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2004-08-20 書き込み107日目。

不世出のアスリート。

[]CBディオン・サンダース、ボルティモアで現役復帰か? 10:29 CBディオン・サンダース、ボルティモアで現役復帰か?を含むブックマーク

http://www.nikkansports.com/ns/sports/nfl/p-sp-tp6-040820-0014.html

●レーベンズ監督、サンダースの復帰歓迎

レーベンズで3年ぶりに現役復帰の可能性が出てきた名CBディオン・サンダース(37)について、レーベンズのビリック監督が大歓迎の意向を示した。「我々は彼を愛している。彼が本気なら仲間になることを歓迎する」。

野球との二刀流選手だったサンダースは01年にレッドスキンズを引退し、野球のプレーからも退いていた。が、高まるNFLでの復帰待望論に応じるように今年から減量トレーニングを再開。レーベンズのLBルイスに復帰の相談を持ちかけていた。今後は具体的な交渉に入り、双方の最終決断が出る。

「プライムタイム」「ネオン・ディオン」と呼ばれた、ディオン・サンダースの現役復帰のニュースが。まだやれるのかな。日本での知名度は低いだろうけれど、とんでもなく高いレベルにあるスーパーアスリートである。主な現役時代の活動に関してはこちらに詳しく。

http://www.major.jp/column/column.php?id=2004022801

http://www.major.jp/column/column.php?id=2004030201

●2つの頂を求めし男たち 〜Vol.2 ディオン・サンダース

1988年のドラフト30巡目でニューヨーク・ヤンキースに指名されたサンダースは、89年メジャーデビュー。14試合に出場、打率.234、2本塁打、7打点に終わるが、広い守備範囲と俊足を活かした走塁技術の高さを見せつける。90年は57試合に出場するが、打率は1割台と低迷。アトランタ・ブレーブスに移籍した91年も54試合に出場、打率は.191と再び1割台に。やはり打力のなさは、さすがの天才にも如何ともしがたかった。

一方、フットボールでは89年のドラフト1巡目(全体5位)でアトランタ・ファルコンズが指名。コーナーバック、ワイドレシーバー、さらにはパントリターナーとして一時代を築くことになる。

メジャーリーグとNFL、NBAなどから重ねてドラフトで指名されることは時折あることだが、メジャーとNFLを掛け持ちでプレーしたのはボー・ジャクソンとディオンくらいのものである。メジャーのシリーズ終盤とNFLのシーズン開幕は重なるので、当時ディオンはNFLシーズン全16ゲームのうち前半8試合くらいは欠場、所属するNFLアトランタ・ファルコンズには欠場期間中は契約に基づき罰金を払っていた。周囲からは、指名順位の高さからもどちらかといえばアメフトでの活躍が期待されていたので、シーズン半分をメジャーリーグで棒に振ってしまうことにいらだつファルコンズ・ファンも多かったらしい。「どちらに軸足をおいているのか?」とのメディアの質問には「野球が恋人、アメフトは女房さ」と答えている。良くも悪くも派手好きで目立ちたがり屋であった。年鑑の趣味欄に「宝石集め」とか書いてあった。もちろんこの人だけ。)メジャーとNFLの両方でアトランタに在籍していた時には、NFL合流直前の試合でホームランを放ち、チームメイトに別れを告げ、数日後にファルコンズでインターセプトリターンでTDを挙げている。これは「メジャーとNFLで同じ週に得点を挙げた唯一の記録」である。加えれば、両方のオールスターゲームに出場した点でも唯一のアスリートでもあった。

92年、サンダースはメジャーリーガーとしてひとつのピークを迎える。当時キャリアハイの97試合に出場すると、打率.304と初の3割台をマーク。26盗塁、54得点、ナ・リーグ最多の14三塁打でブレーブスのリーグ優勝に貢献。ワールドシリーズでは4試合に出場し、15打数8安打、打率.533をマークする。

翌93年は95試合の出場で打率.276とやや調子を落としてしまう。94年にはシーズン途中でシンシナティ・レッズにトレードされたが、2チーム合計で自己最多の106安打、38盗塁をマークして健在ぶりをアピールした。

しかしサンダースにとってこの年は、メジャーリーガーとしてよりもフットボーラーとしての実力が世界的に認められた年だった。サンフランシスコ・フォーティーナイナーズのコーナーバックとして年間最優秀ディフェンダーに選出されると、史上初のスーパーボウル3連覇を狙うダラス・カウボーイズをチャンピオンシップで撃破。さらにスーパーボウルにも出場し、優勝を果たした。サンダースはワールドシリーズ、スーパーボウル双方に出場した唯一無二のアスリートとなったのだった。

日本で例えれば、プロ野球とJリーグをかけもちし、日本シリーズでは1番バッター、JチャンピオンシップにはFWで出場(しかもバリバリのスタメンで)しているようなもの。その凄まじさが伝わるだろうか。

サンフランシスコは「打倒ダラス、マイケル・アービン対策」でパス守備の要としてディオンを招聘した。当時の映像を見ると恐ろしい光景がある。アメフトではプレー前に円陣(ハドル)を組み、作戦を確認するのだが、ディオンはハドルに加わらず、自分サイドのエリアで突っ立っている。ディオンのポジションはCBという守備のポジションであり、通常4名が配される。この4名が敵に抜かれれば、キーパーがいないゴールが待っているようなものだから、この4名の責任は重大であり屈指のアスリートが求められるポジションである。ディオンは通常4名でカバーする広大なエリアの半分、50%を一人で担当していた。だから作戦を聞く必要はなかった。守備陣11人でカバーするエリアの25%を1人で担当することでもあったが、それでも彼のサイドが狙われることはまれだった。ディオンがいるサイドにボールを投げることは自殺行為に等しかったからだ。

NFLの選手に送られる賛辞に「スピードが1速からトップに入る」というものがある。「常識を超えた瞬発力」。これがディオンの必殺の武器であり、まったく想定外のエリアから弾丸のように走りこみ、パスをインターセプトしてしまうのである。ただインターセプト回数のランキングの上位に顔を出すことはほとんどなかった。ボールが彼のサイドに飛んでこないからである。数字に表れないゆえに、かえってそのスゴさが伝わる話。派手な言動と併せて運動能力まかせの選手のようなイメージが伝わっているが、陰の努力も怠りはなかった。

あるコーチが相手チーム分析のビデオチェックのために朝4時に出かけると、必ずディオンが先に来ていたそうだし、ある対戦チームのレシーバー、普段は控えの選手がディオンとマッチアップしたときに「お前は、フェイントをかける最初に右肩を下げるクセがある。そこを直さないとNFLではやっていけないゾ」と指摘され「起用されるかわからない自分みたいな選手もチェックしているのか、そのクセは自分もコーチも知らなかった」と後に語っている。ディオンのフィールド上での弱点指摘は結構ほかにも聞くけれど、親切より自らのスゴさを喧伝しているような感じだ。そこがディオンらしくもあるのだけれど。

翌95年、裏切り者呼ばわりされながらもカウボーイズに移籍したサンダースは、今度はカウボーイズのスーパーボウル制覇に貢献している。そのスーパーボウルで、レシーバーとしてパスキャッチ(攻撃)、コーナーバックとしてインターセプト(守備)を記録した史上初のフットボーラーとなっている。

96年はメジャーでプレーしなかったが、97年に再びレッズと契約したサンダースは115試合に出場。打率こそ.273にとどまったが自己最多の127安打、56盗塁をマークし、メジャー&NFL双方で選手としての頂点を迎える。しかし翌98年からメジャーでの活動を休止し、フットボールに専念するのだった。

たしかに「裏切り者」だが、サンフランシスコとは1年契約、それも「スーパーボウルリングが欲しい=優勝したい」を理由に破格の安さで契約したのだから、もっと高額を出す強豪チームへの移籍は当然の成り行きだった。しかしわざわざダラスに移るってのもスゴいが。ここでのエピソードは(自分の記憶が確かなら)Tシャツの下に長いソデのシャツを着るスタイルをした最初の有名人。メディアのからかいにも「スーパースターのオレのファッションはみんなが真似をするから、すぐにヘンじゃなくなるさ」とコメントした。またこの頃、熱心なキリスト教信者となり、かなり真面目な言動が増えたが、同時に「オレは今、神にはまっている」なんてことも云うので説得力が薄くもあった。ラップのCDも出したけれど音楽雑誌に「ディオンのラップよりエルトン・ジョンのキッオフリターンが見たい」とか書かれて、これはあまりヒットしなかったらしい。

2000年、カウボーイズのサラリーキャップ対策でワシントン・レッドスキンズに移籍したサンダースだったが、かつての輝きを取り戻すことなくNFLから引退。翌2001年に再びメジャーのレッズと契約、ロースター入りを果たしたが、出場わずかに32試合、13安打に終わってしまう。この年を最後にメジャーからも引退したサンダースは、その後NFLの中継コメンテーターや、ミス・アメリカ・コンテストのホストなどテレビ界に活躍の場を移している。

ワシントン時代には、さすがにピークを過ぎた観があり、いろんなメディアに「ディオン限界」などと書かれ叩かれた次のゲームで文句なしの大活躍。試合後に居並ぶ取材陣に、普通の選手なら「どうだ、見たか」とか云い出すところを、ディオンは「みんなを許してあげるよ」と笑顔を向けた。さすがスーパースターだ(笑)。現役の引退も、ワシントンのヘッドコーチに就任したショッテンハイマーとのソリのあわなさで止めてしまったので、体力の限界とかではない、唐突なものだった。とくかくハイレベルのプレーと数々のエピソードを提供しつづけたディオンは現役に戻るのか。往時のようにはいかないだろうけど、まだやれそうな気がする。そう期待させてくれるほど、それくらい華(しかもど派手な)がある選手だった。

最後に彼とサッカーの関わりを。ワールドカップ・アメリカ大会の時のテレビCMはディオンが担当していた。たしか相手チームのパスをインターセプト(もちろん手で)し、審判にイエローカードを出されるが、そのカードに愛想よくサインをしてあげる、というものだったと記憶している。大学時代にはサッカーもプレーしていたそうなので、もしサッカーに集中していたらどうなったか、とも夢想してしまう。・・・FWだろうな、目立つし。

[][]大塚製薬、レッジーナを4−2で破る。 09:41 大塚製薬、レッジーナを4−2で破る。を含むブックマーク

ちょっと前のニュースだけど、とりあげなくてはね。

http://www.otsuka.co.jp/fc/

●大塚FC 4−2 レッジーナ

(2004年8月11日 15:00 鳴門総合運動公園陸上競技場)

17,000人を越す観衆が見守る中行われた試合はパス交換を巧みに利用し、要領よく攻め積極的に攻め上がる。時間の経過とともにボールを支配されるも、大塚守備陣が落ち着いて対処し、ペナルティエリアへの侵入を防ぐ。両者絶好機を逃し0-0で折り返す。

後半に入り、48分自陣ペナルティエリアでの反則でPKをとられ、キッカー中村俊輔にきっちり決められ先制を許す。その後やや持ち直し59分には林が田中との連係で同点とすると68分、今季公式戦初出場の上田が逆転ゴールを決める。更に74分には大坪が完全復活となるゴールでレジーナを引き離す。79分に1点を返されるも、82分には再び大坪がダメ押しゴールを決め4-2で勝利するとともにMVPを獲得した。

親善試合の勝敗をことさら論じなくても良いと思うけれど、知名度バツグンの人気選手、中村俊輔+イタリア・セリエAのクラブとの試合を地元徳島に誘致して、しかも勝利できたことは、地元と全国に「徳島からJを目指す大塚製薬(徳島ヴォルティス)」の存在をアピールできたと思う。主力4選手と監督までJFL選抜のサウジ遠征で不在の中、よく頑張ったなあ。

[]サガン鳥栖、100%減資断念も自力再建策を発表。 19:54 サガン鳥栖、100%減資断念も自力再建策を発表。を含むブックマーク

http://www.nikkansports.com/ns/soccer/f-sc-tp0-040820-0019.html

●経営難の鳥栖、100%減資を事実上断念

経営難のJ2鳥栖の古賀照子社長は20日、佐賀県の鳥栖スタジアムで記者会見し、Jリーグが救済する条件にしていた資本金100%減資の達成について、事実上断念する意向を示した。古賀社長は会見で「あきらめたわけではないが、反対している数人の株主の同意は困難」と説明。

自力再建策として、1口50万円の株式を5000円に減額する方法で99%減資を行い、名乗りを上げている複数の企業が増資するプランを明らかにした。Jリーグ鈴木昌チェアマンや理事会の了承を得た上で、鳥栖の臨時株主総会に諮る方針。

Jリーグ側の用意した100%減資再建策は事実上お流れの模様だが、新たな再建プランを提示。名乗りを上げてきたスポンサーが複数いることは、今後の展開がどうであれ朗報には違いない。とにかく早く現場を安心させてやってください。

[]デンマークリーグがストライキに突入。 20:18 デンマークリーグがストライキに突入。を含むブックマーク

http://www.nikkansports.com/ns/soccer/p-sc-tp0-040819-0011.html

●デンマークリーグが初ストライキ

デンマークリーグの選手らが、ストライキを起こした。FIFAの移籍規定を不満とし、選手会は17日から初のストライキに突入。3部までのすべてのリーグ戦の延期とU−21代表の親善試合ポーランド戦の中止を決めた。26日にUEFA杯予選が予定されているブレンビーも出場が微妙。

「1リーグか2リーグか」とか「12→10チームへ」とか絡みではないのですね。当たり前。デンマークの選手協会って行動力ありますな。

ノアシェランに所属している日本代表GK川口も影響を受けているようだ。

アジア大会での活躍が記憶に新しい、東方不敗GK川口くん*1の今後はいかに。先の大会で八面六臂の活躍で面目躍如、個人的には「根性見届けた」なので、来季にもJ復帰とかダメでしょうか。

などと書いていたら、id:toroneiさん経由でマスターアジアGKの公式メッセージが。

http://www.yoshikatsu.net/messages/mailfromyoshi/mailfromyoshi.html

デンマークに戻ってきた初日の練習で

選手、スタッフみんながアジアカップ優勝を祝って

僕に花束とゴールドと書いてあるチョコレートを

プレゼントしてくれました。(優勝メダルと掛けているのだと思います。)

チームを長いこと離れていたのに

選手、スタッフみんなで僕のことを祝ってくれたのです。

とても感動しました。

涙が出るくらい嬉しかったです。

こういうの読んじゃうと「いい奴らに囲まれているじゃないか、ノアシェランで頑張れよ」とか思ってしまいますね。そこに「自分の居場所」があるのもサッカー選手の幸せなのでしょうね。*2

*1:追記。id:masashichanさんがスデに命名すみでありました。

*2:英国での不遇を思いおこせば、良いクラブに出会えた、ということ?

nepatsnepats 2004/08/20 20:30 Deion Sanders は殿堂入り間違い無しのCB でしたが、一点だけプロとして
失格な点があって、それは「タックルを積極的にしない」というのがあり、
この欠点はかなりメディアに叩かれた記憶があります。その欠点の影響と
して、ランディフェンスのサポートはそれほどうまくないというのも欠点
でした。
ただパスカバーCB としての凄さがそれを帳消しになってしまうくらい凄い
選手だったので許されていたというのも事実なんですが。

ま、現役復帰はあんまりしないで欲しいかなと思いますね。

SH77SH77 2004/08/20 20:51 はじめまして。ディオンのタックルのヘタさ加減と、それを補うためのパスカバー能力の突出した強化、の屈折ぶりは確かに特筆ものですね。当然ランディフェンスのサポートの消極ぶりは欠点ですが、CBに要求されるランディフェンスサポート能力の重要度と、対戦チームのエースWRを事実上無効化するその実力を有しており、短所を上回る長所がある選手だったと思います。あんまりみっともないプレーしかできないなら、現役復帰はしないほうが良い、ってのは大賛成ですし、本人は100も承知と思います。

LouisLouis 2004/08/20 21:00 申し訳ないです、「東方不敗」川口という呼称に大爆笑してしまいました(笑)。確かに彼、カンフー映画にも登場しそうですw

SH77SH77 2004/08/20 21:17 こんばんは。アジア杯2大会連続での大活躍で2度の優勝に大きく貢献した川口には「東方不敗・マスターアジア」の称号を贈っても良いかと。たしかにカンフー映画似合いそうです(笑)。

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