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2010-02-17-Wed

[]

カントリーマァム、モーニングブルードラゴン、えーと。

  • 不祥事(?)と、それに対する処分のリニアリティー
    • 一事が万事理論
  • 猛獣を興行に活用し、ガウガウ吠えさせて客の喝采を目論み、でも、興行主と上様の前では従順にさせようとすること

しかし俺もカントリーマァム好きだな

http://b.hatena.ne.jp/entry/hidetan.at.webry.info/201002/article_8.html


もし、

「あなたが、連盟*1の役員で、彼になんらかのアクションを起こす場合、どのようなアクションを実施しますか?」

という問いなら、前にどっかに書いたように、

「「今回はやり過ぎだ。重なるようなら選考から外す。次回から注意しろ」とコーチに伝言させる」

あたりかな。

ただ、「あなたは役員の任期満了が近く、諸般の事情で再任も昇格もありません」という前提がつく。


これが、

「今回の出来事で、ネット世論はどう動きますか?」

という問いなら、

「叩くやつは多いし、そいつらを叩くやつも多いだろうよw」

と回答するし、

「今回の出来事で、世論はどう反応しますか?」

という問いでも

「礼儀知らずと叩くやつは多いだろうさw」

という回答になる。


でまあ、「礼儀は正しいが全然滑れない奴」と「滑れるが礼儀知らず*2」と、どちらを選考するかっていうと後者なんだろうけど、

「オリンピックの選考時、「お洋服はきちんと着ること」と一筆書くことを選考の前提とする」

のも馬鹿らしいっぽいし。

「あなたが、役員の任期を残し、さらに、有力なスポンサーや、多額の補助金を出す所轄官庁からクレームが入っていたら、あなたはどういうアクションを起こしますか?」

という問いなら、どうしよう。

留保のない生の肯定を叫ぶかな。嘘だけど。

*1:何の?

*2:世間的に

2009-07-30-Thu

[]非人道的な人体実験を考えた←ちょっと露悪的

BIBIと騒がれるが、ちょっとお金を出して、実験をしたらどうだろう。

まず、志願者を募集。長い時間が掛かるので、ヒマ人に限る。所得も、宿も無い人がいい。

場合によっては、後進国で行ってもいい。


で、メンバーを数十人〜100人ほどの、二群に分ける。

A群は、キャンプ内で仕事をし、ものを買う。一つのコミュニティーを作るわけだ。通貨は、ペリカとしておこう。

内職をする→ペリカを貰う→食う→たくさん仕事をする→いっぱいペリカを貰う→ビールを飲む。

キャンプ内でのペリカ流通総量などなど考えることは多そうだ。あと、実験期間(半年〜一年)後、ペリカを$と換金させるかどうか、逆に、たとえば、ネットで稼いだ(アフィとか)$を、ペリカに交換可能にするかどうか、など考える点は多いかも。

でまあ、所得税を取って、域内の管理費に回す(実験のための費用には到底足りないだろうけど)。


で、B群は、そう、BIの導入。(日本でいえば)ご飯と大根の味噌汁と目刺しと目玉焼き位なペリカを支給。キャンプ内でバイトは可能だが、高額の課税(まあ、ままごとなんだけど)。そして、高額の消費税。


こんな二群で、総生産の違いを見るの。

他に、「有料セミナー」を開催し、セミナーを受けると高報酬の「バイト」が可能になる、という設定にして、投資性向を見るとか。


どっかでやらないかな。


思考実験追加。

 基本的に、被験者というか参加者は、集団を形成しないというのが前提。もし、渾名がマルクスくん、みたいなのがいて、全員が団結、「俺達に留保のない生の肯定を!もっとペリカを!」と言い始めたら、BI比較実験としては終了してしまうだろう*1。渾名がワタナベくん、みたいなのがいたら、参加者に、「みんなで朝から晩まで働こう。労働は楽しみだ。労働は悦びだ」とか煽り、朝から晩まで働かせ、ペリカを盛大にピンハネしそう。まあ、キャンプの面子の尻を叩き、ペリカ最適化を図ろうとする人もいるだろう*2が、DKとかなんとかエモンなら、「俺以外はBI貰って寝ていて貰い、俺一人でアフィで稼ぐ方が効率いいや」と思いそう。

*1:「パンパン。はいはい、実験はここで終了ね。みなさまお疲れ様でした。いままでゲットしたペリカは、ここで$に交換します。さようなら」という結末になりそうだが

*2:ペリカを貯めて、技術チケットを買う→複数技術チケットを持つ参加者が集団労働すると高付加価値労働とされ、高額のペリカが得られる、とか、そういうルールをつくっておくとか

2008-05-21-Wed

[]"正解のない世界"

 私は専門と大学の2つに行きました。専門ではレポートは枚数も内容も薄く、出す人さえ疎らでした。学が低いと言われれば、その通りなのかもしれません。一方、大学は違った。レポートはTAと仲良くなれば白紙で出しても評価され、お金を出して採点基準を教えてもらう。そういう賢い人が多くいた。そういう世界を見てきて、時々何を信じて良いのか迷うことがある。私自身も汚い事を色々してきた。決して綺麗な人間ではない。だからこそ、余計に何を信じて良いのかが分からなくなる。友達は絶対的? 恋人は絶対的? 家族は絶対的? たまに自殺する人間の方が真面なのかもしれないと考えることがある。あなたは日々、何を考え、何を思い、何を信じて生きていますか?

http://q.hatena.ne.jp/./1211127365

 価値は内在しません。

 レポートの価値を決めるのは誰でしょう。

 筆者でしょうか。TAでしょうか。教授でしょうか。雑誌社でしょうか。やぎさんでしょうか。


 筆者が価値を決めるなら、筆者が自分で決めればいいことです。

 TAが価値を決めるなら、TAとの人間関係が大事でしょう。

 教授が価値を決めるなら、教授の説に沿ったレポートがいいかもです。

 雑誌社に投稿するなら、わりと普遍的に良い*1文章が必要です。

 動物園にもっていくなら、やわらかい紙がヤギさん好みかもしれません。

 一般企業では、アカデミックに良い、オリジナリティー溢れる文章を独力で作成する能力より、誰かにお願いしてなんとかする能力が尊ばれるような気がします*2

 企業によっては、レポートすら必要とされないかもしれません。


 で、解は共同体の、価値観の数だけあるでしょう。

 「正しい」という、価値を内在する解はなく、おそらく、安定な解と不安定な解があるだけだと思います。

 「正しい」解を選べば、正しさを保証してくれた誰か(デカルトさま?)が、苦難にあったときに駆けつけて、留保のない生の肯定を叫んでくれるわけではありません。


 人が、他者となんらかの関係を結び、それに「家族」「恋人」「友達」など名前をつけ、その信用を誰かに担保してもらい、自分は留保の無い関係性の肯定を安価に確保しよう、とするならば、それはリスクのある行為かもと思います。一方、関係性を安定化すべく、リソースを投入することは推奨されるべきかと思います。



 最後に。次の発売日を考え、誰ルートになるのだろうかと思い、EGFの発売を信じて生きています。


 ミナミノマダー?

*1:面倒なので説明しない

*2:ちょっと追加。もちろん、期間内に独力で素晴らしい文章を書ければベストだろう。でも、一人で頑張って、その結果〆切破って低品質なオリジナル作ろうとする意欲は評価されないような気がする

2008-02-25-Mon

[]リスクとコストの問題

医療全体から見た場合は何%かは死ぬもんだし、何%かはダメな医者がいるし、何%かはミスもおこるもんだ。この手の問題はゼロに近づけるべく努力をするのはいいと思うけども、何%かをゼロにすることはできない(あるいは非現実的なコストがかかるとか)。

だが逆にその何%かに当たってしまう人から見ると、その人にとっては100%だ(って言いたいことわかるよねえ)。まだ当たっていない人にとっても何%かの確率でそれに当たることが許容できなくなっている。そういう意味ではひょっとしたら死生観の問題なのかもしれない。しらんけど。

このように、全体を見回したときの最適化状態と、その被害者になるかもしれない側からみたときの最適化状態が大きく剥離しているのが現状で、手の打ちようがなくなってるんじゃないかなあって気がする。この話は医療の問題だけじゃなく、例えば安全のために監視社会になる話とか、結婚観とか就職の話とかそのほかもろもろ全部根本が同じようにおれには感じるのであった。

http://d.hatena.ne.jp/strange/20070517#p3

 リスクとコストとリターンが、激しく乖離すると、事業者は潰れるような気がする。そう思わないなら、手形を1割引くらいで買い取ってくれる屋さんを開業してほしい。

 どっかにあったかな。ある人が、手術の日付を動かして欲しいと。医者が、「それには、他の予定者全員の日付を動かさないと無理だ」と答えると、「じゃあ、そうしてください」と。


 こういう話を考えると、留保のない生の肯定を唱えるデカルトが飛んできて思考が止まるので困るところ。今までは、留保がない「ふり」をしながら、空気の読み合いで都合をつけていたけど、最終的には、アメリカ式の、「予約の時間にベテラン医師のクリニックに行くと、革のソファーを勧められ、美人秘書の差し出した紅茶を飲みながら治療の相談をする、但し高額保険に加入している人だけ」に落ち着くのかな。どのくらい留保がつくか、は、お財布に相談。それ以外の留保は、「あなたは、どんな資格をもって生の肯定に留保を唱えるのか」とマスコミと市民団体が殺到してもじられちゃうような気がする。

2007-12-19-Wed

[]「ママ遅いよ」

幼い長男(5)と三男(当時1)を自宅に1か月以上置き去りにし、三男を死亡させて死体を遺棄したとして、母親に懲役15年の判決が下された。生き延びた長男は生の米や生ゴミ、冷蔵庫にあったマヨネーズで飢えを凌いでいた。2人とも「死んでいる」と思って自宅に帰った母親に、長男はそれでも、「ママ遅いよ」と駆け寄った。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071218-00000004-jct-soci

 非常に痛ましい事件である。

 だけど、ではどうするのか、というと、これが難しい。

 昔は、近隣の相互扶助、裏を返せば相互監視で成り立っていた。隣組を復活させるためのコストを、今の人間は受け入れることができるだろうか。

 また、道徳水準を上げる、という手法は、美しい国(笑)という笑い声が左の方から聞こえてくるし、母子家庭への育児援助、は、ただ、母子家庭の母親が、スキーとかデートに行くために、一日ケアを供与する予算を誰が出すのか、というと、留保のない生の肯定コールが聴こえてくるのでやめにする。


 育児・介護という、人間の生を肯定することは、非常に大きなストレスなので、老人についてはデイサービス、なんかの支援が行われている。彼女も、週1とか週2のデイサービス、ナイトサービスのような給付が受けられれば、殺意を抱かずとも、まあなんとかいられたかもしれない。でも、育児ストレスは、全ての母親が抱えていると思われ、予算措置は莫大なものとなろう。はいはいデカルトデカルト。