佐藤卓巳『「キング」の時代』岩波書店


『キング』の時代―国民大衆雑誌の公共性

『キング』の時代―国民大衆雑誌の公共性



読みますた・・・。

雑誌的なるものがラジオ的性格とトーキー的性格を包摂し、日本全国にリゾ
ーム状に広がって行き、国民を統合・動員していったさまについて。
戦前、戦中においても公共的なものはあったとする。


戦前と戦後の断絶はメディア論的にはない。
メディア環境における断絶がないからなのだ。



■まとめ

『キング』(1925-1957年)の時代は、まさにラジオとトーキーとともに大
衆雑誌が国民文化を担った「雑誌の黄金時代」に担当する。それはまた、高
度国防国家から高度経済成長まで続く「総力戦と現代化」の時代であった。
ラジオ的かつトーキー的な国民雑誌は、読者の「階級」「世代」「性差」に
よる利害対立を「国民」という抽象性の高い次元で解消し、個人の主体性や
自主性をシステム資源として動員することを可能にした。この帰結というべ
きだろう、総力戦を通じて「大衆の国民化」を達成したシステム社会の国民
的公共圏で、雑誌メディアの機能は大きく変化したそれまで同調機能を期待
されていた大衆雑誌は、社会の絶え間ない流動化を維持する細分化機能を全
開させればよくなったのである。すなわち、大衆雑誌は「雑誌的メディア」
のままでよく、「ラジオ的・トーキー的国民雑誌」である必要なもはやなか
ったのである。
(p.426)