ノルウェイの森

気づけばすっかり放置中。。。

ああ、三日坊主。。。

気を取り直して。ここ最近は部屋の片付けがてら、「積ん読」崩しに精を出しています。とにかく読んで、残すor実家に送るorブックオフに持って行くのを決めるのだ!と。

それで、というわけでもないのですが(おい)今更「ノルウェイの森」。村上春樹さんです。昔むかーし、下巻の途中で挫折した記憶があって、確かそれはえっちぃ場面が耐えきれなくなったからだと思っていて。当時、20歳くらいの頃か、話の雲行きがあやしくなったら一気に読み飛ばして次のシーンにいくということをやっていたら(たとえそれで物語の大事なところを読み落とすことになっても、怖いものに触れる方がイヤだった)、下巻に至って読める部分より飛ばす部分の方が多くなって、いやもう無理だろうと。…といっても別にハーレクインじゃあるまいし、さすがにもう耐性がついた頃だろうと思って再チャレンジしたのです。なんかすごい理由だけど。

で、読み終わってみて…

ものすごいぃ鬱な気分になりました。。。
これは人間失格を読んだ時にも匹敵すると思いました。。;

そんなややこい理由じゃなかった、挫折したの;
意味もなくころっと自殺するキャラクターがめちゃめちゃ多い。深読みしていけばいろいろ深い事情が出てくるのかもしれないけど、とりあえず多い。しかもそれがなんてことない書き方で出てくる。

なんか、読んでると、「ほら別に、理由なんかなくったって死んだって構わないんだよ」って言われてるような気がしてくるんです。あー、ほんとは、だからこの本読むのやめたんだっけ…と今更ながら思い出しました。それでも今度は最後まで読みましたよ。しかし救いがあったのかというと…個人的にはびみょうです。。;

ただ思ったことは、この主人公、えらい簡単に泣いたりさみしいとか言ったりするもんだなと。周りの女子にも、何かあるとすぐ「昨夜は泣いちゃったのー」とか「もうあたしかなしくってー」とかアピールしてくる輩や、いかにも慰めてくれと言わんばかりにしくしく泣いてみせる輩がいて、そういうの見てるからかどうなのか、泣くのは一人でやるもんだろうし淋しいのは一人で抱えてなんぼだろう、てか誰かに満たしてもらえるもんなのかそれはと思ってしまう…まぁ時と場合にはよりますけど…そういえば前に読んだ時は逆に、抱えた気持ちを恥じらいもなくずばっと吐き出してしまえることに憧れてたんだっけな…と懐かしく思いながら読みました。感想の変わった私は成長したんだろうか、その逆なんだろうか。うん、なんかスレたような気がします。

でもここまで言っておいて、この本、まだ処分する気はないのが正直なところ。時々ダークな成分が欲しくなることってありますしね。飲むつもりはないけどお守りとして持っておくと気が休まる時の睡眠薬のように(実行したことはないけど)本棚のすみにひっそりとスタンバイさせておく本なんだろうと思います。

それから。

「淋しい方がいいです。あの人がいてくれたってことだから」


昨年観にいった舞台、乙女企画クロジ「きんとと」の中のいち台詞。
そんなことをつくづく思う今日この頃。友達を亡くしてから1年が経ちました。


何度心の整理をしても、いまだに意味がわからないところはあります。もう会えないって何よそれ、みたいな。今でも時々泣きます。突然淋しくなったりして。体というのはそれ自体が結構覚えてるもんで、その子の好きな歌手の曲が流れたりすると、頭で考えるより先に「あっ教えなきゃ」ってテンションを準備するんですね。一拍遅れて頭が「誰に?」とクエスチョンを発し、さらに一拍遅れで「そっか、もういないんだよね…」と改めて認識してしまう。ものすごくやるせない瞬間です。


実際そばにはいなくても、彼女のいない寂しさが一緒にいるっていうことは、彼女が今も一緒にいるっていうのと同じことだろうか?



一緒に好きだった曲、とか。この先聴くたびに、私はやっぱり淋しい思いをするんだろうなぁと思う。それは癒すとかそういう類の問題じゃないんだと思います。それが、彼女がいてくれたってことなら、癒える日がこなくてもきっと、いい。


難しいことはいっぱい、やらなきゃいけないことはたくさん。なかなか前には踏み出し切れていないけれど、自分のことばかりこんなふうに、こねくりまわしてばかりだけど…それでも、今もずっと、大切に思っているよということが、今の私の「喪」なのだと思います。

タイムフライズ

飛龍伝と時を前後して観にいったのがこれ、ミュージカル座公演「タイムフライズ」。これまたけっこう前のことになりますが…気をとりなおして。。;


内容はというと、学生闘争です。これまた学生闘争です。シュプレヒコールです。昨年観にいった虚構の劇団「僕たちの好きだった革命」(書きそびれたけど、かなり好き!)を含め、気がつけばかなり学生闘争ものを観ている気がします。とはいってもこちらはかなりコメディ色強く、主張めいたものはありませんでした。


就職氷河期と内定取り消しの憂き目にあった大学生二人組が学生闘争さなかの大学にタイムスリップするというお話。そして何かに一生懸命になるという体験をして帰ってきて…一人は学生時代の両親に会い、父親の熱い思いを聞いて家業の土木会社をつぐことに。もう一人は紛争地域にボランティアとして旅立つ…という、ちょっとした自分探しのタイムスリップ、みたいなお話でした。


こちらはどっちかというと、学生闘争を知らない世代からみた「学生闘争ってこんな感じだよね」というイメージ、そして「学生闘争を今の感覚に応用するとしたらこんな感じじゃないかしら」という視点によって描かれている気がしました。学生は純粋にがんばってる感じで、欺瞞とかも出てこなくて。でも上っ面に軽い感じはせず、楽しいミュージカルとして観ていられたのでいいんですけどね。普通に楽しく笑っていられるミュージカル、というのがミュージカル座の味なんだろうと思うので(といっても2回しか観てないけど…;)。


でも、息子に向かって「父ちゃんが60年安保で使ったヘルメットかぶってけ!」っていう父ちゃんが出て来たり、催涙弾の水平射撃で死ぬ人がいるのは「僕たちの〜」と同じで、学生闘争を今の視点から描こうとすると大体そういうパターンになるのかなと思いました。蛇足ながら一時期小劇場でぽこぽこやってた裁判員モノでは、大体お水の女の人と主婦と説明キャラが出て来たような…パターンですね、パターン。

飛龍伝2010 ザ・ラストプリンセス

ものすごくひさしぶりの更新(。。;)
去年の11月からこっち、個人的に色々あったのですがそれはおいといて。ひさしぶりの観劇記は「飛龍伝2010 ザ・ラストプリンセス」@新橋演舞場でした。

小説版「飛龍伝 神林美智子の生涯」が大好きなので、舞台を一度見てみたかったこの演目。それでも二等席でみたのはお金がなかったからだよ!
全共闘40万」を率いる神林美智子に黒木メイサ、学生を取り締まるはずなのに美智子に惚れて守りまくる機動隊隊長、山崎一平に徳重聡、委員長になるか…という地位から器の小ささを露呈して追われる美智子の恋人、桂木順一郎に東幹久のキャスト。沖縄基地移転問題の影響があるのか、沖縄と本州の関係や原発・核問題が時事問題として折り込まれた改作です。なんと美智子は「琉球王女」。ラストプリンセスて…ああ、そういう意味なんだ…ということですね。その「ラストプリンセス」なるハデな装飾がそれ以上の意味を持たなかった、少なくともあまり持ってるように見えなかったのはもったいない気もしましたが…まぁそれはそれで。「熱海殺人事件」もそうですが、色々なバージョンがあって、ベースの人物やあらすじが他の問題を盛り込む容器、あるいは媒体として使えるのは面白いです。「革命やってる学生さんは就職すればいいけど、機動隊はずっと機動隊なんだ」とか、「働きもせずに何万も仕送りもらってる学生がとく社会主義とやらは、頑張って働いて農園開いて、おいしいリンゴをつくるんだって笑ってるおやじから財産とりあげるものなのか」とか、そういう哀しい不合理さへの疑問がもともとの作品にはあって、今回はそれが自衛隊問題に使われている。原発の臨界を鎮めるために美智子が沖縄のセクトの学生を派遣した、でもがたがた震えて進めなかったから自衛隊が行った、そして被爆した。「そんな時に呼ぶんなら自衛隊は要らないなんて言うなよ」と。


しかし今回黒木メイサの演じていた美智子はほんとに「お嬢様」という感じでした。先に言っときますが黒木メイサ、きれいでした。まっすぐはきはき台詞を吐く姿には凛とした美しさがありました。でも、それ以外の感想が出てこなかった。

私の中には「神林美智子の生涯」で勝手につくりあげたイメージがあったのかもしれませぬ。どっちかというと「嫌われ松子の一生」に近いイメージ。親族郎党の中で相手にされずに、必死で勉強して東大理三に合格し、地方からひとり東京まで出て来たのに、折からの学園紛争に巻き込まれ、どうしょうもない男たちに次々ひっかかる。作戦のために山崎一平宅に潜伏し、愛してしまって子供を産んで、最後はその人に殺される。あんた何しに大学きたのと言いたくなるような転落人生です。生まれはお嬢で所属はエリートと表面は上流かもしれないけど、当たり前のように愛し愛されるということを知らない美智子の心は社会最下層。それでも愛したい、愛されたい、家族が欲しかった、理想を追いたかったと必死で求める美智子の中に美しさがあるのだし、いろんな男性にふらふらしているようにみえても、そのさみしさと純粋さが美智子の「芯」なのだと思ってました。それが芯まで「プリンセス」になってしまった結果、必死さという魅力が見えなくて、感動できなかったかな、と。這い上がろうとする必死さってすごいもんがあると思うので。というか、あらすじを知らずに見た人は何で美智子があんなに次々男の人を好きになるのか、最後の身の上話だけで納得できるものなんだろうか。


かてて加えてどうも私は弱いものの方に目がいくらしく、個人的に一番好きだったのはカラテカの矢部さん演じる下っ端「ひょっとこ」です。瓶底メガネをかけた美智子を「ブスで三流大学出」だと勝手に思い込んで、「ぼく病弱だからさ〜、きみみたいなブスとは相性がいいと思うんだよね」とかたぶらかす男。ひどいこと言ってるんだけど愛嬌とみじめさがあって憎めないキャラです。あっでも最後はちょっとかっこよくなります。お嬢だと素性がわかって桂木の女になる美智子に「俺のこと騙して楽しかった!?」って叫ぶシーンはぐっときました。美智子が神林財閥の一族で美人、とわかった瞬間「おれの女になってもらいます」という桂木もどうかと思うけど、桂木に不合理に彼女を奪われて蹴り飛ばされながら「どうぞひょっとことお呼び下さい、ただ、俺、役職が欲しいんです」と、ひょっとこのお面(実物)つけて顔上げる姿には涙ぼろぼろだったんですが、みんな笑ってるんですよね…あれ、おかしいなぁ;つか作品は時々、私が泣きたい場面で周りは笑います;;くやしさに共感するより滑稽さに笑えるのはある幸せだからかもしれないけど。そして滑稽さに笑うよりくやしさを見てしまうのは私が歪んでるからかもしれないけど;そんなどうしょうもない行き違いって、あるもんですよね。まぁ、それもつか作品の魅力ということで。


ちなみにつかこうへい劇団自体も今年は「飛龍伝2010」を上演するようですね。こちらもチェックしたいです。…だいぶ先ですが。

アイドル〜失われたキミを求めて〜

久しぶりに更新を。観たのはもうだいぶ前になりますが、男性5人組ユニット「劇団スパイスガーデン」第2回公演です。

http://ameblo.jp/spice-garden/

10年間売れないまま活動してきた崖っぷちアイドル集団が最後の挑戦に挑む…か!?というようなあらすじ。

今更ながら書いてるのは、まぁ、色々思うことがあったからです^^;)とりあえず、ここまで受付がザンネンだったところは初めてかもしんない…^^;)

受付にいってもスタッフがずっと下向いてしゃべってる。やっと気づいてくれても「あんた何?」みたいな目でジロリ。あの、いちおう客です^^;)

そして受付がすむと蛍光のペンライト渡されるんですが、その際の説明が
「クライマックスになったら使ってください」

アイドルだけに歌うシーンで使うんだろうなぁ、とは思ったんですが、いったい何処で使えというのか@@;)何回か歌うから使って欲しいクライマックスわかりにくかったし@@;)しかたがないので、周りがぱらぱら使い始めるのに合わせて振ってましたが。

でも…これ、演出としてはっきり言って何の意味もないんですよね。前振りも何にもないから、客観的に見れば客席が勝手にライト振ってるだけ。何度も公演を重ねて固定客もついて、こういう時はこうするんだよ、って作法がきっちり決まってる団体ならともかく、公演2回目の劇団が無言で要求するには不親切だと思う。それともファンならわかったのかな??せめて前振りくれれば客席とのコミュニケーションになったんだけど…

そして終演後。アンケートちょっと書いて、後ろ振り返ったらもう誰もいない!?

…っていうのは、劇場内で客だしするスタッフさえいなかったから、ですね…知り合いが出てる人のための「役者に面会の方はどこそこでお待ちを…」ってアナウンスもなかったから、どうしたら良いかわからなさげな客がちらほら。外に出てみたら、「今日のアノ曲も入ってるCDですよ〜!!」とやたら威勢のいい物販が…

そんなんより先に、アンケート集めてください!!

使い終わったペンライトも、これどうするんですか?と聞いたら
「持って帰っていいですよ」

要らないよ!!

後でサイト観るまで知らなかったんですが、サイン会とかやっちゃうようなひとたちだったんですね…そのせいもあるのかな?あんまりお客さんの扱いとか知らない感じが…舞台自体は元気があって面白かったし、男の子ってこういうやんちゃなものが作れるからいいよね〜と思ったし、脚本に??なとことか色々あるけどまぁいっか、と思えるくらいのモノを持ってたので、スタッフワークのせいで観る気が萎えてしまうのは勿体ないなと思いました…

ただいいなと思ったのは、なぜアイドルになりたいのか!?という答え。

「それは『なんとなく』だ!!」って(笑)

誰かが喜んでくれるからとか、応援してくれるファンのためだとか、そんなのは後から芽生えた「続けていくための後付けの言い訳」で、最初にあったのはただの原始の衝動なのだと。それを忘れてはいけないと。

コレは、イイと思いました。

世の中、人のためにとか、みんなのためにとか、そういう物言いをする人が多すぎると思うんです。そりゃぁ何かをするためにはいっぱい人のこと考えなきゃならないけど、それはそれであって、じゃぁ何でわざわざ「それ」を選ぶのかっていうと、やっぱり自分のためなんじゃないのかと。たとえば「お客さんのために芝居をやるんです!」って言う劇団さんってあるけど、他のことするんじゃなくて芝居をみにきて欲しいって思ったり、しかも他の劇団じゃなく「うち」の芝居をみにきて欲しいって思うのはやっぱり、自意識なんじゃないかなぁ。それを棚にあげて人のためっていうのは傲慢な気がするんですがいかがでしょう。


「人のため」っていう言い訳の使えないところで、それでも自分はそれをやりたいんだっていえるかどうか。

「やりたい」っていうのはそういう覚悟なんじゃないかと思いました。

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ

「なぁ能登!生きている俺が羨ましいだろう!」

名台詞だと思います。


滝本竜彦ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ
引きこもりとか非モテとかをいっときキャラにしていて、エヴァンゲリオンに出てくる綾波レイを「脳内彼女」にして、リアル彼女を作ろうと頑張る話なんか書いているひとです。でも(?)この話は結構好き。

内容は、それは素敵な夢物語。

諸悪の根源とかいう、チェーンソーを振り回す不死身の怪人と夜な夜な戦う女の子、雪崎絵理。それをサポートしようとするのが主人公、山本陽介。特にスキルなし。

何のために戦うのか全くわからないけれど、ヤツを倒さなければ世界に希望はない。翻っていえば、そいつを倒せば希望がある。一見不条理な設定だけど、戦うモノがはっきり目の前に現れてくれるっていうのは、やっぱり都合のよい夢物語。

何かと常に闘っていて、でも相手はかたちも何もわかんなくて、闘い方も武器もわかんなくて、コレでいいのかと思いつつも手を打ってみる。ガチで肉弾戦するんじゃなく、ジリジリ砦をつくって広げて前線を押し出しては戻されて。ただひたすら今を今たらしめることだけが方法であるかのような、そんな闘いが日常ってものだと思うから。


コイツを倒せばかなしみが終わる! そんなもん居たら私だって闘っちゃいます。


若干結末を書いてしまいますが、陽介にとってチェーンソー怪人はやはり希望になります。「それはなんてわかりやすく、ありがたい、涙の出るような、すんげー最高な救いだったことか」って。能登っていうのは事故死した彼の友達です。彼は見えない敵とずっとずっと闘ってきて、そしてガードレールに突っ込んで自分という犠牲を払いながら、勝利を手にして永遠のヒーローになったのだと陽介は理解する。だから自分はチェーンソー男と闘って、絵里ちゃんを守って死ぬことでやはり同じ勝利をつかもうと決める。


でも、置いて行かれちゃうのです。突っ込んで行った暗闇の中で再会した能登に、「お前はダメだよ。お前みたいな中途半端な男は、どうしたってしかたがないんだ。…お前はダラダラするしかない。薄らぼんやりした幸せを楽しむしかない。すぐにでも消えてしまう幸せを、大事に大事にするしかない。お前にはそれが精一杯だ」って突き放されて、生きたまま目を覚ました雪の上で慟哭するの。


前回のエントリで友達を亡くしたことを書きましたが、図太いあたしはちゃんとその夜も眠りました。朝になって、目を覚ましかけたまどろみの中では全部忘れてて、今日何があるんだっけ…って考えて。思い出そうとして、あーCちゃんもう居ないんだって思って、起き上がって。


携帯開けたらメールが届いてました。


最近携帯でやってるオンラインゲームからの通知。メッセージがきてますよ。「今日はどこそこに攻撃ヨロシクね☆」「はぁい、今日もヨロシクお願いしまーす☆」普通に返すの。くっだらねぇあたし、って思って、…でもこのくっだらねぇことがあたしを現実に引き戻して、つないでるんだと思って、ふっと冒頭の台詞が頭をよぎって、起き抜けから泣いてしまいました。


置いて行かれちゃった。


あたしはバカだから、くっだらないことをやり続けて、そのうちそんなくっだらないことを愛しいとさえ思いながら、…いじましく生きてくしかないのです。


呆然としたり思考停止する時間は抜け出しつつあるので、心配かけちゃった人ごめんなさい、ありがとう。「キッチン」じゃないけど現実ってすごいです。やることは押し寄せてくるから哀しくても動かざるをえなくて、哀しいからって止まれないのが社会ってモノで。でも「喪」って大事だなぁとも思いました。お葬式をするのはあっちとこっちの線引きをするためだって聞くけど、その前に、その人の死をかなしむためだけの時間が許されてるのは大事なことだと思う。その人のことだけを考える、優しい優しい時間です。ものすごい間接的にしか話をきいていないから、今、仲の良かったメンバーで、何とかして彼女のところへ辿り着こうと話し合ってる。それぞれにもがいてます。


普通に連絡がとれて、次いつどこで会おうって約束が出来て会いに行けるってことが、とってもすごいことなんだってしみじみ思う。知ってた、人はよし大丈夫って安心してたらあっけなくいなくなってしまうこと。でも忘れてた。イカナイデイカナイデイカナイデ、そんなふうにすがりつくことは重いだけだと思ったし、もしかしたらそれでお互い嫌い合いながら生き残ることもありかもしれないけれど、だからって何をしていいのかわからなかった。


彼女と当たり前に会えた頃に戻りたいと思う、でも戻って何をやり直したらいいのかわからない。きっとあの頃そのまま続いていくはずだった未来と、これからは闘わなきゃいけない。家に戻れば彼女にすすめた本があって、すすめられたCDがあって、その物語の結末もやがて出るはずの新曲も、もう彼女が知ることはないことと。一緒に買いに行ったワンピースを今の私は重宝していて、生活の中にまだまだ彼女がいるけれど、やがて彼女を置いて時間は進んでいくことと。10年後、どんなふうに彼女を想うのかということ…


ちょっと支離滅裂(汗)大事なひとたち。あんまり早く、いなくなんないでください。

喪ったひと

大事な友達が亡くなったという報せを受けました。心の調子を崩していた彼女とはずっと会うことができなくて、仲間うちでも連絡がつかなくて、人づて人づてに近況をさぐって届いた話。だからほんとなの?嘘じゃないの?って気持ちが拭いきれないけれど。


家には今度彼女に会ったら渡すはずだったものがたくさんあって、いやCちゃん居るでしょ?って気がしてしょうがないのに、頭のどこかでは覚悟していた自分もいて。最後に会った時、「また遊ぼうね」と言いながら、ああでもこれが最後のような気がする、「次」はないんじゃないかって気がなんとなくしていたから。


彼女とは「わかるわかる!」っていう部分が多くて、よく話してました。

死にたいんだよねって話をしました。でも死にたいっていうよりは眠りたいんだよねって話しました。消えたいんだよねあははって話してました。それはなかば冗談の笑い話。

意味なく生きることよりどうして意味ある死の方を選んじゃいけないの?でも薬で病気を散らすみたいに、傷のなめあいでも慰め合いでもいいからそうやって誤摩化していけばなんとかなるんじゃないかと思ってた。


たとえば買い物したりライブに行ったりカラオケしたり遊んでみたり、我に返れば虚しくなってしまうようなことにくだらなくわざとはしゃいで、何かにつけみっともなく一喜一憂して、年がいもないことをたくさんやって、夢中なふりをするだけであったとしてもそういうものをつなげていけばこれから先も生きていけるんじゃないかと思ってた。


でもそんな想いを話せた人はいってしまって、取り残されてしまいました。


同じようなこと話してたのに、こんなみっともない私は生き残ってしまって、でもきっとこの先もどうしょうもないことをいっぱいやってすがりついて人に迷惑かけて醜態晒しながら生きていくんだろうと思います。


あたしはそんなふうに図太いから、なんだかんだ言いながらも見苦しく色んなことに手を出して、追っかけて、そうしたらギリギリで大事なものに出逢うことができました。世の中うまくできてるんだ、だから彼女にもミラクルなことがきっと起こるから、今苦しい思いをしたぶんまとめて幸せがくるから、それまで死んじゃだめだよと言ってました。具合がはかばかしくなくなくなっても彼女は私のことを励ましてくれて、あたしはちゃんと追いかけたものをつかんで彼女に見せたかった。どうしょうもないこと言ってたけどあたししあわせになれたよ、だからほらしあわせになっていいんだよって言いたかった。だから頑張ってって、希望を見せたかった。しあわせになりたいよねって一緒に話してた人だったから。

恋話もたくさんして、やっぱり思うことは似ていて、SILKはわかってくれるから嬉しい、それからSILKを大事にしてくれる人と出逢ってほしいと言ってくれました。だからいつかすごく好きな人に大事にしてもらえるときが来たらちゃんと紹介したかった。もう彼女に何をすることもできない、彼女と何をすることもできないということが信じられません。


最後に何話したっけと思い出してみれば、きっと電話で話したのが最後の会話。今度会ったら渡したいものがたまってるんだよと笑って話して、Cちゃんはしばらく辛くて外に出られないし家まで会いにきてもらっても難しいと言ってて、いいよあたしずっと待ってるから、と言ったらうんと言ってくれました。


その時嬉しそうに笑ってくれた彼女の声を覚えてる。



泣けばいいのか喚けばいいのか悔しがればいいのかわからないけど、でもあたしは今でも、彼女に希望を見せたい。残ってしまったあたしは、みっともないあたしは、今でも、一生懸命追いかけて、ちゃんとつかんで、ほらって言いたくて彼女にやっぱり笑ってほしい。それはもう、現実では会えなくても関係ない気がするんです。


ほんとにいってしまったのなら、眠りたいと言ってた彼女だから。
せめて幸せな夢の中にそのまま入っていったのだと思いたいです。


女は、生き残って。戦い続けなければならないのですよ…って書いた矢先の、こと。
そして遺された人間はこれから何かを乗り越えていかなければ、なりませんね…