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2008-11-30

Week End Shuffle Master Peace


最近ウィークエンドというのが、どうにも、ここに何がしかの文章を書こうという気になれない。その気になれない、というか、それをするための時間を確保するのが、何かやる気にならないという感じである。やっぱり、普段フルタイムで働いていると、平日と週末というのは、もうふたつ並べるのが無意味なくらい「違う時間」なので、平日の生活リズムと週末の生活リズムというのも、おのずと違っており、だったらそれぞれのリズムの違いをもって、文章に書けば良いのでは?という話なのかもしれないが、事はそう簡単ではなく、正直最近感じるのは、ここで書かれている文章というのは根本的に、平日の生活リズムが生み出しているものなのかなあ?という事だったりする。週末はけっこう何の引っ掛かりも無く、すーっと無制限に夜になってしまうので、もちろんその間中、さまざまなことを考えているし、掘り下げて考えたいことも浮かんでは消えているのだけど、でもその日のうちにそれらを俎板にのせて、さっそく吟味・解体してみましょう、文章にしていじってみましょう、という気にはなかなかなれない。というかそれ以前に、週末だとダラダラしているので、考えていた事とかの記憶や感触とかは、その場でけっこうポロポロと忘れてしまう。この忘れてしまう感じの勿体無さ、というか、無駄な贅沢さが、如何にも週末で、変な話、平日だとここまで片っ端から無駄に忘れてしまったりしないのだ。もっと丹念に脳内に「保存」したりもするし、なんとなく忘れなかったりもするのだ。でも、週末というのはそういうフォローが自分を守ることがないので、そのまま記憶は流れ去ってしまうことも多く、でもそれはそれで、なんとなくそのまま終わってしまうのがふさわしいようにも感じている。

2008-11-29

キュビア


夜から少しずつ呑みはじめて、いくら呑んでもまったく酔わない酒をひたすら呑んだ。酔わないどころか、体温を一度たりとも上昇させないような、ほとんど水物のような酒だと思った。最近の日本酒にはこういうのが多いのか。こちらの体調に起因するのか、よくわからない。


妻に頼まれて録画しておいたフィギュアスケートの実況放送を見る。ジャンプしたり回転する少女たちがたくさん出てくるお話である。目視できないくらいのすさまじい速さでクルクルとまわるのにも驚くが、その後着氷してから後ろ向きですーっとすべりつつ通常体勢に戻っていくのを、事も無げにやっているのをみても、実にすごいと感心する。


その翌日、晴れ渡った空の下を歩いて駅へと向かい、電車を待つプラットフォームでふと思いつき、iPodTouchからYoutubeを起動してmaoで検索したら、昨日の映像が出てきたので、しばらくそれをみていた。小さな画面の中で、フィギュアスケートをする少女が昨日と同じようにすいすい横移動している映像なのだが、無線LANの電波状況が悪く、かくかくと小刻みに停止と再開を繰り返し、やがてその少女が踏み切ってジャンプして、中空に浮いて、そのまま停止したまま、コマ送りでゼンマイ仕掛けの玩具のごとく、火に炙られる串刺し肉のごとく、数段階にわけて一秒ずつカクカクと落下していった。

2008-11-28

「Tails Out」Otomo Yoshihide's New Jazz Quinted


http://img.f.hatena.ne.jp/images/fotolife/R/Ryo-ta/20081129/20081129021811.jpg asin:B0001CNRDO


ポップミュージックやロックミュージックでは大抵、ビートが強調されているので、曲が展開されている間は常に「 ど! ぱん! ど! ぱん! 」という打撃音が連続して、それがグルーヴをかもし出すのであるが、しかし、たとえば、その音源を録音したテープを逆回転させると、音のアクセント位置もきれいに逆転してしまうため、今度は逆に「 んぶ! …シュバ! んぶ! …シュバ! 」という、まるで口から強く息を吸い込むような音へと変貌する。


The Beatlesの「Strawberry Fields Forever 」が素晴らしいのは、何かを付け加えようとした結果なのではなくて、まるで強く息を吸い込むかのごとく、何かを差し引こうとした結果、あのようなものが出来てしまったのではないか?と予感させられるような感触において、素晴らしいのである。


何も無い空間で、ただ思いのままに、思い切りスネアを叩けば「パン!」という音が炸裂するだろう。これはこれでまったく問題ないし、それで良いのだが、問題はその録音した音源を逆回転させたときに、何が起こっているか?なのだ。逆回転されて「 …シュバ! 」という音が再生されたとき、それは決して、かつてその場で思い切りスネアが叩かれた事を否定するという事ではもなく、かつ、それを無かったことにしている訳でもないのだ。それらのどれでも無い、それらの中間にあって強烈なニーズを発するような、非常の強烈な何かが起こっているのだ。


そのような強烈なニーズの生成を目指したい、と常々思っている。付け加えるのではなく、差し引くこと。間引くこと。隠すことで予感させること。あるいは風のざわめきというか、光を遮蔽する事物の影のたたえる何か。揺らぎの振動。その強烈な必然性。。など…


ところで、大友良英の「Tails Out」に収録されている「Strawberry Fields Forever」の素晴らしさを言いたくて、そもそもこの文章を書き始めたのだった。大友良英の数あるアルバムの中でも個人的にとても好きな一枚で、とくにアルバム一枚通して聴いたときの感触は他にかえがたい素晴らしさである。


ちなみに、本作に収録されている「Strawberry Fields Forever」は、決して何かを差し引こうとしているようには聴こえない。ぼくが前述した内容と、この演奏とは、まるで全く違う。むしろ、決然と開き直って、真正面から曲をわしづかみ、まっとうに曲たらしめようとしているかのようだ。ほとんど完コピで、おそろしく愚直に弾かれるギターの旋律の素晴らしさ。熱くたぎるようなドラム。メロディの線上を、あたりに飛沫を飛び散らかしつつ盛大にはみ出し溢れさせながら、愚鈍に進行する管楽多重奏団たち。。あまりにもストレートで、情熱的で、「Strawberry Fields Forever」という元々ネガとして生れ落ちたかのようなこの曲が逆向きで炙り出されて、却って新たな別の世界の何の変哲のない、つつましくも美しい佳曲へと、いきなり生まれかわったかのようなのだ。それが唐突にいつも歩く道ばたに落ちていたみたいな凡庸なありさまを僕は勝手に思い込み愛している。


アルバムはこのあと、すばらしきミンガスの「Orange Was The Color of Her Dress, Then Blue Silk」を経て、本作に収録された音楽の世界旅行は終わる。そして、全ての幻想が果てたあとの夜明けの空のような静謐さに押し出されるようにして最終曲「Tails Out」が、たちあらわれる。

2008-11-27


今月はよく雨に降られる。朝も夜も小雨に濡れながら帰る。普段から傘を持たないか、あるいは傘を持っていても差すのが面倒くさいので、少しくらいなら濡れても構わないと思って歩いてしまうのだが、それにしても今月は実によく雨にあたる。雨にあたるとなぜか惨めな気分になるから不思議である。あとイヤホンが水に濡れて壊れるかもしれない。BEN SIMS - ESCAPISM Pt.2を聴いているのだが、ところどころ素晴らしくて感極まる。…書くことを探しているうちにもうずいぶん時間がたってしまって、そろそろ4時になりそう。

2008-11-26

AutoShaper


「就職活動をしていて感じるのだが、今の企業は、若者の個性とか挑戦意欲とかよりも、自分達にとって理解しやすく扱いやすい安定した人材しか求めていないように思う。」と発言した学生に対して、爆笑問題の太田が「でも企業の社長だって、自分の気持ちが"攻め"なら、個性とか挑戦意欲重視の採用をするだろうし、自分の気持ちが"守り"なら、逆に安定型の採用をするっていう事じゃないかな?」と言葉を投げ返し、その様子をテレビで見ていた僕は「いやー僕は10年前に先代の社長がたまたま超・攻めの姿勢だったおかげで何のスキルもないのに中途入社できたんだよねー」と言ったら、妻が激しく爆笑した。


いやでも本当にそれはそうで、何しろその会社はコンピュータ関係の会社なのに、当時の僕は入社した時点でまだパソコンに触った経験はほぼ皆無で、ハードとかソフトとかOSとかの意味すら理解しておらず、それどころかマウス操作だってほぼ初体験だし、キーボードの文字配列も全然わかってなくて、目でキーを探しながら両手の人差し指でキーインするしかできなかったのだ。もちろん最初はお試し期間だから、アルバイト契約で入った。それが98年の11月です。当時27歳です。今からキレイに10年前だ。ああ!入社10周年であった。。とにかくパソコンに慣れて下さいと言われて、毎日会社に言って、でも特に何もすることがないので、ひたすらインターネットを見たりしてた。たまーに社長が僕の後ろに来て「おぉー、やっとるなー」とか言うので、僕も「やってます」とか言って、そのままずっと定時までインターネット三昧であった。


でもインターネット閲覧ばかりだとそれもさすがに飽きてくるので、今度はOfficeアプリケーションの「オートシェイプ」機能にのめり込んだ。これ超面白い、と思って毎日それで何か書いて遊んでいた。あのマルやサンカクの矩形と文字と矢印とか線分を組み合わせてOffice文書に挿入できる簡易アートワーク作成機能である。パソコン初心者にとってはこれが無茶苦茶面白かったのだ。なんというか、色が素晴らしかったです。シェイプに対して、赤と黒の2色グラデーションを施すと、その諧調の何とキレイなことだろう!と驚いた。それまでモニタにRGB表示された色というものの経験が無いので、吸い込まれるような黒には本当に魅了された。かつ、Centuryとかのおそろしく美しいフォントもたくさん使えて、かつ、それにドロップシャドウまで可能だというのだからビビる。もう、可能性は無限大じゃないか!?と思わざるを得なかった。それからはもう、毎日のようにオートシェイプで丸やらサンカクやらを組み合わせて無意味に文字を重ねたりして、無意味な文書を作りまくっていた。で、それらは、最終的に、社内で使いまわせるパワポのテンプレになったり、素材ライブラリとして公開したり、プレゼン資料のカッコいい表紙になったり、何かになったり…という事は見事にまったくなくて、単なる僕の遊びとしていっぱい作られただけでした。そんな会社の役には絶対立たないだろうと思わざるを得ないようなファイル群であった。でもこのときの面白さがあったので、後でフォトショップとかをはじめて触ったときも、それほどの感動は無かった。いやまさかオートシェイプの方がすごい、とは思わなかったが。というか、フォトショップというアプリケーションの、層を重ねていくという画像古来の歴史と響くかのような思想に強靭なものを感じてそれは感動したけど、でもモニタ表示されたRGBのうつくしさの衝撃という根本的なレベルではオートシェイプへの感動が先だった。

2008-11-25

休暇はキャンセル


土曜からの三連休に加えて、もう一日追加で、火曜日まで休む予定を入れていたにも関わらず、月曜の深夜に電話がかかってきて翌日は結局ご出勤と相成った。しかもいつもより朝、2時間も早く出かけてるよ。会社についたらそのままばたばた忙しくて、でもばたばたしていろんな人とああでもないこうでもない言って、そのままふと気付くと夜になってるような状況というのは、人間として程よく気持ちの良い物質が分泌される側面もあり、所詮囲われた枠の中でさんざん踊らされてるだけで、休暇まで潰されているにも関わらず、最後にはああ働いた、と寛容かつ間抜けな呟きを漏らす自分なのであった。なんともお幸せなことで、大変結構だ。でもラスト一日でやろうと思ってたことは全部できなかったのだけど、でもそれは外出の予定とか約束とかそういう事ではなく、家でやりかけのことを継続するのに、最後の一日なので、その気分で過ごそうと思ってたというだけのことで、あんまり周到に計画してたわけでもないし、から、駄目になってもあんまり気にならないのだけど、でもそういうのを、こうしてむざむざと犠牲にしてしまい、それに甘んじているようでは絶対だめです。というわけで近日中に命に代えてでも代休消化すると思うが、そこでやっと得た休暇が今度はどんな感じとして休暇になるのか?は、それはそれでそのときになってみないとわからないのだが。

2008-11-24

田山幸憲の「パチプロ日記(3)」


久しぶりに田山幸憲の「パチプロ日記(3)」を読んでいて、昔と同じように、静かに心が動かされた。1995年に刊行されたこの本は僕がかつて、はじめて読んだ田山幸憲の文章である。最近、どうしてももう一度読みたくなってヤフオクで落とした。それ以来気が向くと適当に開いて読んでいる。


平成6年(1994)2/28の日記のように、朝10時の開店と同時に入店して、台を見て、打ち始めて、それであっという間にかかってしまい、来てからまだ15分くらいしか経ってないのに、もう2万円近く勝ってしまっているような状況というのも、毎日打っていれば、そういう事もある。しかし田山幸憲にとって、そういう状況下において気に掛かるのは、この後の長い一日をどのように立ち回れば良いのか?という事になってくる。


さすがに、それだけ勝ってるからといって、朝11時には、帰れないのだ。来て1時間で帰る…それじゃあ、いくらなんでも酷い。それではパチプロとしては、駄目だと思う。ある程度の時間、パチンコをやってるからこそ、パチプロなのだ。もちろんパチプロは、ある程度勝たなければいけないのだけど、でも毎日の仕事というところで考えたら、その時その時においては、ある意味、勝ち負けなど、はっきりいえばどうでも良いのだ。それよりも、毎日の日々を、きっちりとこなす事の方が、よっぽど重要なのだ。それを蔑ろにして目の前の1万円や2万円に汚くとりすがるような人間が自分であっては、それでは絶対に駄目なのだ。それでは自分を殺すことになってしまうのだ。だから、今この状態のまま帰るのには、さすがにまだ抵抗がある。第一、朝11時に家に帰っても何もすることがない!呑み屋だってまだ開店していないだろう。


でも、だからとって、さすがに夕方までギッチリやる気は、もうさらさらない。じっくり台に向き合えばそりゃ良い結果もでるかもしれないが、でも勝とうが負けようが、それは嫌だ。夕方まで打つなんて自分にはもう無理だ。冗談じゃないのだ、うんざりなのだ。絶対に御免こうむる、としか云いようが無い。体力も気力も、もうそこまではない。いま一番重要なのは、昼過ぎの2時か3時くらいまでに、どうにか、もっともらしく、いいかたちで終わる事なのだ。で、とりあえず自分で納得できるひとまとまりの「仕事」を終えられた後、願わくばそのときにいくばくかでも利益が上がっており、そのまま仲間と呑み屋へ向かうことさえできれば、それが最高なのである。


2時か3時くらいまで、どうにか良い形で、もっともらしく、パチンコが成立してくれないか?で、そして、それがなるべく毎日続いてくれないか?…そりゃあそう上手くはいかない日もあるだろうが、その都度の結果は勿論、甘んじて受け入れるし、でも希望は捨てずに持ち続けるつもりだし、そういう、自分の最初に感じたある種の希望に対しては、誠実でありたい。それを待つ態度として、謙虚な姿勢でありたい。。そう考えていたのが、田山幸憲というパチプロなのだ。いわゆる客観的に正しいとされる必勝理論を振りかざして、収支の金額を自慢するだけのその他大勢とは根本的に異なる存在なのであった。

2008-11-22

セザンヌ


横浜美術館セザンヌ展を観る。セザンヌにおいては、おそろしく細かい単位で、解決と未解決がせめぎ合う。解決と未解決はそれぞれ自律しておらず、相互干渉が無限ループしていて、解決と未解決が相互にぶつかり合い、連鎖が連鎖を、依存が依存を呼び、すべてがスパゲッティのように絡み合い、オーバーフローの一歩手前で、かろうじて体面だけを保っている。「100本の矢をいっせいに放り投げて、それらが地面に落ちるまでの間に、たまたま偶然、奇跡的に、100本すべてが一瞬だけ、すべて同じ方向を向いた状態」という言葉があったけど、それに近いかもしれない。とにかく緊張感が空間をいっぱいにしていて、振り切れるほどのパワーで、最初から最後まで人間のことなどお構い無しに、何事かの演算処理がガリガリ計算され続けている。それらをただ観るしかないし、ほとんど、あきらめるしかない。


セザンヌが景色をみる。二本の木の間に平原が広がっており、その向こうには白い壁の家屋があり、もっと向こうには木々や山々があり、さらに、空がある。セザンヌはそれらをみる。それらをみるというのはつまり、それらのうちのどれかをみている。そして、そのあと、ブランクをはさみ、また別のなにかをみている。そのただひたすら続く、あてどなき過程である。それらの一切が、人間の記憶能力をもって記憶されて、やがて、同じ人物によって、絵を描く準備がなされる。


何かをみて、やがてふたたび、べつの何かをみる。それら一連のことを、記憶しており、それをあとになって、思い返してみる。そのとき、そこにはおそらく、「二本の木の間に平原が広がっており、その向こうには白い壁の家屋があり、もっと向こうには木々や山々があり、さらに、空がある。」という事ではすまない何かがある。


セザンヌはおそらく、あたえられた可能性の中で、とりあえずアレをみた、その衝撃を描き、かつ、その後でコレもみた、そのときの衝撃も、一々全部描く…みたいな、そういう一つ一つを大事にしましょう、みたいなハナシをしている訳ではない。


とにかく、わっと全部みている。一挙にすべてを感じている。それで、そのわっと一挙に全部みた感じを、そのまま描ければもちろん最高なのだが、いくらなんでもそれは無理なので、しかしとりあえず、その感触に拮抗するだけの行為を画面に生じさせるとすれば、ひとつ有効に思われるやりかたがあの「ズドドドドドドドドド」と世界全体に響き渡るかのような、あの強烈なソニックで振動させる小刻みなタッチである。ひとまずその強烈な振動性だけは確保させる。それを響き渡らせる。


この箇所を描き、そのあとで、やがてふたたび、べつの箇所を描く。それら一連のことを、全体的にみる。その印象と、実際にみたときの印象との、恐ろしいほどの落差を感じる。


しかしその落差は自分が世界ではじめて感じたものではない。偉大な巨匠を思う。ルーブル美術館のことを思う。プッサンドラクロワのことを考える。道しるべを見出して、それに力を得て進む。茶色と緑と青のタッチが折り重なって、ある空間が生じようとするとき、自分が見たこととの落差と、ルーブル美術館が指し示してくれるものとの間で、そこにもう一層新たな強い緊張が走る。


描かれる部分と描かれない部分がある。知覚・認識の度合いが表象されているようでもあるし、描くことの困難さ・難易度の度合いが結果としてあらわれたようにも思える。しかしそれが知覚の度合いだとすれば、描かれた場所はより強く「理解」できたという事か?描かれている場所は「中景」に多いように思われる。近景および遠景は、空間が安定的に定着される事を注意深く避けられているようだ。もしかすると、むしろ描かれていない近景に対する知覚や認識の方が、より強烈なもののようにも感じさせられる。


セザンヌは絵画を革新した、というのは事実だろうが、おそらく描いてるセザンヌ本人にとって、絵画はとても安定した、信頼にたる、どっしりとしたシステムだった。自分の腕力くらいでは、絵画は揺らがないことを知っていた。場合によっては描かず、場合によっては描き、そのように振舞う事を、ほかならぬ絵画自身が、許してくれると確信しているかのかもしれない、と想像する。


それこそ、近景と中景と遠景みたいな、そういうわりと単純な制度的区分けにセザンヌは結構平然と依存してるところがある。むしろそれをちゃっかり心の支えにして、あとはもう無茶苦茶に画面を猛り狂わせる。もっとどこまでもやれる、と思うから、やる。ガクガクと揺るがす。そのタッチのすさまじい振動力。あるいは全体がほぼ塗り込められたときの、しっとりと透明に透き通っていくかのような、あの深み。。そのとき強く感じられるのが、あの独特な「青」の効果をセザンヌは猛烈な勢いで信じている、という事で、結果的には青の担わされる空間性が、事後的に近景と中景と遠景の抽象性を浮かび上がらせる。しかしそれは絵画の深い歴史であり、その抽象的な歴史性の深海のような深さに、セザンヌがそれらをひとつひとつ引っ張り出してきて、自分の力でまた再配置している事を感じて、また改めて感動させられる。


セザンヌ婦人の顔を向かって左からじっとみる。その頬やまぶたや口元をみる。髪の生え際をみる。耳の後ろ側へと流れる毛髪のかたまりをみる。向こう側の頬とその向こうにある壁の色との境目をみる。そのせめぎあいをみる。それらひとつひとつの「みる」がそれぞれ別個でしかない。人物だと風景や静物とくらべてひとつひとつにより「感情」が含有されるので、余計に別個になってしまう。というか、もはや、みた事しか描けないので、みたことは描くのだが、みてないものは描けない。セザンヌの描く人物の、人体解剖学的な見地から見た「間違い」は絶望的なほどで、セザンヌ婦人は後頭部の量感も背骨の突っ張りも腕の筋肉も有していないのだが、でもそれはみていないのだから、無いに決まっているのだ。逆に、あったら、おかしいでしょう?というか、ある事のあるという事実だけで、世界ができている。それが世界だろう。襟元の衣服の白さこそが、ある、という事でしょう。


ラム酒の瓶のある静物」という絵は、これはもはや、異常である。いくらなんでもこれは、神様がお怒りになるであろう。こんなものを描いてはいけない。本気でヤバイところに足をかけている作品である。絶句するしかない感じ。


セザンヌのほかにも沢山の画家の絵がある。僕は安井曽太郎も前田寛治も中村彝も好きだけど、さすがにこういう展覧会でセザンヌと同じ壁に掛かってるところを観たいとは思わない。正直、セザンヌ観てるんで悪いけど邪魔しないでくれ、としか思えない。なのでこういう展覧会趣旨はどうなのかと思う。まあ僕に限らず、たぶんほとんどの人が、セザンヌを観るだけでエネルギーのほぼ全てを使い切ると思われます。

2008-11-20

感情の回転(Derrick May)


テクノばかり聴いていると、やはりJeff Millsは特別だ、すごい、としつこいくらい何度でも感じてしまう。雑多に色々と聴く事が、もう既にわかったつもりになって慣れてしまっていた作品のまだ気付けていなかった側面をあらたに発見させてくれる作用を促すのだろう。そして、簡単にすごいすごいというけど、実際、こんな高いレベルですごいモノというのが、そう簡単に人々から受け入れられるはずも無いだろうなあ、とも思う。知れば知るほど、その都度異なった側面を見せるのだが、最終的な仕掛けや骨組みを理解する事はできず、いやむしろ普通の意味での仕掛けや骨組みを有していないので、結局、捕まえられずに却って遠くなるというか、高度な作品というのは常にそういうものなのだろう。しかしなんだかんだ言っても、ひょっとすると結局テクノというのは聴けば聴くほど、最終的にはJeff Millsのものすごさに集約されてしまうのではないか?超・乱暴かつ単純な仮定だがひょっとしたら、テクノ全体においてはJeff Millsだけがとてつもない場所にまでぶっ飛んでいるだけで、あとは大体似たり寄ったりに過ぎないのかも??などという予感を感じたりした事も少しあった。


でも、ここ数日いくつかのDerrick MayによるMIXの音源ばかり聴いているのだが、1時間程度のものから3時間以上のものまで、様々なのだが、いずれも非常に熱いものを感じさせる、素晴らしいプレイばかりで、今回Derrick Mayを集中的に聴く事で、前言が完全に撤回された、とまではいかないものの、しかしやはりこれはすごい。DJのプレイというのはこんなに熱くエモーショナルな、相対比較で優劣を言うなどまるで無駄に思えるような素晴らしいものなんだという事を、改めて思い知らされた。


Derrick Mayのプレイは基本的に相当荒々しい。とにかく繋ぎさえすればよい、このグルーブを勢いのままにブン回せればそれでよい、という事しかなくて、同じ事を繰り返し繰り返してループさせて、イコライザーで単刀直入にガツガツ変化を加えたり戻したりしながらも、とにかく執拗に助走をつけて、さらに溜めて溜めて…で、最後にがーんと繋いでいくとかキックをかぶせていくとかいう、その繰り返しでしかないとも言える感じで、しかし最後のほんの数小説分だけイコライザーのhighが強調されてから、さっと曲が切り替わるとか、ほとんど幼稚ともいえるような乱暴な手つきで無理矢理チャッチャカチャチャカ言わされた後、もういきなりドーン!と次のでかい波が展開していくところなんかに見舞われると、もう聴いていて一気にぶっ飛ばされてしまう。ほとんど全身がすべて鳥肌になってしまうほどだ。あるいはあまりにも切ない泣きの旋律がスパークするのでモロに喰らって泣きそうになる。


別に手法として全然特別な事でもなんでもないのに、Derrick Mayがそれをやると、ほんの些細な事にも感情が含みこまれている感じがする。これほど当たり前のなんでもない事を、ものすごくエモーショナルな事にしてしまえるのだ。一流の音楽家が皆そうであるように。

2008-11-19

感情の器/絵画の器


「色」と「かたち」というのは、そう明快に分割できるものではないようにも思う。それをわざわざ分割して考えるというのは、その時点ですでにかなり抽象的に単純化した話なのではないだろうか?しかし「色」よりもかたち」の方が、我々が現実で利用する道具的なものに近しいものだ、というのだとしたら、それはわかる気がする。実際のところ、現実の世界で青とか赤とかいうとき、それって確実に(記号とかコノテーションがどうこうとかでもなく、それ以前で)「かたち」の事だと思う。目の前に「色」が広がっている、というとき、それはかたちの事にほかならないのではないか?普通、色そのものなんて、それだけを思い浮かべる事はできないのではないだろうか。思い浮かべる事ができたら、それは、すでに絶対かたちになっていると思う。当然、色だけをみるという事も不可能である。川村記念美術館でみたニューマンの作品も、(それをあえて言葉で書くのであれば)どうみても「色」ではなくて「かたち」であった。太陽の光も、太陽の光だと認識した時点で、かたちである。ゴッホの黄色は、その認識を苦い思いで受け入れてから塗布された、いわば押し下げられたフェーダーではなかろうか?(しかしそのおかげで、異なる何かと猛烈な勢いで接続され、驚くべき目的の発見を実現するだろう…まあこれは単なる妄想だが。)絵画とは切り上げられたものであり、絵画とはフェードされたものであり、絵画とはかたちの事ではないだろうか?


さらに続けると、人間が認識できるものとしての「現実」とか「世界」も、避けがたく「かたち」なのだろうけど、じゃあそれでもわざわざ「色」というものが別途、あって、「色」を「かたち」から分割して考えたい、というとき、その欲望はどこから来るのか?というと、もしかするとそのとき、特別に取り分けておきたい「色」というのは「感情」の事なのではないだろうか?…というのは単なる今ぱっと思いついたことでしかないのだけれど。…でも、心の中での感情のひとまとまり、みたいなものが湧き出たときに、それを、ときには「色」と呼んで区別したいという欲望が生成するのではないか?と想像した。感情というのは記憶と複雑にリンクされたものだろうから、たまたまそこに浮かび上がったある感情を「色」と定義して宣言する事で、はじめてそこに時間みたいなものの気配も不可視的に埋め込まれていき、ここで「色」と名付けられた<感情>オプションを付与された「かたち」にその効果としての奥行きが生まれ始める。。


…でもこれだとあまりにも単純過ぎるかもしれない。感情の器が「色」でなければならない理由がない。「かたち」に感情が注がれてたってかまわないのだし、いや僕は実際今まで、かたちに感情を注いだ事は無いのだろうか?…というか、この考え方だと絶対「分割可能」なモデルにしかならないので最初の考えの構造自体が駄目である可能性が高いが。というか、色とかたちが構造としてはほぼ同じ属性として扱い可能、という前提がないと、これらの話はすべて無効だと思うが。

2008-11-18

朝、外に出て歩き始めると11月の朝の空気が不思議なくらい快適


夜のあいだ、ゆっくりと冷却されていた空気が、やっと朝を向かえて、太陽の透明な光を受けはじめて既に数時間が経過したあたりの空気の状態で、ドアを開けて外気にふれた僕は通常通り歩行を開始しはじめて、そのままぐんぐんと歩いて前方に移動する事で、厚く積み重なって停止したままだった層に突っ込んでいって、そのままおおきく切り裂いていったので、自分の顔や胸や腰にあたる大気は、表面だけは朝の太陽の光のせいでほんのり暖かいのだが、それがこわれて自分の身体に沿って流動する事で、まだ内側に夜の冷たい部分が残っているのがあらわになって、その冷ややかさがまだらに混ざり合いながら僕の肌の表面を流れていくのを感じとりながら歩く。


駅まで歩く途中、近道のために通り抜ける公園の入り口にさしかかったところで、自分の背後に何か近づく気配を感じたと思ったら、すごい勢いで男の乗った自転車が、結構な猛スピードのまま、僕のすぐ脇をすり抜けるようにして走り去っていった。うわっと驚いて、しかしそのまま何事もなかったかのように遠ざかっていく自転車とその男の背中を見ながら、やれやれ、危ないヤローだと思ってややむかついた。そしたら上空で、大きく羽音を響かせながら、たくさんの鳩の群れが、背後から僕の頭上を越えて、皆でさっきの自転車の男を追いかけるかのように羽ばたいて前方方面へ向かって飛んでいった。途中からぐっと高度を下げたその鳩の群れは一瞬、男の姿をところどころ隠すほどだったので、おお、いいぞ!そのままヒッチコックの鳥みたいに、その自転車野郎に襲いかかれ!と思った。


そしたら自転車の男は、自転車に乗ったまま、ハンドルを持っていた右の片腕をすっと脇にまっすぐ水平にのばし、指先をすぼめるような仕草をした。そしてその視線を自分の指先に移したので、横顔が僕からも見えた。それは中東アジア系人種の顔であった。


その男は、水平に保った腕で、指先をしばらくすぼめたり動かしたりしていたが、やがて、そのまま手の位置を元に戻した。…その後、しばらくすると、いやその直後一瞬だったかもしれないが、とにかくその前と後にかすかなブランクがあった後で、その男の動きとは、一見何の関係もないかのような、でも決して無関係ではないのだろうということも同時に確信されるようなタイミングで、さっきの鳩の群れがまた、いきなり活気づいたように騒がしくなり、自転車が走り去ったあとの空間に群れながら舞い降りたり飛び上がったりし始めたのであった。男の乗った自転車はなおも、同じ速度でぐんぐん僕や鳩の群れから遠ざかっていった。

2008-11-17

トレモロ・アーム・ターン・テーブル


中学のとき、ギターを買うことになったとき、じゃあどういうギターを買うのか?を考えるときに自分の場合はもう、まず何をおいても譲れない部分として、トレモロ・アームがついてるギターじゃなきゃ駄目!というのがあった。理由はジミヘンが…という事ではない。まだ中学のときは、僕はジミヘンは聴いた事がなかったはず。いや知ってたかもしれないけど、それが直接的な理由ではなかったと思う。そういう誰かへの憧れ、という事ではなくて、端的に、あのレバーをぐいぐい上下に動かすアクションをせずして、何がエレキ・ギターか!?と思っていたのだと思う。わざわざ、それが付いてないエレキ・ギターを買う意味がわからない、ってなくらいのものであった。まあ、こういうのはギブソンじゃなきゃ駄目だとか、布袋モデルじゃなきゃ駄目だとか、人それぞれなのだろうけど、僕にとってエレキ・ギターはまず、なにがなんでもアームでした。



エレキ・ギターというのが面白いのは、トレモロアームみたいな、ああいうどう考えても本体に負荷を与えて、やりすぎるとギター自体に致命的なダメージを与えてしまうような装置がわざわざ付いているところで、まさに楽器の鬼子というか、まあ形状といい音といい、おおよそ歴史を背負う気持ちなど最初から放擲した状態で呪われつつ生れ落ちた、最初からヤケクソに開き直ったような楽器である。そういう倒錯したフェティッシュ性をくすぐるところもあるし、またそれ以前に、あのトレモロアームという部品の、がっしりと手で握って力任せにぶんぶん揺すって、金属線の固いテンションを無理やり変えて音を揺るがすという、腕力と音とが直接連動してしまうような原始的快楽がものすごいし、そういうのをあからさまにやれてしまう臆面の無さみたいなのも、ちょっと可愛いのであろう。


腕力で音を変える、というのが如何にも若者的だとも言えるのだが、その延長にはDJ機材であるミキサーとターンテーブルがあるのだろう。ターンテーブルもまさに、音を直接的に触る楽器であり、その単純さ、直接さ、臆面の無さはアームをぐいぐい上下させる衝動をそのまま受け止めてくれるであろう。わかりやすいところではスクラッチという技があるけど、もっと単純な基本操作において、ターンテーブルはあまりにも激しくレコードに触る。物理的な溝めがけて、なんどでも針を落とし、何度でもループさせる。これもまた酷い話で、それ専用に補強されトルク性能も高められたターンテーブルというのは、これまたオーディオの歴史のある方角における最前線に位置しており、そこで再生装置としての限界に晒されるために生まれてきた機器といえよう。


文章で単純に書いてしまったので、これだとまるで幼児的に楽器を乱暴にもてあそんでるだけみたいな印象になってしまうのだが、そういう事ではなくて、根本にはそういう原初的なものが潜んだ状態で楽器に触れているのだ、ということである。たぶんギタリストが構えるギターのブリッジ部からアームが垂れ下がってるだけで、ああこのテンションは安定的に確定したものではないんだ、とステージを見る誰もが無意識に感じているのだし、新しい曲がカットインされた瞬間の鮮やかながらも軽い揺らぎの不安感がうっすら漂う魅力的な瞬間も、ああ今DJの指によってターンテーブルの淵が軽く押されて、一瞬の回転力を助けられた事でグルーヴが立ち上がったんだな、とフロアの誰もが無意識に感じているのだ。

2008-11-16

ルイスを観たり考えたり


モーリス・ルイスの展示では「ヴェール」シリーズの第一室にもっとも長い時間居たし、もうこの部屋の記憶だけでも良いとさえ思ったくらいであった。とはいえ、ずいぶん長い時間、あれらの作品を観ていたにも関わらず、僕はその間中、いったい何を観ていたのだろうか。…最近よく思うのだが、僕はある作品を良いと思って、その作品の前に長い間とどまり続けているとき、いったい何を観ているのだろうかと思う。今の観かたで、本当に問題ないのだろうか?と、薄く不安を感じているところもある。昔より今の方が、作品を観る時間は極端に長くなったが、その分全体の把握力は低下した。基本的にすごく近いところで観すぎていると思う。


既に知っていることの力を借りて、今ここにある何かに対して、見る事の擬態で誤魔化す無礼と欺瞞を恥じるべきだし、そこまで言う以前に、マトモに見ればもっと単純に愉悦に満ちているのだから、そこに身を任せれば良いのだ、という言葉は、それはそれでたやすい。しかし、人が何に感動するのか?といったら、おそらくそれには二通りあって、なし崩しのなりふりかまわぬ拘泥に感動させられることもあれば、ある程度のところで切り上げるという事の、その切り上げ方に感動させられることもあるのだ。「見切る」という言い方がある。事の本質を見抜く、みたいな意味に使われるのだろうが、実際のところ、事の中に本質などないのだから、実は「見切る」は文字通り見るのを切断しているのだ。だから重点がおかれているのは見ることより切ることで、切る行為の冴えこそが問題とされている。


絵画の感動とは何か?といったら、それも一概に単純にはいえないだろうが、そこにもおそらくは二通りある。でも絵画が絵画である以上、それは「見切られたもの」「切り上げられたもの」であるのは間違いない。ルイスは意外と「切り上げ」の上手な作家なのではないか?と僕はそのとき、あえて悪意を込めて疑い深く観たりもしていたと思う。色彩もさることながら、形態に対する冴えもとても素晴らしいし、マチエルへ拘泥するときの程よい距離の取り方とか、アクセントの入れ方も、実に見事じゃないかと。とはいえ、そのように感じていたとき、その瞬間、僕はルイスの絵を「観て」いなかったのかもしれない、とは思う。(っていうか、しかし、本当に徹底的に観ているだけならブログなんて書けないという話であるよ。)


ルイスの絵のそばに居るあいだ、しばしば、なんとなく岡崎乾二郎の「ZERO THUMBNAIL」シリーズのことがふと思い浮かんできた。ルイスの作品の場合、どうやって描いてるのか?どこまで認識してたのか?把握の範囲がどの程度だったのか?どこまで意図的で、どこまで制御外なのか?みたいな事をかなり気にしてしまうのだが、どうも実際は、あの狭いアトリエ内で一応はキャンバスの全容は理解しつつ制作をしていたのだろうが、それでも本当にそれが全容なのか?というか、おそらく独りのルイスの目前にあったであろう、まだ乾燥する前のギラギラと光沢を帯びて光を反射させる水面のようなおびただしい量の顔料と溶剤の水溜りこそが、ルイスにとっての作品だったのだろうから、完成して木枠に貼られて展示されたそれらはまさに、さっきまでビクビクと動いていた魚が、既に死んで干からびて干物になったかのような印象の代物だったのではなかろうか?まあそれもこれも妄想でしかないけど。(奥さんにアトリエを見せなかったのは「ちょっと!こんなベタベタにしてどういうつもりなの?いくらなんでも酷すぎない??何しても構わないけどちゃんと掃除してよね!完全にキレイな状態まで戻してよね!!」とかウルサく小言めいて言われるのが嫌で嫌でたまらないから、そう言われる前に完璧に掃除して何事もないかのようにしておきたかったのではないか?と想像する。)


そういう事を過分に気にするのは僕個人のの問題なのかもしれないが、それはともかくそれを感じている間、なんとなく岡崎乾二郎の「ZERO THUMBNAIL」シリーズのことを思い出していて、あれはまさに、どうやって描いてるのか?どこまで認識してたのか?把握の範囲がどの程度だったのか?どこまで意図的で、どこまで制御外なのか?みたいな事が見事なまでに100%オープンになった作品だったという風に、記憶から呼び戻されてきたのだ。何しろ、絵画のフレーム全体を、トーストしたパンを持つようにして、親指と人ざし指と中指で支えて、そこに、まさに「バターを塗るように」して、絵の具を塗布したのだろうから…そんな絵画が、あったのだという事を、ルイスに見せたいような状況だと思った。ルイスの作品は、たとえば「アンファールド」シリーズなどでは、すごく微妙に、フレームのエッジに対する微妙に気になっている斜めからの流し目目線みたいな意識が感じられて、画面のエッジ部分が確固たる存在としてあってくれる事で成立したのだと思われたのだが、同じエッジの利用でも、「ZERO THUMBNAIL」シリーズのあたかもパンの香ばしく焼けた耳の部分に、バターナイフを強めにあててバターをこそぎ落とすみたいな、「描く」というよりは「なすりつける」みたいな、もはや場合によっては、真の主役である「パン」よりもバターナイフにバターが付着せず綺麗になるかどうかの方をよほど重要な問題だと思っているかのような、いやそこまで言うといい過ぎで、実際は絶対にパンの方に対する意識が捨て去られる事は無くて、ギリギリの瞬間でここぞというときの繊細極まりない配慮に満ちた手つきそのものなので、その目線の違いというか、その態度というか印象の違いがふたつ浮かび上がってくるかのようであった。


Rhythm is Rhythm で、Color is Colorで、でもそれをつなぎあわせる事の出来る何かの手触りがMixである。Jeff Millsの「Purpose Maker」というアルバムを聴きながら、京成線で佐倉へと向かった。Purpose Maker…「目的をつくる」これこそが、重要なのだ。「The Bells」を久々に聴いて、我ながら狼狽するほど深い感動をおぼえた。佐倉から美術館まではバスに乗った。バスに乗ってる間はBeach boysのベスト盤を聴いていた。秋の佐倉にはCalifornia Girlsが良く似合う。Surfin' Safariが空間に満ち溢れてゆく。。…この前も思ったのだけど、川村記念美術館に行くバスに乗ってるとき、途中に見える景色で、QVCという超巨大なショッピングセンターみたいな建物があって、その巨大な白い壁に大きく「QVC Distribution Center」という風にデカデカと書かれていて、その「Distribution Center」というグレーのゴシック体文字のあまりのデカサに、何ともいえない感銘を受けてしまうのだった。

2008-11-15

川村記念美術館でモーリス・ルイス展


これは確かにとても素晴らしい展覧会。作品が行為一発で決まってるかのような爽快さでもあり空虚さでもあり、マチエルの微分不可能な差異にどこまでもこだわりつづけるような終了不能な決定不可能な不毛ギリギリのグレーソーンへの滞留でもあるかのような、しかしどこまでも複雑で妖艶な感じは圧倒的に素晴らしく、作品を前にしていると感じられる何かが後から後から沸いてくるので、それを断ち切って立ち去るのがなかなか難しい思いであった。いつまででもここにとどまっていたい、と思わせるような甘美で陶酔的な経験でもあり、同時に僕も今すぐ自室に戻って「ことをおこしたい」気持ちにさえ、させるような、訳もなく何かに駆りたれられるかのような経験でもあるという、とにかくすごく刺激的な作品たちであった。


「MAGNA」という絵の具の事については、はじめて知った。このことを知る事ができて良かった。今はもう入手できないのだろうし、仮に入手できたとしても今さら使用する意味もないのだろうけど。アクリル絵の具でありながら、テレピンで希釈する。というのが、制御可能/不可能の境界線上を不安定に揺らぐような、あのような表情を生み出すのか、と。図録に載ってる「制作の秘密」という題の文章を読むと、絵具製造業者のレナード・ボクールという人物とルイスがけっこうやり取りしていることが書かれていて面白い。絵画を成立させるための努力が、画家本人の内面的な抽象的な努力であるのと並立・平行して、物質を徹底的に意図したように扱い、実現(実装)させるためのベタな努力だったのだという当たり前のことを思い出させる。(個人的には、まだ発展途上でしかないギター・アンプリファイズド・サウンド・エフェクト開発技術に躍起になって、ときには称え合いときには罵り合ってもいたであろうジミ・ヘンドリックスとエディ・クレーマーを彷彿させた。あの当時のエフェクト技術の信じがたいほどの信頼性のなさ、不安定さだけが可能にした感触というのが、あるのだ。アメリカという国の、根拠なし保証なしの不安定をものともしない態度にはほんとうに驚かされる。。)


絵の具を支持体に塗布する、というのは、端的にエフェクト効果を狙った行為なのだが、その狙いは往々にして、意図せぬ結果となったり予期せぬ事態を引き起こす。もし塗布した絵の具と支持体との関係に意図せぬ結果が生じてしまったのであれば、それは塗布者(画家)の責任であるが、それが支持体へ移管される以前の、絵の具自体がもつ違和感であったり、支持体移管後の、予期せぬ様相の変遷であったりするのであれば、それは画家の責任ではなくて画材製造業者の責任である。ルイスの作業やボクールとのやり取りをみていると、その分業に対する認識がすごいと思う。当時ボクールがやっていた事は、まだ本当に上手くいくかどうかわからなかったような、下手すると単なる詐欺みたいなものにさえなりかねない試みだったろう。でもこの時代のアメリカの空気なのかどうなのかわからないけど、絵の具製造業者が平然と前衛アーティストに営業かけて、その後でやり取りしてる、というのが、もはや事業も芸術もフラットな地平で等価なのだという事をこれ以上ないくらいの説得力で証明しているように思う。


(と、ここまで書いたけど、むしろ絵を描く人口だけは多い日本の方が、この手の事情は特殊なのかもしれない。日本では何しろ絵画制作する人口は多いから、国内画材製造メーカーはどこも大企業だ。僕が勤めてるIT関連中小零細企業みたいな、それこそ顧客一人一人をベタにサポートして場合によってはカスタマイズの提案したりもするような関係は、少なくとも日本の描き手と画材メーカーとの間には生じにくいだろう。企業の方がデカイ態度で一方的に描き手に対して「施し」を与えるような制度はあるだろうけど)


もちろん、絵画があるセグメントでは制作者の仕事で、あるセグメントでは画材業者で、その分業体制の結合したものであるからといっても、それが分担範囲内の仕事を組み合わせただけのものでは無い事は言うまでもなくて、どこまで他者のエンジニアリングを介在させようとも、最終的にはアーティストのフィニッシュが作品を決定付けるので、狙ってやった事が正常終了あるいは予期せぬエラーの結果になったとき、でも最終的にこれで良しとするか否かはアーティストのその最終的な一瞬の判断で決められている。要するにアーティストがディレクターである、という事なので、これがまさにアメリカなのだと思うが、その判断のスリルが、作品の緊張感を支えているのだ。…まあそんなの当たり前か。書くまでの事でもない。とにかくこれは超素晴らしい展覧会でした。

2008-11-13

道具を使う


道具を使うというのは、最初だけは道具の都合に自分の方を合わせないといけない。最初に限っては、目的や要求事項をよく理解しているのは自分ではなくて道具の方である。道具とは道具であると同時に、目的から逆転写された手順の記憶装置でもある。


システムに対してひとまず自分を投げ入れてしまう事に、人間はある喜びを見いだす。自分の身体の一部がすでにあるややこしいシステムの一部なのだという事でつなぎ止められる精神的な整合感というのがある。人間にとっていちばん安らかな場所が、人間とシステムとの中間の地帯にある。


大昔の原始時代に、人間が火を使う瞬間には、火がそもそも、何を知っていて何を目的にして存在していたのか、それはわからない。人間と火は、何万年ものあいだ、別々にそっぽを向き合ったままそれぞれずーっと存在していても、いっこうにかまわなかった。でも、ただ火を使って加工したり破壊したりする事に、なぜか価値があるという事になった。それを決めたのは火の方なのか、人間の方なのか、ここが微妙なのだが、でもとにかく、ひとまず人間の方が、その仕組みに自分の方を合わせてみたのは確かだろう。


よくわからないが、少なくとも人間は、もし使用方法を誤ると自分の生命さえ死に至らしめるような、リスクの高い道具を駆動させる事がかなり好きであり、それはもしかすると人間の本能に基づいた根元的なもので、人間というのはもしかすると平然とそういうリスクをモノともせずに、相変わらず道具を道具自体の限界まで猛り狂わせるような生き物なのではないか?という気もする。


おそらく目的とか利便性とか効率とかは、人間が道具を必要とする理由ではないのだ。そういうのは人間の内側でしか通用しない話だからだ。目的とか利便性とか効率とかは、たぶん既に道具と人間が関係を結んでから、後付けで出てきた話であろう。人間が道具を使う本当の理由というのは、実はその道具自体を壊す事なのではないか?その道具を壊すことで、逆の方向から目的をかなえようとしている、というか、その道具にある箇所から転写されて記憶されているなんらかの意味合いらしきものを、剥がそうとしているのではないだろうか?

2008-11-12

操縦の実際


はじめてエレクトリック・ギターを手にしたとき、シールドをさしてアンプのスイッチをONにして、スピーカーから「ウワーーーン」という開放弦の唸る音が振動のように聞こえてきて、そっと弦を指ではじいてみると、ぎゃーん、というギターの音が、確かにスピーカーから放出されて鳴り響き、部屋中に満ちるのを聞いて「うわーこれだけなのか」と思った事を思い出す。


「これだけ」というのはつまり、まだギターを手にしていない数ヶ月の間、事あるごとにさんざん頭の中で想像してきて、イメージトレーニング、というか、単なる妄想を、何度も何度も脳内の記憶領域に重ね書きしてきたような、まさに文字通り、夢にまでみたような、あのエレクトリック・ギターというシステムの全貌を、遂に今、目の前にしていて、両手でしっかりと抱きしめ、一通りの状態を現実に手の内におさめた事で、はじめて湧き出てくる感慨である。


「たったのこれだけ」である事の驚き。そこにあるのはただの鉄製の弦と、ピックアップと、ラッカーの光沢をたたえた木製のボディと、赤くLEDの光ったアンプと、金属的なノイズを唸るように低く放出し続けているアンプ。これだけのセット。これだけの事で、あの演奏やこの演奏が実現しているのか、という驚きである。


自動車をはじめて運転するときの感触もある意味、それとよく似てるかもしれない。教えられたように、まず左足でクラッチ踏んで、エンジンをスタートさせて、ギアを入れて、ゆっくりとアクセルを踏み込みつつ、おそるおそるクラッチを戻し始めると、確かに自動車は、本当に、自重をかすかに軋ませつつ、音もなくゆっくりと動き出すのである。そのまま加速、減速、旋回、すべて可能なのだ。これだけの事で。これだけの組み合わせだけで、それが実現する事の驚き。


なんでこんな事を書いているかというと、はじめてVestaxのVCI-100を触っているからです。曲をDeckAで再生させる。モニタで聴く。DeckBに別の曲を送る。ヘッドフォンで聴く。ピッチ合わせる。セットキューする。MIX!!あとEQさわる!…そういう事をやっている。いや、まだまったく何もやれていないのだが、そういう事が今、遂に目の前に、全貌をあらわにしている。で、やれることを、一通り試してみて、それでとりあえず出てくる感想というのは、やはり「たったのこれだけ」か…という気分だったりするのだ。たったのこれだけの事から、DJたちはあの目眩くような素晴らしいMIXたちを生み出しているのか!と…。


まあ美術でいえば、画材というのも、そういう風な感触をはじめて絵に触れる人に与えるものかもしれないとは思う。油絵の具セットとか、最初はまさに「本当にたったのこれだけ?」…という気分にさせてくれるようなものかもしれない。


道具というものが醸し出す、そこを支配しているある手順とかルールとかしきたりみたいなものの予感というのは、それに取り組んで、それの内側で良くなったとか悪くなったとかいって喜んでいても意味が無くて、そういうのをなるべく早く相対化して、それがもはや余剰に感じられたり拘束に思えたりしたら、とっとと捨ててゆくとかすべきな、まあそういう事ではあるのだが、少なくとも最初は、その枠組みにはめられざるを得ない、というところは、面倒くさいところではあるが、しかし僕など個人的には若干、ある種の愉悦感をおぼえてしまうところもある。そういう風に無理矢理受け入れさせられて、ひとまずやらされるのが嫌いじゃないのだ、などというと変質者的だが、まあ僕はその観点ではある意味ヘンタイである。


でも実際、自動車の運転とかやぱり魅力的だよなあと思う。さっき文章で書いているうちに、思わずその面白さがよみがえってきてしまった。。AT車ではなくて、MT車がすごく魅力あるのだ。クラッチを繋いだり切ったりする事が操縦の生命線であるところに強く惹かれてしまう。単純にパワーをかけ続けるようなつまらないものではなくて、非常に細かい手続きで、力を抜き、エネルギーをやり過ごす能力が要求されるところが素晴らしいのだ。人間の事などお構いなしに駆動しているエンジンに対して、状況に応じた、その都度のもっとも適切なギア比を提案してあげるのだ。それで、それ悪くないね、と言われたら、ただちにそっと適用してあげるのが、MT車の操縦なのである。もしかしたら手綱で馬を走らせる繊細さに近いのかもしれない(乗馬した事ないからわかりませんが)いや実際、僕も車に乗らなくなって10年とか経つけど、でももし公道を走らないで、自動車というものが遊技スペースみたいな空間を好きに走って良い物としてこの世に存在していたら、もう毎日でもその乗り物で遊びたいくらいである。僕はとにかく、公道を交通ルールを守りつつ走るのが死ぬほどイヤなので、結果的に自動車に乗れないのだ。自分ひとりで遠いところまで行けようが、気持ちの良い景色を見ながら疾走できようが、それが公道で公道を走るための最低限の意識を要求される時点で、もうアウトなのである。自動車は好きだけど、自動車と人間が集まって構成してる世界全体が死ぬほど嫌い、と言うこと。


だったら、勝手に走れるサーキット場とかに行けば良い?カートとかをやれば良い?…いや、それだとまた、全然意味が違ってしまうのだ。第一、そういう風に自由に走れる場所に行くだけでも、公道を使って移動しなければいけないのだし。

2008-11-11

ふたたび仙石原湿原植生復元実験区へ


二年ぶりに僕は、箱根湿生花園内の「仙石原湿原植生復元実験区」にいた。あたりは11月らしく素晴らしい紅葉の風景が展開していたのだが、実験区内領域には、ただひたすら枯れて茶褐色に変色した植物が一様に生い茂っているばかりであった。泥濘の上にスノコが渡されていてその上を歩いて移動する。10分ほどで、実験区を一周して、また元の園内に戻る事ができる。


見た目や印象としては、まったく何の変哲もない、ただ雑草や雑木が生い茂っているだけの湿原の広がりに過ぎない。キレイでもないし壮観でもないが、自分の周囲のある一定の領域に、腰あたりまでの背丈をもつ枯れた植物がびっしりと群生している事から受ける圧迫感はある。自分を中心とした半径30mくらいは、すべてその植物で、すべてが一様に生えそろっていて、風にゆっくりとなびいている。一部が風になぎ倒されていてそこだけが寝癖のついた髪の毛のように流れの向きが違う。遠くの山を覆い隠すように、深い真っ白な霧が中腹のあたりにかかる。寒さが上着を貫いて身体に侵入してくるのを感じながら歩く。


この圧迫感とは、あるボリュームをもったものが、ある一定の面積と高さを占めるようにして空間に満ちているときの、独特の威圧的な感触である。これを「いきなり」出現させる事ができれば、それはきっとすごい事であろう。しかし、そのような妄想は妄想に過ぎない。それは単なる甘い想像でしかないであろう。「いきなり」である事は、どのような事か?それは予想を超えているということである。だとすればそれは常に考えの外側にある筈のものである。手順を踏まえて生成されるものでは無いはずである。


だとすれば、やはり手順自体が悪なのだ。「仙石原湿原植生復元実験区」から受ける印象は僕にそれを告げる。…ちなみにこの実験区域は、冬季になると一時閉鎖され、その期間中に火入れが行われるのだそうだ。一帯を草刈りして、丸坊主になったところを野焼きする。そうすることで、実験区はまた健康な湿原として回復するのだ。僕の甘く狭い妄想とはまるで別の場にあるそれらの手順が、現実にあって「仙石原湿原植生復元実験区」は維持されている。


「何の変哲もない」という事も大変重要なことだ。「何の変哲もない」事が「いきなり」起こって、それに驚く、という事。音楽の良さも結局はそれだ。それが唐突に開始される事でしかない。唐突に溢れ出す何か。。これがすごい。

2008-11-10

商品を受け取りました


今朝、出かけようとしたら宅配便が来た。何かと思ったら、例のブツだった。これは以前から、たまたまインターネット上の、とあるポータルスペースにおいて、まるで啓示のように、おどろくべき破格の安値で販売されていたもので、ざっと見積もっておそらく通常価格のおおよそ1/3といった値段で放出されていた代物だ。まあ普通はあり得ない。早い者勝ち…いやそれ以前に何かの間違いである可能性の方が高い。日頃の行いの良さか神様のお導きかはわからないが、とにかく本来であれば極めて高価なそのブツを棚からぼた餅的なふいに降ってわいた幸運によって、しんじがたく安価に入手する事ができた。たぶんその権利を勝ち得た時点で勝利は確約されており、今思い返せば全てがまったくもって幸運のレールに乗っかったようなスムーズさでそのまままるごと大いなる存在からの祝福を受ける事態に等しかったのだし、でも僕がしたことなどただ前方の光を見つめたまましかるべきボタンをクリックしただけの事で、したがって非常に気持ちの良いお取引ができたのである。今、その代物は、すでに梱包をほどかれて、リビングの片隅に静かに設置されているはずだ。だって僕が、朝の慌ただしい時間だというのに、わざわざそこまでしてから家を出たのだから。自分でも驚くべき気持ちの入れようだ。でも梱包等で出たゴミを出がけにまとめてゴミ置き場まで移送する等、気配りに満ちた配慮も忘れてはいない事が伺われる。社会人としても合格だ。いずれにせよ、わかってもらえるまで何度でも言うが、あれは本当に幸運に包まれた良き買い物だったと、僕は確信しているのだ。


もちろんこの文章はある特定の人物に向けて書かれている。今日、おそらく僕より先に自宅に帰ってきて、夕食の支度をしようとしてふと目をやったリビングの片隅に置かれている、そのブツを最初に発見するであろう一人の女性に向けてだ。きっと君はそれを見て少なからず驚き、そしてもしかすると、それがほかならぬ僕によって購入された事に一瞬で気づき、その購入者の相も変わらぬ無計画・無謀な浪費癖に立腹するのかもしれない。しかし、この買い物はまったくそのような糾弾をこうむるべきものではなくて、むしろいたって健全で堅実で信頼のおけるどこにもやましいところなんか微塵もないような取引だったのだと、その事だけはこの場を借りて名言しておきたい。僕からは以上だ。今日はなるべく早く帰るつもりでいる。あとは必要に応じて話し合おう。

2008-11-09

ポーラ美術館での佐伯祐三


土曜日に行ったポーラ美術館では「佐伯祐三とフランス」という企画展をやっていた。展示内容は全然大した事がなく、佐伯作品もさほど沢山ある訳ではなく、佐伯祐三の展示だと05年に練馬の美術館でかなりの展覧会があったけど、あれと比較しても全然こちらの方が慎ましくて、単に所蔵作品展にちょっとテーマが色づけされてる感じであった。


最初は、佐伯祐三なんて大した事ないでしょ、と思い込んで観ていたのだが、でも実際観ると、そう簡単に一笑に付す事ができるほど甘いもんじゃないと思った。というか、正直かなり良かった。特にフランス時代の一連の絵は、これはもう良くも悪くも、一人の画家が外の世界から最高のイメージを全身に受け取っていて、それを何の障壁もなく最高の状態で(感覚と技術がぴったりと好ましく密着した状態で)自分からキャンバスへと送り返していく事ができているときの、ほとんど誰にも止められないような、殺したって止められないようなすさまじい勢いが横溢していて、そういうときの、作家という人間のタチの悪さというのはおそらくものすごいもので、もはややることなすことが全部「正しくなってしまう」というか、どう転んでも作品としてすごくなっちゃう。描いてる今この瞬間だけはもう、ウハウハで、調子に乗りまくりで、向かうところ敵無しで、描いていて本人だけはほぼ全能感すら感じてるのだろうと思われるような確信、というか妄信、というか信仰、に近くて、靴屋の店先を描いた絵とかカフェの細い鉄製の脚をもつ椅子とテーブルが雑然と並んでいる絵などは、もうそれが、のろのろと後からやって来てこれは何々的な技法とか何々風とか作品としてどうたらとか、そういう話をいくらしててもはっきり無駄と思えるような、あるすごい地点にまで行きついてるのかもしれないように、一瞬、思えた。それを、そのようにやってみて、あーほら、これもさっきみたいに、やすやすと成功しちゃったよ、ちょっとは半信半疑のまま一応ここまで乱暴に大胆にごり押しでやってみたけど、却ってますますすごい事になっちゃったよ、みたいな熱い勢いの感触が、そのまま100年近くたった今も生々しく残されているかのようだった。

2008-11-07

十一月の二日間


明日からちょっと箱根へ一泊旅行へ行く。ポーラ美術館等にも立ち寄るが、真の目的はホテルのラウンジでビールを飲み、温泉に入り、またビールを飲み、そして食事をして、ワインを飲み、また温泉に入り、そしてまたビールを飲む、といった一連のコンビネーションである。前行った時になかなか快適だったので、今回も二年前と同じ宿泊先である。温泉の湯船に浸かりながら読むための書物は何を持っていくかまだ検討中。私たちに少しでも特別な時間の訪れが許されますように。。なんだか、明日も明後日も天気は悪そうだが…。

2008-11-06

エブリバディ・ラブズ・サンシャイン


柴崎友香の小説「エブリバディ・ラブズ・サンシャイン」を読んで、かなり良い話で切なくほろ苦い感じで幸福な時間であった。とはいえ、主人公の寝っぷりがすごくて結構笑った。24時間寝てしまうとか、行った先でも帰った後でも寝てしまうとか、この小説の主人公はとにかくもう、どこまでも寝る。アタリ・ティーンエイジ・ライオットという固有名を超・久しぶりに目にしたけど、あれがステージで鳴ってるときに寝てしまうというのは、ほとんどものすごいと思う。しかし睡眠の持続も体力が必要なのであって、こういう寝っぷりはそれすなわち若さそのものの表出と言える。ただ、ひたすら眠る事の、そのまどろみの中だけにとどまる、という事だけでしか維持できない事があるのだというのは、とてもよくわかる。


僕も大昔のまだ若いときの一時期はよく寝てた事があったし、その長い眠りから覚めた後の、現実の再来のおどろくべき感触を、いつまでも布団の中で受け止める寸前のところで弄びながら、続けてやってくる冷たくて新鮮な孤独感の甘美さに泣きたいほどの愉悦をおぼえながら、いつまでもその場にとどまってもいた事もあった。あれがいつの事で、どのくらいの期間そうしていたのかは、ほぼ曖昧にしか記憶にないのだが…。


当時つきあってた友人にも、やたらと寝るヤツがいたなとも思う。僕の場合、自分が寝てる分にはいいんだけど、自分以外の人がどこまでも延々と寝てると、結構イラつくのが短所あった。こいつどんだけ寝るんだよ、とか思って、場合によってはあからさまに不機嫌になったりもした。僕は元々だらしなくて面倒くさい事が嫌いなズボラな人間なのだが、それでも他人には、起きてろよ!とりあえずうわべだけでも、かちっとさせとけよ!と平気で要求するようなところもあって、非常に困った性格の側面もあるのである。だからある意味、いつまでも不幸なんですけど。まあでもそれはそれでよろしい。


僕も大昔は、友達同士連れ立ってクルマでどこかに行った経験くらいあるのだが、その道程の帰り道は皆、猛烈な睡魔との闘いになるものだけど、後部座席のやつらが全員寝てしまったので、助手席に座ってた僕は後ろを見て、あーあ、みんな寝ちゃったよ、と言って、ハンドルを握って運転してるヤツの方を見た。そしたら驚愕すべきことに、その運転してるヤツは口をぽかんとあけて、眉間に深刻そうな皺をうかべ、ゾンビのような白目を剥いていた。そしてよく耳を澄ますと、静かに、低いイビキを鼻から漏らしていたのである。…気付くとクルマは、ゆりかごのように蛇行していた。走行中の車内にいる数人が全員寝ていて、起きているのは助手席の僕だけ、という状況があのとき、確かに現実の出来事としてあったのだ。。


その後何年かたって、既に会社員になってから、それでも今からふりかえれば、かなり前の話だが、僕が以前会社でおつきあいのあったある人の中にも、そういう、激しく寝る人というのはいた。この人は、人通りの多いフロアの一角とかで、こちらがその人の隣に座って、割と分厚い資料とかを手で持って、それらを見ながらひとつひとつ説明していると、はい、えぇ、あーなるほど、はい。はい…。と、いちいちうなずきながら聞いていてくれるのだが、しかし10分ほど経過するとお、あーなるほど、はい、はい、はい…などと言ってうなずいていた後に、すーっと、あっという間にそのまま、完全に寝てしまうのである!!そして、20秒ほど経過してから、おもむろに目を開けて…うーんなるほど、じゃあそこは、そういう事ですか…とか、もっともらしい事を言いつつ、元の位置に復帰しようとするのであった!!その流れにいきなり「寝」が挿入されてしまう事もすごいが、それがまだ目の前の僕にばれてなくて、まだ完全にはやぶれていない、まだ取りつくろえる、と考えてる事にも度肝を抜かれた。そんなすごい人であった。


あと、それで更に思い出してしまったのだが、そういえば昔、テレビで見たのだけど、スマップの香取慎吾も、そういう感じで寝ていた。確かトーク番組で、ゲストが宮藤官九郎で、何らかのやりとりがあって、宮藤が香取に、どう思います?とか、そういう風に訪ねたのである。そしたら香取は、うーんそうですねー…とか言って、少しうつむいて下に目線を落とし、その直後、ほんの数秒だけの事だが、そこで明らかに、香取はすーっと寝たのである。で、数秒後に、いやーそれは…とか何とか、直前の流れから何事も無かったかのように繋げようとしたのである!しかし宮藤はその一連の流れにしっかり気づき、っていうか、ちょっと香取さん今、ものすごいタイミングで寝ましたよね!?と突っ込んだ。香取はいや、寝てないです、と真顔で否定していたが、アレは誰がどうみても一瞬寝た。そういう事もあるのだ。

2008-11-05

「次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?」柴崎友香


柴崎友香の表題タイトルの小説を読む。マーチに4人も乗り込んだ状態で大阪から東京へ行くなどという時点で、想像しただけで疲れそうで、うわー…と思う。とくに後部座席だと死ぬほど疲れると思うけど…というか男は割とどうでもいいけど女の子はしんどいだろなあと思う。るりちゃんが途中で靴を脱いで立て膝になってるところとか、かなり可哀想である。でもまあ、学生のときなんて、身体的なかったるさとか面倒くささや長時間同じ姿勢を強いられる苦痛とか、そういうのを絶対回避したいという気持ち自体があまり無くて、ただ何となく成り行きでそういう事になって、途中ちょっと疲れてしまったりしながらもそんな事は後で忘れてしまい、そんなつまらない事よりももっと別の関心で頭がいっぱいなのだから、それでいいのだ。っていうか、今の僕が、そういうのをあらかじめ嫌だとか言って忌避しすぎなのだ。僕も、そしてウチの妻もだが。でもおそらくおもに僕が、面倒を嫌う。情けない事だ。街中や駅構内や電車内で、年老いた老夫婦がお互いを支えあいながらヨタヨタとゆっくり歩いていたりするのを見ると、最近の僕はいつも、正直ぞっとする。。数年後の自分と妻を見るような思いがするのだ。それはほとんど恐怖に近い感覚である。こんな風になるのだ、こんな風に移動するのは、どれだけ大変な事なのだろう?と思う。おそらく今の自分は友達同士で狭いマーチに四人で乗って走るのも嫌だし、ヨタヨタと支えあって歩く老人にもなれないのだ。ほんとうに今の僕は死ねというか、人生で一番駄目なところにいるのかもしれないが。


まあでも、それはさておくとしても、どうも日本で車を使った旅行というのは、かったるさばかり感じてしまう。アメリカ映画のデカイぼろい車がだだっ広い道をずーっと直進し続けながらジョン・ルーリーがコンパネにどかーんと足を乗っけてラクチンそうにしてたのとは、まるで別の風土に暮らしてるのだろう。まあ個人的には、やはり国内における移動は電車がいいと思います。


で、この物語は、上野でわーっとなった後、4人が別れて、しかしまた新たな組成がおこり、今度は別の車で、別の目的をもって、木更津から海へという、それまでとは別の方角への、とりあえず新しい移動が示されて、それで終わりを迎えるのだが、この瞬間の開放感は最高である。ほんとに、この小説は、大阪〜東京間のぐーっと長い直線と、上野〜木更津までの小休止的な移動と、海を向いたふたつめの移動との、途中で進路をカクッと変えたたゆまぬ移動の軌跡だけが印象に残るような感じである。

2008-11-04

ステレオシアトリカエレクトロ


横浜トリエンナーレで観たいくつかの作品で、どの作品についてというわけでもなく、ただ何となくぼんやり考えていた事なのだが、ある空間に音声信号の出力装置(つまりスピーカー)を配置したらそれはもう表現形式としては音楽だと思った。というか、どうしても、僕はそれを否応なく音楽として体験しているのだ。では音楽として何を感じているのか?というと、それは空間の生成を感じているのだ。時間ではなくて、空間なのであった。サウンド・インスタレーションとは、与えられた空間の中にそれとは別の空間をたちあげようとする試みであり、そのための音響システム設置である事が多いと思う。


今この場を共有していなくても、後で体験できる、というのが音楽にも可能になったのは複製技術のおかげである。複製技術によって今この場の一回性が解除されたのだが、しかし後で音楽を体験するためには必ず再生装置と出力装置を必要とするのだ。その装置は一見、音楽とは似ても似つかぬかたちをしているのだが、とりあえず音楽を召還するためには、それが無いと始まらない。スピーカーがなければ、何もきこえない。それが音楽というものだと僕は思う。スピーカーがなくてもきこえてくる類の音楽は今のところ僕の興味の対象外である。


普段、音楽を聴くとき、たいていの場合はステレオフォニックで聴いている。ここで言うステレオフォニックとは2チャンネルの音声を対になったふたつのスピーカーないしイヤホンより出力する、という意味である。二つのマイクで録音したものを信号出力としてつのスピーカーから送信する技術がステレオフォニックであるが、場合によっては集音と録音との間にミキサーが介入し音がなす諸関係の改変操作さえ行われる。いずれにせよここで出来事は一旦保留されて再構成される。この時点で既に、かつて起こった事の再現ではなく再構成である。


そして最終的に完成した録音物の全体は、右と左から出る音の融合として鑑賞者の耳に届く。出力が、ふたつあるのだ。どちらが欠けてもダメである。はじめから、ふたつの装置を必要としているところが肝心である。ひとつひとつが放出するものは部分でしかない(どうしても部分しか出せない)。取得した音像をもとに、AとBを作り上げ、さらにそこからふたつを混ざり合わせたCを作り出す事までを目的とした装置なのだ。よくよく考えるとこれはかなり奇怪な状況であるが、それが音楽の体験なのである。それはもう仕方がない。…つまり音楽体験とはステレオフォニックにおいて、左右から聞こえるAとBとのどちらをも聴いているし、どちらも聴いていないともいえる。というか、それらの混ざり合わさった結果を聴いている。その時点で虚構の空間をたちあげているので、それはほぼ、絵画を観ている状態と同じような体験ともいえる。


ところで、ジェフ・ミルズの2つないし3つのターンテーブルとミキサーおよびサンプラーを使ったDJプレイにおいて、AとBをMIXさせる事によってそれらと異なるCを作り出すのだ、というとき、おそらくステレオフォニックと(少なくとも体験の質としては)同様な出来事が試みられている。音楽は、そこではじめて始まっているのだ。それを事後的に振り返ったときに、二つないし三つのターンテーブルとミキサーが操られている事がきわめて奇怪な事に思えるのだが、それもやはり、それはそれでもう、仕方がない。


これらの出来事に較べて、5.1chや7.1chのサラウンド装置というのは、はじめから体験者が立ち位置を絶対視しているところが不完全なのだ。とてもまっとうな考え方にもとづいたきまじめな試みなのだが、所詮、無駄な努力ではないのか?という感じが、どうしてもつきまとう。原点0.0からのスタティックな全方位的波及でしか効果を計算していないため、音に絶対的方位を持たせることが苦しいアリバイ作りでしかなく、かえって体験者を固定位置に縛り付けてしまう。サウンド・インスタレーションと呼ばれるような表現の大方も、音を空間的に配置することで空間を感じる以前に息苦しさを感じさせてしまうように思われる。音は本来、決してあらかじめ準備され調整された空間に配置されるようなものではないからである。


たしかにステレオフォニックも二等辺三角形の頂点に立つべきであるとされているが、まだ、前後に移動する自由だけは確保できている。絵画にせよ音楽にせよ、最低でも前後に移動する自由が確保できている、というのは作品鑑賞の最低限のルールではないかと思われる。むしろ、音がしていない、あるいは、きこえなくてもかまわない(気づかなくて良い。立ち去ってくれて良い。むしろ立ち去った後で、体験がやってくる)、という瞬間を無数に動的にいくつも立ち上げていくような事がないと、どうしても苦しいのではないか。(それはつまり「映画」になる、ということでしか無いのかもしれないのだが)

2008-11-03

Practice


三連休で、一日目は目黒の丸山直文展へ行って、二日目はみなとみらい線馬車道という駅で降りて、横浜トリエンナーレの会場をまわり幾つかの作品を観た。三日目は一日家にいた。三日目の調子を上げたいのに、いまいちセットアップが決まらず、上手くいかない感じ。

2008-11-01

Sessions


冬を思わせる強い風の中を歩く。絵の具の水色みたいな空を背景に桜の枝と赤茶けた葉が貼りついたようにある。空と枝葉の、どちらが前でどちらが後かがほとんど判らなくなるほど、それぞれの色が強い。空の青が、ほとんどはみ出してしまっている。秋に紅葉する木々の中で僕は桜が一番好きだ。緑だったり茶色だったり、色の変わり方がまばらで部分部分違っていて、全体的には薄汚いくらいの感じになるけど、でもそこがうつくしい。桜の葉の赤みほど好ましいものはない。


時間も空間も隔てたふたりの人間の二つの行為には、ほんとうに何の関係も持ち得ないのか?ということについて書かれた小説が「残響」である、という誰かの言葉を思い出していた。そして、「残響」のあるシーンの事を思い出していた。あれはまるで、異なる曲から、また別の異なる曲へと祈りのような強い思いを込めて、一気にカットインされたかのようなシーンだった。あれが、それについて書かれている、という事になるのかどうか、それはわからないが、まず何よりも、あれを読むというのは音楽を聴くという事に近いのだとしか思えない。

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