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2010-10-31

日曜


十月三十一日は日曜日だった。起きて、着替える。出かけて新宿。ジュンク堂買う。三越アプリコット、伊勢丹、移動、吉祥寺。A-things、百年、画集やっぱり買うのやめる。次来た時あれば買うかも。疲れて帰る。色々とぼんやり物思いも多い。もうだめ。まあまあ。なんだかんだと普通。

2010-10-30

どくとるマンボウ航海記


十月に読んだ本の中では「どくとるマンボウ航海記」がすごく好きだった。この語りの感じ、このグルーヴは本当にいい。端正で正確で裏打ちされた技術の高さがあって安定していて、そういう基本要件の高さが眩しいほどで、その上でさまざまな出来事の明滅があって、ひとつひとつがまばゆいばかりなのに、それを別に何の修飾もなく平然と投げ出して、当たり前のように出しては捨て、出しては捨て、最後に体裁を整えてひとまとめにするだけ。達人の料理。もはや贅沢のきわみというか、なんというかもう、教養とか経験とか言葉への信頼とかありとあらゆるものが違うという感じだ。北杜夫すごい。こういう人って音楽家にたとえたら生まれて三年かそこらでもうピアノを弾いてたとかギターを完璧に弾いてたとか、そういうたぐいの人ではなかろうか。もう言葉を操る者としての次元が凡百とは明確に違うという感じだ。

2010-10-29

通勤電車で読む


頭の中に何もはいってないとき、あるいは朝起きたばかりで全てのサービスが全部立ち上がりきってないときの空虚さだけのとき、そういうときにぼーっとしたままで本を読むと、これがいいのだ。全身全霊で脱力して全方位的な勘を働かせて読む、というより僕の意志ではなく無理に読まされる。朝の通勤電車の中で、周囲の人々が視界から完全に消え、意識下からもないまま、自分と書物との通信だけにひきこもる。そこであらわれることばひとつひとつに飛ばされる。はかなさの輪郭に手で触れているような感じ。曖昧さというものの物質性を実感する感じ。なにを指し示すのか、なにがいいたいのかさっぱりわからないその一文に無限のひろがりを夢見てしまい、さらに貪欲にほしがる感じ。朝のまどろみの余韻の中でこそ可能なひろがりに身を任せたまま、電車は走り続け、変わり続ける駅名だけを意識の片隅に意識しながら。いつもと同じように。


目的地に着いて本を閉じて、ああ早く夜になって帰りの電車の中で続きが読みたいと思ってその日一日が始まる。で、夜になって、結局その本は読まない。朝の自分と帰りの自分が違いすぎる。頭の中に、削除しきれてない細かく断片化されたデータのかけらがおびただしく錯乱していて、細かな思いのかたち以前の思いが浮かんでは消え、がさがさと落ち着きなく埃っぽく、そういう気分の余韻が濃厚に残っている中の帰宅途中の電車の中では、朝読んでいた本を同じ調子で続けて読むのは不可能で、朝とは別の本が必要で、そういう本もあらかじめちゃんと用意しているので帰りはそれを読む。帰りに読む本はとにかく、お前の前提条件は良いから早くこちらのリズムと空間に馴染め、身体リズムと呼吸を整えてこちらの言ってる事を直線的に理解せよと求めてくるようなものが良い。理屈が小難しくてもとにかくこちらに何かを伝えようとしてくるたぐいのものが良いようだ。こちらはとにかく一方的に受け入れるだけで良い。僕のコンディションなどお構いなしで一方向の努力にだけ一本化すれば良いからだ。

2010-10-28


雨と風。夜。バスのヘッドライト。ノイズキャンセリングヘッドフォンの外側に点灯するLEDの光。濡れた路面に反射する街灯の光の掠れたようなざらついた質感。ショルダーバッグを肩にかけて、もうひとつの小さ手提げ鞄をぶらさげた、鞄二つの女性。靴音。足音。網棚に荷物が投げつけられるように載せられたときの何かがぶつかる激しい音。しおりを挟む音。ページの擦れるときの、ジッパーの閉まるときの、携帯のストラップが鞄の金属にあたるときの、携帯を折りたたむときの、そういうときの音。キーパッドをキーインし続けるプラスティックのかすかな音。雨の音。路面を打つ音。波紋のたてる音。雨を踏むときの、靴の裏からわき立って、耳いっぱいに広がる音。

2010-10-27

不起訴


そういえば最寄り駅から家まで歩くあいだ「すいません、○○駅ってどっちですかね?」と聞かれることがしょっちゅうある。たぶん一年に数回はある。若者、外国人、その他色々・・・こんな夜の遅い時間に、なぜ今○○駅を探して、こんなところを彷徨っているのか?みたいな疑問を今まで一度も感じた事がなく、僕はきかれるたびにその、○○駅までの道を、それなりに丁寧に、しかしある程度の程好さで省略しつつ、まあ大体今言った感じで行けばおおむね近いところまで行けて、詳細はさらに別の人に聞くとかの方が効率いいんじゃない?的な感じでナビゲートさしあげていた。


でもこの前はじめて気付いた。あいつらみんな、どいつもこいつも、別に○○駅なんか目的じゃないんだなって事に。みなそれぞれ、全然別の、何の関係もない連中ばかりだろうけど、でもあの時間にああやって話かけてくるっていうのは、要するに何か「チャンス」を狙ってるだけなんだなっていうのが、ようやくこの前、はじめて気付いたのだ。しかし僕もほんとうにお人よしというか、今まで気付かなかったというのもちょっと可愛いと自分で自分を愛らしく思ってしまうが…。


でも、じゃあ次からは態度が変わるか?と言ったら、そうでもないだろうなあとも思う。何しろ聞かれたことにはそれなりに答えるみたいな、これってなぜなんだろうか。200円くれと言われたら断るのに、道を聞かれればそれなりに教える。その自分の中の「ルール」って、どこから出てきたものなのだろうか。ましてや、相手は本心では道など聞いておらず、別の「チャンス」を伺っているだけなのである。にも関わらず、僕は何の「ルール」を遵守したいと思っているのか。


しかし、ああして道を聞いて「チャンス」を伺う。いやそこまで行かなくても、何かアクションしてみるという、あの感覚はすごい。相手と自分とを偶然のルーレットに乗せてみて、もし自分に有利な目が出たら、いきなり動くかもしれないし、動かないかもしれない。ものすごく成功率の低い賭けなので、大抵は何事もなく終わってしまう。もしかすると、全てが終わった後で清算したら、神様の前で「この者は生前何を為した者か?」「この男は夜中に人に道を聞いていた者でございます」みたいになって、不起訴になるかもしれない。そうだといいですね。でもそんな不起訴なヤツは世の中にいっぱいいる。っていうかまあ、僕も単に不起訴なだけですね。そういう言い方すれば。

2010-10-26

自分の声


この前、道で貧しい身なりの老人に「すいません、二百円くれませんか?」と言われて、一瞬はっとしたものの、すぐに咄嗟に手を左右に振って、あーダメダメと言って断った。そのときの自分のその態度と、あーダメダメと口にしたときの自分の声の意外さ。あぁ自分はこういうとき、そういう言い方で、そういう声色で、そうやって断るんだ。というのを、初めて知った。でもその自分は、もう何年も前からよく知っている、今まで決して短くは無い付き合いの自分だった。でもこういう状況でも、その自分が出てくるとは思わなかったので、そこだけ意外だったのだ。


続いて昨日は、電車で老人に席を譲った。電車ではあまり座席に坐りたくなくて、なぜなら左右に人が居て肩を密着させるのがなんとなく嫌だというのと、老人が来て席を譲るの譲らないのの判断をするのが面倒くさいからだけど、昨日はたまたま坐ったら、すぐに乗り込んできた二人組の老人が僕の席の隣を譲りあってるので、じゃあお二人でどうぞという感じで席を立ってどうぞと言ったらあらすいませんみたいに会釈された。なので、仲良く隣り合った二人が座席に坐ったのを見計らってあらためてその二人の前に仁王立ちになって僕は「すいません、二百円くれませんか?」と言ってみた。その声もやはり長年付き合ってきたよく知っている自分の声だった。…みたいなオチだと恥ずかしいので書かないけど、でもそういうときの自分の声色というか態度というか、もう四十歳も目前になると倫理とか道徳とか良心とか、そんなものは「長年付き合ってきたよく知っている自分の声」の前には何の力もないというのを実感する。少なくとも僕はここ十年くらい「長年付き合ってきたよく知っている自分の声」を頼りに生きてきたのだ。この力。この暴力性。このスピード。この到達力。それが糧だった。人に親切にする?席を譲る?カネをめぐむ?そんな行為の違いにまったく意味は無い。すべては「長年付き合ってきたよく知っている自分の声」がどう判断するかだけの問題だし、その蓄積を超えて人間は行動できないのである。あんたたちなら、二百円なんてハシタガネだろう、それくらい俺にくれたっていいだろう、そう思ってるジイサンと僕とで、そこはわかりあえなかったということか。

2010-10-25

余生


正直何も書く事がないのはまずいと思う。もちろん毎日毎日しょうもないことをひたすら書いてるのもいい加減まずいとは思うし、自分の書いたものを読み返すと、なんだこいつはこんなやつ早く死んじゃえば良いのにと思う事も多々あるのでそれはそれでまずくない訳ではないけど、でももはやすっかり何も書く事がなくなりましたというのは、もっとまずい。なんでもいいから、書いてれば良いとは思わないけど、でもここまでくると、それでも良いと思う。ブログでネコも杓子もみんな字を書くようになってしょうもない馬鹿馬鹿しいタガが外れた全てはぶち壊しという意見もあるだろうが、そういう話ともブログだのインターネットの何とかとも関係なくなんでも良いからとにかくひたすら書いてさえいればいいのだ。よくかけたとかかけないとか、そんな事も大した問題ではないのだ。とにかくただ書くということが目的でそれが全てに優先する仕事で、でもとにかくただ書くために整えなければいけない事や準備の必要なことや気持ちや時間の問題とかは、けっこうものすごく色々あるのだ。それを喪失してしまうことは実に簡単だ。まだ若いのに、もはやただひたすら移動してるだけみたいな、もう余生の数年間を横移動する風景動画を見てるだけみたいな、ほとんど死んでるも同然の人間というのはいっぱいいて、そういう人間の仲間入りをするのは実にたやすい。というかむしろ一人でも多くの人間がそうなってくれることを望んでいる人々もたくさんあることだろう。そういう人のたくさんいることはよくわかった。みんなもっと好きにやった方がいいよと言いたい。もちろん自分で自分にも言いたいが。でも書く事ない。まじで。だからひたすら頑張って読む。虫が葉っぱをひたすら喰い進むように、何の目的もなくただひたすら読み進むことにする。こう書くと「ただひたすら読み進む」ことが先取りされた目的みたいになってしまうけど、もちろんそうではない。というか、読んでいるとそう簡単には最初の思惑のとおりにならない。そう甘いものではない。なので、そこはもう、ただ読むだけ。それこそまさに、単に方向に任せて移動するのみ。窓の風景を見つめ続けるしかない。ただし、今までよりも最近は、ずいぶん丁寧にひとつずつ、窓の景色を見るようになったと思う。そのペースだけが、今はとりあえず、あらかじめここに言葉として先取りした何かとして書いてもあまり違和感はない唯一の感触だ。そう。その見る時のスピード、というか、そのリズム、というか、そのグルーブ。

2010-10-24

とくにない


書きたいと思うときの気持ちというのは、一体何か?そう思うことは多々あるが。あれは一体なんだろうか。で、いまこうしてキーボードを叩いていて、今は正直まったく書きたいと思ってない。書いてるときに、書きたいと思ってないことがほとんどだ。読みたいと思うときもあれば読みたくないと思うときもある。今たまたま「夜みたい」と変換されたが「夜みたい」の方が何倍もマシだとさえ思う事も多々ある。そういう自分の「気分」の中にある空間の隔たりを飛び越えて、書いたりもするし、読んだりも見たりもする。自分の「気分」の中を自分でちゃんと考えるか、あるいは一辺倒に何かに向き合わせるか、たとえば受験勉強を一生懸命やった人は、自分の「気分」を殺すのが得意だろう。自分をすぐに受け入れ可能なモードに変えられる。ホットプラグな人も世の中には多い。とくに若い人。ほんとうに素晴らしい。でもそれは自分というシステムの操舵技術に過ぎないので、自分をkillしてしまう可能性がほぼない訳だから、それはそれでさほどの問題ではない。


しかし問題はやはり記憶で、記憶に保存していて、それを今、呼び出したいと思う瞬間と、今は別に呼び出したくないと思う瞬間と、時間の中でふたつの瞬間があるものだ。小説とか絵画とかの作品というのは、まったくの誰とも知れない無関係な他者の記憶の外部装置みたいなもので、自分が今、記憶装置にアクセスしたいと思うか思わないかに関わらず、それに触れたとき、いきなり自分にアクセスしてしまう。そこでは基本的におびただしいエラーが連続して記録されるような状態ではあり、そうするとコンディションによっては、そのアクセス認識さえしないこともあるし、アクセス記録さえ残らないこともあるし、逆に異なるいくつものイメージがロードされ続けて激しい演算処理の末に未テストな状態のままいきなり実働環境にてリアルタイムで描画されてしまい激しいリソース消費で大変な処理負荷をかけつつあらぬ誤解や曲解や誹謗揶揄中傷や賛美や応援や励ましの拡大解釈も含めて猛烈なパニック状態を引き起こす事もある。


作品と人との場合、その処理ロジックを改善させデバイスの認識率を向上させようみたいな話にはなりえないところが面白い。そもそも、そこをつなぐと、どのような情報にアクセスできるようになるのが「理想」なのかが誰にも定義付けできない。つなぐことの意味すら確定してない。それどころか、それが本当につなぐ機関なのかさえも。それが本来の状態である。なので、やはりその意味では作品に触れるというのは死に近づく事の仲間なのである。

2010-10-23

シャッフル


アイポッドをシャッフルにして聴いていると前の曲を次の曲がさいきんずいぶん喰い始めるようになった。前の曲が終わってないのに、次の曲がもう始まるのだ。それも何かある種の勢いというか、意志というか、何か感情的な気配をただよわせながら、ぐいっと0.1拍分くらい前に喰うのだ。曲によっては、ちょっと早くカットインし過ぎたけどわりかしスムースにミックスされた感じにもなるし、あからさまに乱暴で性急な感じにもなるし、それは曲による。でもなにしろとにかく最近は、アイポッドの曲がどうもおかしい。おそらくアイポッドがおかしいのではなく、曲ひとつひとつに何かの異常が潜伏しているのではないかと思われる。すごく不思議だが、面白い。今日はあまりそういう感じはなかったが。硬いミニマルを多く聴いた。今日は十一月十八日だよ。寒さが増してきた。

2010-10-22

寒さ


ぐっと冷え込みの度合いが増した。全身を包んでいる空気の冷たさの新鮮さを感じながら歩く。電車に乗り込むと、ぼんやりとした暖かさが車内に満ちていて、この暖房の効き方が如何にも冬だと思う。雨は午後を過ぎてあがったのでそれは良かった。これを書いている現在(11/13 0:09)の気温は8℃と出ている。たしかに8℃は寒いね。でも真冬の季節に8℃なら、今日は少し寒さがやわらいだ、とか思うくらいの気温だろう。まあいずれにせよこれからもっと寒くなるのだろうが。


今日は十一月十五日です。夜になって冷え込んだ。でもまだ息は白くはならなかった。でもしつこく何度もはあはあとやっていたら、薄く白いものが吐かれているのがかすかに見えたかも。iPhoneで調べたら気温は八度。寒い。でもまださほどではない。真冬並とは言えない。今日ここに書こうとしている事は、すでに去年の十一月十二日に書いていた事だった。

2010-10-21

Easy Living


与えられた時間のぶんだけ、何かができるわけでもないし、限られた時間で充分な成果が出ないときまった訳でもないし、なるほど時間というのは、換算できるような単位で計っても、あまり意味が無いものなのだろうとは思う。短かろうが長かろうが、何かができたりできなかったりする事に、時間はあまり関係がないのだろう。その意味で僕はいまのところ、自らに与えられた時間の長さ短さとは別に、どうにも何もできなくなったような思いの中にいるがでもそれはそれで、そうわるいことでもないとも思っている。いわば、道にまよって、適当にふらふらしながら、そういう境遇の、そういう時間の中にいまいるということで、それでとりあえずいま、何もできないと思っているということは、すなわち現時点で冷静にいまに位置づいてるという事だとそう思いたい。そしてぼくは、むかしからよく、やかましい音楽を聴くし、騒がしい音楽を聴くのが好きで、なるべくいつでもどこでもでかい音でスピーカーを震わせたいのであるが、しかし常に思っていることとしては、いま聴いているこの楽曲の、このやかましさが、一体どこから来ているのか?ということで、それを常に気にしている。なるべく何でも聴くが、しかし常に、おまえは誰だ?何者だよと思っている。それで、もしやこの騒々しさが、僕にって誰とも知れぬお前の、お前にとっての何かへの腹いせであったり、なにかへの憂さ晴らしであったり、何かへの抵抗であったりするのなら、ぼくはもう悪いがその手の音楽をもう、こんりんざい聴かないのだとそう思っている。そういうなにかの代替として打ち鳴らされる騒々しさを僕は拒否させていただく。音楽の作り手がなにを考えていても、それはかまわないのだ。そんなことは僕に関係ないし、僕に届かぬことだ。そかし問題は、そのやかましさそれ自体がどこから生まれているのか。それだけだ。その一点において、ものをしんらいするのかしないのかをきめる。いいかだから、僕が唐突に、そこに来たのだ。だからそこで、出会いと別れだよ。君はいいからそこでそのまま、席で飲んでてかまわないよ。そこはそれで、楽に行こうよ。そういうことだ。だからでもかりにそれで、これは信頼にたりないと思ったとしても、それでも世の中には、もっと劣悪な音楽もやまほどあるので、それよりはマシだと思う部分も大いにある。ほんとに、おまえのそのいかりや態度も、もっともだよと思うときも、ないではない。共感すらするよ。でもそれでも、なにもないがらんどうの、埃の舞う密室で反響するその音にしか、僕もすがるものがないのだ。だからおねがいたのむと思っていつも聴いてるのだ。いきなりその場で、唐突に始まってくれよ、出し抜けの轟音で、ガラス食器すべてを床にたたきつける勢いで、闇を引き裂いて、その場ではじまっておくれよと、それだけを祈っているのだ。それは目的も行方もないいのりだ。下向き視線の祈りだよ。それにしてもベンチにじっと座リ続けていると、驚くほど尻が冷たく冷えてしまうものだな。もう十一月もなかばで、それもあたりまえだな。でもまた来るからな。いつもそのへんを、うろうろしてるからな。これから冬だな。じっと並んでドアの向こうに入るのを待つのも大変な季節になったな。

2010-10-20

紅葉


毎年の事ながら、紅葉についてどう考えるのか。何も紅葉という言葉に縛られたままで、この時期特有のあの葉の色づきについて考えなければならない義理はまったく無くて、その意味で紅葉などどうでも良いのだが、でも事実として紅葉しているのだ。それが現実なので目を開けてよく見てください。その話だけしましょう。今日だって帰ってくるときには、二日ほど目を離したすきにもう、桜の木やクスノキたちが、とめどもなく紅葉しているのだ。そのことをどうするのか。そこだけ議題として、手短に終わらせましょう。


いやある一時期に葉が色づくという前知識などまったく意味が無くて、世間一般の四季折々のお話の一環としての秋の紅葉云々をもっともらしく書ければそれもそれで良いのだが、そんなことはとうから皆わかっていて、紅葉などという言葉に意味があるなどといまさら誰も思ってはいない。それを紅葉に皆、何を思うのか。それこそ人それぞれで、追い求めるものが紅葉なのか木々なのか空なのか賑わいなのか暮れの長く伸びる影なのか、皆がはっきりしないままひとまず木の下に集うのだ。で、いまここは軽井沢です。今回もやってきた。ワインの空瓶を並べたまま、凍て付く外の風景を見つめている。完全にカビまみれとなってベランダに放置された干し柿を猿が奪いにこないものか、その瞬間を見ることができたらさぞ楽しかろうと思っている。夜もふける。気温はいま五度。もしかすると四度。さっき見に行った、有島武郎の自殺した別荘。山の山荘。別荘族の高級車が並ぶ駐車場。浅間山荘は浅間山にあるのだっけ?明治・大正・昭和の始めあたりまでの、高原の避暑地を拠点としていた作家たちの、日本近代初期における知性のエリートだったろう彼らが過ごした、秋の夜の一夜の時間。そして彼らはおそらくこのあたりの、粗末なあの別荘で、あの茶室で、山荘で、ひたすらとり付かれたように、何がしかの目的に向かった。ランプの炎をじっと見つめた。そしてふたたび浮かび上がる火照った熱情にほだされて、飽く事無くその足掻きに明け暮れたことだろう。山荘というものの寒さを僕は、このたびはじめて実感した。山荘。そこは寒かった。これほど寒いものかと思った。日本近代初期の知的エリートの、若者たちの夢。キリスト者たちの、夢。それを思う。山の寒さ。浅間山のなまめかしさ。浅間山は、一度は見るべき山だ。山肌。肌という言葉のあれほどの似つかわしさ。すべすべとしたような、たまらないような、あの滑らかさ。


秋の紅葉の話だった。西日の差す時間を、僕は自動車に乗って、自動車でひたすら、目的地まで移動していたのだった。道は右へ左へ激しくうねり、乗り物酔いの予感にたえずせめられながらも、しかし天上から降り注ぐ太陽の光に鬱蒼とした木々の葉が照らされていて、本来は薄暗いはずの鬱蒼とした森の木々の茂みが、しかし色づいた紅葉の黄色がまるで不良中学生が出し抜けに染めてきた金髪の頭髪のごとく、唐突かつ誇らしげに光り輝き、上空からの光をいっぱいに含んで、黄色それ自体で発光し下界をぼんやりとした明るさに染め抜いているのだった。我々の車が走る路面がまるでステンドグラスの光を落とすかのように七色に色づいていた。紅葉。それは鬱蒼とした木々に覆われた暗い奥まった空間に、出し抜けの黄色やオレンジ色が降りそそいであたり一帯の空気をいっぺんに模様替えしてしまうような出来事なのだ。紅葉それは、ある朝目覚めたら自分の家の天井裏がいきなり黄色とオレンジ色に塗り込められているような事態のことだ。そのはげしい色彩を透けるようにして、太陽の光が降り注ぐのだ。その激しい色彩が、僕が今立っているこの地面にも太陽の光は届くものなのだという事実を、はじめて知らしめてくれるのだ。紅葉。それは壁紙の一新であり、どこまでも続く塀のペンキ塗りが一夜にして見事に終わってしまっていることの驚きであり、そうこうしているうちにも今そこに、目の前で枝に囲まれた一角の銀杏の葉の集いがひとそろいで夏の終りの雲のようにほのかに金色の発光物として浮かび上がっているような事態のことなのだ。

2010-10-19

Excel


まったく時間がない。考える事すら全然むり。考え事の断片をエクセルのシート端にメモして、そこで連鎖的に浮かび上がってくるその他のこともメモして、いくつかの言葉に関連の糸がたぐりよせられてその白い糸がもつれて何本か束ねられたまま床をすべるのを見ながら、記憶の座標値をはっきりさせたい気持ちが沸き起こってきて左端の下に2010と入力して、そのまま上まで一気にドラッグして連続データで1971まで作って、さっきまで書いていた言葉の断片を2010から1971までの縦系列のセル内に適当に並べてみて、ものの一分でフレームを囲えた事に感動しつつ、あれとこれとの過去の時間的な関係と連鎖をいま目に見えるように配置して、そうすると次第にその間やその後やその前にあったらしいその他の出来事も突如堰を切ったように浮かび上がってきたが、しかしなにしろ2010から1971までの縦系列のセルの連続の強烈さは一種の爽快ささえ感じられ、もはやその脇に如何なる情報を付記しても意味が無いように思われ、数値の規定力に記憶のあやふやな朦朧とした塊が合理的に従わされ尻を叩かれ整列させられて互いの位置関係を自らに覚え込まされて無理やりに叩き込まれながら順列を守らされているわが記憶の整頓具合にかえって小気味良さを感じ暴力の効能をあらためて感じた。あぁ今までの人生これだけと思って生き返る思い。ものはためしと、2010から下方向に四十行分ドラッグして一気に2050まで。で、その左横のセルの最上位の、1971の真横のセルに0を入力してその下に1を、その下に2を。そのままふたたび下方向にドラッグしたら2050の横には79と出た。79までだとさすがに長いわ。どんなものだろうか。とはいえ、死ぬのはそう楽じゃないだろう。まあとりあえずまだしばらくは、考える時間もないままだ。盲目物語。みなお腹を召されてゆきます。かえすがえすも御運の末はわからぬものでござります。


自動車に乗ってどこかへ行った。かつてもこの前もそうで、ひたすらずっとその繰り返しだ。それだけの二十年であった、と思った。それにしても1995年の夏に行ったのは栃木だったか?それとも新潟だったか?それだけがどうしても、思い出せない。栃木に行った証拠はある。でも、海を見たかも。Warm Sentimentsを聴いたことだけは確か。海を見たのも確かだ。夕日が沈んでいくのをはじめてみたのだ。だとしればそれは日本海に間違いないだろうし、それなら必然的にそこは新潟ではないか。でもその確からしさ自体がどうにもあやふやなのだ。僕が確かだと思っていることの信用ならなさはかなりのものだ。ではどちらにも行ったのか?それはちょっと無いと思うが。まあ、どこかに行っていようが、どっちでも良かったから思い出せないのだけど。いつであろうが誰とであろうがどこであろうが、結局、自動車に乗ってどこかへ行った、ということしかおぼえてないのだから。

2010-10-18

眠り(VUILLARD)


かわいた喉下を、むなしく通り過ぎた

炭酸水の宙ぶらりんな刺激の

干からびたままの口の中の

舌の先に付着した髪の毛一本の

人差し指で貼り付けたティッシュの表面の

指の表面がささくれ立つ繊維の

あらあらしい摩擦の

冷え切った室内の

通り過ぎたあとのかすかな砂塵の立上りを、すかさず

息で吸って匂いごと呑みこんだときの

乾きとうるおいの、交互の

どちらともつかぬ行き来の、その気配が広がりゆき

闇のとばりのそこかしこに刺しはさまるかすかな

ふたりのどちらでもない領域におぼえる冷えた痛みの

まどろみの、つかれの匂いを嗅ぎ

まぶたから目尻にかけて

涙の乾いたあとの

突っ張った肌に貼り付いた睫毛の

頬のかかる髪の毛の、枕にもたげた頭の重みの

意識のうしないをみとめ、そっと腕を外して、

ささやかなねむりをその場に、おきざりにしたあとの

2010-10-17

道路交通法違反


夢の中で、久々に車を運転していたのだが、なにかのはずみで、ついうっかり、手を離してしまい、はっと気付いたら、もう車は自分の手をはなれ、僕を置き去りにしたまま、ゆっくりゆっくりと、勝手に前のほうに進み始めてしまい、時既に遅しで、どうあがいてももはやどうしようもない。ほんの少しの油断が、もう取り返しのつかない事態を生んだことを悟った。前後左右にはびゅんびゅんと高速で移動する自動車がたくさんいる中、僕の車だけが、無人のままかすかに左右をふらふらしつつ、ゆっくりゆっくりと、誰の運転でもなく同じ速度を保ったまま勝手に前進しているのである。それを僕は、まるで後続車の助手席から見るようにして、無人の自分車の行く末を、見守っているのである。その状況でもはや僕には、どうすることもできない。車のなすがままである。このままだと確実に、車は勝手に道をそれて壁に激突するか、あるいは前方の車に追突するか、他の車に寄りかかるように接近して接触するか、いずれにせよこのままでは、どう考えても、大きな事故が起こる。単独事故で済めば幸運だろうが、他車を巻き込んでの複合事故を引き起こす可能性は現時点きわめて高い。というか、正直いって自分があと数十秒後か数分後かに、この僕が、あの車の行く末によっては、大きな事故の加害者になって、刑事被告人になって警察沙汰を起こして、前科一犯になるとか、取調べとか留置とか起訴とか不起訴とか、そういう話の当事者にさせられるのだという事実が、一秒間に十回くらいの間隔で事あるごとに確定事項として明滅し、それを今にわかに受け入れることの衝撃にみまわれ、それでも自分の理性が全身全霊をもって現在の状況と今後の展開をできるだけ広範囲なパターンで演算処理しようとしているのだが、すべてがどうしても受け入れられないという状態で、今目の前に起こっているできごとの信じがたさ、信じたくない気持ちが渾然となって、いわばおそろしく静かに冷静にパニックになっていて、黙ったまま、ほとんど発狂していた。

2010-10-16

青菜


子供の頃は嫌いで食べられなかったのに、大人になっていつの間にかそのうまさがわかる食べものは多い。最近よく思うが、ほうれん草のおひたしなんかは僕にとってそういう食べものの代表格である。子供の頃は、本当に嫌いだったのに。青臭くてしかも湯がいた後の歯ごたえも腰もなくしんなりとした気持ち悪さの中に味も素っ気もなくて苦味と青臭さだけが平然と主張していて、どこにも一個もひとつとしておいしいと思える点が見つからなくて、ほとんどバカされているかのような気にさえなったものだ。なんでこんなものを喰わなければいけないのか。ほうれん草と呼ばれるこの物質が、なぜこの世の中に実在しているのか、つくづく不思議で、それでも親から無理やり食べさせらて、胃や食道が異物の侵入に対して必死に逆顫動して身体の外へと押し戻そうとして、結局しまいにはげろげろげろーと盛大にやった事もあったように記憶する。


でも今になって…たまに食卓にのぼるほうれん草のおいしいこと。鰹節と醤油またはポン酢でいただくのだが、その香り、触感、歯ごたえにもう思わず、唸り声がもれてしまうくらいに、まあなんて美味しいのだろうと思ってびっくりする。この幸福感はいったいなんだと思う。葉の柔らかさ、茎のかすかな歯ごたえ、それらがぎゅっと絞り込まれて皿の上に重ねておかれているだけで、深く水分をたたえたしっかりと濃い緑色を見ただけで嬉しくなる。もちろん、あたたかい蕎麦のつゆに沈めても旨い。ああ、それにしても蕎麦が喰いたいなあ。鴨南蛮か牡蠣南蛮が食いたいなあ。柚子胡椒をびしっと効かせてね。七味で真っ赤になった、赤い塵が粉雪のように舞っているつゆを飲み干して、辛さにむせそうになるのを必至に堪えながら最後までずるずるとかきこみたいなあ。

2010-10-15

上演中


照明を落とした会議室の前面にプロジェクターの光が反射していて、ウィズ・ザ・ビートルズのジャケットみたいな感じに顔の縦半分を闇に溶け込ませたまま、Sさんとそのチームメンバーは初対面の人々何人かと対面し挨拶する。これですべての役者が揃ったとSさんは思う。脇役まで勢揃いしている。もちろん普通に考えたら脇役の人々が本来は中心で、Sさんの方が脇役で、いや脇役どころかSさんの立ってる場所は世界の最果てだが、でもそこが最果てであってもSさんから見ればSさんの視点がSさんにとっての中心である。たしかに物語を書くのは彼らだけど、その物語の配役である演技を強いられるSさんから見て、彼らはその配役を与えられてパフォーマンスを求められているSさんの世界における脇役。これから長期にわたり様々なかたちで彼らが担うミッションの一部に、Sさんのチームが協力する、と言っても、Sさんの視点から見た彼らのミッションを、Sさんのやり方で詳細設計して、それに取り組み、成果を報告する事でしかない。いやそれどころかSさんはまだここに来て間もなく、まだこの空間全体に慣れておらず、周囲から浮かび上がった異分子のような感じなので、いわば急にこの芝居の舞台に紛れ込んでしまって、笑ったり泣いたり怒ったりの顔を目まぐるしく切り替えつつばたばたと無理やりの誤魔化しの演技に紛らわせつつ、机の下でひそかに台本を読んで慌ててページをめくって次のセリフを目で追っているような状態なので、だからいきなりそんな脇役たちとの対立的シーンに図らずも立ち会ってしまって、その場の流れに落とし込められているように感じられなくも無いこのシチュエーションが、妙に面白いと感じているので、Sさんは大真面目な顔をしているものの、ちょっと気を許すと思わず噴出しかねないような仏頂面で眉間に皺を寄せて黙って腕組みしている。その唐突な展開に無理やり自分が乗っかって、なにやらもっともらしい顔をしている事自体を自分でも妙に滑稽だ、面白いと感じながら、そのまま相手と有効の握手をする事もありうるだろうし、反対に敵対する事もありうるだろうと思っている。そんなの、どっちだっていいことだ。なにしろ今日まで、いきなりの登板に終始おどおどして、それまでの文脈も役目も何もわかっておらず、たえず相手の顔色をうかかい、若い娘や子役の役者が通り過ぎるときさえへどもどして何度も謝ってぺこぺこ頭を下げて中腰のままふらふらしていたのだから。でも、あるときを境にSさんには、この催し自体とそこで演じられているものがたりがかろうじて見えてきて、今夜が公演の何日目で今が何幕目でどういう場面が演じられていて、そもそもどういう演目で誰が役者で誰が裏方でこの後何がどうなってこの後どうなると客が喜んだり泣いたりするのかも、だんだんおぼろげながらわかってきて、そんな中での配役としての自分の位置が、あらためて薄ぼんやりと見えてきて、Sさんはそこから確信したのだ。これはもうわかったと。一旦そうなったら、水を得た魚のように、たっぷりと水を吸い込んで生き返ったように、気が狂ったようにはりきって、過剰に演技し始めて、喜びもかなしみも過剰そのもの。という感じで猛烈なパフォーマンスをようやく数日前から開始したところだったのだ。いまはもう、この芝居全体が俺のものだと言わんばかりの張り切りようである。この張り切り方が如何にも三流役者というもので、ああこいつはわかりやすい三流だな、ちょっとバカだけど根は善良でいいやつだとか思われて記憶されるのも仕事のうちだというのも、もちろんSさんはちゃんとわかっている。

2010-10-14

船旅


いきなり船旅が始まる。いきなり船酔いが始まる。広大な画面をどこまでも均一な小さなタッチの集積、そのストロークがあたえられたすべての平面上覆い尽くす抽象絵画のような明け方の空からの光を受け止めて光る太平洋の水面を見つめている。朝の九時から読み始めた本を夜の七時に読み終わって一息ついて夜の簡単な食事をして適当にテレビなど見て、その後さて何か別の本を読むかと思って適当に手当たりしだいにぱらぱらとめくって最初の一ページくらい読んでみてまた本棚に返してまた別の一冊をぱらぱらとめくってみて、などとだらだらやっていて、そのうちある本を開いて受けた感触に身をあずけてある流れに引っ掛かってそのままずるずるその場でそのままの姿勢のままで読み始めてしまって今日一日の事とかさっきまでの事とかがふたたびすべて遠い過去の事になってしまって何もかもがすべて一からやり直しのように、ふたたび物語のたちあがりにいまの自分が付き合っていて、性懲りもなくまたそこから出し抜けに新しい旅が始まって、そこでいきなり船旅が始まって、いきなり船酔いが始まり、甲板を波が洗い、大時化のぎしぎしと軋む船室でテーブルの上の皿やグラスがすーっと移動してがちゃんと床に落ちて割れるのだ。休日に本を読むのが面白いのは一冊目と二冊目の断層がとてつもなく深いことだ。いや深いどころか、それは文字通りの断層で一冊目と二冊目のあいだにはおそらく地続きな領域がない。一冊目と二冊目が存在する時点でそれは一日という単位にまとまらないことになる。始まってしまったら、そのままどこまでもか。まあまだなけなしのゆとりで他の本を開いてみるのも悪くはないが。贅沢にツマミ食いの不毛だが如何にも休日らしくてこれはこれで、まあこんなものだろうと思う。

2010-10-13

移動祝祭日


書いたものが本当に良いものなのかどうかは、明日の朝もう一度読み直してみないとわからない。とヘミングウェイが書いていた。しかしとにかく書くのだ。サンミッシェル通りのカフェでカフェオレを注文して、すぐにノートと鉛筆を取り出して書き始める。書き始めたらすぐに物語に入り込む。興が乗ってくる。深く沈降する。呼吸が止まる。まばたきもやむ。口の中が乾いている事にふと気づくたびに、カフェオレを含み、それがなくなると、ラム酒を注文し、グラスに注がれたその酒を見やりもせず口にし、ふっと息を吐き、また易々と没入する。向かいの窓際の席に、素晴らしい美人が坐っているのを頭の片隅にぼんやりと意識している。すごい美人。黒髪が艶やかに顔の脇に垂れ下がって頬のところで斜め一直線にカットされている。でもたぶん誰かと待ち合わせだ。誰だろう。いい男だと良いのだが。しかしあの女は美人だ。いまあの女は、いまだけは俺のものだ。いまだけは、全パリが俺のものだ。物語が勝手に流れ、展開していく。俺は最後まで泡を喰わないように慎重に注意深く、いままでの経験と直感を頼りにそのつど判断を繰り返しながら成り行きを見守るだけだ。ミシガン州。俺はいまこのパリで、ミシガン州について書いているのだ。さあもう少しだ。


仕事を終えて、でも書いたものが本当に良いものなのかどうかは、明日の朝もう一度読み直してみないとわからない。気付くとさっきの女は既に居なくなっていた。いつも仕事が終わった後に感じる空虚さ、満足感と不安とかなしみをいつものように感じる。生牡蠣をワインを注文する。海の味とかすかな金属の香りを放つ牡蠣を食い、冷えたワインを飲む。妻と二人で旅行に行こうかと思う。手持ちの金でなんとか行ける方法があって、それを妻に話してきかせることを想像している。旅行先でまたノートを広げて書く事を想像する。いまパリでミシガンを書いたように、旅行先でならパリのことが書けると思う。そのアイデアが素晴らしいものだという事を思い、それを素晴らしいアイデアねと妻が喜ぶのを想像し、自分の内側にもまるで子供のようなよろこびの感情がわきだしてくる。


さっきまで読んでいた本の内容を、記憶で再現。再現というか「そんなことまったく書いてなかった」と思われることも書き加えていて、これは悪い癖である。もともと何年か前にこれを読んで以来、僕にとって生牡蠣と白ワインは「特別なご馳走」に定義されている。お祝いの食事。値段や質など問題じゃない。貧相な牡蠣と安っぽいワインで充分なのだ。

2010-10-12

読む


十月も終わってしまう。今日は十月三十一日である。十月に入ってから、自由な時間がごっそりとなくなってしまって、ここに何かを書いてる時間も全然ない。これはもう、どうしようもない。なるべく日を空けずに日記らしく毎日書きたいと思っていたが、現実の日数との差がこれほどになると、もはや追いつく事はほぼ不可能であり、よしんばいまから何とか十数日分だか二重数日分だかを一気に書く事ができたからといって、それが本来の日記を書いた事になるかと言ったらそれも違うだろうとも思うし、たとえば小学生が最後の一日二日で書きなぐった夏休みの日記四十日分に感じられる、あの頃のあの季節特有の乾いた陽気さと投げやりさと破れかぶれな感じと浮ついた感じの、各ページ一行か二行の、あとは真っ白な余白のそのまま夏の日差しを吸い込んだままみたいな空気めいた何かでも感じさせる事ができるのであればそれは書いてみても面白いかもしれないけど、まあほぼ無理だろう。いや実はそれに近いことが書きたかったのかもしれないのだが。毎日書いて積み重ねることが物理的に無理になってしまったけど、ある地点で半月とか一ヶ月とかいうスパンを記憶から浮かび上がらせて、それをちゃんと自分にとって切実なあの半月とか一ヶ月として文章で書くような挑戦をしてみようか、みたいな。そういうたくらみを自分に仕掛けたかったのかもしれないのだが。でも書きたいと思う内容がいつでもまだ書けていない十月の半月とか一ヶ月についてである保証はまったくないのだ。書いておかなきゃという義務の感情と、書きたいと思う衝動とは全然違う。実際に書くときは前者に背中を押されて書くのだが、書いてるうちに後者のドライブに乗っかっていくのだ。


まあ、でも書く時間はほんとうになくなった。数日書かないと、書き方を忘れる。それだけでなく、空いた時間を書く時間として上手く使うこともできなくなってくる。書こうと思えばいまから一時間かそこら書けるなあと思えるようなぽっかりと空いた時間の中で、それでスムーズにすんなりと書き始められるわけでは全然ないのだ。そんなもの、いきなり書くかとか言って書く気になんてまったくならない。なんでそんな、面倒臭いことしなきゃならないんだと思う。当たり前のことだ。意味もよくわからないような、自分で読み返しても、なんだかなあと思うような、ただだらだら長い文章を毎日毎日、けっこうな時間を使って、睡眠時間をけずってまで書くなんて、こんなばかげた事は無い。当たり前の事だが。だから、多少時間があっても、その時間も書かない。で、翌日からまたひたすら忙しくって、何も書かない。言葉がぷかぷかと浮かび上がってきて、ああこれらを組み合わせたい。構成したい。色々いじくりまわして推敲して読み直す事に没入して時間を忘れて我を忘れたい、と思う事は、しょっちゅうあるのだが。でもそれは書いてるのではなくて、書いている事を想像しているだけだ。思う事と実際にそういう状態の時間を過ごすことも、これまた全然別のことだ。そう、思う事と実践することのあいだには、大きなひらきがある。


ぼんやりしたり考え事をしたり、という事とは別の、おそらくいまの僕に可能な、数少ない実践とは、読むことであろう。その気になれば、それを毎日でも。それならばと思ってわりと本をひたすら読んでいる。基本的に、空いてる時間はほぼすべて読書にあてている感じ。平日も休日も読む。休日は一日くらいは外出もするが。でも外出理由は大抵、本を買いにいくのだが。それにしても面白いもので、通勤の行きや帰りに電車の中で本を読むときの集中力というか、ことばひとつに反応する感度は、自分でも結構すごく敏感なものがある気がする。これは不思議だ。休みの日などに家でリラックスしているときのほうが、かえって読めないのだ。


本を読めてるときは「本が読めてる」とさえ思っていない。ただ、読めているという感覚に全身がつつまれている。自分が身体の側から本の側に半ば以上ひきわたされてるような感覚。


本を開いたとき、まず自分がなんと言う作家のなんという本を読もうとしているのか、一瞬忘れてしまっている状態のまま、最初の一言二言、一行二行を、すっと読み始める事のできるときがある。そのときの、言葉がことばのままで、すっと自分の内側にしみこんでいくときの感じ。あるいは強い抵抗感と摩擦のきしりを上げながらも、それをそれとしてぐっとうちがわに抱きかかえて、ぎこちないながらも何度もまさぐってそのありようをいつまでも探ることができてしまっているときの感じ。そういう感じに、自分が仕上がっているときの読書は、すごく良いのだ。だからなるべくそういうときに歯ごたえのあるものを読んで、自分の可能な限り良いコンディションでしっかりと味わいたいと思うのだ。


休みの日などひとまとまりの時間がぼわっとあって、そのあいだずっと本を読んでいて良いような状況のときは、かえって前述したような感じで本の内容を読むのが難しいことが多い。大量に確保されている安定した時間の中で心身が程好くリラックスしているというとき、本の内容というのは端的に異物で、それを受け入れることを心身はとりあえず拒絶するもののようだ。それが拒絶しなくなってきて、本に集中しはじめると、まあ読めるは読めるのだが、それでもやはりある確保された安定したフレームの中で読むことが外側からちゃんと囲われて守られた状態で読んでいることを甘んじて受け入れている、という感覚はどこかにあってそれを気にしないでいられることはやはりないのだ。一日の膨大な時間をゆっくりと際限なくいつまでも読書に使い、それに浸っているということの妙な不自然さ、その時間そのものの不自然さが気になってしまうというのは、サラリーマンである自分に特有の感覚なのかもしれないが、それにしても朝のあの劣悪な満員電車の中でこそ、おそろしく新鮮な気分で目が活字を追うというのは、なんともへそ曲がりというか、変態的というか、いかにも勤め人的な倒錯ともいえるのだろう。

2010-10-11

ルール


ルールというのはシステムの一部か?あるいはシステムの正当性を保証する共有された外部参照先か?システムを駆動させるために皆がとりあえず守らなければならない決まり。それを守らないことにはシステムが破綻してしまう。だからみんなで守りましょうということ。それがルールか?でも、だとしたらルールこそがシステムではないか。ルールを守る事がそのままシステムを駆動させる事に直結しているのだ。ルールなくしてシステムなしということだ。システム自体の評価など意味がない。問題はドキュメンテーション。エビデンスの有無だ。


そもそもシステムが構築された目的が、たとえば「人類の平和を実現する」だったとしたら、そのために莫大な工数をかけてシステムを構築して、ものすごく大量の仕様書がうず高く積まれて、それでついに完成して、そのシステムがサービス・インしました。で、ついに世界が平和になったとすると、そのシステムのおかげで平和になったという事なのか。それとも、そのシステムの取扱い説明書がもっとも尊い平和条文であって、その条文のおかげで平和になったということなのか。別にシステムは説明書以上の仕事はしないが、優れたシステムほど取扱い説明書を読まなくても操作できるし、その操作方法(ルール)が一目瞭然なインターフェイスをしていて、かつ優れたシステムほどあらかじめ許された操作以外の使用は不可能に作られているものだけれど、それもやはり詳細設計書のクオリティということで、システムって結局作ってしまえばそれでよくて、結局はルールが共有されるかどうかだけが常に問題で、共有さえされればそのエビデンスとしてのシステムが構築されるわけだ。


となると、やっぱりインターフェイスも含めて、ルールなしに作るか、当初の目的から図らずもズレてしまうかという方向で、そうじゃないと、まず面白いものにはならないということだろう。

2010-10-10

遠吠え


肌寒い朝。高い声で悲鳴を上げて目覚める。泣きながら身体を起こす。薄暗い空に憂鬱な思いが増す。冬になるのを嫌がる自分の中のかすかな動物的本能が騒いでつい甲高い声で喚きたくなる。ちょっと気を許すと遠吠えしたくなる。とうの昔に観念したはずなのに、それでもふとしたときに弱気が顔をのぞかせ、上半身だけ身を起こしてあたりを見回して、そのたびに鎖が地面にこすれる音がじゃらじゃらとして、そのほかは何の音もせず誰の声も気配もなく、ただ遠くの木々が木枯らしに吹かれているような気がするだけで、あらためて深い孤独を抱きしめたまま、うーーーと呻いて、その場にうずくまる。不貞腐れてそのままもう一度眠りに戻ろうとするが、お湯が沸いてヤカンの蓋がカタカタと鳴るのでもう一度すべてをあきらめてコーヒーを淹れるために立つ。目覚めてすぐにはいくら引っ張っても鎖に逆らって前足を踏ん張っている犬のように嫌がって、コーヒーが湧いて注がれた熱いものを唇につけてようやく大人しくなる。

2010-10-09

別の考え


そこにいて立ったまま、別のことを考えている。誰かが頭の中で考えている事は目に見えず音にも聴こえず気配としてすら感じられないのでいつも平然とすれ違ってしまいすれ違ったことさえわからない。出来事はなにも起こっていない。雨の日の満員電車の中で、立ったまま、別のことを考えている。僕が何か別の事を考えていても、それは誰にもわからない事だ。僕が何かを考えているその気配すら、誰にも感じられないはずだ。しかし出し抜けに手と手が触れ合って驚く。誰かが何を考えているかはまるでわからないのに、唐突さには常に驚く。暗闇でいきなり人にぶつかるときの驚き。気配を感じて手を伸ばした先に、予想もしなかったような触感と出会うときの。しかしいまは、人と人とが完全に密着した状態で、皆が疲労と不快の闇の中で、息を殺している。皆が、別の事を考えているのかどうか、それはわからない。僕はおそらくそんなことを考えている。立ったまま居眠りをしている女性が、ときおりがくっと膝を折り数センチ下に落ちそうになって頭を前の男性の肩にぶつけそうになって危うく戻る。僕はその女性の頭が、さっきから背中のあたりにこんこんとあたっているのを気付くでもなく気付いていたのかもしれない。それが僕だったのか前の男性だったのか、僕の手に持ったままで、後ろから圧迫されて前の男性の背中に押し付けられて動かせなくなった鞄の、取っ手部分の金具の表面にこまかい湿気の水滴が浮かんで光を小さく反射しているのを見る。こんなすし詰めの満員状態でもきちんとしかるべき場所に結露して水滴の生じることの律儀さを感じながら。車輪や動力機関の低い唸り声のような音のほかは水をうったような静寂がたちこめたままの車内で、皆が別の事を考えているうちに、ほとんど無音のまま、電車がプラットホームにゆっくりと停車し、ため息のような排気音とともにドアが開くと、濡れた傘がずるずると人の脇を引き摺るようにして引き抜かれ、何人かが先行してドアの外によろめくように放出された後、鋳型にはめられたような格好のままでじっと固まっていた人の塊の半分くらいがわっと崩れ、ほどけるようにわらわらとドアから外に向かって放出されていき、凝縮された密度が一挙に開放され、雨の湿気を含みながらも冷気を含んだ新鮮な空気が人の替わりにどっと入り込んできた。さっきまでのことがすべて千々に砕けて、出来事すべてが消えた。

2010-10-08

秋を歩く


曇り。肌寒さと景色から受ける印象とが自然な感じになってきて、今後も引き続き、紅葉が始まる頃までを、それはそれでまた窓ガラスから景色を眺めるようにして見ていきたい。景色と一緒になって僕もすすむ。今の気温は二十一度だが、来月には十度とかそれ以下になる日もあるだろう。さらに冬になれば、五度とか、三度とか、そういうことにもなるだろう。マイブリッジの写真一枚一枚のように自分がおっかなびっくり歩を進める。その一枚一枚をつなぎあわせて連続再生させても、決してスムーズなコマ送りにはならず、連続した運動の再生にはならないような連続性で、破綻したマイブリッジの写真のように、次に足を出す先をさがし、身体のバランスを制御しながら、かろうじて歩く。駅から住宅地を抜けて歩く。秋の曇り空の朝の、あたりまえの雰囲気。左右を巨大な団地にはさまれた長く続く一本道を、おっかなびっくり歩き続ける。もうずいぶん歩いているが、道はまだ視界のずっと先まで続いている。車道をバスや乗用車が行き来して、両脇の歩道には左右共に人々が歩いている。僕と同じ進行方向の人が多いが逆方向に行く人も少ないわけではない。ときおり、車道に車の走行が切れたのを見計らって、何人かが反対側まで小走りで車道を横断する。それからまたしばらくして車が何台か行き過ぎる。また道路が空けば、さらにまた何人か、小走りに車道を横断して反対側の歩道まで行く。僕もさっき反対側に来て、それからはしばらくずっとこちら側を歩いている。前の人から二メートルくらい後方を歩いている。前の人の歩きかたや鞄を見ている。なるべく同じ間隔で同じ速度で歩いている。なぜか偶然、間隔が保たれるような速度で歩いている。その僕の五メートル後方にも、また別の誰かが歩いていて、また五メートルか、十メートル後に、また別の人が歩いていて、さらにその後ろにも…という感じて、決して密集した行列ではなくまばらな連なりだが、しかし、どこまでも人の列が続いている。みな、通勤中である。仕事である。十月八日は金曜日である。会社に向かうのだ。会社へ向かう人々の歩き方は、みな共通した特長がある。男性はだいたい、こころここにあらず、といったかんじで、一定の速度と運動量を必要最低限維持しながら、ややだらしない感じで、やる気はまったくないけど最低限の燃料は暖めておきつつ、帆をややたるませたままの船が進むように移動している感じ。女性は小刻みな歩幅で、やや一生懸命さがかんじられる動きで、右足と左足を交互に運びながら自らを前方に進めていて、その事にとりあえずの集中力を絶やさずに、内部機関が露出していてシリンダーやピストルの運動がよく見える乗り物の感じ。男性より女性の方が、一生懸命な感じだ。走っているのも、女性が多い。たまに、僕を追い越して走っていく女性もいれば、こちらに向かって小走りで走ってくる女性もいて、たぶん急いで駅または会社に向かっているのだが、かなり長い道なので、あと十分以上は、ああして走るつもりだろうか。だとしたらかなりの運動量だが、女性がかなり遠くから、小走りでこちらに向かって走ってきて、やがて僕とすれちがって、そのあとも引き続き走り去って行って、上半身を揺らしながら右足と左足の交互に差し出されて、まるでモノを咀嚼し続けているかのような、内燃機関が連続回転しているかのような奇妙な顫動運動の過程が、マイブリッジの写真の破綻したイメージのように、その走る女性が僕の視界から消えた後も、映像に結実されない残像として、歩道の中核にしばらくの間、ありありと残り続けている。僕は、その一連のイメージの残滓を感じながら、あれはまるでホンダのアシモだ、もう少しでアシモのようになると思う。

2010-10-07

凄い


「凄い」ということばの、むかしの使われかたというか、むかしの、「凄い」ということばの、そういう意味を含んでいたときの感じがけっこう好き。今では単なる「すごい」でしかないけど、むかしの、何かある種の荒んだ、壮絶でいて空虚な、なにかもうどうしようもないような、実も蓋も無いような、おわりきった感じを含んだ「凄い」が、いまあまりそういう意味で使われないのは少しもったいない感じ。実際、仕事中とかに使いたくなること多々あり。言葉としてそれがぴったり来ると思える事が多い。「これの凄さを思い知った」とか言いたい。

2010-10-06

眠った


十月六日の朝の眠さはほんとうにものすごくて、ある意味凶暴といっていいくらいの激しい眠さだった。なので電車の中でふと気を許したと思ったらそのまま完全に寝てしまい、しばらくして、はっとして目を覚ました。寝てたのはおそらく十分かそこら。しかしそれが、目を覚ましてからびっくりするくらい、ちょっと近年まれにみる深い眠りだった。寝ていたときに、自分が寝ていたことや自分の周囲がちゃんと存在していたことなどが、まるきり欠落してしまっていて、ブラックアウト状態というか、完全に主電源のレベルでオフになっていたかのような、ついさっきまでの十分間前後の時間をぼくは完全に失ってしまっていた。記憶にないというレベルを超えて、その過去十分間が自分の中に事実として認められないとでも言うより他無い感触だった。(だからそれが記憶ないという意味なのかもしれないが、でも実感として、記憶とかより遥かに上位レベルで、無いという感触なのだ。)こんな、気絶するような眠りになると「寝る」という行為自体がほとんど考えるべき対象ではなくなってしまうかもしれない。人間の制御下に眠りもあって、そのあいだも意識は低電力状態で小さく活動を続けているという事ではなく、眠ってしまったら全部おわりで、次に目覚めたときにすべて生産拠点出荷時の状態に戻ってしまっているような感じだ。記憶も記憶の配置や関係性だけは保持されつつ、内実は結局目覚めてからの事後的生成でしかない。記憶がオリジナルでいられるのは、その体験から入眠までのほんの一時期だけなのだ。あとは基本的に睡眠から回復する際の自動修復の産物に過ぎないのだ。そういう状態なので、結局我々の意識のレイヤーは睡眠を超えた長さで展開させることができなくなる。物理的に許容力として足りない。あるいは、ものすごく眠くて眠くて、ああ眠りたい一刻もはやく眠りたいと思っているときというのはある意味おそろしいといえばおそろしい。なんで人間は眠らないとダメなんだろうか。眠いとき、さあこれからいよいよ眠れるぞ、というときに、とても安らかなあるいは嬉しい気持ちになるのはなぜか。疲労をリカバーできるからか。冷たいシーツの上に身体を横たえるときの気持ちよさを想像するからか。目覚めたときの感じが好きなのか。やはり継続性が切断されてしまうことが、人間の本能としてよろこびなのではなかろうか。継続とか持続とかよりはたえずリセットを繰り返す方が人間という生き物の仕様に優しいのかもしれない。

2010-10-05


自分の着ているスーツの、ほとんど黒に見えるような濃緑色に淡く細い縦じまの線が入っていて、細身の上下からあふれ出すかのように真っ白に光った最近流行っている襟がやたらとボリュームのある形のシャツの菱形の模様がうねうねと生地の凹凸に応じてうねっているのが周囲にまではみ出しようになっているのをそのまま見やりつつ、着衣の際には身体のある種の被拘束感を得たくて、その白い光と黒々とした上着との重ねた部分がところどころポイントを抑えるようにして覚醒を促すように自分の身体の奥にまで食い込んできてほしいのだが、僕も最近もうすっかり中年と化して、スーツを着ていたとしてもスーツとは別の生き物・文脈として、僕はひたすらだらしなくそこに存在しているだけで、スーツは単に僕の事情になすすべなく引き摺られているだけなので、それは年齢を重ねることの痛ましさだ。昔はもっと、そうじゃなくて完全に見えなくなるまで自分自身が周囲の風景を透過させるほど薄められたものになれて、そこに無意味に着用されたスーツだけがそのもののみとしてそこに歩かせられているような、自分とは別の事情が目的に向かってひたすら進むだけみたいな、自分を完全な傀儡制御体として投入し、その物理的事情の完全な優先を実現できていたというか、存在はもはや消えうせてたしかな満足だけがそこを歩けていたというか、そういう思いで常に移動したものだが、そのような自分のリモート制御の展開過程を見下ろし続けるには、もはや若いつもりがそうじゃなくなって、さすがにすいぶん歳をとって面白くも無い、暗い話ばかりばかりやたらくわしくなったもんだ。


電車の座席に坐ってぼんやりしていて、乗り換えの駅についたので立ち上がってすたすたと歩き出すと、さっきまで坐っていたのでジャケットの背中に縦数本の皺が入っていて、その背中の皺を自分がそのときかしばらく後になってか、いずれにせよその皺をどうやって確認できたのかは記憶が定かでないのだけど、おそらく鏡に映ったのをたまたま上手い事見たのだとは思うが、なにしろずっと電車の座席に坐ってたんだなという感じの背中の縦皺を、僕は自分の後姿としてそれをおそらく見たはずで、それは縦皺というよりは、朝のまとまった時間を電車の座席に座り込んでいたんだなという指標として自分が人込みにごった返す駅のホームを歩いていたのをもう一人の自分の視線が見やった、という事なのだろうから、おそらく確実に見たからこそ今それをこうして書いているのだが、しかしどこで見たのか?見たとすれば、表参道?でも表参道に、そんな鏡みたいなものがあったっけ?店の窓ガラスに写ったのを見たのかも。でもそんな店のそんな窓ガラスがあったのかどうか。誰かが見たのを見たのかも。そんなはずないけど。あるいは二子玉川?三軒茶屋かも。三軒茶屋で見たことの二重橋前あたりへと至る逆流現象が起こったか。知らない駅名を探し、知らない駅名にすがりながら日々を送る。

2010-10-04

アメリカの若者の夢


眠かった。なにしろ朝は六時起きなので、おそろしく眠い。翌日六時に起きなければいけないという拘束的な事実は前日の自分を激しく抑制させ縛り付ける。現時点の自分がまるで、充電が完全ではない携帯電話のようなものに思え、安心な貯蓄額を欲し、できればなるべくプログレスバーを右いっぱいにしておきたいと思うのだが、でも今すべてを放棄して死んだようにじっとしているのも辛いというジレンマに陥らせる。明日の自分に負債を背負わせるのももういい加減度重なっていて、今の自分がすでに、明日の自分から明確に信頼を失っていることにはっきりと自覚的なまま、夜を過ごすものだというのが、年齢を重ねることではじめて思い知る事実のひとつでもある。


そもそも先週の週末で、この日記を数日分書き進めたかったのに、結局かなわず、一日も書く事ができなかった。タイトルを「アメリカの若者の夢」としたかった。そのタイトルで思い切り書きたかったのだが、結局書けなかったのだ。


「アメリカの若者の夢」奥田民生の「たったった」という曲があって、その歌詞の中に出てくる文句である。うたうのだとしたら、とりあえずなんでもうたっていいんだな、ということをおそるおそる、いややや投げやりな勢いで確かめるような歌で、それはとどのつまり何も歌うことがないし歌う必要性も見出せないといえば見出せないのに、でも今、かろうじて何かうたう必要があるかないしはうたう気があるのだとしたら、誰の暮らしでも、軽はずみでも、出来心でも、浜辺のうたでも、牧場のうたでも、誰かと誰かの恋でも…。とにかくなんでもうたう、ということを、とりあえずさしあたり、試すように口にしてみるような、そういう歌である。


宇宙のうた、魚のうた、裸の豚、コンピュータ、アメリカの若者の夢。…まあでも、あんまり大したことない話だと思って、なんとなく何も書けなくなって、それでやめた。


最近だとウォルターギボンズがミックスした昔のディスコのコンピがちょっと良かったかも。あとグラディスナイト。それ以外も色々。あいかわらずのあいかわらず。そのあたりをだらだら垂れ流すように聴きながら。


ところで、今日は十月四日についてなのか。十月四日に何があったのか。十月四日は月曜日だ。先々週の月曜日という日が、あったのか。先々週の月曜日は、まだ十月になったばかりだった。それがいまだに、そういう時間の流れかたに慣れないのだけど。先々週に、まだ月の初めだったのに、次の次で、もう中旬だというのが、なんとなく腑に落ちないのね。そんなにすぐ中旬だというのなら、最初から月の初めとか口にしない方が良くは無いか?あるいは、月の初めと口にした瞬間、誰もがすでに中旬の予感を胸にかかえているのだろうか。そのあたり、いくつになってもまだ僕は世間の感覚というか胸算用のところがよくわからない。これは、最後までご馳走になって、汁まで飲み干したあと、可能ならおかわりしていいのか、それともこのウツワをここに置いたままがいいのか、そういうことと同様に、不可解な謎のまま、よくわからないままだ。ふざけた高校生みたいな子供から、なんだよおっさんそんな事もしらねーのかよ、とか何とか言われて勿体ぶった態度で教わってはじめてああなるほどと思って心から感心していつか理解する日が来そうな予感。で、話を戻すとたしか十月四日は会社に妻が作ってくれた弁当を持参しました。弁当を、食いましたね。弁当を食いながら、オフィスの人々と向かい合って、談笑した。そんなひとときを過ごしながら、自分がすでにもう、上野や秋葉原や神田をうろうろしていない事を実感した。でもこれはこれで、悪くない。そうか会社の中で人と人が、弁当を食いながら、談笑するというのはこういうものかということを学んだ。ものを咀嚼する、グシャグシャいう音をお互い聞きながら、互いが互いの消化活動を活発に躍動させているのを感じながら、海外旅行は年一回とか、タイ料理はパクチーを別皿でとか、ゴマたれよりもポン酢が好きとか、たまねぎはスライスなら食えるけどきゅうりはそのままでおいしいとか、宇宙のうた、魚のうた、裸の豚、コンピュータ、アメリカの若者の夢。

2010-10-03

最近


これを書いてる今日は十月十四日の木曜日。今の時点で十月三日のことなんて覚えてない。でも簡単なメモが残っていて、それを見ると一日中読書していたようだ。というか、別にメモなんか見なくてもおぼえている十月三日。そう。読書していました。たぶん。朝から、寝るまでひたすら読んだ。小説を三つか四つ読んだ。


今日は十月十四日の木曜日。ちょうど一週間前が、十月七日である。十月七日は最悪だった。十月七日のことならまだ、ある程度おぼえている。おそろしく大変な一日であった。翌日十五日も同じ状況のまま、鬱々と時間を過ごし、しかし夜の八時を過ぎたあたりで状況が一挙に変化して、何もかもが振り出しに戻ったのだった。あれはすごかった。でも、今書くべきは十月の三日。三日というと、七日の出来事のさらに一週間も前のことになる。いつの事なのかそんなの。もう何も記憶に残ってない。そんな日が実在していたかさえ定かではない。いや、あるな。十月三日があった事の感触はまだ少しだけ残ってはいる。今、それをここに書こうとしているのかどうかは自分でもよくわからないが。


ちなみに今書かなくても良い事だけど、十月六日の火曜日には会社の帰りに渋谷のユニオンに寄って、Basic Channelで唯一所持してなかったBC-03「Lyot Rmx」を買った。でも今更そんなの買わなくてもいいのになあと思いながら。渋谷の人込みはすごい。汚らしい夜の湿り気に満ちた街並み。渋谷にはうんざり。銀座線や半蔵門線の端っこが、渋谷に触れているのを想像するだけでうんざりする。二子玉川も駒沢学園も、皆渋谷の息がかかっていて、そのことにまんざらでも無い様子なのが苛々させられる。なぜもっと毅然とした態度でいられないのか。超然とするべきではなかったのか。でも、それでたしか、十月十日か十一日にも渋谷に行った。そのときも人は大勢いた。フランダースの光という展覧会を観た。その後、食事しようかと思ったが、レストランが混んでいてうんざりしたので帰ったのだ。いや違った。秋葉原に行ったね。でもそれはまた、十月十日か十一日になったら、あらためて書こう。


今日(十四日)、ブラタモリを見ていたら、丸の内の特集をやっていて、銀座から新橋にかけての、あのレンガ造りの高架の下には、十メートルにもおよぶ松の杭が地中に打ち込まれているのだということを知って激しく驚いた。ちょっと泣きそうにすらなった。酷い。なんという徹底。今のエンジニアが100人かかっても、当時の職人ひとりにかなわないのではあるまいか。いったいどういう情熱が、そういう計画を実現させるのだろうか。だって普通無理でしょそんなのふつうは。一日一本で、一万九千本の杭を打ち込んだ。一万九千日をかけたのか。一万九千日という時間が実在するのだろうか?十月三日が実在したように?

2010-10-02

ワイト島のジミヘンドリックス


ふいに、ワイト島のジミヘンドリックスのことをを思い出した。死ぬ数週間前の演奏だ。あの不機嫌な表情と苛立ちに満ちた態度のことを、思い出した。ものすごいストレスにまみれた、鬱屈した、怒りとかなしみと諦めの混ざり合ったような物憂げな表情だ。サウンドセッティングがまったく整わず、モティベーションもまるで上がらず、インスピレーションや反射神経の満足のいくレスポンスからも完全に見放されたまま、ステージに立ち、客の前で演奏する。自分で自分が放つ音にはげしくうんざりする。たまらない思いをかみ締める。いつもならその場でどんどん高揚して遥かな高さにまで昇っていけるはずが、今日はまるで逆の向きを真下に一直線で、負のスパイラルまっしぐらで、それでもなんとか、目の前に拡散する音たちをつかまえて、その中にとどまり、死に物狂いでそこに浸ろうとして、無理やり演奏に没入しようとするのだが、フィードバックはまるで思った通りに空間を変容させず、イメージは充分な広がりをまったく持たぬまま、湿った不発の花火みたいなありきたりの展開でことごとくしぼみ、そのまま虚空へと消え去っていく。そのたびに、眉をしかめ口元を歪め、露骨なまでの怒りと嫌悪を表情にあらわして、ああもううんざりだ、もう嫌だという態度を隠そうともしない。ため息をついて首を何度も横に振る。いつまでも制御外のままカン高く鳴り響くハウリングに苛立ち、力任せに足元のエフェクターを踏み付ける。ベーシストに対して激しく罵声を浴びせ、そうじゃないんだ、そうじゃないんだと拒否を示す。どうしてこう何もかも上手くいかないのか。自分で自分が嫌になってさらに深みにはまる。まったくの泥沼だ。ドツボにはまったまま絶対に浮上できそうもない。最後は力なくギターを肩から外してその場にどかんと投げ捨てて舞台袖に戻ってしまう。・・・でも実は、ワイト島のジミヘンドリックスの演奏は、そんなに悪い出来じゃないのだ。それは今や定説だ。むしろ無数にあるライブ盤の中でも、比較的よくまとまった、ちゃんと聴くに値するものだ。たしかにいつものキレが感じられない濁ってくぐもったような音や、ところどころに見せる投げやりさは気になるものの、次の局面では悪しきコンディションに向かってまともに立ち向かおうとする強烈な迫力を垣間見せたりもする。繰り返すが、あれは、そんなに酷い演奏ではないのだ。まあ、演奏の良し悪しがどうのこうの、という話でもないのだろうけど。でもその仕事は、決して悪くないのだ。だから、そんなに苛付くことはなかったんだよ。いまさらだけど。

2010-10-01

東急田園都市線


十月の始まり。表参道から、東急田園都市線に直通の半蔵門線に乗る。渋谷を過ぎてしばらくすると地上に出る。白い朝の光が車内に溢れてすみずみまで明るく照らされ斜めから差し込む直射日光がゆっくりと移動してきて新聞を読む人の邪魔をする。今まで何度か用賀から世田谷美術館に行った事があるくらいで、それ以外の目的でこのあたりの地域に来た事はない。窓の外の景色を見ていると、別の世界だと感じる。僕の生活する場所とは何のつながりもない、別の空間の別の人々が、それまでずっと別の暮らしを営んで来て、いまもそうしている只中に、部外者の自分が唐突にまぎれこんでしまった感じ。しかし周囲は誰も、僕がよそ者だという事に気付いてない。当然のことながら。電車のドアが開き、乗客が乗り込んでくるが、乗る人よりも降りる人の方が多い。ここにいる皆が、たしかな目的をもって東急田園都市線を利用しており、それぞれの理由をかかえて移動している。僕だけが、そうではないと感じられる。僕だけが、必ずしも東急田園都市線を利用する必要性に説得力を勝ち得ていない気がしてしまう。二子玉川や溝の口を過ぎると、車内はしだいに空いていくが、まばらに坐っている人々の誰も彼もがやはりすべて他人ばかりで、僕は自分の降りる駅がいつ来るのか、この次に停まるのか、次の次なのか、それすらよくわからず、落ち着かない思いで、あたりを見回すでもなく見回し、路線図を見上げ、あわてて身の回りをたしかめ、止まった駅のホームの看板を見て、あらためてあたりをもう一度見回して、あと三駅かと思って坐りなおして待つ。何もかもをおぼえていないうちは戸惑うしかない。

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