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江戸のきゃうげんづくし RSSフィード Twitter

2013-06-01

十一代目市川海老蔵『助六由縁江戸桜』〜新しい伝説への期待〜(歌舞伎座新開場六月大歌舞伎)

歌舞伎座新開場杮落、いよいよ六月第三部歌舞伎十八番の内『助六由縁江戸(すけろくゆかりのえどざくら)』が登場します。

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歌舞伎ファンにとっては、平成二十二年四月の「さよなら公演御名残四月大歌舞伎」第三部で「歌舞伎座のさよなら公演の掉尾を飾るに相応しい演目(筋書解説)」として豪華な配役で演じられたことが記憶に新しいでしょう。

その時の配役が

花川戸助六実は曽我五郎  十二代目團十郎

三浦屋揚巻        玉三郎

通人里暁         十八代目勘三郎

福山かつぎ        三津五郎

三浦屋白玉        福助

髭の意休         左團次

くわんぺら門兵衛     仁左衛門

白酒売新兵衛実は曽我十郎 菊五郎

口上           海老蔵


今回、歌舞伎座新開場三ヶ月目に満を持して上演される助六。今年二月三日に六十六歳で亡くなられた十二代目團十郎丈に捧ぐ演目として、十一代目海老蔵丈が助六を演じます。


写真集市川海老蔵 (十一代目襲名記念)

写真集市川海老蔵 (十一代目襲名記念)

今回の配役もたいへん豪華です。

花川戸助六実は曽我五郎  海老蔵

三浦屋揚巻        福助

通人里暁         三津五郎

福山かつぎ        菊之助

三浦屋白玉        七之助

髭の意休         左團次

くわんぺら門兵衛     吉右衛門

白酒売新兵衛実は曽我十郎 菊五郎

口上           幸四郎 

海老蔵丈にとっては、平成二十二年五月花形歌舞伎以来の助六です。

ちなみにそのときの配役は

花川戸助六実は曽我五郎  海老蔵

三浦屋揚巻        福助

通人里暁         猿弥

福山かつぎ        亀三郎

三浦屋白玉        七之助

髭の意休         歌六

くわんぺら門兵衛     松緑

白酒売新兵衛実は曽我十郎 染五郎

口上           左團次 


その海老蔵丈、最近始められたブログでは、江戸時代からのしきたりである魚河岸会への挨拶に行ったり、河東節ご連中との宴に参加したり、芝居小屋では先輩がたの胸を借りての稽古にはげむなど、「江戸時代成田屋もこうであっただろう」とリアルに想像できる日常を紹介してくれています。

祖父・十一代目團十郎丈の映像記録や父・十二代目團十郎丈との稽古を糧に、いまできる最高の助六を見せてくれることでしょう。


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見どころ聞きどころ

助六由縁江戸桜』は二代目市川團十郎が正徳三年(1713)四月に山村座で初演したお芝居で、成田屋の家の芸・歌舞伎十八番のひとつです。主役は江戸一番の男伊達、侠客助六とその恋の相手である吉原一番の花魁、三浦屋揚巻。こんな設定のふたりだから、お芝居は華やかのひとことにつきます。

視覚的なたのしみに加えて、聴覚の悦びが「悪態」。

揚巻が髭の意休を「助六さんと比べたら(雪と)墨」とけなしたと思うと(=悪態の初音)、助六が「女郎にフラレてばかりの、髭にシラミがたかった蛇」と馬鹿にする。このほかにもたっぷりと「江戸の喧嘩」を聞かせてくれます。



ぜひ映像でスカッとする悪態をお聞きください。

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(昭和三十七年、十一代目團十郎襲名披露公演の助六。11:55〜が「待ってました!」の助六のツラネ。)


こんな悪態づくしの芝居ですから、歌舞伎初めての方は”観劇”なんて洒落たりせず、どうぞ野次馬の気分で見物していただきたいと思います。

芝居小屋はあたらしく完成した木挽町歌舞伎座

江戸芝居小屋のような粋はないけれど、せっかく『助六』を見に行くのだから、「二本差しが怖くて田楽が喰えるか」というくらいの気概を持って出かけていただきたい。「新しい歌舞伎座きれいだった」なんて気を遣わないでいいですから(笑)。



最後に十二代目を偲び、平成二十二年歌舞伎座閉場の四月山川静夫さんが『演劇界』に書かれたエッセイを引用します。

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幕間に廊下に出ると「本日の河東節御連中」という定番の庵が目に入る。これだけでも浮き浮きする。次は『助六』だ。

江戸ッ子は何かあると「御先祖の助六にすまねぇ」と言ったようだが、それほど助六に対する庶民の人気は絶大で神格化されていた。『助六』は歌舞伎座が一番似合う。いや、東京歌舞伎座以外では「何か違う」と思ってしまう。『助六』の舞台は華やかで重量感があり、配役も出る人出る人すべて”ごちそう”でないと物足りぬ贅沢きわまりない芝居だから、「御名残」のトドメはこれしかない。(略)

やがて「ハオーー」という掛け声、なんとも涼やかな三味線の河東節にのって、團十郎助六がカッカッと下駄を鳴らして花道を出る。


この歌舞伎座で何度成田屋助六を見たであろうか。


最初は昭和二十八年三月の海老蔵助六だった。その海老蔵が昭和三十七年に十一代目團十郎襲名し、その披露の『助六』で息子の”夏雄ちゃん”が新之助となり、十一代目が惜しまれて逝ったあと海老蔵となり、十二代目團十郎となり、大病も克服して、今、歌舞伎座の名残の舞台に立っている。その道のりを思うと、こみ上げるものがあった。


お家芸だけあってむきみの隈がぴたりと決まり、江戸前のダンディズムを十二代目が存分に盛り上げる。


ひとつ気がついたことがある。普段は三階から見下ろすことが多いのに、めずらしく「出端」を一階席から見上げると、團十郎の容姿は克明に楽しめるが、手にする傘の効果は三階からの方が引き立つことがわかった。同じ芝居でも、場所や角度を変えて見るのも一興。」(『演劇界』2010年6月号)



画像はそれぞれ早稲田大学演劇博物館浮世絵検索システムから転載しています。

左:九代目海老蔵助六 (太田雅光 画)

右:七代目団十郎助六(文政二年玉川座)






歌舞伎名作撰 助六由縁江戸桜 [DVD]

歌舞伎名作撰 助六由縁江戸桜 [DVD]



助六由縁江戸桜 寿曽我対面 (歌舞伎オン・ステージ (17))

助六由縁江戸桜 寿曽我対面 (歌舞伎オン・ステージ (17))

*1歌舞伎座杮落六月大歌舞伎、二階ロビーに飾られた魚河岸会から贈呈された江戸紫の鉢巻の目録

*2歌舞伎座杮落六月大歌舞伎、初日の河東節出演者のみなさん

2012-11-13

文楽入門 『仮名手本忠臣蔵』気ままに見物(その五)・五段目は歌舞伎を見よう?!中村仲蔵の定九郎伝説

仮名手本忠臣蔵

 大  序   鶴が岡兜改めの段

        恋歌の段

 二段目   桃井館本蔵松切の段

 三段目   下馬先進物の段

   腰元おかる文使いの段

   殿中刃傷の段

   裏門の段

 四段目   花籠の段

        塩谷判官切腹の段

        城明渡しの段

 五段目   山崎街道出合いの段

        二つ玉の段

 六段目   身売りの段

        早野勘平腹切の段 

 七段目   祇園一力茶屋の段

 八段目   道行旅路の嫁入

 九段目   雪転しの段

        山科閑居の段

 大  詰   花水橋引揚の段


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色っぽくてカッコイイ市川團十郎丈の定九郎。(昭和六十一年二月花形歌舞伎

出典:『仮名手本忠臣蔵 由良之助とおかる勘平』昭和六十一年 河出書房新社


昭和六十一年二月花形歌舞伎の舞台写真をふんだんに使った「歌舞伎写真絵物語」シリーズの一巻。主な配役は市川團十郎=由良之助・若狭の助・斧定九郎、片岡仁左衛門(当時 孝夫)=早野勘平・石堂、坂東玉三郎=お軽、と夢の様な配役です。残念ながら絶版となっています。しかし、河出書房新社さん、このような書籍も出版されていたとはスゴイ。




五段目、三段目の騒動の後お軽の実家・山崎に逗留している早野勘平がふたたび登場します。勘平は山崎で「山中の鹿猿を打て商」いをしながら、なんとかして由良之助に詫びる機会を得ようという一念を持っています。


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文楽の「二つ玉の段」。今月の文楽劇場公演で大星由良助を遣われている吉田玉女さんが定九郎を遣っておられます。



この段では山崎街道出合いの段、二つ玉の段それぞれに、一組の男たちの味わい深い会話が楽しめます。


山崎街道出合いの段*1では、早野勘平と塩冶判官の家臣・千崎弥五郎。

二つ玉の段*2では、お軽の父・与市兵衛と斧定九郎。

それぞれのセリフは脚注におさめましたので、興味のある方はそちらご覧いただき、今日はこの段に伝わる歌舞伎役者の伝説を、美しい役者の写真とともにご紹介したいと思います。




山崎街道出合いの段

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片岡孝夫(現 仁左衛門)の勘平と、三代目中村又五郎の弥五郎。(前掲書『由良之助とおかる勘平』より)


二つ玉の段

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片岡孝夫(現 仁左衛門)の勘平と、市川團十郎の定九郎(の足)。仁左衛門丈の勘平、麗しくて惚れ惚れします。



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そしてこちら、冒頭にもあげた市川團十郎の斧定九郎。二代目助高屋 小伝次の与市兵衛(の、足)。二代目助高屋 小伝次丈、古風で美しいお顔が素晴らしいのですが、こちらでは足だけで失礼致します・・。ぜひリンクをクリックしてお顔をご覧頂きたいと思います。



この定九郎のしつらえは人形浄瑠璃で演じられていた当初は非常に地味なものだったんですね。

大縞のどてらに丸ぐけの帯をしめ、紐つきの股引、足に五枚重ねのわらじを穿いている。

百日かずらに山岡頭巾をかぶっているのだから、だんまりの隅にうろうろしている山賊の手下のような、気の利かない役なのだった。

『小説・江戸歌舞伎秘話』 戸板康二 


このイメージを再現する浮世絵北斎の『花盗人』があります。

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左側で捕らえられている盗人は、山岡頭巾をかぶり、大縞のどてらを身に着けています。たしかに、ぱっとしない役回りであったことがわかりますね。(画像はMinneapolis Institute of Arts Collectionより転載しました。)



それが、初代中村仲蔵のアイディアで冒頭の写真のような「黒羽二重に博多の献上の帯のうしろに、福草履をはさんで、素足」という色気ある姿になり、花形役者が演じられる役にまでなったのです。そして文楽においてもこの歌舞伎の衣裳が採用されるようになりました。

このように、文楽の作品が歌舞伎で演じられ(丸本歌舞伎となり)、役者たちの様々な工夫を経て、また文楽に新味をもたらすというようなことは多く知られています。今回の定九郎のような演出のことで言えば、『夏祭浪花鑑』の団七が良い例でしょう。こうした「良いとこ取り」の歴史と、それを受け継ぐ役者さん・技芸員さんの絶え間ない努力があって、現在のわたしたちが歌舞伎文楽をたのしめるのですね。



さて、初代中村仲蔵の工夫については、芸談などで伝えられており、仲蔵が三十歳の明和三(1766)年八月の市村座公演のときであったといいます。それを美しい物語に仕立てたのが、戸板康二氏の『夕立と浪人』です。


残念ながらこちらも絶版です。ぜひ古書店でお求め下さい。



この物語のなかで、五代目團十郎はある思惑あって、仲蔵に「三階の役者」*3がするつまらない役「斧定九郎」を割り振るようはたらきます。この配役を知って怒る仲蔵。しかし、数日かんがえて思い直します。


「おれも、まさかと思った。ことわろうと思った。しかし、考えてみると、こんな役だからこそ、工夫して、いろいろ仕上げてゆく楽しみがあろうというものだ」


そして、よい役にしあがるようにと「妙見様への願掛け」をはじめます。


 三七二十一日、妙見様の満願の日である。

 仲蔵は、定九郎のしぐさも、セリフも、こまかい打ち合わせを、一応していた。

 しかし、ひとつだけ、まだ雲をつかむような、しかもいちばん大切なことが残っている。それは、どんなこしらえで、舞台に出るかという、肝心かなめの定九郎のかつらと衣裳であった。

 いつものように、本堂にろうそくを上げて、きょうは普段より念入りに、口の中でいろいろ役のためのご利益を願う言葉を述べた。



願掛けのあと立ち寄った蕎麦屋で、仲蔵は「これだッ」というこしらえに出会います。

その出会いは、五代目團十郎と仲蔵の恩人ふたりの、仲蔵への思いが結びあって実現したものでした。




初代中村仲蔵がどのようなきっかけで斧定九郎の「黒羽二重に博多の献上帯、そして素足」を思いついたのかはわかりません。

しかし、この物語のような役者同士の縁や繋がりを考えてみるのも面白く、気持ちがよいものだと思います。


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初代中村仲蔵の斧定九郎。画像は早稲田大学演劇博物館浮世絵閲覧システムより転載。

*1:塩冶判官の家臣である弥五郎に出会えた勘平はよろこび、「密に樣子承はれば。由良殿御親子郷右衞門殿を始めとして。故殿の欝憤散ぜん爲。寄々の思召立有との噂。我等迚も御勘當の身といふでもなし。手がゝり求め由良殿に對面とげ。御企の連判に御加へ下さらば生々世々の面目。貴殿に逢も優曇花の。花を咲せて侍の一分立て給はれかし。古傍輩のよしみ武士の情。お頼申」と、討ち入りへの参加を申し出ます。弥五郎は勘平の気持ちを理解しつつも、企てを知られてはならないと「はて扨。お手前は身の言譯に取まぜて。御企のイヤ連判などゝは何の譫言。左樣の噂かつてなし。」と軽く置きつつ、「石牌になぞらへ大星の。工を餘所にしらせ」ます。勘平はなんとかして金を工面すると伝え、二人は別れます。

*2:ごろつきの定九郎は暗闇の中、金を持っていると目をつけた与市兵衛を狙い声をかけます。「さつきにから呼聲が。貴樣の耳へはいらぬか。此物騒な街道を。よい年をして太膽/\。連にならふ」与市兵衛が断ると、もともと殺すつもりであった定九郎は財布を引ったくり、「小言はかずとくたばれ」と指しし殺し、「ヲヽいとしや。いたかろけれどもおれに恨はないぞや。金がありやこそ殺せ。金がなけりや何のいの。金が敵じやいとしぼや。南無阿彌陀。南無妙法蓮花經。」と憎々しげな捨て台詞を吐き捨てます。このあと、何も知らない勘平が猟銃で猪と勘違いして定九郎を撃ち殺し、六段目の悲劇のもととなる与市兵衛の財布を定九郎の懐から手に入れます。

*3歌舞伎劇場の楽屋の3階。また、3階の大部屋に詰めた、名題下以下の立役の役者のこと。:コトバンクより

2012-11-05

文楽入門 『仮名手本忠臣蔵』気ままに見物(その四)・ 四段目の合言葉は「いまだ参上仕りませぬ。」

仮名手本忠臣蔵

 大  序   鶴が岡兜改めの段

        恋歌の段

 二段目   桃井館本蔵松切の段

 

 三段目   下馬先進物の段

       腰元おかる文使いの段

       殿中刃傷の段

       裏門の段

 四段目   花籠の段

        塩谷判官切腹の段

        城明渡しの段

 五段目   山崎街道出合いの段

        二つ玉の段

 六段目   身売りの段

        早野勘平腹切の段 

 七段目   祇園一力茶屋の段

 八段目   道行旅路の嫁入

 九段目   雪転しの段

        山科閑居の段

 大  詰   花水橋引揚の段


三段目で殿中での刃傷におよんだ塩冶判官がこの段で切腹します。

最期の息も絶え絶えに、塩冶判官が腹心の部下・大星由良之助に託した敵討ち。

由良之助が受け取った主君の遺言のとんでもない重さ。


この段の見どころはここにつきるし、ここで泣かせてもらえれば、「人形浄瑠璃を聞きにきてよかった」「芝居を見に来てよかった」と思えるのではないでしょうか。(逆にここで白けてしまうお芝居にあたってしまったら、ご愁傷様とお悔やみを申しあげなくてはならないでしょうが…。)


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1.四世越路大夫師匠の塩谷判官切腹の段。三味線はお若い鶴澤清治師匠。「御上意」を持参した薬師寺の嫌ったらしいふてぶてしさまでレベルが違う深みがあります。


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2.塩冶判官が切腹の準備をします。スゴすぎです。めちゃくちゃいいところで切れます。


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3.続きをすぐにっ。判官切腹。 号泣です。。


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4.続いて塩冶判官の奥様・顔世御前の登場です。舞台中央に置かれたままの塩冶判官の人形=死体が悲しみを誘います。人形遣いの手から離れて生命の通っていない人形は、人間の死体と同じ「抜け殻」感を顕わにします。



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5.そして、「城明渡しの段」。吉田玉男師匠の出遣い*1です。




四段目はもう、これがすべてで泣くしかないのですが、他に見どころ・聞きどころ・遊びどころ(?)があるとすれば、「塩谷判官切腹の段」のなかのこのセリフでしょうか。



塩冶判官:「力彌/\。」

力彌:「ハア。」

塩冶判官:「由良助は。」

力彌:「いまだ參上仕りませぬ。」

塩冶判官:「フウ。ヱヽ存生に對面せで殘念。ハテ殘り多やな。是非に及ばぬ是迄」と。


由良之助(大石内蔵助)に伝えたい心残りがある塩冶判官(浅野内匠頭)は、由良之助の到着を待ち兼ねています。

その塩冶判官の問いに答える大星力彌(大石主税)のことばが「いまだ参上仕りませぬ」。


…もちろん、遅れて来た男たる由良之助も最期にはなんとか間に合って、

塩冶判官:「ヤレ由良助待兼たはやい。」

由良之助:「ハア御存生の御尊顏を拜し。身に取て何程か。」

塩冶判官:「ヲヽ我も滿足/\。定めて子 細聞たであろ。ヱヽ無念口惜いはやい。」

由良之助:「委細承知仕る。此期に及び。申上る詞もなし。只御最期の尋常を。願はしう存まする。」

と涙の対面なるのですが。



「いまだ参上仕りませぬ。」


このセリフは日本人ならば適切に使いこなせるように練習しておきたいもの。

ベタですが、『仮名手本忠臣蔵』のお芝居をお友達と観るときなどに集合時間に遅れたお友達のことを「◯◯ちゃんは、いまだ参上仕りませぬ」。なんて言ってみるのも、初心者としてはよいのではないでしょうか。


ほかにもよいシチュエーションをいろいろと探して、挑戦してみましょう。

そして、素晴らしい応用の場を見つけたら、ぜひぜひ、コメント欄で共有をお願いいたします!!!



*1:3人組の人形遣いさんのリーダーである主遣い(おもづかい)さんが顔をみせて人形を遣われること。

2012-11-03

文楽入門 『仮名手本忠臣蔵』気ままに見物(その三)・ 恋するお軽の「勘平さん、もう待てないわ。」

仮名手本忠臣蔵』三段目は、いよいよ塩冶判官刃傷の段になります。名前を史実に戻すと、浅野内匠頭が殿中で吉良上野介を斬ってしまう、という、あまりにも有名なシーンが登場します。

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早稲田大学浮世絵閲覧システムより転載。北尾政美画『浮絵仮名手本忠臣蔵 三段目』

仮名手本忠臣蔵

 大  序   鶴が岡兜改めの段

        恋歌の段

 二段目   桃井館本蔵松切の段

 三段目   下馬先進物の段

        腰元おかる文使いの段

        殿中刃傷の段

        裏門の段

 四段目   花籠の段

        塩谷判官切腹の段

        城明渡しの段

 五段目   山崎街道出合いの段

        二つ玉の段

 六段目   身売りの段

        早野勘平腹切の段 

 七段目   祇園一力茶屋の段

 八段目   道行旅路の嫁入

 九段目   雪転しの段

        山科閑居の段

 大  詰   花水橋引揚の段


この三段目の流れをサッと紹介すると、

まず、下馬先進物の段

 一段目で出てきた悪役のスケベ爺こと「高師直」が、いかにして「顔世御前」をモノにするかという彼のプランを子分に話しています。そこに主人「若狭ノ助」とお家を守るためのはかりごとをした「加古川本蔵」が、悪役なら誰でも大歓迎の「貢ぎ物」を持って現れます。この作戦は首尾よく成功します。


つぎに、腰元おかる文使いの段。

 武家のお家大事という世界観とは全く無縁の、腰元「おかる」が「彼氏(早野勘平)に逢いたい」一心で現れます。名目としては、顔世御前様が高師直の恋のアタックをさらっとかわそうとしたためた手紙を殿に届けるためです。届ける相手はお軽の恋人で殿(塩冶判官)をお供してきた勘平。この手紙を塩冶判官から手渡された高師直がぶちギレて、つぎの「刃傷の段」の事件が起るのです。


そして、殿中刃傷の段。

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原作の人形浄瑠璃版。まさに斬りかからんとするところがまず見たい方は 12:20〜をどうぞ。


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こちらは歌舞伎版。原作の人形浄瑠璃の初演1749年8月からすぐあとの12月にはもう歌舞伎版が上演されたそうです。おなじく12:45〜をどうぞ。



さてお軽


お軽「もう待てないわ」の段 *1(ざっくり現代語訳付き)


お軽:ちよつと/\手を取ば

勘平:「ハテ扨はづんだマアまちやいの。」(まぁちょっと待て)

お軽:「何いはんすやら。何の待事が有ぞいなア。もふ頓て夜が明るわいな。」(何言ってるのよ。ばかじゃない。そんなこと言ってる間に夜が明けちゃうわよ。)

お軽:ぜひに/\にぜひなくも下地は好也御意はよし。(注意:R20指定。成人のかたは下の映像でお楽しみください!

勘平:「夫でも爰は人出入。」(だってここは人目に立つし)


お軽:イサ腰かけでと手を引合打連て行。


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古典名作といへども。かるく/\。肩肘はらずに見てくださんせ。(笑)


いやぁ、古典芸能」などとバリアを張って食わず嫌いのままでいる多くの日本人にこのシーンを見ていただきたいものです。

江戸時代はもっともっと過激な演出をしていたそうですが、近代の価値観によって「公序良俗」に反しない「正しい」演劇に矯正されてしまいました。それでもこうした部分がかろうじて遺されているのは、冗談ではなく「救い」だと思います。



このシーンのあと、嫌味爺・高師直に散々侮辱された塩冶判官が刃傷沙汰を起こします。

主人を守るべき立場で近くにいながら、お軽と逢引していて大事のときに間に合わなかった勘平の悲劇。六段目で勘平は切腹をします。


ヲヽうろたへた。是がうろたへずに居られふか。主人一生懸命の場にも有合さず剩。囚人同前の網乘物お屋敷は閉門。其家來は色にふけり御供にはづれしと人中へ。兩腰さして出られふか




この段のあと、四段目で主人の塩冶判官が切腹。色恋話があちこちに散りばめられたこの狂言のなかでもっとも艶っぽいこの場面の直後から、お芝居は悲劇へと大きく展開していきます。



*1:こんな段はありません。念のため。

2012-10-31

文楽入門 『仮名手本忠臣蔵』気ままに見物(その二)・二段目の戀は初々しく。

仮名手本忠臣蔵』二段目は「桃井館本蔵松切の段」。

仮名手本忠臣蔵

 大  序   鶴が岡兜改めの段

        恋歌の段

 二段目   桃井館本蔵松切の段

 三段目   下馬先進物の段

        腰元おかる文使いの段

        殿中刃傷の段

        裏門の段

 四段目   花籠の段

        塩谷判官切腹の段

        城明渡しの段

 五段目   山崎街道出合いの段

        二つ玉の段

 六段目   身売りの段

        早野勘平腹切の段 

 七段目   祇園一力茶屋の段

 八段目   道行旅路の嫁入

 九段目   雪転しの段

        山科閑居の段

 大  詰   花水橋引揚の段


舞台は桃井若狭ノ助の館、若狭ノ助にその家老加古川本蔵、本蔵の妻・戸無瀬、本蔵の娘・小浪などが登場します。


この段の主な登場人物みなが描かれた芝居絵があります。

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早稲田大学演劇博物館浮世絵閲覧システムより転載。芳滝筆 慶応元年大坂

中央に立つ若者は大星力弥。『忠臣蔵』のヒーロー大星由良之助の嫡男です。

疊ざはりも故實を糺し入來る大星力彌。まだ十七の角髪や。二つ巴の定紋

大小。立派さはやかに。

遉大星由良助が子息と見へし其器量。

お芝居の主人公の息子ですから、とてもカッコよく登場しました。この段で力弥は主人である塩冶判官の口上を伝えに来たのですが、とくに活躍することはなく、若い男女のラブシーンを観客に見せるために参上した感じです。


力弥にしなだれかかろうとしているのは本蔵の娘・小浪。力弥の許嫁です。彼女、「色恋沙汰」が大好きな観客を喜ばせるために、仕事で訪問した力弥に対して必要以上に近寄ります。


小浪ははつと手をつかへじつと見かはす顏と顏。互の胸に戀人と。物も得いはぬ赤面は。梅と櫻の花相撲に

枕の行司なかりけり。

小浪漸胸押しづめ。

是は/\御苦勞千万にようこそお出。只今の御口上受取役は私。御口上の趣を。お前の口からわたしが口へ。

直におつしやつて下さりませと摺寄れば。


はじめ顔を見合わせてもじもじしていたところは淑女を気取っていますが、「胸押しづめ」てから打って変わって、「(口上を)お前の口からわたしが口へ 直におっしゃってくださりませ」と「摺寄」るところ、お客さんの喜ぶポイントを心得ていますねー(苦笑)。


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早稲田大学演劇博物館浮世絵閲覧システムより転載。おとなしめの小浪。慶応二年市村座。国周筆 三枚組


こんなに摺り寄られて力弥は

ハア是は/\ぶ作法千万。惣じて口上受取渡しは。行義作法第一と。

堅苦しく拒絶します。これを見ていた観客は、「これだからお武家さんはカタブツでいかん」と失笑したのでしょうかね?

ともかくこのお芝居では女性の積極的なこと、色恋好きなところは目に余ります(笑)。


この場を盛り上げるためにお膳立てをしたのが、本蔵の妻・戸無瀬。

小浪の恋をモーレツに応援します。

力弥の口上を聞く役割は本蔵から妻の戸無瀬に割り当てられたのですが、戸無瀬は仮病をつかって小浪を力弥に逢わせるよう仕組みます。(上の芝居絵でも、「娘ったら、うまいこと抱きつくなりなんなり、首尾よくできたかしら」と確かめにでも来たかのように、心配気な戸無瀬が描かれています。)


(戸無瀬)とゝ樣のかたくろしいは常なれど。今おつしやつた御口上。請取役はそなたにと有そな所を。となせにとは母が心とはきつい違ひ。そもじも又力彌殿の顏も見たかろ。逢たかろ。母にかはつて出むかやゝ。いやか/\と問返せば。

あい共いや共返答は

(小浪)あからむ顏のおぼこさよ。

そしてこれまたお芝居でお決まりの「持病の癪(しゃく)」*1 が突然はじまって、さあ娘、うまくやってこい!と送り出す母(笑)。



忝い母樣。日比戀し床しい力彌樣。あはゞどふいをかういをと。娘心のどき/\と

胸に小浪を打寄る。


ここから後は、かの力弥のカタブツ発言へと続き、肝心の「口上」に至っては、

水を流せる口上に。小浪はうつかり顏見とれ。

とかふ。諾もなかりけり。

力弥の口上にすっかり見とれてしまって、小浪は口上が終わっても返事もしない有様。

ここで舞台に本蔵の主・若狭ノ助が登場し、「お使者大義。」なーんて言って、この段の色恋モードとともに力弥の出番も終了。

このあとで、三段目の塩冶判官の刃傷沙汰へと展開していく伏線として、若狭ノ助の高師直斬捨予告と本蔵の画策へと舞台は移っていきます。

ということで、堅〜〜〜いお話になってしまう前におしまいとします。





いよいよ三段目は塩冶判官刃傷の場面です。

そして小浪なんて目じゃない、ものすごい色好みのお姉さんが登場するのです!!!!!(たのしみ♪)




繪本 仮名手本忠臣蔵

繪本 仮名手本忠臣蔵


仮名手本忠臣蔵 (岩波文庫)

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*1:胸や腹におこる激痛の総称。具体的には、疝痛発作、胃痛、虫垂炎、生理痛など。時代劇や落語で、女性が倒れながらこの言葉を発する場面がよく見られる。−「はてなキーワード」より転載。

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