特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

バーニー・サンダース氏と映画『サウルの息子』と『パディントン』

今日からアメリカの大統領選が始まりました。
ボクは映画監督のマイケル・ムーア氏のメーリングリストに登録しているのですが、彼はさっそく今日 民主党バーニー・サンダース氏を応援する声明を出しましたMy Endorsement Of Bernie Sanders

●ムーア氏曰く『答えは明確だろう!』(笑)。ゲイの権利もNSAの盗聴も愛国者法もイラク開戦の問題もTPPもオフショアリングもウォール街規制も政治資金も環境保護もサンダース氏の意見ははっきりしています。

                                                                  
ボクの尊敬する経済学者、ロバート・ライシュ先生は大学時代からクリントン/ヒラリーと友達でクリントン政権の閣僚でしたが、今回はバーニー・サンダース氏を応援し、既に彼の経済参謀になっているそうです【複眼ジャーナル】21世紀のラッダイト運動 共有経済は「労働者壊す」(2/3ページ) - 産経ニュース
サンダース氏は日本では無名ですが、大学を無償化し、最低賃金を15ドルに引き上げ、公的保険の拡充を図り、ウォール街への規制を強めろ、という彼の主張は、巷で言われているように『社会主義的』とは思えないし、トランプと同列視されるような過激な主張とも思えません。例えば彼は、その廃止がリーマンショックの原因になった、銀行に証券業務の兼業を禁止するグラス・スティーガル法の復活を主張していますが、共和党の前大統領候補ジョン・マケインだって同じことを主張しているんですよ!サンダース氏の言ってることは誰にでもチャンスを与えて格差を縮小することで社会を活性化させる、至極 穏当な主張のように思えます。
                         
緒戦のアイオワは大接戦でサンダース氏とクリントン氏の支持率は2ポイント程度しか差がないようです。『クリントン氏が65歳以上の層の65%から支持されているのに対し、サンダース氏は若年層に強く35歳未満の63%から支持を得ている。』(http://www.yomiuri.co.jp/world/20160201-OYT1T50070.html?from=ytop_ylist)だそうですし、その次のニューハンプシャーはリベラルなところですからサンダース氏が優勢だそうです。それでもサンダース氏が最後まで候補として勝ち抜けるかどうかは残念ながら判りません。

マイケル・ムーア氏はこういっています。
『昔は、南部出身者(カーター)、離婚経験者(レーガン)、軍隊未経験者(クリントン)が大統領になるなんてありえないと言われてた。だけど今はミドルネームがフセインの黒人(オバマ)だって大統領になることができる。『民主社会主義者』が大統領になったって不思議じゃない。サンダースは現実的じゃないって言われるけど、これこそが現実なんだ。』

以前 TV討論会でクリントン氏がメールの件で突っ込まれた時、サンダース氏は『今そんなことを議論するのは国民の利益にそぐわない』とそのことではクリントン氏を攻撃しませんでした。クリントン氏は自分の演壇から降りて、彼に握手を求めに行ったほどです。TVを見ていたボクもこんな立派な政治家が世の中にいるのかと、正直思いました。揚げ足取りばかりやっている日本の政治家では考えられませんよね。
サンダース氏が候補者になれるかどうかは判りませんが、こういうまともな旗を掲げる人、くじけない人が出てきて、それを応援する人がどんどん出てくるところこそが、アメリカの良いところ、強さなんだと思います。日本の民主党にサンダースみたいな人がでてきたら、どんなに多くの人の元気が出るでしょうか。希望を与えるでしょうか。いや、日本だと新しいものの足を引っ張るバカが多いからダメかな(笑)。多くの問題を抱えるアメリカですけど、社会の新陳代謝の良さは閉塞感あふれる日本から見ると、羨ましい限りです。羨ましがってるだけじゃいけないんですけどね。




今日 感想を書くのは文字通り『衝撃的』な映画です。
銀座で映画『サウルの息子映画『サウルの息子』公式サイト|大ヒット公開中!
カンヌでグランプリ(次席)を獲得、今年のアカデミー外国語映画賞にもノミネートされている、ハンガリーの新人監督の映画です。38歳の監督は親戚を2人、アウシュビッツで無くしているそうです。


舞台は1944年10月6日、ポーランドアウシュビッツ。その中には『ゾンダーコマンド』と呼ばれる死体処理や雑役に当たるユダヤ人たちが居た。その中の1人、ハンガリー出身のサウルはガス室で死にきれなかった子供を発見する。子供は軍医によって殺されてしまうが、その子はサウルの子供だった。せめて彼の弔いをしようと奔走するサウルの2日間を描く。

                        
映画はゾンダーコマンド(特殊作業班)という言葉の説明から始まります。アウシュビッツでは次から次へとユダヤ人を殺さなくてはならないため、人手が要ります。ドイツ軍は自らの手を汚さず、殺害までの誘導や死体処理やそれに家具や道具の修理はユダヤ人自身にやらせていたんですね。背中に赤い×印をつけられた彼らはほかのユダヤ人から引き離され、ユダヤ人の班長の下に管理されて様々な職務につけられる。数か月働いた後 彼らもまた抹殺されます。●主人公のサウル。ぼんやりとした背後には貨車にすし詰めにされてユダヤ人がアウシュビッツに次々と運ばれてきます、ただ殺されるためだけに。

                                  
そのあと、アウシュビッツで何が行われていたかが描かれます。列車で収容所に到着したばかりのユダヤ人たちをゾンダ―コマンドたちが部屋へ誘導します。シャワーを浴びたらスープを与えるとして、男も女も子供も老人も裸にされます。ゾンダーコマンドたちはユダヤ人たちの服を集め、金目のものを抜き取り、同胞たちをシャワー室へ誘導します。そこで流されるのはシャワーではなく毒ガスです。頑丈な鉄のドアが閉められてしばらくすると、悲鳴とドアをたたく音が響き、やがて静かになる。ドアの隙間からは血がゆっくりと流れてきます。ゾンダーコマンドたちはドアを開け、肌色の『物体』を焼却所へ運び、血や排泄物をデッキブラシで洗い流します。主人公もその一人です。
●布を口に巻くのは死体や排泄物の悪臭を防ぐためです。


彼の前に死にかけた少年が運ばれてきます。 毒ガスは当時ドイツに在庫が豊富だった殺虫剤を使ったそうです。だから死ぬまで時間がかかるし、死にきれないものも出てくる。果たして少年はサウルの息子でした。主人公の目の前で軍医は『処置』をします。
●自分の息子が目の前で殺されても、サウルは何もできません。

                                   
この映画は独特な視点で描かれています。主人公の主観を再現するかのように主人公以外の周りの映像はピンボケしているんです。まるで自分がゾンダーコマンドになった感覚です。主人公の周りでは文字通り阿鼻叫喚の光景が広がっています。悲鳴、血、男女子供の裸の死体、これらは観客にはぼやけてしか見えません。当時のゾンダーコマンドたちはそのような光景は正視できなかったのだと思います。観客のボクだってそうです。ピンボケしているからこそ画面を見ていられる。だけど悲鳴や銃声、罵声、鈍器やこん棒で殴る音はくっきり聞こえてきます。声とシルエット、そして時折 全体がクリアになる映像によって 、アウシュビッツで何が起きているか、観客にははっきり理解できます。
つまり、この映画の中ではゾンダーコマンドと観客は同じ立場に立っているんです。

                                           
直接的な描写はありません。だが、観客に与えるインパクトは大きい。実際に起きていたことを知るには文字で読むのと、目の当たりにするのとは全然違います。映画の中でゾンダーコマンドたちは殆ど感情をあらわにしません。私語は禁止ということもありますが、人間らしい感情をあらわにしていたら正気を保てないからです。観客も一緒です。
ナチスの側も例外ではないです。ユダヤ人のことを人間扱いしません。如何に効率的に殺すかだけを考えています。ちなみにナチもゾンダーコマンドもユダヤ人の死体を『部品』と呼びます。 ●ナチは自分で手を汚しません。ユダヤ人たちに銃を突き付けて、彼ら自身に人殺しをさせます。

                                         
ゾンダーコマンドたちの内部でもユダヤ人の班長の暴力による支配や班長同士のいさかいもあります。仲間同士での争いもあります。食料の奪い合いもありました。一方 せめてもの抵抗として、アウシュビッツで何が行われているか、記録を残している者もいます。写真を撮って隠しておく者もいます。記録も写真もドイツ兵に見つかったら命はありません。いや、いずれにしてもゾンダーコマンドたちも殺されるのですが。ちなみにこの映画は、土の中に隠されて戦後発見された日記や写真を忠実に再現しているそうです。
●ゾンダ―コマンドが隠し撮りした写真。映画ではこれと全くそっくりのシーンが再現されていました。
Sonderkommando - Wikipedia


悪名高い生体実験や解剖もドイツの軍医だけでなく、ユダヤ人の医者にもやらせていました。サウルの息子の遺体もその晩 解剖されることになります。サウルはハンガリー出身の医者の手引きで死体を盗み出し、せめて息子の弔いをするためにラビ(ユダヤ教の僧侶)を探して一晩中奔走します。地獄の中でも、ごく僅かながら人間同士の助け合いもないわけではありません。
                                          
       
翌日10月7日 ゾンダーコマンドたちはかねてからの計画通り、ナチに対する蜂起を起こします(実話です)。息子の弔いをしたいだけの主人公もそれに巻き込まれます。奔走するサウルにも一緒だけ光明らしきものが訪れます。しかし、苦い。親独政権を作ってナチスに加担しユダヤ人虐殺にも自ら進んで協力したハンガリーらしい視点、というと考え過ぎでしょうか。

●ゾンダ―コマンドたちはひそかに反乱計画を進めます。

                                                                                     
グロテスクな描写は殆どありません。でも、殆ど表情がないサウルの顔とぼや〜っとした背景を見ながら、文字通りの地獄を見ている気がします。この映画でみたものは、ボクにはそれしか表現する言葉はありません。人間がこんな世界を作り出すことに驚きを禁じ得ません。知識では知っていても、想像を絶する世界でした。
でも、これは他人事ではない。平凡な官僚だったアイヒマンのように、その立場になったらボクだってどうなるか判りません。ユダヤ人をモノ扱いして殺し続ける兵士だったとして、「部品」をガス室に追い立て最後は自分も殺されるゾンダーコマンドだったして、殺されるためだけに運ばれてくるユダヤ人だったとして、ボクは何が出来るだろうか。ボクは人間でいられるだろうか。
                                                                                                                   
                                                      
サウルの息子』は直接的な表現は殆どないにもかかわらず、激しいメッセージが伝わってきます。昨年公開された『野火』もまた地獄を描いた映画でしたが、もっとずっしりと来ます。アウシュビッツほどではないにしろ、日本だって大戦中は香港でもシンガポールでもビルマでもマニラでも各地で罪のない人の虐殺や虐待は散々やりました。例えば従軍慰安婦や鉱山の強制徴用をテーマにこういう映画を作るべきではないのか、とも思います。自分でも正視できるかどうかわかりませんが。







描写は抑制されていて露悪的ではないし、非常に知的な映画です。アウシュビッツで起きた事の一部をリアルに再現した上で、観客に直視してほしいところ、ぼやかして見ざるを得ないところを監督自身が非常な努力でコントロールしている。
                      
それでも、この強烈さは衝撃的です。登場人物だけでなく観客の感情すら打ち消してしまいます。その強烈さが、映画としての問題点かもしれません。観客の想像力が入り込む余地があまりない。でも人間がこういうことをやったのは事実だし、自分が加害者・被害者、どちらの立場になることも十分に有り得ます。ボクたちはもっと、『地獄』に対する想像力を持つべきだと思うんです。アカデミー賞間違いなし、という声がありますが、この映画はこれから何年も語り継がれる作品ではないでしょうか。『サウルの息子』は映画を観ると言うより、強烈な体験でした。




そのあと、見に行ったのは映画『パディントン映画『パディントン2』公式サイト | Blu-ray&DVD 好評発売中!


チリの森の奥深く、イギリス人探検家が言葉をしゃべれる新種のクマを発見する。探検家はクマたちに『ロンドンに来たら、歓迎するよ』と言い残して帰っていった。数十年後 チリで大地震で起きるが、その探検家の言葉を覚えていた子グマはロンドンを目指して旅にでます。たどりついたのはロンドンのパディントン駅だった。




世界中で300億円の大ヒット、日本でも好調なようですが、変な俳優の吹き替え版ばかりで字幕版の上映が少ない。普通の時間帯にやっているのは六本木くらいしか見当たりませんでした。

                                               
ボクは可愛い動物が出ている映画は基本的に見に行くことにしています。人間なんか嫌いだもん(笑)。お涙ちょうだいでなく、犬でもクマでもフツーに可愛い動物が映っていれば、ホントはそれだけで満足なんです。

だけど、そういう映画って案外少ない。思い起こすのはクマちゃんのカントリー・バンドが活躍する『カントリー・ベアーズ』(名作です)とか、くだらないけどセントバーナード犬の『ベートーベン』シリーズくらいでしょうか。スターウォーズなんか全く興味ないけど、3作目のクマちゃん族(イウォーク)が帝国をやっつけるところだけを録画して何十回も繰り返し見ているくらいです。
イーグルスドン・ヘンリーがクマちゃんと酒場で酔いつぶれたり、ストレイ・キャッツのブライアン・セッツアーがクマちゃんとギター合戦を繰り広げます。

カントリー・ベアーズ [DVD]

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昨年はスイス国境に住む少年とピレネー犬がナチに追われるユダヤ人家族を逃がすために冬のアルプス越えをするベル&セバスチャン」、犬が意地悪な人間に対して反乱を起こすホワイト・ゴッド』という映画がありました。



どちらもそんなに悪くはなかったんですが、本物の犬を使うとやっぱり難しいところがあるんですね。『ベン&セバスチャン』は犬は可愛く撮れているんですが、雪山のクレバスに落ちそうになるシーンでは犬が本気で怖がってかわいそうだったし(当たり前ですが)、カンヌで「ある視点賞」を取った『ホワイト・ゴッド』は「犬を苛める意地悪な人間なんかブチ殺せ」というコンセプトは最高なんですが、元来怖いはずの主役の犬が、主役の女の子に会うとただの甘えんぼうになってしまうので(当たり前ですが)、映画としてはなかなか難しい。

パディントンはCGですから、その点はOK(笑)。今のCGは体毛が揺れるシーンだって再現しています。
●こういうシーンだけで全編通してくれてもボクはOKです。ちなみにワンちゃんは本物。

                                                    
あらすじは、まあ、良いでしょう(笑)。画面には可愛いクマちゃんとおもちゃ箱をひっくり返したようなイギリスならではのマニアックな愉しさが溢れています。動物映画にありがちな脚本の破綻もない。
●模型機関車とかおもちゃの遊園地とか、楽しい夢の世界が垣間見られます。
  
色気ムンムンのニコール・キッドマンは悪役にピッタリでしたし。彼女が前夫トム・クルーズの『ミッション・インポッシブル』のシーンをパロったり、 映画『アンタッチャブル』へのオマージュがあったり、小技も効いています。
ニコール・キッドマンって悪役顔ですが、超美人だと思います。

                                
何よりも感心したのは、クマちゃんの姿を借りた『移民・難民問題を考える』映画になっていること。習慣も違っているし最初は摩擦もあるけれど、心を開いて受け入れていけば受け入れる側だって心が豊かになれる、それが根底に流れるメッセージになっています。
●最初は嫌がったものの、徐々に心を開いてクマちゃんを次第に受け入れる家族。桜の花が舞い散る家のインテリアがとても素敵でした。


                           
90分というコンパクトな時間も相まって、このジャンルの映画としてはかなり出来は良いと思います。楽しかった。可愛ければいいんです(笑)。続編の制作も決まっているそうで楽しみです。