特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

アベノミクスよりアマノミクス!:映画「日本の悲劇」

あれほど暑かった季節もいつの間にか過ぎて、やっと過ごしやすい気候になってきた。お休みはすぐ終わってしまうし、この勢いだと、すぐ年末だ(嘆息)。
                                       
今週でNHKあまちゃん』が終わってしまう。この9月の放送分だけでも、夏ばっぱの『口を動かすより、手を動かせ』とか『(海に潜らなければ)いつまでたっても被災者のまんまだ』などのセリフは忘れられないし、話だけは知っていた『震災直後から不眠不休で線路を復旧させ、地元民のために無料で列車を走らせた。』という三陸鉄道のエピソードをこの目で見ることができたのも感動しすぎて、何とも言い難い。汽車が停車した暗いトンネルの中から、(廃墟が待っている)明るい出口へ恐る恐る歩きだした時に大吉駅長が歌ったゴーストバスターズは死ぬほど格好良かった!
●この話を読んだら、誰でも泣くはずだ、フツー。

さんてつ: 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録 (バンチコミックス)

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それに、でんでんやら正宗パパやら、映画『ホテルハイビスカス』の主役だった蔵下穂波ちゃん(喜屋武ちゃん)やら、仲代達矢と共演した『春との旅』が忘れられない徳永えりちゃんやら、渋いバイプレーヤーに囲まれたキョンキョン橋本愛ちゃんを見るのは文字通り、目の保養だった(笑)。
●名画です。

ホテル・ハイビスカス [DVD]

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あまちゃん関連の経済効果は『アマノミクス』と言うらしい。週刊誌の見出しでは20億とか200億(いい加減だな)とか言われてる。ボクだってシングル『潮騒のメモリー』を買ってキョンキョンの20年振りのシングルベスト3入りに及ばずながら貢献した(笑)。能年ちゃんのあまちゃん写真集も予約してしまった(笑)。                              
大抵の人にはもう、アベノミクスの正体は庶民から金持ちへの富の移転(収奪)だってことはわかっているだろう。だけど『アマノミクス』なら大歓迎だ。『アマノミクス』はちょっと変わった誰かや立場が弱い人を敵視したり、普通の人から富を収奪したりしない。震災や原発事故で困っている人を見捨てたりもしない。まして絆とか気持ち悪い言葉を他人に押し付けるほど、恥知らずではない。
ただ、人を笑顔にするだけだ。
それが普段の生活で泣いたり、落ち込んだり、元気をなくしている人たちを勇気づける。この、頭のネジが何本か抜けた登場人物たちにできるなら、(同じように頭のネジが抜けた)自分にも何かできるはず、だと

ああ(笑)、あまちゃん』が終わったら、そのあとボクはどうしたらいいんだろう(笑)。


                                                   
渋谷のユーロスペースで映画『日本の悲劇
肺がんで余命いくばくもないことが告げられた元大工(仲代達矢)。同居する息子(北村一輝)は会社にリストラされて妻子とも別れ、今では老父の年金だけが二人の生活の糧となっている。病院から無理やり退院してきた老父は亡妻の位牌を抱えたまま部屋を釘で密閉して、閉じこもってしまう。『こんな世界はうんざりだ。水も食物も要らない。自分はミイラになる』と言って。

●4人の出演者の表情に注目してほしい。

イラク人質事件(『バッシング』)、犯罪被害者(『愛の予感』)、子どもの貧困(『ワカラナイ』)、老人介護(『春との旅』)など現代日本の不条理を正面から、だが、アバンギャルドと言っても良いような独特な手法で描き続けてきた小林政広監督の新作。年金の不正受給のニュースを見て発想した話らしい。
映画は主に古い一軒家の中で、老父と息子との二人芝居で語られる。ところどころ仲代の妻(大森暁美)や息子の妻(寺島しのぶ)など亡くなった者たちとの思い出が挿入されながら進んでいく。

俳優たちの演技は重厚そのもの。仲代達矢の演技を今更誉めても仕方がないかもしれないが、ここでは文字通り岩のような存在感を醸し出している。寺島しのぶは他の映画で若手と絡むときは迫力がありすぎてアンバランスに感じるときもあるが、仲代を前にすると役柄どおり、文字通り小娘の嫁になってしまう(笑)。北村一輝の血を吐き出すような嗚咽も文字通り真に迫るような悲痛さで、個人的にすごく共感できた。ただ仲代は元大工には見えなかった。この映画の欠点はそれだけかも。
●この表情。仲代、すげーよ。

●現在はモノクロ、過去はカラー、見事に使い分けられている色彩。

北村一輝も良かった。

                                                   
リストラに逢った息子はそれと同時に発病した老母の介護も抱えて再就職することができなかった。収入がない夫と別れて気仙沼の実家!に帰った妻子とは震災以降 連絡が取れない。残った父は世界と関わることを拒否して部屋に閉じこもってしまう。

リストラ、家族の離散、介護、貧困、孤立。映画は現代日本のどこにでもある不条理な出来ごとを語っている。主人公たちは日々を生きるのに精一杯で状況について語る言葉を持たない。その代わり 暗い画面の中で延々映される仲代の背中のアップが実に雄弁だ。ボクにはその背中がこう語っているように見える。
『(ボクたちは)いったい どういう世界に暮らしているのか。』

『(ボクたちは)どうして、こんな世界にたどりついてしまったのか。』


●仲代の背中の演技に注目

                                           
一部の回想部分を除いて殆どがモノクロで占められた画面が美しい。陰影に富んでいるだけでなく、画面の質感がビロードのように滑らかだ。まるで人間の心のひだを辿っているような錯覚さえ覚える。暗いお話なのに、陰鬱な印象は全くないのは不思議としか言いようがない。
そんな画面の中に、彫りの深い彫刻のような、どっしりとした人間の像が描かれている。小林監督の以前の作品『愛の予感』(傑作)に近い。

愛の予感“THE REBIRTH” [DVD]

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だが、『日本の悲劇』はもっと、さりげない感じだ。そのさりげなさが、これはフィクションではなく、誰にでも起こりえる話であることを観客に実感させる。それに対して監督はエンドロールで、東日本大震災の死者約2万人、そして毎年 日本で自死する約3万人にこの映画を捧げている。奇しくも宮崎駿の『風立ぬ』と同様に、この映画もまた『生きろ』と言っているみたいだ。



                                           
映画は誰も居なくなった家にかかってくる電話の音で終わる。小林監督はたとえ不条理な世界でも、外部とのつながりを希求するべきだと言っているのかもしれない。だが、そんなに簡単に結論を出さないでくれよ。
どうして、ボクたちはこんなところまで来てしまったのか?
                                                                                      
見た後に深く、長い、余韻が残る。今年のベスト5に入るであろう素晴らしい映画だった。