真夜中・微熱


一昨日の夜から風邪っぽくなって、ぼんやりと体全体が薄い膜に包まれたようになって熱に浮かされているような状態のまま、その日は上手く寝付けない夜を過ごした。耳にイヤホンをして、目を瞑ってまぶたの裏の真っ暗闇を見ながら、Jim Hall In Berlinを聴く。真っ暗闇の中での、何も見えない中で演奏が始まる。ハイハットが刻まれる。ギターのストローク音、弦のはぜる音、弦の振動をマイクが拾って、拾いきれずにところどころ音が割れた感じの、箱鳴りの共鳴音だ。暗闇の中で、手探りのようにして、ギターとベースとドラムが、かろうじてそこに存在しているらしいことがわかる。決してエッジの効かないモコモコとした音。他の弦すべてが皆一様に唸っている。フレットを指が滑るときの音。がさがさと乾いた擦過音。弦ではなく箱と内包空間そのものの震えのような音。ふわっとした膨らみとして、あたりへ広がろうとする音。真っ暗闇の夜の中で、自分が今弾いてるギターの音を、誰かが聴いているかもしれないなんて、そんなことは夢にも思っていないかのような。楽器自体がそのままマイクになっているようなギターの、ほんの少し触れただけでも、その音はガサガサしたノイズとして増幅されてアンプから出力される。いや、それどころかまったく触れなくても、電化ギターは通電しているだけで臆病な犬のようにいつまでも低く唸り続けている。それを抑え込むのが仕事だ。唸り続ける楽器を意識でもって制御するのがギタリストの役目だ。ギターを抑えるのが仕事だ。それにしてもこうして布団に入ってじっとしていると、自分がゆっくりと回転しているような錯覚に見舞われる。布団ごとゆっくりと動いてすこしずつ頭が下になっていき、しかし完全にさかさまになる前になぜか元に戻っているような感じ。途中、何度か体温を計ってみたが、意外と平熱で、しかし身体はたしかに熱っぽくてしんどいのだが、なんでこんなに普通の体温なんだろうと不思議に思う。でも平熱だと知っただけで、なんとなく大した事ないような気にもなるし、逆に明日普通に会社行くんだという気にもなって、それが今更ながら、まあ俺も本当にご苦労なことだと自分に呆れる。考え事をしていると一瞬、今、音楽を聴いていることを忘れる。ああこれ、Jim Hall In Berlinか、と思う。しばらくして、再生を途中で停止して、そのまま少し眠ったらしい。朝起きたら、全部終わっていたようだ。最後まで聴いてたのだったか?もうまりおぼえてない。