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薔薇のささやき

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2012-01-02

少子高齢化が求める将来都市像

高齢化世代が居住する土地は都市の周辺地域に多い。従って高齢者率が高い都市では中心空洞化が進み、郊外部に高齢者が散在するという極めて効率の悪い都市が形成されていく。
戦後人口増加と車社会に乗じて画一的に行われてきたインフラ整備は少子高齢化社会を迎えるに当たり、大幅な梶取りの変更を余儀なくされる。
では、いかなる街づくりが推奨されるのか検討したい。
東日本を襲った大震災による被災者が最初に要求したのは医療介護だった事に注目したい。この街にずっと住み続けたいと思う1つの、いや最大の担保は医療福祉の充実感ではあるまいか?
戦後以来、中心市街地の活性化は街の顔として商業ベースで進められてきた。市街地で高級ショッピングができ、食料品など何でも手に入ることがヒトを集める手段として計画されてきた。ところが1980年代にはアメリカ社会を模した車移動を前提とした大型ショッピングモールが次々と郊外に建築され、中心商店街はシャッター街となり空洞化した。今や地方の市や町の中心街は人通りが無く車がたまに行き交う廃墟同然の所もある。
ヨーロッパの伝統ある都市の多くは、中心街にヒトが集う絶妙な空間を有している。教会、劇場、音楽ホールなどを配した広場がある。車を排除した空間で、家族や友人と食事や会話を楽しむコミュニティー広場がある。日本でも市街地でお祭りや伝統行事を行なっている所があるが、普段の街の顔を変えてしまう刹那感がある。ヨーロッパの伝統に息衝いた街の情景は今後日本でも街作りの主課題として行くべきである。
さらに大切なことは、医療と福祉機能を中心市街地に置くことである。これはヨーロッパの伝統街とは一選を画すことかもしれない。近年の巨大病院はその立地性から広い駐車場を有することができる郊外へ新築移転されることが多くなった。職員の通勤不便性はもとより高齢者は病院への受診手段が途絶えてしまった。また老人施設の場所もどういう訳か郊外、しかも山奥に建設されることが多い。これでは家族や親戚が毎日顔を見に通うことさえできず、遠縁化し「姥捨て山」的感覚に陥ってしまう。
高齢者疾患に特徴的な脳血管障害や骨折は急性期治療後に長期的なリハビリテーションが必要である。長い間入院生活を強いられるという点で、昨今の回復期リハビリテーション病棟の療養環境は決して恵まれたものではない。退院後の継続リハビリが機能維持に重要とされるのに、住んでいる土地が病院から遠く連携が難しい。ITを利用した病院から在宅への支援ネットワークはこの溝を埋めるかもしれないが地図上の距離は埋まらない。
急性期病院が街の中心にあり、その隣に効率よく機能分化した慢性期病院が配置され、その隣に老健施設があった場合、急性期〜在宅への包括的ケアが距離的にも必然的連携によって可能になる。保健施設を連ねて健康予防推進ができる。また学校、市のシンボル的建築物を配したコミュニティー広場があれば、人々が集い様々な伝統文化継承される。商業機能を併設することによってわざわざ郊外の大型ショッピングモールへ車で出なくとも、お見舞いついでに買い物を済ませることが可能になり、遠縁化の解消にもなるだろう。

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