Hatena::ブログ(Diary)

R.S.N

about
カレンダー
2006 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 |
過去の記事一覧
Bookmark
日記の検索

カウンター
 | 

2015-01-31

一日、家でごろごろしてるだけ。風邪が治らないからしょうがない。朝起きた時点で、昨日とくらべて悪化してないので、ということはこのまま快方へ向かうということだと思って、心軽く過ごしていたのに、午後になっても体調が変わらない。こういうのははじめてだ。良くなるか悪くなるかのどちらかだと思っていたのに、中途半端にだるいような、熱っぽいような、身体の節々が軋むような感じのまま、時間が過ぎていくだけである。これって発症とも言えないだろうけど、健康体とも言えない。でも、普段の通り行動するのは、しんどい。つまり進行が遅い。まったくなさけないありさまであるなあ。


ヘンリー・ミラー「マルーシの巨像」。ギリシャの、パトラスの港に船が着くあたり。今日一日で心がわくわくと動いたのは、この箇所を読んだときだけ。アンゲロプロスの映画に出てくるような、ああいう船着場。適当な店があって、オープンテラスの席に、旅客がぐったりと坐っていて、遠景には、海と白い空が境界線をぼんやりと滲ませているような…。(おそらくアンゲロプロスの視点には、ちょうどヘンリー・ミラーが見た景色や年代前後への郷愁が含まれるのだと思うが。)

山腹に突き刺さった矢のような形をした大きな岬へと、船はまっすぐ突き進む。波止場には、電灯がいくつも紐に吊り下げられていて、日本的な雰囲気を醸し出している。ギリシャの港はどこでも、即席にしつらえられたような照明が吊り下げられているので、それが何となく、祭りが近いような印象を与えるのである。港に入ると、小さな舟がいくつか出迎えに来る。

2015-01-30

有給休暇を取得したのに、今日はこんな雪だし、一人で家にいただけ。雪の中そそくさと出掛けて昼から一杯呑もうかしら?などというもくろみの気持ちも、無いわけではなかったが、やはりこんな日にわざわざ一人で出かけて飯を食い酒を飲むというのは、なんだかはしたなく、こういう天候の下であるなら、もうおとなしくしていましょうと単純に結論するのがただしいように思われてあきらめた。。


それでも、やっぱりつまらないのでふてくされたような気分で家にあった即席麺で適当な昼食をとったあとで、ノートPCを膝に乗せて、コタツに足だけ入れて、電気ストーブをすぐ脇に持ってきて、快適に感じられるポジションを探す。部屋は寒く、しかしお湯を沸かすとそれだけで、エアコンやストーブなんかよりもかなり早く部屋全体が温まり、しかし窓ガラスの内側はものすごく濡れる。


寒さを我慢して一瞬だけと思って窓を開けベランダに出てみると、外なのに無音状態の静寂が支配していて、無数の白い粒が線上を移動するかのように、まったく律儀な様子で、したすら地面に向かって斜めに落ち続けている。家々の屋根はもうすっかり厚みと膨らみをもった白い面になってしまって、車の通り過ぎたあとの黒々とした路面との強いコントラストになって、風景ぜんたいが、ほぼ白と黒の落差だけになりつつある。下の方から、アスファルトの上をシャベルか何かで引っ掻く音が聴こえてくるが、寒いので部屋に戻り、窓を閉めてカーテンは開けっ放しにしておくと、部屋がさっきよりも冷えたので結露がじょじょになくなってきてガラスに区切られた視界が透明になってきて、薄曇の空のわりには明るい反射光が部屋全体に入ってくる。雪の日に家にいるなら、そういうことである。


最近未読の溜まっていたウェブの色々な文章を読んでいて、その後で本の続きを読むつもりだったのだが、ウェブをひと通り見終わったらもう夕方になってしまった。D'AngeloのBlack Messiahを繰り返し聴く。買って初めて聴いたとき、まあ、こんなものだろうなあと思って、しかし結局その後、飽きずに毎日聴いている状態。なんとなく、アルバム全体、収録時間が短いような、始めから終りまですぐに聴けてしまう感じに思って、でも55分あるから、他と較べて極端に短いというわけでもないのだが、印象としては40分くらいに感じられる。それにしても、やはり唯一無比だし、理屈抜きで普通にいい。


そうして、一日ほとんどおとなしくしていたのだが、ちょっとやっぱり風邪引いた感がある。今週始めから怪しかったのだけれども、ついにか。。

2015-01-29

ことばの詰まってる、ことばのことばの、という感じの、アクセントだけがパンパンと、過剰にわかりやすく、まるでかわいく、そういうところがまた、次第にせりあがってくるように、出汁の灰汁をとって、沸き立つもののあぶくを見て、それでふわーっと、白く電気点けて、蛍光灯の。天井が真っ白に真四角に、文庫本の積み重なりがどよんと。黒人音楽のドラムがさっきから。どっどっと。

2015-01-28

癌になったり戦争になったりしないようになるべく気をつけて生きていきたい。身体をやみくもにこわすことのないよう、なるべく注意していきたい。でも酒を飲んだり、何か食べたりするのも、身体に与えているだけなんだけどね。でもあとは、他人とのふれあいの部分もあるのか。身体を通じて、アクセスするわけである。一人旅は、精神を病むらしい。旅行なら大勢で楽しくわいわいがやがやと行った方がいい。一人が好きな人でも、上手いことバランスをとって、たまにはわいわいがやがやを少し摂取した方がいいようだ。ずっと一人だと、なかなかそれは厳しい。

2015-01-26

自由席でいいやと思って、買った切符を改札に入れて、発車時間を見たら二、三分後にひかり何号だかが出発なので、それに乗った。僕の記憶では、新幹線のひかりは東京名古屋間をノンストップで行くやつだったのだが、それはもう何十年も前の話であることに乗ってから気付いた。少なくとも、のぞみ登場後はもっと頻繁に、浜松やら静岡やら、ちょこちょこと停まるようなやつになってしまったらしい。十分後ののぞみに乗るのが正解で、予想よりも三十分遅く名古屋に着くことになる。しかたがないから車内販売の缶ビールを買って飲む。缶ビール。BeerCan。あんまり高くないな。日比谷野外音楽堂の前で買た缶ビールが四百円とか五百円とかしたのをなぜか唐突に思い出して、そんなものかと思ったら、二百幾らだった。いや、もう、そういうことをすぐ忘れてしまう。あー、結局、こんなものを飲むしかないのだ。まあ、そんなもんか。新幹線っていうのは、いつもそうだけど、とくに最近は、ただ坐ってるだけ。つまんない。会社のミーティングスペースみたいな、何の特徴もない殺風景な、ある意味すごい安普請な感じのする場所だ。名古屋に着いてから、近鉄特急に乗り替えるのだけど、乗ってるだけなら、近鉄の方がよっぽど快適である。まさに、旅行気分というか、それこそ色々、駅弁だのサンドイッチだの酒だの菓子だの買いたくなるような、これから楽しい田舎に行くのだ的な高揚した気持ちになる。新幹線よりも、空いてて自由だし。でもまた、缶ビールを飲む。ビールばっかりだ。こんなにビールばっかり飲むことは最近あまりなかったけど、なんか休みっぽい気分になるな。でもさっきからなんでこんなに飲んでいるのか。これから倒れて入院してる父親に会うんだけどな。

2015-01-25

二年半ぶりに三重県志摩市へ。入院した父親と面会する。その後、色々と面倒を見てくれた親戚のSの家にお邪魔する。今までもこれからも、お世話になりっ放しで平身低頭の体だが、すいませんすいませんばかり言ってても何もならないし、とにかく久しぶりということもあり、色々と話した。昔からの知り合いであり、話せばいくらでも話せるような相手で、でもこんなに話をしたのも、いったい何年ぶりだろうかというほど。僕の父親というのは、ある意味「寅さん」的な色合いがあり、もちろん現実にああいう人間がいるというのは、周囲からしたら、本来ならあらゆる意味で痛ましく厳しいことであって、しかし身内として、あえて勘違いや妄想でもかまわないような、もしや何がしかの我々だけに許された希望とか喜びもあるのかもしれず、しかしいずれにせよ、その相当キツイ部分の方への対処を、このSは、本来なら実の息子である僕が担うべき立場であるのに、それにかわって今までもずっとその厄介さを担ってくれているというのがあって、でもそれは彼が優しくて献身的であるということでもあるけど、それをしてくれるのは彼にとっても、ある思いというか、自分なりの考えがあるのだというのがあって、そういうところをけっこうしっかりと話すことができて、会えて良かったと思った。ご家族の皆さんとも久しぶりに会って、久しぶりにゆっくりと話す。夕食をご馳走になって、その日は泊めてもらう。Sのこの家は、父方の親戚の中で僕にとってはもっとも思い出の残る家で、子供の頃は夏休みになるたびに休み期間中のほぼすべてをこの家で過ごしており、僕にとっての夏休みとはすなわちこの家で過ごし、SやSの兄たちとともに周辺の海に行ったり駄菓子屋だの魚市場だの釣具屋だのプラモデル屋だのに行ったりすることだったのだが、今こうして、この家の布団で眠るというのはおそらく、この自分の生涯のうち、始めの方と終わりの方で、みたいな言い方をしても大げさにならないかもしれないくらいに、そのくらい久しぶりのことなのであった。もちろん当時と今では、家の中の感じがずいぶん変わっているのはあたりまえのことで、昔は家主である爺さんと、Sの父親と母親、Sを含めて三人の男兄弟がいて、夏休みになれば、僕の家族すなわち父親母親と僕と妹が行って、広い家なので部屋数も多くて全員寝泊りできた。爺さんはたしか僕が小学一年くらいのときに亡くなり、Sの父親も僕やSが中学生くらいのときに早くに亡くなって、その後、時は経ち、兄弟の上二人は既にどちらも東京に家庭をもっていて、母上と共にこの家に残ったSが、結婚してこの家に家族で暮らしていて、奥さんと三人の子供たちがいて、上の子は中学三年女、真ん中が六年生男、下の子は小学校一年生女。だからここにはもはや僕が子供の頃にみた何かはほぼ無く、見ようと思えば見られるだろうが無理に見ても意味はなく、しかしSの子供たちが力強く何かを反復しているようで、この場と時間は、僕ではなくまさに彼らのものであった。下の子の愛くるしくて人懐っこい子で、ほとんどせつなくなるほどの、いとおしくも可愛い子であって、あそぼうあそぼうとせがまれて夜中まで一緒に遊んだ。家の主人で父親であるSと奥さんと、三人の子達の、家庭というのは、人間のなんと美しいまとまりであるものだろうかと、静かに揺さぶられるようなものがあった。あとネコがいた。可愛いやつだ。しかしまったく人になつかないやつだった。

2015-01-22

一月は、とくに後半、食事だの旅行だのと、やたらと予定を入れていたのだが、今日ここに来て、全部キャンセルした。どうしても、しょうがない、のっぴきならない理由がある。様々なことが、色々と、動くときには動く。それでもあらゆることが、何かの意味や予兆のように感じられもする。でも金だけ払って食材を捨てるわけにはいかないので、別の日に一人で食べに行くように再予約した。野鳥よ。私は自分の身に何が起ころうとも、きちんと約束の日に来てお前を食べるよ。そのとき私の気持ちがどうなのか、感情がどうかなど、一切気にする事は無い。私はちゃんと時間通りに来て、そのあと少ししてから、お前はきれいにこの世から姿を消すのだ。


「船上の友」とは、横光「旅愁」のような、船旅のあいだだけの、そのときその場でだけ成立する、階級も年齢性別も越えた交友関係のことだが、僕は船旅は勿論したことがないけど、似たような経験と言ったら、二十六か七のときに行った合宿免許で泊まった旅館かな、と思う。あのときの何週間か、あそこにいたみんな、ほんとうに信じられないくらい、仲良くなって、毎日一緒に遊んで、一緒にテレビ見たりゲームしたり、海辺まで散歩したり、だらだらといつまでもあそんだ。でも皆、免許取って、一人また一人と、どんどん去っていき、去り際には当然のように連絡先など交換するのだが、それでも結局その後は全然誰とも、交際が続くわけではないのだ。いや、じつは何人かは多少、そのあとも会ったりもしたけど、でもやっぱりそれは、不自然なことなのだ。なぜなら「船上の友」なのだから。あの場所でたまたま居合わせたことだけが根拠だったのだから。わざわざ連絡取って、別の場所で会おうだなんて、甘い考えだった。きっとそれをお互いに感じたはず。おそらく皆本来、階級も年齢性別も、目的も行く先も違った。だからそれはそれで、もう終わりのはずだったのだ。いやー、でもいいか断っておくぞ実際、今になってあの頃をなつかしいだなんて、そう思っているわけではまったくないのだ。むしろあれから二十年近く経過したたった今、自分がいるこのときこそ、結局は船の上だな、と思うような感じだ。僕はまったく、誰とでも仲良く、たくさんの友と、うまくよろしくやっている。でもやはり、ここは船の上だな、と感じることもある。最近たまに、そう思ったりもすると。

2015-01-20

ぶら下げられたニンジンに食いつこうとして走り回るのはいや、というけど、ぶら下ってるものを、見ないふりしてんのも、いやらしいしね。そういうのに超然とした態度っていうのは、やらしいよね。でもひたすらニンジンに食いつこうとしてるのも、いやなのね。だったら結局、ニンジンは何なの?ってことになるけどね。でもニンジンは、しょうがないのよ。これはもう。


あと、遠足は家に帰るまでが遠足ですっていうけど、絶対そんなことなくて、楽しい時間はその話を聞いてる時点でもう終わってるって誰でもわかってるし、そのあと家に帰るまでに、何か別の、もっと楽しいことが起こったとしたら、それは既にもう絶対に遠足とは別の思い出になるし、何もなければただの帰り道っていうだけだし。


あと、それの延長で、もし戦争に行くことになったら、行くまでのあいだで、もう既に戦争してるのと一緒の気分だろうな。気分っていうか、その行く時点で戦争に行った思い出の中に含まれるだろうね。行くまでは別の思い出だったら、もしそうなら得だな。旅行一回分多かったみたいなものだし。


ところで、クオーツ時計の長針と短針って、目盛りに数字が書いてなくてもわかります?


そりゃわかるでしょ。2本の棒の角度というか、その形みただけで、何時何分かわかるでしょ。


ああ、そうですか、じつはおれ、昔、小学生のとき、2時15分になったときの、時計の針を書きなさい、っていう問題があったんですよ、そのときおれ、長い針は15分だから3のところだって、すぐ書けるじゃないですか。でも短い針の、2時っていうのが、あれ?って思って、2時を、ちょっと過ぎるんだっけ?ちょっと前だっけ?って思って、それがわからなくなって…。


えー!?なんでなんで?2時より前には、ならないでしょ?いや、たしかに、2時ジャストの位置じゃなくて、ちょっと進んでるっていう、それを曖昧に表現しないといけないってところが、すごく嫌な感じの問題だなとは思うけど…。


ですよね?俺は何が気に入らないかって言うと、15分はびしっと正解を書けるのに、2時は曖昧な感じなんですよ、なんで、一つの問題なのに、そういうびしっとした答えと曖昧な答えを、同時に求めるのかっていう、そういう、どっちを本当は欲してるのかがはっきりしないような、聞いてる側の気持ちがぐらついてるような問いが、すごい気に入らないんですよ。


まあ、わからなくもないけど、でも2時15分で、短い針がもしかしたら2より前かも、とは思わないでしょ。


そもそもあれって、なんで短い針って、微妙に中途半端に進むんですかね?2時ならずっと2のところに停止して、3時になったらカチっていきなり3のところに切り替わればいいと思いません?


まあ、いいたい事はわかるけど、それだと時計の長針と短針で、棒の角度をみただけですぐに時間がわかる感覚が、狂うんじゃないかなあ、いや、でもまあ、わかるといえばわかるかもしれないけど。でも、あの微妙な角度の違いが、味わいなんじゃないの?


ええー、味わいですか?そういうのはいらないなあ。味わいとか、自分は、嫌ですけどね。すごい、気持ち悪いですけど。

2015-01-19

朝方は氷点下だったとのこと。たしかに、歩いているときに、これは今期でもっとも寒いかも、と思った。とくに下半身。ズボンの内側の、膝から上あたりが、冷房の空気が直接あたっているかのように冷たい。こりゃ寒いわ、と思って歩いていると、目の前を自転車で横切った女子高生の異常に短いスカートから突き出た白い素足。狂気の沙汰、あれは、寒さというものを、感じていないのだろうか?


電車の中も寒い。座席の下から猛烈に温風が出ているのはわかるけれども、一駅ごとにドアから冷気が入ってきて、ほのかな暖気など一瞬にして蹴散らし、まるで炎が嘗めるかのように、ほんの十数秒かそこらの停車時間内のうちに、車内の中程に至るまで迅速かつ丹念に冷却していく。顔や首元や胸元やわき腹のあたりや股間のあたりや足元のへんに、冷気が水の流れの踊るように駆け抜けていく。アイスコーヒーにミルクが混ざり合っていくときの、あのまだらになって渦になってもやもやとしながら混ざり合っていくときのような動きに近い。あれで、かき混ぜきったときに、温いカフェオレの色になるのではなく、冷たくて真っ白なミルクだけになってしまうようなものだ。

2015-01-18

横光利一の本を買おうかと思って調べたら、作品のほとんどが青空文庫に入っているので無料で読めるのだ。それで、これまでほとんど使ったことがなかったiPhoneのアプリのkindleに「春は馬車に乗って」をダウンロードしてみた。で、読んでみたら、これは素晴らしいかも。ささやかな短編という感じで、病気の奥さんを看病する話で、けっこう痛ましく悲痛な話のはずなのに、不思議な軽快さがあって、他の作品もそういうところがあるように思うが、語られていることのなかで、比重の色合いや、密度が、本来ならこうなるだろうと想像されるような感触と、微妙にしかし過激にずれているような印象がある。でも意図とか作為性みたいなものもない。とにかく重くない。文章一個一個が立っている。曲に例えるなら、コテコテのメロウなバラード的なやつだと思って聴いたら、気付かないくらいの微妙さだけど、じつはかなりファンキーにリズムがきざまれているので、情緒性や感傷性に流れ去ってしまわず、手堅くきっちりとシャレた感じにまとまってる曲、みたいな感じだろうか。いや、出だしはちっともメロウなバラード的なスタートじゃなく、ぽつんと一個だけの音から始まっていくから、どういう意図で何を書こうとしているのかもしばらくしないと見えないようなスタートの感じもまたいいのだ。


あと、kindleなかなか気に入った。これはこれで、けっこういいかも。iPhoneだと画面に十行あまり表示されるのを次々とめくっていく感じだから、読むリズム感が本の1ページとくらべると相応に忙しない感じにはなるかもしれなくて、とくに短編を読んだときの印象だと、特有の影響はあるかもしれないが、でもそれはそれだ。というか正直、青空文庫の横書きになってる書式だと僕はちょっと気になってしまうところがあるが、kindleなら縦書きなのでこれなら全然オーケーかも。


午後から久しぶりに水泳した。泳ぐなんて、死ぬほど面倒くさいと思っているのだが、でも最近の肩が痛いだのあそこが調子悪いだの言ってる自分に対して、それは要するに運動不足で体力不足だからごたごた理屈言ってないで運動しろよともう一人の自分から言わざるを得ないので、あーめんどくさ、と思いながら出かけた。出かけたら着替えてプールに入って泳ぐしかないのだ。でも久しぶりだし、ぼちぼちでいいと思って泳ぎ始めたけど、プールって混んでるときと空いてるときがあって、今日はたまたま空いていて、コースがクリアな状態だと周りを気にしないで済むし、いつもよりもたくさん泳いだ方が得だ、みたいなセコイ計算が働く部分があって、結局がっつりと1000Mいった。年末からの肩と二の腕の痛みはまだ残っていて、相変わらず重いものを持ち上げたりする動きは厳しいのだが、泳ぐ動作にはまったく問題なかった。でも全身のところどころ、ああ筋肉使ってないなーと感じられた。着替えて、建物を出たら冬の空気の冷たさが全身を包んで、そしたらこれが、泳ぎ終わって着替えて出てきた直後というのは、体温もまだかなり高いので、思わず笑い顔になってしまうくらいの気持ちよさ。いやこれはちょっと、近年感じたことがないくらいの快感に浸っている状態と言って過言ではない。わー、こんなに気持ちいいなら、もっと毎日のように泳げばいいのにと思わざるを得ない。髪なんかまだ少し濡れているから、それが冷えて頭部全体が冷たくなっていくのだけど、それも死ぬほど気持ちいい。たぶん、脳内の快楽物質がばーっと溢れている状態に近いかもしれない。家に帰ってからもしばらく暖房も入れずにそのまま過ごした。一時間くらいして、ようやく普通に寒くなってきた。

2015-01-17

東京ステーションギャラリーで、「東京駅開業百年記念 東京駅100年の記憶」を観る。百年前に竣工して、ついこの前、元通りに改修したということで、なんというか、このままこの百年が、まったく無かったことになって、すべてが当時のままの元通りの姿に、何もかも復元してしまうのではないかというおそれをいだく。じっさい、百年前と何が違うというのか、ほとんどよくわからない。


イカの活き造りに顔を近づけて見ていると、身から切り離された頭部?と足の付け根のあたりのひとかたまりが、可哀想に、現状を何もわかっていないかのような表情で、おどおどと周りを見回しながら横たわっている感じで、たぶん自分が死んでいるとは夢にも思っておらず、それまでとほとんど変わらないかのように、動く筋肉だけが、従来通りに活発に動いている。足ももぞもぞと動かし、ふたつの眼もまるで何かを見ているかのような視線の力をもつ。そして、皮膚の表面に、粗めの点描で打った点のような反転が密集していて、それらが面白いことに、忙しない頻度で、あらわれたり消えたり、子供だましの人工的な天体図画のように明滅しているのだ。これは、いったい皮膚下のどのような作用によるものなのか不思議である。なにしろ、こんな面白い見た目の動きをするなんて、海の生き物の面白さは常に想像を越えるというか、文化的な枠内において食べるという行為のバリエーションを試すというのは、はっきり言うと人間としては逆行である。

2015-01-16

横光利一「旅愁」読み終わった。しかし、終わってしまうと、どうだったのか、感想を思い浮かべにくい。終わったんだ、ああ、そう。それで?という感じが近い。でも読んでるときは、けっこう楽しかったのだから面白い。とくに下巻は、ところどころ、ページの端を折ってあって、その箇所を読み返しても、何が面白いと思ったのかまったく思い出せないのだが、しばらくすると、ああ、はいはい。この箇所ね、となる。全体的な感想としてどうのこうの、という感じでの言葉はない。言ってることも人物も話もみんなおかしいし、ヘンな小説だが、これの面白味というか、自分が何を面白いと思っていたのかを説明するのが、とても難しい。

2015-01-14

いつものことだが、今日の帰りの東海道線でも、横浜から座席に座って、メールを見たり本を出したりしているうちに、すとーんと落ちるように眠ってしまって、それでも川崎、品川、新橋、と停車駅のたびごとに起きるのだけれど、ふたたび眠って、その眠りが、ちょっと笑うくらいに深いのだ。起きた瞬間に、ああこれはもう、ずっと眠っていたいときの眠りだったのだとわかるような。なんかコンピュータが、ここでもう一個操作したら、原因はわからないけれどなぜか固まってしまうというのがわかっていて、それでもそれをしてしまって、それで固まってしまったときみたいな。

2015-01-13

温泉に行くか、空を見るか、快復するか、全滅するか。旅行とか何とか言っても、言うだけで、いつもの通り、このままだと、結局、どこも行かなそう。でも前日に決めて行くでもいい気がする。何しろ、行けば行ったで、なんとかなる。でも絶対に、行った方がいい。無理してでも、行った方がいい。こんなに一月が公私共にたてこむとは思わなかったけど、絶対に、行った方がいい。できるだけいきあたりばったりに、何もしないように、どこへも行かないように、さっと行ったほうがいい。

2015-01-12

買い物に行って、余計なものは買い物籠に入れたのに目的の品を買い忘れたり、夕食の支度をしても、完成直前に肝心の食材だけを鍋に投入してないことに気付いたり、出来上がって食卓に運んで、そのあと再び冷蔵庫の前まで行って、今、何しにここまで来たのかを忘れたり、そのあと思い出して手に取ったものを持ってもう一度食卓に戻ったら、今度はそれをどう使うのか出てこなかったり、今日は絶望的なまでにエラーが頻発する日。食事が終わって、洗い物をしてたら、安いグラスが、何もしてないのに、ただ手に持っただけでパリッと割れてしまった。でも今日みたいにところどころエラーが起きているような状態の方が、むしろガラスで怪我とか、しないかもしれない。


クリストファー・ノーランインセプション」をDVDで観る。これはなんとも、面倒くさい映画。こういうの、久しぶりにみた。昔、十年以上前に同じ監督の「メメント」を観ているけど、そのときの感触を思い出した。変わってないなあーという印象。正直、後半は作業をこなすかのように観るしかない。観終わってから、妻にどういう映画だったのか聞かれたけど、話をちゃんと説明するには、もう一度最初から見ないと無理だけど、でも再度見る気はないと答える。


しかしまあ、50年も夢の中で一緒に暮らしてしまったら、そっちの方がいいと思いますわな。作り上げた世界とかよりも、流れた時間の積み重なりの方に愛着が湧くだろうけどな。…ところで、主人公と行動を共にする若い女性を演じたエレン・ペイジという女性。最初に出てきたとき、一瞬、これは若い頃のジェニファー・コネリーではないか?と思ってしまう。まだ十五歳くらいの、ダリオ・アルジェントの「フェノミナ」で、アルマーニのワンピースを着て、蛆虫がびっしりと浮いているプールに落ちたりしていたジェニファー・コネリー。僕は中学のとき、この女優が超、好きだったのですが、まるで若い頃の記憶が、いきなり画面にあらわれたかのようで、一瞬狼狽した。でも今、ネットで調べたら、別に、まったく似ていない…。

2015-01-11

新宿へ行くのは久しぶり、でもないかもしれないけど、久しぶりの感じがする。いや、つまり、初台へ行くのが久しぶりなのだ。もしかしたら、二年ぶりとか、三年ぶりとか、四年ぶりとか、そういう、それくらいすごい時間が空いているかもしれないくらいだっていうことで、ICC ONLINE「大友良英 音楽と美術のあいだ」をみる。


会場の、展示物のある空間にに入ってしばらくして、これは大したことないかも?と思ったのは、単にシルエット状の人物が演奏しているだけの、いわば映像作品の範疇を越えてないように思ったからだが、しかしひとまず、その場にしばらく居て、それで結局、かなり長時間その場にいてしまって、これはやはり、来て良かったなと思った。


とても素直に、演奏を聴きなさいというスタイルの展示だったように思った。別に小難しい理屈は無くて、ひじょうにだらっと、いつまでも終わらない、たらたらとしたノイズというかグリッチ系というか、そういう周波数的なのを浴び続けるような感じ。その場にしばらくいれば、まずそれを、お風呂に入ってるみたいに、ああー気持ちいいと思って聴いてるだけみたいな状態にはなる。


真っ暗闇の空間の、真ん中にデカイ四角い箱があって、その四面にそれぞれ何らかの楽器を演奏している演者のシルエットが投影されている。何らかの演奏音が聴こえてくるとそれに追従して、空間を構成する四方向の壁の上を、まるですべるようにして、音にまつわるかのような、音のイメージとも、演奏楽器のクローズアップしたものとも、その空気の振動が織り成しているものとも思えるし、そうでもないかのような断片的と言っていいようなイメージが動き、消える。


四角い箱の四面には演奏者がそれぞれ演奏を続けているが、しばらくするとふと席を立ち、消えてしまい、やがてまた別の楽器を持った別の演奏者がその場にあらわれ、すわり、楽器を演奏し始める。


空間の中にいると、当然ながら四角い箱の四面すべてをみることはできないから、多くても二面を見ているのだけど、演奏の途中でじょじょに別の音が紛れこんでくることに気付き、あれ、さては反対側に別の奏者が来たな?と思って、歩いて向こう側に回り込んで反対側のスクリーンを見に行く。そうして観客がうろうろと歩くと、四角い箱に投影された映像はしばしば歩行者によって遮られて、大映しになった観客の影が通り過ぎていって、またもとに戻る。


まず、演者の存在感を、大きく減衰させることができたのだなと思う。シルエットになっているから、演者が誰かわからないし、いつあらわれていつ消えるかもわからないし、何をどうやって演奏しているかも正確にはわからない。というか、演者という感じがせず、誰かが部屋に一人でいるところを、こちらが覗き見しているかのような感じもある。通常なら、とくにこの手の音楽であれば、皮肉なくらい演者の仕草、手つき、演奏技術的なものに対して、聴き入ることの取っ掛かりというか、根拠を求めてしまいがちな部分に、このような視覚的作りこみを施したおかげで、きれいなガードを貼ることができた。


そして、観ているこちら側からすると、四人の演者のうち最大二人しか、今やってることがわからないというのも面白い。反対側の演者がどんな楽器で何をしているのか?そもそもいるのかいないのか?もわかりづらい。耳に聴こえてくる音と、彼らメンバーに関係があるというのはわかるが、そこに役割分担があるのか無いのか、目の前の人の行為が今全体に対してどのように作用しているのか、反対側の人を、音を聴いているのかいないのか、そういうのを想像で補いたくなる感じだ。


相手の次の行為を想像する、見えないものへ配慮する、という言葉の容易さ。そもそも楽器というものを、そのような道具として使うのが極めて難しいというのはすぐにわかる。ほとんど皆、すぐに上達してしまって、すぐに何かに奉仕し始めるのが普通だからだ。


でもさすがに、ここに他者への配慮みたいなものが実現しています、とは言わないが、それは実際ほぼ不可能というか、ありえないような奇跡に近く、その手前を逡巡せざるを得ないのがほとんどで、たぶん今回のこの展示もそうだと思ったが、しかしあきらめずにこういうのを試みなければいけない。最近はちょっと気が緩むと、別にもう、ことさら面白いものがあるわけでもないし、とりあえず何でもいいや、みたいな気持ちになることもあるけど、いや、なんでも良いなんて、そんなことがあるわけ無いだろう、と思わなければいけません。観る人間も気を引き締めないと、これからはとくにだめ。


そのあと、東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で、「クインテット?−五つ星の作家たち−」も観る。これは作品一点一点がどうこうというよりも、全体的に、衰弱というものを感じてしまった。絵というのは、ほんとうに、どうすればもっと怒るのだろうか。なんか、もっともっと、ずっと深く歪んで、矛盾と未熟と羞恥と退屈みたいなものが、ドバドバと出てしまうようなことには、もっとならないのだろうか、それはどれが、誰がそうか、僕が自分の中だけで、そうなればいいのか、どうなのか、みたいな。まあ、でも怒りなら僕も最近はきわめて減衰の方向であり、まさに下の歌みたいな感じで、このままでは実際、しょうがないなあと思っている。自分で自分の背中をバチーンと叩かないとだめ。


D

2015-01-10

朝倉彫塑館にはじめて行った。始めから行くことを目的としていたわけではなく、たまたま通りかかって、あ、これが朝倉彫塑館か、と思って、どうする?見てみる?と言って、見ることにしたというだけだったのだが、これが館内に入ってみたら驚いた。靴を脱いで入場料を払って、すぐに巨大なアトリエに通されることになるが、このアトリエの広さと天井の高さにほぼ言葉を失う。ほんとうにこれが個人宅なのか?床の板目といい天井といい壁といい窓枠といい、見惚れるしかないような素晴らしさ。さらに続く書斎や茶の間や寝室や応接室などの、もうあまりにも素敵な昭和初期の住宅建築であり、正直展示作品を観る余裕はなく、ひたすら建物そのものをみているだけという状態。靴を脱いで靴下だけで木の床を歩き回っているから、足元から氷のような冷たさで身体の芯まで冷えるが、そこがまた昔の住宅の中にいるという実感を強く感じさせてくれる。この寒さの中で、例えばこの居間にただじっと座っているというとき、それはどういう感じだろうかと思って、たしかにそれも有だ、そういう感覚というのはたしかに有ったものだ、と思った。それにしても、こんな邸宅をたかが一介の彫塑家が建てることができるというだけですごい。僕なんかはなぜか、京都奈良とかの昔過ぎる建築物とかだとむしろピンと来なくて、やっぱり明治以降、戦前の建物により強く反応するみたいで、これはもう、やっぱり今後も、とにかく昔の金持ちの家はなるべくたくさん見ておきたいと思わされた。勿論、今の金持ちの家も可能なら是非見学したい。


DVDでアルフォンソ・キュアロンゼロ・グラビティ」を観る。冒頭の数分だけ、高所恐怖の感覚におそわれたが、やがてその感覚は消えた。そうか、これは、落ちないのか。海中というか、つまりこれは水の中だな。そういう感じみたいなものかと思ったが、でも手や足でもがいても自分の意志では何も行動できないから、水中ではない。何もないのに、落ちないし、自分では移動できなくて、ヘルメットをかぶった自分の頭が上の方向を見ていて、その周囲を地球や夜空がぐるぐると回っていて、それが嫌なら、必ず何かに掴まってないとだめ。ビー玉が机上をちょっと傾けたら平気で動き出してしまうように、自分の意志ではどうしようもなく、一度でも動き出してしまったらこれは恐ろしい。モノに掴まるにせよワイヤーが絡まって止まるにせよ、実に乱暴な制御の力で、跳ねたときの反動力にも耐えて、過酷さにくたびれる。つまり宇宙とはこれほど実も蓋も無いというか、シャレにならないというか、これだけジタバタして頑張らないといけない。というか、その意味では落ちているのと変わらない。高所恐怖症的だが、もし落ちても到達面が無いということか。もし落ちたら、そのまま永遠に落ち続けて酸欠になる。しかし最後は上手く地球に落ちることができて、落ちた海の中から浮かぼうとしたら宇宙服が重くて浮かび上がらないが、あわてて脱いでようやく浮くことができた。そうか、水中なら浮くのか、というのを思い出す。水中だとかなり強力に浮く。地面だとこの通りだ。身体にかかる負荷でこうも色々とあるのかと思うと、自分も脆いと思って頼りない気分になってくる。

2015-01-07

この人、最初から抵抗する気がまったくゼロなんだもの。どうぞ殺してください、みたいな体で、蒼ざめた顔で、じっとしてるだけだし。欲望が無いのか?目的とか目標もないのか。まあ、無いわな。僕だって、無いしな。でも実際、なんだかなあと思いますよ。この構図になってしまうと、僕はスイッチを押すか押さないかを決めるだけ。それで、本当にこの人、このまま僕に殺されても、何も文句言わないんじゃないかしら。縛って、床に寝そべらせて、いい?スイッチ押すよ?と言ったら、どういう態度を取るだろうか。命乞い、するだろうか。涙を流しながら、身体をもぞもぞと動かして、ブブーーッと、なさけない音で放屁して、汚い床に這いつくばって、目を剥くようにしてこちらを見ているだけかしら。まさかとは思うけど、ほんとうにそれだけなのかな。うわー、、面白くないかも。。

2015-01-06

あ、地震だ、と思うことが最近、多い。今日も思った。隣のやつもそう思ったようで、無言で顔を見合わせた。でも地震ではなく、向かいの人が立ち上がって鞄を肩に引っ掛けたときの振動だった。そんな仕草で、振動が起こるのか?と思うが、感じるのだからしょうがない。さっきも、あ!と思って、部屋にいるときは必ず、天井から吊り下がっている照明が揺れているかを見るのだが、揺れてないので気のせいだ、と思って、しかしその後で少しずつ揺れ始める、ということも今まで何度もあったパターンである。地震に気付く際の半数とは言わないが三分の一は、地震の直前に気付くパターンであると言っても過言ではない。なぜか、気付く。揺れる前のなんらかの予感というか兆のようなものを感じる。だから今回も、しばらくじっとして待機する。耳をすます。地震とは、じつは音なのではないか?とも思う。何か今まで聴いたこともないような音が近づいてくるとき、それが地震なのではないか。少なくとも2011年のときはそうではなかっただろうか。そしたら、音が来た。ごーっと低く近づいてくる。いよいよ来たかと思ったが、音だけで何も起こらない。そのうち音も消えた。ただの風だったようだ。でも直前で風にかわったのかもしれない。

2015-01-05

一月になってしまった。ああ、十二月のままが良かったなあ。一月になったら、これから色々大変だから気が滅入る。ああ、思えば十二月だった頃は、ほんとうに気が楽だったなあ、と、だらだら下らないことを喋り続ける。背凭れにぐったりと背中を預けて、隣の椅子の背に肩肘を乗せて、身体全体を斜めにして、だらーっとした感じで、ああ、面倒くさいなあ、これから忙しいから嫌だなあ、ああ、2014年がなつかしいなつかしい、とだらだら喋り続ける。

2015-01-04

一月中に休みを取って旅行に行きますか?同じ話は去年も何度かしたけど、簡単な一泊旅行だとしても行こうと決めたらできれば前日から有給とって予約して準備して、という諸々の調整をを少しでも億劫に思ってしまうと、結局計画が無かったことになってそのまま月日が過ぎるというパターンのくりかえしで、でもやっぱり、まだ寒いうちにどこか行きたいような気がするけどね。とにかく夜の空が冬でまだ透き通っているうちに、月や星がなるべく、すぱっとシャープに見える季節のうちに、ちょっと温泉にでも、どうですかね。この時季なら人もまばらだし木々も花も一切枯れつくしていて見所もゼロだし、行っても何にもすること無さそうで、そこがまたいいよね、晴れても雨でもそれはそれでいいよね、ということで、さてどうだろうか。


何もせず部屋でストーブにあたっていただけの本日。再生したアルバムはChris Kase「A Song We Once Knew」とAlexander von Schlippenbach「Schlippenbach Plays Monk」です。

2015-01-03

一昨日妻の実家に行って、今日自分の実家に行って、これで年始行事すべて終わり。明日一日休んで、明後日からもう平常稼動である。まあ正月休みなんて大体いつもそうで、ゆっくりしてる時間がありあまってるわけでは無い、ということはもうわかっているので、むしろ自他共に早く平常時に戻りましょうかという気持ちでもある。


たまたま本屋で、ある学習参考書の表紙を見かけて、それは僕が中学三年生のときに使っていた参考書の表紙と一緒だということに気付いた、というか、その表紙を、思い出した。中学三年生のときに使っていた参考書の表紙が、約三十年経った今でも同じデザインで目の前に販売していることへの驚きと、自分の記憶の中に、中学三年生のときに使っていた参考書の表紙のイメージが、まだ保管されていることへの驚きとの二つがあって、とくに後者の驚きが強く尾を引いて、表紙の図柄を見ている自分の視線が、細かい部分を一々追うたびに、とてつもなく深い部分から、どどどどどっと一気に何かが浮上してくるような、できれば間違いであってほしいとどこかで思っているのに、結果的にはそれが正解であることを認めざるを得ないような感じ。でもやはり、本来起こってはいけない出来事が起きてしまったような感じで、一瞬気が遠くなった。


横光利一「旅愁」。この上下巻あわせて1000ページにも及びかつ未完に終わるという長編小説が書かれた原動力として、作者になぜこのような問題意識が持続されたのか?という興味、その面白さで読んでいる。当初、とくに上巻で、登場人物たちがだらだらと議論するか独りで観念を積み重ねるばかりのように思えて面白さも必然性も感じなくて…という印象を、前に書いたかもしれないけど、しかしなぜ自分は、この作品をやたらと悪く言ってばかりいたのか?この長い話において、今までの出来事ややり取り一つ一つの意味というか、下巻も既に半分を越えたあたりにまで来て、ここで振り返ってみたときに自分の背後にひろがっている、これまで通り過ぎてきた数々のエピソードの、それらすべての記憶によって織り成されている景観というのは、これはやはりけっこう凄くて、やっぱりこの小説、ものすごく重要な作品ではないか、という気持ちが強まっている。


それはやはり下巻になって、主人公の矢代が千鶴子の兄や友人の公爵と関係を持ち始めるあたりからが俄然面白くなってきたから、というのはある。上巻では対話形式の議論が多いのだが、下巻では三人以上での議論が多くなってきて、語られる内容と共にその各人の様子も含めて、読んでいてすごくしっくりとくるような実のある情景が展開されているように感じられる。それぞれの登場人物の、その人にぐっと近づいたときの細かい表情やニュアンスがよくわかる。そうなると、何を言ってるか、その意見がどうかという以前に、言ってることの内実が感じられる。矢代と千鶴子だって、たしかにパリで相当長い時間、二人だけの時間を過ごしてきたはずなのに、今ここに来て、このぐずぐずした展開というのは、これはどうなのか?すごいことだと思うのだが、でも現段階における千鶴子の、この女性の感じも、これだけ長く読んできて、今ようやくはじめて、その女性としての佇まいというか、雰囲気、香りのようなものまで感じられるかのようで、それはヨーロッパ滞在中にはまったくありえなかったものである。ありえるはずが無い。この、前半の出来事がすべて夢かまぼろしのようであったという感触が、この作品では強烈なのだ。だから余計に、日本に来てからの人々の織り成す空気や空間がはっきりと現実的なものとしてあって、この時間と空間の違いに、この小説がこうでなければならない理由の強さのようなものとして感じられるところはある。それは書き手が狙ってそう書いたということではなく、それどころか進み方としては、おそらくかなり行き当たりばったりなのだと思うが、それゆえに今こうして、前半と後半に異なる時間が流れることが可能になる。


というのを、今日になって強く感じた理由は、東野と真紀子の乗った船が日本に到着するのを、矢代たちが横浜の港で待つシーンを読んで、この箇所が素晴らしかったのが原因。おそらくここ、「旅愁」全体のなかでもハイライトというか、作品全体がぐっと凝縮されてその一瞬に全部映りこんでいるかのような場面かもしれない。

2015-01-02

ばかなことだが一時間か二時間くらい、昔の、仕事メールがなつかしくて、延々と読み返していた。とくに十数年前の、この頃自分がやっていた仕事は、今考えたら異常だった。会員制ポータルサイトのコンテンツを作成する仕事で、立上げ当時は運営会社の資金が潤沢で、しかし周りは技術屋の人たちばかりなので、コンテンツの作成や運営に関するノウハウがほとんど無くて、何をすればいいのかさっぱりわからないまま、とにかくなんでもいいから思いついたことを手当たり次第にやろうみたいな感じになっていて、チームリーダーはIT系巨大企業から出向してきた五十代のおじさんで、全く未知の分野のミッションを受け持って死ぬほど戸惑っていながら毎日空元気を振り回していて、地方新聞社やコンサル会社やフリーライターやよくわからない通販業者なんかが毎日のようにうちの会社の会議室に来て、さっぱり意味のわからないやり取りをして帰っていき、当時の僕はまだ社会人になってまだ日が浅くて社会人としての一般常識レベルさえ怪しいようなところもあり、当然技術スキルも相当危うい状態だったのだが、まあ、蓋を開けたら技術的にはまったく大したことはしなくて、来た原稿をイラストとか写真と組み合わせてレイアウトしてウェブページにしてアップするというだけのことだったが、同時に営業や取材にもかなり同行しており、つまり作成仕事以外でも何でもいいからとにかく思いつく限り色々やれという役割を担っていたのだと思うが、営業担当の運転する車に同乗して、ものすごい田舎の海沿いの道に点在する小さな会社や店舗に半ば飛び込みで営業かけに行って怒られたり、社員全員がマインドコントロールされているとしか思えないような極めてヤバイ雰囲気の会社の社長室でヤクザにしか見えない社長からなぜか気に入られて、そのまま黒塗りの車に乗せられて港区あたりの謎の店に連れて行かれてものすごい夜の宴になってフルコースをいただいて帰ってきたり、午前中に飛行機でびゅーっと田舎の小さな寿司屋まで行っておまかせで食べて写真撮って夜になったらまた帰ってきてお店紹介の記事を作ったり、結局自分が楽しい思いをしていることは間違いないのだが、でもそれが何になったのだろうか。というか、それを「おかしいのでは?」と言う人が誰もいないのだからしょうがないのだ。というか、それでものすごく面白いものを成果物として作り上げることができれば、この僕に「才能がある」という話なのだと思うが、残念ながらそうではなくて、楽しむのは自分ばかりなのであった。毎月の定例会議後も大体飲み会になって、しかもそれが朝までわーっと異常に楽しく、その前後のメールを、今読んでいても声出して笑ってしまう…。しかしそういうバカな日々の痕跡を見返していると、やたらと楽しかったのはせいぜい一ヵ月半かそこらのことで、その間に全部が凝縮されたようになっていて、その仕事はその後も一年くらいは続いたが、さすがにその一ヵ月半くらいのような面白さが再び再現することはなかった。というか、後半になってそんな突拍子も無い出来事が減り、定常業務的に落ち着いてきたので、かえって良かったと思ったくらいであった。面白いのは、自分の勤めていた(今も勤めている)会社が、今も昔も、その手の出版でも広告でもなんでもない、ただの昔からのIT系システム屋に過ぎないのに、実際なぜウチの会社が、あのときだけあのような仕事に手を出したのか?というところだが、まあそれは色々と大人的な理由もあったのだが、まあそれはそれで。しかし…今思い出すと、まあずぶの素人が予算をやたらと無駄に使って、取材だの何だの見よう見まねのママゴトをしていたようなもので恥ずかしい話だとも思うが、まあしかしあれはあれで、やはりなかなか良かった。いい仕事であった。まあ、僕の良くないところは「これを何とか、せいいっぱいの力で少しでも良い成果に昇華させよう」みたいな気持ちが、あるようなフリをして実際はそう思ってなくて、ただひたすらもらうだけ、みたいな。そこにあまり、贈与された責任とか後ろめたさとかを感じない幸福な鈍感さをもっていて、それを平然と肯定しているような図々しさがあったところだと思う。でも、さすがにそれは無くなったな、と思う。じつは、何年か前にそこに気付いたのだ。「あ、もう自分は、人から施しを受けたらそれを重荷に感じてしまうらしい」と思った。昔はほんとうに、そういう意識が欠落した人間だったのだ。…でもまあ、それこそ社会人の一般常識でしょ?という話である。いや実際、このブログ書いてる人って一体年いくつなんですかね?我ながらちょっと信じがたいものがある。まあでも今は平凡に常識的になったのだ。それではじめて、ああ、あれが勿体なかったとか、これをもっと好利回りで運用しておけばよかったとか考えるようになるんだから。やっぱりああいうのは、人とのつながりにせよ何にせよ、もっと後へ繋げていくべきものだったのだと思うけど、まあ当時の自分はばかで、ほんとうに食い散らかしただけで何も残らなかったような感じだ。そのサイトはもう無いし、関わっていた人々や営業かけた会社やその他いろいろも、残っているURLをクリックしても404エラーばかり。言うまでもないが店も会社も当然システムも、十年以上経つとそのまま残っているのは極めて稀である。ウチの会社だって、当時を知る人が今のウチの情報を見て同一の会社と思うかどうか…。当時のこの僕を、まだ記憶している人も居ないのではないかな?ずいぶん長い時間一緒にいたはずだが、今やもう偶然会っても、きっとお互いに気付かない。もうすべてが皆、幻想のように消えてしまったようなものだ。まあ一部をのぞき、皆どこかでかたちを変えて存在していることはしているのだろうが。

2015-01-01

大晦日の朝、起きると同時に背中から左腕にかけてにぶい痛み。それが起き上がってからも、いつまでも痛い。寝違えたとか、捻ったような感じとは違うような気がして、妙にぼやっと痛みの中心がはっきりせず、腕が水平よりも高く上がらず、これはもしや、四十肩と呼ばれる症状なのではないか、と疑う。四十肩…。そんな、如何にもなベタに中年っぽい名前の症状が、よりによってこの年の瀬の自分の身の上にあらわれるだなんて、なんかある種のご利益の反対の災い的な、ふだんあまりそういうことを気にしないのだが、でもリーマンショックの余波が二年後くらいに来たみたいに、厄年の残余がたまたま降りかかったみたいな、なぜかそのような、凶事というか、呪い的な何かを感じる。過去というよりもこれから何かもっと生きるうえでの災いが起こることの前兆のようなものとして。少なくともこの痛みはまず前提で、さあ2015年をどうぞみたいな。あれ、そういうことなの?と思って、いやでもそれならそれでいいかもね、とも思う。


一日、外出したり家にいたり、普通に過ごして、痛みの度合いはおそらくずっと一定で、しかし、じっとしているよりも動いている方が、痛みを感じない。身体を動かしている方が、気が紛れる。逆に、眠ろうとするときは辛い。身体を横にしていると、意識が最小の単純になって、それだと嫌でも、痛みを感じているという一点だけ浮かび上がってしまう。ただ我慢しているだけの自分を見出す。ああ、この受身の感じ。耐え難いとまでは云わないが、それでもかなりの不快さ、苦痛、厄介さを重く背負ったまま、じっとして、平静なふりで暗闇の中で目をつぶっている。ああ、嫌だな。でもこの感じが、もしかすると今年以降の基本スタンスなのかなと思う。


そして今朝、起きたら左腕は相変わらずで、さらに右腕にまで痛みがひろがっている。悪化した。いよいよ覚悟を決める。これは、メッセージである。多少しんどい要素があっても、目的のために力を尽くしなさいということ?思えば、昨日までは楽だったな。今日からは違うよ。でも、そんなの関係ないよ、やるべきことをやりなさい。それに気付いたときが、スタートのときだよ。ものは、考えようだね。今のこの事態を、自分にとっての好条件としなさいよ。この痛みこそが、自分を今までのような時間に戻さずに、その場に立ち止まらせてくれるのだ。自分が自分の「手癖」を失って、おそろしく不器用な線を引くのを発見しなさい。あら、よかったじゃない。あけましておめでとう。


例年通り、妻の実家に年始の挨拶に行く。驚くほど寒い日。コートの下の肩や胸や腰のあたりに、冷気がしみこんでくるようで、身体の芯から冷える。まるで歌舞伎の舞台みたいに、雪が斜めや横に散り散りに吹雪いているのを見ながら乾杯する。夜になって帰ってきた。昼間よりも寒さは和らいだような感じ。そして今日一日経って、これを書いてる今、痛みは軽い。なぜか、かなり症状が改善された気がする。普通に腕が上がるようになったし、コートやシャツを脱いだり着たりするのも普通にできる。たとえばワインのボトルを持って腕を水平にして少し遠いグラスに注ぐとか、そういう動きだとまだちょっと力が入りづらいのだが、なんとなくこのまま、治ってしまうか、気にならない程度の痛みになるかもしれない。そうだといいなあ。でもこれから寝るけど、その後が問題だ。明日の朝になったら、またどんな様子か、というところだ。


まあ、でもなんでもいいや。つまらないな。横光利一「旅愁」下巻をひたすら読み進む。「旅愁」。これはやっぱり、なかなか、こんな小説は、日本のなかで、ちょっと他にないだろうとは思う。西洋とアジア。科学と道徳。論理と精神。カソリックと仏教。それぞれの問いの立て方自体は、ぜんぜん「そんなのわかりやす過ぎない?」と思うようなことばかりで、しかもそろそろ、西洋的「合目的」なものではない神=古神道的精神みたいな、ある意味かなり最悪に近い結論を主人公矢代は導き出そうとしているように思えてならなくて、いったい何が面白いのか自分でもよくわからないのに、なぜか読んでしまう。とくに下巻になってからは、かなり面白い。おそらく僕は、これらの登場人物を見下した目線で呼んでいるわけでは決してなくて、よくわからないが何かしらの切迫感を感じているから読んでいるのだとは思う。

 |