特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

読書『身体を売ったらサヨウナラ』と映画『さよなら歌舞伎町』

                           
先週 産経新聞に載った曽野綾子のコラムに対して南アフリカの大使が掲載した産経新聞と当人に文章で抗議したそうです。http://mainichi.jp/select/news/20150215k0000m040066000c.html
産経も当人も子供のような言い訳をしているが、かってのヨハネスブルクの人種別居住を推奨したあの文章を読めば、まともな人間なら誰だって、アパルトヘイトのリロケーション政策を擁護したと感じるでしょう。それ以外に読みようがない。勿論 夫婦そろってレイプを肯定する曽野綾子にだって思想・言論の自由はありますが、根本的な人間の尊厳を否定する発言が非難されるのは当然です。デンマークのテロを起こした奴もCIAが糸を引いた軍事クーデター(テロ)を肯定しアパルトヘイトを推奨する曽野綾子も同類ですが、こんな妄言が活字になる日本という国の見識も疑われます。歴史を振り返ってみても、自称愛国者って奴ほど恥ずかしいものはありません。

                
         
                                                                                                         
ここから、が今日の本論です(笑)。
ボクは殆どTVは見ないと言いながら最近 面白いと思ってるドラマがあります(笑)。TBS火曜深夜、MBS日曜深夜にやっているドラマ『女くどき飯ドラマ「女くどき飯 Season2」。アラサーの女性フリーライターが連載する記事のために応募してきた男性と毎回 食事デートを重ねるというお話です。いかにも美味しそうに食べる笑顔と理屈っぽいモノローグを両立させる主人公の貫地谷しほりはコメディエンヌとして素晴らしいと思うし、何よりも男女関係をさらっと相対化した視点が面白い。『取材のためのくどき』という設定とユーモアあふれるセリフが、結果としてジェンダーの息苦しさをあっさり乗り越えて見せる。この『あっさりさ』加減こそが男女平等を求めてきた流れがようやくたどり着いた地平なのではないか、と思ってしまいます。ちょっと大げさですが(笑)。  
                                                               
                                         
                                 
昨日の朝日の書評欄に出ていた本の感想。『身体を売ったらサヨウナラ

著者は帰国子女で中高一貫校に進み、慶應を出て東大の大学院で社会学を研究、昨年まで日経新聞で記者を務めながら風俗業とアダルトビデオの女優をやっていたということで話題になった人。
その話を聞いたとき 今時ありそうな話だとは思ったけど、失礼ながら、知っている日経の女性記者の顔を思い浮かべるくらいのことはした(笑)。あの会社は東大だらけで、担当の記者が変わるたびに東大もピンキリということを彼ら・彼女らは教えてくれる(笑)。
それはともかく、それくらいなら わざわざ本を手に取ることはしないけれど、コラムニストの小田嶋隆が『名文だ』と絶賛していたので、とりあえず読んでみた。ちなみに同書のアマゾンの書評には『日本語が下手』、『わかりにくい』という評がいっぱいついている(笑)。

きっと書名は『地雷を踏んだらサヨウナラ』というベトナム戦争を描いた戦場カメラマン、一ノ瀬泰造のルポから来ているんでしょう。中身も哲学からギャル服のブランドまで様々な引用・記号が溢れている。だから情報量が多すぎて読みにくいと言う人も居ると思います。だが、ボクはイメージが奔流するような、この種の文体は嫌いじゃないです。
●学生時代に読んだこの本は圧倒的な名著でした。
地雷を踏んだらサヨウナラ (講談社文庫)

地雷を踏んだらサヨウナラ (講談社文庫)

                                 
内容は彼女が出会ってきた同僚=夜のお姉さんたちやホストクラブを中心とした夜の話、そして著者の実態を知っているであろう母親との会話がミルフィーユのように折り重なっています。全然知らない世界なので、へ〜とは思うけど、どうでもいいかなという感じ。だが母親との会話は面白いです。著者の父親は著名な哲学者、母親はアングラ劇団の元女優でキャリアウーマンの走りのような人だったそうです。正月には祖父の家に政治家が挨拶しに来るような環境で育ったそうです。
著者が一人暮らしを始めた後 娘と一緒に見に行った歌舞伎座の幕間で母はこう言う。
『退屈が嫌とか甘い、甘い。あなたは退屈なオトコが嫌なんじゃなくて、退屈な生活を男で補おうとしてるんだよ。そんなものオトコなんかに埋められるか。』
母親と言うより、男性中心の社会で共に闘っている戦友のような物言いです。勿論 正しい発言ではあるが、見下される側、退屈なオトコとしては耳が痛い(笑)。著者は子供の時から親から『本を読め』とは言われたが、門限もなく、日焼けサロンもルーズソックスも禁止されなかった。夜 派手なドレスで男を接客してるのも、稼いだ金でシャンパンやシャネルを買いあさっているのも母親はお見通しだったが、『それを直接的に批判するような単純なことはしなかった』、そうです。
『あなたは男を見下しているだろうけど、あなたが見下しているそういう部分ってあなたが思っている100倍みっともなくてくだらないよ。でも、あなたが思っているより100倍は魅力的なものだよ。そういうとこって、訓練がないと見えない。』
                            
娘は母の言に感心しつつも聞き流す。若い時はそんなものかも(笑)。著者は自分が夜の世界にいたころを、こう表現している。
私は毎日化粧をしてアクセをつけて香水をつけて、本を抱えてパソコンを抱えて履歴書を抱えて、愛されもしたいし尊敬もされたいと、単純で複雑な欲望ではちきれそうだった。女としての価値を物質に落として分裂を繰り返してきた。
                                  
商品としての自分とそれだけでは満たされない自分の葛藤が繰り返されるこの本の感想を一言で言うと、痛々しさです。世の中の殆どのものが商品になってしまう今の社会と、商品になり切れない脆い自我が衝突してむき出しになった感情は青臭いと言うより、ただ痛々しい。夜は10時になったら寝てしまうボクは、この人の夜の世界の話は他人に依存しすぎていて理解できないところがありますが、この『痛々しさ』は共感できます。例えば少し前に見たフェミニズムの先駆者たちを描いた映画『何を怖れる怖〜い女性のお話(笑):映画『何を怖れる』と『ゴーン・ガール』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)で出てきた女性たちはきっと、このような『痛々しさ』を抱えていたのだと思います。圧倒的な現実に対面した時の自分の痛々しさ。それは程度や種類の差こそあれ、誰でも、ボク自身も、持っているものだ。
著者は自ら進んで自意識の牢獄の中にいます。著者だけでなく自分も牢獄の中に居ることすらわからなくなっているのかもしれない。この本はそういうことを思い起こさせてくれます。
内容自体は大したことは書いてないと思うのだけど(笑)、こうやって感想を長々と書きたくなるということは、この本には価値があるのでしょう。なによりもまず、自分の中の痛々しさを揺り起すような本はそれほどあるものではないですから。


ということで、新宿で映画『さよなら 歌舞伎町

舞台は新宿歌舞伎町のラブホテル。そこに勤める徹(染谷将太)とミュージシャン志望の彼女(前田敦子)、清掃担当の女性(南果歩)と逃亡犯(松重豊)、水商売のスカウト(忍成修吾)と家出中の女子高生、日本で働く韓国人カップル、警察の不倫カップル。様々な男女が織りなす群像劇。
                                            
ボクが見たのは公開2週目の週末だったが劇場は立ち見が出ていました。盛況。元AKBの前田敦子人気でしょうか。以前彼女が主演した『もらとりあむタマ子』はのんびりした彼女のキャラクターと衰退する地方都市の雰囲気とがマッチした秀作でしたエネルギー基本計画のパブコメと映画『もらとりあむタマ子』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)。今まで全く興味なかったボクが前田敦子を結構好きになったくらいの嵌り役だった。今作ではどうか。日経の映画評では星4つと高評価だったが、廣木隆一監督と荒井晴彦脚本という団塊世代の感性が不安ではあります(笑)。
                                                   
染谷将太演じる徹は有名ホテルに勤めていると偽って、歌舞伎町のラブホテルで雇われ店長をしている。東北大震災で実家が被害にあって、通っていたホテル専門学校の学費が払えなくなったからだ。その日 彼が働くラブホテルに東北の実家にいるはずの妹がAV女優として撮影にやってくる。おまけに同棲しているミュージシャン志望の彼女が業界関係者にCDデビューを散らつかされて、そのラブホテルへ入ってくる。
●ラブホテルに勤務する徹(染谷将太)とミュージシャン志望の前田敦子。お互い秘密を隠している。

ホテルの清掃担当の女性は逃亡犯の男と同棲しています。彼は前夫のDVに悩んでいた彼女をかばって殺人を犯してしまった。時効まであと1日というところでラブホテルを訪れた警察キャリアの不倫カップルに彼女の身元が割れてしまう。
●清掃係(南果歩)と逃亡犯(松重豊

水商売のスカウトは家出中の女子高生をホテルに連れ込み、騙して売り飛ばそうとする。だが親の再婚で家にいられなくなった彼女の話を聞いているうちに、逆に彼女を救い出すことを決意する。
●水商売のスカウト(忍成修吾)と家出中の女子高生

同棲する韓国人カップル。女の子は風俗嬢として働きブティックを開く資金を貯めて、いよいよ帰国する予定だ。男は飲食店に勤めながら、韓流ファンの日本人女性と付き合ってお小遣いをもらっている。二人はお互いの本当の姿を知らない。
●お互いの本当の姿を隠した韓国人カップル。彼氏役のロイと言う子も男前だが、彼女役のイ・ウンウという人は超絶に可愛かったです。

                                                                                                       
映画は様々な事情を持つ男女の事情が絡み合う1日を描いています。この映画で描かれている世界は厳しいです。塩釜生まれの主人公の父は震災後 うつ病になり、除染作業で生計を立てています。母親は時給750円の缶詰工場です。韓国人の女の子は新大久保で行われているヘイトスピーチの中を出勤する。彼女が働く風俗業界やラブホテルの裏話には驚くようなところもあります。
                                      
それでも、お話はほのぼのとしたお伽噺のようです。それはこの映画の良い点でも悪い点でもある。例えば映画の冒頭 前田敦子が自転車の二人乗りをしながら出勤するシーンがある。なんともほのぼのとした実に可愛らしい場面です。歌舞伎町を舞台にした映画とは思えない。終盤 その自転車で逃亡する南果歩が最後に二人乗りをするところにはやられた〜、と思いました。

                                                                                                       
この映画は良く言えばウェルメイドな心温まる話、悪く言えば現実を直視してない甘ったるさを体現している。厳しい世界を描いている映画の割には人間の悪意は殆ど描かれない。本当?とも言いたくなるけれど、お話の後味が非常に良いことだけは確かです。特に韓国人カップルのお話はお伽噺にしても良くできていて、心が温かくなります。二人が初めて正面からお互いに向き合うシーンは実に美しくて、この映画の白眉です。
ほのぼのとした雰囲気は、使われている音楽がのんびりしたウクレレ音楽であるせいでもあるだろう。つじあやのが担当している音楽は歌舞伎町の殺伐さのなかにのんびりしたお話を滑り込ませる役割を果たしていて、流れてくると文字通りほっとします。
 
                                                                                           
染谷将太は主人公というより、ラブホテルに現れる個性ある人たちを傍観する狂言回しの役割をしています。その相手役の前田敦子自体は、自然体でそれなりに良かったと思います。この人には独特の存在感がありますが、主演の割には彼女の見せ場はない(笑)。その分だけ南果歩の怪演や韓国人カップルの二人、それに忍成修吾(昨年のベストドラマ『アラサーちゃん』の文系君)なんかのほうが目立ってしまう。
終盤 その前田敦子がギターを弾きながら歌を歌うシーンがあって、そこは演技も歌も悪くないんだけど、ギターを弾いてないだろって。画面に映るのは首から上のショットなんだけど肩の筋肉が全然動いてない。そういう演出はしらけるんだよなあ。
                                                                        
                                      
詰めの甘さや脚本の感覚の古臭さがないわけではないけど、なかなか面白い群像劇でした。後味の良さも相まって、ボクはこの映画、かなり満足しました。