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2011-11-30

暗闇


気が付くと、まだ芝生の上に寝そべったままだったのだ。


あたりはすっかり暗くなっていた。


濃紺の夜空に薄く雲が浮かんでいる。


全身が冷たい。


服全体が夜露を吸ってしっとりと垂れさがっていた。


首を持ち上げると、鬱蒼とした森が空と地面との境目を隠していた。


真っ暗闇の中を、僕は横たわっていた。だだっ広い公園の芝生の真ん中に寝そべっているのだ。昼過ぎからずっとそのままの格好で。


これほどの暗闇だと、広いも狭いもまるでわからない。暗闇が直に肌に触れている感じがする。空間の広がりは感じられない。狭い棺桶にすっぽりと囲われているようにも感じられる。風が吹いて木々が揺れる音がしても、やはり狭い棺桶の中から聞いているように思える。目を瞑っても、真暗だし、目を開けても、かなり真暗だ。この後、起き上がるべきかどうかさえ、判断に躊躇するほどだ。


暗い。真っ暗闇だ。何も、光っていない。暗い。自分が見えない。自分の両手や、足の先が見えないのだ。


自分は今ここにこうして、このまま立ち上がって、歩き出しても良いのかどうか、それもわからない。不安だ。歩き出したら、進行方向に何があるのか、よくわからない。というか、それよりも今、僕が横たわっている周辺に、いったい何があるのか、あるいは何もないのか、それすらわからない。


携帯とか財布とかその他の荷物とか、そういうのを僕は何も持ってなかったのだろうか。持ってたっけ?よくおぼえてない。このまま起きて、ここを立ち去っても良いのか。歩き出しても良いのか。立ち去るって、どこへ向かうのか。真暗で何も見えないのに、どっちの方向へ行くつもりなのか。


駅に方角に行くのだ。そりゃそうだ。でも駅はどっちか。駅がどっちかは、なんとなくわかるのだ。いや、間違ってるかもしれないけど。


最初から僕はここに、ずっと一人だったのだったろうか?なんとなく、誰かと一緒だった気もするのだが。でも今は一人だな。いや、一人なんだろうか?まさか、今もそばに誰かいるって事はないだろう。いたら、怖い。でも真暗で何も見えないから、何もわからないことはわからない。


誰かいるのか?いないだろう。いたとしたら、寝てるのか?でも寝息も何も聞こえないけど。声を出してみるか。でも今、自分が自分の声を発するっていうのは、相当やってはいけない事のような気がする。今、声はまずい。なぜなのかうまく言えない。でもとにかく今は、暗闇の中で、とにかく動く必要がある。とにかく動こう。本当に誰もいないだろうな。そうであってくれ。というか、今もし、そばに誰かいるのだとしたら、それは何故だ?そいつも、僕と一緒に、ここでずっと寝ていたのか?それで、まだこの辺で寝てるのか?だとしたらなんのために?


そんな筈は無い。そんな筈は無い。人の気配なんか全然ない。今ここには、自分以外の誰もいないはずだ。自分しかいないはずだ。そして暗闇だ。この暗闇には、いつまで経っても、目が慣れることはないのだろうか。いつまで経っても、暗闇のままだ。芝生の上にいることはわかる。空の濃紺に薄い雲が浮かんでいることだけはわかる。たぶん今、ここに僕は一人のはずだ。今、ここには僕以外、誰もいないはずだ。そうだ。それがおそらく現実だ。僕は今、ここに一人だ。


どうしようか、もう起きて立ち上がろうか。このまま寝てても良いのか。寝て、気が付いて朝になってたら、それはそれで良かったな。でも、もう眠るなんて無理だろう。このままずっと何時間もこうしているのは無理だな。じゃあやっぱり、起きるか。真っ暗闇だけど、立ち上がって、あてずっぽうに、歩き始めるのか。それはなんとなく、最悪の選択な気がするけどなあ。でも、なんで最悪な選択をわざわざ選ぼうとするのか。昔からだけどこういうときの自分って本当に謎だ。

2011-11-29

窒息


今日はなぜか、上を見るとそのまま息が止まってしまう人の話ばかり思い浮かべていた。


分厚い雲に覆われた空を見上げていると次第に呼吸困難になってしまう。これはまずいと思って、慌てて近くのベンチに腰掛けて、ふーっと一息つく。危なかった、もう少しで窒息するところだった。とりあえずあたりをきょろきょろ見回して、しばらくそのまま身体を休める。おだやかな風がゆっくりと流れている。


その場に寝そべって、上を見る。上は、空だ。分厚い雲に覆われた空。寝そべって空を見上げたら、もう終わりだ。全身が一気に弛緩して、胸の鼓動だけが早鐘のように波打つ。


公園の芝生に、寝そべったまま、ぐるりと見渡す。分厚い雲に覆われた空。真っ白な雲。視界すべてが分厚い雲に包まれている。白い空が一様に広がっていて自分を包み込んでいて、圧迫感で息が苦しい。背中が下から芝生に圧されている。空が上から身体全体を圧迫する。


呼吸がうまくいかなくなり、顔がうっ血して目の周りが温かくなってくる。心臓の鼓動がはやくなって、胸が膨らんでくる。身体全体がいっぱいになってくる。


気道を確保する。身を縮めて横を向いた。冷たくて新鮮な空気が、どっと体内に流れ込んできた。脈拍が下がり、腕や足に血液が行きわたっていくのを感じた。視界が元に戻った。隣になぜか橋東の彼女がいた。

2011-11-28

ビーチボーイズの不思議


なぜこれほどコーラスがすごいのか?

なぜこれほど素晴らしい曲を書けるのか?

なぜこれほど素晴らしいアレンジができるのか?

なぜこれほど素晴らしいライブ演奏ができるのか?


ビーチボーイズのライブ盤での歌と演奏の上手さにはほんとうに驚く。今まで色々なロックバンドのライブ盤を聴いてきたけど、ビーチボーイズは比較を絶してすごいと思う。所謂ソウル系のグループとかコーラス系のグループなら、まだ話はわかるのだが、ビーチボーイズはあくまでもバンドである。すごいバンド然とした演奏で、しかしあのコーラスでハモられるとマジで気が遠くなってしまう。smileとかpet soundsの素晴らしさもたしかにビーチボーイズの魅力だが、今の僕は断然「Beach Boys '69」(1970)ならびに「In Concert」(1973)の二枚をもって、ビーチボーイズの凄さはこれに尽きると言い張りたい。


あと、私が選ぶビーチボーイズ・ベスト・セレクションを作ってみました。曲目は以下のとおりです。これはもう、素晴らしいラインナップです。


 1. Walk On By (20/20)

 2. Friends (Friends)

 3. Please Let Me Wonder (Today!)

 4. California Girls (In Concert)

 5. Aren't You Glad (Wild Honey)

 6. Girls On The Beach (All Summer Long)

 7. Be With Me (20/20)

 8. Wendy (All Summer Long)

 9. Anna Lee, The Healer (Friends)

10. Here She Comes (Carl & The Passions)

11. I'm So Young (Today!)

12. Little Bird (Friends)

13. Graduation Day (Studio Version) (Summer Days (And Summer Nights!!))

14. Surf’s Up 1967 (Solo version) (The SMiLE Sessions)

15. The Warmth Of The Sun (Shut Down Volume 2)

16. Be Here In The Morning (Friends)

17. Darlin' (In Concert)

18. Keep An Eye On Summer (Shut Down Volume 2)


やはり僕は、アルバムでは「Friends」が好きなのだ。じつに好きです。で「PetSounds」や「smile」から一曲も入ってこない。なるほどそういう傾向なんだなと感じる。まあ「smile」なんかは一曲だけ抜きだして聴いてもしょうがないし、というのもある。


それにしてもビーチボーイズの曲は、並べ方によっていくらでもいい感じになるので、マイセレクションを作ってると楽しくて楽しくて、いくらでも時間が過ぎてしまいます。

2011-11-27

面白くない


面白いと思う方向にどんどん進みたいと思っている。面白さがもっとも大切だ。自分が面白く、他人も面白い。家でのことなら僕も妻も面白い。その状態がいちばん大切である。


目的をもって何かを成し遂げるとか、モノを作るとか、かたちあるものを残すとか、そういうのはべつに、そんなに重要な事ではないじゃないかと思う。それよりもよっぽど大事なことは、とにかく、みんな面白いということについて、考えているという事である。


逆に言うと、何かを作るにしても、その面白い、を、それ抜きでできるようなものではないのである。


作るというのは、募金のようなものかもしれない。あるいは、お賽銭のようなものかもしれない。お賽銭と言っても、自分の願いをかなえて下さいというお賽銭ではなく、自分以外の何かへのために宛てもなく投げ込まれるようなお賽銭のことだ。そんなお賽銭は無いのか?無くてもいいや。有ることにしよう。皆が救われますように、とか、自分を許してくれて、自分を救ってくれて、いくら感謝してもし切れない、だからどうか皆に、自分と同じような幸福が訪れますように、と言って投げ込まれるお賽銭。ウチの息子が大学に合格しますように、とか、自分はかまわないから、自分以外の全員をお救い下さいとか、そういう祈りはどうか。


自分も他人も関係なく、ただ今、このとき全体をどうかこのまま幸いなものとして下さい、という祈り。作るということ。なぜそういう風に思うのか?というと、自分がかつて得体の知れない不思議な力でぐっと別の、もっと素晴らしく見晴らしの良い心地の良い、明快で染み渡るように爽快な空気が肌を刺すような場所に、有無を言わざず移動させられた経験があるからだ。その経験を願わくば自分以外の人々にも伝えたいからである。


経験を伝える。経験させるのではなく、経験した実感を伝える、ということか。僕も実は経験したわけではなく、経験の生々しい実感を聞いただけなのだろうか。もしかしたら、そうなのかもしれない。この現実世界に、実は、奇跡も魔法も起こった事実は無い。しかし、だとしても、経験の生々しい実感を聞いた驚きが、現実的な奇跡や魔法でなくてもかまわないではないか。


面白いということ。大げさかもしれないがキリストならおそらく愛と呼ぶような状態のことであろう。それを目指すのではなくそれが常にあるような状態。逆に、それが失われている、すなわち面白くない、と思われる状態を、今までもこれからも注意深くかつ徹底的に拒むべきだ。そのためにたえず新鮮な気持ちで呼吸を続けようとしているのだ。


僕は妻と二人で暮らしていながら、基本的にはそれをもっとも大事だと思っている。面白いということ。


面白さというものの難しさは、捉え方の難しさにある。そうすべきだ、やるべき事はそれだけだ、などと力を込めて思うときもあり、そういう思いでいつも、その方向に進む過程においては、ぐっと黙って集中するようになって、現にそうしてしまうのだが、そういう集中の在りかたというか、やり方というか、気持ちの運び方というか、それにも良し悪しのところがある。


面白さのためには、苦労も必要である。面白さと同じだけの情報量を得るために、全身全霊で自分の中のリソースを総動員して、あたらしいものを取り入れようと頑張る。それを苦労と呼ぶ。


苦労それ自体は、面白さではない。むしろ面白さから一時的に離れてしまうようなことである。そのやり方というのは、どうしても一つか二つあっても、自分だけで同時には出来ないし、人の手を借りられるたぐいのことでもないので、一個選ぶかあるいは順々に試すしかないので、やってみて、始まったらひたすら一方的に力を込め続けてしまって、後で振り返ってみて、なんだかゆとりのない、つまらないことをしてしまったと後悔することもある。あまり洒落もわからなそうな顔でひたすら黙りこくっているのはつまらない。それはたしかにそうだ。妻に申し訳なかったと後で謝るようなことにもなりかねない。なので、常におおらかでゆったりとした構えを初期状態の姿勢にしたいと思っている。


また、苦労の報酬について、どう考えるのか。けちけちと苦労の報酬を換算するのはとてもつまらない。見返りを求める態度は恥ずかしい。もっと鷹揚に構えていたほうがかっこいい。でも、まったく報酬を求めないのも良くない。自分のやったことに対して、きちんと自分に請求しないとダメだ。これは大人として、ちゃんとやらないと駄目なのだ。自分がこれだけやりました。じゃあ、どのくらい成果があったの?それを自分に聞いてみる。自分に厳しくあたるというのはそういうことだ。成果が上がらないからやめてしまえとは言わない。しかし、漫然と今に甘んじていてはダメでしょ?と自分が自分に忠告できないと、いつまで経っても誰も何も言ってくれないのだ。そこはちゃんと、自分で気付くように。


あとは、ある種の思慮というのか、気遣いというのか、慮りというものも大切にしたい。伝わって嬉しいとか、そういうものではなく、むしろ気付かれない。なにごとも無かったかのように、静かだけど、それで初めて価値がある、というか、いや、価値という言葉が元来そぐわないような、打ち水のようにさっと撒かれてあとは蒸発するだけの、でもそれがない環境というのは、もうそれは環境じゃないのだ。だからみんなでそれぞれ大事にしようよ、ということでもある。


何の話だったかというと、だから面白いのが一番大事という事で、さっき妻と話していて、今年ももう終わりだし、この一年どうでしたか?と聞いて、どうでしたか?と聞かれて、そう聞き返されてもとくに、何もこたえたくないような感じだったので、とりあえず今年ももう終わりと言いながら、まだあと1ヵ月はあるのだから、まだまとまらないか、とも思ったのだが、それでも何かあったか、何もなかったかということよりも、面白かったか?今は面白いか?の方がよっぽど大事だとこれを書き始める前に思っていた。


でも今日とかもそうだけど、最近の僕はどうもケチ臭いというか、みみっちいというか、自分がセコイ感じがする。なんだか、うつわが小さくて、我ながらダサい感じなのだ。なんか、それはどうなんだろうなあ…と、ここ数日、薄っすら自己嫌悪的な気分が続いている。

2011-11-26

川越


空は晴れていたが寒かった。冬らしい日だった。午後から川越在住の知人宅にお邪魔していた。西日で部屋全体が赤く染まり始めた頃まで歓談。


百億円くらいなら、まだどうにでもなるんだから、とにかく早いところ、次は誰がマカオに行くのかを、推薦でも公募でもいいから社内で速やかに調整して、流れが途切れないうちに早めに送り込まないと。こういうのは本当にスピードが命。その意見には僕も賛成。今躊躇したらすべては水の泡。資金が尽きた訳でもないし全然悲観するタイミングじゃない。なんだったらウチからも少しは援助できると思うので、必要に応じて連絡するようにと、知人はすでに声を掛けているそうだ。弱気が一番の敵。こういうときこそ、まわりのみんなもできるだけ応援するなりして協力すべきだと思う。


説明を聞いて、そのたびに該当の箇所を本で確認して、言及された部分の録音を聴いてみる。それでまた説明を聞いて、また本で確認して、また録音を聴いてみる。


『しなやかに動く左手のコード、主音はこの付加パートを通じて響くのだが、それを元にエヴァンスはインスピレーションを働かせたので、歌う傾向がさらに強められた。彼の軽く触るような左手の動きは主音を和らげ、小節間のゆっくりとしたテンポの隙間も、主音が鳴り続けるように響かせた。問題の音色の場合は、ほとんど聴き取れないようなミドル・コードが演奏された。限りなく繊細なタッチにより、問題のハーモニーは明示的というよりは暗示的に演奏されたが、主音とハーモニー音に近似的に使用された音は、これ以上ないほど完璧だった。

 最終的にスコット・ラファロの豊かなベース音がクッションの役割となり、音が完成された。音自体が歌っていたのだ。(「ビル・エヴァンス-ジャズ・ピアニストの肖像-」)』

2011-11-25

さんま


会社の帰り、どこかで何か食べて帰ろうかと思って、途中下車なら横浜か、中目黒か、銀座か、上野か…とか、いろいろ考えたが結局、面倒くさくなって帰ることにした。さんまでも買うかと思って、駅前のスーパーに行ったら、さんまなんて全然売ってない。あれー?いつも、さんまなんか、やたらといっぱいあるじゃんと思って、仕方がないから向かいのもう一軒のスーパーにも行ったら、そこにもさんまはない。あれー?こんなに、さんまがないこともあるのか、しかも僕がさんまでも買うかと思った日に限ってだ!なんだかあたまに来るなあぁ、と思ったが、怒ってもしょうがない。そこでアジの開きを買った。


ピアノってやっぱり弾いたことのある人が聴くのとない人が聴くのとでは全然違うのだろう。右手がこうやってるときに、左手が何をしてるか、みたいなところの想像力において、たぶん全然違うのだろう。


よくあるものバカテク系の、ほとんどギターの、弾いてるんだか叩いてんだかこすってんだか、わかんないような、打楽器と弦楽器の中間みたいな弾きかたで、ものすごいガサガサしたノイズの中から無理やりリズムと戦慄を立ち上げてくるようなスタイルのギタリストがいるけど、ああいうのをすごいテクニックだと思ってしまうのも、過去ギターを弾いたことがあって、ギターを弾いた経験のある人に限られるのでは?とも思わないでもない。まあ、楽器というのはそのように音が出る、そのような音は出ない、の合間を揺れ動くような、その狭間で軋むような扱われ方をされるときに、もっとも楽器本来の仕事をするようなものであるので、奇怪な演奏方法というのはある意味、楽器の扱い方としては、聴き手の経験の有無に関わらず、本来の説得力は、あるにはあるのだが。でもとくにギターとピアノの音楽というのはとくに、それを聴くのは、楽器そのものを触ったことがあるかというのが結構大きく影響するように思う。


ギターはでも実に手軽に、というか実にあっさりと、音を増幅させられるしトレモロ用の棒でテンションを強引に変えられたりガリガリと擦られたりボディを叩かれたり、かなり自由に扱われやすい楽器だが、ピアノはそうでもない。プリペアド・ピアノがそんなに人に知られているわけではないし、何よりもピアノにそういうことをする(異物を挿入したり叩いたり…)のが、なんだか憚られるというか抵抗を強く感じる。ピアノは高級品、みたいなイメージのせいかもしれないが。でも、叩けばいいってものではないのだけど、色々とひと通りやってから音楽を聴いた方が色々とよくわかるというのは絶対にそう。だから下手の横好きで何でも手を出すほうがいい。


昨日からチョコラBBの錠剤を飲んでいる。チョコラはドリンクは今回まったく効き目なしだった。あと果物をできるだけたくさん食べるようにする。自分のビタミンくらい自分で守ればかものよと言われたので、そのように心がけていく。とにかく口内炎予防。あと肌荒れ予防だ。もう若くないから、自分でケアしないといけないのだ。

2011-11-24

初見


通勤急行渋谷行きの中で「ビル・エヴァンス-ジャズ・ピアニストの肖像-」を読んでいる。分厚くて重い本なので、片手で吊革に掴まり、その腕の上に本を乗せて、もう片方の手で本の片側を抑える。こうしていると本自体の重さは吊革に掴まった腕に掛かるので少しは楽である。


ビル・エヴァンスがピアノを始めたのは六歳半からだそうだ。習い始めて間もなく、譜面を初見で読めるようになり「何が目の前に置かれても簡単に演奏できるようになった。この才能は後に伝説的に語られることになる。家には膨大な楽譜があり、マーチ、ポルカ、歌曲、クラシックのなかから無作為に次々と楽譜を引き出しては、自分の好みに合う曲を選び出していった。

 初見で演奏する能力について説明するのは難しい。生まれつきの才能には個人差があり、滲透性により獲得され、健全な好奇心によって生まれる。きちんと読める者は途中の不備を解決し、フレーズの最後までなんとしてでも到達したい願いにかられる。だから、譜面が読める人々は『練習』という概念を、完璧さへの仕上げに必要な一部分であるにも関わらず、なぜ重要なのかと疑う。エヴァンスは大学の教授たちをセット・スケールやアルペジオの不完全な解釈でいらだたせた。そういった練習方法は若い芸術家の興味を惹かないものだ。確かに彼はよく演奏はした---幼少時代には毎日三時間かそれ以上---しかし、普通とは違う集中の仕方だった。彼曰く、『私が学んだことはすべて、自分が力を生み出す根源となっているように感じながら学んだ。ピアノを楽器として見たことは一回もなく、私にとっては音楽への門口だった』。(中略)後に幼少時代を振り返って、ピアノが重要な位置を占めていたことをエヴァンスは述べている。『初めてピアノを演奏することをどんなに大切と思っていたのかを知ったのは、十歳位に、木登りをして手首を折ってしまった時だった。その時ピアノを演奏できないことを自分が悲しんでいると初めて知ったんだ。一種変わった啓示の受け方だと思う。それまでは当たり前だと思ってたんだ』。」

2011-11-23

シンプル


ビル・エヴァンスは「自分がよくわかっていないものを演奏するよりも、シンプルな演奏をすることを好んだ」。また「今やジャズの素材としてのポピュラー・ソングやブルースはタネ切れになった観がある」との言葉に「僕はそうは思わない」と切りかえした。


自分がよくわかっていないものを演奏する方が、スリリングだし、探求的で、未来へ開かれているような気がする。自分にもよくわからない何かに取り組むことで、何か得体の知れない力を掴み出す契機になる。それはおそらくそのとおりだろう。


しかしここでビル・エヴァンスが言ってることは「自分がよくわかっていないもの」と言葉でいうとき、その言葉の枠でラッピングしてしまったものがすでに「シンプルじゃない」というような意味なのではないかとも思う。


自分がよくわかってないものに取り組んで、それを演奏するということが、音楽とは別の、ひとつの約束になってしまうことをおそれる。それは実際のところ「自分が最初からよくわかっているもの」を演奏し続ける事に驚くほど近づいてしまいかねない危険があるのではないか。


「自分がよくわかっていないもの」と、あらかじめラッピングしてしまった時点で、ポピュラー・ソングやブルースを「ジャズの素材」「タネ」と考える事と変わらない。そうではなく、よりシンプルに始めるということだ。そういえばビル・エヴァンスの演奏や、あのインタープレイは「自分がよくわかっていないもの」を演奏しているようにも「変わったことをやっている」ようにも感じられない。要するに、こう言ってよければ、全然「前衛的」な感じがしない。単に聴いてるだけでは、何かすごいのか、よくわからないのだ。


ちなみにビル・エヴァンスは、クラシック演奏をするピアニストのように繊細なタッチで、はじめてジャズを演奏した、と言う事はできるだろう。あとビーチボーイズは、フォー・フレッシュメンのような素晴らしいコーラスを、ロックバンドのワイルドでグルーヴィなビートにはじめて乗せた、と言う事もできるだろう。


ところで、身体が不調。とは言っても全然大した事ない。口内炎と足の痛み。


口内炎は毎度毎度、しょっちゅう出来るので、もう口の中に口内炎があるときの方が多いくらいかもしれない。しかし先週くらいから舌の先に出来たやつは、ここ数年で経験したヤツの中でも飛び抜けて強烈な痛みをともなうもので、本当に痛くて、痛みで頭がぼんやりしてくるほどだ。日常生活にかなりの支障をきたしており、じわじわと消耗させられている。過去経験した口内炎被害の中でもおそらく最大規模と言って過言ではない。記念に台風みたいに名前を付けるか。


あと、足も痛い。先週末からだ。歩くと痛いのだ。あーもう…ほんとうに嫌になるのですけど、うちみとか捻挫とか、そういう感じの痛み。歩き始めがすごく痛くて、片足を負傷した人みたいな歩き方になってしまうのだが、五分もすると痛みが和らいできて、しばらくすると忘れてしまうくらいになる。でもまた立ち止まったりして、しばらくして再び歩くと、痛みも復活していて、また痛いという事のくりかえし。


でも今日はかなり回復して来た感じがする。痛みが薄らいで来た。良かった。明日の朝がまたどうかによる。


ちなみにビル・エヴァンスって、ウェールズ系アメリカ人の父親とスラヴ人の母親とのハーフなんですってね。

2011-11-21

Lady Madonna


低血圧なので朝はいつも朦朧として登校する。今日も満員電車の中でうとうとしていた。満員電車の中で、人と人のあいだに押しつぶされながら眠っているなんて、小学生時代の僕が今の僕を見たら、なんと思うだろうか。僕もずいぶん、落ちてしまったものだと思った。学校でも半分ぼやけた頭で、座っているのにほとんど意識はない状態。去年付けられたあだ名が「スリーピー」で、たぶん今年も似たようなあだ名が付く可能性は高い。とにかく見るとほとんど寝ていると黒沢君から言われてしまった。


今日も予備校に行った。若宮君からビートルズのヘイ・ジュードを借りた。やはりレディ・マドンナは素敵な曲だと感じた。あんな風にピアノが弾けたら、どんなにいいだろう。聴いてるだけで本当に幸せな気分になる。長谷川さんにも聴かせたい。いや、むしろ長谷川さんがきっとレディ・マドンナなのだろう。(…って。)


Lady Madonnaは、いまあらためて聴いてもほんとうに素晴らしい。ポールマッカートニーお得意の、ピアノのイントロで曲の印象を完全に定着させ、聴く者の心をがっちりと掴んで、あとは適度に洗練されてて、適度に粗野で、すべてが好ましい配置で、最後までもっていく。まさに完璧という感じがする。完璧なのに、じつに簡素で、当たり前のような曲であるところがすごいのだ。


ちなみに最近、一番頭の中に鳴ってる曲はビーチボーイズのSurf's Upで、今までさんざん聴いたにも関わらず、また性懲りもなく聴いてしまう。これは、ほんとうにうつくしい曲だけど、でもこういう音楽をやってるバンドには絶対できないような曲が、たとえばLady Madonnaではないか。(いや、60年代後半以降のビーチボーイズも勿論とてつもなく素晴らしく、それはよくわかっているのだが。だがしかし。)

2011-11-19

89


高校三年生の頃の九月に、自然肺気胸という病気にかかって半月ばかり入院していた。


入院生活は安静にして治癒を待つだけのことで何の苦痛も面倒も無い。静かで清潔でたいへん快適だった。このままいつまでもこうしていたいと思ったものだ。ベッドの上ではほとんどの時間、本を読んでいた。


看護士は若い女性が多く、忙しそうに立ち働き、たまにこちらにも話しかけてくる女性たちを身体を横たえたままただぼんやりと見ていた。看護士から、気にかけてもらえていると思うと心が浮き立つように嬉しく、無視されたり人並みかそれ以下のの扱いに感じたりすると、まるで大きな打撃を受けたように傷つき落ち込んだ。


看護士のなかでもとりわけうつくしいと思われる、名前を佐々野という女性がいて、その女性が病室に来るのを楽しみにしていた。しかし実際にベッド脇に来られると、僕は酷く緊張してしまい、焦ってぎこちない態度を取ったりするのが常であった。


あるとき、見舞いに来てくれた母の知人で割烹料理人の男性が、お見舞い品ということで、白身魚を捌いて持ってきてくださった。お見舞い品が刺身というのもすごい話だが、とくに食事制限があるわけでもないので僕はそれをおいしくいただいた。


そうしたら、その日の夜から酷い腹痛にみまわれ、トイレで嘔吐した。食中毒である。入院中に食中毒にかかる人も珍しいと思うが、かかったのだからしょうがない。とにかく死にそうになった。意識が朦朧とした。そこが病院でよかったというのかなんというか、今自分が掛かってる病気とは違う症状でこんなに苦しんでることに不条理と笑いを感じながら激しい気分の悪さに苦しんでいた。ふと気付くと、佐々野さんが立っているのが見えて、僕の腕にアルコールを塗り、「少し痛いですよ。」と言って、暖かい手で患部を抑え、冷たい止血帯を巻きつけ、そのまま速やかに注射針を刺した。今でもおぼえているが、この注射は相当痛かった。たぶん普通の注射ではないのだと思うが、目が見開かれ口が歪むのを抑えられないくらい激しい痛みである。食中毒の苦しみと注射の痛みと佐々野さんの手の感触が混ざり合った、限りなく恍惚に近い意識混迷状態に陥った。注射後、身体は劇的にラクになって、そのまま眠った。


大変だったのはその事件の夜くらいで、後はおおむね何事もない日々だった。ドストエフスキー罪と罰とか、太宰治の中期のものとか、大江健三郎の初期のものを読んだ。入院当初、満員だった四人部屋は、月の下旬頃には僕一人となってしまった。皆、退院したり移動してしまったのだ。誰もいなくなった病室で、ある日僕は窓から外の景色を見ていた。病室は三階にあり、下の駐車場を見下ろしていると、佐々野さんがいた。仕事が終わって帰るところらしく、いつもの白衣ではなく、普段着で、小さな赤ちゃんを抱いていた。あ、結婚してるのか、と思って、けっこうびっくりした。


そのときの、夕方から夜に向かう時間の空は少しずつ色合いを変え始めていて、見ている目の前でゆっくりと駐車場を照らす照明が点灯しはじめた。僕はそのとき、そういったさまざまな出来事すべてを、いま天の視点から見下ろすことができているような気がした。昨日退院した隣のベッドにいた小学生の子は、今頃見下ろしている下の地面のどこかで普通に暮らしていて、それと同時に、佐々野さんも赤ちゃんを抱いて自分の家に帰ろうとしていて、それぞれの世界とぞれぞれの時間がすべて遠いところで水が流れるように進んでいくのを感じた。バスが来て、何人かの人がバスに乗り込んで、そのバスが行ってしまってからは、またさらに、全然別の違う車が、行ったり来たりしていた。


その日の夜はいつもよりも静かで寂しく、病院に自分ひとりしかいない様な感じがした。もし佐々野さんが夜勤であってくれたら、僕は佐々野さんが見回りに来る十二時までは起きていようとしただろうが。僕の描いた絵を一度見てもらえば良かったとも思っていた。しかしその頃僕は自信をもって人に見せられるような絵など一枚だって描いてなかったようにも思うのだが。


僕には生きる目的がないとも思った。孤独を誇りに思ってさえいた僕だが、しかしふとしたときに大きな空しさに包まれたものだ。しかし結局、こうしてそのときの気分を書き記しておくのを、続けることだけは続けようとは思った。


十月からはまた学校へ通う日々が戻ってきた。そしてまたいつもの日常を繰り返している。

2011-11-18

97


Jeff Millsをいま聴いている。Our Man From Havana 1997年に出たのだそうだ。そうかこれが、1997年にね。なんか当時は、そういうことに全く気付かなかったよ。1997年なんて、何を聴いてたのか。たぶんPavementのBrighten The Corners とかを聴いてた。97年といえば、これだろ、みたいに思うが、どうなんだろうか。ほんとうに、97年だけは、Pavementが好きだったよ。まじで。そう。あとは何だろうか。97年って…。何があったんだろうか。おぉ、いまはSteampit EPです。Automaticと、Ride The Rythmの流れです。なんか、あまりにも素晴らしいので、97年がどうとか、そういうことなど、どうでも良くなる。でも逆にこれが97年だなんて、という驚きはやっぱりあって、97年の自分に届けたくなる気持ちは否めない。97年の自分にとってこれはあまりにも豊穣なとてつもないものだろうなということも感じる。あ、いま気付いたというか、今確かめたら、Steampit EPにThe Bellsは入ってなかったThe BellsはKat Moda EP ですね。そう、しかし、Jeff Millsのこの、ラテン趣味というか、tango憧憬というか、ブエノスアイレス24時的な趣味性って、これはいったい何なのか。ラテンアメリカ歌謡の浸食性のすごさって、あるよなあと思う。tangoというリズムのこわさ。やばさ。Calypso High、Cubango…。



1997年、石が溶けた年か。イタリアの、カラーラでね。大理石ね。もうずいぶんおおむかし。でもまだこのあいだのことのようでもあるな。


ビリヤードして、面白かったじゃない。またやろうよ。またみんなで。次回は家の奥さんも混ぜてまた。

2011-11-17

盛り上がってきた


毎日眠い。最近は電車に乗ることを想像しただけで眠くなる。とにかく絶対に、今月か来月中に一日休む!ビーチボーイズのライブ盤InConcert最高に素晴らしい。週末は図書館に行くかも!髪は切らないで伸ばすかも。伸ばしてどうするのか。やっぱり髪きりに行くかも。唇や指先がぼろぼろと朽ちて剥離がひどい。チョコラBBを飲まないともうもたないかも。明日の朝の途中で今読んでる本が終わるから、そのあとは何を読むか考えないと!明日の夜は会社の子たちとごはん。だから明日は帰ったらすぐ寝るから、明日の日記はおやすみ。明後日から本気出す。本気で食事する場所を考えよう。ブックマークしたことの意味を必死に思い出そう。とりあえず休みをとる!!結局、前よりも忙しくなってきた。ぜんぜん働いてる。思う壺だ。あと何かほかに買うものなんかなかったけ?平日は本屋にも薬局にも寄れないから何も買えないのだ。朝は最近は、ずいぶん寒くなりました。帰りはそうでもないんですけどね。夜、外灯に照らされた道を歩いていると頭上の紅葉した桜の葉が光りに浮かび上がっていてまことに綺麗である。

2011-11-15

Winterland


今日はなぜか、インターネットにつながらない。IPならつながるけど、名前解決ができないのだ。DNS自体にPINGは飛ぶのだが。自宅でこんな状態、はじめてのことだ。まあ、明日になったら直っててくれると良いのだが。。


ジミヘンのWinterlandでのライブがCD四枚組のオフィシャル盤としてリリースされた。今日それが届いていて、今一枚目を聴いている。Winterlandは旧来の一枚盤(現在廃盤)を二十年も前にさんざん聴いていたが、それ以降まったく聴いてなかったので、ひさびさにクリアな音質でじっくり聴いたら、さぞかし新鮮に聴こえるだろうと期待していたのだが、内容は期待通りではあるものの、新鮮さはまったく感じなかった。つい先月あたりまで聴いてたかのように、あぁそうそう、こういう感じ、としか思わないのだから不思議だ。なんか別に、記憶というものにとって、十年とか二十年とか、そういう物理的時間の単位はあまり意味がないのかもしれない。忘れてしまうものは数分で忘れてしまうし、忘れないものは百年経っても忘れないようなものなのかもしれない。

2011-11-14

夜の樹


色々と読んでいるが全部途中だ。今はカポーティ「夜の樹」という短編集を読んでいる。電車に乗って、窓の外を見ながらしばらくぼーっとして、五分か十分もしてからようやく鞄から本を取り出して、しおりを挟んでいたところを開いて、それからまた、しばらくぼーっと活字を見ていて、そのうち読み始めている。かなりいい感じだ。たとえば下記に引用したようなところ。こういう感じがたくさんあって、ものすごくいい。からだが季節や気候の感触や環境について感じていることのあらわしかたが、簡素であっさりとしていながらも鋭敏で素晴らしい。


ヴィンセントは画廊の電気を消した。外に出てドアに鍵をかけると、品のいいパナマ帽のつばを直し、傘の先で舗道をかたかた鳴らしながら、三番街のほうへ歩き出した。その日は明け方から空は暗く、いまにも雨が降り出しそうだった。厚い雲が空をおおい、夕方五時の太陽をさえぎっていた。しかし、あたりはむし暑く、熱帯の霧のように湿っぽい。灰色の七月の通りには、くぐもった不思議な人声がさまざまに響き合い、低い音になって聞えてきて、人をいらだたせる。ヴィンセントは海のなかを歩いているような気分になった。五十七丁目を通って市内を循環するバスは、腹が緑色の魚のように見えるし、人々の顔は波のあいだを漂う仮面のようにぼんやりと現れては左右に揺れる。「無頭の鷹」新潮文庫118頁

2011-11-13

肺活性


それなりに何か書いたというような自分の内側の感触というのか、予感というのか、そういうのがあっても、ブログにあげてしまえばひとまずそれで終わってしまって、その後何日かして読み返しても、少なくとも自分としては、たしかにまあまあ少しは面白くなくはないと思うにせよ、そういうこと以前に、読んだものの出来合いの感じが強くて、すでに可塑性ゼロの、もはやそれを今以上に手が入らない感じに思えてしまうのが、どうにもつまらない。最近はそう思う事がよくある。こんな事ならまだもっと、自分の手元に置いておいた方が良かったなあと思うことが多くなった。ほんとうなら一ヶ月でも二ヶ月でも自分だけの暗い場所でこねくり回してないと駄目なのだろう。同じ失敗でも、腰が引けて失敗するのとやりすぎて失敗するのではやはり意味が違って、今は画面上の絵の具が完全にどろどろに混ざりきってしまってどうしようもなくなって失敗するみたいな感触をなつかしく思う。ブログも何年もやってると一日の単位で刻むリズムパターンがあまりにも身に付き過ぎてしまって、これがある意味じつに良くない作用をもたらす。でも手元に置いておくと、それはそれでまた、何日も経ってしまって、当時の感触を忘れたまま腐らせてしまうこともままある。失敗にすら至らない途中経過が手元に山積みという状態。そっちの方がまだ地球環境にはやさしいのかもしれないが、まあいずれにせよ、なかなか難しいのところだ。要するに何を大事と思っているのかということでもあるが、やはりブログを書くなんていうのは、結局は完全な孤独状態ではないぶん、そのつもりはなくても知らず知らずのうちに今いる水の温度に慣れてしまうのだろう。そうして持久力というか潜水状態を維持できるだけの肺活量が衰えてしまうのかもしれない。そこを自覚して、今の状態のままその部分を強化しないといけない。

2011-11-11

雨上がり


旅館で、夫婦で揃って温泉行くじゃん。そのときいっつも鍵どうする?男の人ってお風呂早いから、家のダンナもちゃっちゃと洗ってすぐ出てきちゃうんだけど、だから早いと思って、部屋の鍵持っててって、ダンナに預ける?そう。ダンナに預けとくでしょ?だよね?でもそうすると、私もそうだけどダンナも意外と結構長くて、私の方が早く出ちゃうみたいな。それでやだどうしようみたいな、最近ってそういう感じ多くありません?やっぱ歳?男の人もお風呂長くなってさあ。もうやだまだ入ってるのー?お風呂長くなって、やれやれ、ふー、みたいな感じで、けっこう思ったよりも長く入ってるのよね。でしょ?そうそう。だから歳だよね。年取ると長いのよ男もお風呂。


終電で最寄り駅に着いて、夜風がとても気持ち良いのは酔っているせいもあるだろうけど、程好く冷えた気温と、雨上がりの濡れた路面が外灯やネオンを反射して全面ぬらりとした艶で光っているのの上を歩いていることの気分の良さでもあったろう。


公園のとおりを歩きながら上を見上げて、外灯に背後から照らされた桜の木が、いきなり咲いているように見えたのだが、よくみると葉が七割か八割がた、紅葉していて、その色で、そう思い違ったのだった。こうして書くとまるで嘘のような、そんな見間違うか?という感じかもしれないが、一瞬ほんとうに、花が咲いているように見えたのだ。金髪に染めてきたと思ったら白髪だった、みたいな間違いだ。酔ってるからそう思ったのでは?とも言えるかもしれないが、仮にそうだとしても、これを書いてる今も酔っているのだから、それが酔っていたかどうかは現時点ではわからない。というか、酔っているときに見たものを酔っているときに書いているのだから、条件式としては整合するわけだ。

2011-11-10

三、四分


やっぱり今日は書くのはあきらめよう。そして寝よう。あきらめが肝心だ。過ぎ行く夜を惜しむのはもうやめよう。そう思ったら、少し気持ちが、楽になった。


さっきまで寝ていた。さっき起きて、部屋が散らかっていたので片付けて、風呂に入った。お風呂は気持ちが良くて、さっぱりするね。お湯に身体を浸けているのは本当に快適だ。まあいいか。それで身体を拭いて、着替えて、ビールを飲んで、今ここでこうしているのだ。で、さすがにもう寝ようかと思っているのだ。もうよかろう、そう思っている。


今!!さっき見ていた夢を急に今思い出したのだ!ふいに、浮かび上がってきた。いいかい今から、そのことを書くぞ。街中に僕がいるのだ。雑踏の中、横断歩道の途中かな。


だめだ。また忘れた。わかんなくなってしまった。曲が最後の曲になるまで粘っていただけ。あと三分か四分。でも三、四分ってけっこう長い。よく思うけど。

2011-11-09

SMILE


ビーチボーイズの「smile」について何日か前に「あまりよくわからない」と書いたが、そう書いているとき、あぁ、今そう書いていながら、僕はおそらく明日から、書いたことと反対の方向に引っ張られていくだろうと感じた。


で、予想通りここ最近は「smile」のことばかり考えている。考えているというか、ひたすら聴いている。ブライアン・ウィルソンの「smile」を何度繰り返し聴いたことか。さらにビーチボーイズ名義の「smile」も。これは「The SMiLE Sessions」2011年に出たらしい外盤である。実はあと十日ほどすれば、「smile」の新しいパッケージが出るらしいのだが、僕が聴いてるのはそれではないし、新しいものとどう違うのかもよくわからない。しかし、なんというか、やはり「smile」はすごい。圧倒される。ブライアン・ウィルソン版ではヴォーカルに物足りなさを感じ、ビーチボーイズ名義版では全体的な流れの流麗さに欠けるところに物足りなさを感じる。だからその双方をひたすら聴く。


とはいえ、どちらにしても、実際に聴いているとちょっとイメージが「細切れ」過ぎやしないか?とも思う。各楽曲が互いが侵食し合うような、曲タイトルは割り当てられているものの実際には壮大なシンフォニー形式になっていて、その楽曲間の相互参照度合いが神経症的にものすごくて、これらを断片から作り上げていくというのを想像しただけで気が遠くなりもするが、でもこれは若干観念的すぎ、内省的すぎかなー?という思いも禁じえないのだ。でもまあ、そこが良いというのか何というのか、何しろ聴いてしまう。始めから聴き始めて、最後まで聴かないわけにはいかないのだ。そういう求心力はものすごい。


「smile」とは結局、未完成品の寄せ集めをリスナーがノスタルジーや妄想で補ってるだけの極めて不健全なシロモノだ、という話もある。確かにそのとおりかもしれない。しかしこの「そうであったかもしれない」「そうでなかったかもしれない」の狭間を揺れ動くような楽曲群の連なりは、やはり抗いがたい魅力を認めないわけにはいかない。


しかし、四十年近く前に、ある一青年が頭に思い浮かべてレコーディングを重ね、やがて断念して放棄した音楽的イメージを、その後おおまかな形だけでも良いからなんとか再現しようと、世界中のあらゆる人々がこれほどまでに躍起になって残された音源と想像力組み合わせの謎に嵌っていて、遂にはその本人が自分名義で解答とも言うべきアルバムを2004年にリリースしていて、その後にも関わらず、それに納得できない人も多数いて、なおも謎は深まるばかりな情況というのは、なんというか、個人から表出される表現活動という営為に対して、人々が思いを募らせる甘い幻想のような、かつて存在しえたはずの、このうえなくうつくしい音楽というまるで天国のようなものの、耳に聞こえない幽霊への郷愁とでもいうような感じにも思われる。

2011-11-07

ドア


「今どこですか?」

「中目黒です。」

「まあ、どちらに行くんですか?」

「帰る途中です。もう電車に乗らないと。」わざとぶっきらぼうに言った。

「そうですか、いいなあ…。」少しの沈黙。何か言いあぐねているような様子。

こちらから話した。「あと三十分もすれば着くので、また連絡しますよ。」

「そうですか。わかりました。ではまた後ほど。」

「はい。すいません。また後で。」電話を切った。


発車間際の電車に飛び乗った。

ドアが閉まったので、その脇に立った。すぐにうとうとし始めた。

はっと気付いたら、もう日比谷駅に着いていた。

慌てて荷物を持ち直して、どたばたと電車を降りた。


店はほとんど暇だったが、たまに忙しかった。

店のドアを開けて「おはようございます」と挨拶する。

木の床を踏むたびに、ぎしっと軋む音がする。


「おはよう!」と言う。


「暇だー…」

と言うか、

「今日も暇だよ!!」

と言うか、

「ちょっとトイレ行ってきます!」

と言って、走って出て行ってしまうか。


「あー、今日も暇だよ!!」

と吐き捨てるように言った。


うんうんと頷く。


バイトの身分では、店は暇な方が嬉しい。

タバコを吸ってレコードを聴いてぼーっとしてれば良いのだ。

あるいは常連客がカウンターに来て、それでだらだら喋って時間が過ぎていけばそれもまた良かった。


玉ねぎをみじん切りにした。窓の外が夜になった。看板の電気の光が庇の裏を照らした。


寒くなったね、という声が聞こえた。

2011-11-06

A.O.R.


店の中は薄暗い。そしてバスの車内みたいに奥へ細長く伸びた空間である。右手にカウンターがあって、左手に窓があって、窓際に貼りつくような感じで二人がけのテーブルが手前と奥に並んでいる。窓側から光が差し込んでいる。カウンターの椅子とテーブルの隙間は人が通り抜けるのも大変なほど狭い。


手前の二人掛けの席に座る。座った視点から店内をあらためて見回す。白い壁と黒い木製家具で統一された渋い内装だが、かなり年月が経っているようで、白い壁はくすんでベージュに変色している。照明は少なく、店内のいくつかの箇所にある電球照明が間接的にその一帯を照らしているだけであとはほとんんど窓から入ってくる自然光だけである。カウンターの上には皿やグラスなどの食器類が積み重ねてあるが、自然光に照らされているのでモノの陰影が深く感じられる。


座っている自分の視線の先の上の方にスピーカーがある。店内に比して大きめスピーカーだ。壁付け用の形ではなく天井と壁の境の部分に取り付けられた棚状の土台の上に乗っている。もう片方はどこにあるのかと思ったら、丁度自分の頭の上よりもやや後方にあった。


カウンターの向こうで、何か大きな鍋の蓋が開けられたらしく、湯気が盛大に立ち昇った。流しにお湯の流される音がして、もくもくと湯気が上がり続ける。カウンター側の頬のあたりに、かすかな熱気さえ感じられる。何か仕込んでいるのか、鶏ガラベースの、煮詰めたスープのような香りが店内にひろがった。


この店ではレコードがかかるようだ。針がのるボツっという音がスピーカーから聞こえた。しばらくパチッ、パチッ…と、盤の傷をレコード針が拾うときの小さく爆ぜたような音が聞こえ、やがて曲が始まった。結構いい音。音がでかい。なんとも「イナたい」感じのイントロ。絵に描いたようなAORだ。でもなかなかいい感じ。


レコードジャケットがカウンター脇にある真鍮性の出っ張りのところに置かれた。Ned Dohenyの"Life After Romance"だって。タイトルもジャケもすごいな。今かかってる曲は「Whatcha Gonna Do For Me?」チャカ・カーンがやってたヤツか。ドラムのゆったりしたズンタンズンタンに包まれて、心地よさとうんざりな気分が混ざり合う。


次の曲「Love's A Heartache」でいよいよ本格的に嫌になってくる。こういう音楽を録音するってどういう気分なんだろうか。まさに、寂しい曲。文字通り、寂しい気持ちにさせる曲だ。寂しさへの感情移入ではなく、その曲の寂しさが移るというような意味での。でも、うまく言えないが、それでもさほど悪くはないと感じている自分でもあるのだが、これは何とも、どうにも表現のしようがない気分だ。このサビ部分のダサさとか、ほんとうにすごい。でもそうやってわざわざことさらに言うほどのものでもないのだ。言うに値しないのだ。全然、内側からちからで圧してくる音楽ではない。良いとか悪いとか言ってる僕がお門違いなのだ。


まな板の上を叩く包丁の音。たんたんたんたんたんたんたんたんとリズミカルに聞こえる。何かステンレスの容器がカチャカチャとぶつかり合って、ガサガサとビニールのようなポリエチレンのような袋同士の擦れ合う音がして、やがて冷蔵庫の扉らしきものがばたんと閉じられる音。


三曲目「'Till Kingdom Come」これも相当なもの。しかし、なんてダサい曲だ。ベタベタに感傷的で角のまったくないファミレスみたいなアレンジ。無神経なシンセの音。夕暮れ時に砂浜でサーフボードを磨くアロハシャツの男の写真の、あのジャケットそのままの曲。化学調味料でできたような曲だ。


四曲目「Follow Your Heart」


あ、終わった。四曲目でA面が終わったみたい。レコードの針がぬーっと中心に向かって動いていくときの音がして、プツッ、プツッ、とノイズがして、やがてボツッ、っと針の上がる音がした。続けてB面もかけるのか。他がいいな。あ、ジャケットを取ったからこれでおしまいのようだ。さて次は何をかけるのか。

2011-11-05

The Beach Boys


このところビーチボーイズを集中的に聴いている。ビーチボーイズのアルバムはほとんどが2in1でCDに収められていて、しかも外盤屋なら1000円くらいで売ってるのでとても買いやすい。


ビーチボーイズは、僕がうまれてはじめて聴いた洋楽と言っても良い。中学1年か2年のとき、ベスト盤を繰り返し聴いた。当時は、Good Vibrationsという曲の良さがよくわからなかった。そのわからなさの感じは今もよくおぼえていて、ということはつまり今もよくわかってないのかもしれないのだが、しかしその複雑な気持ちのままGood Vibrationsという曲は何回でも聴いてしまうところはある。聴けば聴くほどハマる。


ビーチボーイズを真剣に聴きだすと、感じられる全体的な印象としては「混沌」という感じだ。メロディとコーラスと効果音と曲構成の、もしかするとこうでもあったかもしれないし、別のかたちであったかもしれないという、その不確定な中に溺れているような気分に包まれる。


「All Summer Long」というアルバムが一枚を通じてとても素晴らしいというのはよくわかる。とても安心して聴けて、曲の良さをそのまま享受できる。「Today !」や「Summer Days」もそんな感じで、とても楽しく聴ける。この時期のバラードの素晴らしさはあまりにもうつくしくて、ほとんど恍惚状態。


「Friends」はほんとうに好き。このアルバムが当時ほとんど無視されて低評価だったと言うの信じられない話だ。これはアルバムという単位できっとしばらくの間、何度も聴き続ける事になるだろう。


「Beach Boys '69 (Live In London)」とんでもなく素晴らしいライブ盤。ライブのスリルとスピード感と荒っぽさと繊細さのバランスが感動的でものすごく興奮させられた。演奏も上手くて厚みもある。こういうライブもっとないのかな。


「Smiley Smile」たしかにそれほど良いとは思えない。でもGood Vibrations。この曲の不思議さ。出だしの異様な緊張感というか、静謐さはすごい。というかこのアルバム全体は、Good Vibrationsという曲について考えるためのアルバムなのかもしれないとさえ思った。もちろんアルバムの制作情況として、そういう事ではない、というのはわかっているが、他の曲がふにゃふにゃなので、まるでGood Vibrationsという曲の効果音がアルバム全体にあふれてしまったというか、Good Vibrationsという曲自体のまがまがしいような謎の一部がどろっとはみ出ているというか、なんというか…そんな勝手なイメージを思い浮かべながら聴いたりもした。。ちなみに僕はブライアン・ウィルソンの苦しみとか本来の「smile」の素晴らしさ、みたいな話が、あまりよくわからなくて、というかブライアン・ウィルソンの「smile」は2004年の発売当時に聴いてもいるのだが、それはそれとして、今僕がとりつかれているビーチボーイズへの関心と興味はそことは少しずれていて、今のところは僕にとってGood Vibrationsという曲が「smile」という確固としたアルバムの中に明確に位置づけられて輝いてくれてなくてもあまり構わないというか、そうであったはずのイメージを思い浮かべてなくて、むしろGood Vibrationsという曲の、曲としての妙な感じとか、どこに位置づけられているのかよくわからない宙ぶらりんで不安定な感じに、惹かれているかもしれない。とくにCDにはボーナストラックでほとんどセッションテイクのような別ヴァージョンもあって、より混迷な印象が強くなるので。


「Wild Honey」これもすごく好き。いわゆるカール・ウィルソンR&B路線、僕はすごく好きだ。こういうガサツでありながら荒々しい仕上がりの野暮な作品だけがもつ魅力ってものがあるよなあとつくづく思う。きれいに仕上げられた"名作"にはない味わい。そう言えるのはたぶん僕が、にわかファンのようなもので、本来のブライアン的なビーチボーイズらしさにそれほど執着がないからでもあるだろうが。


他にもいろいろ聴いているが、まだ引き続き聴く。

2011-11-03

モダンアート、アメリカン


乃木坂の国立新美術館でモダン・アート,アメリカン−珠玉のフィリップス・コレクションを観る。


最後の方の部屋で有名な人たちが出てくるまでは一部を除いてかなり地味な(というか、単に自分がよくしらない画家の)作品が並ぶ展覧会だが、それがかえって面白かった。19世紀のアメリカに美術なんて存在したのか、などとひどいことを思ってしまったが、当然存在していたに決まっている。アメリカは1865年の南北戦争終結後に経済発展と文化活動の活発化があって、美術館などもその時期以降に出来ていくので、その時点で過去を振り返ってアーカイブされた歴史ということになるわけだ。


作品は前半の19世紀から第二次大戦後くらいまでは、目を見張るようなものはほとんどない印象。アーサー・G・ダヴという人の絵がちょっと面白いくらい。ホイッスラーって、アメリカの画家だったのか。。オキーフはたしかに何かの空気をはらんでいるのはわかるし、形も色も面白いが、しかしこの感じは、アメリカの画家の共通する質感だなあと思う。ルフィーノ・タマヨはもっと良い作品がある気がする。というかタマヨという画家を20年ぶりくらいに思い出した。


などと思いながら観ていき、やがてキュビズムの影響があらわれ始めたあたりと、抽象表現主義前夜の、スチュアート・デイビスやミルトン・エイヴリーやカール・クノスの作品が出てくるあたりで、俄然、胸がわくわくし始める。何か新しいことがはじまる期待感と希望がすごい。ここまででこの展覧会は充分に幸福。このまま残りの部屋に大した作品が一枚も展示されてなかったとしても不満はないと思った。この期待に満ちた空気だけで、何か大きな何物かを皆で待望している予感だけで充分。


アメリカで、マティスの仕事とかキュビズムとかを、なぜこれほど見事に発展させることができたのだろうかと思った。それはアメリカという場が、たまたまそれにとても適した環境だったということなのか。それまではフォーク的だったりリアリズムだったり中途半端なシュールだったり、すごく中途半端なのがアメリカ美術という感じなのだが、モダニズムを途中から引き継いでいく過程は、それまでの雰囲気がいったい何だったのか?と言いたくなるくらい豹変する。この過程のものすごさは本当に謎だ。


で、最後の部屋もやはりなかなか良かった。フランツ・クライン、ロバート・マザウェル、クリフォード・スティル、ヘレン・フランケンサラー、フィリップ・ガストン、リチャード・ディーベンコーンなど。僕は、スティルの本物を観たのはもしかしたらはじめてだろうか?想像してた感じと少し違う感じだった。僕にとってスティルは、なぜかナビ派ゴーギャン、それからニコラ・ド・スタールと同じ系譜でつながっている画家なのだが。。まあ勝手な妄想なのだが、スティルはもっと乾いた感じだと思っていたのだが…。でも見れただけでも良かった。本物を観ないとやはり全然わからないものだ。ディーベンコーンも実にひさびさに本物を観た。こんなにあらあらしいものだったか、と驚いた。ディーベンコーンももっと良いのは無数にあるだろうな。いつか、まとまった点数が観れたら幸せだろう。

2011-11-02

ギター


公園で、芝生の上に寝転んで過ごすなんて馬鹿じゃないだろうかと思っていた。


しかし、女と付き合うと、する事がなくなるから、公園に行くのだった。


やる事も無いし、金もないと、公園に行くしかない。


実家で、親がうるさくて気が塞がるのだそうだ。そう言ってた。


でも都内にも出たがらなかった。


たぶん半年くらい付き合ったはずだが、そのあいだ一度も都内にでてない。


すかいらーくが好きで、そこにずっといた。


結局ぜんぶ元に戻った。いや、元より無くしたのだった。


銀行に行って…


駅前で、パチンコ屋の二階の。


高田馬場から早稲田に行く途中の店でギターを買ったのはもう七年前だ。日本信販の月々の払い込み用紙が分厚い束になってるのをもらった。


月に一万いくらずつ十回払いで払わないといけないのだ。


でも、必要なものならしょうがない。


部屋を一週間も掃除しないと、何もかもが埃に包まれていく。本もレコードもギターもだ。


ギターは、やっと自分のしっくり来るギターを手に入れることができたので嬉しかった。車にたとえると、安くて下品な、行き当たりばったりで部品を追加した改造車みたいな、妙なギターだったが、これはこれで気に入った。


大体、いつもメンテナンスをしておくという習性がなかった。


機械やモノをいとおしく思う気持ちも、無いわけではなかったのだが、結局、一週間も掃除しない部屋では、気付くとすべてに、埃がつもっているのだ。いつもそのことを思い出した。製品カタログに載ってる光沢にあこがれる気持ちは最初からなかった。


だから買ったギターは部屋に置かれて一週間で、埃をかぶっていたのだ。しかし、埃をかぶっていながらも、そのギターには、常に電源が入っていたのである。


むしろ毎日弾いているのだ。埃まみれで、寒くて乾燥した部屋で、ざらざらとした床に座って、ティッシュで鼻をかみながら、ひたすらギターを弾く。ほかにする事も無いのだ。弾いてるというか、電源を入れて、弾いたり、弾かなかったりしている。ギターというのは、電源を入れてさえいれば、弾いても弾かなくても、音は出ているのである。弦の響きをアンプが増幅させて、うわーーんという残響が鳴り続けているのを、ずっと聴いているのだ。


友達の友達で、高校のとき同じ学年で西校舎のクラスにいたという、でもたぶん一度も会った事の無い、青山のマンションに家族で住んでいる誰か知らないよその人の家に友達と二人でギターを背負って行って、その人の部屋で、フェンダーのプレリヴァーブのアンプに持参したシールドを突っ込んで、勝手にパワーをオンにした。スピーカーは、錆びと埃にまみれたシールドを突っ込まれて、ものすごいノイズを出し始める。


ノイズばかりでかくて、ギターアンプというよりは大音量のトランシーバーみたいになる。「普段から掃除してないからこうなる…」友人が顔をしかめてつぶやく。弾き始めると、猛烈なノイズの奥から、旋律がかすかに聴こえてくる。全然インプットレベルが低い。シールドが腐ってるのかも。音をでかくしたくても、マスターボリュームをこれ以上あげるとすごいハウリングしてしまうのだ。これじゃあ演奏にならないじゃない。でも後でまあ、いいんじゃないと言って、そのあとお母さんのような人が部屋に来て、みんなで背中を丸めてケーキを食べて紅茶を飲んだ。


ギターには常に、電源を入れておくようにしていた。通電しているスピーカーのコーン紙の周りに、静電気で棒立ちになった埃の繊維が、まるでムーミンに出てくるニョロニョロみたいにびっしりと仁王立ちしていたのでライターを何度も着火させて一々すべて焼き殺した。その後で、タバコをすった。

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