特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『クイーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』と映画『365日のシンプルライフ』

毎度のことだが、週末はあっと言う間に終わってしまう(泣)。土曜の夜と日曜の朝、東京では久方ぶりの大雨だった。おかげで日曜の夕方は空気が澄んで、夕焼け空が美しかった。段々と空が高くなってきて、夏が終わろうとしている。
●東京の電線が悲しい(笑)

                                                                 
さて、個人的に朝日新聞はかなり、嫌いだ(笑)。少し前の原発推進の姿勢や小泉マンセーは酷かったし、やっぱり、この新聞には産経とよく似た牽強付会の傲慢さがあると思う。これは特殊な例だとは思うが、昔 朝日の記者が『記事を書きたいから、(見ず知らずのボクに)自分の外国取材に同行して案内しろ』と言ってきたことがあった。自分が書く記事は社会のためだ、だからお前も協力しろ、というロジックだ。勿論そんなバカは相手にしないが(笑)、その記者はおそらく自分が絶対的に正しい、と心底信じているんだろう。
いつ止めようかと思いながら眼を通している朝日だが、時々三面に掲載される『オピニオン』欄、長編インタビューだけは面白いものが多い。
                                                    
丁度 9月6日の土曜日 元プロ野球選手で今は東大大学院にいる桑田真澄氏のインタビューが載っていた。内容は東大野球部を例にとって『日本の野球にはなぜ気合と根性という歪んだ伝統が根深いのか』と言う話だった。この話題はやめようかと思ってるのだが、朝日が悪い(笑)。http://www.asahi.com/articles/DA3S11335891.html
彼によると戦時中 野球界では軍隊のように上層部への絶対服従などが強調されたが それは軍部に敵性競技とみなされたのに対抗する苦肉の策だった。ところが戦後多くの軍隊経験者が野球の指導者や審判になって、軍隊式の指導法や精神論、体罰肯定が根付いてしまった、と言うのだ。例えば かっては練習中に水を飲むのは禁止されていたが、軍隊では兵隊が水を飲み過ぎるとなくなってしまうし、南方の戦地の猛暑で水も腐るので、『水をのんだらバテる、根性がない』とされていた。それが野球指導に持ち込まれたというのだ。インタビューの中で桑田氏は、スポーツ選手も自分の頭で合理的に考えろ戦後に広まった常識を疑え、と言っている。
なるほど〜と膝を叩くような目からウロコの話だった。そういう桑田氏が野球界で他の人とやや違うポジションにいるのも良くわかった(笑)。
                             
それと同じような話は靖国にも言える。宗教学者島田裕巳によると、戦後 国家護持がなくなった靖国神社に厚生省の官僚が名簿を渡すなど積極的協力をしており、その官僚の多くは復員局から厚生省へ移った元軍人たちだった、と言うのだ。

靖国神社 (幻冬舎新書)

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桑田氏の言ってることも靖国神社も、どちらも同じ構造だ。日本の社会のところどころに成仏しそこなった亡霊のようなイデオロギーがうろちょろしているのは、そういうことも理由だったのか。今の日本では総理大臣、内閣自体が死霊たちの生まれ変わりみたいなものだから、もはやうろちょろしているというレベルではない。『永続敗戦論』で白井聡が言っているように日本人が敗戦を自らの手で総括していないということは、想像以上に大きな問題なのかもしれない。敗戦を総括していないということは開戦の原因も総括していないということだそういう国がまた、戦争へ進む可能性は大いにあるのではないか


8月末の土曜日、対照的なドキュメンタリー映画を2つ、見た。どちらも見たら誰かに内容を話したくて仕方がなくなる、そんな映画だ。まず2012年サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門監督賞を受賞した作品。
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貧困から不動産業で身を立てて大富豪に上り詰めたシーゲル夫妻。アメリカ最大の豪邸を建てるという夢を実現しようとしていたが、そんな彼らをリーマンショックが襲う。彼らの運命はどうなっていくのか。

70代半ばの夫はブルーカラー層にリゾートマンションをタイムシェア(共同所有)で売りつけることで巨万の富を築き、政治献金でブッシュを大統領に押し上げた男と言われるまでになる。ラスヴェガスに超豪華な本社ビルを約300億円かけて建てたばかり。3度目の妻は31歳年下で元ミセス・フロリダの金髪グラマー。こういうのをトロフィー・ワイフって言うそうだけど、あまりにも判りやすい。
ルイ14世風の椅子に座る主人公のシーゲル夫妻(笑)。爺の表情がいい、判りやすくて(笑)。

                                            
金持ちの気分を味わおうとしないなんて死んでるのと同じだ』と公言する彼らは、8人の子供と2500平米の豪邸に住んでいる。壁に飾ってあるのはルイ14世風の衣装を身にまとった二人の肖像画(笑)。
●現在の住まいの中庭で。後ろに見えるのが現在の家。ホワイトハウス風?

                                                                               
100億円かけて建設中の新居はアメリカ最大の床面積で8000平米以上ある。本気でベルサイユ宮殿を模した家はキッチンが10、寝室15、トイレ30。子沢山なのにトイレが一つしかない家庭で育った夫は、もうトイレの順番待ちをする必要はない、と妙な自慢をしている。そんな問題じゃないだろうって(笑)。ちなみに妻のクローゼットはボクの家の3倍か4倍くらいはあるし、家の中にはボーリング場のスペースもあった。

●建設途中のベルサイユ風の新居。

●建設途中の家をバックにした子供たち

                                            
映画は最初 豪邸の建設過程を追うお話だった。だがリーマン・ショックで彼らの運命は暗転する。シーゲル氏の会社は経営に行き詰り、7000人以上の従業員を解雇、自宅で家事全般をやっていた使用人は19人のうち3人になる。工事中だったベルサイユを模した新居の工事はストップする。ここで映画は二人の転落話に急変する。
                                     
妻も子供たちも自分のことはな〜んにもできない。掃除1つできない。家で飼っているトカゲやら熱帯魚やらに誰も気を留めず、干からびて死なせてしまう。親たちは『子供たちはこれから勉強して大学へ行き、自分たちでお金を稼げるようにならなくてはいけない』と言い出す始末。今までは勉強させてなかったのかって(笑)。
彼らは白いスピッツを6匹くらい飼っているが、この犬たちが飼い主たちとそっくりなのも面白かった。妻はベッドの上で足を延ばしてくつろいだ姿勢でインタビューに応じるのだが、その際 妻の横でスピッツたちも同じ姿勢、腹を出してひっくり返っている。しつけもされてないんだろう。家の中ではウンチをし放題。しょっちゅう それを踏みつけて、家族は大騒ぎしている。大騒ぎするだけで誰も片づけないところがまた偉い(笑)。
●家政婦たちをリストラしたら家の中はめちゃくちゃになった。誰も家事はできないし、しない。犬は写真左のソファで堂々と寝そべっている。

                                    
『節約しなくちゃ』と言いながら、妻と子供たちはリムジンでマクドナルドへ行き、チキン・ナゲット50個(例のアレだ!)とか注文をしている(笑)。ウォルマートへクリスマスプレゼントを買いに行けば、でかいカートに5,6台分、山のようにくだらないおもちゃを買い込んで、車に乗せるのに一苦労する。ちなみにその日は子供用自転車も買っていたが、家に帰ったら倉庫にはすでに子供用自転車は30〜40台くらい転がっている。この奥さん、モノを見たらとりあえず買わずにはいられないらしい。

そんな家族をしり目に夫は金策に飛び回るが、サブプライムローンをもろに活用してきた不動産事業に金融機関が融資するはずがない。妻はカメラの前で憤る。『政府は救済資金を出したというけれど、私たちのような一般人(笑)に救いの手は差し伸べられない
お前ら、どこが一般人なんだよ(笑)。


俗悪・成金趣味そのものの主人公家族だが、根っからの極悪人というわけでもない。夫は家族と家族を心から愛しているし、従業員にも多少は気づかいをする。あっさりと大規模リストラはしたけれど、それはアメリカでは当たり前だから、というだけだ。子供たちも問題はあるが(笑)、すれてはいない。妻は感覚はズレているが使用人には優しいし、サブプライムの差し押さえで家を失いそうな幼馴染に小切手を送ったりもする。ブッシュに多額な政治献金をしたロクでもない夫婦だけど、どうしても憎めないところもある。
                                          

時間がたつにつれ、彼らを巡る状況はどんどん悪くなっていき、夫の顔は文字通り険悪になってくる。ボクは経営状態が悪くなってくると顔色そのものが悪くなってくる経営者を一杯みてきたけれど、人相まで変わってきた夫の姿はまさにそのものだ。やがてラスベガスの本社ビルも銀行に取り上げられ、ベルサイユも競売にかかるところで映画は終わる。今 この夫妻は賠償金欲しさにこの映画の製作者を訴えているらしい(笑)。
                                             
見ると中身を人に話したくてたまらなくなる、すごく面白いドキュメンタリーだ。カネを使っているようでカネに使われる彼らの姿は滑稽ではあるが、最後はただ笑ってみているだけではいられなくなる、そんな映画だ。
●在りし日の栄華。ミスアメリカ候補を自宅に集めてパーティ





その日、もう一本見たのが全く対照的な作品。フィンランドのドキュメンタリー『365日のシンプルライフ映画『365日のシンプルライフ』オフィシャル・サイト

25歳の監督は失恋にショックを受けて、自分の生活全体を見直すことを思いつく。そこで決めたのが、これから1年間 物は一切買わないことにする。そして自分の持ち物をすべてレンタル倉庫に預けてしまう。本当に必要になったら、その都度 必要なモノを一日1個だけ取りに行く生活を1年間過ごすことにする。果たして、そんな暮らしが本当に可能なんだろうか。


映画は、雪がぱらつくフィンランドの夜の町を、素っ裸の男が道端で拾った新聞紙で体を隠しながら疾走するところから始まる。監督はレンタル倉庫へ衣類もすべて預けてしまった。だが夜 寒くて眠れずにコートを取りに行ったのだ。
●監督。持ち物すべてをレンタル倉庫に預けてしまう。

                            
物を持ち出すのは1日に1個と決めている監督は、それから必然的に取り出す優先順位に悩むことになる。次に取りに行ったのは毛布。それからコップ、マットレス。仕事に来ていくための服と靴。下着を取りに行ったのは実験が始まって3週間が経った頃だ(笑)。

冷蔵庫は食品を二重窓の間に置いておけば当面は不要。お皿は一枚あればいい。ケータイ、パソコンは連絡が取れなくなって友達に絶交されそうになるまでは要らなかった。服に、小物に、CDに、釣り道具、当初は足の踏み場もなかった監督の部屋が、モノがなくなって、驚くくらい広くなる。住人の生活スタイルも変わっていくかのようだ。
●二重窓を冷蔵庫代わりにつかうのは北国ならでは。写真左側は監督の弟。

                                                                       
監督の暮らしを支えるのは友人たちだ。レンタル倉庫から大きいモノを持ってくるのも故障したモノを修理するのも、その都度 友人たちの手を借りるのがすごく印象的だった。お金でサービスを買っているボクたちとは生活の基本がずいぶん違う。
●レンタル倉庫にて。取り出すものを吟味する。

                               
実験を始めて200日が過ぎ、監督は女の子とデートする機会に恵まれる。そうなってくると必要なものが増えてくる(笑)。服、自転車、etc。それでも彼らのデートは我々からみたらシンプルそのものだ。自転車で遠乗りしてハイキング、入るのお店はカフェくらい。あとは家でお互いが料理を作る、そんな感じだ。日本のように新しい店だの遊戯施設だの、そういうものを利用する発想はない。まあ、新しい店なんかめったにないのかもしれないが(笑)。
1年間の実験を振り返って、監督は『人生において本当に必要なモノなんて数少なかった。せいぜい100個くらいだ。』と述懐する。『モノを所有することには責任が伴う。ボクは自分の人生は自分の意志で決定していきたい。』
そしてエンドロールでは実際に監督が持ち出したものが順番にリストで流れる。
●主人公が取り出したもののリスト(朝日9/6朝刊より)
このリストを人生の優先順位、と考えると面白い。
1日目:コート
2日目:靴
3日目:毛布
4日目:ジーンズ
5日目:シャツ
20日目:カーペット
50日目:二つ目の椅子
100日目:水着
●監督の祖母は良き相談相手になる。戦後すぐは何もモノなんかなかったそうだ。
                                                                                
確かにモノを持たないことって自由になることでもある。ボクも以前 週末しか乗らない自家用車を処分したとき、実にすっきりした気持ちになったのをよく覚えている。それ以来 渋滞でイライラしたり、外出先で駐車場を探すのに苦労したり、事故のリスクに怯えることはボクの人生からなくなった。また、保険・駐車場代など年間数十万かかっていた維持費もかからなくなった。公共交通が発達した東京だからだが、今は自家用車を止めてつくづく良かったと思っている。
とか言いながら、ボクの部屋は本とCD、DVDで溢れんばかり(泣)。シンプルライフは素晴らしいが徹底するのは難しい(笑)。
                                                 
                                      
ベルサイユの夫妻には自分の欲求への素直さ、ヴァイタリティがある。悪趣味だろうが、下品だろうが、彼らは気にしない(笑)。少しでも売上を増やし、銀行と喧嘩し、あくまでも大豪邸を実現させようとする。バカだと思うけど、それはそれで憎めない部分もある。フィンランドの監督はそれとは対照的で、余計なモノやしがらみは最低限に絞ることで自分の人生はあくまでも自分で決めていく。しかし、自分ですべてをコントロールすることで人生に限界が生じるのも事実。良くも悪くも彼はこれからもフィンランドの片隅で静かに暮らしていくのだろう。
                                                                                        
ボクの気持ちとしては圧倒的にフィンランドチームだし(笑)、これが人間らしい暮らしだとは思う。だがベルサイユのサブプライム夫妻はバカだけど『笑える』のも事実だ。禁酒法然り、ダンス禁止然り、宗教の戒律然り、あんまり禁欲的だと息が詰まるし、文化も生まれないのも歴史の教訓ではある。たぶん世界中全ての人がフィンランドチームの気持ちになることはないのではないか。実際『365日のシンプルライフ』の映画館でもレンタル倉庫屋のパンフレットを配っていた。今の世の中、シンプルライフも商売づくなのだ(笑)。

                                
それでも、モノが少ないほうが精神的に自由なのは間違いない。老後に備えて、どれくらいモノやしがらみ、それにガラクタのような知識を捨てられるか、と思いながら、日々はせわしなく過ぎていく(笑)。