好物


「病院のメシは不味いよって、家に帰ってな、秋刀魚の寿司食いたいなあと、そんなことばっかり思とったわ。」

「秋刀魚の寿司って、押し寿司みたいなやつ?」

「おお、寿司のな、秋刀魚をな、一尾開いてメシの上に乗せてな、こう、幾つかに切って、それだけや。簡単なもんやぞ。お前知らんのか。食たことあるやろ。」

「あるかもね。ちょうど、今の時期だけかね?」

「そうや、だいたい今頃や。まあ、あれだけを食っとれば満足や。食い物でいちばん好きや。秋刀魚の寿司はな、俺は子供の頃から食とるやろ。昔から、いつまで経っても美味いなあ、好物はな、子供の頃から食とるものが、いつまで経っても、いちばん美味いな。」

「そうかね。」

「お前、そういうの無いか?昔から好きな食いもの無いか?」

「うーん、どうだろうか。」


こちらの言葉をひたすら受け流すだけだった先日の父親が僕に発した唯一の質問に対して、一瞬真剣に考えた。好物…。何かあったか。ちょっと思いつかなかった。