むしろ母性の物語〜『あねどきっ』

ということで、3夜連続の河下水希特集も今日が最終回。最新作にしてジャンプに連載中の『あねどきっ』。今月単行本の第1巻が出たばかり。

あねどきっ 1 (ジャンプコミックス)

あねどきっ 1 (ジャンプコミックス)

この物語は、中学生である洸太のところに謎の女子高生のなつきが突然現れて、家に押しかけるところから始まる。平均的なジャンプ読者を想定すれば「いもどきっ」ではなく「あねどきっ」になるというマーケティングは理論的には正しい。河下水希はまた反対側に振り子を戻したようだ。前作『初恋限定。』で自分の求める「群像劇」「内面描写」路線を追求していたところから、『いちご100%』のように「あざとく」「読者に媚びる」「ラブコメ」方向へと。

振り子の戻りは、エロ成分の濃度にも現れている。どちらかといえばストイックであった『初恋限定。』から、無駄にお色気を発散させる『いちご100%』の方向へ。

なつきは洸太の身辺の世話をする。外敵からも守る。まるで彼の保護者だ。そして、彼の人格を全面的に肯定し、成長を手助けする。自らの肉体を無邪気にそして無防備に彼の前に差し出す。その様子は、からかっているようにも見えるし、彼を異性としては見ていないようにも見える。そして何よりもなつきは、洸太の強さ・弱さを全部受け入れる一方で、自らの弱さを彼に見せることはない。その生々しい肉体に比べて、全く現実感のない精神は実に謎めいている。

だが、この一方向に向いた全面的な愛情・包容力は、「姉」の領域を通り越して、もはや「母」のそれである。そういえば、洸太の父親は早々と登場しているのに母親はなぜか登場しないし、それどころかその存在について一切言及されていない。となると、これは主人公にとって欠損している「母」のパーツを埋める物語であるように読めてしまう。「あねどきっ」でなく「ははどきっ」。いや古くは『銀河鉄道999』のメーテルのように、母の代替として人気の出たキャラクターがないこともないのだけれども。

深読みすると、単行本第1巻の表紙で、なつきが手に持ったソフトクリームを唇に寄せているところに目が行ってしまいがちだけれども、むしろ彼女の開かれた足の間に置いてあるスクールバックのポケットの穴から洸太が上半身を覗かせながらも外に飛び出すのを躊躇しているようにしか見えないところにこそ、母性の隠喩を見出すべきなんだろう(添付画像)。

しかし、ジャンプ読者が河下水希に期待しているのが母性であるとは思えない。他方、作者の側も決して母性の物語が描きたいとは思えない。考えすぎたマーケティングのせいで、自分の描きたい作品も描けず、読者の支持も得られないという陥穽に落ち込んでいるように見える。この点、編集サイドの責任が大きいと思うが、このままでは前作に続いて打ち切りになりそうな気配だ。個人的には、河下水希は少年ジャンプではない媒体でもっと自由に描いた方が幸せになれるのではないかと思う。作者も、ファンも。

あ、絵の繊細さ、女の子の可愛さは相変わらず圧倒的です。カラーページの色遣いのセンスも素晴らしいし。