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 『QM』〜NPO法人アカーWEBマガジン このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2012年02月04日

2012年02月03日のツイート

なっちゃんなっちゃん 2012/02/04 22:00  昔、私は卒業論文で生まれつき同性愛者というものは存在するという仮説で論文を書きだしたんだけど、立証するのに資料を集めるのは1995年前後当時は大変で、大学の図書館が大分資料があったので良かった部分もあるのだけど、女性同士の資料はなかなか見当たらない状態だった。だけど、同性愛自体の議論をする立証資料の私の卒業論文で取り上げた資料においては、まず、生まれつきの同性愛者とする説に産道を通っていく前の羊水の中では性分化は未分化で人間生命体は生物学的にバイセクシャルな状態という論にわずかな生まれつき同性愛の決定がかかわるのではという希望論が伺えた。それと大脳生理学者の大島きよし氏の古い資料によると差別的見解で臨床数も不確かだけど視床下部機能が遅れている傾向が見受けられるとか、循環器系特に甲状腺系ホルモンの機能が病気の傾向があるとかいう資料も一応取り上げ、当時非常に差別的だと論文において強く私は批判した。臨床数の不確かさが信用おけるものでなかったから。後、OGC平野宏明さんの
「アンチ・ヘテロセクシズム」の資料でサイモン・ルベイの論でもある視床下部が普通の異性愛者より
30%しか機能が見受けられないとか、非常に臨床数が少ない、いい加減な見解で、性転換系の人間が進化論だとか言っているルベイの資料は同性愛者が優勢でないと終始していてひどい差別的論だった。
 生まれつき異性愛者のいろいろが当然という世の中なら、生まれつき同性愛者のいろいろもあり得るのではと思う。そもそも後天的同性愛者ばかりがベース異性愛者尊重や異性愛経験強要でなければ、同性愛もないとする論が横行するのはどうかなと思う。いわば、封建社会の社会性がまだ世界的に消えていない感覚で、文化人類学者アルフレッド・チャールズ・キンゼイが女性同士の愛情関係を認める見解は示したけれど、ベースは異性愛関係の経験があるという論のもとだった。フロイトにおいても性的成熟は異性愛のセクシャルな情緒が完成するにおいてラプチャーだのメイチャーだのと基本的には世界的に論じられているから。だけど、私はセクシャルラプチャーは勿論同性同士も存在すると自らの経験でも言えるし(女性とセクシャルな感情を持って接すると勿論エクスタシーを感じるし)イド論とかリビドー論とかいろいろ同性同士にも感じると経験論では立証できる。文学的、伝記的な日本やフランスの資料もある。とどまるところ、先天的でも後天的でも別にどちらでも良いのだけれど。私はただ、異性愛というものが非常に傷つくものでセックスすら強要されたとき、「あなたという男性を上司として尊重するから止めて下さい。女性同性愛者ですから。」と必死にいうほど耐えられないものでしかなかった。それ以外にも男性と性的なものはあったけれど、非常に空虚な、機械的ごつごつした不具合な感情しか、言い訳しかわかなかったから。封建社会にあの当時まだ支配されていた暗黙の了解のようなものがウーマンリブとか言いつつもある世の中だったから。今の世の中に発展されたことにはとても感謝して生きてはいるんだけど、日本でも認められて欲しいと切に願う。

なっちゃんなっちゃん 2012/02/05 00:59 訂正項目ありました。循環器系は内分泌系、30%の視床下部、3倍の視床下部の大きさの間違いです。すいません。

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