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2017-08-16

期限


「有効期限が残り7日です」と表示された。当初は残り20日を切ったら表示してその後一日ずつカウントダウンするようにしてたのだが、20日前だと早すぎるので一週間前からにしてほしいと頼まれて、先週設定を変えておいたのだ。


これでOKだと思って、何となく更新ボタンを押下したら、画面がリフレッシュして「有効期限が残り6日です」に変わってしまった。あれ?おかしいと思って、何度か更新ボタンを押下してみたが、やはり残り6日のままである。


日数指定を間違えたのかな?と思って計算してみたが、期限切れの日は22日で、今日は16日だから、この表示で正しい。しかもそれで思い出したのだが、たしか設定変更した先週時点で相手に「8/15になったら7日前で警告表示されると思います。」とメールもしている。


だったら、7日前と表示されたのは昨日のはずだ。あれ?昨日だったっけ?今日確認したのではなかったっけ?今日どころかついさっきのような気がするのだけれども。


更新して「有効期限が残り6日です」に変わったなら、更新前の状態は15日、つまりどう考えても今から早くとも十二時間以上前に確認していたことにならないとおかしい。でも昨日だなんて、そんなはずはない。いくら考えても、ついさっき見たばかり、そうとしか思えない。

2017-08-15

ポケゾン


諸々支払いその他の準備とか連絡など。電話して、銀行行って、終始ばたばた、昼休みの短い時間に色々したいのに、お前ら邪魔だ!どけ!と、どやしつけたくなるくらい、横浜は街中ポケモンだらけである。ふだんはガランとしていて、酔っ払ったおじさんが一人ぽつんとベンチで寝てるだけみたいな場所に、朝っぱらから黄色い防止をかぶってリュック背負って俯いてスマホを見てる有象無象がいっぱいいる。人間の形をしているが、たぶん意識をもたない、光とかある種の音だけに反応して行動している、ほとんどゾンビ生体と思われる。そんなポケゾンビがポケモンを捕まえようと、群れを成してゆらゆらと歩き回っているのだ。マジで、ゲートを抜けて会社の中まで入ってくるんじゃなかろうかと思うくらいの大量発生である。動物化どころか、ほとんど虫化している感じだ。

2017-08-14

一人暮らし老人


掃除は、掃除ロボットがしてくれる。床は勿論、テーブル、棚、窓ガラス、モノの隙間、台所、バストイレ、脱衣所、玄関、換気扇、すべてやってくれる。

洗濯もだ。投げ込んでおけば定期的に、洗濯、乾燥、アイロン掛け、折り畳み、収納まで、これもすべて自動だ。

食事は宅配サービスで食材を買って自炊でも良いし、スケジューリングされた栄養価の高い献立が届けられるプランもある。

歩行支援機器類もあるが使い過ぎは禁物で、なるべく自力で運動するように心掛けて下さい。

排泄・入浴も支援機器を使えるし、採尿便の検査分析もその場で行える。(機器が成分解析してデータだけをサーバーへ送付する。)

緊急時のコールボタンもあるが、身に着けたウェアラブルデバイスで脈拍や血圧や呼吸、心拍数などリアルタイム監視されているので殆ど必要ない。

顔を向けた方向にテレビ画面やインターネット経由の通信情報を表示するモニタフレームが現れるので、話しかけるだけでテレビ視聴やネット検索や調べものや買い物が可能だ。

保険適用内なので、これらのサービスはすべて、個人負担一割くらいで利用できる。要介護認定で介護度3以上なら実質無料だ。

技術の進歩で人件費が大幅削減され、介護の世界はかなり利用者にとって、とくに近年爆発的に増加した一人暮らしの老人にとって、かなり便利で快適な方向に発展することができた。


それでも貴方は、嫌なのか。不満なのか。

どうしても納得できないなら、その場合、貴方はその格好のままで、今夜0:00出発の深夜バスに乗っていただきます。

2017-08-13

帰宅


ハエが飛ぶ音で目が覚めた。港町の海沿い、干物がびっしりとまるでソーラーパネルのごとく天日干しされた場所から三十メートルも離れていないから、ハエやらフナムシやら猫やらが周囲にいっぱいいる。その天日干しと道路を挟んだ向かい合わせに観光客を相手の売り場があって、Sの母親と奥さんと、お手伝いの女性が、忙しそうに立ち働いている。その忙しい合間に用意してくれた朝食はアジの開きとご飯と味噌汁と、きわめて質素ではあるがこれがほんとうに、しみじみと美味しい、素晴らしいと思う。アジの身を箸で細かく細かく取りながら、できるだけ長く食べていたい、食べ終わりたくないと思う。ふだん白米をほとんど食べないので余計に美味しいと感じる。


朝食後、さしあたりする事はなく、畳の上に寝そべっているばかりである。子供たちはこれから海に行くらしい。Sは早朝から釣りに行ったらしい。深夜まで飲んでいたのに大丈夫なのか。日差しは夏らしく強烈だが、まだ朝の時間帯だからか、涼しくて快適だ。冷房もせずに窓が開いてるだけで、ひたすら風が入り込んできて、その場にいて肌が汗ばむことはまったくない。しばらくして、厚かましくも缶ビールをもらう。親戚とはいえ他人の家で午前中から酷い態度だが、夏休みは僕は、いつもそうだ。この家の、Sのお母さんはたしか僕の父と同年齢だったはずで、だとしたら七十代後半だけれども、たしかに昔と較べたら少しは老いたようにも見えるが、その働き方を見ていたら、なんという快活さかと驚嘆する。僕が畳に寝そべってビールなど飲んでいるひとときの間、外の作業場を右から左へ早足で歩いて行って、しばらくしたら魚の入った籠を両手で持って戻ってきて、さらにしばらくしたら軽トラックに乗ってエンジン音を響かせながら出て行って、しばらくしたら再び戻ってきて、また反対側から何かを抱えて作業場まで歩き去る、といった按配で、とにかくひたすら立ち働いている。信じがたいほどの労働量である。というか、慶弔関連の催し一般もそうだけれども、どうして田舎の親戚家の、夏のお盆つまり墓参りを控えた時期というのは、男性はこうして寝そべり女性は働くという構図が、ある種の様式美というか、どうしてそれがある一つの型になってしまうのだろうか?などと自分のだらしなさを棚に上げてシレッと不思議そうな顔をして云いたくなる。いや、そんな型、聞いたことないですとの反論もあるだろうが、少なくとも自分における夏休みの田舎の過ごし方としてはこれが正当な作法ということにはなる。僕だって心苦しいのだが、これはこれで、仕方がない。


Sが帰ってきて、釣果をご馳走になる。そのとき炊き込みご飯も出してくれたのだけれども…もう昨日も今日も僕は、完全に食べ過ぎで、よくそんなにと思うくらい食べた、というか、茶碗のご飯を何度もお代わりするという行為が、一体何年ぶりなのかという状態である。お土産までいただいて、いよいよS実家を後にする。再度病院まで送ってもらって、僕一人で父の病室へ向かう。月曜日から主治医や社会福祉士との話をきちんと進めてほしい、必要なことは自分自身でしっかりと話してほしいと伝える、なんだか頼りない反応されて、あまり期待できないと思ったけれども、とりあえず自分の、今日出来ることはここまでだろうから、まあしょうがない。じゃあ帰るよと言って立ち去る。


近鉄名古屋行き特急で、16:30頃に名古屋着。新幹線の指定席を調べたらさすがにほぼ満席で、グリーン車がかろうじて空いてたので仕方なくそれを買う。N700系のグリーン車にたぶんはじめて乗った。自宅に着いたのは19:00頃だったか。金曜日の夜間バスのおかげか、一泊三日の日々がやけに長かった。

2017-08-12

実家


朝7:30、構内には既にかなり沢山の人がいた。久しぶりの近鉄特急名古屋駅プラットホーム。「ドナウ川の漣」のメロディが反響している。ビールと一緒に朝食は駅弁の柿の葉寿司。葉の香りが深く本来の寿司の在り方という感じがする。9:12伊勢市駅着。この駅をおとずれるのはたぶん初。目の先の雑木林のこんもりと盛り上がった緑色の塊。まるでその奥に隠されたスピーカーから鳴っているかのような、立体的にイコライジングされたかのようなセミの鳴き声。病院の面会は11:00から、ならばあと二時間弱をどうしようとなって、病院のすぐ傍にでかい入浴施設を見つけてこれ幸いと入館する。快適だったけれどもあまり長々とは寛がず、汗だけ流して10分かそのくらいで出て、脱衣所の脇に風呂とは切り離されているけれどもベンチだけ置いてある露天スペースがあって真っ裸のままそこにいたら、じつに快適な夏らしい微風がひっきりなしに吹いていて、しばらくしたら身体ぜんたいがほぼさらさらに乾いた。着替えてから親戚のSに電話。11:00に行くと言ったら、一般面会ではなくて身内なら時間関係なく入室できるそうで、あ、そうなの、と言って、教えてもらった番号の病室へ向かう。Sは既に来ていて、眠っていた父もやがて目覚めてこちらに気付いた。二言三言話した。今回入院までの経緯と身体の状態、治療方針その他については前日に主治医からあらかじめ電話で説明を受けていたので、今日はそれを本人を見て確認するくらいのこと、あと細々した病院の書類や事務手続き、親戚のSにお願いしなければならないことや留守中の父親宅の件など。まったく面倒というか、厄介というか、こちらは諸々気が重い。きっとこれからが、大変なのだろうな。


病院を出て、Sの運転で波切の父自宅へ向かう途中、昔話からちょっと寄ってみようかという話になって、倭町に寄り道した。志摩市の波切は父の実家で、伊勢市の倭町は母の実家である。ただしその土地も建物もすでに売却してしまって今はもう「実家」ではない。で、たまたまSも学生時代の一時期、この近くに下宿していたことがあった。そのことも久しぶりに思い出した。たぶんお互いに高校生の頃、その時以来だ。夏休みのたびに三重県に遊びに行くという習慣も高校生当時にはさすがに途絶えていて、僕とSとは子供の仲良し時代が終わってお互い十代半ばを過ぎて何年も音信不通な時期だったはず。そして今日、何十年ぶりかに訪れた倭町のその場所には、もちろん新しい家が建っていたし、向かいの家も斜め向かいの家も自分の記憶とはまったく別の建物になっていて、たしかにそこはかつて、子供の頃の夏休みに遊びに来た場所ではあるのだが、別に何ということもない、ノスタルジーの欠片も感じられない、そんな情緒の生じる余地のない、まったくの殺風景というか、べつに殺風景ですらない、ただのふつうの住宅地というだけだった。あまり来た意味がなかったなと言って、さっさと車に乗った。盆の墓参りの準備も必要だという事で、先のスーパーに寄って「しきび」を買う。「しきび」もまさに、ああ三重県に来たなあと思わせるアイテムだ。これが墓場や寺の仏前にたくさんお供えされて水に濡れて光っているのを、濛々と焚かれた線香の香りに包まれながら見ていたものだ。


父の自宅に寄って戸棚や机の引き出しから必要なものを探し出して鞄に入れて、不必要な食品類の処分なども済ませる。この家も老朽化が極まり、もはや終焉の様相をはっきりと醸し出している。もうここに戻ってくるような展開にはしたくない、というか、しないように働き掛けないといけないのだ。しかし現実は厳しいからな。まったく厄介というか、困ったことである。やはり世の中、金だね。お金がいちばんだ。お金は大事です。お金、たくさんあった方がいいですよ。しかしまあ、金が無いなら、せいぜい知恵を絞らなければ…。


Sの実家へ。東京在住のSの兄も丁度家族を連れて帰省していた。Sの子供3人、Sの兄の子2人が一堂に会する子供天国。皆揃って墓参りに出掛ける。墓参りは五年ぶり、たしか前回は父と二人で来た。つい先日のようだが、あれから五年…。まったく厄介というか、困ったことである。嫌だねえ。年は取りたくないものだ。しかしそんな、じつにどうでもいい、書いても書かなくてもいいようなことを、だらだらと書いているのも、ほんとうにバカらしいことだな。


帰宅後、港町の質素だけれども新鮮で美味い魚介類の食事をご馳走になる。ビールと焼酎、そのまま男性陣だけ外の店へ流れる。こんな超の付く田舎なのに、森の中にカッコいいバーがあって、酒の種類もわりと豊富なのがありがたい。マティーニを二杯か三杯、最近はこればかり飲むなあ。研ぎ澄まされたなかに、ふとした柔らかさと甘みの余韻が、後追いで立ち上がってくる。これは現実現実。そのほかは…。皆したたかに酔って代行車で帰宅。眠る。

2017-08-11

深夜バス


23:00、新宿南口改札を抜けると「バスタ」は目の前のビルである。案内図にしたがい4Fに向かう。フロアを上がっていくのに、目の前を何台ものバスが通り抜けていく。建物そのものが、バスの乗合用に作られていて、バスも螺旋状の道路を走行してフロアを昇っていく。ちょっと見た事のない異様な景色である。そして、案内板だの切符売り場だの売店だののある待合スペースやその周辺の廊下、通路、乗り場あたりにたむろし、座り込み、うずくまっっているたくさんの人々、ほとんどが、若い、二十代とか、それ以外もいるだろうけれど、全体的にとても若いひとたち。それが、ふだんなかなかお目にかからないくらい沢山、溢れかえるばかりに、それぞれの行く先のために、それぞれの時間を待機していた。すごい、こんな新宿、はじめて見た。ほとんど外国に来たような錯覚をおぼえた。


とりあえずビールが飲みたいと思って売店を探すが、目の前で行列になっているファミマ以外に買い物できる場所は周囲になさそうで、仕方なく並んだ。店が狭くて、会計に並ぶのではなく陳列棚の前に行くために並んでいるような状態なのだ。人の隙間をみて、すーっと飲み物売り場まで動いて、すーっとレジに並ぶと、思ったよりも早く買えた。そのへんに立ち止まったままで、飲みながら周囲を見渡すと、夏の夜の、あわただしい、乗り物を待つ人間たちの、旅行者たちだけがかもしだす、不思議な息使いと排気ガスが混じり合ってその場に堆積している、そんな鬱蒼とした空気が充満していた。


0:00ジャストの便を予約も支払もすでにネットで済ませているが、この後どうやって乗車するのか、いまいちよくわかってない。案内の人に聞いたら乗るとき名前言って下さいとでかい声で教えてくれた。そうなんだ。ブルーノート東京みたい。そうこうしているうちに、おそらく自分が乗る便の同乗客らしき人々が、少しずつ並び始める。皆お一人様、若い人々。小綺麗な普段着の女性も普通にいる。バスが来た。ゆっくりと揺らぎながら停車する。名前を言うと、座席番号を言われる。その席に座る。窓にも運転席にも、厚めのカーテンが掛かっていて、舞台の緞帳の合間にいるみたいな状態。隣にはTシャツに半ズボンの男性。すぐにブランケットをかぶってしまう。座製は一席と通路を挟んで二席。一席の方は席ごとにカーテンで遮蔽されるので、あっちなら一応個別空間を作れてそれなりに快適かもしれない。二席の方だといわば相部屋みたいなものだ。どちらにせよ、移動のための乗り物に乗り込んだというよりは、簡易宿泊部屋に案内されたかのような感じだ。で、バスが発車して、5分も経たないうちに車内灯も消灯される。まさに眠る以外の選択肢がいっさい奪われた状態。いや、それでかまわない、そのための深夜便である。自分もその気になる。つまり、即入眠をこころみる。眠ろうとする。身体をシートに預け、頭を窓際に押し付ける。車輪が道路を噛んで走る音と振動だけを頭をの中のほとんどにしたまま、観念して、ただじっとする。


1時間半くらい経って、眠るのをあきらめる。やはりこれは、慣れが必要なようですね。なかなか、そう簡単には、上手くいかない。次回機会があったら、もっと上手くやる。今夜は、もういいや。さっきまで読んでた本の続きを読みたい。しかし車内は真っ暗で、隣は寝てるし、読書灯着けるのははばかられる。iPhoneの画面で照度最小なら、かろうじて許されるか。iBooksは背景色黒に白文字になるので明るさ控えめで、金の無駄だとは思ったが、仕方なくさっきまで読んでいた文庫本をオンラインで検索して、その場で電子書籍版を購入して、続きを読み始める。


【フランス人たちを乗せた輸送車が停車し、自転車を漕ぎ続けたマリ=エレーヌ・ルフォーシューは遂に列車に追いついた。列車から出てくる人影の中から夫のピエールを見つける。その瞬間「この世のどんなものも、たとえそれが親衛隊の機関銃であろうとも」彼女が夫に声をかけるにを妨げるのはできなかっただろう。手で自転車をひいたまま、彼女は二人をへだてているヒナゲシの咲き乱れる牧場をつっきり、土手を駆けあがって、二人の兵士を押しのけ、三輌目の車輌の駆けよった。やつれはてたピエールの前に立ったとき、彼女はふっと思いついたままを行動にあらわした。ポケットから白いハンカチをとりだすと、彼女は汗と脂で真っ黒になった顔に押しつけた。

 どういうわけかわからなかったが、ピエールの後ろに立っていた親衛隊の兵士は肩をすくめてみせただけで、この若い女性が囚人の乗り換えの終るまで、顔色の蒼白な、危なかしげな歩き方をしている夫の側について歩くことを許可してくれた。片手で自転車をつかみ、片手で夫の肉のおちた指をつかんで、彼女は夫や、その不運な仲間の道行に同行した。ぼろぼろになった夫のズボンに、彼女のスカートがかすかにふれていた。彼女がこの二時間のあいだに味わったよろこびの半分をうるためにでも、自転車に乗ってここまでやってきたかいがあったというものだ。乗り換えのための、心を顛倒させるような残酷な二時間に、二人のかわしたいろいろな言葉のなかで、マリ=エレーヌの記憶に刻みこまれたものが一つあった。その言葉を聞いたとき、マリ=エレーヌは、ゲシュタポの拷問も、この男をくじくことができなかったことを知った。夫はまだユーモアを解しているのだった。親衛隊の兵士が二人を最後にひきはなしたとき、ピエールは微笑をうかべて彼女に言った。

 「こんな旅行をさせられたあとでは、マリ=エレーヌ、ぼくはもう決して寝台車の料金がどうのこうのと言わないって約束するよ!」】


この箇所まで読んで、走行中のバスの暗闇の中で、思わず微笑み、そのあとで、ほとんど泣いた。地図で見ると御殿場とかそのあたりを過ぎたあたりだったかも。今、書き写していても、胸の奥が熱くなる。


少し疲れて、iPhoneをOFFにした時点で何時だったのか、まったくおぼえてないが、やがて覚醒とも睡眠ともいえない時間がおとずれた。しかしやはり、ほぼ覚醒状態に近かったと思われる。ひたすら走行音とエンジンの唸りと振動に包まれて、流れ続ける灰色の時間を見ているだけみたいな。まったく起伏のない、無色の平面上のすみずみまで、だいたい記憶してしまっているような記憶、というのは、だから錯覚で、所々意識は途切れているのだとは思うけれども、たぶん結局、最後まで眠れてはない。カーテンの向こうが明るくなり始めたのも、思ったがより早かった。名古屋。あと二時間、あと一時間と、ひたすら考えていた。念のために後で活動量計を確認したら、やはりその日は、僕は睡眠を取ったことにはなっていなかった。

2017-08-10

入院


父が再び入院したとのこと。伊勢赤十字病院。また行かなければいけない。やれやれ、来る三連休が、すべてパーになった。もっとも別に、とくにこれといって休暇中の予定はなかったけれども。しかしこれでまた時間も金も使っちゃうなあ、あーやれやれ、と思う。親が倒れたのに、その言い方はなんだ、酷いじゃないかと思われるであろうが、まあ、実際そんなものである。


金を惜しんで、今回は夜行バスで行く。と決めたのだが、バスだろうが新幹線だろうが、今日明日はこの一年でもっとも交通機関が熱く稼動する日すなわちお盆期間ではないか。なぜよりによってこんな時期に自分は移動しなければいけないのか。不条理さに目も眩む思いである。新幹線 混雑状況で調べたら、×印がひたすら並んでるし、バスもキャンセル待ちがひたすら並んでいる。行くなら早い方が、可能なら今夜、と思っていたが、それはあきらめて金曜の深夜出発にした。それならバスの空席が、便によってはまだ1席とか、そのくらいはあった。しかし全然お得じゃない。新幹線よりちょっと安いだけだ。こんな値段を深夜バスに払うなんて馬鹿げてるが、でもしょうがない。なにしろ時期が悪い。


というか、もしかして、iPhoneが僕の手から滑り落ちて床にて割れたあの日のあの瞬間と、まさにそれと同時刻において、モノと人とが、異なる空間を越えて同時刻シンクロしてきれいにユニゾンするが如く、もしや父親も倒れたのではあるまいか?そんな気が、しなくもないが、でも計算したら、さすがにそれはないか。どう考えてもiPhoneの落下が、一日以上早いはず。しかしiPhoneも父親も、両方とも致命的な壊れ方には至らず、ひとまず良かったですね。父親は自然故障みたいなものだから無償対応してほしいくらいだが、もうサポート期間とっくに過ぎてるってことだよね。つまらないことばかり書いていて、愚劣さに七転八倒したいのを抑えるのが難しい。

2017-08-09

修理


桜木町にあるAppleのサービスプロバイダに行って修理プランを紹介された。あれ?無償対応ではないんでしたっけ?と聞いたら、自然故障であれば無償ですが、今回のような場合は有償になります、とのこと。そういえば数年前に利用したときは、あれは症状が突然電話時の相手の声が聴こえなくなるということで、だから交換になったんだった。では、そうですか、それなら有償でもいいです、有償でも電話会社側の保証プランで修理費の8割くらい補填されるのである。しかし、画面修理だと修理に日数を要する、だいたい2、3日掛かる、とのことで、それだと困るので一旦保留にした。青山とか銀座の店だと数時間で対応可能とのことで、また予約し直して行くことにした。しかしあの辺の店は超混んでて、あまり行きたい場所ではないのだけれども…。サランラップは一日経ったらボロボロになってきたので、全部剥がしてiPhoneパネル用貼り付けシートに変えた。これもかなりいい感じで操作にも問題なくこのまま使い続けても良いくらいだが、それだと保証の意味がないので、早く修理しなければいけない。まったく事態の愚劣さに泣きたくなるのを我慢するのが難しい。

2017-08-08

割れ物


iPhoneは、落とすと割れる。それが再び、今夜もまた…。なのであった。応急処置でサランラップを巻いたら、非常にいい感じで、操作に何の問題もない。今回はアップルのサポート期間内だしソフトバンクの保証オプションも使えるから万事問題なしだ。手続きが面倒くさいだけだ。備えあれば憂いなしだ。そのように自己満足した、というか、自己満足な思いを掻き立てて自分を煽った。それで事態の愚劣さに身悶えしたくなるのを誤魔化したかった。

2017-08-07


電車が、少しずつ、お盆休みの雰囲気になってきた。世の中全体的にも、これから少しずつそうなる。毎年、この雰囲気になっていくのが楽しみだ。楽しみにするほどのことではないとは思うけれども、でも実際に、そう思う。これを味わいたくて、わざわざお盆期間に夏休みを設定しないほどだ。世の中がぐっとスローダウンするときの、独特の感じは、正月よりもお盆時期の方が、よほど強い。お店はお盆期間でも、営業するところは多いみたいだけれども。空っぽになった東京の日中、どこかのレストランにいたら良さそうだ。

2017-08-06

ローマの休日


土曜日の夜「ローマの休日」をDVDで。僕はこの映画、生まれてはじめて観ました。実に面白かった。未見の人にぜひお勧めしたい。まだ観てない人が、世界にあと何人残ってるのか知らないが。


大使館を抜け出して夜の路肩で眠りこけているヘプバーンは泥酔しているかのような体で、グレゴリー・ペックが偶然通り掛かり、タクシーの運転手との面白いやり取りを経て、成り行き上、彼のアパートに泊まることになる。


グレゴリー・ペックとヘプバーンの最初の出会いの場面。(そんな馬鹿な?と思うくらいの、ほとんど泥酔しているみたいなヘプバーンの眠り方、薬を飲んでいたから、みたいな事だったかも、だが。)タクシー運転手とのやり取り。アパートに着いてからの、着替え、ベッドと長椅子との交替の仕方。何もかも、すごくよく考えられていて、一つ一つが楽しい。


部屋を出て、一人で行動するヘプバーン。市場をうろついたり、花屋から花をもらって、そのまま持ち去ろうとして慌てて止められたり、そして、髪を切ったりする。映画で登場人物が途中で髪を切るって、なんとすばらしいことかと思う。ヘプバーン。見ていて、世間が言うほど素敵な女性という感じでもないかも、痩せてるし頬骨の稜線がキツめで鋭角的だし…むしろグレゴリー・ペックの表情の方が魅力的かも、、などと思っていたのだけれども、髪切られたらさすがにアウトだわ。さっぱり短い髪で、ジェラートを食って、グレゴリー・ペックに再会してからは、オープンテラスのカフェに行ってシャンパンを、そのあとベスパで街中を乗り回して、夜になったら美容師に誘われてた船上パーティーへ行って、もう一日中楽しいことばかりで、黒服団が王女様を取り返しに来るのをからくも逃れて、川を泳いでずぶぬれで向こう岸に渡った後で、ふいに、ふとキスシーンが訪れる。この感じも、たいへんよろしい。というか、こういう流れの、こういうテイストを久しぶりに味わった。


観終わって寝たら、数時間後に起こされた。朝の四時だか、五時だか、部屋に明りが点いていて世界陸上のテレビが光っていて、100メートルが決勝でザワザワとした音声が聴こえてくる。結果を見て、そのまま二度寝することなく起きてしまった。

2017-08-05

ジャコメッティ展


昼過ぎに乃木坂へ。2005年に葉山でやったジャコメッティ展には行ってないので、この作家の大規模な展覧会を観るのは、今日がはじめてである。とはいえジャコメッティ、作品単体なら、おそらく何回かは、観たこと無いわけでもなかろう、あまりおぼえてないけど、などと思いながら、実はさほど期待もせずに会場に着いて、入口から入ってすぐの部屋に、一点だけ設置された女性立像が目に入った途端、予想外の強さにおどろく。しばらく作品の前からはなれられない状態。つ、つよい…と呟くよりほかない。ものすごいプレゼンスである。この一撃で、自分はおそらくジャコメッティの作品を、生まれてはじめて今観ているのだと悟る。


シュルレアリズム時代や、オセアニアや南アからの影響下にある彫刻時代を経て、一点、異様に鼻の長い仮面のような彫刻作品が出現するが、これがはっきりと、このあと来るべき作品群の到来を予言しているかのような造形。紐で吊り下げられた、やや扁平な頭蓋骨のような頭部。その鼻が、頭部自体の数倍もの長さで、棒状に、正面から観る者に対して先端を突き立てるかのように伸びている。今までとは明らかに違うフォルムであり、空間へのアプローチだ。全然洗練されてないけれども、この成果が作家にもたらした影響は大きいのではないかと、勝手に想像したり。


しかしその後、作品は一挙に、極端に小さくなる。数センチとか、そのくらいの人物像になる。あまりにも小さいので、これはもはや、粘土で塑像する小ささとしては限界に近いのではと思われるくらいである。というか、その制御し難さが肝心なようにも思われる。正面とか側面とか、そういう単位もほぼ消えかかる。小さいものを観るというのは、それはそれで一つの限定された経験になってしまう。ここまで突き詰めて、苦しい場所を通り抜けたのかと思う。


そして最初の展示室にもあったのと同時代の、女性立像群があらわれはじめる。やはり凄い。息を呑む。作品の前を立ち去るのがなかなか難しい。それらの立像は、頭部があり、眼窩、鼻梁、口元、顎をもつ。首から肩にかけてのフォルム、胸部、乳房のふくらみをもつ。両腕と腰のくびれとが作る隙間をもつ。骨盤の土台をもち、太腿から膝に掛けてすぼまるような逆円錐型の流れをもち、膝から足首までの支柱のような下降線を経て、足の甲へと広がって力を拡散させていく。それらすべては、見たままに存在するのだが、それらすべてが、異様に刈り込まれてぎゅっと押し込められた極狭の空間内に、ぎっしりと並べられて詰まっていると言ったら良いのか、すべての配列や構造を一旦ばらばらにされて、もう一度虚構として、しかし圧倒的なリアルさで再配置させられていると言ったら良いのか、なにしろ、そういう得体の知れぬ、謎なあらわれ方でいつまでも静かにそこにあって、ひたすら観ていることしかできない。確実に、空間内の虚構というか、美術造形的な領域を、しっかりと掴んで、やりたいようにやり切ってしまっている。単に上手くそこに成立しているというだけのたいへん素朴というか根源的なよろこびがそこにはある。こういうものに、あまり理屈を重ねてもしょうがなくて、ただ時間の許す限り観ているだけだ。


矢内原伊作関連もジャコメッティによる矢内原像は一点もなくて拍子抜けだったし、タブローも展示数が物足りなかったが、マーグ夫人の肖像は、悪くないというか、ああ、これぞジャコメッティ、という感じのタブロー。すごくカッコいいけど、一昔前の感じ、昭和の画家、という感じ。何十年か前の日本の具象画的、というか皆がジャコメッティの手のひらの上にいたようなものか。素描も、僕は鉛筆でひたすらゴリゴリやってるような素描は基本的にいくら観てても飽きないので、好きだからいいのだけれども、しかし、なんか妙に文学的というか、何がしかの意味合いの付与された感じというか、一昔前の哲学(あんまりよく知らないが)的な感じというのか、如何にも文学者とかと仲良くなってしまいそうな感じというか、それは受容側の浅さの話でジャコメッティの作品の問題ではないのかもしれないが、しかしかすかながらそういう臭みは感じなくはない。ジャコメッティは、個人的には高校生のときに画集をかなり見ていて、その思い出というかイメージの記憶が未だに濃くあるので、だから古いと思ってるのは自分の頭の中に残ってるイメージが古いということなのかもしれない。


風景は、途中何点か、最後にリトグラフでパリ景色の連作があって、どれもかなり良かったというか、そうかジャコメッティも、場合によっては、こんな普通に柔らかい空間のとらえかたをすることもあるのか。まあ、そりゃそうかもしれない、と。しかし、思ってた以上に「パリの画家」だったのだな。20世紀は遠くなりにけり。カフェで新聞を読んでるようないくつかの写真など見たりしながら、そう思った。

2017-08-04

僻説俗論


青木淳悟「僻説俗論 明治十年が如く」三田文学No.130(2017年夏季号)を読んだのは数日前のこと。西南戦争前後の明治時代。歴史の読み物として、ふつうに面白く読めてしまう。新聞や今で言うゴシップ系新聞雑誌の駄洒落系見出しや記事の引用が興味深い。というか、読んでいて昔の気がしない。おそらくこの作品中にはかなり強烈なマスコミ批判の側面もあると思えるというか、そう捉えてかまわないとさえ感じられる。上っ面を撫でて躁的によろこぶ浅墓さにおいて、百年あまりの時空を越えて、今も昔もマスコミという存在は、全く不変であり普遍的な一貫性を保持している。今後もきっと、未来永劫、このままなのではないかと思われる。というか、これだからこそ、マスコミなのではないか、こうじゃなければ、マスコミじゃないとさえ、言えるかもしれない。


それにしても、書く/語ることそのものが、勝手に戸惑っているというか、行為に逡巡しているかのような、明治とか西郷とかの選択されたテーマとはほとんど無関係な、描かれていること自体の、つい笑えてしまうような、どうも真剣な演技のふりができない、もっともらしさへに対する羞恥というかそれを無意識に避けようとしているというか、ゆえに違和感や座りの悪さをそのままにしてしまいたいような、青木淳悟的味わいは、いつもの通りだ。書いている小説家が、自らの自意識として恥ずかしがってるとか、そういう意味ではない。もしそうだとしたらそれほど変な感触にはならないと思う。もっと根本的な、書き手がいて、書かれたものがあって、読み手がいるという、根本的構造そのものからズレたい、ズレてしまう、みたいな感じだろうか。それが、このような典型的歴史小説的なテーマを用いて行われているところに。


まだ西郷が討ち死にする三日前の時点で、西郷星と称した「ちょっといい話」が流行るとか、驚き呆れるようなエピソードだが、どこかもの哀しさのある、結局は「いい話」に感じてしまう自分もいる。書かれたもの、生きた人、木戸は怒ってるし、板垣退助は一つの肉体で何十代も継続して「自由は死んだけれども、なかなか死なない」人物と化しているし、どの登場人物も、別に今までのおびただしい数描写されてきた物語や歴史系書物内で人物像や表現のされ方とことさら違うわけではなく、情緒的な訳でもないけど淡々としてる訳でもなく、というか書かれたものに一貫して一定のトーンが彩られているとは、そもそもどういうことなのか、文字を重ねて連ねることで、ある茫洋とした大きなイメージをもたらしたいと思って字を書く、のではない理由で字を書く人もいるだろうし、書かれたものもあるだろう。それは一体、誰が何の理由で、書くのか、なぜその書き方で、誰に対して書いたというのか。それは、そもそも何がしたいのか、という部分も含めて作品にする、しかもそれを目的化しない。でも、書くことは書く、書いた、とりあえずそれが、この小説では西郷であり、明治十年前後である。刊行年とか享年を並べていくことによって、感情的なものを中和していくのが、歴史の読み物の如何にもな形式的強さ、かもしれないとも思う。


夜遅く帰ってきて寝る前にしばらくリビングにいたら妻が起きてきた。深夜三時とかそのくらいの時間だったと思うが、このまま起きるのだという。なぜかというと、世界陸上を見るから。ああ、その季節がきたのかと思う。交代するみたいに自分は寝室へ行く。ずっとテレビを見てるのって、面白いわね。なんだか、楽しいことがいつまでも続いているみたい。誰かが、夢の中でそう言ったのを聴く。

2017-08-03

今日


今日は、どうしても、書くことがない。何があったのか、完全に忘れてしまった。たぶん、ほぼ何もなかったに違いない。明日や明後日なら、色々あるのだし、もう書き上げてしまった箇所さえあるのに、今日だけが、未だに空欄のままなのだ。どれだけ考えても、何も出てこない。そうこうしているうちに、日はどんどん過ぎていくし、記憶はますます薄れていく。もう、今日という日については、あきらめるしかない。今日はなかった、あるいは、今日は書かなかった。そう思うしかない。

2017-08-02

再会


今の会社に勤めて、すでに十八年・・・。あらためて考えると、その年月の非現実感に呆然とする。十八年もいたら、さぞ色々な出来事や経験があったろうと思われそうだが、それはたしかに色々あったが、まあ別に何もなかったと言えばなかった。


入社が99年だが、ゼロ年代中頃までとそれ以降で、ずいぶん変わった。その辺で一本、線が入っていて、時代が変わってる感じ。人も、がらっと替わった。だから、ゼロ年代前半以前のことは、遠い思い出みたいな感じになっているし、その頃いた人達とたまに会うのは、けっこう新鮮というか、その頃の時間に再会するというか、その頃に生きていた自分の姿を第三者視点から垣間見るような気がするというか、そんな不思議な気分を味わえる。今日はそういう会だった。しかし、久しぶりの人の顔を見て、その人の過去ではなく自分の過去に思いをはせるのだから、失礼と言えば失礼な話である。過去の知人は、今でもまだ自分の過去を生きていると思い込んでいる現在の自分。そんなものだろうか。ある程度昔からの知人というのは、過去の自分にアクセスするための触媒として自分の中に存在しているのかもしれない。だから現在の彼が、昔に較べてどんなに変わっていたとしても、あまり自分には関係がないというか、自分はそこを見ていないのかもしれない。いや、変わりすぎると、触媒としての効能が下がって、過去へジャンプし辛くなるから、それは困る。とくに外見の変化は、少ないほうがよろしい。失礼というより、冷酷というか、ちょっと、ひどい人かもしれない。


同窓会に出るのは嫌いではない。過去に再会する感触が楽しいからである。しかし、二度、三度と会うのはさほど興味を惹かれないので、一度目以降のお誘いは遠慮することがほとんどだ。二度、三度と会うと、もう過去の登場人物ではなくて、現在の知人でしかなくなってしまうからな。だからやはり僕は、自分勝手なのは間違いない。


九十年代の過去に再会したいとは強く思うのだが、相手がいないな。もう住所も連絡先も、名前すらおぼろげな記憶になってしまった人達ばかりだ。そのくらいでちょうど良いのかもしれない。

2017-08-01

カレー


水泳も、飽きてきたね。というか、もう限界だ。これ以上速くは泳げない。それに決定した。もはや今後のアクアライフに、先が見えてしまった。死ぬまでずっと、このペースで、泳ぎつつけるのだ。でも、まあ、酒を飲んでるよりは、泳いでる方がマシだっていうくらいの理由で、泳いでいるわけです。


さて、家で作るカレーについてだけれども、家では、エバラ食品の横濱舶来亭カレーフレークBLACK辛口またはS&Bのスパイスリゾートケララカレーを使います。僕じゃなくて、妻が作るんですがね。どちらも、かなり辛めです。それにしても、美味いですねカレーは。しかし美味いと言っても、所詮カレーだろ、とも思いますがね。


ここでカレーと言うとき、いわゆる市販のルーを使った、日本風またはそれに近い家庭用のカレーを指していますが、カレーは、あの料理は、美味いかどうか聞かれたら、美味いと言わざるを得ないのですが、それはともかくあの料理は、口に入れると、口の中全部が、カレーの味になってしまいます。口の中全部と、口腔奥から鼻腔、喉奥や目元近くまで、ぜんぶカレーの味と香りになりますね。あれは、どうなんでしょうか。あそこまでして良いのか。あれを美味いというのは、当たり前というか、あれだけ広がるものが、あれでもし美味くなかったら、それは既に、ほとんど苦痛に近い話です。


また、カレーという料理は、調和というものをまるで考えることができないところが、特長でありますね。カレーが、食卓にその一皿だけが、ぽつんとある感じ。カレー風味とかスパイスを使った料理なら話は別ですけれども、カレー単品に、何かを添えて、とか、組み合わせのハーモニーとか、一切ありえない。もちろんある種の漬物とかは付け合せるし、サラダとかが並ぶ事もあるでしょうけれども、それらが食品としてカレーと対等の立場とは言えない。カレーと対等に渡り合える食品など存在するのでしょうか。ライスやナンで食したり揚げ物を乗せたりしますけれども、あれらすべて、カレーという大地の上ではじめて存在感を示すことを許されているのであって、対等であるとはけして言えない。すべてを飲み込んで、すべてを自分の色に染めてしまう、それがカレーと言う食品の唯一にして最大の特徴なのです。


なにしろカレーは、酒に合わないですからね。ビールになら、かろうじて合うとも言えるかもしれませんが、あれは合うというよりも、邪魔にならないというだけです。水が邪魔にならないのと変わらない。まあ、ビールもその味わいの細かいところだとか香りだとか、カレーと一緒では、ぜんぜんわからなくなるので、厳密にはやはり、ビールも合わないと思った方が良いでしょうね。

2017-07-31

庶事


安酒でも、美味いのはちゃんと美味い。勿論、べらぼうに美味いとは言いませんよ。でも、これで充分だろうと言いたいようなヤツはある。逆に、プルミエクリュだのグランクリュだのが、必ず美味いと思えるわけでもないとも思うがどうですかね。食べ物次第なところはありますがね。とくに白は、そうじゃないですか。まあたしかに、あまり良いものを飲んだことのない奴に限って、そういう半可通な口を利きたがるというのは、それはわかりますがね。しかし半可通に居直って言わせていただくなら、それこそ中途半端が一番つまらない、もう自分はこの先、両極端で行こうと心に決めてます。何が極端なのかっていうと、高い酒、安い酒の両極端でございます。安いときはトコトン安酒をいただきます。高いときは、可能な限り精一杯トコトン金を出します。出来る範囲でですがね。だから中途半端なヤツにはなるべく手を出さない。心掛けとしてですがね。これが、意識的な体験の積み重ねを図るということです。まあ、高いと安いの間には必ず中間があるわけだから、AとBのどっちかばかり経験してたら、たまにはCもいいかと思って、たまにはこっちも新鮮な体験だろ、とか理屈を言い出して、それが何度か繰り返されて、次第に目に付いたところから、やたらとばらばら手を出し始めて、挙句の果てには、結局何がどうだったのかわからなくなる、というのがオチですがね。というか、だいたい、いつもそんな感じですがね。ちなみに食事はむしろ、世間に出回ってるものが、大方両極端というか、手間も金も徹底的に省いた安物か、相当手の込んだ高級品か、どちらかしか目に付かないところはあるので、食事はむしろ、中庸を狙いたいと。そこそこ手間の掛かった、そこそこちゃんとしたものを食うと。これは常にそうあるように心掛けると。これが戦略だと思ってはいるのですが、これも一度そうと決めて、そう取り組んでも、その中庸の中にもう一段階、奥まったところに深く、安物とそうでもない奴の格差の段が彫ってあるのが見えてきて、さらにその出来るだけ真ん中を狙おうと思って手を出したら、やっぱりその一品にも何段階かのバリエーションが広がっていて、と。ことほどさように、食の世界の奥深さは計り知れないものでございます。

2017-07-30

無人の風景


無人の風景というけれども、風景を見ているとき、自分もその場にいるのか否か。自分も風景の一部だという意識があるか否か。いや、そもそもそれを、無人であろうとなかろうと、風景だと思った時点で、視界と自分とは一旦切り離されると考えた方がいい。風景だと思った時点で、自分が風景の一部であることをやめる。テレビを見ているのと同等な状態になる。ということは、風景だと思ってない時点では、自分も風景も一緒くたで混沌としているはず。


芝居とか、色々な形式表現を鑑賞しているときも、それが始まったことを、認識した時点で、自分は目の前のことと同化するのをやめる。一旦引き離して、それを無人の風景のように見つめる。そこに、今はじめて来た人のように、目の前の人にあらためて気付く。それが始まるまでは、芝居も鑑賞者も見分けが付かない。一緒くたになっている。


先日「造成居住区の午後」を読んでたら「列車の窓の外に一瞬現れる『無人』の場所、或いは『無人の部屋』」という言葉が出てきた。思いがけず、見てしまう、見えてしまうもの、こういう事は、よくある。公園とか、広場とか、鬱蒼とした雑木林の中の、ぽっかり開いた空き地とか。


電車に乗っていて見えた風景なら、やっぱり視線はあるんだから、無人ではないじゃないか、と反論できるだろうが、いや、そうではなく、むしろ、このようにしか「無人の風景」というのは成立しないのではないか。


何年か前に、電車の窓から、幼稚園だか小学校だかの校庭が見えたことがあった。そこでは、園児たちと、保育職員たちと、保護者たちとが集まって、何か集会なのか、学芸会なのか、お芝居なのか、とにかく集まり合って何かやっていた。


これも「無人の風景」に近かった。感触としては、現実から離れてしまったときの畏れと慄きがあった。何か、やばいものを見たという感触が残った。誰が見ているのか、なぜ見ることができたのかがわからない風景を、うっかり見てしまったときの怯えが心に生じた。


母親だったか誰だったか、親しい人と話をしていたのに、相手がいきなり、静止画像のように停止してしまう、そういう夢を見たことがあった。静止してしまったので、仕方がないので、僕は手持ち無沙汰なのだ。あたりを見回して、何かする事がないか探すのだ。しかし静止している相手自体を、よくよく見つめたり、手で触れたりするのは、はばかられるのだ。それは、異なる位相に触れることになる気がして、よくないことが、起こりそうな気がして、どうしても気がすすまない。見たいが、しかし見るべきではない、と感じさせるもの。本物の「無人の風景」はそのあたりにありそうな気もする。

2017-07-29


銀座の観世能楽堂で第二十四回能尚会。番組は舞囃子「高砂」、能「屋島」、狂言「惣八」、仕舞「花筐 狂」、能「乱」。



舞台とは抽象的な平面空間、という感じがある。京都の庭も、そんな感じがするけれども、そのように囲ってあることの不自然さというか、無理な感じを、あえて隠してない、はじめから疑わしさを残したままの、それでもあえてその場に試そうとする、それら含みの試みの場のように感じられる。


まず囃子方が舞台に出てきて、続いて地謡が出てきて、まるで葬式に参列するかのように、厳かに各自の配置に付く。篳篥の音が強く響き、掛声が発されて、太鼓が鳴る。


それによって、今ここに、それまでとは違う時間と空間があらわれた事になる。というか、その時に、あるルールが敷かれた状態になる、と言った方が良いのか。つまり、「能」の始まる前と後とを区切る何か、としてルールが敷かれた、ここから先は、「能」の中の時間が流れる、という作用が働く。


そのルールは、ルールとして透明化されてないというか、あまりにも時代が違いすぎて自分には透明化されているように見えないし、自分の中には定着してないのだが、それは仕方がない。


舞踏であれ芝居であれ、なんらかの連続性である。ルールというのは、何らかの連続性を得ようとするための試みである、とも言えるだろうか。


ルールは、連続性を得ようとしたときに、そのための力が加わっている瞬間に、もっとも緊張が高まる。そして、連続性に勢いがついて拍車がかかりはじめた時に、ルールはそれ自体の特質をもっとも強く発揮する、のではないか。


「能」のような表現形式をふだんは観ないので、このルールが連続しようとして力が加わっていくときの感じが、観ていて一番面白いと感じる。つまり、オープニングのところが一番面白い、面白さと不安さと驚きがまぜこぜになる。つまり、あまり見慣れてない表現形式が、目の前で今立ち上がろうとしている有様の面白さである。


とにかく、時間が掛かる。ワキとツレが、対話している。舞台上で、台詞を言い合っている二人の人物が認められる。おお、芝居みたいだ、と思う。しかし、描写という感じはしない。もっと形式的なやり取りに見える。しかしそれが形式的に見えるのは、こちら側から観ているからなのか、あちら側では、それが普通なのか、そこもよくわからない。やがて、シテとツレが出てくる。彼らも、対話する。しかも、やはり、長い。延々と時間が過ぎていく、ような気がする。これだけの時間を使って、登場人物が一通り出て、さあこれからさらに連続しますよ、という空気を作っていく。


この空気を作る過程の遅さが、ほんとうに「能」という形式の異常さだ。同時に、不安定さだ。不安定に感じるのだ。それまで「能」でなかった時間が「能」に変わっていこうとするときの緊張。それと同時に、能の世界と、それを見ている我々の、現在の感覚的世界との間に生まれる緊張感でもある。


しかし「屋島」には、疲労困憊した。約百十分。途中、間狂言が入ったりして、面白い部分もあるのだが、後半は地謡の唱にあわせて義経の幽霊がひたすら舞をやってる。これが、地謡の現代語訳を読んでるだけでは、舞台が見えないし、舞台を見てても、何を言ってるかわからないしで、次第に疲れてくる。この箇所はいわば、作品中の中心を成す部分ではあり、連続性に勢いがついて拍車がかかりはじめた時ということになるのだと思うが、わかってない人としては、むしろそういうあたりから飽きてしまって、じっとしたまま舞台を観ているのも、それなりに辛かったりする。


ということで毎度、辟易とするものはあるのだが、それはそれとして、また次回もぜひ観たいと思います。というか、少しぐらい事前に関連文献等を読んでおくなどの心掛けがないのだろうか。少しはちゃんと準備したらどうか。いつも、劇場を出るくらいのときに限ってそう思う。これは、更新料を支払った直後に引越ししたくなるのに似ている。

2017-07-28

睡魔


食べ過ぎると午後眠くなるから、昼食は少ししか食べないのです。

え!?君は、あんなに忙しいのに、いつ眠くなるのか?

窓口対応をしているその人のデスク上の電話は、おそらく一日に数十回着信するのである。

ほぼ一日中、のべつまくなし電話で喋っているような状態のくせに、いつ眠くなるのかというと、その電話中に眠くなるのだそうだ。相手が喋っているのを聴いてるときや、受話器を置いて作業か何かをしている相手が戻ってくるまで待つ間とかに、猛烈に眠くなるので困るとのこと。

逆に、電話してないときは、さほど眠くならないらしい。

2017-07-27

眠る


つり革に掴まったまま、眠って、ガクッとなる。

ホームで電車を待つときも、改札を出て時計の下で待ち合わせするときも、ふと眠ってしまう。

ガクッとなる。膝が折れて、元に戻す。抱えた鞄が、脇から腕からずり落ちそうになる。スマホが、手からすべり落ちて、床に当たる乾いた音がする。

座席に座って、眠る。両膝が、ひらき始める。手の平が上を向いてしまう、手が開いてしまう。

オフィスの、見渡す限りすべての人が、デスクに突っ伏して寝ている。

静かな音楽が流れているから、かもしれない。

昼休みに、皆が食事をしている。向かい合って談笑しながら、ではない。

無言だ。皆、目を瞑っている。

口は動いている。噛んでいる。

でも、眠っている。

口の中を開けっ放しにして、噛み掛けの食べ物を人に見せつけながら、眠っている女性もいる。

運転手も車掌さんも、眠っている。

魚屋さんも、八百屋さんも、お肉屋さんも、お豆腐やさんも、金物屋さんも。

銀行も、薬局も、公民館も、市役所も、

眠る。眠る。

バスの運転手も、タクシーの運転手も、

ぐったりとシートにもたれて、上を向いたまま、顎を突き出して、眠る。

走行している自動車が、よろよろと蛇行しながら、やがて停止する。

あるいは、自動車同士が、衝突する。そして停止する。

壁にぶつかって、人の行列や民家にぶつかって、そして静止する。

誰もが、静かに眠っている。

皆が、よく眠っているので、とても静かだ。

そんな夢を見ている。

2017-07-26

明暗


傘を挿さなくてもあまり気にならないくらいの細かい雨粒が音も無く降っている。歩道橋を歩きながら見上げると、目の前に建つビルが雲に隠れて上の方が消えてしまっている。これほど巨大なのに、消えてしまうだなんて、一体どういうことだろうか。よくよく考えてみると、すごいイメージだなと思う。消え方も、じつに見事な、肌理の細かいグラデーションを経て周囲と同化してしまっていて、こんな風にきれいに白からグレーへの諧調を出すのは、なかなかすごいことだというか、かなり抽象的で計算的な感じさえする。明から暗への移動、進行の段階として、こういう雨の日になぜか妙な正確さ、律儀さを見せるあたりに、人間が明暗に惹かれることの理由があるのかもしれない。

2017-07-25

後半を少し過ぎたあたりで


九十分の映画だとして、それが一時間を少し過ぎたくらいで、観ているもののテンションがふと緩んで、諸々がほどけはじめるようなときがないだろうか。そのとき観ているものが、今までの継続的な何かから少し外れた、そこだけ浮き上がって勝手な動きをしているような、不思議なものを見ている気にさせられることがないか。


音楽でも、少し長尺な曲の展開の後半に差し掛かったとき、ふと、音自体が展開の一部であることをやめて、勝手に動き回って落下していくような、そういうものが聴こえてくる瞬間がないか。


あるいは、一時間なら一時間、連続でランダム再生される音楽を聴いているとしよう。そのとき、だいたい三十五分から四十分過ぎたあたりで、ふいに再生された曲が、これまでの機器内でのランダム選択によって指示されたのではなく、何か、別の力で、いや、力ではなく、むしろ力の加わりが一瞬解けたことによって、ふいにその場にこぼれたかのようにあらわれて、何とも場にそぐわない唐突さで、しかし唐突さの違和感を醸し出せるほどの強さもなく、じつにささやかに、耳の傍でその場の時間と共にそれが聴こえているようなことがないか。


というか、まあ今朝、電車の中で、そんな感じだったのだが。


「造成居住区の午後」を読んでいた。これらが、「造成居住区の午後」との類似である、と言いたいわけではない。上述のこれらには「男であることの恥ずかしさ」とか、関係ないように思う。あと、これらに共通するのが、あらかじめ与えられた時間的な区切りの中によって、その区切りがあることによって発生する一瞬だということだ。たしかに「午後」も一日という区切られた時間の中に発生するひとときではあるが。あるいは「造成居住区の午後」を、つまり「男」が平日の昼間から家の近くをうろついていられるのは、会社員であれば、たとえばふいに消化の必要が生じた有給休暇のある日、という区切られた時間の中に生じるひとときだったりもするだろうが。



でも、「時間の区切り」というのも、簡単に言うけど、なかなか…。ベルクソンなあ。何度読んでもわからないのだが、何度でも気になってしまう。

2017-07-24

備忘


靴の修理がしたい。靴を買いたい。泳ぎ方を見直したい。いらない機器を売るか修理したい。鮨や行きたい。あと三週たったらもうお盆てちょっと信じられない。夜の六時四十五分の空が少し暗くなってきてかなしい

2017-07-23

たまねぎ


もう新たまねぎの季節ではないので、普通のたまねぎだが、それでも二個分を千切りにして、少し水にさらす。カツオの刺身と、あとネギ、茗荷、生姜などを用意する。


カツオは美味い。というかもはや、たまねぎの方が美味い。たまねぎを食べるために、カツオがあるのではないだろうか。カツオも、ネギ、茗荷、生姜と同等、と考えても、良いのではないか。


たまねぎの味と香りが、鼻腔の奥のほうで爽やかに広がる感じで、じつに美味しくて、ついカツオすべてが、たまねぎに隠れるくらい乗せてしまう。大量のたまねぎを、カツオの切り身で挟んだ、野菜サンドのような状態にしてしまう。

2017-07-22

下北沢〜新代田


久しぶりの下北沢だが、何年ぶりに来たのかおぼえてない。それにしても、ものすごく若者な街である。駅周辺が、一個の学園祭みたいな感じである。というかむしろ学園祭というものが、こういう街の在りようを擬態しようとしているのかもしれない。若者っぽさにも色々あるが、若者っぽい街は、べつに嫌いではない。それはたぶん立ち並ぶお店に、それぞれ個人経営の感触が強いからだろう。もちろんとくに駅前などは所謂チェーン系とか会社系の店も多少はあるけど、通りによっては、そういう店のわかりやすい看板や出入り口ではない、個別なそれぞれのやり方の一軒一軒の集合で、全体的に不揃いででこぼこした感じの風景になって、まあ、チャらいと言えばチャらいのだが、とりあえずそういう感じがいいのだろう。とはいえ別に、チェーン系とか会社系の店やネオンも嫌いではない。単に、店が多くて雑然と林立しているのが好きなのだろう。


新代田のfeverで「Yasei Collective Live Tour 2017 "FINE PRODUCTS"」出演はYasei Collectiveの他、WONK、MONO NO AWARE、ceroの荒内佑がDJという、かなり期待できる感じのliveへ行く。


mono no awareというグループはまったく知らなくて、当日出掛ける前に家でアルバムをざっと聴いただけで、おお、けっこういいじゃん、と思った。このバンドがオープニングで今日聴けるなんて楽しみだと。それにしても、こういう風にはじめて聴くバンドが、一聴して普通に良くできたいい感じの音だというのは、最近珍しくもない事かもしれないが、よく考えると凄いことだと思う。変な例えだが、適当に入った店の料理がものすごく美味かったとか、偶然出会った人がものすごくいい人だったとか、そういう幸運との出会いを、とくに珍しくもない、ということなわけだから、これはもうきっと、僕のような年齢の人間から見たら、音楽の全体的なレベルはずいぶん底上げされて、つまりその一端を見ているのかな、とも思う。ということは、僕のイメージする程度の音楽に出会うのは、僕が考えてるほどには難しくはない、ということなのかもしれない。ヤセイもwonkも、こんなグループは、少なくとも僕が高校生の頃には、絶対にいなかったではないか。いや、いたかもしれないけれども、こんなに小さな店で簡単に出会えるほどではなかったではないか。それが今や、こんな組合せだなんて、すごい話ではないか。まあ、何をもってすごいと言うかはさておくとしてもだ。


なんとなく昔のことを思い出したのだが、高校生のとき、たとえば美大を目指してデッサンとかの練習をしているとして、高校生の自分が描いたその絵は、まだ未熟で稚拙で、更なる訓練が必要なレベルなのだが、しかしそれでも、たとえば自分の親の世代で美大に進学したような人たちから見たら、まさに「最近の美大を目指す高校生の技量はほんとうに高い」みたいな水準には見えてしまう。それくらい四半世紀とかの時間的な開きは大きくて、個人差はあれども全体的な技術レベルは猛烈に上がっている。それと似たような状況を、今僕が、たまたま聴いた音楽に見ているような気もする。


ただし、アカデミックなデッサンの技量とかを越えた、まあ大きく言って、絵を描く力というのは、そしておそらくは音楽の技量やセンスも同じだろうが、全体の中でほんの一握りの、もの凄い人のもつ力は、他とは比較を絶して飛びぬけているので、それは百年前だろうが今だろうが、そのくらいの時間に風化せずにそうなので、ここでの話は、それ以外の有象無象のレベルの、たかだか何十年くらいの時間の変化に影響を受けてしまう程度のレベル差の話に過ぎない、とも言えるかもしれない。


mono no awareは男3女1の四人組で、Vo+GとG、B、Dr編成で、オーセンティックなギターサウンド。音的にはさわやかで叙情的で気持ちいい。曲もいい。詞は韻の踏み方など特徴的。何となくアイロニカルで諧謔風味な、そこは良くも悪くも、という感じもしたが、ライブは抜けの良いパワーのある演奏でひたすら気持ちいい。今後も引き続き聴いていきたい感じだ。


Wonkやはり素敵だ。僕はwonkが好みなんでしょうね。とてもいい。前に観たときよりも、バンドサウンドの骨格感があらわになっていたというか、余計なものが取れたような、少しスリムな演奏に感じられた。客は最初わりと静かで、後半は普通に上がっていったが、個人的には前半3曲目くらいまでの感じはとくに好きだった。しかしwonk、ひたすらいい感じだ。


Yasei Collectiveは驚くほど、中位〜ゆっくり目なテンポでジャム的に延々聴かせる展開が多くて意外だった。しかし要所要所で盛り上がるキャッチーな曲も挟まる。両方の要素を持つところが、Yasei Collectiveの強みであるなあと思う。演奏に関してあらためて感じたのは、ドラムの特徴的な感じが前にあって、それを他の楽器が土台となって支えているような構成というか、一般的にリズムが吸う息と吐く息の両方で出来ているとするなら、Yasei Collectiveのリズムはドラムのノリがわりと吐く息の割合が多く、吸息に回収されない粒が、大きいのから小さいのまでひたすら空間のあちこちに咲きまくって埋め尽くされてしまうのを、他の楽器が全体的に背景になって支えつつ処理しているというのか、もっと単純化して言うと、根本のリズムをキープしているのがドラム以外の楽器たちで、その上でドラムが可聴的なもう一つのリズムを伸ばしたり縮めたりしているというか、ある意味、いまどきのドラムでありながらも、昔のwhoのキースムーンとかexperienceのミッチミッチェル的な装飾的な感じもあるというか。その例えだと、さすがに古過ぎるが…。


荒内DJ時はひたすらshazamしまくった。知ることができた何曲かは、明日以降もしばらく聴くだろう。というか、いやこれなら前にも聴いたことあるでしょ、というのも少なくないが、でもなかなかこういう風にあらためて良さを教えていただく機会がないと、自分の耳だけではスルーしたままになってしまう部分も多いし、一度でも、良いかもと思ったら、そのことでそれを含む全体が、昨日と今日で違って聴こえてくることがある、というのもまた事実だ。


しかし3時間半スタンディングは、もはや体力的にキツイと云わざるを得ない。さすがに、年齢を感じなくもない。座って酒を飲みながら過ごせる店ならその方が楽だが、それよりもやっぱり音が大音量でドカンと出てる空間の方が好きである。だからそこはまあ我慢するしかない。でも仮に追加料金で「椅子席」と「飲み物持込可」が出来たら、それはたぶん、買うなあ…。

2017-07-21

入力


Macのワイアレスキーボードを買ってから相当経つはず。五年前とか、いやもっと前かもしれない。iPhoneで使うつもりで買ったのだが、結局これまでぜんぜん使わないままだった。しかしいまiPadがあるので、使うなら今でしょと、ここぞとばかりに使うべきでしょと思うのだが、Macの世界に慣れてないので、入力が甚だ煩わしい。そもそも、書くときの身体姿勢からして違う。僕の場合、ノートPCですら、身体が慣れてない。デスクトップPCで、モニタを見ながらでかいキーボードを叩くスタイルが、いちばん書きやすい。でも、それだとデスクトップの呪縛から逃れられない。いま、うちにはオンラインのデスクトップマシンはないので、ここは我慢して、iPadを使っていきたい。慣れなければいけないのだ。今やこれが、自分がメインで使うべき入力デバイスなのだと覚悟を決めるべき。と思って、昨日今日とがんばっている。ずいぶん慣れてきたかもしれない。

2017-07-20

バジル


LED光でハーブとかを室内栽培できるやつでバジルを栽培していて、かなり育ってきたので摘み取って、するとまたすぐに生えてくるので、また摘み取って、それでもう既にマルゲリータ三回分くらい食べた。これが思いのほか、バジルの味と香りが鼻腔の奥のほうで爽やかに広がる感じでじつに美味しくて、ついピザ上面すべてがバジルに隠れるくらい乗せてしまう。大量のバジルを薄いピザの生地で挟んだ、野菜サンドのような状態にしてしまう。

2017-07-19

食器


ワイングラスがふたたび割れた。洗ったグラスを拭きながらソファに座ったら、自分の膝にぽーんと当たって、そのまま脚がポキっと折れた。もうあまり、ショックは受けなかった。壊れたらまた買えばいい。何事も無かったかのように補充する。ぜんぜん気分は落ち着いたままだ。風もそよがない。


日々の食器。食材が盛り付けられる器。盛り付けるという言葉をはじめて知ったのは、小学五年生のときの家庭科の授業だった。作ったものを、さあ、盛り付けて下さいと言われて、はじめて知った。盛り付けるって、どういうこと?まるでぼってりとボリュームと粘りのある物質を、コテか何かでボテボテと塗り重ねるような行為を想像してしまう。実際の行為にそぐわない言葉のように思う、いまだに心のどこかで、違和感を感じている。


食器が壊れると、ほんの少しだけ、気分がいい。清々する。たぶん、盛り付けが不可能になるからである。盛り付けなどという言葉を、いや、もしかしてその行為を、心の奥底で許してないのかもしれない。


日々の食器が壊れて、少しずつ消えていくのは、じつは良いことだ。汚れや澱もリセットされる。どんどん壊れていい。その方が、人間の営みの、生きてることの活気というものが、感じられるような気がする、などということは別にない。ずいぶん強引な話である。

2017-07-18


占領下のパリの、レジスタンスや共産主義者たちとゲシュタポの攻防。血なまぐさい、気が重くなるようなことばかり起きて、でも休日が来て、バスケットに、ソーセージと冷たいトマトを切ったやつと、アルザスワインを入れて、恋人とピクニックに行った1944年夏。あの時代でさえ、そういう日曜日の昼下がりも、間違いなくあった。それは確固たる事実だ。戦時下だろうが何だろうが、天気の良い休日が消滅することはない。だからそれ以外のことはもう、何も信じない。ワインと軽食を持参して公園や水辺で過ごす。それを、これからもけしてやめない。ひたすら無為に怠惰に。ばかで、何がわるい。権利とか自由とか、そんな言葉すら必要ない。まさに、ばかばかしいくらい、あたりまえだ。余計なことをするな、大人しくしてろ、少し黙っててくれ、べつにそのままで、誰も君を悪く言わないじゃないか、お前の独善で、皆が迷惑するのだ、触らなくていいのよ、そっとしとけよ、世の中の、やる気のある人たち全員に、そう言ってやらないといけない。貧乏揺すりをやめろ。その金はやるから、あとは任期満了まで、適当にさぼってなよ、家の中にいないで外で遊びなよ、公園で寝転んでればいいじゃないか。こんな天気のいい日なのだし、日の暮れるまでぼけーっと、時間をやり過ごすことのできる人ばかりなら、たぶんほんとうに世の中良くなるのだろうけれども、そうも行かないのだろう。みんなあくせくしないと、生きられないのが実情である。少しでも家に引きこもると、被害妄想みたいになって、まあ自分も、人を笑えないか。これからも皆で少しずつ、首を絞めあうしかないのか。