園良太の日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-03-16 【転載】被災地は今どうなっていて、何が求められているのか?

[]【転載】被災地は今どうなっていて、何が求められているのか?

【転載ここから】

もやいの大関です。

関係者各位に配信しています。

*転送は今のところ自由です。

昨日14日、全国社会福祉協議会(全社協)音頭の元東北関東大震災災害支援団体間で今後の支援の在り方とどうすべきか

ということで30を超える団体が参加して意見交換会が持たれました。

もやいからは湯浅さん、池座さん、大関の3名が参加しました。*湯浅さんは内閣府参与として。


そもそもこのようなMTGが開催されること自体異例で今回の地震の規模およびその被害が余りにも甚大で、とても今までのように

各団体がおのおの災害支援を独自に(ある意味勝手に)行ったとしても効果的な支援ができるような規模ではないと各団体が意識した結果だと思います。


意見交換会の略式議事録を添付いたしますので参考にしてください。


そのMTGの中でおそらく一番しゃべっていたのは

我らが池座剛(笑)!!!

とりあえず、つかみはOKでしょう(笑)


さてMTGの中では、


・「東北関東大震災支援情報センター(仮)」など被災者、支援者が迅速かつ正確、そして信用できる情報を提供するポータルサイトを創設すべき

災害支援というと被災地に入って活動することばかりが言及されるが津波によって広い地域が使用不可能になっていること、避難者数が40万を超えることなどを鑑み、子ども高齢者、女性の被災者疎開できるような体制、つまり被災者被災地から安全な地へ移動させる可能性を考えること


の大きく2点を池座、大関で提案しました。



また会議中

社協被災地派遣した先遣隊が帰還し、現地の報告を行いました。

報告の要点は以下の通り。


・まったく人手が足りていない

・土砂と津波によって破壊された残骸の町。ライフラインすべてアウト。

・水道も壊れているためトイレの問題。女性用生理ナプキンも全くない。

→ 衛生上の問題

・携帯もつながらずネットもできない。外部との連絡手段がない。

*衛星電話等あるが台数限られる。

・建物は意外に倒れていないもののすべてシャッターが閉まり、物がない。

発電機はあるがガソリンなし。

福島の高速上にガススタンドがあり、ピストン被災地にガソリンを運ぶ。

避難所は夜も電気がなく暖を取ることもできない。被災者は毎晩凍えて夜をあかす。

・食糧なし。被災者は1日1食、食べるのがやっと。


中越地震の際、避難所に2か月ほど被災者と共に住み避難所の運営にあたっていた経験のある大関として、あくまで個人的な見解ですが


阪神中越中越沖と比べても今回の避難所自体が非常に過酷な状況

・その為、被災者の中でも特に小さい子ども高齢者、女性にとっては相当過酷な状況が続いている。


と予測します。


またこれも非常に危うい予測で、僕の杞憂で終わって欲しいのですが

・思ったより高速道路は通れる割に支援物資が現地に届いていない

・上述のように支援団体は支援体制が確立できた後の本格支援の準備をしている一方

現在自衛隊及び各団体の先遣隊のみで被災地での支援が行われ、人手が足りていない。

つまり、本格支援のスタートの合図を支援団体は今や遅しと待っているが

現地ではおそらく被害が甚大、広範囲に及ぶため、支援体制が遅々として進まず

時間だけが経ってしまっている。

・現在避難者46万人とも言われるのに、食料がない?

・全社協職員は気仙沼、名取と比較的マスコミ等にも知られたメジャー?地域を訪問している。

・全社協職員は2日しか現地にいなかった。逆を言うと2日で回れる所しか見れていない

→ すでにマスコミが入れる土地、2日で行ける場所 → 通常人・もの・金が入りやすいハズ

⇒ そんなある意味支援受けやすい場所でさえ食料がない?

では、行くのに時間のかかる避難所は一体どうなっているのか?


以上のことを鑑みると、現在地震から4日目の今日。

これ以上支援が遅くなると避難所内で餓死者がでるのはないかと危惧しています。


山形空港が24時間体制で飛行可能なため

国際緊急災害援助組織であるピース・ウィンズ・ジャパンは山形を拠点とするとして

地震の次の日に現地入りしました。

食糧支援も次第に準備が整いつつあるとの話も聞きますが

問題は、す・べ・ての避難所に食料を届けるということが非常に難しいということ。


これは中越地震での経験からですが

通常避難所というものは、避難所申請というものが必要です


申請主義!!!


残念ながら支援システムはとってもお役所的です。

申請して登録避難所になると情報や食料が定期的に届きます。


学校や大きな施設などは最初から避難所指定されている為

避難所申請しなくても良い場合が多いのですが

例えば津波から逃げる段階で、知り合いの比較的大きな民家に

数家族で身を寄せ合って避難しているという場合

これも立派な避難所ですが、とても私的な避難所である為

行政も誰も把握できません。

その為情報も食料等々あらゆる支援が来ません。


これは実際に小千谷市であった実例で

地震後2週間、そこに避難所があることが僕らには分かりませんでした。

*バイク隊が被災地ローラー作戦を行い発見されました。



確かに支援ネットワークを用いて事に当たらないと今回の事態には立ち向かうことはできない。

僕もそう思う。だから今回すぐに現地に行かずにMTGに参加した。

しかし、食料なしでは長く命が持たない…。


大きな大きなジレンマです。


取り急ぎ報告まで。


大関