破軍の星 (集英社文庫)

破軍の星 (集英社文庫)


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読み終えて思うのは、ああ……この人の夢が叶えば。
叶ったのなら、それはどんな国を築き得たのだろうか。
そこには彼が悔いた、飢える民もおらず、民をないがしろにする主上もおらず、
大義によって殺される小義もなく、皆が静かに暮らしていける国ができたのではないかと。
歴史の可能性であるとか、こうであったらというIFを考え始めるとキリがないけれど、
この北畠顕家という人は、本当に、惜しい。
死ぬべきでない人が死ぬことは、珍しいことではないけれども、
彼には生きて夢を全うして欲しかった。


十六歳で陸奥守に任じられ、奥州を平定。
足利尊氏を討てとの勅命により、奥州白河から遠江に至る道をわずか16日で踏破。
その過酷な強行軍で披露の極にあるであろう軍勢で、足利尊氏の軍を二度も打ち破る快進撃。
一旦奥州へ戻り、九州へおいやった足利尊氏が再度京都へ進軍してきたので、
またもや上洛し、鎌倉で待ち受ける彼の手勢を撃破。
ただ、流石に尊氏の集めた軍勢の数には叶わず、兵を減らしてゆき……。
享年二十一歳。
というのが彼の人生として大雑把に伝えられるものであるわけです。


これで生まれが公卿で、美男子だったって、
もう、ハハンって笑っちゃう感じなんですが、さすが北方先生。
顕家の人柄を丹念に描いてゆき、さらに安宅一族を奥州藤原の末裔として位置づけ、
主上や中央の佞臣達に民が惑わされない、独立国陸奥という夢。
そういったものをミックスしていくと、笑っちゃうほど強い顕家が、
その最期を知っているだけに、本当、この人は20年、30年生き続けていたら、
どれほどの人物になったのであろうかと思わせて、すっかりファンになってしまいました(笑)。
作中、その事を何人もの人達に言わせているだけあって、
北方先生もその無念がとても強かったのではないかと思います。
私の妄想ではあるのですが、北方先生の、


「こんなに才能溢れた青年が、時代の理不尽に振り回されて、
夢を追って死んでしまっていいのか? 俺はいいとは思わない。
できれば生きていて欲しかった。一緒に酒が飲みたかった。
お前(読者)もそう思うだろう。思ったら、彼の死に、一献傾けてくれ」


という言葉が聞こえてきそうです。いや、聞こえました(笑)。
齢18歳ですでに、かなり完成された能力を持っている顕家卿ですが、
一度目の上洛はともかく、二度目の上洛などはかなり無理をしています。
自らの才と命をすり減らすかのように。
彼の才能と器量をもって、それが経験と実体験によって補強され、
裏打ちされ、太く強かになったなら、奥州国は現実のものになっていたでしょう。


この作品で、足利尊氏達は立場的には敵陣営であり、
彼が上洛しなければ顕家は死なずにすんだわけですが、不思議と彼には憎しみがわきません。
そして、彼の命を受けて奥州を抑えに行った、斯波家長に至っては、
ある意味彼はもう一人の主役であるかのようで、親しみさえ覚えます。
むしろ、怒りさえ覚えるのは民を思いやらぬ帝、腐敗した帝の近臣達、
新田義偵などの本来、顕家の味方であるはずなのに、足しか引っ張ってない輩の方です。
特に、新田は度々、愚かな事をしでかしていて、読んでいて鼻血でそうでした。怒りで(笑)。


鎌倉時代、戦国時代は小説や漫画になっていますが、この時代ってあんまり触れられてない気がします。
だって、顕家は21歳で死んだのに、私が少年時代読んだ歴史漫画だと、
ひげ面のおっさんとして描かれてた気がします(笑)。
まぁ、尊氏達を主軸に描くとすると、顕家が美男子で若いと書きづらかったのかもしれませんが。
顕家の生涯を漫画にすれば、かなり面白いものができあがると思うんですけどね。
どこか、出版社さん頑張ってくれないかなぁ。
戦国時代以外も、面白い時代は沢山あると思います。