2008-07-11
野蛮で残酷な日本的茶番
ニュース |
フィレンツェの大聖堂に学生が落書きしたとかなんとかいうニュースが繰り返し報じられていますが、この騒動を記念して、大聖堂側が学校名入りの銘板をこさえてくれるそうです。
大聖堂の事務局長は「謝罪訪問という勇気ある行動に感銘を受けた。寄付金で落書きを消した個所に、学校名入りのタグ(銘板)を作りたい」との意向を示したという。
(中略)
大聖堂の事務局長とともに面会に応じたフィレンツェ市の副市長は「文化を大切にする日本人の意思と厳しい態度に考えさせられた」と話したという。
http://www.asahi.com/national/update/0710/NGY200807100015.html
大聖堂に落書きをした学生たちに対しては国民的とも言っていいほどの非難の声が挙りました。当初短大側が厳重注意処分にしたことに対して、「甘すぎる。停学でもいいのではないか。」との意見が寄せられ、また別の大学では停学処分にしたものの……
一方、学生3人が落書きしていた京都産業大学では、27日に2週間の停学処分にした。処分だけみると岐阜の短大より重いものの、そんな同大にも、数百件の意見が相次いだ。それも、「停学では軽過ぎる」「退学にしろ」と、大学の対応について叱る声が多数だったというのだ。これに対して、同大では、学生らに対し、カウンセラーによる再発防止のための再教育を行うほか、現地へ行ってもらうことを検討している。
「極東の礼節の国」からの珍客、「文化を大切にする日本人」の記憶は、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の壁面、落書きだらけの壁面の隅に銘板として残されることになりました。真心こめた謝罪は世界共通なんだなぁ、向こうも謝罪を受け入れてくれたし一件落着かな?
……そんなわけない。
実ははじめから大聖堂側の意向なんかはどうでもいいのです。日本人は大聖堂の管理者に申し訳ないと思っているわけでもなければ、「文化を大切に」しているわけでもありません。*1ついでに言えば、わざわざフィレンツェに学長連れで再訪して謝罪したというけど、別に大聖堂の事務局長やその他フィレンツェ市の連中に謝ったわけではないのです。じゃあ日本人は何を大切にし、学生たちは何を傷つけ、誰に謝ったのか?
ていうか、これで怒ってる人ってホントに文化財とか世界遺産が大事だから怒ってるとは思えないところがあるんだよなー。要するに「日本の恥」だからでしょ?道徳的にちょっとでもキズがあると、もう「世間に顔むけできない」みたいな感性こそどうにかしてほしいよ。当事者でも何でもない上に文化財に関心があるわけでもなさそう人が、なんでここまで怒らなきゃいけないのか。規範をちょっとでも踏み外した人は、安心して叩けるとでも思ってるのか。
そう! 学生たちの落書きは日本的感性では「非道徳」であり、外国の地で日本人らしからぬ非道徳を働いた「日本の恥」学生たちは、「反省しています。罪を恥じています。だからまた仲間に入れてください」と日本人に謝ったのです。だから、大聖堂の壁面に銘板が輝く日が来ても、学生たちはフィレンツェ市民に許されても日本人に許されなきゃ意味ないのです。じゃあ、かくも日本人を怒らせた「非道徳」とは一体なんなのか? 20歳そこそこの学生たちに停学や退学を迫り、新婚旅行で落書きを残していた野球部監督を特定し吊るし上げた挙げ句、高野連の介入を招き監督解任のペナルティまで与えた大騒動。この騒動を突き動かしたのは本当に道徳なのか? そもそも日本人の道徳って何なの?
私はここに、道徳と称すのもはばかられるような、しかしあまりに日本的な価値観があるように思います。
端的に言って、日本人はどうしようもなく権威主義なのです。日本人に、日本人的という意味での連帯意識があるとすれば、「権威の前の卑小な個人」という意識、その卑小さとしての同質性のみがあるのだ、と言ってもいいほどです。大聖堂がフィレンツェ市民の祈りの場だったかどうかなんて大した問題ではありません。ただその建物に、世界遺産のすげえ建築物という権威の裏付けがあるかどうかというだけです。もはや、学生たちがしたことが落書きであって、他にも落書きがいっぱいあったなんていうことすらもうどうでもいいのです。肝心なのは、学生たちが「権威の前で己の卑小さをわきまえなかった」という点に尽きます。実際は現地でマジックが売られてたのだから、当の学生たちや野球部監督が「サンタマリアなんちゃら大聖堂」という権威を前にリラックスしたところでそこに悪辣な意図は全くないだろうし、落書きを「過失」というのも言い過ぎに思えます。しかし過失としたところで、権威に対しては過失も許されないのです。
昭和時代の最初の二十年間には、神になった天皇がまれに民情視察に出る場合、それは内務省や地方官庁にとって最大限の入念な準備を要し、ひとつの人為的なミスも許されない重大な行事であった。もし失敗があれば結果は悲劇的なものになった。一例をあげれば、1934年11月16日、群馬県の桐生で、天皇の鹵簿を先導するオートバイの警官が、ある信号で左折するところを直進してしまい、巡幸の行程をわずかに狂わせたことがあった。過ちを犯した警官は七日後に自殺を図り、群馬県知事と行幸担当の高官は懲戒などの処分を受け、県の警察官僚は二ヶ月の減給となり、内務大臣は議会で厳しく責任を追及された。*2
- 作者: ハーバート・ビックス,吉田裕,岡部牧夫,川島高峰
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昭和天皇誤導事件(しょうわてんのうごどうじけん)とは、1934年(昭和9年)に群馬県で行われた陸軍大演習において、視察に訪れた昭和天皇一行の先導をしていた警部が「緊張のあまり」道を誤ってしまい、一時天皇一行が行方不明になったと大騒ぎになった警察の失態事件である。前代未聞の事態であったため関係者が処分されたが、先導していた警部の1人が責任を取って自決を図り、当時は「よくぞ責任を取ってくれた」と賞賛する声が挙がったという。また事件名を「昭和天皇一行行方不明事件」もしくは、「桐生鹵簿誤導事件」とも呼ぶ(「鹵簿」は行幸の行列のこと)。
左折するところを直進しただけで大騒動となり、先導していた警部が自殺まで図るという悲劇。ハーバート・ビックスは、戦前日本に天皇を中心とした国家主義が育っていく中でのグロテスクな一側面としてこのエピソードを挿入しています。しかし、この「昭和天皇誤導事件」も、(警部の自殺未遂が賞賛されたというところも含め)今日の日本においてさほど特異な印象も与えずに受け入れられるのではないか? 「女子短大生フィレンツェ世界遺産落書き事件」への噴き上がりは、この「戦前」的価値観がなおも健在であることを感じさせます。そして、もしこれが現代においても日本人の道徳と称されるのなら、戦後はおろか戦前も終わってないのだなあと思います。いずれにせよ、この騒動自体とても気持ち悪いです。
事件後、本多警部は自宅謹慎していたが、県当局は自決を心配し部下2人を監視に付かせていたという。しかし、昭和天皇一行を乗せたお召し列車が前橋駅を出発する時刻が迫った時、本多警部は部下や家人を見送りに行けと命令し、その間に自決を図ったのであった。一命を取り止めたものの後遺症は重大で、舌の筋肉が切断されたため、会話に支障が出る状態になった上に、食道と気道が癒着してしまい、食事をするのも難しい状態になった。彼は全国からの賞賛の声に励まされ、「もう1度天皇陛下のために生きる」決心をしたという。
自殺に追い込んでおいて、失敗したら失敗したで賞賛するという残酷な茶番。各地に植えられた裕仁行幸の記念樹は同時に、権威主義者たちの過剰な抑圧と緊張による幾多の茶番をも記念しているのだろう。大聖堂に取り付けられる銘板と21世紀日本の茶番。そこには道徳も文化もない。ただ権威に盲従する「民度の高い」野蛮人どもの顔が映るだけ。「礼節の国」日本の記念に、永久に貼っつけといてもらえばいい。
*1:実のところ文化なんて大切にしていないということについては、id:hokusyuさんのエントリを参照→「落書き」は文化を破壊しているか?

誰でも分かっている内容ですね。
なんとなく気持ち悪いなぁとは思ってましたが、恥ずかしながら自分はその理由までは分かってませんでした。
過去の天皇誤誘導事件なんてのも知らなかったので大変勉強になりました。
有難うございます。
あそこで筋道立てて反論しても読解力のない人に「擁護だ」とたたかれるだけですから。
と、あおってみる。
新しく入省した官僚一年生たちに大臣が会いにくる。
その手筈を文書にするだけで本のような書類の束が出来てしまうとのことでした。
(大臣が五分遅刻された場合はこう、十五分の場合はこう、という段取りまで要求されるため)
あらゆるレベルで再演される構造なんでしょうね。
>誰でもわかってる内容なわけがない。
そうでしょうか?恥だと思うから謝罪させに行くって、日本人なら誰でも分かってることじゃないですか?
「○○ちゃんに謝ってきなさい。謝ってくるまで晩飯抜きだよ!」ってお母ちゃんに怒られるのと一緒だと思うのですが。
天皇うんぬんに関しては時代背景が違うので、勝手に脳内除外しました。だからあえて「分かっている」と書いたのです。「知っている」と書いたら、皆が天皇の事件も知っていると受け取られると思ったので。
ペナルティの程度の大きさに関しては、額面通りに受け取るべきではないと考えます。
例えば、前々からこの監督を解任させたがっていた、としたらどうですか?
それに、「監督の解任」なんてのは、ただ肩書きを外させただけに過ぎません。こんなのはすぐに復帰させられます。田中マー君で有名になった駒大苫小牧の香田監督だって、不祥事から2ヶ月弱で復帰させてます。
ちなみに「落書き」というのは犯罪心理の面で注目を浴びています。
ニューヨークでは落書きを無くすことで犯罪率が減少していますし、札幌市でも落書きに加えて違法駐車をなくすことで同様の減少が起こっています。
ですから、”たかが”落書きではないです。
日本人から今、潔癖性を取ったら何か残ります?
日本人って道徳だけで保ってる国民だと思うのですが。
それが今、色々な部分で道徳が崩壊しているから、潔癖に成らざるを得ない状況になっているのだと思います。
たまたまこのエントリーを読んで、スッキリしました。
昭和天皇誤導事件なんてのもあったのですね。
個人的には、ほんまグロテスクやなー・かかわりたくないなーですが、今も違和感なく受け入れる人も確かにいそうですね。
ともあれ、いい記事ありがとうです。
買った物にブランド価値があれば「ブランド狂い」で、
好きになった女性の胸が大きければ「おっぱい成人」か。
落書きを建造物損壊と認定する最高裁の判決が有ります。
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/building/news/20060120/127083/
自国で犯罪と認定されている事を他国で行う事への批難が
”「権威の前で己の卑小さをわきまえなかった」”
という意識で行われているとは思えないのですが。
些細な問題に過剰に吹き上がるメディアや
状況に便乗して”停学ではなく退学にしろ”等と煽る馬鹿は問題だと思いますが
事件の背景に日本人の権威主義的傾向を見るのは違うんじゃないでしょうか。
>誰でも分かっている内容ですね。
激しく同意ってことですか?
……と思ったら、ちょっと違うみたいですね。
>天皇うんぬんに関しては時代背景が違うので、勝手に脳内除外しました。
天皇はまだ千代田区だかどこだかにいますよ。だから脳内除外しない方がいいと思います。
別に天皇云々っていうのはそこまで重要な要素でもないかもしれないですが。権威主義という話でいけば。
落書き消したらどうのこうのっていうのは、割れ窓理論ってやつですよね。大聖堂の落書き全部消して、マジック売り排除すれば落書きはなくなるでしょうね。でもその話と、今回短大生がバッシングされたことはあんまり関係ないんじゃないですか?
>それに「道徳的潔癖性」ってダメですか?
>日本人から今、潔癖性を取ったら何か残ります?
>日本人って道徳だけで保ってる国民だと思うのですが。
>それが今、色々な部分で道徳が崩壊しているから、潔癖に成らざるを得ない状況になっているのだと思います。
これは全然違うと思います。たった4行なのになんだか意味わからないし。
潔癖性を取ったら道徳が残って道徳だけで保たれてるけど道徳は崩壊してて潔癖しか残らないんですか???
いずれにせよ、私が言いたいのは、「道徳」を振りかざしてるようで、やってることは道徳的でも何でもないんじゃないの? ってことです。本当に道徳的潔癖性ならまだマシ(あんまり良くない)けど、道徳ですらないのでは? ということです。
ありがとうございます。
前に「「道を踏み外した人を叩かない奴」が叩かれるご時世だからねぇ。」って書いてましたよね。本当にイヤな世の中だと思います。今や、「道を踏み外して」いない人まで叩かれますよね。ちょっと無作法(?)なだけで叩かれます。道を踏み外してるのはどっちだよ! と思いますね。自分こそ道徳的で良識的だと思い込んでる側が、実は極めて醜悪な意図に突き動かされており、それでも多数性を根拠に良識派として澄ました顔をしている。このような道徳的自己欺瞞こそ、真の悪だと思います。
>比さん
私も以前、2chで頑張ってたことありますけど、チョンとかDQNとかゆとりとか言われただけでした。「チョン」なんていうのが罵倒語になると思ってる恥知らずに何言われてもいいんですけど、最後まで言わせてもらえない感じになるのはイヤですよねー。
>ecojiroさん
私のところには「通りすがり」さん来ないなーと思ってたんですが、よく確認したら「はてなユーザのみコメント可」の設定になってました。設定変更したら来てくれたので良かったです。
昭和時代うんぬんのくだりも読んでもらえると嬉しいです。(どっちでもいいか)
ともかく、ありがとうございました。
官僚ってすごく優秀な人だろうに、そういうことで苦労するのは大変ですね。
鬱陶しいから来ないで欲しいですね。
ふと思ったんですが、震災なんかがあると天皇とか大臣が出向きますけど、やっぱり現場では数多くのドタバタエピソードがあるんでしょうね。イメージ的に、天皇自身は多少準備不足でも怒らないだろうし、この桐生の事件でも、当の昭和天皇からは全くお咎めナシだったそうです。権威を必要とする人たちが、権威を懸命にこしらえるということか。
とはいえ、天皇自身もあんまりないがしろにされたらやばいと思って振る舞いを変えるかもしれないけど。(笑)
>asaTKさん
いい記事って言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございました。
先日、チケットを貰ったので全然興味ないながらもK-1を観に行ったんですけど、これがリングサイドみたいな一番高額な席でした。で、周りが極道ばっかりだったんですね。なんか一番偉い人以外は常に気を遣ってるみたいで、緊張感がピリピリしてました。関わり合いになりたくないですよね!
>unkさん
そう言えばブランドに走るのも権威主義的ですね。でも、本当にモノがいいのかもしれないし、カバンとかクルマとか趣味の範疇なんだから、好きにやってるものを「ブランド狂い」とかあざ笑うのは私は嫌いです。
例えば、海外で女子大生が駐車違反したら学長が謝りにくるんですか?
ただ犯罪だからってことで単純化できるようなことではないと思いますけど。
ところで、「実は犯罪に問える」みたいな観点で人の行動を制限するのって、すごく恐ろしいことですよ。なんであなたがわざわざ落書きと建造物損壊を結びつける必要があるんですか?
あなたは権威主義とは別口だと言ってるんだから、対象がフィレンツェの聖堂だったことすら問題外としているわけですよね。
あなたが自分で大切にしているものに落書きされて、器物損壊だと騒ぐならまだわかりますよ。でもあなた流の法解釈フェティシズムに基づく正義からすれば、あらゆる落書きを犯罪としてしょっぴけということになるわけですよね。
公安警察みたいな微罪追求を庶民レベルで率先してやるのとか最悪ですね。
あなたがもし、「法的に問題があるから糾弾されて当然」っていう考え方をとり、そういう態度を「情緒を交えない分だけ無謬性がある」とか正当化できると思ったら大間違いです。そもそもの「法的な問題」自体が恣意的にねつ造されることがあるからです。落書きにしたってそうです!
>釣られた人さん
トラバにも釣りブログとか書いてるのがいるけど、自分の見解と正反対だったからって相手が相対主義者なわけじゃないし。まして釣りじゃないし。
>例えば、海外で女子大生が駐車違反したら学長が謝りにくるんですか?
>ただ犯罪だからってことで単純化できるようなことではないと思いますけど。
道路交通法による取り締まりの対象である駐車違反と
刑法である器物損壊罪、建造物等損壊罪ではそれぞれ罰則が違いますし
それらに相当する行為が日本の外で行われた時の社会からの批判の度合いも違うんじゃないでしょうか。
>ところで、「実は犯罪に問える」みたいな観点で人の行動を制限するのって、すごく恐ろしいことですよ。
>なんであなたがわざわざ落書きと建造物損壊を結びつける必要があるんですか?
落書きを建造物等損壊罪と認定したのは私ではなくて東京高裁と最高裁ですよ。
もちろん、あらゆる落書きが建造物損壊とみなされる訳では無いでしょうけど
落書きは「実は犯罪に問える」んじゃなくて、少なくとも日本ではれっきとした犯罪な訳です。
>あなたは権威主義とは別口だと言ってるんだから、対象がフィレンツェの聖堂だったことすら
>問題外としているわけですよね。
最高裁が公衆トイレへの落書きを建造物損壊と認めたのは
違法行為を行った者が公衆トイレという”権威の前で己の卑小さをわきまえなかった”からでは無く
「落書きはトイレの利用者の不快感を招くうえに、消すことが困難で塗装の上塗りに7万円を要する」
と、認めた東京高裁の判断を追認した結果な訳ですよね。落書きをした対象がフィレンツェの聖堂で無くても
程度の差こそあれ、この落書きは社会の批判を浴びていたと思いますよ。
http://sankei.jp.msn.com/photos/world/europe/080624/erp0806242110006-p1.htm
>でもあなた流の法解釈フェティシズムに基づく正義からすれば、あらゆる落書きを犯罪としてしょっぴけ
>ということになるわけですよね。
今の日本ではあらゆる落書きが犯罪としてしょっぴかれている訳ではありませんが
中には杉並区の公衆トイレの件のように執行猶予付きの懲役刑が下る場合もありますよね。
軽犯罪法違反なのか、器物損壊罪なのか、建造物等損壊罪なのかは
行為の程度によるのでしょうし、私も”あらゆる落書きを犯罪としてしょっぴけ”とは考えてませんよ。
>公安警察みたいな微罪追求を庶民レベルで率先してやるのとか最悪ですね。
>あなたがもし、「法的に問題があるから糾弾されて当然」っていう考え方をとり、そういう態度を
>「情緒を交えない分だけ無謬性がある」とか正当化できると思ったら大間違いです。
>そもそもの「法的な問題」自体が恣意的にねつ造されることがあるからです。
>落書きにしたってそうです!
上で「些細な問題に過剰に吹き上がるメディアや
状況に便乗して”停学ではなく退学にしろ”等と煽る馬鹿は問題だと思います」
と書いた通り、批判をどこまでも加えていいとは考えていませんよ。
けれども建造物等損壊罪は”微罪”ではありませんし
それに相当する行為が日本の外で日本人によって行われた際に
日本社会から批判が出る事が、日本人の権威主義的傾向によるものである
とはやはり言い難いんじゃないでしょうか。
おっしゃりたいことがわかりました。
確かに、権威主義云々は抜きにして、物事の合法性/非合法性のみに依拠して善悪(好悪?)を判断するあなたみたいな人もいっぱいいるかもしれないですね。
これも法解釈の正当性に対する一種の権威主義かもしれないですけど、まあ私も「権威主義」って言葉に拘泥したいわけでもないし、そういう立場が本エントリでの「権威主義的態度」とは別物として成立してるといえばそうかもしれないと思いました。
>落書きを建造物等損壊罪と認定したのは私ではなくて東京高裁と最高裁ですよ。
>もちろん、あらゆる落書きが建造物損壊とみなされる訳では無いでしょうけど
>落書きは「実は犯罪に問える」んじゃなくて、少なくとも日本ではれっきとした犯罪な訳です。
とはいえ、こんなことを繰り返し書いてくるあたり、私が先のコメントで指摘した問題性は全く伝わってないみたいですね。
いずれにせよ、あなたみたいな人は多いと思いますよ。
自身の倫理的判断を裁判機関にアウトソーシングし、「合法性すなわち正当性」と思い込んでる人は。こういう発想の人が多いからこそ、公安警察は微罪追求と別件逮捕を繰り返し、愛国議員は違憲立法をたくらみ、あらゆる抵抗を非合法化しようとするんでしょうねー。まあこのことについてはそのうち書きたいと思います。