精神論の輝きとやるせなさ

今敏監督の最期のブログ記事(さようなら - KON'S TONE)を読んで、尊敬の想いとやるせなさのせめぎ合いでその日は上手く眠れなかった。
ここ数年ずっとニセ科学に興味があって、科学不信や妄信について、芸術や娯楽との関係について、折に触れて考えている。
「科学」という言葉にはいろんな無理解なレッテルが貼られてしまっている(無理解はたぶん、義務教育の不備のせい)けれど、ざっくり言えば「精神論や信仰、思い込みや気分に拠らない」という事なのだと思う。科学の世界では、常に「それは何故?それはほんと?」という懐疑精神があって、大勢の科学者のしつこいしつこい検証を耐え抜いた物だけが「科学的事実」として扱われる。新しい事実が出てくれば、過去の権威ある説もあっさり覆される。そういう厳しい品質管理の仕組みが、科学の自浄能力になっている。
それをまるごと否定するっていうことは、「精神論や信仰、空想や気分だけを拠り所に生きていく」っていう事だ。それは私には辛すぎる。


今監督は本当に立派な方で、天寿を全うされて幸せに逝かれたのだとも思う。けどやっぱり、「必死で生きようと」されたはずの監督が、現代医学への不信と忌避をわざわざ書き残された事について、やるせなさを感じずにはいられない。監督は鉄の意志を持った方で、とても知性的な方だったけれど、一方で精神論の方でもあった。
気持ちの力はとても大事で、だから私も絵描きの端くれなんかをやっているわけだけど、精神論で全てを解決しようとしたら、突き詰めれば「危機に瀕しては一億総玉砕」みたいなやるせない話になってしまう。


特に命に関わる事なら、精神論を偏重して合理性を拒否したりせずに、合理性と心の問題をバランスさせる事に注力して欲しい。
たとえば、体の事は現代医療を利用しながら、心のケアは家族や芸術や娯楽や宗教の力も借りるとか。問題を切り分けて、バランスさせること。
口で言うのはたやすいけど、実際死を宣告された時にそういう行動をとるのは容易じゃない。分かってるけど、どうか意志の強い方こそ、現代医療忌避ではなくそういう戦い方を選んでくれますように。


繰り返すけど、気持ちの力はとても大事で、だから私も絵描きの端くれなんかをやっているし、芸術や娯楽に育てられた。『東京ゴッドファーザーズ』も本当に好きだし。
以前、ゲームを作っていた時、上司がスタッフに見せてくれたファンメールにこんな感じのものがあった。
911の時、僕は被害現場で治療に当たっていました。悲惨な現場で心が破壊されそうになる毎日の中、夜中にあなたの作ったゲームを遊ぶ、静かな自分の時間を持つことで、どうにか平静を保つ事が出来ました」
この方個人が立派な方だったというのはもちろんだけど、でも娯楽にだって役目があるはず。






「科学は万能ではない」という科学不信の人がよく言うキャッチフレーズについてぐぐってみたら、私がぼんやり思っていたことがスッキリまとまっていた。
科学万能主義 | iwatamの個人サーバ
頭のいい人って常にどこかにいるもんだ。でも自分で言葉にしないとどんどん頭が衰えて行く気がするので、拙いながらも文章にしてみました。


それから、これもやるせない事件で話題になってしまったホメオパシーについて。「良心的なホメオパシー」には有効な面もあることを認めつつ、でもやっぱりプラセボに頼る事は患者を騙す事であり、患者の自己決定を阻害してしまうという話。
ホメオパシーの有効な利用法 - NATROMの日記


「患者には、事実を知って自分で判断する権利がある」という現代医療の考え方は、表現規制の話とも繋がってる。憲法上は、国民みんなに自分で良い物・悪い物を判断する権利があるはずで、他者による検閲は許されない。
でも「そんな権利は要らないし、誰か偉い人が良いようにはからってよ」っていう人が、潜在的に大勢居るだろうところも一緒。いろんな理由で判断力に乏しい人も居るという問題点も共通してる。


話を戻すと、一般的な科学への無理解の根っこはたぶん理科教育の不備にある。自分のことを思い返しても、小中高の理科で「科学的な事実」を習った覚えはあっても、それが「科学的な事実」だと言えるまでのプロセスについて習った覚えが無い。
ニセ科学の話(それこそ、ホメオパシーとか)をしていると、「科学的に証明されている/されていない」という言い回しが良く出てくるのだけど、その意味を具体的にイメージできず、単に「権威付け・レッテル」と捉える人が殆どではないかなあ。
「科学者」の「学会」や「論文」や「実験」がどんな仕組みになっているのか、接点の無い人には他業種の業界内の内輪な仕組みに過ぎず、知るわけも無いという状況になってる。だから怪しい「博士」の「実験」ごっこに雰囲気で騙されてしまったり、「論文がある」とか「学会で発表した」というだけで、「科学のお墨付きがついた」と思っちゃったりもする。


とりあえず、勉強と心の安寧の為に、これを読んでみようかなあと思っている今現在です。(中谷先生に癒されたいの。)

科学の方法 (岩波新書 青版 313)

科学の方法 (岩波新書 青版 313)


ついでに、以前書いた関連エントリも。