聖マリア幼稚園 保護者のひとこと

2011-02-25

3月の生活表より・・・。

 遠足、お散歩、毎日お歌を歌う、運動会、お弁当、PTA・・・。

これらは、私が通った幼稚園にはありませんでした。父の仕事の都合で幼少期を旧西ドイツで過ごしました。当時通った幼稚園では、子供たちみんなで歌ったり、発表会に向けて毎日練習を積み重ねると言う事がほとんどなく、園で過ごす時間帯も基本的に午前中のみでした。しかし、幼稚園で過ごした時間が短かったにも関わらず、数十年経った今でもお友達や先生と過ごした楽しい日々は色あせないものですね。マルチン祭というお祭りに向けてランタンを作ったり、クリスマスツリー用に星形の木材にペイントした飾りや、ろうそくを溶かして星型やハート型の飾りを作ったり。小さな穴をあけて、中身をだした玉子の殻にそぉーっとペイントをしてイースターエッグを作ったりもしました。日本人がほとんどいない環境に先生方が本当に温かく迎えてくださり、言葉の壁も感じずに過ごせたように思います。

 そんな日本の幼稚園のことを詳しく知らない私でしたが、マリア幼稚園の卒園生として主人は、『子どもが出来たら絶対マリア幼稚園に行かせたい!』と話しておりました。そして、三年前から息子がお世話になり、聖マリア幼稚園は、私が通った幼稚園以上に、子どもたちにさまざまな経験をさせて下さっているように思います。息子の入園当初は、子どもの初めての幼稚園生活が楽しみな反面、正直申しまして、子どもと一緒に園のさまざまな行事を経験したり、保護者の参加する機会の多い園で過ごすことがとても不安と緊張の連続でした。しかし、入園後一年経ち、二年目の途中からは娘もお世話になり、三年目には幹事のお役をお引き受けしていく内に、気がつけば、今は子どもと一緒に園生活を楽しんでいる自分がおります。

 主人も息子が入園するまでは、子どもの行事にはあまり参加しない主義(?)でしたが、今では仕事の都合をつけては、夏のお楽しみ会感謝祭を見に行ったり、運動会では綱引きなどの保護者の種目に積極的に参加したり、お餅つきもフル参加するなどして、子どもたちと過ごす時間を大切にしております。

 息子は三年間すごさせていただいたマリアももうすぐ卒園です。ある日、『もっと、マリア幼稚園にいたいなー♪ 僕、小花ちゃんから入りたかったーーー』などと、小学校も楽しみにしている反面、卒園がすごくさびしい様子です。入園直後はじっと座ることが出来ず、いろいろと心配させた息子は、この三年間でお友達の気持ちも分かるようになり、思いやりの心も身につけ、だいぶお兄さんらしくなりました。たくさんの手間や時間をかけて、愛情いっぱいに接してくださった先生方には感謝の気持ちでいっぱいです。恵まれた環境で先生やお友達と過ごし経験したことは、大きくなっても覚えていてくれることでしょう。

 娘も春からは赤組さん。1つ大きくなって出来ることがどんどん増え、残りの二年間でどんな成長振りを見せてくれるのか楽しみです。

 たくせんの子どもたちと出会い、日々の交流やさまざまな行事を通して貴重な経験をたくさんさせていただきました。一年間、本当に有り難うございました。三学期も残り僅かとなりましたが、皆さまと楽しい時を過ごせますように☆

2011-02-24

2月の生活表より・・・。

羊の皮を着たSCOUT?

 代打で再登場です。折角なので宣伝です。週末、マリア教会ではボーイスカウト京都第24団も活動しています。日曜日午後2時頃からはビーバー隊やカブ隊が集会します。土曜日の夜は7時から9時までボーイ隊やベンチャー隊が集まります。我が家では○○の兄がベンチャー隊、姉がボーイ隊にスカウトとして、父がカブ隊指導者として所属しています。

 ボーイスカウトとは

「ボーイ、スカート?」と「丘の上の王子様」(古っ!)を思い浮かべるそんなお方の為に簡単にご紹介を。「SCOUT」は斥候とも約されます。タレントを引き抜く「スカウト」も同じ「SCOUT」です。ボーア戦争で活躍した英軍人のベーデン=パウエル(1857-1941)という人が始めました。ブラウンシー島での始めてのキャンプが1907年です。(すこしマリア幼稚園より古いです)

 ベーデン=パウエル(B-P)とその時代

私の中で、B-Pは「昔」と「近代」の分け目に位置しています。だから、篤姫(1836生)と南の虹のルーシー(1831生)は昔の人で、秋山好古(1859生)と田部朔郎(1861生)は近代人。シャーロックホームズ(1854生)はB-Pより先に生まれていますが、キャンディス・ホワイトがセントポール学院にいた頃(1913)ボーイスカウト達がパトローリングするロンドンの街で、対ドイツ謀報活動をしていたので近代に属します。(あくまで私的な分類方法で、しかも虚実ごっちゃ混ぜ)

 そなえよ つねに

さて、本題です。スカウトになって子供に身に付いた事は?「奉仕の心!」と一番に云えたら良いのですが、我が子達はまだまだですえぇ。ベンチャー隊の息子が身につけたのは「締め切りを守る」と「身の回りを整頓する」という分かりやすい習慣です。彼が今、寮生活を楽しめているのは(本人は認めませんが)ボーイスカウトの効果だと私は思っています。

 週末もマリア教会に行こう

卒園してもマリア教会にしょっちゅう来られる手があります。1つは、日曜学校、もうひとつはビーバー隊入隊です。ボーイ隊の娘の今週末は、昨日(1月22日)は朝から幼稚園のおもちつき。**さんのお父さんから焚き火を教わって喜んでいました。4時頃帰宅してひるね、軽食、入浴そして夜はボーイ班集会。集会では冬山登山にむけて体力作りのマラソンをして軽アイゼンの取扱いを習ったそうです。今朝は寝坊しつつも日曜学校に出かけてゆきました。御礼拝の後にシフォンケーキ作りを楽しみ、そしてなぜか夕方帰宅。教会は居心地良いのだそうです。そんな娘に「大丈夫なのか?」と少し心配になることもありますが、多くの人との交流を通して学ぶ大切な事もあるかと考えたりして見守っています。

 どうでしょう、ボーイスカウト。お待ちしています。年長さんから入隊出来ます。もちろん、女の子も。

1月の生活表より・・・。

 先日、幼保一元化の研修会に参加させて頂きました。そこで幼児期の教育、その時期の家庭教育について色々考える機会となりました。幼稚園は私にとって、一年一年の成長の大きなとても大切な時期を過ごす場所なので、親の考えと合った所を選択したいと考えています。

 ○○がお腹にいる時に、教会で園児向けのクリスマスコンサートがあるのを知り、胎教にいいかなと思い聴かせてもらいに来ました。この時が初めてのマリア幼稚園でしたが、園児ののびのびとした表情・・・園児と先生方の雰囲気がとても良かったので、幼稚園はここにしようとほぼ決定しました。

 そしてプレプレ・入園してからも、○○にとっても大好きな場所であり、のびのび楽しく過ごせ、少しずつ色々なことも出来るようになり、○○なりのペースで成長しています。

 ある本の中で、良い教育の場とはその子にとって開放された場所である・・・というのを読んで、○○にとってマリアさんは良い教育の場であるんだな・・・と思っています。○○にとっても私にとってっも良い場所であると、今言える事は、入園前に考え選択する機会があったからだと思います。

 そして同じように選択し、入園したママたちだからこそ、こひつじの会の活動を通し、色々学ばせて頂いたり、楽しい時間を過ごさせて頂けていると思います。

 これからも幼稚園という大切な時期の教育を、親が考え選択できる場であって欲しいと共に、○○と私が選択したマリア幼稚園で充実した生活を送り、共に成長できるように頑張っていきたいと思います。

12月の生活表より・・・。

ソロモンの指環』

 たまの休日、子供を自転車のうしろに乗せて動物園に出かけます。子供の好きなように園内を巡り、疲れたら一緒にソフトクリームを食べて帰ります。

 子供は最初の頃、園内にある乗り物目当てだったのですが、そのうちアンパンマンよりライオンに興味が移り、続いてキリン、しばらくゾウ、次にカバ、最近ではサル山を熱心に見ています。言葉を持たない(ように見える)動物たちにも彼らなりの社会性はそなわっているようです。サル山はまるで人間社会の縮図のようで、いつまでも見ても飽きることがありません。

 動物園に来ると思い出すのは、昔読んだ「ソロモンの指環」(早川書房

)です。著者のK・ローレンツは動物行動学者の科学性と子供のような温かな好奇心をあわせ持って動物を観察し、なんだか妙に人間くさい動物たちの社会を読者に分かりやすく語りかけてくれます。ちょっと引用してみましょう。

旧約聖書の述べるところにしたがえば、ソロモン王はけものや鳥や魚や地を這うものどもと語ったという。そんなことは私にだって出来る。ただこの古代の王様のように、ありとあらゆる動物と語るわけにはいかないだけだ。その点では私はとてもソロモンにかなわない。けれど私は、自分のよく知っている動物となら、魔法の指環などなくても話ができる。この点では、私の方がソロモンより一枚うわてである」

 

 こんな指環があればどんなに楽しいでしょう。しかし、どうやら言葉に頼らないで対話する能力は、魔法の指環などなくても人間なら、というか生き物なら、誰にでも備わっているらしいのです。誰にでも、などと言うと不思議な気持ちがするのは、皮肉なことに私たち人間が言葉をあやつる動物だからなのだと思います。言葉は中枢である「言語野」は右利きの人で99%以上、左利きでも半数以上が大脳優位半球(左)の前頭葉側頭葉に存在するとされています。脳卒中などでこの場所が損傷すると、「失語症」といって言葉を話したり理解したりすることができなくなります。人間が言葉を失ったら人間性まで失われてしまうような気がしますが、必ずしっもそうではないようです。言語野に限局した損傷では喜怒哀楽は保持されるので、豊かな人間性はそのまま残り、お見舞いに行くとご本人はニコニコしながら碁を打っていたりします。リハビリテーションの先生にお話を伺うと、以外にも優位半球の損傷よりもむしろ非優位半球(右)の損傷の方が回復が遅れることが多いのだそうです。この場合、言語能力が保たれているのでコミュニケーションは一見問題なく行われます。その反面、人格は何となくのっぺりした感じになり、回復のための大切な要素である「感情」が失われるためか、そもそもリハビリの動機づけが難しいとのこと。

 お話しを伺っていると、なんだか身につまされてきました。人間関係のこじれ(←夫婦喧嘩をはじめとして)で最も典型的なのは、相手の言い分が言葉の上ではつじつまが合っていながら根底に感情的な行き違いがある、という場合ではないでしょうか。逆に、感情的にかみ合っているのに言葉が拙いからといって関係がこじれるということはめったにありません。

 子供(ここでは乳児から幼児)は言葉を持たないか、持っていても拙い。しかし、だから喜怒哀楽が感じられないということはまったくありません。というより、子供ほど感情表現の切実な存在はありません。4歳児ともなれば、喜怒哀楽はもとより、遠慮や嫉妬、謙遜といった高度な知性を痛いほど感じるし、言葉が少ない分だけ、いじらしくて泣けてくるほどです。

 動物園で、子供が動物たちを熱心に見ている。その子供を横から眺めている。ソロモンの指環は誰もが生まれながらにして持っているのだなあと思えてきます。ただ、指環の置き場所を、大人はしばしば忘れてしまう。

 子育ては(夫婦生活も?)指環探しの日々です。

 

2010-11-25

お便り帳より・・・。

金曜日の感謝祭、ありがとうございました。(父方の)両親は風邪で来られませんでしたが、DVDを渡して、(母方の)母は来てくれて一緒に観ることができました。「○○ちゃん、とても上手に歌えてたね。」と喜んでくれました。○○は「ソヨソヨ〜」の歌がとても好きで、家でもずっと歌っていて、ある日「○○と☆☆くん(お友だちの名前)と2人で歌うねん。」と嬉しそうに話してくれました。「ドキドキする!」と言ってましたが、みんなに聞いてもらえることがとても楽しみのようでした。劇ごっこも緑組のものだけではなく、他のクラスの劇、挨拶の言葉まで、一人で良くなりきってあそんでいました。○○の頭の中は、感謝祭のことでいあっぱいで、それも楽しみながら、毎日を過ごしていました。金曜日の夕方には「もうすぐページェントやな。○○は大天使がきれいやし、いいな。」と言ってました。次々と楽しみがあるので、今年は体調に気をつけて休まないようにしたいと思います。

 一人一人が輝けるようにご配慮いただき、ありがとうございます。一人一人の成長が、各行事を通して、私たち保護者にはわかり、子どもの持つ力を充分に発揮させてもらえることに、とてもありがたいことだなと思っています。日々の保育の中での先生方の子どもたちへの深い愛情があるからこそと思っております。○○も今回独唱という機会を与えていただいて、彼女にも大きな喜びでしたし、自身となって、これからもまた成長していってくれると思います。ありがとうございました。

11月の生活表より・・・。

 娘がマリア幼稚園に入園して早や3年目。時が経つのは遅いようで早いものです。

 日々子どもと過ごし思う事・・・それは子も大きくなるけれど、親も大きくなるのだな、ということです。(横幅ではありません、念の為)子どもは先月まで出来なかった事が今日には出来るようになるなど、成長著しいですが、親は見た目にはわかりません。むしろ体は衰える一方です。けれど母親としての心は、多分死ぬまで成長し続けるのでしょう。

 娘が生まれる前、私は暇潰しに買い続けていた雑誌や育児本をひたすら読破し、母の姿や生まれてくる子どもの躾などの育児マニュアルを刷り込んでしまいました。当然、娘を生んでしばらくは挫折のし通し。育児本と違って当然という考えは頭にあれど、いらぬ心配ばかりしたものです。

 毎日の育児に必死になり気付けば腎盂腎炎で倒れ、まだ赤ちゃんだった娘の面倒すら見られない状態になった時、落ち込む私を前に義母が言いました。「今は母親として出来なくて当然よ。赤ちゃんはまだ生まれてたったの1カ月。そして、あなたも母親になって1カ月。どっちも生まれたばかりだから、どっちもこれから成長していくのよ。」

 娘の生まれた誕生日は「母親の私」が生まれた誕生日。そう思うと不思議に出来ない母と娘と悩む事が減りました。一人の「私」という存在が「母」に変わることによって個ではない連帯の行動、意志が加わり、我慢や忍耐も増えます。そこを乗り越えたり後戻ったり。後戻りの多い私は明らかに子より遅い成長なのですが、それでもふと振り返ると少しずつ母親として歩んでいます。生むまでわからなかった娘や家族との成長を喜び楽しみつつ・・・。

 そして娘は6歳に。下の子は2歳を過ぎました。人それぞれの小さな欠点はありますが、彼女なりに素敵な6歳さんに成長しているようです。

 私も今は「母親6歳さん」。ちゃんと成長出来ているのでしょうか・・・?子が親から学ぶと同時に、子から親が学ぶ事も山ほどあります。小さな鏡の娘を見ながら、襟を正さねば・・・と冷や汗かきつつ思うのです。

10月の生活表より・・・。

 あっという間に、8年目を迎えていました。3人目の○○が緑組になる時、自分は40手前...「最後の運動会までは走れる自分でいよう!」といつの日が心に抱いていましたが...気が付けば、その日まであと少し。

 ☆☆☆(長女)の幼稚園と◇◇ちゃん(注:奥様)と何処にしようと悩んでいた時が懐かしいです。何箇所か見学に行き、“おとなしい☆☆☆にあう所”「送迎バスがある幼稚園は助かるけど、泣いている子供と離れるのはどうしても...」という◇◇ちゃんの思いから、大変かもしれないけど、自分たちの手で送り出してやり、迎えてあげられる聖マリア幼稚園にお世話になる事に決めました。☆☆☆は大のママッ子だったので、僕が迎えに行って大泣きされ、先生に家に電話してもらい、◇◇ちゃんに☆☆☆を説得してもらってからいっしょに帰った事も良い思い出です。2人目の※※(次女)もそのままの流れでお世話になり、※ちゃんも☆ちゃんもがいっしょにいてくれた事ですんなり入っていけたようで何よりでした。そして今、○ちゃんがもう緑組になっているとは...。

 ♪あなたに会えて本当に良かった・・・嬉しくて、嬉しくて言葉に出来ない...♪と僕が小学校の時からファンのアーティストの歌が映像と流れてくるのを自分の子供たちといっしょに聞いて、歌っている...そんな時が来るなんて夢にも思っていなかったので、嬉しい出来事でした。この歌詞の通り「3人の子供たちに会えて本当によかったね」と2人で思ったように、子供に対する思いはみなさんもいっしょだと思います。ただ、子供たちの日々成長していく姿と反比例して、加齢臭漂うオッサンになって行く自分が寂しい時もありますが、家族みんな健康で恙無く過ごせている今が何よりの幸せだと感じています。だからこそ、このいっしょに過ごせる限られた時間を大切にしたいし、しなければバチが当たりそうで...。

 縁あって3人の子供たちが聖マリア幼稚園でお世話になれた事、感謝しています。同じ親から生まれて来ているはずなのに、3人ともそれぞれの個性があって、これからどの様に成長して行ってくれるか楽しみです。

♪1番大切な事は特別な事ではなく、ありふれた日々のなかで君を今の気持ちのままで見つめている事...♪ を心に、子供たちを見守っていきたいと思います。

2010-09-13

9月の生活表より・・・。

 この夏、実家のリビングで西瓜を頬張っていると目の前に座っていた母が「まぁ、あなた!おじいちゃん(母の父)にそっくりね!」と声をあげた。物心ついた頃から父方の祖母に似ていると言われ、大人になってからは父によく似ていると言われていた私、母の言葉にとても意外な気がしました。

 実際、私の左耳のつけ根の真ん中あたりには、少し太めの針でポツンと穴をあけたような穴があり、祖母の耳にもそれはありました。長崎県五島列島出身の熱心なクリスチャンである祖母は普段から着物を愛用し、80歳をとうに超えてもきちんと正座をし、その昔学校の先生をしていたらしく威厳があり、幼い私にとっては近寄りがたい存在だったのです。5人姉妹の4番目の私は、姉たちの陰に隠れてなるべく近寄らないようにしていたのだけれど、ある時、私の耳の穴を祖母自身がみつけ「あぁ!この子には私とおなじところにおなじものがある!」と喜んでいたことをぼんやりと憶えています。

 時は30年以上流れ、私も母になり夫と2人、赤ちゃんの○○を見つめていたところ「○○ちゃんの鼻の先に縦の線があるね、これっておばあちゃんにもあったよ。そういえばうちの姉貴にもある。」と言い出しました。夫の実家の写真の中のおばあちゃまは日本画を嗜み、穏やかに微笑んでいます。広島郊外から市内に学徒動員に駆り出された2人の息子を亡くされたとは思えないほどです。広島原爆が投下された日、県立広島工業学校の1年生と3年生(いまでいう中学生)の最愛の息子たちを捜し、死に物狂いで焦土と化した街をさまよったというおばあちゃま・・・。子どもをもつ今、尚更に心中を察し胸が痛くなります。

 産院で生後すぐの☆☆を撮った写真は私の母と瓜二つだし、何年か前に宮島に帰省した際にお会いした写真のおばあちゃまに息子は似ているなぁ、と思った時もありました。現在は夫と本当によく似ています。今を生きる私たちの名かに、ふとした折りに遠い昔であった懐かしい人々の面影や大切なひとたちの影を見出した時、繋がる生命の不思議さを憶えるとともに「頑張って生きんさいよ(生きなさいよ)!!」というメッセージがどこからか聞こえるような気がするのです。

7月の生活表より・・・。

 最近、日が長くなってきたこともあり、子供たちが夕方遅くまで外で遊ぶようになってきました。幼稚園から帰ってきたあとでも疲れ知らずのようすで、薄暗くなるまで走り回ったり、草木を使って遊んだり、いつの時代でも子供は遊びの天才だと感じます。残念ながら、家の近くに広い遊び場や公演があるわけではありませんが、同じくらいの年齢の子供たちやその兄弟・姉妹などが比較的多いおかげで、一緒に何かを考えたり作ったりしながら、いろんな遊び方を自然に学んでいるように見えます。また「おばちゃん、なにしてるの?」と、近所に住んでいる大人とペチャクチャとおしゃべりすることもあるようで、家族以外の大人との関わりを楽しんでいるように見えます。一体、何を話したのか、親としては少し気になるところではありますが。

 そういえば自分の小さい頃も、学校から帰ると、宿題もそこそこに空が暗くなるまでよくボール投げや野球遊びをした記憶があります。別に違いに呼びかけるわけでもなく、幼稚園年長さんから小学校高学年ぐらいまでの子供たちが家から飛び出して自然と集まり、時には試合が出来るほどになったこともありました。遊びといえども、試合となると湧いてくる緊張感を感じたり、ガキ大将であろうがいじめられっ子であろうが、同じチームメートのファインプレーを互いにほめ合ったり、ミスをするとゴメンとあやまる。高学年のおにいちゃんに「すごいな!」などとほめられると、うれしさのあまり、さらに一生懸命にがんばる。賞賛・羨望・非難・反省などとそれらに対する周囲の反応を肌で感じる、子供たちだけの空間であったような気がします。よく考えてみると、大人の社会も同じような体験の繰り返しであることに、大人になって初めて気付いたという方も多いのではないかと思います。

 人と人との関係が希薄になったといわれる昨今、このような子供の頃の環境とそこでの体験が大事なのではないかと感じます。最近は「何をしてよいかわからない」、「他人との関わり方がわからない」、「どうせ頑張っても、たかが知れてる」など、自己表現や相手の思いやりが出来ない、斜に構えたような若者は非常に多く、その根は深いものです。だから、「もっと外で遊んでおいで」と送り出すことが、今だからこそできる子供への教育の一つではないかと考えています。

6月の生活表より・・・。

 「双子ですか?大変ですね」

双子と聞いてほとんどの方はこう話してくださいます。

確かに「たいへんじゃないです」とは言えません。生まれてすぐは何もかも2人分。着替え、おむつ、おふろ、授乳・・・。1人が寝たと思ったらもう1人が泣き出し、2人同時に泣くのは常でした。昼も夜もよく泣きました。私は寝られない日が続きもうろうとしていました。ある時お昼過ぎ2人が静かになり私も寝てしまったことがありました。2人の声が聞こえてはっとして起きたら、頭がすっきり。どれだけ寝たのだろうと時計を見たらほんの数分。その後こんなことがよくありました。でも、やっていけるのです。目が合うようになった。笑った。おもちゃをつかんだ。頭を上げた。寝返りができた。2人は競うように1つひとつできることが増えていく、そんな瞬間に合うと疲れもとんでいきました。

そして着替える、ごはんを食べる、靴下・靴をはく、歩くなど自分でできるようになってきた頃、「あ〜ひとやま越えた」と感じました。

それから3年。今現在、幼稚園に楽しく通う毎日。園ではほとんど一緒に遊ぶことのない2人ですが、同じ経験をして帰ってくるのでエコレンジャーに会った日はエコレンジャーごっこが始まったり、歌を歌ったり、「きょうのれいはいは、えんちょうせんせいのおはなしで・・・」「アダムさんのこどものカインと・・・バベル」「ちゃうちゃう、それバベルのとう」「なんやったっけ?」「アベル?」「あ、そうそう、それそれ」・・・漫才のように掛け合いながら話したり。そんな2人を微笑ましく思う母です。

とは言え、自分でできることをできない・やらないとそのことばかりが目についてしまう母になってしまっています。先日の総会での園長先生は「手をかけるのではなく、目を、心をかけてあげてください」とお話されました。その時浮かんだのは、朝、出かける前に支度をせずに違うことをしている○○の姿。夕方一日たくさん遊んでつかれて何を言ってもいや〜とごねている☆☆の姿。ちょうど忙しい時間(いいわけ)それぞれに対して心をかけられていない母には痛いお言葉でした。

こちらの紙面(生活表)を書かせていただくことで、2人が生まれた頃の穏やかな気持ちを思い出しました。今も常にその気持ちでというのは難しいですが、子どもと向き合い、又寄り添う気持ちを大切にしようと改めて思いました。

5月の生活表より・・・。

 我が家では子供達が赤ちゃんの頃から、毎日欠かさずにしている事があります。それは寝る前に絵本を読むことです。もちろん、息子と娘それぞれ読みたい本が違いますし、平日は主人が帰宅する前に読む事が多いので、選んだ本をどちらが先に読んでもらうか、もめます。最近ようやく、順番交替で読めるようになりましたが・・・。

 息子が一歳になる頃に断乳しようかなと思い、試しに夜寝る前、絵本の力を借りたところ、お話を聴きながら寝てくれたのです。翌日からはおっぱいの記憶が全くないのか欲しがらず、夜中も良く寝てくれるようになり、寝る前の絵本の読み聞かせが大好きになりました。娘もまだハイハイの頃から絵本に興味を持ち、お兄ちゃんに負けまいと絵本を本棚から選んできては、読んでとお膝に乗ってきました。

 私自身もたくさんの絵本に触れる事の出来る環境で育ててもらったように思います。今でも実家に帰ると、私達兄弟が読んでいた絵本を母が大事に置いてくれています。小さい時に読んだ本を実家で子供達と読む事で、子供と幼少時代を共有出来るようで、とても幸せな気持ちになります。私がすぐに絵本を読んであげられない時には、お兄ちゃんが妹に読んでくれるようにもなりました。

 聖マリア幼稚園の保育の中でも、たくさんの絵本、紙芝居の読み聞かせや素話をして下さっていて、とても嬉しく思います。絵本は小さい時から馴染みがあるものの、息子は入園した頃はよく動き回る子でしたので、素話をちゃんと座って聞くことが出来るのだろうかと心配しておりました。しかし、そんな心配はよそに徐々に長いお話も聞けるようになり、赤組さんの時には「ジャックと豆の木」の素話をしていただいた時に、お話にのめり込んでしまい、大男が出てくる場面で「こわい〜!」と泣いてしまったそうです。

 絵本を通して、言葉を覚えたり、さまざまなものに興味を持ったり、物や人の気持ちを考えるきっかけになっている事だと思います。子供達には出来る限り、読み聞かせを続けてやりたいですし、絵本の持つ力をたくさん吸収してくれると嬉しいです。

 息子は卒園まで一年間、娘は三年間、聖マリア幼稚園で先生方やお友達と楽しく色々な経験をして元気いっぱいに過ごしてくれる事を願っております。

 私もこのようなお役をいただいた事を感謝して皆様の笑顔があふれる一年間になりますよう、頑張りたいと思っております。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。