2007-07-18 (水)
■[時事評論] 7.29参議院選挙に想うこと
目次
- 【1:ポスト小泉時代の小康の中で―隠れた「大状況」】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評
- 【2:「安倍・小沢状況」の曖昧さ】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評
- 【3:安倍政権の混迷―その心理と論理】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評
- 【4:参議院の位置づけ問題】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評(7/25掲載)
- 【5:世論調査と選挙結果―「アナウンス効果」はどれだけあるか】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評(7/26掲載)
- 【6:久間章生防衛大臣「原爆容認発言」を改めて弁護する】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評(7/28掲載)
(全文を続けて表示するには、7-18の日付をクリックしてください。)
■【1:ポスト小泉時代の小康の中で―隠れた「大状況」】
◇今回の7/29参議院選挙は、多くの有権者の関心の高さ*1とは裏腹に、日本を取り巻く「大状況」を語りにくい選挙という印象をぬぐいさることができない。
◇2005.9.11総選挙に臨んでは、私も―というか、私なぞが―「私たちの時代の『文化戦争』」*2なる一文を草して、1970年代以降のアメリカ覇権の衰退から、その巻き返しとしてのグローバリズム、それを受けた日本での葛藤としての「文化戦争」などを一気にたどるという威勢のよさを示していた。しかし、今回の選挙での争点については1ヵ月近く前から書き始めたものの、どうしてもまとまった見解を得るにいたらない状態が続いた。
◇その理由としては、「小泉時代」と現時点とのいくつかの情勢変化によると考えられる。まず、経済では、2000年代前半の危機も去って、実感は薄いとはいえ好景気が持続している。就職は売り手市場で、根本的に問題が解消されたわけでは全くないだろうが、引きこもり、ニート、フリーター、ワーキングプア、格差…と論じられてきた一連の問題系の議論は、瞬く間に退潮してしまった。
◇また、国際情勢も一応の安定を見ている。「米下院外交委員会の慰安婦問題決議」をめぐる安倍首相の対応の拙劣さについて、内田樹先生が触れている*3が、小泉時代の日本などの国連安保理常任理事国入り運動とそれに対抗した「反日攻勢」の緊迫感からすれば、状況そのものが色褪せて見える。
◇「人権」を掲げられると、「歴史」問題(特に「戦争責任」問題)がやっかいだという状況は確かに続いているが、温家宝首相の国会演説に象徴される対中関係改善(日本側の対中国政府不信もやや和らいだか)の中ではそれほど危機的とは感じられず、そのこと自体やはり「歴史」問題そのものの政治性を語っている。
◇ついでに言えば、最近の食品・玩具などの安全性や労務環境をめぐる報道で、「やはり発展途上国だった中国」の姿が白日の下にさらされたことも、日本人の反中感情をかえって和らげる要因になっているのではないかと想像する。
■【2:「安倍・小沢状況」の曖昧さ】
◇そんな中で、この選挙で「大状況」を語りにくい最大の理由は、日本の政治状況そのものが停滞していることと言えるのではないだろうか。民主党の枝野幸男が批判するように*4、「安倍・小沢状況」は小泉時代に比べると「1955年体制ぶりかえし」的状況としか言いようがない。
◇小泉時代にあれほど機能的(少なくとも「効果的」)に運用されていると思われた「政治の2001年体制」*5はどこに行ったのか。大臣の「失言」「金脈スキャンダル」が続けて集中砲火を浴びるさまは、まるで1980年代後半から90年代の政治状況がフラッシュバックしてきたかのようである。
◇選挙への関心が高い一方で、問題はどんどん矮小化されている。「年金支給すぐやります、全員に払います」「被災地にかけつけました」「怪我しました。大したことではありません」「立候補したけど、投票権がありませんでした」etc.
◇最大の争点は一応「年金」とされるが、実際はそうした問題に象徴される「危機管理能力」「問題解決能力」の競争になっている。小選挙区制による2大政党化からすれば、政策そのものの対立軸より政権奪取の激突の様相を呈するのは、当然と言えば当然である。
◇しかし、その際に「自民党の安倍晋三、民主党の小沢一郎」という構図がそもそも極めて曖昧なのである。前回総選挙に際して私は「政党内での政策合意プロセス」の弱さについて触れた*6が、その状況は何も変わっていないように思える。
◇党首の顔、ということで言えば、「自民党と安倍晋三」「民主党と小沢一郎」というのは、党に対しての代表性そのものに違和感がある。経世会的利権自民党の総裁でもなく、小泉「改革」路線の忠実な継承者でもなく、岸信介的自立路線の実行者でもなく、なにやら正体不明の安倍晋三。間違いなく小泉純一郎的「改革」の先駆者ではあるが、一方で経世会的自民党の本流の残像を強くイメージさせる小沢一郎。その2人が、自民党と民主党とを代表して闘うというのは、イメージとして分かりやすいものではない。
◇一方で、統一地方選でも見られたように、民主党の地方浸透が一定程度進んだ感がある*7など、政治状況全体の変化は列島全体に広がっており、地殻変動は続いている。表面的な争点としては身近な生活密着型・能力競争型のものになっているが、深部的には国際・国内情勢の変化を踏まえた路線選択の機会になっているのが、今回の選挙かもしれない。
◇単に、「小泉政権下での総選挙で衆議院の議席で自民党が多すぎるから、今回は民主党に入れておこう」「安倍は小泉ほどの指導力がないからダメだ」というだけであれば、おそらくこれほど選挙への関心が高まることはなかったのではないか。やはり2005年の郵政総選挙で一つの頂点に達した深部流動はまだ動き続けて、今回の選挙への関心の高まりもその1つの現われなのではないか、と考えている。
◇ところが、両党首の位置づけの曖昧さから、例えば憲法改正の現実的議論などは期待すべくもない状況に立ち至ったのは、この節の最初に書いたとおりである。特に、その責任の多くは安倍政権の混迷にあると言ってよいのではないか。
■【3:安倍政権の混迷―その心理と論理】
◇私は、「頭ではおかしいと分かっていても、体が反応してしまう小泉政権」(坪内祐三)をあえて支持することを、積極的かつ両義的に表明し続けていた。しかし、安倍政権については発足前に一度間接的に触れた*8だけで、言及することそのものを保留してきた。この状況に至ってみて、改めてその態度は正しかったと思っている。
◇小泉政権の後を受けて、もしこの政権が「実務政権」に徹するならば、その基盤は磐石であり、相当の仕事を成し遂げる可能性がある、と私は考えていた。また、世間一般からの発足当初の高い支持率もそこに期待したものだったと考える。
◇しかし、実際の安倍政権は佐田玄一郎行政改革担当大臣辞任から始まって、松岡利勝農水大臣自殺を頂点とし、その後任の赤城徳彦農水大臣に至っては自分の言葉で話すことすら許されていない半大臣でしかないようだ。これで選挙前に支持率が伸びる方がおかしい、といった状態ではないだろうか*9。
◇7/8(日)の、NHKの生放送特番『“政治決戦”迫る〜参院選 攻防の焦点』で扱われた、民主党が相当自覚的に「年金問題(の対応への不信)」を争点化した様子を見て、6月半ば、ちょうど関東の梅雨入り宣言後の暑い日ざしが照りつける日に、じわりと「これは何かが動くかもしれない」と思った直観を思い出した。
◇しかし、その後の安倍政権の混迷振り、選挙情勢の加熱ぶりは想像を超えている。野党が選挙向けに焚きつける問題はいつでも必ずあって、国民の大多数はそうした手口は半ば無意識に見抜くものだと思う。しかし、今回は内閣の諸々の問題への対応のまずさから、流れは野党に圧倒的に有利になりつつある。
「キャラクター設定」の問題
◇なぜ安倍政権はここまでの混迷に立ち至ったのか。その原因としてまず思いつくのは、安倍氏の「キャラクター」の問題である。「小泉」の後で誰が首相になっても、あの「小泉」と比較されて損をするのは当然なのだが、安倍首相は「戦後レジームからの脱却」なるそれ自体意味不明の理念を掲げたものの、キャラクターでのマイナス面が大きすぎて、政権はその理念とともに自壊しつつあるように思う。
◇そのマイナスとは、ネット上で早くから画像的に中傷されていたように顔がヒトラーに酷似しているとかそういったレベルで済んでいればまだ良かったのだが、決してそういうことではなく、むしろ政治的なキャラクターの「設定」の問題である。
◇先日、公示に合わせた各党党首出演のニュース番組を見たが、安倍首相はディベート的には無類の強さを見せる。議論の進行に合わせた論理の展開も巧みだし、要所要所で説得力がありそうなデータを誇示し、相手の矛盾点を指摘して実にスキがない。しかし、その一方で、他の人間が首相を批判しているのを聞く態度は不遜なにやけた笑みを浮かべて聞き流す態度で、はっきり言って一国の首相としては軽量で下劣な人物に映る。
◇一方で、首相の定例インタビューでは、非常に評判の悪い「カメラ目線」。誰かが「壁を見ているよう」と評していたが、視線がカメラの焦点とは微妙にズレて、眼を動かしているわけではないのに宙吊りの不安定な感じに与える。これは、そもそもの安倍首相のキャラクター的な古さと「2001年体制」下の首相イメージとの齟齬が大きすぎるため、かえって過剰に演出を意識した結果だろう。
◇また、同じくインタビューの口調は、力強く断言するようでいて肝心なところは早口に流れ、時に口の形までゆがんで非常に見苦しく聞きづらい、という悲惨な様相を呈しているように見える。
◇一応断っておけば、これは首相を揶揄・中傷しているのではなく、その外面に現れるものが本来の地力以下になってしまっているという指摘である。念のため。要するに、何をやっても「小泉の下手なマネをしているただのおじさん」に見えてしまう、ということである。
◇これが単に「キャラクター」の外面的特徴の面だけに限られれば、それは失望をもたらすものであっても、不信につながることはないだろう。ところが、安倍首相の行動面、つまりは政権の運営に見られる「キャラクター」がまた問題含みだと感じられる。安倍首相が実際に政権を担当して印象付けたのは(当初の中韓との関係改善を除けば)スキャンダルしか思いつかないくらいである、と言い切ってしまいたい衝動に駆られる。
◇小泉も、当然ケレン味はたっぷりだったし、強引な手法や詭弁には事欠かなかった。しかし、それでも小泉の場合には、ある種の「本気」を感じさせた。彼が「感動した!」と叫ぶ時、単なる演出とは思えないところがあった。
◇小泉の「キャラクター」が、いくらか時代の要請に適っていたのは、その前史としての1990年代の停滞があったからである。経済の1940年体制の病根は、至るところに腐敗構造を生んでいた。しかし、政治は1955年体制の下で、田中角栄的なものと野党との癒着にまで至り、当面する世界的転換を前にして何ら有効な行動を取ることがない(または致命的に遅れた反応しか起こさない)ように思えた。これらの旧体制は、宮台真司が示す用語なら「権威主義的コーポラティズム」と対応する*10 。
◇少なくとも、小泉純一郎が示す方向性は1940年代からの「権威主義」とは無縁に見えた。超国家主義とも、占領下とも、冷戦とも、高度成長とも、バブル的腐敗とも違った、過去の負の遺産を切り離して新しい時代に向かっていく力を感じさせた。
◇さて、一方で安倍首相の取った政治行動はいかなるものだったか。小泉や青木幹雄の影響力からの自立を意識しているのかもしれないが、政権・与党を動かす中川秀直幹事長や塩崎恭久官房長官の動きは、能力がないわけではないだろうが、人望は感じられず、強引な部分だけが目立つ印象を与えている。
「2001年体制」の首相としての評価
◇小泉の権力の基礎には、人事権の活用があったが、安倍内閣はそこで失敗を重ねた。内閣の人選には、前政権からの置き土産もあったような報道にも接したが、それにしてもスキだらけだった。また、大臣の問題が明らかになった後の対応もすべてが後手後手に回っていた。
◇その繰り返しは、(当初はメディアが煽っている感があったにしても)次第に政権の危機管理能力への疑問の念をつのらせていった。小泉人事が時に思い切った更迭をも辞さなかったのとはあまりに対照的だった。
◇まして現職閣僚の自殺者を出すとは、誤用ではなく正に「慙愧の念に耐えない」ものだろう。もっとも私は、安倍晋三が「戦後レジームからの脱却」を本気で考えているのなら、久間章生防衛大臣こそ徹底的に守るべきだったと思っているのだが(後述)。
◇政策的には、防衛省の設置や着実な財政再建の取り組み、あるいは私がたまたま新聞で気づいたところでは、国民生活審議会へのオンブズマン機能付与方針(5/27『毎日新聞』朝刊)など、10年前なら立派な改革政権だと言えそうな政策を実施している。
◇一方で、教育3法などは、かなり旧時代的な左翼アレルギーに基づいた内容であり、私のような文化保守から見ても、現今の教育に対して何らの積極的寄与をもたらさないのではないかと疑わざるをえない内容だとしか言いようがない。
(それに関連して、教育再生会議の「道徳教育の教科化」の議論などは、これを考えた人間が「道徳」「教育」のイロハのイが全く分かっていないのではないかと思わせる。これについては、いろいろと書きたいことがあるわけだが、「『たまきはるいのち』を奪うものへの抵抗(その3)教育の論」の主題の1つなので、そちらに譲る。)
◇結局のところ、安倍政権が失態だらけで、その指導力のなさを国民の前に繰り返し誇示する結果となった理由は、やはり小泉純一郎の後継だったことに起因する部分が大きいだろう。「2001年体制」では、首相の指導力を発揮できる条件が整った一方、その「選挙の顔」としての役割が期待されるようになる。そこに必要なのは、当然「国民の支持」である。
◇安倍政権は、成立当初から過剰なまでに「国民の支持」「選挙での勝利」の獲得に執着して運営されてきた。その政権の土台にある強迫的な心理が、一方での様々な政権が直面する問題の軽視、それと裏腹の焦りと強行を生んできたのではないだろうか。
◇小泉があくまで自然体に、新時代にふさわしい「権力者」として振る舞ったのに対して、安部が力強い指導者として振る舞おうとするときの姿は、それは国民の目にさらされていることを前提とするがゆえに、硬直して、ひどく不安定で、基礎のない脆弱な構造物を思わせるのである。
◇むしろ安倍政権にはもっと違う可能性もあったはずである。衆議院での圧倒的な勢力、対外関係改善を背景に、もっと寛大にことを処し、実務的な政権運営ができたはずではなかったか。しかし、実際には神経質な強迫観念と強迫行為を思わせる行動が一定数の国民の支持を離れさせた結果になったと言えそうだ。
◇そうした状況から言えば、「年金問題」も一つの具体例に過ぎないのであって、その対応が常にあまりに単線的な選挙対策として、前倒し、前倒しで実施、または方針決定されていくさまは、現今の安倍政権の自律性喪失を端的に示しているものと言えるかもしれない。
◇一応、根拠らしいものを示しておけば、公示後の世論調査でも、安倍首相の最近の言動で印象が「悪くなった」が45%に達している*11。この失点は、対応のあり方次第ではずいぶん変わったのではないか、と素朴に思う。
小沢一郎は何を目指すのか
◇以上は、選挙の公示後に表に出す文章としては、あまりに中立・公平を欠く書き方だったかもしれない。それをフォローするわけではないのだが、私は小沢一郎に対しても抜きがたい不信感を持っていることを表明しておく。
◇「小沢神話」の一つとして、「選挙に強い」というものがあったが、それは旧来の田中派的金脈を前提とした上で、どこにどれだけのカネを巡らせば効果的に票につながるか、といった事務的経験に由来するものだったらしい(田崎史郎『竹下派 死闘の七十日』*12)。
◇90年代以降の小沢の動きを見ていても、消費税の税率設定や社会構想のニュアンスなどが選挙の際に語られる場合も、一貫したヴィジョンに基づくものと言えるかは疑わしい印象がある(こちらについては、ほとんど論じる用意がないので、先日、早野透『日本政治の決算』を読みつつ、当時の雰囲気を思い出した主観に過ぎないが*13)。
◇ただし、上記の田崎氏は、小沢の「改革」を権力闘争のうわべを飾るものに過ぎないと専ら否定的に見ている。それに対して、私は、その「痛みを伴った改革」のプランそのものはその後の改革論議の枠組みを規定したし、その原動力としては本気で改革を実行しようとする意図はあったのではないかと思う。
◇また、菅直人などの民主党の指導者については、能力はあると考えるが、そのやや左ブレしやすい政治理念には、もはや全面的な信頼は置けないように感じている。
◇さて、しかし安倍政権の支持率が下がったといっても、やはり旧自民党的末期政権に比べれば、十分高い支持率が続いている。ここから予想される選挙後の展望については、【5】で触れることにする。
■【4:参議院の位置づけ問題】
◇年金問題対応への不信感に火がついてから、久間章生防衛大臣「原爆容認」発言への非難の嵐と辞任劇、赤城徳彦農林大臣の事務所費疑惑、消費税率上げの争点化など、安倍内閣には「逆風」が吹き付けた。すでに公示前の時点で、6/30、7/1の世論調査では、安倍内閣は支持よりも不支持が20ポイント上回る状況となり、与党過半数割れは不可避で、関心は自民党が「小負け」「中負け」「大負け」のどれに着地するかだと言われていた*14。
◇今回の選挙で、安倍首相は勝敗ラインを示すことを拒んでいるが、竹中治堅氏がすでに4月発表の論文*15 で指摘していたように、首相の退陣ラインを、1989年宇野宗佑の36、1998年の橋本龍太郎の44が退陣、2004年の小泉純一郎の49が続投だったという過去の参議院選挙が引かれることが多い。
◇やや話は逸れるが、そもそも今回の参議院選挙でのこの「激突」感は何なのだろうか。議院内閣制の趣旨から言えば、衆議院とは異なり、「参議院選挙は政権選択の選挙ではない」というのが本来の姿である。
◇このあたりの事情については、『中央公論8月号』*16の飯尾潤・橋本五郎対談「参議院の歪みが政治の停滞を招く」で詳しく指摘されている。先の竹中論文と合わせて、いくつかの指摘を抜き出すと以下のようになる。
◇1989年以降の参議院選挙の結果により、自民党は連立政権を組まざるを得ない状態が続いている。しかし、参議院で野党が過半数を占めたとしても、それを梃子に衆議院でも逆転を起こさなければ、政権交代は起こらない。
◇政権交代がない中で野党が存在感を示そうとすれば、衆議院を通過した法案を否決できるが、それでは野党は単なる抵抗勢力になってしまい批判にさらされる。逆に、与党が対立を避け、無難な法案で参院通過を図れば、野党は単に与党に妥協するだけの存在になってしまう。
◇そういう状況の中で、実はかえって与党の参院勢力が、首相の権力を実質的に制限する難敵になってしまう。日本国憲法が与えた、強過ぎる参議院の権限が、2001年体制の首相の主導性を弱めてしまっている。
◇参議院は本来、議員が6年の任期を全うできる存在であり、長期的課題を検討するための「良識の府」とされているが、実際には半数ごとの改選が事実上、政権選択の機会(しかし、実際にはすぐに政権交代が起こるわけではないから、結局はガス抜きに終わる)になってしまい、(正に今回の安倍内閣への逆風選挙のように)選挙が多すぎて、すべての政策が選挙向けの目先のPRに堕してしまうという根本的な問題がある。
◇このように、今回の選挙以前の問題として、参議院の位置づけをどう設計しなおすかという問題がある。飯尾氏は、参議院に衆議院とは別の分野の権限を与えることを提案している。行政監視機能の強化(例えば、社会保険庁の問題を発見できるような)、憲法改正の発議権や最高裁判事または長官の任命権を参議院に与えることなどが示されている*17。
◇私は以前、ワンパターンな「参議院選挙の一票の格差」報道に対して、そもそも参議院議員には、衆議院とは違う地方代表という意味を持たせて、例えば機械的に各県2名の議員定数を割り当てたらどうか、ということを書いた*18。
◇確かにテクニカルな問題かもしれないが、そうした議論が表に出ないのは政治状況としては寂しい限りで、実に選挙の盛り上がりとは裏腹である*19。
■【5:世論調査と選挙結果―「アナウンス効果」はどれだけあるか】
◇選挙戦も終盤となり、公示後の世論調査結果、さらにはそれを受けての情勢記事なども各種メディアに出てきている。私はあくまで政治の素人であるから、素人なりの視点で選挙後の情勢を展望しておきたい。
◇以下、世論調査の結果を見ながら実際の投票行動を推測するのだが、地域ごとの票読みなどを考えているわけではなく、もっと大雑把な方向性を記述してみたい。それくらいはした方が展望なしに一票を投ずるよりはよいだろうと思うから。
「革命的」な結果は出るか?
◇安倍内閣の支持率急落の「逆風」が吹き荒れた、月末からの各種世論調査では、今投票する政党として、選挙区・比例区とも民主党が第1位となる傾向が明らかになった。その結果や雰囲気だけを単純に受け止めれば、「革命的」な与野党逆転さえ予想される。
◇「自民惨敗→安倍退陣→政界再編」といったドラスチックな結果を期待する人もいるかもしれない。安倍首相は「2001年体制」の首相としては国民からも党内からも不適格と判定され、退陣するわけである。
◇しかし、実際にはこのような世論調査と選挙結果の間には、しばしば大きなズレが生じる。90年代の選挙でも、大きく見れば自民党が次第に勢力を失う傾向は続いてきたが、1回の選挙で自民党が壊滅的な打撃を受けるようなことはなかった。革命的結果を想像するのは血がたぎるように興奮することではあるが、この夏の選択はもっと微妙なものになる、という方に説得力を感じる。
◇こうした情勢調査そのものに「アナウンス効果」があり、実際の投票日には「逆バネ」「揺り戻し」があると言われている。例えば、98年以降の選挙についての予測と結果をまとめた『中日新聞』のこの記事*20に触れられているように。
◇各種調査でも投票態度未定が3〜4割前後あるのが普通である。政党自身も、公示日以降投票日までの時間効果を懸念して、引き締めを図っている*21。故・渡辺美智男氏は「火事は最初の5分、選挙は最後の5分」と言っていたとか(今週の『SPA!』の福田和也・坪内祐三「これでいいのだ!」による)。
「揺り戻し」は起こるか?
◇獲得議席予想として穏当なのは、読売調査「与党過半数割れも、民主第1党の勢い」(7/14〜16、約4万人対象)*22の、予想議席が自民党40台前半、民主党50台後半で第1党に、くらいだろうか(それでも5月までの情勢では考えられない数字だが*23)。
◇なお、今回、各新聞社がネットモニター調査を行なっているが、どれも他の調査に比べて、明らかに民主党寄りの結果が出ていたため、ここでは無視している(ネット選挙運動解禁への姿勢などの政策が影響していると思われる)。
◇また、世論調査結果の中でも、単純に投票先を訊くのでなく、違う問いを設けた場合に興味深い傾向が見えてくる。そのいくつかの指標から、「民主勝利」はほぼ確実としても、やや大きな「揺り戻し」が起こる可能性は高いと思われる。例えば、
1.内閣不支持率は急増したが、支持率は30%で下げ止まっている感があること
◇投票先では民主党が増えているのに、年金問題への政府対応への評価や内閣支持率が回復した調査もある。
読売調査「民主党優勢続く、内閣支持率やや回復34.8%」(7/17〜19)*24
もっとも「読売新聞調査では内閣支持率が高めに出る」とはよく言われることだが。
2.安倍政権の現状に不満な人でも、相当数は(例えば、「宇野総理」とは違い)首相続投までは否定していないこと
◇公示前の調査ではあるが、安倍首相に「しばらくの間は続けてほしい」が46%、「できるだけ長く続けてほしい」が10%、一方で「続けてほしくない」31%という結果もあった*25 。
◇また、選挙結果への対応として、「仮に過半数を少し下回っても続投すべき」42.3%、「過半数を大きく下回っても総理を辞める必要はない」21.3%、一方「過半数を少しでも維持できなかったら総理を辞めるべき」33.6%という調査結果もあった*26。
◇ただ、一方で次のような結果もあり、長期本格政権への見込みはかなり厳しくなったと言える。
「世論調査 首相、人柄への評価も下降線」*27
政権の見通しの回答で「3年以上」が、発足当初の26.8%から9.1%に減少した。
3.民主党が安倍内閣に対抗する充分な政権構想を打ち出していると受け止められていないこと
◇民主党が年金問題への有効策を打ち出しているとは思わないが61%という、相当厳しい数字も出ている*28。
◇野口悠紀雄氏は、『週刊ダイヤモンド』連載「『超』整理日記」で、制度設計の観点から、年金を税方式にすれば「老年者に対する生活保護」になることの根拠などに疑義を呈していた。
◇やや議論が脱線するようだが、こうした政策・構想面で言えば、「改革」路線評価の難しさは与党にも当てはまる。そもそも小泉時代の道路公団民営化・郵政民営化への評価も定まっていない。
◇安倍政権の「骨太の方針2007」については、大前研一氏による、それがいかに骨抜きな内容かについての論評が出ている*29。
◇一方で、安倍政権の公務員制度改革について、堤和馬氏は『週刊東洋経済』7/14号で「新人材バンクは、道州制導入時に官僚を地方にふるいわける手段となり、国家改造の布石だ」とまで述べている。
◇ここで、【1】で問題にした「大状況」に帰れば、新自由主義(ネオリベラリズム、市場原理主義)と新保守主義(政治上の道徳主義)の結合型である安倍政権と、それに対して明確な方針を打ち出しきれていない社会民主主義(参加主義的コーポラティズム)という構図を見ることができる*30。
4.望ましい議席数で必ずしも与野党逆転が期待されていないこと
◇与党獲得議席数として「過半数を大きく上回るのがよい」9.8%、「過半数を少し上回る程度がよい」39.0%、「過半数を少し下回る程度がよい」30.8%、「過半数を大きく下回るのがよい」15.7%で、公示直前の時点でも与党過半数維持への支持が多かったように見える結果である*31。
5.政党支持率での逆転は少ないこと
◇日経調査「内閣支持率27%に低下・政党支持率、民主が初めて自民上回る」。
政党支持率が、「民主は前回から4ポイント上昇して30%となり、同6ポイント低下した自民の29%を初めて逆転した」*32。
◇なお、私の偏愛する『毎日新聞』では、議席数・政党支持率とも極端に民主党よりの結果が出ていてかなり驚いた。
毎日調査「選挙:参院選中盤情勢 与党、過半数厳しく」(7/19〜21、4万人規模)*33。
◇以上の要素から、瞬間的な「逆風」の強さはともかくとして、これで安倍政権が一巻の終わりとも言えない状況ではないかと思われる。安倍批判票の受け皿として、当面民主党は目一杯の支持を得ているが、それは「勝利」後に広い意味での「主導権」を持つことができなければすぐに離れるような性質の支持ではないかと思われる。
◇民主党の小沢代表の「負けたら政界引退」は、マスメディアでは「背水の陣」と紋切り型で表現されるが*34、小沢一郎が健康問題もあって、これから本格政権を率いるような望みがないことはいわば自明のことで、今更何を付け加えたわけではない。
◇小沢がどんな大勝利を得ようと、自ら首相の座に上ることはないだろう。週刊誌でも、勝てば勝ったで民主党指導部は岡田克也らが復帰するという観測記事が出ていた(先週の『サンデー毎日』記事)。
◇最終盤の情勢としては、自民「中負け」を予想しての「安倍続投・9月内閣改造論」が出ているようである。
「首相続投へ環境整備 9月にも内閣改造、参院選敗北でも」*35
「参院選:『首相退陣必要なし』政府、自民党から発言相次ぐ」*36
といった記事が出ている。安倍首相周辺では多少の過半数割れなら、国民新党や民主党内の反小沢グループ取り込みで逆転できると考えていたようだが、本格的に与野党逆転が起これば、野党が首相の問責決議案を提出して、解散総選挙に追い込むという観測もある。実際の推移は、この両極の中間線辺りをたどるだろうか。
◇なお、政治部記者の立場からの情勢予測と安倍続投へのオマージュの文章も出ている*37。選挙を単なる空騒ぎで終わらせたくないという思いには共感する。
比例区の候補者名投票とボートマッチ
◇なお、投票の際の基礎的事項に属するが、参議院選挙比例区投票では2001年から非拘束名簿方式が採用されたため、衆議院選挙とは違い、候補者名での投票ができる。
◇導入時に議論のあったもの*38だが、比例区の名簿を見ると、組織代表が多く、はっきり言ってあまり魅力的な候補者が並んでいるとは言いがたいので、個人名での投票を有効に使用すべきではないかと思われる*39。
◇また、『毎日新聞』の新しい試みとして、「毎日ボートマッチ えらぼーと」がある。21問に答えると、その回答と各政党候補者の平均的回答がどれだけ近いかを判定してくれる。
◇私は3回試して、最後に重要度をどこに置くかの重み付けで結果がぶれる印象があるが、2回目で自民候補者と44%一致、民主候補者と40%一致だった。核武装や集団的自衛権、また靖国参拝などで保守的な見解を持っているせいか。しかし、道徳教育や年金の方式(税か保険料か)など迷うところを変えてみると、自民41%、民主45%一致に逆転した。
◇いろいろ迷うだけでも、自分の方向性を知る一助になるし、投票先を検討するのに有益だろう。比例区候補者のアンケート結果との一致を確認できるので、候補者への投票を検討するには、有力な素材だと言えるだろう。
「Bing」
■【6:久間章生防衛大臣「原爆容認発言」を改めて弁護する】
分断された議論?
◇久間防衛大臣が6月30日の講演で「原爆投下容認とも受け取れる」発言をし、7月3日辞任した。その直後に書かれた、ブログを何件かちらと見たが、とりあえずベタなメディア論調迎合の書き込みしかなかった。例えば、「大臣失格だよね」「恥ずかしいよ」といった類の。
◇その同時刻に、例の2ちゃんねるの様々な掲示板では、むろん多様な見解が交錯していたが、原爆投下にいたる歴史的背景まで踏み込んだ書き込みも少なからず見ることができた。
◇一方では、典型的な「ネットウヨ」と言えそうな韓国・北朝鮮の陰謀論への批判・中傷の類も多いとはいえ、議論の成熟度という意味では、マスメディアとそれを受けたベタな反射的ブログが示す「タテマエ」論調よりも、2ちゃんねるに見られる「ホンネ」の議論の方がはるかに高度であると言っていい。私もこの「発言批判(というよりは封殺)」問題に際して、後者の議論に与したい気持ちでいる。
原爆の悲惨と受忍
◇まず「久間発言」そのものより、「久間発言は原爆投下を容認するものだという批判」動向を考えるというのが最低限の出発ラインだろう。今回の発言に前後をつけて読んで、「全く問題を感じない」「常識的な発言だ」と思う人は決して少なくないと想像される。私には、むしろ「産む機械」発言にはまだ失言らしさがあったが、久間発言はほとんど失言ですらない、とすら思われる。
◇ある人物の「発言」が、何らかの他者の利害に関わるときに政治問題化することはあるだろう。「ヘイトスピーチ*40」は、法的に規制されもする。
◇では、今回の「久間発言」なるものは、どこに問題があったのか。発言そのものの文脈は、原爆投下当時の国際情勢(特にソ連参戦)に触れたもので、教科書的通説とまでは言えないかもしれないが、論壇でありそうな言説からすればことさら特異な点があるわけではない*41。
◇今回問題とされた部分を引用*42する。
本当に原爆が落とされた長崎は、本当に無傷(ママ)の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなという風に思っているところだ。米国を恨むつもりはない。勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという、そういう思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るということも頭に入れながら考えなければいけないと思った。
◇単純にこの部分を読めば、アメリカによる原爆投下は、「国際情勢、戦後の占領状態などからすると」という条件付きで「しょうがない」と言われる。その「国際情勢・占領状態」とは、発言の前後で触れられている、戦争末期のソ連による参戦と北海道占領(南北日本の分割占領=国家分断)の可能性と、戦後の吉田茂による自由主義陣営への帰属の選択、といった事態を指しているだろう。
◇アメリカの原爆投下の決定には、当然道義的な疑問は残るが、こうした背景からすれば、仮に原爆投下がなかったとしてもまた別種の悲劇がありえた。そうした場合に、「あれで戦争が終わった」(別種の悲劇は起こらなかった)、感情としては原爆の悲惨さに打たれるが、「頭の整理」としては現在の同盟関係に至っているアメリカを「恨むつもりはない」、と言われている。
◇この発言のどこに「原爆投下の容認」が含まれるのだろうか。「しょうがない」というのは、日本国民が等しく受忍してきた国際情勢と戦争の悲惨の関係に触れているに過ぎない。
◇原爆だけに限った話ではない。日本の木造家屋向けの焼夷弾による都市空爆や、恣意的な(例えば、通学中の国民学校児童の隊列を狙ったような)機銃掃射は、どのような現実の中で起こったのか、その結果をどのように受け止めればいいのか、という問題である。感情的に現今のアメリカを恨むことなしにそれを受け止めるとしたら、どのような理路で可能なのか、という問題ではないのか。
◇今回の発言を、日本国・日本軍の「戦争責任」を追及しそうな人間たちが、「原爆投下を容認するとんでもない発言」であるかのように扱ったのは一体どういうことなのか。戦争における「悲惨」、戦後の「和解」、そういった事柄に少しでも感性を持ち合わせる人間であれば、今回の発言を上記のような文脈で理解できるはずではないだろうか。その意味で、こちらのブログの意見に全面的に賛同する(「久間発言「原爆投下、しょうがない」に思う - 通りすがりのブログ - 楽天ブログ(Blog)」)。
「言論の不自由」について
◇久間氏本人が政治家として、その発言が戦争を語る言葉として、何か優れたものだから擁護されるわけではない*43。それとは別に、この「発言」は擁護されるべきである。なぜならこの発言を糾弾する動きに「大きな欺瞞」があると考えるからである。
◇今回、「しょうがない」発言を擁護した発言として、私が接したのは、福田和也・坪内祐三両氏*44、櫻田淳氏*45、宮崎哲弥氏*46などの発言である。
◇確か坪内氏が言っていたように、この発言は「原爆投下を受忍するしかない」、私たちの現状を率直に言明したに過ぎない。それは、「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで」現在の日本があるということと別ではない。
◇先ほどの「大きな欺瞞」というのは宮崎氏の記事からとったのだが、櫻田氏の言葉でいえば「過去半世紀の反核の念仏」ということになる。「観念的な平和主義、戦後民主主義の欺瞞性」ということは90年代以来大々的に繰り返し言われてきて、いいかげん定着したかと思いきや今回のぶり返しである。
◇井沢元彦氏が『言霊』*47などで指摘してきた、日本社会の「言葉狩り」「敵性語追放」(例えば、「平和だ、平和だ」と言い続けさえすれば、客観的情勢を無視しても平和が実現するはずだという迷信)や、小林よしのりによって10年来散々に戯画化された「アレルギー性平和主義」の復活ではないか*48。
◇たまたま、宮崎哲弥氏の10年近く前の著作『「自分の時代」の終わり』*49を手に取ったところ、「『不正なる』原爆と『仕方のない』原爆」という実に「タイムリーな」一文を見つけた。
◇論旨は日本の歴史論争の不毛を嘆くものだが、その中に「民間の教育機関による広島・長崎の中学・高校・大学生対象の調査」(についての読売新聞報道)が引用されており、「全体の実に42.2%パーセントが原爆投下について『仕方がない』『やむを得ない』と回答した」という記述がある。
◇それを受けて、約9年前の宮崎氏は「容易ならざるは、世界唯一の被爆地においてすら、その稀有の経験の生々しい記憶を子孫に語り伝えるのに失敗しているという事態である。」と書いていたが、状況は現在も変わっていないだろう。それなのに選挙がらみの政治運動としては、こうした言論封殺が起こる、という状況が病的である。
◇櫻田氏も触れていたが、核兵器論議そのもののタブー化により、日本は「核拡散防止」に対して何らの実効的政策を持ち合わせてはいない。マスメディアではそうした状況そのものを問い直す声は小さく、単にスキャンダラスな状況だけが拡大されていく(私が見た限りでは、そうした状況に切り込んでいたのは『毎日新聞』の「クローズアップ2007」の「『廃絶』と『傘』ギャップ−あいまいな日本の戦後反映」だけだった*50)。
◇私は、個人的にはかつてある被爆者の方の話を聞いて、その凛とした態度に個人的な共感を覚えたものだが、今回の一件はそのような個人的共感を吹き飛ばすのに充分であった。今後、被爆者団体の運動は私にとっては、一個の政治的運動にしか映らないであろう。
◇結局、「選挙対策の辞任だ、それが現実だ」と言ってしまえばそれまでではあるが、この欺瞞性については看過することができない。また、選挙前の状況とはいえ、辞任の経緯そのものが、90年代までの枠組みでの「失言辞任」よりもさらに不透明であったとさえ思える。「公明党が引導を渡せば大臣の首も吹っ飛ぶのか」といった妙な印象すら出てきそうだ、と言っては言いすぎだろうか。
◇「戦後レジームからの脱却」を掲げる一国の総理が、正に「戦後的」ないしは「80年代左派的」な観念的原爆言論タブー化に対して何ら正面から向き合うことなく、「アメリカの立場を紹介した」などという意味不明な発言で糊塗しようとした矮小さには耐え難いものがある。
◇安倍首相はこの発言の一報を受けて、「左右両方から批判される発言だ」という反応を示した、という報道があった。だとすれば、ここに論じているような問題の構図は当然分かっていたはず。それなのにああした説明しかできないところに、安倍首相のどうしようもない指導力のなさを指摘せざるをえない。
◇結局は、今回の「発言」「辞任」騒動は、国内向けの政争の具に過ぎなかった。しかし、宮崎氏なども指摘するように、この騒動のおかしさはむしろ「戦後民主主義・平和主義の欺瞞」や「アメリカ依存の安全保障」などの状況を浮かび上がらせる効果があったかもしれない。BBCで”Japanese leaders rarely comment on the use of atom bombs against Japan, for fear of damaging ties with the US.” *51と表現されるような状況には、いずれにしても風穴を開けていかなくてはならない。それなくして、いかなる国とも戦後の和解はありえないだろう。
*1:「内閣支持率最低28% 投票先、民主27%自民18%」。共同通信社の7/14、15の全国電話世論調査で、参院選に「関心が大いに/少しは関心がある」が84.5%。1週前より6.3ポイント増。2004年参院選2週間前は71.0%という。
*2:「【3:私たちの時代の「文化戦争」】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」
*5:「【2:小泉「劇場」政治と「政治の2001年体制」】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」
*6:「【2:小泉「劇場」政治と「政治の2001年体制」】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」。「まだ日本の政党は「政党内での政策合意」のプロセスが非常に弱いこともはっきりした(与野党問わず党内がバラバラ)これでは政権選択のしようがない。まずどの党にも党内改革が必要だということがはっきりしたというのが今回の選挙ではないか。」
*7:前回総選挙からの流れについては、こちらに書いた。「 「自民圧勝、民主惨敗」からその次へ - ピョートル4世の<孫の手>雑評」
*8:松本健一氏が「美しい国」を批判した文章について触れたもの。「 いまや懐かしいキャラたち−小泉、細木、ホリエモン−と「倫理道徳」の話 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」
*9:久間防衛大臣辞任の際のBBCの報道には、次のようなフレーズがあった。"Mr Abe's 10-month premiership has been hit by a series of scandals."「BBC NEWS | Asia-Pacific | Japan minister quits over gaffe」
*10:「小林よしのりさん、萱野稔人さんと、鼎談しました。宮台発言の一部抜粋です。 - MIYADAI.com Blog」
*11:「朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?」
*12:
*13:
*14:例えば、歳川隆雄「参院選後の政局を読む」(7/9発売の『週刊東洋経済』「FOCUS政治」欄)。
*15:『中央公論』5月号掲載の「<「負ければ退陣、勝てば本格政権」論の幻>安倍首相と参院選のパラドックス」![中央公論 2007年 05月号 [雑誌] 中央公論 2007年 05月号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51L53654RtL._SL160_.jpg)
*16:![中央公論 2007年 08月号 [雑誌] 中央公論 2007年 08月号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51ThhTnCySL._SL160_.jpg)
*17:やや別の観点を含むが、村上正邦氏の見解が「マル激トーク・オン・ディマンド更新しました。 - MIYADAI.com Blog」に出ている。
*18:「 「紋切り型ニュース」の馬鹿馬鹿しさ(「履修不足」と「参院1票の格差」を事例として) - ピョートル4世の<孫の手>雑評」
*19:また、雪斎こと櫻田淳氏は、今回の選挙を受けて与党が参議院選挙の選挙制度改革を行う可能性について触れている。あまりに強硬策過ぎるとは思うが。「梅雨時の三題・続: 雪斎の随想録」
*20:「『奇跡』望み薄 与党過半数割れ予測大勢」「中日新聞:ページが見つかりませんでした(CHUNICHI Web)」。
*21:例えば、7/17のこの記事などは逆に意図的にアナウンス効果を狙って出されているように思う。「民主、目標「55」に厳しい認識 情勢分析で小沢代表」「asahi.com:民主、目標「55」に厳しい認識 情勢分析で小沢代表 - 朝日新聞 2007参院選:ニュース」
*22:「与党過半数割れも、民主第1党の勢い…参院選・読売調査 : ニュース : 参院選2007 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)」
*23:朝日新聞社の5月調査(約1000人)では、投票先は選挙区・比例区とも自民党30%前後、民主党20%前後だった。「http://www.asahi.com/politics/update/0722/TKY200707220374.html」
*24:「お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)」
*25:6/30、7/1の朝日新聞社世論調査(約1000人対象)「朝日新聞デジタル:どんなコンテンツをお探しですか?」残念ながらすでに記事は落ちている。
*26:「http://news.tbs.co.jp/newsi_sp/shijiritsu/」(7/7〜8、約2400人対象)
*27:「表示できません - Yahoo!ニュース」。「経済や外交についての評価が相次いで下降する中、安倍首相の人柄への評価だけは前回調査まで60%台を維持していた。それが今回は52.9%に落ち込み(ピョートル注:それでも十分高いが)、首相の人気に陰りが出てきたことをうかがわせる。また、安倍首相の指導力に対する評価も、政権発足直後の36.8%から15.8%と半分以下にまで激減した。「政権の見通し」を訊くと、「参院選まで」が、政権発足直後の18.0%から今回31.2%になり、逆に「3年以上」は26.8%だったのが、9.1%にまで減った。参院選は政権選択の選挙ではない―といわれているが、60.9%が政権選択選挙と位置付け、64.8%は、与党が過半数を割れば早く衆院を解散すべきだと回答した。」
*28:「お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)」(上と同じ7/17〜19読売調査)
*29:「企業も人も日本から逃げ出す「骨太方針」 / SAFETY JAPAN [大前 研一氏] / 日経BP社」
*30:これについては、再び宮台真司の「小林よしのりさん、萱野稔人さんと、鼎談しました。宮台発言の一部抜粋です。 - MIYADAI.com Blog」、また佐藤優が『世界』8月号で「日本の社会民主主義を復興するために―山川均のハンガリー動乱評価」でこの辺りの構図を論じている。「岩波書店『世界』」からリード文を引用しておく。「現下世界においては、新自由主義、新保守主義、社会民主主義という3つの「大きな物語」が流通、競合している。小泉前政権は、「聖域なき構造改革」名の下に新自由主義政策を推し進めた。同時に、靖国神社参拝に見られるような過去の歴史的出来事と絡む事象をシンボル操作することによって「伝統の代表者」という表象を纏った。これは典型的な新保守主義の技法である。小泉純一郎氏から安倍晋三氏に内閣総理大臣のポストは移行した。しかし、政策的には新自由主義と新保守主義が「結婚」している状態が続いている。筆者の見立てでは、小泉前政権と安倍現政権を比較すると、現在、新保守主義的傾向が若干強まっている。/他方、第三の「大きな物語」である社会民主主義の要素は、安倍政権はもとより、野党第一党である民主党にも稀薄である。社会民主党は看板に社会民主主義を掲げているが、その中にどこまで旧日本社会党の基軸を構成していた労農派マルクス主義の伝統が継承されているのであろうか。/日本の社会民主主義が袋小路に陥っているのは、山川 均がもっていた究極的に国家を突き抜けるアソシエーションに対する想像力を失っているのではないか。ハンガリー動乱に際しての山川の発言から、日本における社会民主主義復興の鍵を読み解く。」![世界 2007年 08月号 [雑誌] 世界 2007年 08月号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51b3FOvjvaL._SL160_.jpg)
*33:「Bing」。「政党支持率で、自民党は21%にとどまり、民主党の31%を10ポイント下回った(ピョートル注:!!...?)。国政選挙前に実施する特別世論調査で、民主支持率が自民支持率より上になったのは、98年4月の民主党の結党以来初。自民党への逆風の強さを裏付けた。」
*34:『毎日新聞』「余録」ではさすがに恥ずかしかったのか、松谷健二の『カルタゴ攻防史』から、紀元前4世紀末のアガトクレスが乗ってきた船団を焼き払った故事まで持ち出していたが。
*39:比例区の情勢は、「【2007参院選】比例代表の情勢 自民過去最低14議席割れも」「表示できません - Yahoo!ニュース」など。
*41:関連する歴史観の紹介記事。「久間発言とソ連の対日参戦と原爆投下について:イザ!」。また、櫻田淳氏の「「核」に関する備忘録: 雪斎の随想録」も参照すべき。
*42:こちらのブログに載せられているものを参照した。「久間防衛相の原爆「しょうがない」発言全文:イザ!」
*43:その経歴や言動については、例えば「久間章生 - Wikipedia」参照。
*44:当然『週刊SPA!』の「これでいいのだ!」
*46:今週の『週刊文春』「仏頂面日記」。なお、同じ記事で、【5】で書いた「毎日ボートマッチ」が推奨されていた。
*47:
*48:原爆の悲惨さへの侮辱ということで言えば、2ちゃんねるで昨年末から貼り継がれてきたらしい、韓流歌手の正視に耐えないビデオクリップの方がよほど我慢ならないものではないか。「韓流歌手ピが原爆投下直後の広島で踊る 動画 [MV] Rain - I'm Coming (Feat. Tablo)完整版http://ime.nu/www.youtube.com/watch?v=mnHUS1ctUVo。6月に話題になった、マンチェスター大聖堂がゲームの戦闘場面で使われて抗議された件と比較してしまうが。
*49:
*51:「BBC NEWS | Asia-Pacific | Japan minister quits over gaffe」
![中央公論 2007年 07月号 [雑誌] 中央公論 2007年 07月号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51LIAGRSzVL._SL160_.jpg)
