2011-08-29
1954年の『ゴジラ』、2011年の『人生、ここにあり』
音楽・映画 | |
お盆休みに1954年のオリジナル版『ゴジラ』を見ていたら、面白いシーンがあった。
【東宝特撮Blu-rayセレクション】 ゴジラ(昭和29年度作品)
- 出版社/メーカー: 東宝
- 発売日: 2009/09/18
- メディア: Blu-ray
- 購入: 3人 クリック: 39回
- この商品を含むブログ (27件) を見る
南海で謎の怪獣ゴジラが発見され、志村喬演じる生物学者が国会に参考人として呼ばれる。官僚だかセールスマンだかわからない最近の御用学者とは大違い(笑)の、学究らしい風格が溢れる志村先生は『ゴジラは水爆実験で生物が突然変異したものだ』と意見を述べる。
すると与党側らしい、偉そうなオヤジ然とした国会議員がやおら立ち上がり、演説を始める。
『水爆実験が原因なら、ゴジラのことが広まると実験をやっている他国との友好関係に影響を与えるからだ』 (笑)
今も昔も為政者側の発想は同じ、なのは、ある意味 非常におかしい。
でも『ゴジラ』では、そういうことを現在のように政治家や官僚が密室で決めてしまうのではなく国会でオープンに議論をしているのだから、少なくとも1954年当時の発想は今より民主的だ。 ゴジラ上陸地点の品川区の住民に政府はきちんと避難指示も出している。その頃の避難は大八車だけど(笑)。
どうも2011年のボクたちは1954年より退化しているらしい。(嘆息)
それだけじゃ寂しいから(笑)、2011年の素晴らしい映画の感想を。
銀座で『人生、ここにあり』 。原題は『Si Puo Fare』(やれば 出来るさ)。
どうせマイナー映画だろう、と思って余裕こいて劇場に行ったら、朝一の回にも関わらず満員だったんで、どうも様子がおかしい、と感じたんだよ。でも見た後は、(満員は)当然だと思った。
イタリアでは1978年にパザリア法という法律が出来て以来、精神病院が廃止されたそうだ。一時的な入院はあっても、長期入院は禁止され、患者たちも社会の中で健常者と共生していくことを目指している。 一部の患者たちは協同組合などを作って自活を図っているそうだ。現在その数は約2万人。その先駆けとなった実話をベースにした話だそうだ。
舞台は1983年のミラノ。過激すぎて労組でも持て余されている活動家、ネッロは精神病患者たちの協同組合に派遣される。彼が患者たちと一緒に、それを軌道に載せるまでをコミカルに描いた、そんなお話。
労働運動一筋で精神病の知識などないネッロは患者たちと悪戦苦闘するうちに偶然 彼らが一人ひとり、得意なことも持っていることを発見する。パズルが得意な者、顔が怖い者、地道な作業が得意な者、計算が得意な者。ネッロはそれらを生かした寄木細工の芸術的なフローリングの協同組合を始める。最初はうまくいかないけれどネッロの熱意と患者たちの愚直さ、そしてちょっとの幸運で、協同組合はパリ市の装飾に招かれるほどの成功を収める。
ここで描かれている、彼らが仕事を持つことで次第に精神と肉体の健康を取り戻していく過程は感動的だ。ま、ボク自身は仕事は精神にも肉体にも悪い、と信じているけど(笑)。
この映画では日本ではあまりなじみがない、労働者で共同で意思決定する組合形式の企業が描かれている。最近は社会的起業とか流行ってるから、こういう点を持ち上げる人はいるだろう。だけど、集団での意思決定は時間がかかりすぎて経営環境が激変する時代には向いてないと思うから、ボクにはそこは絵空事のようにも思えた。そういう意志決定方式はイタリア人みたいな個の強さがあってのものだと思うし。
それより、他人とのコミュニケーションが不得意、人付き合いが大嫌いなボクは、映画で描かれた精神病患者たちにシンパシーをビンビンに感じてしまう(笑)。
彼らは他人と触れ合うことで傷つくことを恐れて、自分の中に立て籠もる。そうしているうちに精神の牢獄のような底なし沼にはまってしまい、抜け出せなくなる。 こういうのって、他人事ではないからなあ。
この映画が素晴らしいのは、お涙頂戴の慈善や社会正義の話ではなく、登場してくる誰もをきちんと一人の人間として描いているところだ。
ネッロは強情で他人(特に彼女)への思いやりに欠けている。友達だったら嫌だなと思うような奴だ。患者たちは凶暴だったり虚言癖があったり色情狂だったり、UFOが年金を支給してくれると信じている奴も居る(笑)。どこかバランスを欠いている彼ら・彼女らは周りから持てあまされても仕方がない、こともよくわかる。
それでも観客は彼ら・彼女を完全に嫌いになってしまうことができない。
ネッロは正義漢で不屈だしイタリア男らしいユーモアがある。それに、お洒落だ。患者たちも不器用だけど真面目だし、その不器用さが思いもよらないような幸運を招き寄せたりする。彼らの芸術的なフローリングはそうやって見出される。
きれいごとじゃない、目をそむけてしまいそうなこともきちんと描く。薬を減らし健康を取り戻して性欲をもてあます患者たちは人前でもマスタベーションを始めたりする。そこでネッロは患者たちを、ECからもらったべンチャー企業への補助金で売春婦のところへ連れて行く(実話だそうだ)。
そんなシーンを堂々と、あっけらかんと描くところはイタリアらしい。だけど、性欲だって人間の一部だ。そういうことも含め、この映画の人間の描き方は素晴らしいと思った。
あと、もうひとつ。
この映画で大きな役割を果たす女性二人、主人公の恋人役も、ある患者と恋仲になる若い女の子もどっちも目茶苦茶いい女なんだ(笑)。とくに後者。文字通り 光り輝くような美しさ、と思ったくらいの完璧な美貌。
やっぱりそういう人が出てくると、映画として単純に見ていて楽しい(笑)。それに女性向けには(?)ハンサムで繊細な患者くんも出てきますです、ハイ。
終盤 致命的な事件がおきて、不屈のネッロもショックを受けて協同組合を抜けることを決意する。そこからの患者たち、そしてネッロの彼女が素晴らしい。 話の先は読めちゃうんだけど、それでも最後の5分間、ボクはずっと泣いていた。
どんな人間も間違いを犯す。それでも、生きていかなくてはならない。
この映画は笑いを取り混ぜながら、そういう視点で人間を描いている。人間観が深く、強く、暖かい。さすがイタリアの歴史は3000年(笑)、ハリウッド映画では考えられないような視点だ。 ボクもせめて、10年前にそういうことがわかっていたらなあ(泣)。


『ゴジラ』では、そういうことを現在のように政治家や官僚が密室で決めてしまうのではなく国会でオープンに議論をしているのだから、少なくとも1954年当時の発想は今より民主的だ。 ゴジラ上陸地点の品川区の住民に政府はきちんと避難指示も出している。...とても面白い!! Grazzie!!
原発で亡くなった二人、あの二人がそうでしたか。
一昔前、日本経済が華やかな頃はイタリアという国は万年不況で見習うべき対象と思われていなかったと思います。今は人間の深みとか、個性を尊重する姿勢など学ぶべきところだらけ、だと思います。(笑)。
人間の深みといえばゴジラで芹沢博士を演じた平田昭彦氏は特攻隊の生き残りだそうです。かっての日本にはそういうところで人間の深みが存在しえた、と思います。特に浅墓な松下政経塾の出身者や2世議員を見ていると、余計にそう思います。
お礼が遅れて済みません。昨夜は
何となく憂鬱で早く休んでしまいました。
動物園の記事を書いた所為もあるでしょう。
訳していてやりきれなく憤怒の念でいっぱい
でした。何故動物が人間の紛争に巻き込まれ
命を落とさなくてはならないか、考えていました。
殺し合いたい人間は大いにやってください。
権力闘争も含めて。他人との違いを認めることが
出来ない人が大嫌いな私は、
戦争ごっこにうんざりしています。
私もぜひ、観てみたいです。私自身は、行ったことが未だないのですが、
町田市大賀藕絲館(ぐうしかん)は、ぐうし織りを、障害をもった人たちの
仕事場作りとして当時の市長が考案して始まったというお話を、このブログ
を読んで思い出しました。
これからも宜しくお願いいたします。