の鞭のようにしなる様は、弦楽四重奏での表現以上に緊密なものだった。

◆〜第3楽章(アレグレット):間奏的なワルツ楽章として始まるが、次第に曲想はもつれていき、特徴的なチェロ協奏曲第1番の冒頭主題(映画音楽『若き親衛隊』より「英雄の死」)から美しいチェロのソロ、そして終結部では合奏から浮かび上がったソロヴァイオリンがこの世のものならぬ音色で「怒りの日」(当然死の暗示だ)を奏でる。続く第4楽章にかけてのこの部分、バルシャイ盤では注意して聞いてもはっきりしないのだが、今回の演奏ではヴァイオリンのソロが一瞬長く残って浮き出ることで見事な場面転換をしていたと思う。

◆〜第4楽章(ラルゴ):解説にあるとおり「秘密警察によるノックを連想させる不気味な3音の連打」が繰り返されて始まる。「英雄の死」の変形と長く続く「怒りの日」。その後、革命歌「重き鎖につながれて」の引用。このあたりの重く沈んだ、しかし静謐な弦楽の表現は、交響曲第11番の「王宮前広場」や第8番のパッサカリアを思い起こさせる。客席もその雰囲気に呑まれたようになり、すすり泣く声が聞こえたように思ったが、私もまた同じ思いで引き込まれて聴いていた。そして、歌劇『ムツェンスクのマクベス夫人』よりカテリーナの「セリョージャ、愛しい人よ」の引用。元の歌詞は「やっと会えたわね、セリョージャ」という恋人への(裏切られる直前の)短い呼びかけだが、死の雰囲気と隣り合わせの危険な美しさが漂う。最後にレミドシ、ドミトリー・ショスタコーヴィチの名が呟かれ、そのまま第5楽章に入る。

◆〜第5楽章(ラルゴ):第1楽章と同様に、レミドシがフーガとして繰り返されるが、『ムツェンスクのマクベス夫人』冒頭の不眠のモティーフ(レードーシドーソー)が重ねられる。実際はそれほど長くないエピローグ的な楽章なのだが、単調とも思える繰り返しが、ショスタコーヴィチの心情を余すところなく示して、永遠とも思える長さの中で静かに消えていく…。

◆以上のような、引用による暗示に満ちた構成や当時のショスタコーヴィチの状況(共産党入党の強制)やダスビの演奏会の歴史によって、私自身はダスビの一つの集大成としてこの演奏を聴いた。しかし、それを置いたとしても、全曲を通して緊迫感に満ちた圧倒的な表現だったと思う。

◆この曲の表向きの表題は、〜ファシズム戦争犠牲者に捧げる〜となっており、そこから思いついたのか、未記入だったアンケート用紙の「本日の川柳短歌で」欄に、以下の歌が書いてあった。震災の前か後か、書いたことすら忘れていたが、今偶然にも紙が出てきたので挙げておく。書いた時もなぜかふっと湧き上がってきて書き留めておいたと思う(歌なんて詠んだこともなく、文法も怪しいが)。

辿り越し道の辺に伏す屍ゆ我が名を呼べと叫びおりつ

交響曲第12番「1917年」Op112(1961)

◆この曲の実演に接するのは4回目(ダスビ1回、他アマオケ1回、ロストロポーヴィチ指揮1回)。高校時代(もう20年以上前か…)からはまっていた曲で、CDでは優に100回以上聴いていると思うので、ショスタコーヴィチのみならず、全オーケストラ曲の中でも聴いた回数が最多かもしれない。主に聞いていたCDは、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルの1984年録音(ムラヴィンスキー最後の録音とも言われる)。他のCDも10種類くらいは持っていると思うが、この演奏の強烈な印象からはどうしても離れられない。

◆前半のバルダと室内交響曲で満腹になってしまったこともあり、今回の第12番については、割合リラックスして聴いていた(感想も十分書けておりません…)。演奏は、ダスビにとっても一八番と言っていいと思うが、もちろん風格と激しさを両立した素晴らしいものだった。

◆無理なく爆裂していく(これは凄いことなのだが)第1楽章、砲撃そのものの第3楽章や、第4楽章の「強制された歓喜」的なフィナーレもさることながら、今回は第2楽章の美しさが心に残った。激しさを求めて聞いていた時分は、飛ばして聴いたこともあったが、レーニンが身をひそめたというラズリフ村の情景が、弦楽や木管中心に微かな切迫感を持ちながら実に美しく描かれていることに気づかされた(ヴィオラ、フルートクラリネットファゴット等が見事に歌い継いでいた)。こうした落ち着いた楽想をたっぷりと聴かせるあたりも、近年のダスビの充実度を示すものではないかと思う。

◆この機会に、第8回定期演奏会(2001年)の第12番をCDで聴き直した。第1楽章前半こそやや力みが出てミスが多いが、全体として相当の充実度。音楽に独特の弾みがある。第2楽章の表現も深い。第4楽章は「強制された歓喜」というよりも素直に前進する力が満ちており、ゆったりと風格ある終結を迎える。無理のない解釈で非常に好ましい。この時点でも相当充実した演奏だったと思う。しかし、終演後の熱狂的なブラヴォーがないのが最近と違うところ(もっとも今が叫び過ぎなのか? 私も昔はアマオケ演奏会で叫ぶのはちょっと…と思っていた。しかし、良いものは良いのである)。今回再演のフィナーレもじっくり聴きなおしたいものだが…。

アンコール:J.シュトラウス/ショスタコーヴィチ編ポルカ観光

◆繰り返すが、第8回アンコールのタヒチトロットとか、劇伴オーケストラのための組曲とか、ダスビの小品演奏には本当に人間味が溢れていて、「他のオーケストラでもこんな風に、人を幸せにするような音楽をもっと奏でればいいのに!」と思ってしまうほどである。ここにこうした作品を聴けるのは実に嬉しいことだった。1年に1回、こうしたコンサートに参加できるのは楽しみなものである。ぜひこうした機会を多くの人に持ってほしいと思う(もちろん他のアマオケ・プロオケでも、素晴らしい演奏に数多く接してきています)。

◆今年の演奏会は、残念ながら業務都合で行くことができない。3月11日の復興へのシグナルとなるべき第7番を聴くことができないのは痛恨事である。さらに、上記のバルダ、室内交響曲、第12番のCDも少なくとも1年間お預けになるということで、これまた辛いところである。さて、約6年半務めてきた業務にもまもなくけりがつくが、さて1年後はどうなっていることやら…。

◆ダスビはこれからも、さらに強力な演奏を聴かせてくれるのではないかと思う。例えば、いくつか音源にも取り上げられている交響曲の断章(第4番・第9番関係)とマクベス夫人のパッサカリアの再演とか…と、ここでリクエストしてみるのだった。

【2】「震災後の音楽」について

震災発生後の心情

◆上記演奏会の感想を書きかけのまま、3月11日の金曜日にそれは来た。勤務先の都内のビルの6階にいたが、バブル期建築のせいなのか(?)、近隣のビルより多少揺れが強かったらしく、女性が叫び声をあげるなど恐怖を感じた。その中で1人冷静に腰かけたままだったのは、「未明の暗闇の中で、揺れはもっと強かった」という阪神大震災経験者だけだった。先月、気象庁の調査で、都内のビルの20階以上では、震度6強を超える揺れを感じたという結果が公表されたが、私たちがいたビルも、壁にひびが入ったりして危険だというのでいったん総員退避となった。この時点で、私の危機意識はやや他の人より高まったかもしれない

◆3時間ほど歩いて、埼玉県東京から川1本渡るだけのところなので、東京西部よりはよほど帰宅しやすかった)の自宅に帰りついた(この時点ですでに付近のコンビニの食料品はかなり乏しかった)が、今度は自分の部屋のドアが開かない。天井まで丈のある本棚4本が、過積載気味だったこともあり、横板がぐにゃぐにゃになって崩壊して、ドア周りを本とCDが埋め尽くしていたためである。結局、業者を呼んで窓ガラスを割って部屋に入るのに2日かかったが、もし部屋の中にいたら、私は埼玉県唯一の震災犠牲者になっていたかもしれない。(本棚の残骸の鉄板を未だに家の中に放置していて、家人に迷惑をかけているのはともかく…って、本当に恥だな。申し訳ない)。

◆関連して、私が敬愛する毎日新聞にも発生後1週間ぐらいして、東北出身の文化人による「東京では東北の支援に回すべき物資を買い占めるエゴイズムが横行した」といった類のとんでもない論調によるコメントが何度か掲載されたのだが、当事者への想像力の欠如」を言い募る方に「当事者への想像力」が欠けているという嘆かわしい事例であった。私は激怒・憤慨して、ツイートでも某氏に反論したほどである。

◆さて、その一方で、発生翌日には「千葉工場火災の影響で毒性の強い雨が降る」というチェーンメールが妻の携帯に回ってきた。私はその時に「こんなのはありえない。一番の問題は原発だ!」と言下に否定した。その土曜日の夜には自宅の換気口をすべて目張りした。日曜日に部屋のガラスを割るときも、放射能汚染が気になったが、先に終わらせてよかったという感覚だった。月曜日には一応出社したのだが、原発の状況次第では、職務を放棄してでも、子供を連れて当てもなくとにかく西日本に脱出しようと考えていたので、周囲の人が案外普通に出社していたので、むしろ驚いた。

◆私の情報源としては、枝野官房長官の会見と、毎日新聞以外は、多少ネットのツイートを見たぐらいだが、後から「政府が事態を隠していた」というような一部マスコミ報道には「あの事態に、本気で安全を信じ込んでいたのか?」と驚愕せざるを得なかった。ついでに、菅直人政権への擁護論は、例えば、【最悪シナリオを封印】菅政権「なかったことに」大量放出1年と想定 民間原発事故調が追及共同通信)の記事へのコメントを参照(私も付けておいたが、擁護論はそれなりに多い)。

◆さらに、付言しておくと、原発事故責任東電経営陣にあり、現今進んでいる東電の解体再生は、東電内部の若手層を起用しながら強力に推進すべきであると考える。一方で、仄聞する東電の一般社員に対する差別事案については、全く恥知らずの人道に悖る鬼畜の所業であるので、私個人はそうした行為を行う者を徹底的に糾弾したいと思う

◆また、放射能汚染についての子供を持つ親の不安については、私も上記のとおり理解を持つが、現今においては、政府指定の区域を除いた場合に直接の脅威があるとは全く思えない。したがって、この面でも、一部西日本地域について報じられた、被災地の物品についての持ち込み忌避という差別行為(昨年夏に被災地製造の花火打ち上げさせないといったような)はもちろんのこと、地元でのがれき処理に反対する行為についても、人道的な見地からの不安の克服を勧告したいところである(はっきり言えば、この手の心配は昨年3月12日時点ですべきことだ)。

◆震災後に感じたことのうち、私が言っておきたかったことは、だいたい以上のようなことである。発生後、1ヵ月くらいは何か必死な気分でいて、その後にようやく津波犠牲者についての報道を見て、ふっとその悲しみを受け容れることができたことを憶えている。津波被災地や原発事故被災地の方々の受難に比べれば何ほどのものでもないとはいえ、そうした心情で暮らしていた一人の記録としておく。

震災後の音楽経験

◆私のような、大した被害を受けることのなかった人間にすら、この大震災は上記のように大きな影響を及ぼしていた。そうした心のこわばりを洗い流してくれたのは、やはり音楽だった。とはいえ、普段は年中音楽漬けになっていないと気が済まないこの私が、震災後に普段通り音楽を聴きだしたのは、さすがに3月24日ごろになってからである。

◆震災後も少しずつ、アマオケ等の演奏会に行くようになったが、その中で印象に残るもの(1901)を少しだけ書いておきたい。まず、5月3日のアウローラ管弦楽団第5回定期演奏会(田部井剛指揮)。この日のメインのスクリャービン交響曲第2番は、第1・2楽章こそ複雑怪奇な難物だが、第3〜5楽章は、カリンニコフを思わせる青春のロシア交響曲になっていて、地震後落ち着かずにいた気持ちを洗い流される気持ちがしたと記憶している。

◆アウローラ管弦楽団は、オケ定期の合間に小規模な室内演奏会を開いているが、6月11日の第4回室内演奏会(長田雅人指揮)特筆すべきものだった。「ストラヴィンスキーと管楽オーケストラ」をテーマに4曲が演奏されたが、私の経験の中でも最も強烈な印象を受けた演奏会の1つである。ダスビ団長氏ともうお一人による「新しい劇場のためのファンファーレ」(1964)から開始して、ストラヴィンスキーの新古典主義時代の「管楽器のための八重奏曲」(1922-23)、「管楽器のサンフォニー(私の試訳では「管楽による交響」)」(1920)、「ミサ曲」(1947)が演奏された。

◆3曲目のSymphonies of Wind Instrumentsは、高校時代にNHK−FMで「管楽器のための交響曲集」と直訳とも何とも言えない訳で紹介されていて、要するに(ソナタ形式の交響曲ではなく)響きあう音の集まりをイメージしているのだから、単に「交響」が適訳ではないかと思った懐かしい曲。

◆4曲目のミサ曲は、ストラヴィンスキーの自作自演録音で聴いていたが、この演奏では、8人による混声合唱木管五重奏+金管五重奏で、その特異な編成をフルに活かして、弱音器付きのトランペットオーボエの印象的な響きを中心にストラヴィンスキーが考えたアルカイックな響きを十全に表現していたと思う。後で定評あるバーンスタインの録音も聴いたのだが、自演よりもバーンスタインよりもこの日の演奏の方が名演だったと思う。アルヴォ・ペルトの響きを30年ほど先取りした、中世的な、宇宙的な広がりを感じさせる音楽で、宗教以上の祈りというものがありうるのではないか、と感じることができたのである。

◆そして、ダスビとは直接関係ないが、昨年12月23日ピアニスト丹千尋さんのリスト編曲ピアノソロベートーヴェン交響曲連続演奏会の初回(第9番、つい先日別収録のCDが到着。こちらも素晴らしい演奏・録音でした!)において、アンコールに丹さん編曲のアメージンググレースが演奏された。当日は仙台から聴きに来た方もおられたとのことで、曲は録音でも聴いていたのだが、聴いているうちに自然と(自分の感情とは無関係に、と言っていいくらい自然に)涙がこぼれた。今までも演奏会の音楽で涙ぐんだことは何度もあるのだが、どちらかというと曲(の意味)に思い入れがあって、例えばチャイコフスキーショスタコーヴィチの音楽に寄り添って、その文脈に感情移入する感じだったのだが、この時は音楽の方からすっと入ってこられた感覚だった。

◆その他、ニュース等でも佐渡裕が被災地を巡ったり、津波被災ピアノを復活させたり、こうした時にこそ音楽が人々に力を与える、その姿が多く報じられた。こうした素晴らしい芸術文化を持つ私たちの社会は、その叡智を集めれば必ずや優れた復興を遂げるものと思う。私もそうした動きの一助になれればと願いつつ。

2011-09-23 (金)

[] ナデージダ公式動画YouTube掲載!

◇2年半ぶりくらいでまた忙しくなり、お約束のダスビ感想も書けないまま(今しばらくお待ちください<m(__)m>)。はてなダイアリーの書き方を忘れていて愕然とした今日この頃。

プロアマ混成によるオーケストラ・ナデージダの、私も聴いていた演奏会から、忘じがたい名演を2曲掲載しておく。

ラフマニノフ「リラの花」(ピアノ:丹千尋)

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◇このアンコールの前の本編は、アッテルベリのピアノ協奏曲(勝手に「ブラームスのピアノ協奏曲第3番」と呼びたくなる、壮大な名曲)リンク先のCDで聴ける。

スヴェトラーノフ「詩曲」(ヴァイオリン:相原千興、指揮:渡辺新)

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◇上記CD発売記念のアッテルベリのピアノ五重奏曲ほかの演奏会の終演後、CDにメンバーのサインをいただいた際に、相原さんに「詩曲のソロが忘れられない」とお話しした(そのお話しした日は実は帰ったら38.3℃の発熱だった…)が、こうしてまた感涙ものの演奏を聴けるのは本当に喜ばしい。「そう、これがヴァイオリンの音だよね」と思える王道的な?音色表現力があると思う。

2011-02-24 (木)

[] 丹千尋ほかの「室内楽の夕べvol.4」の感想

(当日に20行くらいで書こうと思ったのだが、また長大に。今年のダスビ感想はしばらくお待ちください。って、待っている人いるのか? 「一年遅れ」が多少検索に引っかかってますが。)

東京では珍しい一日雪の休日(2月11日のことです…)。私は出勤でしたが、夕方に標記の演奏会に。オケの演奏会は90年代後半来それなりの回数行っているが、室内楽単独の「ちゃんとした」(オケついでのロビーコンサートとかではない)演奏会に行ったのは、ほとんど初めてかもしれない。まして、プロの白熱の演奏を云々するような素養もないのだが、少々感想を書き連ねてみる。

丹千尋さんのピアニズム

◇行ったきっかけは、オーケストラ・ナデージダの演奏会。このオケはプロ・アマ混成の自主運営オケといえばいいのだろうか? 年2回の定期でロシア北欧もの(日本初演も多い)の充実した演奏を展開している。その第2回・第4回に登場し、ステンハンマルのピアノ協奏曲第1番とアッテルベリピアノ協奏曲ソリストを務めていたのが、丹千尋さんである(前者はすでにCD発売中*1リンクAmazonから買える)、後者も近く発売されそう(…って私がノンタラ書いている間に、丹さんがtwitterデビューされました☆)。

◇私はロシアもの中心の人なので、どちらの曲もこの演奏会で初めて聞いたのだが、どちらも素晴らしい名曲で、グリーグのピアノ協奏曲と並び、北欧3大ピアノ協奏曲と呼ぶのも全く誇張ではない。また、演奏もオーケストラ、ソリストとも非常に気魄のみなぎった演奏で、最初の2〜3分でぐいっと引っ張られたように虜になってしまったのである(私はライブ録音のCDを待ちきれず、アッテルベリの協奏曲の既発CDに加えて、アッテルベリ交響曲全集(セットで安い!)と「デンマークチャイコフスキー」ことベアセンの交響曲全集第1番ほか第2・3番)まで買ってしまった)。

◇ピアノ演奏についても、私はこれまで録音上も大して聴いてきていなかったのだが、丹さんのピアニズムは、シャープできらびやかでかつ強く熱い。イメージとしては、ブレンデルのように正確で(リストは得意レパートリーかと)、ギレリスのように強力で推進力があり(ブラームスも行けそうだ)、加えて独自の華やかさがある感じ(透明感あるキラキラした感じはロシアものに向いている)かもしれない。

プロフィールを見ると、5歳で丹羽正明氏藤井一興氏スカウトされたとある。藤井氏は、最近では千住真理子のCDの伴奏でよく見かけるが、私のクラシックの聴き始めが90年前後のNHK−FMで、そのころ室内楽の演奏で野平一郎氏や練木繁夫氏と並んで藤井氏のピアノをよく聴いていた気がする。丹さんは藤井氏にも師事しているので、そういう系譜からも関心があったりする(あ、ヴィシネグラツキーのCD、藤井氏だったのか。1988年発売で現役盤なのが素晴らしい。久し振りに聴いたが、やはりとても興味深い曲だった)。

◇ついでに、全く非音楽的な感想で恐縮だが、丹さん、ホームページジャケット写真では分かりにくいが、とても笑顔の素敵な方である。上記、第2回の時に、純音楽的見地から演奏後に「ブラヴォー」を投げかけたところ、凄くにっこりとほほ笑まれたので、何だかこちらが恥ずかしくなってしまったくらいである。今回の演奏会でも、ステージ上で寛いだ感じの笑顔が華やかで、聴く方も楽な気持ちで曲に入れる。現在、ピアノの特訓中(?)のうちのもうすぐ6歳の娘もこんな感じになれれば大したものだと思ってしまう(←なんだそれ?)。

プログラム

◇さて、今回の演奏会は、下記のプログラムであった。

室内楽の夕べvol.4

2/11(金)19:00〜 ルーテル市ヶ谷ホール

シューベルト:弦楽三重奏曲第1番変ロ長調D471*

ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番ト短調Op25+

フランク:ピアノ五重奏曲ヘ短調#

アンコールドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲イ長調Op81〜第3楽章スケルツォ(フリアント)†

Piano:丹千尋+#†

Violin:遠藤百合*#(1st)†(2nd)

Violin:川又明日香+#(2nd)†(1st)

Viola:吉瀬弥恵子*+#†

Violincello:朝吹元*+#†

◇クラシックを多少知っている人なら、結構凄いプログラムだと思うかもしれない。最初のシューベルトは単一楽章なので序曲扱いだが、ブラームスとフランクはそれぞれ重量級で、オケで言えば大交響曲が2曲並んでいる感じである。実際、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番は、1937年シェーンベルクが管弦楽編曲を行っており、ピアノ協奏曲第1番と並んで交響曲第0番にしていいくらいの内容と規模を持っている(若杉弘盤も先月復活!「ピアノ四重奏曲第1番(シェーンベルク編曲管弦楽版)、悲劇的序曲 若杉弘&ケルン放送交響楽団(1978、1983)|HMV ONLINE

)。

◇このシリーズについて過去の記録が分からないが、川又さん以外は桐朋学園大学出身。今回は、若い川又さんがゲスト的に参加したものらしい。なお、それぞれのお人柄はこちらの記事によく書かれている→「〜室内楽の夕べ vol.4〜・・・・昨日の続き・・・。 七転び八起き?!ヴァイオリン奮闘記!!/ウェブリブログ」(ちなみに、朝吹さんは、同性から見てもなかなかの男前でしたよ)

◇会場のルーテル市ヶ谷ホールは、音楽ホールとしてよく使われるが、教会礼拝堂でもある。定員200名だが、オケ向けの大ホールに慣れていると、とても小さく感じる。客席の全長12メートルで、ステージと客席の隔ては2段のステップしかない。私は向かって左側、中央通路沿い5列目くらいに座ったが、本当に奏者の方々が目の前で弾いてくれてる感じ。息遣いが聞こえるくらいで、正に「室内楽」の醍醐味を味わえた。

シューベルト:弦楽三重奏曲第1番変ロ長調D471

◇15年くらい前にNHK−BS放送で1回聴いたかも?というくらいで、ほぼ初めての曲。ヴァイオリンヴィオラチェロの掛け合いで進行する、シューベルトとしてはまだまだ古典的な雰囲気の曲。遠山さんのヴァイオリンはとても輝かしく艶のある音。吉瀬さんのヴィオラはメカニカルな刻みが実によく効いていて、後の2曲でもアンサンブルの要になっていたのではないかと思う(舞台上では、ヒールが高いせいかゆったりと動き、無口・無表情で通されていましたが、最後にマイクを握ると…面白い方でした)。朝吹さんのチェロはどっしり太い声で歌う。ただ、こちらの方が書いたように(法務部員の二枚舌日記 - Yahoo!ブログ)、そういえば出だしがちょっと怪しかったかな…?しかし、全体としては、この演奏会の序曲として充分な演奏だったかと。

ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番ト短調Op25

◇若きブラームスの力作で、今回は楽章ごとの表情の違いが際立った良い演奏だった。

第1楽章:チェロとピアノの低音がどっしり歌う、いかにもブラームス的で重厚なアレグロ楽章。全体に充実していたが、特に最後は大きく盛り上がり、丹さんが2、3度、ヴァイオリンの方を振り向いて見ながらバンバンと決めてダイナミックに終結。←稚拙な表現で失礼<(_ _)>ただ、アッテルベリも腰を浮かせての強打が実に効いていたのが印象に残っている…(早くCD出ないかな〜)。

第2楽章「間奏曲」:この楽章、タイトルどおりの小品で、全曲の中ではやや印象が弱い。完成まで6年かかっているので、他の楽章が充実していく中で少々取り残された感じかもしれない。しかし、今回の演奏はそのテクニカルな側面に徹していて良かったと思う。特に中間部のトリオに入るところ(標語はAnimato)で、丹さんのピアノがキラキラと、本当に活き活きした感じで入ってきて雰囲気がさっと変わったのが見事だった(時々日本人の演奏で本当にこれは凄い!という気の入り方を感じる時がある*2が、これは日本人同士だからなのか、普遍的に通用するものなのか、どうだろうか?

第3楽章:冒頭から弦楽が強く歌う。川又さんのヴァイオリンは、遠藤さんとは対照的に、しっとり湿ったコクのある音で、そのためもあってか最初はあまり目立たない感じを受けたが、この辺りからよく鳴っていて、ヴィオラとの歌い合いが美しかった。この楽章の中間部も、丹さんのピアノが相当な速さを保ちながら(第2楽章の方か?手元で聴けるボロディン・トリオの演奏とはかなり印象が違う)進行していて印象に残ったのだが、やはりここもAnimatoだ…と今納得した。

第4楽章「ジプシーロンドハンガリー舞曲集よろしく、ズンチャンズンチャン賑やかなフィナーレ。この頃のブラームスにはまだチャイコフスキーの交響曲第5番フィナーレをしたり顔で(?)けしからんと評したような晦渋さはない(この1件だけはどうにも気に入らない)。これも本当に気の乗った演奏で、まだロンド1回転目のところでポンッと拍手しかけた人がいたくらいである。前半だけで相当な充実感。

フランク:ピアノ五重奏曲ヘ短調#

◇さて、後半にはこの独自の大曲が。3楽章形式で名作なのだが、実に独特である(この方の記事のとおり→「ピアノ五重奏曲 へ短調(フランク):みどりのこびとちゃんのクラシック音楽日記:So-netブログ」)。そもそもピアノ五重奏は、弦楽四重奏+ピアノという構成なので、室内楽的に最強っぽい感じだが、この作品はそうした形式論も突き抜けて、独自の内容を盛り込んでいると思う(演奏時間は40分に達しない程度なのだが、内容的に非常に長大な印象を受ける)。

第1楽章:序奏から、弦楽四重奏とピアノソロが交錯して、雰囲気満点の歌を形づくった後、前半のブラームスと同様アレグロ楽章として力感と推進力を持って盛り上がる。まだここまでは、普通のロマン派の曲らしい姿を見せる。

第2楽章:さて、この楽章からフランクの本領発揮。サロン音楽風の伴奏としてピアノが和音を奏でる(こういう疑似サロン音楽的な書法はチャイコフスキーもよく使う。ここでも丹さんのさりげない弾き方が実に魅力的だ)上に、ヴァイオリンソロが物憂げなメロディーを歌う(遠藤さんのヴァイオリンも力強く歌う)。残りの弦三本がヴァイオリンの後を受けて、歌い合う。この展開までは、まあありがちだが、この楽章が特異に感じられるのは、中間部で雰囲気を変えるというよりは冒頭の物憂げな歌の雰囲気をずっと引き摺ったままでしかも延々と盛り上がり続けることである。聴いていてくらくらするような、陶酔というのか、耽溺というのか…。シューマンがシューベルトのザ・グレートを評した「天国的な長さ」も当てはまりそうな楽想ながら、情熱的でロマンティック…という、そのよく分からなさが素晴らしい。ドイツベルギー人で、14歳以降はほとんどパリ暮らしたというフランク。もしフランクがドイツで生活していたら、こういう曲は絶対書けなかっただろうと思う。演奏もこの曲調に沿って綿々と歌い続けて、濃密でありながら美しかった。

第3楽章:続く最終楽章がまた凄い。冒頭からヴァイオリンが小刻みで無窮動的な動きを奏するのは、20世紀の現代音楽を先取りしたかのようである。カトリックの連想でいけば、メシアンを借用して勝手に「世の終わりの」(ピアノ五重奏曲)とタイトルを付けてしまいたくなる。まだ前半は通常のアレグロのフィナーレっぽいが、終結が近づくにつれ、ピアノは葬送行進曲のごとき楽想を奏で、死と狂気の色が曲を支配しながら強烈に盛り上がるラフマニノフの交響曲第1番に通じるような破滅性が、なんでフランク50代後半の充実期(この曲が晩年の「傑作の森」の始まり)に出てくるのかは不思議だ。プログラム解説にも書いてあった、弟子ピアニスト・作曲家のオーギュスタ・オルメスに惚れてしまったという事情によるものか(ちなみにサン=サーンスもこの女性に惚れ込んでいたそうで、いい年したオジサンが二人して何やってんの的な状況からこういう曲が生まれてしまうのがさすが*3。ちなみに、サン=サーンスはこの曲の初演ピアニストでもある)。演奏は、本当に力演で息つかせぬものだった…ので、終演後本当に「うはぁ」と嘆息(オケなら大ブラヴォーを叫ぶところだが、さすがに近くて恥ずかしいので)。

◇さて、演奏後、丹さんがマイクを持ってきて「雪の中…」といたわりのコメント、他の方も一言ずつ。実にアットホームな(?)感じでいいですね。そして、アンコール。

ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲イ長調Op81〜第3楽章スケルツォ(フリアント)

◇川又さんが第1ヴァイオリンに変わって、また民族的な曲。早い舞曲の中でまた丹さんのピアノがキラキラと舞い、そして弦楽が上質なフォークチューンを奏でて、心温まる演奏会が終わった。さて、次回11/6は大変残念ながら、業務都合で行けないのがほぼ確定だが、他にも丹さん出演の演奏会がいくつかあるようなので、ぜひまた聴いてみたい。

◇最後に丹さんのCD紹介。リンク先(Amazon)から買える。

第1アルバム『CHIHIRO』CHIHIRO

バッハショパン、リストから、ラフマニノフ、ラヴェル、そして武満や丹さんによるガーシュイン編曲とオリジナル曲まで、全11曲収録。ピアノ内部に響く音まで拾っているような独自の音響で、私のしょぼい機器ではなかなかうまく再生しきれなかったりするのだが(ボリュームを絞り目にすると実はすごく広がりのある音かもしれない…)、演奏はどれも魅力的。丹さんによる曲目へのコメントも詩的で、とても素敵だ。

第2アルバム『one earth』one earth

ショパン、リストとフォーレ、フランク、そして丹さんのオリジナル2曲(うち1曲は川又さん参加)、オーバーザレインボウとアメイジング・グレイスの編曲とやはり盛り沢山の全10曲。音響はこちらの方がやや一般的。それと、オリジナル曲も聴いていて思わず引き込まれる。作曲家としても相当の力量があるのは間違いない。

※上記2枚の曲目詳細と試聴:丹さんのページへ

川又明日香『i(アイ)』i

川又さんのデビューアルバムの伴奏を丹さんが務める。音響面が気になり、当日会場で買わなかったが、結局Amazonで購入。モーツァルトとサン=サーンスのヴァイオリン・ソナタと小品4曲収録。小品2曲のうち、チャイコフスキーの「メロディー」、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」が、しっとりしたヴァイオリンによく合っている。また、最後に収録されているサン=サーンスのソナタ第1番が素晴らしい。もともとピアノパートも華やかな曲だが、殊にフィナーレでは、丹さんの爽快かつ明確なアレグロときらびやかな音色の良さを堪能できる。音響はかなり自然で広がりがあるので、ステンハンマルに次いで、まず聴くにはお勧めの盤かもしれない。

※曲目詳細と試聴:川又さんのページへ

*1ステンハンマル ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調作品1 日本初演

*2:例の「北原加速」など「【7】北原幸男指揮NHK交響楽団★★★★☆ - ピョートル4世の<孫の手>雑評

*3:こちらにもフランクを巡る興味深い記事が→「404 Not Found」。曰く、「フランクは私にとって最も古い地層に属する。その音楽を聴いたのは、いわゆるクラシック音楽に興味を持ち出して間もなくの事で、交響曲とヴァイオリンソナタの2曲くらいしか聴くことができなかったにも関わらず、特定の作曲家に関心を持つ最初のケースであった。」「フランクの音楽は徹底的に内面的で閉ざされていて、身体性すら捨象したような心の音楽であり、そこには風景というものはない。」私にもこういう高尚な文章が書けるとよいのですが…。「小林秀雄はフランクを聞いて吐いた経験を河上の全集によせた跋文で披露しているそうだし、こちらは河上の回想によれば、小林秀雄の有名なモーツァルト論の背後にもフランクの音楽の影があり、更にはそれが晩年に至るまで伸びているにも関わらず、小林秀雄はそれをある意味では抑圧し続けたらしい」むむむ奥が深い。

2011-02-06 (日)

[] 第17回オーケストラ・ダスビダーニャ定期演奏会の1年遅れの感想、または、ショスタコーヴィチチェロ協奏曲第2番」の本義について

◇昨年2月11日に標記の演奏会に行ったのだった(指揮は言うまでもなく長田雅人氏、すみだトリフォニーホール、以下楽団名はダスビと略す)。2月17日に感想を団長様宛FAX送信しているのだが、ブログ上では結局書き損ねたままだった。理由としては、自分がダスビにリクエストし続けていたチェロ協奏曲第2番について、演奏会前後、そして当日に、自分がかつて感情移入して聴いていた思いをうまく重ねることができず、それで書くことができなかったということがある。

◇それをなぜ今更書き直してここに揚げる気になったかというと、今度の第18回演奏会(2月20日、すみだトリフォニーホール、下記囲み内参照)のチケットを希望したところ、返信に「昨年のチェロ協奏曲第2番の感想、ぜひブログに書いてください!」とのコメントを頂戴してしまったのである。まさかこちらがリクエストされることになろうとは…(ちょっと気恥ずかしい)。

◇そして、書くためにはやはりチェロ協奏曲第2番にもう一度正面から向き合わなければならない。私はなぜ自分がこの曲に強い思い入れを持っていたかを、村上春樹ばりに井戸の底に潜る気分で、もう一度捉えなおそうとしたのだった。その結果、ここ2週間ほどの間に、わかった、思い出した。そう、私はこのようにして、かつて晩年のショスタコーヴィチに近づいていたことがあったということを!

◇ということで、私の20年近く前の思いを取り戻させてくれたリクエストに深く感謝しつつ、ここに約1年前の演奏会感想を上程し、もって近き第18回へのイントロになればいいな、という意図で書く次第。

第18回定期演奏会の情報は楽団ホームページへ→「オーケストラ・ダスビダーニャ

日時:2011年2月20日(日)13:00開場/14:00開演 すみだトリフォニー大ホール

曲目:ショスタコーヴィチ

1.アニメ映画司祭とその召使いバルダの物語」の音楽作品36より抜粋

2.室内交響曲作品110a(弦楽合奏編曲:R.バルシャイ

原曲:弦楽四重奏曲8番 作品110〜ファシズム戦争犠牲者の想い出に捧げる〜

3.交響曲12番「1917年」作品112

指揮:長田雅人(常任指揮者

◇ちなみに、今年のプログラムは同時期(1960−61)の弦楽四重奏曲第8番と交響曲第12番が、静と動、裏の顔と表の顔、ショスタコーヴィチの二重生活を体現していて見事なカップリング。聴きどころとしては、付随音楽「バルダ」のコミカルな楽しさと組曲としての完成度、室内交響曲ではここ数年でメキメキと腕を上げてきたダスビ弦セクションがついに完成の域に達するのか、そして第12番は10年前の十分壮絶な演奏からさらにどのような展開を見せるのか(近年の技術レベルの向上による精確さはもちろんのこと、より激しさと風格が両立した演奏になることだろう)、が聴きどころである。

前置き

◇会場のすみだトリフォニーは私の大好きなホールで、ここでダスビを聴けるのはまた一層嬉しい。ダスビとしては、第7回定期(2000年)の交響曲第4番ほか以来だったろうか。1年前のことでさすがに様子を忘れてしまったが、客席は常のとおり盛況だったと思う。

◇今回のプログラムは、チラシに触れられていたとおり、ショスタコーヴィチ43歳の「ベルリン陥落」、59歳のチェロ協奏曲第2番、そして若返って33歳の交響曲第6番を辿るプログラムであった。そう、この辺りをもっと意識していれば、チェロ協奏曲を「難曲」に感じてしまうなんてすれ違いは起きなかったはずだった、というような気が今更ながらしている。

◇以下、演奏会感想を書くのだが、1年前のメモと1週間後のFAXから起こしているので、やはり薄い。その代わり、問題のチェロ協奏曲第2番の位置づけについては、個人史的な思い出話を多数交えながら長大に書くことになった(そうしないと書けなかった)。実際のダスビ演奏から離れ過ぎてしまっている段は、何卒ご容赦いただきたい。

映画音楽『ベルリン陥落』Op82(1949)

映画の題材は第2次世界大戦独ソ戦でのソ連の勝利。端的に言えば、「指導者スターリン万歳!」。私はこのクラシックCD全盛時代に(最近単価が異常に安く、相当のマイナー曲でも手軽に聴ける。この曲もお求めやすいNAXOS盤がすでに2003年に出ている!*1)この曲は聴いてもいなかったという体たらくで、本当にショスタキストかと言われてしまいそう。しかし、ダスビの醍醐味として、何でもなさそうな映画音楽や付随音楽に真摯に向き合って交響曲に匹敵する名曲ぶりを引き出してしまう、というところを楽しみにしているので、他の安っぽい演奏で聴いてもしょうがない、という思いもある。

◇ということで、どんな曲かと興味津々であった。結果としては、1曲目から重量級の充実度で、これこそダスビ! という感を深くした(仕方のないことだが、一般のアマオケ定期では、メインはともかく1曲目は…という例も多い)。曲自体は、いくらでも俗悪にも演奏でき、十分体制迎合的と思えるように書かれているが、それでも随所に戦争時代の緊迫感を盛り込み、真摯な鑑賞にも耐えうる部分も多い。まして、ダスビにかかれば、見事に一幕の交響絵巻が現出するわけである。

◇演奏されたのは、全曲版・組曲版から独自にセレクトされた7曲。

1.前奏曲:冒頭のファンファーレから圧倒的な風格。年1回の祝祭演奏会の幕開けに実にふさわしい。また、ボロディンムソルグスキーから脈々と受け継がれたロシア的情緒を湛えて力強い主題が歌われる。

2.川辺の情景:美しい平和の情景。弦楽合奏とハープチェレスタ、木管の繊細な美しさが際立つ。

3.ヒトラーの祝勝会:よくアンコール曲でも取り上げられる金管の賑やかな曲で、無類の陽気さもダスビの原点を感じさせる。

4.ゼーロウ高地へ突撃:長い戦闘シーン。こうした曲の盛り上がりは圧巻(交響曲第12番などに匹敵する)。この曲だったか第6曲か、低弦を中心に一瞬、唸り声があがった(としか思えないような表情に満ちた音が鳴っていた)。近年のダスビの圧倒的な合奏力を感じさせる。

5.破壊された村にて:戦闘の後の重々しい悲嘆がたっぷりと描かれる。

6.地下鉄のシーン:再び戦いが迫る緊迫。やはり第4曲からの辺り、木琴やドラの一撃一撃に魂が籠っている。

7.終曲:全曲盤だと合唱が入るが、今、「あれ、ダスビも合唱入れてなかったっけ?」と思ってしまったぐらい壮麗なフィナーレ。思わずsplendid!と叫びたくなる。

◇全曲盤からこの7曲を続けて聴くだけで風格がぐっと上がって感じる。実に優れた戦局勘(選曲眼)である。CDなら20分程度なのだが、1曲1曲実にどっしりと、曲と曲との間合いもしっかり取っていたので、30分以上かかったように感じた。

◇『ヴォロチャーエフ要塞の日々』(第12回、2005年)、『ピロゴーフ〜先駆者の道』(第14回、2007年)と並んで、CDで映画組曲3部作として聴いてみるのが楽しみ(前の2曲を今少し聴いてみたが、実に凄い演奏をしていた。ゼロ年代後半〜のダスビの風格はやはり圧倒的だ)。

チェロ協奏曲第2番ト短調Op126(1966)

◇さて、問題の第2番である。まず、ソロ丸山泰雄氏は、2009年8月1日のオーケストラ・ダヴァーイ第3回演奏会で、プロコフィエフの協奏交響曲で登場したのを聴いていた。その時の演奏も見事なテクニックだったが、文京シビックホール大ホールのバルコニー席からでは距離が遠く(かなり響かないホールだという気がした)、若干オケとの協奏を聴くのが厳しいように思った。むしろ、アンコールで演奏した作曲者ジョバンニ・ソッリマ(1962−、イタリア。ちなみに、三絃の西潟昭子のために協奏曲を書いている)直伝の「ラメンタツィオ」(1998、途中でチェリストホーミー的唸り声が入る上、チェロのテクニック的にも非常に面白い曲)の魅力にはまってしまい、会場でご本人からCDを購入し、サインしていただき、「あの唸り声はどういう由来ですか」云々とお話しさせていただいたということがあった。

◇今回のダスビとの演奏も場面としては非常に印象的なところが多々あったのだが、私自身が曲解釈で混乱してしまっていたせいか、あるいはこれまた迂闊にもソロの真横に近いバルコニー席を選んでしまったせいで音響的にも没入しそこなったせいか、十分にその魅力を受け止められなかった感がある。しかし、おそらくCDで聴き直せば相当の秀演だったのは間違いないと思う。

◇さて、曲についてだが、今回私も「難曲」だと思ってしまったわけだが、一般的にもショスタコーヴィチの数ある作品の中でもすこぶる晦渋な作風で、分かりにくい作品として知られる。やはりダスビのリーフレットでもその点に触れられているが、某知人によると「どこがサビだか分からない」とのことで、なかなか良い表現だと、思わず感心してしまった。

◇しかし、私にとってこの曲は、奇妙なことに、10数年来とても重要な曲と感じられていた。そのために、交響曲第15番が取り上げられた第14回(2007年)以来(だったか?)、アンケートでリクエストしてきたのだった。しかし、あろうことか、リクエストを繰り返していた私自身が、この曲の意味をなぜか見失ってしまっていたのである。その理由も今になって理解できるようになったので、後で触れる。

◇第1楽章ラルゴ、第2楽章アレグレット、第3楽章アレグレットの3楽章構成。緩徐楽章で始まり、短いスケルツォを挟んで、第3楽章フィナーレへ、という構成そのものはさほど特異ではない。しかし、その表現と内容はどこまでも晦渋な印象を与え、「とらえどころのない」謎の曲であるという印象を与えてしまう。私はどうしてこの曲を重要視していたのか?(以下、とてつもなく長い個人的な思い出話を交えながら、そのことによりチェロ協奏曲第2番の本義に迫りたい)

個人的な「チェロ協奏曲第2番」への道(1984〜92)

◇その理由でまず思い当たったのは、ヴァイオリン協奏曲第2番嬰ハ短調Op129(1967)とのつながりである。これについては、昨年の演奏会前も意識していて、予習にCDで聴いていた。しかし、その際に忘れていたのは、私が初めて買ったショスタコーヴィチのCDがこの曲のものだったかもしれない、ということである(予習ではずっと後に買った別の盤で聴いていた)。これは偶然の産物で、私はハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲の方を目当てに、ダヴィド・オイストラフ独奏の両曲がカップリングされた、当時のメロディア/ビクターのCD(1990年リリース。Amazonで¥15,000の値が…)を購入したわけである。

◇ちなみに、私がクラシックを市販のカセットテープで聴き始めたのが1986年ごろ。中学校の音楽の先生かの有名な『フックト・オン・クラシック』テープを貸してくれて、それを手掛かりにモーツァルトベートーヴェンベルリオーズブラームスチャイコフスキーなどを聴き始めた。CDに切り替わって最初のころは、ムソルグスキー、チャイコフスキー、グリーグなどに加えて、NHK−FMで知ったハチャトゥリアンプーランクを聴き始めた。

◇最初ヴァイオリン協奏曲第2番を聴いたときは、簡素で厳しくも、どことなく滑稽なその曲調に接して、「ショスタコーヴィチというのは変な曲を作る人だなあ…」くらいの印象だったと思う。今となっては、初演後間もない(1967年11月録音とされる)オイストラフコンドラシンの貴重な演奏を随分早くから聴いていたことになる。この曲自体について、今回は詳しく検討していないが、無駄な音が一つもない、切り詰められた伴奏の中を、ソロがモノローグ的に語る、という構図は、チェロ協奏曲第2番と通底しているのは間違いない(ヴァイオリン協奏曲の方がやや一般にも分かりやすい)。まあ、後期のこの曲からショスタコーヴィチに入ったというのは相当珍しい部類かもしれない。

◇その後は普通に、交響曲第5、1、9番辺りを聴いていったが、並んで第12番『1917年』も早く聴いていた(高校〜大学時代ムラヴィンスキー1984年ライヴのCDを100回は聴いたかもしれない)。さらに、第11番『1905年』については、例の1992年3月25日の北原幸男指揮のNHK交響楽団定期をBS放送で聴いている(ちょうど大学入学直前だったわけだ。「 ショスタコーヴィチ交響曲第11番8種聴き比べ(ダスビ感想外伝) - ピョートル4世の<孫の手>雑評」)。一方で、なぜか第7番レニングラードはずっとちゃんと聴く機会がなく、ダスビの再演(第10回、2003年)でようやくその真価に触れて、その後CDを立て続けに買ったりしている。ショスタコーヴィチ受容の在り方として、妙に後期に偏っている。

◇それが偶然ではない、という考え方もできて、なぜならショスタコーヴィチがある時期からムソルグスキーへの共感の度を深め、自らの創作にムソルグスキー的なものをよりストレートに反映していった、ということがある。早くは、1940年(交響曲第6番作曲の翌年)にムソルグスキーの歌劇ボリス・ゴドゥノフ』のオーケストレーションを行っている(パーヴェル・ラム校定版のヴォーカルスコアにより「第1稿」「決定稿」両方について)が、続いて、1958年に歌劇『ホヴァーンシチナ』のオーケストレーション、1962年には歌曲集『死の歌と踊り』のオーケストレーションを行っている(これらの曲はオーケストレーションということだけで言えば、いずれもリムスキー=コルサコフやその周辺の作曲家がすでに行っているものである)。

◇ちなみに、私がクラシックに関心を深めたもう一つのきっかけに、森山安雄氏のゲームブック展覧会の絵』があったりする(例えば「展覧会の絵」などを参照。10年ちょっと前に氏自身のホームページを見た記憶があるが、なんと2002年に復刊されたとのこと。なぜかR25キーワードにも入っている)。日本オリジナルのゲームブックとしてはとても出来のよかったもので、同時代ではそれなりに知っている人も多いと思うが、自分がピアニストとしては弾ききれなかったムソルグスキーの曲をゲームブックに仕立てたものである。私はこの本から得た詩的イメージからロシア音楽への関心を特に深めたと思う。

◇ということで、最初に買ったクラシックのCDは『展覧会の絵』だった。また、高校の英語の先生に連れて行ってもらった池袋のWAVE(西武の向かいの黒いビルに入っていて、ややアナーキーな雰囲気が好きだった)で、先生からお金を借りて初めて買った輸入盤CDがボリス・クリストフのムソルグスキー歌曲全集(EMI)だった。これも1990年ごろのことである。

◇我ながらなかなかマニアックな趣味だが、この時、買っておいて本当に正解だった。今思うと、CD初期の貴重な盤をいくつか持っているのは幸運だった。今回、フェドセーエフ指揮の『ボリス・ゴドゥノフ』全曲盤(フィリップス、1984年)を取り出したところ、オリジナルでクッションとして入っていたスポンジが経年劣化で溶け崩れて、ディスクのレーベル面に付着してしまうという悲惨な事態に!聴けたからまだしも、慌てて同時期の他の盤のスポンジを廃棄した(初期の希少版CDを持っている方、ご注意ください)。ついでに言えば、私が世界一の美音ヴァイオリニストと見なすワンダ・ウィウコミルスカの一連のコニサーソサエティ盤CDは完全に買い逃していて、つい先日、約20年ぶりにディスクユニオン新宿店の希少盤特集で相当のプレミア付きでようやく1枚買い求めたところである(LPプレーヤーを買うべきだろうか?)。

◇…話が相当ズレてしまった。ショスタコーヴィチに戻ると、私がいち早く『1905年』と『1917年』に注目した理由としても、これらが『ボリス・ゴドゥノフ』や『ホヴァーンシチナ』と同様、政治的混乱を繰り返すロシアを描いた国民的な史劇であるという見立てから関心を持った、ということがある。2年前の交響曲第10番のところ(「 第16回オーケストラ・ダスビダーニャ定期演奏会の感想 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」)で少し書いた「問題作交響曲群」(第11〜14番、1957〜69)は、正にこのショスタコーヴィチによるムソルグスキー研究と並行し、特に1960年代に入ると、皮肉さと深い人間洞察、ロシア語イントネーションと音楽との対応、ロシアの国民的な歴史の描写などといった、ムソルグスキーの音楽が持つ特徴がより直接的にショスタコーヴィチの作品に反映されるようになってきたのである。

◇こうした文脈の中で、私は1992年発売の1枚のCDを買い求めていた(池袋西口のHMVか、それとも渋谷タワレコか?)。紫色の「ロシアン・ディスク」(アメリカのレーベル)のロストロポーヴィチものの1枚として出ていた、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番・第2番のカップリング、どちらも伴奏がスヴェトラーノフ指揮のソヴィエト国立交響楽団となっている(ヴァイオリン協奏曲第2番の解説で、チェロ協奏曲第1番の引用について触れられていたので、興味を持って買ったのかもしれない)。私は、ここでもなぜか第1番よりも、第2番の暗い晦渋な作風に親しみを持ち、何度となく聴き込んだ。特に終楽章の異様なまでの緊迫感にゾクゾクするような気分を覚えたのが強烈な印象となっていて、10年以上経っても「この曲をダスビで聴きたい」という思いに繋がっていった。ちなみに、お茶の水のディスクユニオン(今とは違い、御茶ノ水駅御茶ノ水橋口と聖橋口の間のビルのすごく狭い2階にあって、輸入盤の安売りし過ぎで?あっという間に潰れたディスクマップと一時期並んでいた)でチラシを見て、初めてダスビ定期を聴きに行ったのが、『バビ・ヤール』の第5回定期(1998年)となる。

チェロ協奏曲第2番が持つ時代的な「文脈」と構成

◇このCDも今になって有難みが増すわけだが、ライヴ録音で、その演奏会の日付は1966年9月25日、ショスタコーヴィチ満60歳の誕生日世界初演の記録だとされている!(もっとも、今はDVDが手軽に手に入るのだった。ただし、第2楽章冒頭にわずかな欠損があるか?クライマックスについても後述*2)今回、聴き直して認識したが、確かに異様な迫力のある、充実した演奏であるが、終焉後まもなく熱いブラヴォーの声が入っている。作曲家60歳記念の、晴れの演奏会、という一般的な理由もあるとは思うが、やはりそこには作曲家と演奏家と聴衆の間の、ある共有された文脈、というものがありそうである。

◇それを私なりに想像してみる。改めて初めから聴いてみよう。第1楽章(ラルゴ):冒頭からチェロは息を詰めたような苦しい声で歌う。低弦もそれに応えて、まずは重く沈鬱な雰囲気に支配されて曲は進行していく。これを単純に時代的風景に落とし込めば、1964年フルシチョフ失脚→ブレジネフ時代というソヴィエト再保守化の流れが想像される。「時代は再び暗い冬へと向かっている」という呟き。交響曲第11番第1楽章の「宮廷前広場」にも通じるが、人々が息をひそめて生活する雰囲気が、弦楽とハープで描かれていく。

◇しばらくその暗い情景が続いた後、楽章の半ばで、打楽器と木管により少し明るい機械仕掛けのような単純な音型が繰り返されて場面が変わる。『ボリス・ゴドゥノフ』でも重要な転換となっていた「時計の場」(殺人者・簒奪者ボリスの正体がほのめかされ、その罪に恐れおののく場面)の再現だろうか。実際これを転機に(ここではまだあの旋律は姿を現さないが)、木琴などに動きが出て、曲が高潮してくる。「時が迫っているよ、その時が…」。しばらくすると木管に調子が狂ったような音型が出て、そこからチェロは明らかに慌てふためいて、苦しげに呻きだす。そして、苦しみが頂点に達したときに「ドンッ、ドンッ」と大太鼓の衝撃とチェロ独奏だけの掛け合い、という強烈な場面が現出する。ここは今回のダスビの演奏の白眉で、このぶつかり合いの迫力は初演を超えていたかもしれない。それで初めて分かったのだが、これはショスタコーヴィチ自身の心臓が停まる時の衝撃に違いない、ということである。

◇年譜等によれば、ショスタコーヴィチはこの1966年に体調を崩しがちになり、4月にクリミア地方の保養所で療養している。チェロ協奏曲第2番が書かれたのは実はこの時で、4月19日にクリミア地方に出発し、8日経った4月27日には曲が完成していたという。そして、1ヵ月後の5月27・28両日に自作の歌曲集をバスのネステレンコが歌う演奏会で伴奏を務めた翌日、心筋梗塞を起こして緊急入院することになった。作曲の方が心筋梗塞の前ではあるのだが、予兆じみたものは当然4月からあったのだろう(実際に心筋梗塞を起こした人は、やはり少し前から胸が痛いと語っていたという…)。ここで私はなぜかガンズ・アンド・ローゼズの名曲「Coma」を思い出したりもするのだが、先を急ごう。

◇そして、再び音楽は暗く静まり、第1楽章は幽かな安らぎを見出したように終わる。第2楽章(アレグレット):短いスケルツォ的な楽章。滑稽ではあるが、戦慄と隣り合わせになったようなバカ騒ぎといえようか。強いて言えば、破戒僧グリゴリー(後の僭称者ディミトリー)がその正体を見破られて脱走する『ボリス・ゴドゥノフ』の旅籠屋の場面を連想しなくもない。ただし、この楽章のおどけた主題は、ペトログラード時代に母が街頭でパン売りの時に歌った「買ってください、ブーフリキ(というパン)」の旋律だという説もあり、さらに検討が必要なところである。

◇曲はそのまま続けて、第3楽章(アレグレット)に入る。2本のホルンによる粗野なファンファーレが鳴り響く中(「さあ、ここから闘いが始まる!」)、独奏チェロは再び力を得たように行進し始める。時に、誇りに満ちた古典的な歌を繰り返し歌いながら、力強く唸りをあげ、R.シュトラウス張りに英雄の勇敢な歩みが続いていく。これが、この楽章の前半で、時に木琴や木管による冷やかしに煽られながらも、チェロは力強さを失うことはない。

◇第3楽章のやはり半ばで、ふと歩みが止まり、チェロは何気なく『ボリス・ゴドゥノフ』導入部の主題を5/4拍子で歌う(単純な変形だが、私はずっとこの印象的な旋律に気づかないまま聴いていたわけだ。DVDで視ると、ロストロポーヴィチはひときわ慎重に弾き出しているようにも見える)。この主題の繰り返しとともに、再び時計の音型がなる中、曲は切迫して緊張感を高めていき、『死の歌と踊り』の第4曲で司令官としての死神が出現する場面と同様に小太鼓が刻む中から、再度のホルン・ファンファーレへと繋がり、一気にカタストロフィに突入する。混濁した打楽器とハープと木管とホルンの圧迫するような響き、この異様な緊迫感(映像で見ると、スヴェトラーノフの指揮は鬼気迫り凄まじくキレがある)は、交響曲第11番の第2楽章「1月9日」の殺戮の場面を内面化したものと言えるかもしれない。あるいは、『ボリス・ゴドゥノフ』で言えば、ボリスに偽帝の烙印を突き付け、それに従っていた貴族を吊し上げようと猛り狂う民衆を描いたクロームィの森の「革命の場」に相当するか(ムバラクのような「良心的な」独裁者の言うことが100%間違っているわけではないのだが、民衆は聴く耳を持たない…)。その直後、チェロは奇妙な高音のシグナルとも何とも付かない叫びをあげて救命を求め、のたうちまわって転げ落ちる(初演ではそれと同時に、おそらくスヴェトラーノフの唸り声が聞こえる。DVDで確認すると…なんと!その部分が短くカットされている!もちろんチェロソロの音もわずかだが切れている。ソヴィエト的価値観か)。その後、チェロは再び風格を取り戻し英雄的な歌を繰り返す。「最後の闘いは終わった。もはや苦しむことはない」。寂しげな憂いの歌を歌って、ゆっくりと歩みを止めた後に、チェロのピツィカートと打楽器のチャカポコが入る。小刻みなコキコキした音は、ショスタコーヴィチ自身がそのシャレコウベを傾けてカタカタと笑う音なのだろうか?

◇さて、こじつけ的なものも含めてこの曲の場面場面をムソルグスキーの『ボリス・ゴドゥノフ』と重ね合わせて理解を試みた。暗い時代の人々の生き様とショスタコーヴィチ自身の歩み、近づく自らの死の予感、ソヴィエトの作曲家として譲れられぬ地位を勝ち取ってなおかつその政権を風刺し続けるその姿、偽の支配者ボリスと自らの出自を偽ってその地位を奪い取る僭称者ディミトリー(単純に=ドミトリー・ショスタコーヴィチだろうか?)、ついでに言えば、クロームィの森で吊し上げられそうになり、僭称者ディミトリーに救われて寝返って、民衆とともに進軍する貴族の名前はフルシチョフだったりするわけだが、そこまで直接に当てはめる必要はないだろう。

◇本物の政治指導者を持つことができないロシアの苦しみというムソルグスキーの歌劇の主題は、ショスタコーヴィチの問題作交響曲群に引き継がれた。そして、このチェロ協奏曲第2番は、英雄の生涯」を示した交響曲第10番(「 第16回オーケストラ・ダスビダーニャ定期演奏会の感想 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」)と、ロシアの史劇である第11・12・13番と、「死者の歌」である第14番と、生涯を締めくくってチャカポコで終わる第15番を結びつける要にある作品であるといっていいと思う。

◇ついでに言えば、同年作曲の弦楽四重奏曲第11番ヘ短調Op122は、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第2〜14番を初演したベートーヴェン弦楽四重奏団の第2ヴァイオリンを務めたヴァシリー・シリンスキー(ショスタコーヴィチより5歳ほど年上)の死に捧げられた、7楽章の諧謔と追悼の曲。第5楽章「ユモレスク」など、ほとんど音楽の「語り芸」の域に達している(これまた酔っ払いワルラームの歌に似て極めてムソルグスキー的だ)。

◇また、翌年2月に完成された、アレクサンドル・ブロークの詩による7つのロマンスOp127は、オフェーリアに象徴される抒情と予言の鳥ガマユーンに象徴される苦悩が交差する曲集(ヴァイオリン、チェロ、ピアノ伴奏)で、最終曲「音楽」の「夜、地上に満ちる妙なる音楽〜君がいれば人生の嵐がなんであろう〜宇宙聖母よ、あなたの卑しい奴隷から血と苦難と最期の情熱の泡立つ盃を取りたまえ!」(大意)といった歌詞は、ショスタコーヴィチの当時の心境を示して余すところがない。ちなみに、ダスビのアンケートには、未だ取り上げられていない交響曲第14番と、交響曲第16番とも称されるミケランジェロの詩による組曲Op145(1974)のリクエストを出していたりする。なかなか条件を整えるのが難しいとは思うものの、ぜひショスタコーヴィチの歌曲もより広く聴かれることを願う(歌詞対訳があれば無類の音楽体験が得られることは請け合いである。ユニヴァーサルのスタンダードな作品集。現在注文はできないが、試聴できる)。

◇私がかつて終楽章の後半の異様な興奮に思い入れていた背景をこうして再度『ボリス・ゴドゥノフ』を合わせ鏡にして読み取ってみると、この謎の曲の意味(あるいは少なくとも曲の構成)を捉えなおすことができるように思う。

個人的な「チェロ協奏曲第2番」からの道(1978〜2009)

◇さて、以下はもはやダスビ演奏会と全く関係ないところへ逸脱するが、なぜ私が昨年の演奏会前にはこの曲の本義を見失っていたかを少し書いておきたい。

◇この曲は、作曲者自身の「死」の意識に近しいところにある。私がこの曲に惹かれ、この曲を遠ざけた理由も「死」にまつわると思う。

子供のころ、ショスタコーヴィチより5歳年上だった母方の祖父が、ショスタコーヴィチより何年か後に亡くなった時、私は死に装束を付けた祖父の姿を見ても、その事が持つ意味をまだ捉えることはなかった。生前と同様、死に姿も立派だった(板垣退助のような白いひげを蓄えていた)と単純に見とれていた。しかし、後から思えば、その祖父が亡くなった後には、親類の絆は急速にほどけていった(もっともその主因は家の家族だったかもしれない)。

◇人の「死」、あるいはその予感が私に深刻な打撃を与えたのは、中学校に上がるころに母の不治の病の宣告を受けた後だった。私は、その事を受け止めることができず、独り、寝る前のベッドの中で涙に暮れた。その名のとおり、幸いにして、母は現在も存命なのだが、私はその後の数年間、凄まじく荒れた公立中学校やきょうだいとの不和などに苦しみ、今思えば神経性の体調不良や種々の非行に陥り、「自分は長くは生きられない、30代までには死ぬだろう」と思っていた(ただ、なぜかその時すぐ死のうとは思わなかった)。

◇思えば、そのころにクラシック音楽を聴き始めたのは、多少の救いになっていたのだろう。そこにある(特にロシア音楽の)、激しい情熱や苦悩や誇らしさや美しさ、愛しさ、そうしたものを私は自分を理解する、受け容れるための手掛かりにしていたと思う。そこで、この曲についても、その精神的な苦闘に共感して聴き入っていたと言える。

◇ようやく大学に入ったころには、そうした苦しみからやや遠ざかることになった。しかし、以前にも書いたように*3哲学科のゼミでは「死」と「弔い」の意味について論じられ、私はその主題を引き継いで、鎌田柳泓の「理学」に即して、死者は生者の思念の対象として存在する(カント的な神の存在の「要請」と同様に)ことを論述したのだった。

◇しかし、職業生活に入るころには、再びその弱さが私を苦しめた。特に、2003年と2009年に、自分がその人の苦しみのメッセージを最も近しく受けることができる位置にいた相手を、それぞれオーバードースと勤務中の心筋梗塞で失った(私より年下の苦しむ人たちだった)。私は、あまりに鈍感で非力だった。前者の後、私は完全な挫折を味わって、しばらしくして職を辞し、自らも少しく病んだ(そもそも2005年にスタートした当ブログも、そこからの精神的リハビリの意味も込めて書き始めたものだった)。さすがに、後者の際には、残された友人の何人かを勇気づけるために力を尽くしたものの…(「 「たまきはるいのち」を奪うものへの抵抗(その3 身辺雑記より) - ピョートル4世の<孫の手>雑評」)。ようやくここまできて、私は自分が力を付け、それを人のために使うことを多少覚えた(それでも、街中で救急車の音を聴くとドキリとしあるいはボンヤリとし、倒れた人を助けに駆けつけるのすら躊躇してしまう、気弱な私がいるわけだが)。

◇同僚の一周忌が近づく中、私はこの曲の本質から目を背けていたような気がする。―そうしたことを思い出して、私はようやく書けなかった1年前の感想を書いて、20年来の私の思いを整理することになった。

◇なお、演奏会当日は、映画『馬虻』の音楽(第11回、2004年に組曲で取り上げられた)から夜想曲がアンコールとして演奏された。こちらは、悩ましげだが実に美しい歌が独走チェロによって歌われて、難曲に迷っていた人も含めその美しさに浸ることができたはずである。

交響曲第6番ロ短調Op54(1939)

◇さすがにこの曲の詳細まで語る力が残っていない。ダスビとしては第6回(1999年。早くもヴァイオリン協奏曲第2番が取り上げられた回だったが、私は欠席)以来の再演。

◇この曲の第1楽章の重々しさ(やはりラルゴの緩徐楽章である)は昔から好きだったが、演奏によっては中途半端に感じることもあり、案外難しい曲だと思っている(ちなみに、ウィキペディアの記述によると、第12番の原型とも言われるらしい「交響曲第6番 (ショスタコーヴィチ) - Wikipedia」)。今回の演奏では、全曲を通して、クラリネットの装飾的な音型が目立って美しかったのが心に残る。

◇第1楽章では、弦楽の細かいトレモロが交響曲第11番の「宮廷前広場」を思わせるレベルの緊張感を孕んでいたのが、ダスビらしく好ましい。第2楽章は、次第に加速して気持ちよく爆裂し(これもしかし『ボリス・ゴドゥノフ』のリトアニアの城の舞踏の場面を思い出させる宇宙的な広がりを持つ音楽だ。って何でもムソルグスキーに聞こえてしまう…)、第3楽章は、リズム遊びかと思われるくらいの舞踏的楽章で盛り上がる。ピッコロフルートの「駆け回り」が実に見事に決まっていたと記憶している。凡庸な感想だが、快演であった(第6回もCDで聴くと相当良い演奏をしているので、また聴き比べてみるといいかもしれない…)。

◇景気よく盛り上がったところで、アンコールは、『モスクワ・チェリョームシキ』〜「モスクワをドライブ」(2000年以来のトリフォニーだったから?懐かしい)、映画『コルジンキナの冒険』の音楽より「追跡」、白川団長編により第11回アンコールで(2回繰り返して!)披露されていたもの。これが、目が回ること遊園地みたいな実に楽しい曲に仕上がっているのである。今回も繰り返して(掛け声かけましたよ)、ここまでズンチャカなフィナーレになるとは思わなかった〜、という締めくくりで昨年のダスビの祝典は終わったのであった。ダスビダーニャ! ぜひ20日の第18回に参集されんことを!!

【1年前の感想のリンク集、でございます】

2.11ダスビ演奏会: ひげぺんぎん不定期便

今年はトリフォニー: 走れコウタロー

つれづれ旅日記 : 第17回ダスビダーニャコンサート  2月11日(木)

YosibeiのB席 タコ祭、ふたたび。

Twinkle日記 : オーケストラ・ダスビダーニャ!

オーケストラ・ダスビダーニャ 第17回定期演奏会 に行ってきた: 日々是変日

くらしっく日記3: タコオケの6番 - 長田&オーケストラ・ダスビダーニャのショスタコーヴィチ6番、ベルリン陥落

お局は愛されるより恐れられろ     : オーケストラダスビダーニャを聴く

2011-01-16 (日)

[] 杵屋正邦の「風」「第5風動」

2005年の記事で紹介した「現代邦楽バルトーク」こと作曲家・杵屋正邦(1914-96)を再び紹介。邦楽演奏会では杵屋正邦の作品は定番の1つだが、一般に聴かれる機会は少ない。特にクラシック・ファンにはお勧めしたい。

◇まずは聴かないと話にならないということで、You Tubeから。

「風(杵屋正邦)野澤徹也@別府速度を増す4分過ぎくらいが聴き所。実にカッコいい!

尺八曲 第五風動 杵屋正邦作曲 邦楽アンサンブル"楽楽"」(尺八五重奏)

◇下記著作(私もまだ入手できていないが)等によると、杵屋正邦には1354曲もの作品があるとのこと。こういうご時勢なので、楽譜出版元が倒産したりしているようで、心許ない。素晴らしい作品群がより広く聴き続けられんことを願う(…というか、邦楽を代表する作曲家なのだから、せめて作品集のCDの1枚くらいあってもいいのではないだろうか?)。

【CD・書籍リンク

◆琴二重奏曲「波」収録のCD(筝:沢井忠夫・沢井一恵)

現代筝曲−沢井忠夫

文句なしに美しい曲。杵屋正邦入門に適しているかと。

◆「風動」収録のCD(尺八:青木鈴慕・山本邦山・横山勝也)

 都山流尺八−山本邦山

◆「第三風動」収録のCD(尺八:横山勝也・古谷輝夫・真玉和司)

 竹韻−横山勝也・尺八の世界 (リンク先に試聴あり)

吉崎清富『杵屋正邦における邦楽の解体と再構築』

 何よりこうした研究書が刊行されたこと自体が貴重。

【その他リンク】

◆杵屋正邦(吉川博久)日本人名大辞典

 杵屋正邦 とは - コトバンク

◆CDを紹介した2005年の記事

  杵屋正邦の「風動」「第3風動」 - ピョートル4世の<孫の手>雑評

◆吉崎氏著作へのコメント

 戦後日本音楽史における杵屋正邦 - 教育史研究と邦楽作曲の生活

◆楽譜入手困難について

 杵屋正邦

2010-07-04 (日)

[] 毎日ボートマッチえらぼーと)結果

◇私の各党との一致度(%)は例えば下記のとおり。

政党全体憲法外交財政経済くらし政治の仕組み国のかたち
民主党45283228446071
自民党34412329213061
みんなの党3337287243963

結果詳細 毎日jp(毎日新聞)

◇以前と同様、憲法や安全保障ではやや自民党寄りだが、今はどちらかと言えば内政重視の時と考える。みんなの党は、顔触れ・主張から「経営者政党」の感がなくもないし、どれだけの勢力になれるのか疑問、財政面からも非常に合わない結果となった。自民党は人材払底の感を否めない。その他は言わずもがな(自民党脱退互助会か、主義主張が空想的か)。

◇ところで、衆参国会議員の定数削減なども話題になっているようだが、歳費等を1人/年3,500万円とし、衆参で200人削減したとして、70億円。事業仕分けで捻出されたとされる2兆円(無駄削減公約7兆1,000億円よりは確かに少ないが)の100分の4に達しない。本当に意味があるなら節約にはなるかもしれないが、偽争点もはなはだしい。国政の運営のため、官僚をコントロールするため、政治家をケチってどうするのか?

◇個人的には民主党単独過半数を望みたいが、菅総理の不用意さにはちょっとがっかりさせられた。ここで間違えば、ゼロ年代後半の末期自民党他連立政権下の停滞の再現となるほかない重要な局面だと思うのだが。相変わらずメディア報道姿勢も低劣だ(あたかも国の方向を必死で誤らせようとするが如き挙げ足取りの繰り返し)。しかし、それ以上に民主党の街頭活動の覇気のなさはどうかと思う。昔ながらの選挙カーのうるさいのは最悪だが、せっかく街頭に立ちながら「勝つ気」すら感じられないのではやってる意味がない。

そもそも世論調査結果に引っ張られてどうするのか? 国を、世論を先導していくのが政治家の仕事ではないのか? 集合的知性の時代であっても、やはり民衆はあらぬ方向に蠢いていく。それを正す気概を持つぐらいでなければ、国政など担えるはずがないではないか。

◇とそんな感じで、候補者選びにも熱が入らなかったので、毎日新聞のえらぼーとは従来以上に役に立った。選挙区・比例ともに迷いが消えた。

2010-06-20 (日)

[] 「消費税増税論」について

◇先日、菅総理大臣の実現前に、私は反小沢の文脈で「消費増税なしの10年後の日本をもはや私は想像することができない」と書いた(「 今こそ民主党政権を徹底的に支持する。 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」)。

ニュースの画面には、ワールドカップに便乗して爽やかそうに意気をあげている人や、今に至ってなおできもしないことを放言している人たちが映っている。私の目には、偽善が過ぎるのではないかと見える。いや、偽善にすらならず、単なる無責任だ、と言うべきだろうか?

◇確かに、民主党マニフェスト修正手続きとしては、十分な説明がなされているとは言いがたい。しかし、この10数年来の日本政治は、小泉時代の「任期中には消費税を上げない」を含めて、いわば「いかに国民が納得する形で消費税を上げるか」を巡って揺れ動いてきたと言っても過言ではない。

◇さらに遡れば、大平内閣以来30年を超えて引き継がれてきた問題だと言える(「消費税 - Wikipedia」)わけで、その意味では90〜00年代の(主に自民連立政権下の)政治も、歩みは遅いながら、国民への自覚を促してきたと評価できる。誰だって負担が軽いに越したことはないわけだが、そろそろ文字通りの「年貢の納め時」ではないだろうか。

◇むろん仮に増税が実現したからといって、財政は当面苦しいままだし、景気落ち込みのリスクがある。それでも1970年代以来の構造の歪みを正していくための数少ない好機が訪れつつあると思うし、そのように正面から道を進むのが、結局私たちらしい行き方なのではないだろうか。