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2011-03-31

横浜


さっきテレビを見てたらブラタモリで渋谷特集。渋谷駅の銀座線がなぜあんなに高い位置になるのかをはじめて知って衝撃を受ける。ちょっと信じられない。でも何度も乗ってるから自分が一番よくわかってるはずだ。銀座線が渋谷駅のあの高架の上から出発して、トンネルに入って、表参道駅に着く。その間、ほとんど下ってない。で、そのまま表参道駅の地下に到着するのである。それだけ、渋谷が谷底にあるという事なのだ。他所と較べて、ビル四階分くらいの高低差があるのだ。逆に、なぜ今まで僕は何度も銀座線に乗ってるくせに、そこに気付かなかったのか。あんなに高いところに止まって、しかも階段で降りるから面倒くせーなあと思うのは覚えてるんだけど、それくらいしか考えたことなかった。そういう鈍感さ、迂闊さもどうかと思う。


昨日は友人と横浜で飲み。ずーっと楽しかった。二軒か三軒はしごして、そのまま相鉄線沿線の友人宅に泊めてもらう。一戸建ての瀟洒な(というのか?)素敵なうち。お風呂も歯ブラシもタオルもかみそりもみんな出てきてすごい。シャンプーとか見たことないようなヤツでいい匂いだし超いい感じだ。快適そのもの。客間的な部屋に通されて、暖かい布団でいつしか眠った。気付いたら朝で、はっとして起きて、え!?ここどこ??と思ってびっくりして、あたりをきょろきょろと見回す。奥様にご挨拶、というかお詫びする。朝食をご馳走になり、下着もシャツも靴下もおろしたてをご提供いただき、すっかり身支度を整えさせていただき、ここの子みたいな気分になる。それでは色々とお世話になりどうもありがとうございました。ではわたくし会社に行ってまいりますと言って、そのまま手を振って送りだしてくれる友人ご夫妻の姿を背にすたすたと出勤する。知らない町の知らない駅から、乗り慣れない電車に乗って、目的地に向かう。快晴の、朝日のまぶしさと知らない土地の知らない空気がかもし出す不思議な静けさを感じながら、電車に揺られながら見知らぬ風景をぼんやりと見ていた。まもなく横浜に着いて、みなとみらい線ホームに乗り換えた途端、突如としていつもの見慣れた、繰り返しとしての朝が再生をはじめた。まるで途中からいきなり、いつもの通勤途中である自分の流れに、今この自分が無理やり重なり合って割り込んだような感覚。そして同時に、昨日の夜からさっきまでの友人とのひとときが、すでにまるで淡く儚い夢のような記憶になってしまっていた。


思えば人様の家に泊まらせて頂くのも久しぶりだ。僕はけっこうずうずうしいというか、神経が図太いとのだと思うが、そうやって人からもてなしを受けるとき、我ながら呆れるくらい遠慮がないと思う。当たり前のように施しを受け、平然ともらう。多少申し訳ない顔するだろとか遠慮ってものがあるだろとか、そういうのが希薄で、百パーセント、ありがたく受取って、その自分の、幸福そのものな気分を疑いもしない。そして安心して眠る。朝まで完全に熟睡する。目覚めてすっきり。爽快な朝を迎える。いつもより元気で会社に行く。ただのばかなんじゃなかろうか。

2011-03-29

座席表


f:id:Ryo-ta:20110330013244j:image

向かいに今泉がいる。隣に倉持。その隣には雨本さんです。僕の後ろ、背中を向け合うようにして小野里がいる。小野里の隣に江頭も。そのシマのさらに向こうにシマに長谷川さんがいる。どうでしょうか?

2011-03-28

サイドステップ


柴崎友香「クラップ・ユア・ハンズ!」で、サイドステップでものすごいスピードでこちらに近づいてくる幽霊というのが出てきて、はじめて読んだときこれは死ぬほど怖いと思った。ものすごい速さで、横向きで、あっという間に近づいてくる。まったく躊躇も迷いもない、容赦のない速度で来る。こちらとしても、もうなすすべなく、完全にどうしようもないと思って観念するしかない。自分がそいつのなすがままになってしまうことを受け入れざるを得ない。それにしても、相手が横向きのままものすごい速度で…想像のそれは、あまりにも鮮烈で身の毛がよだつ。こっちを見ていて凄い顔で威嚇しているとか、この世のモノとは思えぬ醒めた表所で恨めしげに見てるとか、そういうのならまだ話はわかるのだが、そうではなくて、単に横向きのままぴょんぴょんと軽快に来られた日には、それはその時点でもはや、全然コミュニケーションが成立するとは思えない。最初から相手との関係が成立してない。少なくとも幽霊がおそらく自らの進行方向にまったく注意を向けてない。意志らしきものの欠落した、のっぺらぼうな運動体の接近を前にして、たぶんこっちは叫び声すら上げられないだろう。にも関わらず、その幽霊は最終的に自分とほぼ重なり合ったような状態のまま、こちらに話しかけてくる。とても低い声をしているのだったか。

2011-03-27

ファンタスティックMr.FOX


久々によく寝た。起きたら十時半だった。昼過ぎに出かけて銀座で「ファンタスティックMr.FOX」をを観る。これはもう、超・素晴らしかった。終わって映画館を出てからも、にやにやといつまでも笑いが顔に浮かんでしまうのを抑えられないくらい。映画館を出てから本屋に行ったのだが、顔がにやけてるから気をつけろと妻に注意された。帰路も、思い出すたびに面白かったシーンの、あのときのさあ、あいつがこう喋ってさあ、そのときさあ…と説明して、あー!あそうそうそう、と思い出して、あれ超笑ったでしょ!!と言って、その都度、帰路の電車内や道端でげらげらと爆笑した。今これを書きながら思い出していても楽しい。じつに面白かったので今度もう一回観たいとふたりで言い合った。面白い映画を観ると、一日が充実した感じになるのが嬉しい。今日は楽しかった。幸福な気分である。


そういえば、それまで一ミリも感じたことがなかったのに、前に「ダージリン急行」を観て、あの猛烈にかっこいい旅行鞄をみて僕ははじめて「ルイ・ヴィトンってもしかするとかっこいいかも」と思ったのを思い出した。ウェス・アンダーソンの映画中に出てくる装飾系模様のすさまじいかっこ良さというのは、あれは何だろうか。今回は主人公が乗るサイドカーの市松模様が死ぬほどかっこよかった。あと何といっても、あのリンゴの模様も。

2011-03-26

カナヘビ


Aが、Bである。という形式の書き方を、もうやめることができないだろうか。単に、Aである、とだけ言えないものだろうか。Aを、Aであると率直に書き表すことができずに、Bを呼び出してしまうという、いつものマンネリズムにうんざりする。


運悪く、いきなり不条理で絶望的な運命に囚われて、のっぴきならぬ情況に追い込まれまさに絶体絶命で、身の不運を嘆く暇も無いまま、もうこうなってしまったら、今更どれだけ考えても無駄だろうという状態に陥ったとしても、それでもその状況下で人はひたすら考える。考えるのをやめるということは決してない。そしてそのとき考えた事は、全て完全に、無駄じゃない。と僕は思いたい。


追い込まれた人は考える。いったい何を?わからないけど考える。考えて考えて、考え抜くことだろう。このダブルバインドにいったいどんな意味があるのかを、徹底的に考える。限られた短い時間の中で、それはまさに文字通り、徹底的に考え抜くということの実践である。きっかけもなければ成果もない。ただ考えが閃光のように巡る。なぜ私は今、このような情況にいるのか。この衝突するふたつの力はいったい何なのか。


衝突する力。衝突が生み出す痛みと苦痛。その感覚の只中で、考える。考えるというとき、その身体の枠の中で考えるということだ。苦痛の只中で考えるということだ。たぶん身体は「フレーム」とか「環境」とか「条件」とか、そういった類のものではないはずだ。そういう外枠的なものではない。そういう中で、考えというものが、ソフトウェア的に走るわけではない。そんな馬鹿げた子供のおもちゃの秘密基地みたいなものではない。今このとき、考えるこの私が、苦痛を感じているはずなのだ。この私の苦痛を、この私の考えが駆け巡ったあとの、まぶたの裏に浮かぶ光の残滓。


私が力を込めれば、私の腕や足は周囲に対して力を伝達しようとする。だから確かにこの私はこの身体に乗っかっているのだろうとは思う。それはそれで確かだろう。でも私が頭部の操縦席に坐っている訳ではないのだ。私が、力を込めるとき、私は私の腕なのだ。私がぐっと筋肉を固くして下半身全体で突っ張るとき、私は私の足全部なのだ。


人間の脳は頭部にあって、中央集権的な処理を司っているが、たとえば蛾の脳は、細い管で繋がった状態のまま頭部と背中と腹部あたりに三箇所分散配置されていて、頭部の脳は身体全部の制御を担当し、背中の脳は飛行全般を担当し、腹部の脳は生殖を担当するらしい。(ものすごくうろ覚えの情報を調べもせずに書いているので間違いの可能性大ですがご了承下さい。)だから蛾は、たとえば頭部が切断されてしまっても、それこそしばらくの間は飛行を継続し続けられるし、下手するとそのまま生殖もしかねない。ものすごい分散構造である。


それとは全然話が変わっちゃうけど今日テレビを見ていたら、どこかの国の砂漠地帯に生息する、カナヘビというトカゲみたいな生き物が出てきて、そいつが面白かったんだけど、その砂漠はものすごく暑くて、直射日光に晒されている砂の表面温度が異常に熱いため、カナヘビは、四本の足の裏を、じかに地面に設置し続けていることができないのである。だから、じゃあどうするかというと、四本の足の、右の前足と左の後ろ足だけを、ひょいと宙に持ち上げて、残った前後の足だけで姿勢を保つのだ。そのまましばらくして、地面に設置してる二本の足の裏が熱に耐えられなくなってくると、今度は今まで立ってた左前足と右後ろ足を、さっきと同じようにひょいと持ち上げて、今度はそれまで冷ましていた方の足で、引き続きその場にじっとしてるのだ。


で、それでずーっと日中、そんなことばっかりやってるのか?というと、それはよく知らないけど、でも熱さが尋常じゃない日などは、その作戦もダメなときはダメで、そんな足の裏交換では間に合わないくらい砂漠の地面が熱いときもあるらしく、じゃあそううときはどうするのかというと、もう最後の手段ということで、今度は四本の足全部を宙に浮かべて、そのまま腹這いで、腹を直接地面に設置させて、なんとかその場を耐えるらしい。腹だとどのくらい平気なのかはわからない。何度も言うけど僕は専門家ではないので。


そのテレビを見ていて、こいつは日中、ずっとこんなことをやってるのだろうか?というのが、さすがにまず、疑問として浮かんだ。足の裏の熱さに耐えるだけが、やるべき事でもあるまい。もっと他に色々な営みもあるのだろう。まあテレビだし、この報道の編集方針というか、余計なところはハサミが入っているのだろうけど、それにしてもこの生き物の人生の不毛さというか、その不条理さには軽く衝撃を受けた。とりあえず、僕ならこんな人生は嫌だと思った。上手くやってるという賞賛もあるのだろうが、僕にはそれほど立派だとは思えない。単に今の、この場の問題に、今やれるだけのことをやって、かろうじてギリギリで順応しているだけじゃないかと思ってしまう。もっと抜本的な生の見直しとかをすべきじゃないのか。だって単に熱さを足の裏の設置面を交互に変えてやり過ごすために生まれてきただなんて、あまりにもあんまりじゃないかと思う。

2011-03-25

Derrick MayとCyndi Lauper


3/24のDommuneDerrick May Liveを聴いている。Derrick May は月曜日から日本にいたのだそうだ。先週はCyndi Lauperも予定通り来日してツアーを敢行していた。しかしそれ以外の外タレ来日はたくさん中止になったはず。あの日以来ブルーノートとかビルボードから来るメールが笑うくらい大量に公演中止のお知らせだった。でも地震の経験なんてほぼ皆無であろう外国人が、今の日本(東京)に立ち寄りたくない気持ちは非常によくわかるし、その理由で来日をキャンセルするのも仕方が無いと思う。しかし前述のように数少ないながらも予定通り来ている人もいる。Cyndi Lauperなんてヒット曲とかFMとかで流れてそうな曲以外は今までほとんどマトモに聴いたことなかったけど、震災の後、数日して予定通り日本公演してるという話を聴いたときは、さすがに驚きと尊敬の思いを禁じえなかった。想像だけど、現状で日本公演を継続するというのは、親日とか金とか、そういう事だけでは無い何かではないか。いや金だってすごい重要な理由だろうしそれだって全然悪くないけど、でもそういうことじゃなく、もっとその人の個人性に根ざした何かがなければ、今の東京に滞在できないのではないか。とにかくCyndi Lauperすごいわ。こりゃタダモノじゃないわと思った。思わずあらためて今度その作品をちゃんと聴かなきゃいけないんじゃないかと思ってしまったほどだ。もう最近出てくる話と言えば、リスクを上手く嗅ぎ分けて回避するとか周到に立ち回るとか非常事態に備えるとか正しい情報を捉まえるためのリテラシーを云々とか、そういうのばっかりでうんざりする中、こうしてCyndi LauperやDerrick Mayが音楽を演奏しているというのは本当に素晴らしくて、その事実だけで胸が熱くなるほどだ。いや実際、外国人が、こんな状況下の、不安定で不安やリスクもある今の東京にわざわざ来て仕事して帰るなんていうのは、リスク管理の結果とか正しい情報に基づいて安全と判断してとか、そういう理由でやれてる訳じゃなくて、それこそ「まあなんとかなるでしょ」という無根拠な開き直り的な楽天性がなければ出来ないことで、そここそに激しく胸を打たれ、共感してしまう。まあなんとかなるだろーといいながら次々と、嵐のように自分の仕事をしなければいけないのだ。…まあそんなことを書きながら、僕自身はどうかと言うと、今月はずっとボケボケだ。とくに震災以降はボケボケ。何も考えてない。新聞もテレビもうんざり。嵐のように自分の仕事をするとか、ありえない。今ここに自分の仕事っていう言葉を書いてる事自体がすごいと自分で思ってしまう。

2011-03-24

恐怖運用


別に飛びぬけた能力とか技能とかいらない。愛想の良さも朗らかさも社交性もコミュニケーション能力さえ、とくに求めない。大切なのは恐怖にかられているか、僕たちと同じ不安や恐怖を共有しているかどうかだ。その一点で、この組織の一員になれるかどうかが決まるよ。よく考えてみて。


不安や恐怖をネガティブなものと決めて最初から斥ける人が多いのは承知している。でも、今ある形ある何かを守るにあたって、不安や恐怖を共有できるか否かがもっとも重要なんだよ。これは真実だ。わかってほしい。いや、わかってくれなくてもいいけど、それを共感できない限り、あの扉の向こうのシステムに触らせる訳には行かないんだ。


君はまだ若いからしょうがないけど、忘れないでいてね。この道のベテランの人は、本当にすごいんだよ。ひたすら保守運用をやってきた人は、まさに文字通り、筋金入りだよ。何十年分蓄積されたすさまじく大量の、不安と恐怖が、それらの塵が、積もり積もって固まって、システムを外側から固める樹液のようになって身体のあらゆる部位から湧き出てくるかのようだよ。存在そのものが、対処のエビデンスなのさ。昨日の午前中、指示を受けたこの私が、パラメーターを5%増加させた。彼らは皆、それを実施して、かつ願わくばそのまま自らが実施記録それ自体になろうとしているかのようだよ。


そんな人間は嫌かい?そんな人生を嫌悪するかい?でも、そういう人々が長い年月、深く静かにひたすら支えてきた何かがあるんだよ。そういう人々の澱のような心情の奥底に石灰のように沈殿している不安と恐怖の結晶を想像してみなよ。それこそがまさに、声無き声というやつだよ。それと較べたら、今までさんざん本や映画に描かれた声無き声なんて、全然なんでもないものだよ。

2011-03-23

S.F.


睡眠不足。乾燥肌。慢性胃炎でカルシウム不足。あと電力不足。銀行トラブル、買占め、食品飲料欠品、まずは子供たちから優先的に救いの手を差し伸べる、ゼロ在庫、物流不全、余震、液状化、放射能の雨…。電車遅延、混雑、S.F.

2011-03-22


今年の夏も停電が引き続くらしい。真夏に冷房なしというのがどのくらい過酷なものか、ちょっと想像つかない。サマータイム。生きていくのは容易い。魚が跳ねてる。綿も育ってるわ。だからきっと、どうにかなるのよ。そうでしょ?という気持ちもなくはないし、やっぱ無理だろうな、絶対無理だという気持ちも当然ある。


駅の構内。夏になった。駅の構内にいる。たくさんの人が行き交う。あるいは佇む。蝉の声。かげろう。


ベンチに座っている人、立って時刻表を見上げている人、向かい合って立ち話をしている人、反響して聞き取りにくい構内放送に耳を傾ける人、改札の方へ歩いていく人、出口に向かっていく家族連れ、小さな娘が走っていき、また両親の傍まで戻ってくる、スーツケースを引っ張った若い女性、スーツケースは右へ左へ小刻みに向きを変えながら主の歩く方向へ従順に引っ張られていく、さっきまでの賑わいがなくなって、また別の一角に、別の人の流れが生じて、人の流れがいつまでもいつまでも。


東京駅の丸の内口の、ドーム下のがらんとした空間。高い天井。広々としたコンコース。


表面をテラコッタで仕上げられたクリーム色の壁が、数メートル間隔で吊り下げられた照明器具のややオレンジ色に近い温かみのある光を反射して、空間全体が西日を受けているかのような色合いに染まっている。広大な吹き抜け空間。上層部の壁際には八角形の古風な窓が規則正しく並んでいる。


巨大な空間の中央にはドーム状の屋根の裏側を形状に従うようにして木造で組み上げられた梁が繊細かつ強靭に支えている。その向こう、二階の貴賓室に、かつての御麗しき陛下の御姿が思い出される。


会社のオフィスを見上げると、天井の規則正しい升目が、自分の頭上から前方にかけて、はるかかなたまで遠近法の正確さで続いている。ひとつおきに設置された蛍光灯は二本1セットで升目ひとつを光らせるようになっていて、それが升目二つに一つの割合で定間隔で光っているのがやはりずっと向こうまで遠近法的に遠ざかっていく。飛行場の夜に照明で光る滑走路がさかさまになって天井に貼りついたような感じだ。僕たちはそのさかさまになった滑走路の真下でいくつもの頭を並べて働いている。黒い頭が遠くの向こうまで水草のように揺らぎ動いている。


僕ら、人ひとりが、その都度、どうにか落ち着く場所を見つけられる場所。


小さなテーブルの前に若い夫婦が身を寄せ合っている。隣の客に頭を下げ少し除けてもらって乳母車を自分たちの足元へ引きよせて、夫婦ふたり揃って乳母車の中を覗き込んで粉ミルクを溶いた哺乳瓶を与えている。


各家庭の冷房は止まっている。暮らしひとつをバックアップするだけの余裕もない者は、皆行く宛てもなく自然と駅の構内か、もしくは本通りの都民避難所に集まった。


都民避難所はまるで、二十世紀初頭のパリのカフェみたいな、黒いスーツに白いエプロンの給仕が店を取り仕切っていた。トレンチを小脇に抱えてまっすぐに立っていた。客が席につくと、注文を聞きに無言で席まで歩いた。「いらっしゃいませ」とも「ようこそ」とも言わず、無表情で、何の愛想もなかった。ただ要件を聞き、必要最低限のサービスをした。思えば、こういうカフェの誕生は電力不足になってからのことだったとおもう。おそらく我々は東京で初の、都市難民として、それぞれひとりぼっちでカフェの座席に坐っていた。真夏の暑さが耐えがたく、個室にひきこもる事がとてもできなくなったので、公共の巨大な駅構内のようなカフェで一日を過ごすのがその頃はもう当たり前の、一日の過ごし方だった。


駅構内、夏の間中はずっとそこにいよう。行き交う人々を眺めて。皆、黙って、前方を見ている。夜になったら、自分の部屋に帰る。男を待つ。26ドルを握り締めている。もう六時間も、同じところに座っている。立ち上がると、背中全体に鋼の板が入っているかのようだ。僕も妻も今日は、こうして一日を過ごした。今日は思ったよりも読書がはかどった。妻は疲労の色が濃い。そして蒸し暑かった。風呂に入りたかったが、それはまだ適わぬ願いだった。トイレの悪臭が酷くなる自室に戻るのは憂鬱だったが、ひとまず我々は歩き始めた。また明日に備えて、なるべく少しでも身体を休めておかなければならなかった。


風景を見たり、太陽の光を浴びたりして、ぼんやり、のんびりするのは良い。年に一度、サイパンやグアムに行って日光浴したりゴルフしたりするとか。…会社員になってからは薄く漂う不安感から逃れられない。というか、会社員じゃなくてもそうだ。生きる以上、不安はつきまとう。二者択一の強制がやってくる事の不安。行く先がわからないわけではない。いくつかの雛型はいつでも確認できる。しかし…


不安がいやなら、自ら二者択一に対して積極的に介入する。選びまくって移動しまくる!しかしそれでもやはり不安である。


電気がなくなったら、単純に職にあぶれるかもしれないと思う。僕は電気にまみれている。電気なしではやっていけない。


しかし自分を棚に上げて人にそれを要求するのもひどい話だとは思った。変わらないでいる、と言って、じゃあ今の自分がどういう態度でいれば、変わらない事になるのか、それもわからなかったのだから。変わらないためには、その場にいるしかない。


先月から計画していた旅行の予約を火曜日にキャンセルして、三連休は何もしなかった。「こんなときだから仕方がありませんね。」ホテルはキャンセル料を受取らなかった。その日は一日、読書をしたがあまりはかどらなかった。冷凍食品を温めて簡単に食事した。三冊の本を順番に、少し読んでは次の本に移って、そっちを少し読んではまた次の本に移って、というのを繰り返していた。そのうち眠くなってきて、少しうとうとと眠った。また起きて、PCの電源を入れて、数百件の登録フィードのうち更新分だけざっと見た。読んだり読まなかったりして、しばらくしてまた読書に戻った。本も読んでるのか読んでないのか、曖昧な状態のままだ。たまに時計を見た。時間が進んでいるのを確認していた。


「笑っていいとも」が「先生に向いてると思う芸能人」一位当てクイズをやっていた。番組出演者の写真がずらっと並べられていて、誰が先生に向いてると思うかをアンケートした結果を当てるクイズである。「包容力がありそう」で「教えるのが上手そう」な人は人気が高かった。しかしその中でも「優しすぎて生徒にバカにされそう」な人は少し低評価だった。やっぱり優しすぎるのは良くないんだろうなあと思った。「包容力がありそう」で「ときには厳しく全体をまとめられる」人なんて、昔の自分なら「ちょっと鬱陶しいなあ」と思っていた。いやそれどころか積極的に距離を置きたいように思っていた。しかし最近はむしろ逆だ。


電車は相変わらず混んでいる。日比谷線は相変わらず頼りない。

2011-03-20

晴れ着の女


とりあえず、そこにいるだけだ。さっき来て、今もまだそこにいるが、別に俺はそう頼んだわけじゃないんだ。なぜそこにいる?それ晴れ着か?正月の着物か?晴れ着でオフィスにいると、ずいぶん違和感だな。卒業式帰りの子が、混雑する電車に乗ろうとしてて可哀想だったよ。五年前に惜しまれつつ閉店したって。伝説の店らしいよ。地元では有名らしいよ。ステージからいつもいい匂いが漂ってきて、深呼吸するとクラクラした。そうそう。だからたぶん、今年になってはじめてだよ。今、ちょうど停電してて、帰るのやばくないですか?今日どうやって帰るんです?いやだからいま既に動いてないですよって。日比谷線ですよね。まじやばくないですか。いや、月末だから立て込んでてちょっと無理じゃない?桜木町の方まで歩けばまた違うんだけどね。正月明けの証券取引所に晴れ着で出勤してくる女がいてさ。今はどうだか知らないが。超張り切ってますよ。何でも言ってくださいよ。なんかはっきりしなくて意味わかんなくないですか。待ちの姿勢で午前中いっといていいですかね。やるときやりますよ。けっこうなもんですって。懐かしいよね。懐かしすぎるね。当時はでも、全然そんな事知らなかったよ。興味なかったもん。埼玉だよ俺。週末車で行ってたけど。遠いよ。寝ないで遊んで翌日普通に仕事した。いや別に平気だったよ。たぶんそのときいたよ。いやいなかったか。もしかすると、そのことなのかな。いたよね晴れ着の女。あのときいたかいなかったか忘れた。誰か送ってあげたでしょ。いや絶対誰かのクルマにいたんだよ。どっかで降ろしたでしょ。お前なんで知らないんだよ。いや俺じゃねえよ。いや今俺の目の前にいるから聞いてんだよ。あのときの、もしや、そのときのこと?そうなの?そのときのことなの?そのとき?お前がそう?

2011-03-19

代官山


嫌な予感は最初からあった。前日の時点で気が重かった。


川崎はほかの誰よりもすごい。今一番僕が信頼しているヤツだ。


今までは、同じこと十回繰り返すときに、それが同じだけど同じじゃないんだ、という結論に着地させるのがならわしみたいになっていたのだ。十回繰り返すと、一回目と、三回目と、九回目や十回目は、何か違ってくるのだ。というか、ひとつひとつは違ってないはずなのに、それが一回目から十回目まで並べられて順番を付与された時点で、それらひとつひとつがちゃんと一回目や三回目や、九回目や十回目の表情をまとうのだ。これはみんなわかっている事で、だからこそ皆、同じことを十回繰り返すのだ。同じ事を十回繰り返したって、同じものが十回できるだけのはず。理屈ではそうだ。でも現実問題として、結果的に十個並べたときに、それらはちゃんとそれぞれのもっともらしいたたずまいで、それぞれ関係しながら異なる表情をもって並ぶのだ。そうである以上、今までと同じやり方を続けるよりほかなかった。僕たちではそれが限界だったのだ。


ところが川崎はそんな僕たちの固定観念を見事に鮮やかに打ち破った。かれは 何をしたか。彼はサンプラーを持ち込んだのだ。それで、一回目だけを用意した後、それを十回リピートさせたのだ。まさに文字通り、同じこと十回繰り返す、というやつだ。これ以上の「同じこと」は考えられなかった。だって単にリピートしてるだけなんだから。


深夜、誰もいなくなったオフィスで僕は一人、川崎の仕事を自分の環境に落として何度も繰り返して見た。そこでじっくりと確認しながら思ったことは、同じことが繰り返されているということは同じことと同じことの「繋ぎ目」がわかる事なのだということだった。


受け入れるために、ある一定の時間が要求されるなら、その時間内で覚悟を決めて僕たちは感覚をひらく。ところが、受け入れた同じことと同じことの「繋ぎ目」に気付いた時点で、僕たちは何か根本的に裏切られたような、まるで詐欺に会ったような気分になる。結局、始まってから「繋ぎ目」に気付くまでの事でしかないんじゃないか。その手つき自体を問題にしてるだけなんじゃないか。その後でこれを受け入れるか受け入れないかは、良くも悪くももう、この私自身の判断に拠ってしまうじゃないか。そんなことでいいのか。


川崎のやり方は、その手口が最初から完全に見え見えなのだ。あれでは誰もが、「繋ぎ目」に気付く。誰もが容易く気付いてしまう。なんだ、同じことが何度も何度も貼り付けられて繰り返されているだけじゃないかと、皆が思ってしまうだろう。…しかし僕は、なおもずいぶん長いことモニタを見つめ続けていた。ここにはまだ、僕が気付けてない何かがある。そんな気がする。どうしても、そう思えてならなかった。


翌日になって、川崎ってどこにいるんだっけ?と、向かいに坐っている小野里に聞いたら、川崎さんはたぶん代官山に行くと言ってました。「あまり慌ててもね。ゆっくりでも間に合うと思うけどね。」そう言って出かけました。いつもの事だが、ほんとうに行きあたりばったりな行動だと思った。


だいたい昨日の夜の時点で、外出するなんて全然言ってなかったはず。気が変わったのだとしたら、昨日帰ってからの事だろう。なんでなんだか、全然わからないが、やっぱり行こうと思ったらしい。でもまあ、僕としてはどっちでも良かった。もうそれほど考える必要もないや。どっちにしろ週明けの状況次第だというのがその時点では強くあった。色々と面倒事がこんがらがっていて週明けが来るのは憂鬱だが、でも結局は時がすべてを解決してしまうのだと思った。いや解決するかどうかは自分しだいだけど、でも明けない夜はないとも言うし、この手の物事はいずれ白黒はっきりするに決まってるのだと思って、その思いが淡い期待感の小さなかたまりになって胸の内側にぼんやり浮かんでいた。


今日、川崎が現地で何をできるのか、何か意味のあるアクションを起こせるのかはわからない。もしかすると何か、あるかもしれない。でもまあ、予想というのは常に外れるものだ。いや予想というのは最初から外れるようになっているものだ。いやいや、予想というものは外れようが当たろうが、その未来とは合致しないのだ。だから、予想している今夜の事があって、それは事や物や人や空間などありとあらやるものの只中を、川崎が移動することは決してないという事なのだ。…いやいや、だから、決してないという言葉そのものの成立が困難なのだ。川崎は確かに今、ここに不在で、だという事はつまり代官山にいるに違いない。


ぼんやりと天井を見つめていて、ふと我に返って、前に屈みこんで靴の紐を結びなおし始めた。足全体がややきつめに締め上げられたのを感じながら、立ちあがって、中身の確認もせずすべてのデータを保存して、PCをシャットダウンした。「ちょっと代官山に行ってくるわ」と、コートを着ながら小野里に告げた。小野里は「えー?行くんですか?今日どうすんですか?」と言ってこっちを見ている。「うん、川崎と合流するかも。」と言って、そう口にしたら急にからだがだるくなって気持ちの内側が湿ってきた。立ちあがったらまた別の時間が流れ始めてしまい、まるで三十秒前の地面を歩いている自分を今の自分が外野席から観戦しているみたいな感覚に陥った。


ものすごくいい天気。薄手のコート一枚でも汗ばむほどだった。中目黒行きの日比谷線がトンネルを抜けると、日の光がすさまじい勢いで一挙に社内になだれ込んできた。

2011-03-18

Turn! Turn! Turn! (To Everything There Is A Season) 


真っ白い光の中に黒い物体がある。その物体が何かを見ようとする。瞳孔が光量を調節するためにぐっと狭まり、絞りとピントのバランスが適切になると、黒い物体の表面が姿をあらわす。その表面の形態や質感を見る。それを見ているときさっきまで周囲を取り囲み世界すべてを渦巻きの中に引きずり込みそうだったほどの白い光の海は消えている。黒い物体さえ消えている。ただ表面だけがある。


天井の蛍光灯のうち半分だけ点灯させているが、店内はずいぶん暗く感じられる。少なくとも営業中という感じはしない。でも周囲の店も大体似たような感じで営業してるし、高いビルの上や繁華街なども、ぎらぎら光るでかい看板がほとんど光ってないので、全体的にはちょうどいいということだ。


Turn! Turn! Turn! (To Everything There Is A Season)


歌そのものが唐突極まりない。いや、唐突さこそが歌なのだ。出し抜けにうたわれない歌などこの世に存在しない。どこの世界に、今あるこの現実と地続きでうたわれる歌があるというのか?歌は常に唐突である。歌は常に切断の結果としてあらわれる。その曲が再生されなければいけない理由は、ほんとうはこの世界に、何一つとしてない。しかし再生されてしまうところが、まず一つの巨大な奇跡なのだ。その高まりにもウネリや流れにも何の根拠も無い。にも関わらず圧倒的な躍動感をもって歌は進む。頭部を失った昆虫のように動き回り跳ね回る。僕はそれを目の当たりにして、何度でも同じように初体験する。その唐突さに何度でも驚く。出し抜けにあらわれ視界が一挙に別の色に塗り替えられていくを感じる。


きっかけをなくした状態のまま僕は何度でもそこに立つ。これまで何度でも泣いていた自分を見出す。泣く理由が最初の段階で壊れてしまって、泣き止むすべを持たないままであらわれて、その場で果てしなく泣き続ける。それが何度もリフレインする。僕が何度でもそこにあらわれて、長いこと泣いて泣き濡れて泣きはらした顔の自分が、今なぜなのかわからないが、一秒前から、ずっと僕は泣いていたことに気付く。

2011-03-17

Eight Miles High


節電をこころがけてはいて、無駄な電気なんてほとんど使ってないし、存在自体がエコそのものみたいなこの僕であるが、一日のうちの、ほんの3分36秒だけは電気を使うことをお許し下さい。そのときだけは、アンプのボリュームを大きく右に捻り、筐体が熱で振動を始めはじめたら、playボタンを押下して、The ByrdsのEight Miles Highを再生するから。おそらくそのときだけは、第5グループ全体が、午前と午後も計2回、根こそぎ震えて直下型で揺らぐほどの大音量が響き渡るだろう。あのあまりにもうつくしいコーラスワークが、千住の街を彩ることでしょう。冬の寒さを小刻みに揺るがせ振るわせるリッケンバッカーの12弦。安全を確保して下さい。倒れやすい家具などのそばから離れて下さい。Turn! Turn! Turn!ただいまこのスタジオでも揺れを感じております。スタジオも揺れております。演奏はThe Byrdsです。曲はEight Miles High。津波に注意してください。詳しい情報が入り次第、またお伝えいたします。


これ、もっと究極に長いライブテイクとかないのだろうか。Untitled収録盤はおそらく決定盤と言って差し支えないだろうけど、でももっと凄い音源がきっと存在するのだろう。やばい久々に、20年ぶりに海賊盤を漁るような生活が戻ってくるのか。おそろしい。でもいまやインターネットのおかげでオフィシャルだろうがブートだろうがほとんど差異なく買えてしまうので、その意味では苦労は全然ない。苦労があるとしたら、聴くほうの苦労である。砂を噛むような音源を巡る果てしなき旅を、またしても僕は開始するのだろうか。


Eight Miles High。この曲の前で冷静でいることなどできないだろう。こうなったらもう、どこまでも突き詰めて行け。どこまでも行こう。今日、午前中にみずほがトラブッててムカついてATMを足でガンガン蹴ってたら、店員が来てお前調子にのんなコラ警察呼ぶぞタコ殺すぞクズ、などと口汚く罵られたので逃げて、午後になってATM回復との情報を取得して速攻でまた戻ってあの店員がいたので慌てて金を振り込んでまた逃げた。そのあと赤貝貝柱のカップ味噌汁を買った。ポイントカードは出さない。ないでーすといつも言う。明日も同じだ。そして、とにかく早くしてくれ。音源をくれ。がんがん送って来い。そういうことで各所にお願いしてる最中なのである。大規模停電だとか言うので仕方が無いのでサーバー12台を全部シャットダウンして帰ったのだが、運転見合わせでずっと停車中の日比谷線の中で、停電が回避されたというニュースが入ってきて、がっくりしてかなりムカついた。まあこうなる事はさいしょからある程度わかっていたのだが…。でも全然意味なかった。ばかみたい。明日はわざわざ、5時起きで全サーバ立ち上げに行くのだ。いいかげんにしてくれ。電力会社のこのたびの対応におけるいい加減なムードは、なんかものすごくいい感じだ。うわーこいつとはじめて仕事するけど思った以上に適当でゆるいヤツなーこいつ!と思うときの感じを思い出す。東電君やばい、けっこう残念。


なんか、そもそも最初に今日書こうと思ってた事を、ここまで来て、既に書いたのかどうか現時点で思い出せないけど、まあいいでしょう。

2011-03-16

The Byrds


このたびThe Byrdsの「Untitled: Unissued (Exp)」を聴いて、そのあまりの素晴らしさに感動し、混乱し、頭の中を想像が駆け巡った。自分が「サイケデリック・ロック」を好きで、そればかり追い求めてきたのだという事をあらためてまざまざと痛感させられた。ああ、そうだ。こういうことをひたすら探してるんだと思った。


僕にとっての「サイケデリック・ロック」とはいったい何か。それを言葉であらわすのは極めて難しい。しかし世間のサイケと、ずれていることは確かだ。でも世間のサイケと思い切りかけ離れている訳でも、ないのだ。それは、そうなのだ。…とりあえず、強いてあげれば、ジミ・ヘンドリックスと、ジョン・コルトレーン。この巨星ふたつは、掲げておきたい。そして、さらにその系譜に連なる様々なグループなり人なりが後から後から、続く。まあそれでも今、思い浮かぶ限りの印象で言えば、僕はやはりアメリカンミュージックが好きで、アフロ・アメリカン・ミュージックの、20世紀版が好きで、その意味における西海岸なのだと思う。ヒッピームーブメントとか、ドラッグとか、そういうのには全く興味がないのだが、それを差し引いたウェスト・コースト・サウンドが好きだ。余談だがたぶん、僕はシカゴ・ハウスとかガラージュとかのダンスミュージックにも、ウェスト・コーストが鏡に映った左右反転したイメージを最初からずっと見ているような気がする。僕はテクノやハウスを、ドイツから来たものとは思ってなくて、はっきり西海岸から来たものと思っている。いや、西海岸の裏返しだと思っている。デトロイトやシカゴやニューヨークといった街が、その固有性をもって表現できる、新しいウェスト・コースト・サイケデリック。それがテクノだった。…という妄想などどうでも良いし、事実だって同じくらいどうでもよくて、少なくとも僕の中ではハウスやテクノはサイケデリック・ミュージックの現在形なのだろう。


何だかんだ言っても、The Byrdsは世間でいえば「フォーク・ロック」である。でもそれが、いいのだ。サイケデリックであるということはすなわち、アメリカン・ロックであるということなのだ。その力強さ。最近はなぜか妙に、いわゆる「アメリカン・ロック」に激しく反応してしまう。つい先日、たまたま安く買ったTraveling WilburysのVol.3を聴いたら、あまりにも素晴らしくて、アルバムの再生が終わるまで何も出来なくなってしまったくらいだ。すげー、これは本物のロックだ、と思った。聴いてみてとにかく出てくる感想は「ロック・ミュージックだ…」の一言。ロック・ミュージックというのは精神とかジャンルとかそういう曖昧な何かではなくて、ちゃんと物理的に実在するのだし、物理的な実在でなければダメなのだ。。その意味でアメリカには、いまや稀少ではあるだろうが、ロック・ミュージックがまだ実在する。そういう理屈ではわかっているつもりだったはずの事を、実際に音としてまざまざと体験させられ、完膚無きまでに打ちのめされた。結局、良いっていうのはこういうことだ。こういうことでしかないのだ。その良さには、何の根拠も理屈もない。これがこれ自体でそのまま良いってだけで、もしそれがわからなければ、すなわちもしこれを、良いって思えないなら、その人はたぶんロック・ミュージックに縁がないのだ。そう言い切るしかないのだ。

2011-03-15

フリーダ


カフカ「城」の3章「フリーダ」が面白いわエロいわで笑いが抑えられなくて困る。本当に夢みたいである。夢みたいというのは、まさに文字通り夢みたいだ、という意味である。この出来事のあらわれ方はマジで夢である。あまりにも現実的過ぎて夢のようだ、とでも言えば良いのか。…店の主人がやってきて、Kがカウンターの裏に身を隠す。そしたら、さっきまで外にいたフリーダがすぐ戻ってきて、Kを探すようにしてカウンターに回る。Kが隠れてるすぐそばでフリーダは店の主人の相手をする。Kはフリーダの足に触る。フリーダは店の主人に「測量士はいなかったわ」「隠れてるかもしれない」とか言いながら、Kの胸に足を乗せる。Kはそのとき何やら晴れやかな、自由な気分になる。その後、主人が去ってから、Kとフリーダは固く抱き合う。Kの腕の中でフリーダの小さなからだが燃えている。ふたりは抱き合ったまま床をごろごろと転がる。


僕は「城」は、はじめて読むのかもしれない。高校生のとき読んだかもしれないのだが、全然おぼえてないので、ほぼはじめて読むと思って良いだろう。それにしてもKがこんなに面白いやつだとは意外だ。結構男臭い、乱暴なヤツである。物語の冒頭なんか、まるで西部劇の始まりのような雰囲気すらある。結構態度でかいし、フリーダとも結婚するとか言ってるし…。脇役の助手二人とかもマジですごい。あと、やっぱりものすごく行き当たりばったりに書いてるような感じもする。フリーダと結婚を打ち明けた後の、女将が延々愚痴をいうシーンなんか、これ書きながら考えてるだろというのを強く感じる。そもそも最初「到着」から「バルナバス」ときて「フリーダ」になって、今、女将との対話のとこだが、物語。という感じでは全然、ない。まさに思いつきの、行き当たりばったりな感じしかない。書いてるカフカにとっても、「城」をどうするのかという事について、書きながらリアルタイムで変わっていってるような感じがある。「城」が、現代の不安や不条理や組織や官僚の在り方を象徴しているのだ、というような考え方は、固着的で一面的でつまらないとはよく言われる事だが、別にそう思っても構わないといえば構わないし、明日は別のことを考えているかもしれない。という感じで、お話の中の「城」はぐらぐらとまるで落ち着かないままだ。で、とりあえず出てくる連中が皆面白すぎる。それで異常に濃い夢の中にいるようで、そして夢に出てくる女が皆、異様にリアルなエロさを纏っているのと同じ意味でフリーダは異様に現実的でなまめかしい。

2011-03-14

天気


いきなり春の陽気で驚く。最寄り駅に着いたら改札の手前まで人が溢れていて混雑が酷い状態。こんな混雑の中で、もし、また大きな余震でも起きたら、あっという間に全員仲良くこの世からおさらばじゃないか。それで、天国についてからみんなで言い合うのだ。やっぱ俺たち、月曜の朝からあんな狭いところにわざわざすし詰めになって、わざわざ死にそうな情況つくって、どう考えてもばかだよねと。実際、どう考えてもバカだった。でも僕もその一人で、ちゃんとそのまま電車に乗って勤務地まで向かった。二時間半くらいかけて辿り着いた。今日は休んでいる人も多かった。部署全体の稼働率は30%にも満たなかったらしい。午後になって若干回復したらしいが。


停電対策のために、gf1rows012にスケジューリングして指定時間が来たら処理を動かそうという話になって、具体的な方策を検討しているうちに誰かが「停電してたらgf1rows012も動かないですよね」と言い出して、それを聞いた皆が無言のまま「あ!!」という表情を浮かべて、その後気まずさとごまかし笑いのうちに計画はキャンセルがされた。僕も丸二日間テレビを見てたからかどうかわからないけど、今日は一日中ボケボケだった。夜になるまでの間に、フロア全体のあちこちにあるドコモ携帯から、地震速報の耳障りな警報音がたまに聞こえてきていた。三回くらい鳴ったろうか?でもいずれも軽度の揺れ。


帰りの電車では、ようやく久々に再び本を読み始めた。金曜日からずっと読んでなかったというか、読む気にならなかったのだが、やっぱり読もうと思って本を開いて読み始めた。文章を追い始めることに意識が向くにつれ、数日前の感覚がふわっとよみがえってきて、それがずいぶん遠い過去になってしまったことを改めて思った。

2011-03-13

Weather Report


今日は結局一日中、テレビとインターネット見てただけだった。途中、読書もしようかと思ったが、ほぼ何も読めなかった。なんとなくサン=テグジュペリ「夜間飛行」のジッドの序文だけ読んだ。まさに人の気持ちを鼓舞させる、今の情況にうってつけな文章にも思ったけど、そのあまりにも、はまった感じが逆に妙な距離感を感じさせて、その後やはり何も読む気にならなかった。


明日から出勤だ。地面の情況が安定したとはいいがたく、かつ停電など、業務上対処が必要か否か等、現時点ではわからない。とにかく電車で人並みに任地へ運ばれて、人並みに働くよりほかない。与えられた枠内を甘受してがんばるだけ。などというとずいぶん無垢な感じになってしまうか。でもまあ、東京在住の人なんてもしかするとほぼ全員、無垢なひとたちばかりではないのだろうか。色々考えるにしてもせいぜい、カネ儲けがしたいとか、そんな程度のことでしかないのだろ?ほんとうに不思議な世界だよ。ここは。


何年か前とくらべると、今の僕はさほど、Fishmansを必要と感じてはいないかもしれない。とはいえ、とりあえずWeatherReportを聴くことにしようと今、思いついた。明日は東京地方に、大雨が降ることがないにしても、部屋の中に居続けて、まるで魚になった気分じゃないにしてもだ。明日、風が吹き続けて、紙ふぶきを撒き散らすことが、ないにしてもだ。


東京地方はきっと、この数日間で、今以上にきっと、ものすごく沢山のことを学ぶことになるだろう。その学習能力は、半端じゃないのだ。ほんとうに、とてつもなく学ぶ。結局、苦しみの中で何かを学んでいくのだ。呆れるくらい真正面から、苦しみの中を抜けてくるのだ。それしか進めない、要領の良い方法など無いということを、肌身に沁みて知っているからだ。合理性を捨てた気は無いが、あり合わせの合理性よりも苦しみを抜けてひとまとまりの成果を得る方の合理性を選ぶ。それが良い事だなんて一度たりとも思ったことは無いが、いままでも結局、そのようにしてひとつひとつ学んできたのだ。仕事もそうだし、人間関係とかもそうだし、それこそ文章を書くことだってそうではないか。マニュアルだのメソッドなどが役に立ったためしはなかった。何も書けない、何も書く事がないところから、無理やりに書くのを繰り返して、今もこうして書いているではないか。それを良い事だとも意味のある事だとも思わないし今後もそうは言わないが、でもそのようにしか進めないのだ。東京地方に青空が広がって、春なのに25度を越えていこうとするような時もあるだろう。そのときも、今も、そのようにしか進めないのだ。


坂中さん、どう。今日は上手く書けたかい?

2011-03-12

電車の床、光ってる


当然のことながら、金曜日の朝にはまだ、こんな恐ろしい事が起こるとはまったく思ってなかった。一昨日の朝はいい天気であった。そのことはおぼえている。「電車の床、光ってる」とその朝に書いたメモがあるから。朝の8時半くらい。東横線の各駅停車に乗って本を読んでいた。朝の、太陽の光が窓ガラスを通して車内に差込み、床全体が水面のように輝いていて本から目をはずすと眩しくて目が開けられないほどであった。何かが起こったら、死んでしまうかもしれない。というか、いつかは死んでしまう。しかし何かが起こるまでは、同じように生活するということ。もちろん対策や学習やら、色々とやれることはやるだろうが、基本は昨日までと同じように今日も明日もやるということが、世のため人のためということなのかもしれない。皆が「こんなことを続けていて…」と心のどこかで思っているのかもしれないが、しかしそれでも外面はいつもどおりの態度で粛々となすべきことをなす。それが社会貢献なのかもしれない。なので月曜になったらまた、電車に乗って通勤するのだ。それは自分のためでもあるし、世のため人のためでもあるのかもしれない。いやほんとうかね。よくわからない。でも昨日と同じように明日もやるのはおそらく間違いないと思われる。

2011-03-11

地震


足元が傾いて身体が揺らぐような感覚をおぼえて、あ、地震かもと思った直後、まるで巨大なハンマーがビルの外壁を猛烈な力でガンガンと叩き続けているような轟音に驚いて、それは巨大なシャッターが外枠からの力に軋んでいる音だとわかって衝撃を受けた。時計を見たら午後3時前だった。その後しばらくの間、激しい音とともに、船に乗っているような揺れがいつまでも続いた。ビルのエントランス部分のだだっ広い無機質な空間の真ん中で、周囲が猛烈に揺らぎ、軋み、唸りを上げるその一部始終を僕は一人でなすすべなく見ていた。そしてあと何秒か、あるいは何十秒かしたら、もしかするとこのままついに死ぬかも、と思った。死ぬか死なないかかは、この僕の中での判断を超えるところで決まるという事を自分に納得させようとして、激しい胸の高鳴りを抑えようとした。やがて揺れはおさまり、しばらくしてから非常階段を上りオフィスに戻った。しかし戻ってからも断続的に余震が続いた。それから二時間たっても状況は安定しなかった。携帯電話は呆れるほど何の役にも立たなかったが、アクセスさえ出来ればネットワークは強靭だった。頻繁な余震のたびごとに建物はまるで水に浮かぶ木の葉のごとく揺れた。


われわれ人間よりも遥かに巨大なとてつもない力がどこか遠くから、すさまじい轟音をともないやってきて、最初は下から断続的に突き上げる深い低音として床を揺るがし、やがてビルの周囲を取り囲んで、後はもう、建物や防御対策や人間がそれぞれ順番に個別に単体的に耐えられるか耐えられないかの、ただそれだけの事でしかなかった。しかしだからこそきっと何事もないと思いたかったし、何事かが起こりうるという可能性をうまく想像するのはやはり難しかった。そして僕は結果的にやはり、今までと同じように幸運だった。その後、何度か外の様子を見に行ったり待機したりしていて、結局午前四時過ぎに同僚3人揃ってタクシーで勤務地を出発。事務所を経由しつつ朝方電車と徒歩で家を目指し、僕は午前10時過ぎに帰宅した。帰って少し寝てその後はずっとテレビを見た。

2011-03-10

嵐のように


さっき忌野清志郎の曲をyoutubeで聴いてたら「嵐の夜に、自分の命を、守ることが、できたなら…」という歌詞だったことがわかった。僕はこの曲を17歳くらいのときから知ってるんだけど、でも今までずっと、詩を間違っておぼえていたことをさっき知った。。僕は今までずっと「嵐のように、自分の命を、守ることが、できたなら…」だと思っていたのだ。でも、僕の中ではそれでいい事にする。嵐のように、自分の命を守ることができたら。

2011-03-09

幸福の記憶


90年代前半から半ばにかけてのR&Bばかり聴いた。TLCのCrazysexycoolとか、Ooooooohhh...On The TLC Tipとか、702のNo Doubtとか、Totalの1stとか。昔の曲。ほかにも色々と持っていた筈だったが、みんな置いてきた。人の波を掻き分けてどうにか改札口を抜けて駅の階段に向かう途中で僕が思わずふーーっとため息をついたときに、たまたま白いコートの女性が階段を下りて改札へ向かって歩いてきた。その女性は僕とすれ違うちょうどそのとき、歩きながら自分の中で一番楽しかった頃のことを思い浮かべていた。それは昔の記憶だったが、そこ頃のことを思い出すたびに今でも楽しい気分になるので、それはある意味昔の記憶ではなくて今この場にいる彼女の幸福そのものでもあると思った。

2011-03-08

幽霊の小説


古谷利裕【「二つの入り口」が与えられたとせよ】を読む。非常に薄気味悪く、怖い小説。僕は正直、結構こういう怖さは苦手だったりする。しかしここにある薄気味悪さ、この禍々しさはかなり本物だという感じがする。本物の怖さに満ちていて、そして作品全体が異様に高密度で重厚である。ほんとうの幽霊の気配を感じる。僕はとりあえず一読して、この作品を幽霊についての小説だと思った。幽霊の尻尾を捕まえるためにかなり用意周到に巧妙に仕掛けられた罠、という感じにも思った。トラップに掛からないために自らもトラップと化す。目には目をの流儀で。幽霊というものを小説によってとらえるための、ある強烈な冒険が仕掛けられたその手に汗握る記録、というような、目くるめくプレイの、鮮やかな、ある種の爽快さのようなものも、ひょっとしたら感じなくもないかもしれない。…そして最後の淡い感動が何を意味するのかは自分にもよくわからないのだが、しかし結局何処にもいないのだが、そうであるがゆえに何処にでも偏在しているかのようでもある「私」のまなざしと、まるで最初からそうであったかのように夕陽の中を孤独に道を歩く「あなた」のラストシーンには。

2011-03-07

出勤


今日はもう適当に書いておしまい。書いてる時間もないし。もう寝ないと。しかし今日はは寒かった。朝は雪がびゅーびゅーふいてた。あれはたぶん雪だった。斜めの線だった。エスカレーターでずっと昇っている間、外の景色に斜めの白い線が走っているのをじっと見ていた。エスカレーターが昇れば昇るほど室温が高まってきて、着いたところの前にはコンビニがあって買い物が可能だ。僕はティーポイントカードは持ってない。それをたぶんいままでおそらく三百回くらい繰り返しているのに、なんどでも聞かれる。お箸はお付けしますか。エレベーターにのる。

2011-03-06

川沿い


子供の頃、マーちゃんとかっちゃんと僕でよく遊んだ。しかし三人で遊んでいるというよりも、いつもマーちゃんと僕が二人で遊んでいるのを、かっちゃんが見ているという感じだった。かっちゃんはものすごく臆病で、どんな遊びのときでも、不安そうに眉間のあたりに皺を寄せて、少し離れた場所からマーちゃんと僕の様子を伺うだけだった。大人が近くを通りかかっただけで激しく怯えて狼狽し、マーちゃんと僕に、まずいよ誰か来たよ来たから逃げようよ逃げようよと只事ではない勢いで激しく訴えかけるのだ。そしてその場で顔を歪めて泣くのだ。花火や爆竹などの大きな音の出るものも大の苦手で、火を付けてから大きな音が出るまでの数秒間はもう、この世の終りが来るみたいな感じで地面にうずくまって両耳を両手で必死にふさぎ、目を硬く瞑って歯を食いしばったまま、その音が鳴る瞬間の恐怖をひたすら耐えるのだ。僕はかっちゃんのそういう姿を見るといつも憂鬱さにつつまれて気が滅入った。


かっちゃんはそんな風に極度の臆病だったので、やがて僕やマーちゃんとは遊ばなくなってしまった。それからは、僕とマーちゃんとの二人でよく遊んだ。いつも川沿いに行った。薄曇りの灰色の空の下、川沿いの道の両脇は乾いた狐色のススキが生い茂っていて、茂みの奥に入ると雨でグズグズに崩れかけた大量のエロ本がかたまって置かれているのをよく見つけた。真っ白い肌のあられもない格好の裸の女の、雨の染みと紙の劣化にまみれて酷い匂いを発するページを指でつまんでめくると、次のページのほとんどの部位に蛆虫がびっしりとくっついていて、飛び上がって逃げたりした。


川の水面はいつも、限りなく黒に近いグレーで、水の流れる音がしていた。石に貼り付いた苔の色が少し緑色で、景色の中で色といったら、その苔の緑色とたまに捨てられているジュースの空き缶の表面に印刷されたすでにずいぶん汚れて錆びているパッケージの色くらいしかなかった。僕とマーちゃんは大体いつも、酷い泥濘の道を飛沫を跳ね上げながら自転車で走った。泥濘を自転車で走るのが好きだった。どれほど酷い泥濘でも自転車なら走っていけた。足元は汚れていないのに、乗っている自転車が猛烈に汚れて泥だらけになって、フェンダーの部分やチェーンやペダルの中心部位あたりまで完全に泥に染まった。自転車の下半分がほぼ完全に泥まみれになるほど汚れると、僕はいつもかすかに満足感を感じた。


古い車の残骸が雨ざらしのまま積み上げられている廃車置場まで行って、落ちているものを物色したりしていたが、しかしロクなものはなかった。実は目当てのものがあって、それは自転車の部品だった。マーちゃんは以前、この場所に積み重ねられてスクラップ同然の自転車の部品をひとつひとつ取っていき、それらを少しずつ組み合わせていって、最終的に一台の新しい自転車をまるごと作ってしまったのだ。そしてマーちゃんはその後しばらく、その自家製自転車に乗っていた。僕はその自転車に激しく惹かれた。あまりにもカッコよかった。その外観の、完全な寄せ集めの組み合わせという感触に、言葉にならないほどの興奮を感じた。僕もぜひああいうのを作りたいと思って、部品すべてを採取できなくても、一部が欠落していても、全然かまわないから、とにかく集めて組み合わせれば、自転車なので、自転車らしき何かになるはずなので、その事実にひたすら興奮させられていた。


しかしある日、僕が泥まみれのサドルやフレーム部分などを物色している間、マーちゃんが急に、あ。さべー、さべーーよさべーーよ。と言い出した。何かと思ったら、大人のおじさんが、こちらに向かって一直線に歩いてきたのだ。僕はその場に立って、しばらくじっとしていた。マーちゃんも逃げずにそこにいた。おい何やってんだよ、と言われて、自転車の部品がほしいんですけど、と多分、僕が言った。これダメだよ、もってっちゃダメなんだよ。おまえらこれ触っちゃダメなんだよ、といわれて、どうもすいませんといって、そのまま自転車にまたがって、そのおじさんに背を向け、僕とマーちゃんはそのまま自転車を漕いで再び泥濘の川沿いを二人で走った。しばらく無言のまま、自転車のペダルを漕ぎ続けていたのだが、しばらくしてから、あいつうるせーんだよ、とマーちゃんが言った。僕は、これで自分の改造自転車のことは、あきらめるしかないと思った。


マーちゃんとはその後もよく遊んだ。よく釣りをした。ヤマベとかフナとかを釣った。

2011-03-05

北千住二度目


2時間半は短い。倉持や雨本は、ちょっと時間を持て余したけど、それ以外のメンバーは終始無言で、凄い集中力だった。描いてる間は時間の経つのが早かったと皆が感じたらしい。


さっきからずっと見続けているが、見ても見ても、やはり三十分か一時間か、そのくらいも経たなければ、結局は何も見えないものだ。花や葉や茎の複雑な折り重なりあいをいくら見ても、最初はそれらをそれらとして見ることができない。漠然とした全部が塊として見えるだけで、それに対して探り探り手を動かし始めて、モチーフと、それを見る自分と、自分の手と、紙にあらわれてくる結果とを、面倒くさがらずに一つ一つ、最初の三十分で見渡して、読んでる自分の今日の体調というか、今日の相場、空模様、みたいな自分の中のコンディションを大体把握する。そこからやっと紙に描き始めて、その日にできること、その日に挑戦できそうなこと、やめといた方がいいことなどの、おおまかな判断をする。江頭なんかは、上手い絵を描きたいという。自分で、上手いとイメージを目指すことができるまで、学びたいのだと。今は目指してないが、知識はある。目指したい自分のイメージが自分の中にある。


花を描いていた南さんが「あ!花が開いてきた。」と言って、皆が「あ、ほんとだ。」と言って、花のすぐちかくでそのオレンジ色の花弁をしげしげと見た。花弁はたしかに、さっきよりもはっきりと開いていた。おそらく部屋が暖かいからだろう。というか、そうやってみんなのみている前で、その花は眼に見えるような速度で、なおも徐々に徐々に開いてる真っ最中なのだ。何か薄気味悪さすら漂っていた。「ちょっと!絵描いてるんだから動かないで!って言ってみたら?」と言って笑った。「そう言ってもしもピタッと停止されたらそれはそれで困るよね。」「言葉がわかるの?」

2011-03-04

週明けへ


坂中さん。今泉です。お疲れ様です。参考情報として下記ご連絡しておきます。


KBSDK-0056でご案内したKBCompressedSetResultですがvdDocで検索するといくつかサンプルもあるようです。下記はそれを動作させてみたものです。やってみると最後、確かにgetPressできるのですが、Collection-No.9を対象にしているから、お客さんがやりたがってる事とはたぶん、微妙に違うような気がします。


今泉さん。お疲れ様です、坂中です。文中にコメントしましたので、ご確認ください。

> > (回答)

> > getTranceメソッドでbaptismサーバーに接続するかどうかは

> > nodObjectの取得方法に依存いたします。また、所有者の情報を

> > 取得するための方法として、getTranceメソッド以外にご案内可能な

> > 手法はございません。

 ▲

 お問い合せの主旨が、getTranceメソッドを使うとbaptismと通信するから

 処理速度低下してる、という趣旨なのであれば、実際に接続しているか否かを明確にした答えが必要と思います。(getTrance:取得済みの情報をアプリ側に渡すメソッド?)

 ガイド(P.45:キャッシング)を参照する限りでは以下の内容がよいと思いますが、いかがでしょう。

nodObjectのgetTranceメソッドをご使用の場合、取得方法によりましてはbaptismサーバーへの通信が発生する場合がございます

> > データ取得のパフォーマンスを向上させるためには、

 ▲

 この文の必要性は判断できません。


全体的に少し顧客に対して突っ込みすぎの感があります。もう少し抑制を効かせて、冷静に実施すれば、マニュアル記載の範疇で充分にまとめられると思います。


坂中さん。今泉です。お疲れ様です。明日は予定休暇をいただきます。ご迷惑をおかけ致しますが何卒宜しくお願いいたします。


今泉さん。さかなかです。おつかれさまです。下記の件了解です。明日何処行くの?うらやましいねー。これが最後の休暇だと思って、まあせいぜいゆっくりしてきてください。


坂中さん。今泉です。お疲れ様です。行き先は内緒です。…まあ来週以降も、色々ありますけど何とかしましょう。僕がいない間に、そちらでなんとかしてくださいね(笑)。。期待してます!


お疲れ様です。崎元です。先日ご依頼いただいたマシン調達の件、手配完了しておりますのでご連絡いたします。


崎元さん。お疲れ様です。下記の件、了解しました。お手数かけました。ありがとう!!宜しくお願いします。


お疲れ様です。本日予定時刻に来られそうですか?念のため確認のご連絡をさせていただきました。お仕事中すいません!!


お疲れ様。予定通り着くと思います。


今、つきました。駅で待ってます。


すごい…寒すぎる。

2011-03-03

真冬の寒さ


今泉はさっき帰った。エレベーターのところですれ違った。今日の案件は坂中が受付した。神村にエスカレーションさせる方針でほんとうにいいのか明日今泉にもう一度確認してから午前中までに連絡させるつもり。小野里は今週いっぱい休み。長谷川は今日たぶんいたと思うけど一言も喋ってない。夜は面談だったみたい。僕は、ようやくさっき帰ってきたところ。明日も真冬の寒さらしい。疲れたしまあ、とりあえず今日は寝る。

2011-03-02

株式会社バプテスマ


今日、とても印象的な問い合わせ電話があった。


僕がモニタに向かっていて、僕の背後には今泉が立っていた。そのときは仕事の話をしていた。僕の仕事はソフトウェアサポートの窓口である。電話や電子メールでソフトウェアの使用方法や設定方法とか、不具合や疑問点や不明点など、様々な問い合わせがくるので、その内容を調べて回答を送るのだ。


その問合せを承った後で、昨日の出来事の一部が壊れた。処理が正常に流れないのだという。処理中のメッセージが出て、しばらくして、応答がありませんと出る。


午後四時を過ぎて、昨日の記録との不整合が次々と発生し始めた。僕は昨日、僕は昨日、僕は昨日、出社して、午前中は会議でした。


結局今日も、いつもと何も変わらなかった。僕は今日、いつものように出社した。僕は昨日の夜に検証サーバをアップデートして帰りました。僕は昨日、僕は昨日。


今日、ものすごくデジャヴだったと、二階フロアで電話対応している女の子がつぶやいていた。何がデジャヴだった?と聴いたら、今日問合せの電話の内容が、ぜったいに前に聴いた話だった。それで、話してる人も同じ人だったし、私も同じシチュエーションだった。とのこと。


今日から僕は母のことを私と呼ぶことにした。母のことをどう呼ぶのか?それは、自分の設定ファイルの値を皆がこっそりとある一時期のあるときに書き換える。「ママ」とか「お母さん」とか言ってたのに、ある日急に「母さん」とか「お袋」とかになる。


自分をどう呼ぶか?もそうだ。僕は、僕なのか、それとも私なのか、それともまた別の呼ばれ方で呼ばれるべきなのか。自分が自分の自意識を変更することで、自分が自分の自意識を制御している姿があからさまになるのは恥ずかしい。


僕は今、秋葉原にいる。僕は今、浅草橋にいる。僕は今、武蔵小杉にいる。僕は今。


今泉はいつも寡黙な男だ。そして今泉は、いつもの彼らしく、早くから覚悟を決めていた。自分もまた、同じ運命を辿る。いやむしろ自ら、その方向を選んで歩くことにしようと。そう決めて歩くことで、きっとそれを、彼自身とはまったく無関係な場所において、誰かが祝福するに違いない。むなしいほどあっけなく消え去っていくその有様を見ながら、今泉はこのとき、そのように決意したに違いない。


愛する人を失うのはとても寂しい。よく知っていたはずの時間をうしなうのは寂しい。


そのほかの登場人物が今、集まってきた。皆が、駅の向こう側に向かって歩いていく。

2011-03-01

真夜中・微熱


一昨日の夜から風邪っぽくなって、ぼんやりと体全体が薄い膜に包まれたようになって熱に浮かされているような状態のまま、その日は上手く寝付けない夜を過ごした。耳にイヤホンをして、目を瞑ってまぶたの裏の真っ暗闇を見ながら、Jim Hall In Berlinを聴く。真っ暗闇の中での、何も見えない中で演奏が始まる。ハイハットが刻まれる。ギターのストローク音、弦のはぜる音、弦の振動をマイクが拾って、拾いきれずにところどころ音が割れた感じの、箱鳴りの共鳴音だ。暗闇の中で、手探りのようにして、ギターとベースとドラムが、かろうじてそこに存在しているらしいことがわかる。決してエッジの効かないモコモコとした音。他の弦すべてが皆一様に唸っている。フレットを指が滑るときの音。がさがさと乾いた擦過音。弦ではなく箱と内包空間そのものの震えのような音。ふわっとした膨らみとして、あたりへ広がろうとする音。真っ暗闇の夜の中で、自分が今弾いてるギターの音を、誰かが聴いているかもしれないなんて、そんなことは夢にも思っていないかのような。楽器自体がそのままマイクになっているようなギターの、ほんの少し触れただけでも、その音はガサガサしたノイズとして増幅されてアンプから出力される。いや、それどころかまったく触れなくても、電化ギターは通電しているだけで臆病な犬のようにいつまでも低く唸り続けている。それを抑え込むのが仕事だ。唸り続ける楽器を意識でもって制御するのがギタリストの役目だ。ギターを抑えるのが仕事だ。それにしてもこうして布団に入ってじっとしていると、自分がゆっくりと回転しているような錯覚に見舞われる。布団ごとゆっくりと動いてすこしずつ頭が下になっていき、しかし完全にさかさまになる前になぜか元に戻っているような感じ。途中、何度か体温を計ってみたが、意外と平熱で、しかし身体はたしかに熱っぽくてしんどいのだが、なんでこんなに普通の体温なんだろうと不思議に思う。でも平熱だと知っただけで、なんとなく大した事ないような気にもなるし、逆に明日普通に会社行くんだという気にもなって、それが今更ながら、まあ俺も本当にご苦労なことだと自分に呆れる。考え事をしていると一瞬、今、音楽を聴いていることを忘れる。ああこれ、Jim Hall In Berlinか、と思う。しばらくして、再生を途中で停止して、そのまま少し眠ったらしい。朝起きたら、全部終わっていたようだ。最後まで聴いてたのだったか?もうまりおぼえてない。

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